オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

131 / 133
第131話

 偽ナザリック、あまのまひとつの居室。

 高級ホテルの宿泊室のように改装された部屋で、あまのまひとつがモニターの一つを凝視していた。そのモニターには、侵入してきた十人の姿が映し出されている。

 

「先行する弐式さんが探索役で、少し遅れて本隊の最前列にたっちさんと茶釜さん。中列にモモンガさんとタブラさん。その護衛でアルベド……だったかな? 後列に回復役のやまいこさんが居て、その護衛に執事のセバ~スと……戦闘メイド(プレアデス)だっけ? ユリぃ? ポニーテールの女忍者はマ、マーベ……ラス? NPCの名前はピンとこないなぁ、俺のシホならともかく、全員覚えてるわけじゃないし」

 

 モニター越しで理解できたのは、尋常ではない強パーティーであること。

 目下、最大の問題点は……先行する弐式炎雷が次々と罠を発見し解除していることだろうか。

 

「ああん! それは金貨八千枚も突っ込んだ、スペシャルな落とし穴ぁ!」

 

 モニターを前に頭を抱える姿は、いい歳したオッサンがタワーディフェンスゲームで悲鳴をあげるがごとし。

 そうとしか見えないが、あまのまひとつは真剣なのである。

 発狂しているなりに……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「はい、落とし穴の機能停止! あとは念のため、ゴミ資材の板をかぶせて通行可能~」

 

 テキパキと作業を終えた忍者が、ほこりをはたくように手を叩いている。

 先行していた弐式炎雷が、通行に支障のある落とし穴を発見。炎が吹き上るギミックを無効化して、蓋をするまでの時間は二〇秒少々。落とし穴は、今ではアイテムボックスから取り出した板によって完全に塞がれている。ギミックは無効化したので、モモンガ達の能力なら跳んだり飛んだりして渡れるのだが、わざわざ塞いだ理由は弐式の気分的なものだ。あえて付け加えるなら、目に見える形で落とし穴を駄目にすることによって、ダンジョン主を煽る目的もあった。

 

「おお~! 隠蔽率の高さから言って追加資金がありそうなのに……。あっという間に罠が……」

 

「ぬふふふ、タブラさん。忍者にとっては造作もないことなんですよ」

 

 タブラの感心した声を聴き、弐式が胸を張る。最後列から見守るナーベラルは、手の指を組んで「さすが、弐式炎雷様!」と感動しているようだ。ほほえましい光景ではあるが、弐式とモモンガの間で立つ前衛……たっち・みーは苦笑している。

 

「う~ん、ダンジョン探索となると、弐式さんの活躍が目立ちますね~」 

 

「まあまあ、たっちさん。私達の出番がないなら、それに越したことはないんだしぃ~」

 

 両脇に大盾(大きなリボン付き)を装備したピンクの肉棒……ぶくぶく茶釜が肩(?)をすくめてみせた。確かに、ダンジョンの障害が罠類だけであるなら、弐式が大活躍して話は終わったかもしれない。だが、ダンジョン側に立つ者……あまのまひとつには戦闘のプロではないとはいえ一工夫あったのだ。

 

「たっちさ~ん。アダマンタイトのリビングアーマーが出た! 増加装甲があって、やたら硬い!」

 

 弐式が手を振りながら駆けてきたかと思うと、途中で一跳びしてたっちと茶釜が居る前列に合流する。たっちと茶釜は顔を見合わせた。リビングアーマーといってもピンキリだが、相当上位の個体が出ても弐式なら倒せるはずだ。それにアダマンタイトときたら、ユグドラシル・プレイヤーからすれば柔らか金属でしかない。気になるのは増加装甲があるという報告内容だが……。

 

「増加装甲ねぇ? 弐式さん、急所狙いとか試してみた?」

 

「茶釜さん、試したけど無理だったんですよ。妙な防御効果でアーマーの関節に刃が入らないし! 増加装甲の部分は本当に硬かった。本気装備なら倒せるだろうけど……」

 

 その本気装備を出さなかったのは、たっちならどのくらいの余裕をもって倒せるかで、相手側の戦力を測りたかったためだ。この判断は弐式の独断ではなく、ダンジョン入りする前にモモンガ達と打ち合わせたものである。つまり、この状況は予定の内なのだ。

 

「相手方の手勢としちゃジャイアント・フライ以外でお初ですし? 人型だから、ちょうどいいかな……って」

 

 茶釜の反対側、たっちの隣に移動した弐式が言うと、たっちは首を傾けて関節を鳴らす。

 

「それで、弐式さん? 増加装甲のリビングアーマーでしたっけ?」

 

 つぶやくように言いながらたっちが前に出た。のそりと進み出る姿は、時代劇の用心棒の如し。時代劇と大きく違う点は、善戦した末に斬られるような負け役でないところだ。その後ろ姿を見たモモンガが中列から声をかける。

 

「たっちさん! インスタント・ギルドホームの附属モンスターです! 買ったときにサービスで何体か付いてくるやつ!」

 

「ナイスなアドバイスですよ、モモンガさん! ふむ……」

 

 モモンガの言った情報は、ナザリックを出発する前に共有済みであり、たっちも知っていた。だが、こういった時の声がけはありがたい。ふと、忘れていることでも思い出せるからだ。

 

(え~と、モモンガさん情報によると、ユグドラシル時代と仕様が同じなら、個体によって一定確率のクリティカル耐性があったはず……)

 

 弐式が急所狙いで攻撃して防がれたのも納得できるが、やはり一〇〇レベルのプレイヤーの敵としては物足りない。

 

「クリティカル耐性は、死の騎士(デス・ナイト)とは違う感じでしたっけね?」

 

 死の騎士(デス・ナイト)の場合は、どんな攻撃であろうともHPを一だけ残して耐えるというもの。これがリビングアーマーだと、一定確率でクリティカルを防ぐ仕様になるのだ。

 

死の騎士(デス・ナイト)の下位互換だな。確率でしかクリティカルを防げないし、クリティカルでない攻撃なら通っちゃう)

 

 たっちは右手を盾に隠れるよう回すと、左腰から剣を抜き放った。鞘滑りの音すらしない抜剣であり、後方からのモモンガ視点だと、たっちのシルエットからいきなり剣が生えたように見える。最高に格好いい。

 これにより、モモンガの『たっち推しスイッチ』が音を立ててオンになった。

 

(うっひょーっ! たっちさーーーん!)

 

 今は敵性ダンジョンでの探索活動中、それも戦闘の直前である。無闇に騒ぐわけにはいかない。しかし、雰囲気は伝わるため隣で立つタブラ、さらに後ろに居るやまいこにはモモンガが『たっちのヘルム顔写真』や『正義降臨』がプリントされたファンサうちわを持ち、もろ手を挙げて歓喜しているように見えていた。

 

(ウルベルトさんが同行してたら舌打ちしただろうな~)

 

 タブラが内心で苦笑していると、ここで(くだん)の増加装甲リビングアーマーが出現した。黒色、そして中身のない全身ガチガチのフルアーマー。右手には人間では扱えないサイズのグレートソードを持ち、左手には大型のヒーターシールド。それが基本形だが弐式の報告どおり、この個体は装甲を追加されているようだ。しかも、妙な凄味を発している。

 浮かれ気分だったモモンガの意識が急速に冷えだした。

 

(あれ? 思ってたよりも強そう? いや、たっちさんなら大丈夫!)

 

 幾分願望が混ざっているが、モモンガの中の常識で考えると、どう考えても負けるはずのない戦いなのだ。

 

「ふうん? ただの増加装甲かと思いきや、実態は複合装甲だね」

 

 鑑定したらしいタブラが早口で呟く。

 

「アルベドのヘルメス・トリスメギストスには及ぶべくもないけど、三層構造で第一層が対魔法と対物理の複合。二層目が対魔法、三層目が対物理、その下が素のアダマンタイト・アーマー。実質は四層装甲かな? 関節を妨げない装甲配置が小憎いねぇ。やっぱり、あまのまひとつさんの仕事っぽいか。一方、たっちさんのロングソードだけど……」

 

「え~と、確か……」

 

 モモンガが建御雷から聞いた話では、現役時代に使っていた剣は引退時に処分したそうで、転移後世界での合流後、資材と資金をたっち持ち出しで建御雷に新造してもらったとのこと。

 

「そう、ヒヒイロカネ製だね。ちなみに、魔法の技術面では私が手を貸してて、一部、私が頼んでウルベルトさんの手も入ってたり……」 

 

「かなりのガチですね……」

 

 生唾を飲み下す思いのモモンガは、今からでも支援のバフ魔法を使おうかと思い立ったが、それに感づいたらしいたっちが声をかけてきた。

 

「モモンガさん。まずは、どの程度のモノか調べる。そうですよね?」

 

 たっちは振り返ってはいない。完全にリビングアーマーの方だけ見て喋っている。どうやってモモンガが発言するのを察したのか。勘なのか。モモンガにはわからない。周囲を見回すと、誰もたっちを止めようとはしないようだ。冷静に考えてみても、ここはたっちに任せるのが正解だと判断し、モモンガは口をつぐむ。

 手出し無用の一対一を確認したたっちは、リビングアーマーのグレートソード、ヒーターシールドをそれぞれ一瞥し、最後に全身各所の増加装甲を見た。そこで、少し前傾気味だった姿勢をまっすぐに戻す。

 

「あ~、よろしいですか?」

 

 抜いた剣を下げ、盾を左方に向けて始まったのは……会釈してからの職務質問。

 

「私、ナザリックのたっち・みーと申します。職務中のところ恐れ入りますが、あなたのお名前は? このダンジョンとダンジョン主のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

 

「……」

 

 回答なし。

 そもそもリビングアーマーが喋るとは、たっちも思っていない。彼が期待していたのは、リビングアーマーを差し向けたダンジョン主、あまのまひとつと思われる人物が応答することだ。しかし、ノーリアクションだったため……。

 

「では、実力をもって制圧する」

 

 下ろしていた剣の切っ先を腰高で持ち上げ、盾を前に向けなおして距離を詰めていく。

 たっち・みーVS増加装甲リビングアーマー。

 その戦いはリビングアーマーの突撃から始まった。

 装甲が追加されている全身鎧。その鈍重そうな見た目にそぐわない速さで距離を詰めてくる。しかし、それは転移後世界の者……例えばクレマンティーヌが見た場合のことだ。ユグドラシル・プレイヤーが見るとどうなるか。魔法職のモモンガが見て、まあまあ。前衛で立つことの多い茶釜にすれば、「何あれ? 遅すぎでしょ?」となる。高速戦闘を得意とする弐式などは「俺が倒しておけば良かったかな?」と呆れ顔だった。突撃速度が大したことがないとなると、今のところ警戒すべきは膂力(りょりょく)と防御力だろう。たっちの攻撃は通用するはずだが、どの程度の余裕をもって倒すことが可能なのか……。

 

「……」

 

 間合いが詰まったことでリビングアーマーが攻撃を行った。まずは突進しながらの斬りおろしだ。強烈な風音で迫るグレートソードは、当たればクレマンティーヌでも吹き飛ばされる威力を持つ。もっとも、今のクレマンティーヌならば後方に飛んで威力を殺すだろうが。たっちはというと、自身の右側から左上へと斜めに剣を振り上げ迎撃した。

 

「ほい!」

 

 軽い金属音とともにグレートソードが弾かれる。

 振り下ろしの軌道を逆再生するように、リビングアーマーの腕が戻って行った。リビングアーマーは戸惑うような素振りを見せたが、そのまま降りおろしの斬撃を再開する。しかし、幾度も振られるグレートソードは、その都度、たっちのロングソードによって打ち返された。

 

「打ち返しの音、妙に軽いんですけど。あれって、おかしいですよね?」

 

 たっちに代わって前衛に入った弐式が言うと、最後列のセバスが口を開く。

 

「恐れながら。たっち・みー様は、その至高の剣技によって絶妙に威力を殺しておられます」

 

 これを聞いたモモンガとタブラが「ええっ」と引き気味の声をあげた。

 一方、前衛職(やまいこを含む)のギルメンは納得いった様子だ。中でも弐式が、顎の下に拳をあてながら頷いている。

 

「なるほど、受け流し……パリィの要領かぁ。それなら俺も……え? 見た感じ、アダマンタイトのリビングアーマーとは思えないパワーなんだけど? ……なのに、たっちさんの足が石畳にめり込んでる様子もないし……。あんな軽い感じで? 上からの攻撃なのに? ええ?」

 

 弐式の声が、どんどん訝しげになっていく。

 隣で居るピンクの肉棒も、両側に盾を持ったまま頭を抱えていた。

 モモンガにはよくわからないが、相当おかしなことをたっちはやっているらしい。

 ギルメン達が困惑する中、打ち合いは十数回ほど続いたが、それが中断され、双方動きを止めたところでたっちが呟いた。呟き声でも良く通る声であること、そしてギルメンらの強化聴覚もあってモモンガ達は聞き取れている。

 

「お前、最初の打ち返しで動揺しただろ? でも、自我はなさそうだ。……誰か、遠隔操作しながら……観戦でもしてるのかなぁ?」

 

 たっち・みーはフルフェイスのヘルム着用だ。その顔は見えておらずモモンガ側からでは完全な後ろ姿だ。にもかかわらず、モモンガ達はたっちがニチャリと笑うのを見たような気がした。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「うわ、怖ぁああああああ!!」 

 

 偽ナザリック最奥の居室で、カニ型の異形種……あまのまひとつが悲鳴をあげている。

 現在、差し向けたリビングアーマーが侵入者の一人、たっち・みーと交戦中なのだが、()りっと改造したリビングアーマーで押し切れず、それどころか軽くあしらわれる体たらく。しかも、たっち側からモニターのこちらを覗き込んでいるかのような発言があったのだ。この時、あまのまひとつが見ていたモニターはリビングアーマー視点だったので、あまのまひとつは大いに震えあがったのである。

 

「なんで、あんな風に言うんだ!? こっちのこと見えてるわけじゃないよな!」

 

 気合を入れるべく異形種化していたあまのまひとつは、脇にどけた椅子にしがみつきたくなるのを堪えながら、キー操作でリビングアーマーの状態を確認する。

 

(おかしいだろ! 力負けしないよう、パワーユニットの魔石を仕込んだんだ! もうちょっといい感じで打ち合えてもいいはずで!!)

 

 たっちのスペックは同じギルドのギルメンだったこともあり、おおむね把握していた。それを踏まえてリビングアーマーには資材を投入したのだが、期待どおりの結果が出ていない。

 

(グレートソードもヤバいぞ!? もう折れる寸前! 管理者権限でグレートソードの耐久力を回復! たっちさんが様子見しているうちに何とかしないと!)

 

 あまのまひとつの手持ち金貨とMPを消費し、画面上に表示されるグレートソードの耐久値が回復した。だが、それも斬り合いが再開するや見る間に削られていく。

 

(リビングアーマーに増援を出したいが……)

 

 手持ちのモンスター戦力は多くない。ぶっちゃけた話、あと四体だけだ。

 なぜそんなに少ないのかと言えば、インスタント・ギルドホームを買ったときから、モンスター類を追加登録していないからである。リビングアーマーを含めた五体のモンスターは、インスタント・ギルドホーム購入時にオマケで付いてきたもの。端からモンスターが居るだけに、「ああ、うん。それでいいか……」と放ったらかしにしていたわけだが、そのつけを味わっているのが今の彼だ。

 

(ああもう! 俺の馬鹿馬鹿馬鹿! なんで課金盛り盛りのメチャ(つよ)モンスターを突っ込んでおかなかったんだー!) 

 

 後悔先に立たずと言うが、現状、役に立ってもいない。

 準備を怠った過去を後悔する暇があるなら、目の前の戦闘を何とかするべきだろう。しかし、この居室からできるのは、まずはリビングアーマーの軽度の補修。他にモンスターを配置することと、通路や玄室を設定することだ。リビングアーマーの補修については先ほどからやっている。もっともグレートソードが破損しないようにしているだけで、それとて元より多くないMPを消費するため、何度もできることではなかった。

 

(金貨はヘソクリの余裕があるとして、問題はMPだな。まあ昔、闇市で買ったMP回復ポーションがあるけど、俺のMPが枯渇するまでの時間が延びるだけだしな~……)

 

 ユグドラシルにおけるMP回復は、基本的に時間経過による。

 本来、MP回復ポーションなどというものは存在しないのだが、あまのまひとつはブラッと出向いた闇市で、MP回復ポーションを購入していた。なお、本品はバッタ物であり、もったいなさから未使用だったあまのまひとつは、そのことを知らない。

 モンスターの配置に関しては、残り四体(死の騎士(デス・ナイト)二体、エルダーリッチ一体、レッサードラゴン一体)なので投入するタイミングが重要だ。リビングアーマーの増援として投入しても、あのメンバー相手では瞬殺されてしまうだろう。どのモンスターも手持資材と資金を投入して強化しているが、瞬殺以外の未来が見えない。奇襲や罠の一環として投入するのが良いと、あまのまひとつは判断している。

 

(レッサードラゴンを今からでも増強するか? 外皮装甲と耐久力、あとブレスの火力も上げたら何とか……。無理かな~、無理だよな……)

 

 所詮はレッサードラゴン。それもオマケ品として付いてきたものなだけあって、ユグドラシルのフィールドで遭遇する個体より弱くなっている。ナザリックに置いてきた資材があれば、もうちょっとましな戦いになると思うあまのまひとつだが、無いものねだりをしてもしかたがない。残る有効な手段としては、通路や玄室の配置設定でモモンガ達に大打撃を与えることだろうか。

 

(大打撃って言ってもな~。直接に倒して勝つのって無理だろ? たっちさん一人でも絶望的なのに。なんかこう、罠にかけて良い感じで諦めてもらうとか……うん?)

 

 あることに思い当たり、あまのまひとつはアイテムボックス内を確認する。

 

「あれと、これと、それ! ちゃんとある! やった! これならモモンガさん達にも通用するぞ! 罪悪感すっごいけど、しょうがないよな! 俺の工場を守るためだもの!」

 

 思いついた案を実現できそうで、あまのまひとつのテンションが上がった。

 そして、いつの間にかインスタント・ギルドホームが彼の中で『工場』にすり替わっている。工作機械もないのに、従業員も居ないのに……だ。異形種化したカニモドキの身体。そこに表情などあるはずもないが、ここにギルメンが居てモニターを見ながらキー操作する彼を見たなら笑っているように見えただろう。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「そ~れ、引っぺがし!」 

 

 戦闘中の空気にそぐわない軽いセリフ。

 それとともに、たっちのロングソードが幾つもの剣閃を煌めかせる。

 次の瞬間、リビングアーマーの各所に貼り付けられた増加装甲が、本体から剝がされ宙を舞った。鋭い切っ先をリビングアーマー本体と増加装甲との間に差し込み、切り開くように剝がし取ったのである。

 信じられない『神剣技』だが、その言葉ですら表現不足な現象に弐式が気づいた。

 

「茶釜さん。背面の増加装甲も飛んでるように見えるんですけど……」

 

「そうよね、おかしいわよね。何がどうなってるのかしらね~」

 

 臨時の前衛コンビが虚無の空気をまとっている。

 それはモモンガとて同じだ。最初こそ心の中でたっちに声援を送っていたが……。

 

(さっきから気になってたんだけど……。突きがたっちさんの身体を貫通してるように見えるアレ、なんなの? 最小限の動きでかわしてるとか? それだって限度ってものが……)

 

 加えて言うなら、今のたっちは、もう剣すら合わせに行っていない。フットワークと体さばきで回避しきっている。盾の意味とは……。

 近接戦の専門家ではないモモンガには何が何やらよくわからなかった。いや、頭ではわかる。武人建御雷が稽古などで見せる動き……素早く動いて回避し、素早く元の姿勢に戻っているのだ。ただ、あの動きをするたっちと、あの間合いで戦って勝てるかとなると絶対に無理だとモモンガは思う。敢えて一つ言うとしたら、それは「やはり、たっちさんは凄い!」であった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ああああ! 増加装甲が頭の一枚残して全部飛んだ!? チートだ! インチキだ! 運営に訴えてやる!」

 

 別モニターで映る、少し離れた視点からの戦闘模様。たっちによって良いように遊ばれているリビングアーマーに、あまのまひとつは左の大ばさみを振り上げていた。今は、新たな罠部屋の構築中だったが、リビングアーマーの戦況チェックも重要なのだ。あの個体に貼り付けた装甲は、手持ち資材では中程度の品を三層構造で重ねた逸品。技術力で上位素材と同レベルの性能を達成したと自負している。それを、あんな風にペリペリ剝がされたのでは技術の敗北だ。

 あまのまひとつは、床に描かれた茶発光の魔法陣(実態は、スキル効果の可視表現のみ)から手を離すと、リビングアーマーが映るモニターに右手を伸ばし、攻撃モーションを伝達する。キー操作と違ってMP消費が多くなるが、今はそれどころではない。

 

「振りかぶれ! 真っ向から叩き割るんだ!」

 

 その命令により、リビングアーマーは盾を投げ捨て、両手でグレートソードを振りかぶった。と同時に、唯一残った額の増加装甲にたっちの剣が振り下ろされる。分厚いレンガをハンマーで叩き割ったような音が生じ、剣はリビングアーマーの下顎ほどの位置まで食い込んで止まった。

 あまのまひとつが拳を(にぎ)……ではなく、左右のハサミをガチョンととじる。

 

「よし、やった! いや、やられた!? ちくしょーっ!!」

 

 叩き割られたのは、たっちではなくリビングアーマーというオチに悲鳴が出た。一方、たっちは剣をゆっくり引き抜いている。

 

「真っ二つでもいいんだけど、モモンガさん達に見てもらいたいしね」

 

 剣を抜かれたリビングアーマーは脱力して倒れた。ガシャンという金属音が物悲しい。その後、アルベドと茶釜に守られたモモンガとタブラが来たが、後付けされた魔石のパワーユニットと増加装甲以外に見るべきものはなかった。

 

「でも、この積層型の装甲版……。技術的に、かなり洗練されてますよね?」

 

「モモンガさんの言うとおりだ。私が同じことをしようとすると、消費型の薬剤アイテムで高価なものが必要になるだろうね」

 

 タブラが剝がれた増加装甲を手に取って感想を述べている。

 ダンジョン主の正体……すなわち、あまのまひとつ。その可能性が、また一つ上昇したようにモモンガは思った。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 増加装甲リビングアーマー。完全なる手加減試合で、たっち・みーに敗北。

 その結果を前にしたあまのまひとつは、ダンジョン最奥の居室で両手のハサミを振り上げた状態で固まっていた。そして、フルフルと震えだす。

 

「がっでぇえええええむ……」

 

 英語の罵倒語を呟いたあまのまひとつは、悔し涙を振り払い、床で輝き続ける魔法陣へと戻った。ダンジョン操作はモニター前でキー操作すれば行えるが、部屋を増やしたりとなると、こういった作業が必要になる。

 

「うちの『従業員』を玩具みたいに弄びやがって、マジマジ許せん! これを人に使うのはどうかと思うし、ゲームどおりの効果があるか知らんが、やってやるぞ! レジストも魔法で防御もできないんだからな!」

 

 調整の済んだ魔法陣の前で、あまのまひとつは喚きたてた。

 リビングアーマーを従業員として認識。やはり、今のあまのまひとつは異常だ。モモンガ達が心配しているとおり、発狂していると言っていい。

 現時点、モモンガ達が推測及び把握している『発狂』の解除条件は、発狂状態に流されるまま行動して発散すること。他にブチのめされてから意識を取り戻すことなどがあげられる。後者のモデルとしてはブルー・プラネットだ。

 今回、あまのまひとつは直接戦っていないが、ダンジョン主として迎撃指揮をとっている。ゆえに、それなりの発散があるのでは……。否、慣れない迎撃指揮をワンオペでやっているものだから、余計にストレスが溜まっているのだ。あまのまひとつが発狂状態から解放されるには、まだまだ時間が必要だった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガ達からすると、偽ナザリックは恐ろしいほど敵襲のないダンジョンである。

 これがナザリック地下大墳墓の浅層であれば、通路壁を操作して迷わせたり、コストの低いモンスターを大量投入して消耗を狙ったりするだろう。面白そうな相手であれば、ギルメンの誰かが出向いたりもする。しかし、リビングアーマーの後は特に何も出てこないのだ。

 

「アレですかね。購入時の特典……いや、付録か。付いてくる数体のモンスターがあるだけで、特に追加登録していないとか……」

 

 とは、モモンガの見解である。可能性の一つを言っただけだが、あまのまひとつのお寒い懐事情を見事に言い当てていた。手駒が少ないとしたら、数で押してくる戦法は取れないだろう。残る手立ては、相手があまのまひとつである前提での仮定となるが、攻撃性のあるアイテムの乱発か、ダンジョン施設を活用した罠ラッシュだ。現状、この罠ラッシュが多発中である。最初に発見した落とし穴などは良い方で、不可視処理したトラばさみに麻痺毒を仕込んだり等、複合罠が多くなっていた。ものによっては弐式の探知を潜り抜けることもあるので油断ができない。

 前方の暗がり……弐式の後ろ姿を見ながらタブラがため息をついた。

 

「弐式さんの探知を誤魔化すとか、とんでもない強化だよ? 少なくとも、落とし穴やトラばさみに突っ込んでいい金額じゃないね」

 

 気になったモモンガが聞いてみると、ここまでの登場罠の総数でおよそ金貨五億枚。NPCのシャルティアの復活費用に相当するとのこと。聞いたモモンガの下顎が外れそうになったが、何とか持ち直している。

 

「ナザリックから持ち出しすることを想定しても馬鹿にならない額ですね。というか、ダンジョン主があまのまひとつさんだとして、そんな大金を持ち出しているものですか? いや、高価なアイテム類をお守り代わりやこだわりの一環で持ち歩くとかはあるんでしょうけど」

 

「さて……」 

 

 タブラとしては、いくつかの推測ができていた。

 アイテムを査定して換金するアイテム……エクスチェンジ・ボックス。あれに類するものを所有しているなら、高額アイテムを換金して罠増強資金にできるだろう。

 

(エクスチェンジボックスの運用は、ギルメンの音改(ねあらた)さんが得意だったか……)

 

 もっと単純に、何十億という金貨をナザリック外で保持していた可能性もある。多くのギルメンがヘソクリや隠し資金を用意していたので、この線も捨てがたい。いずれにせよダンジョン主は、罠の一つ一つに無茶な増強ができるほどの資金を有しているということだ。

 この推測をモモンガは隣で歩くタブラから聞かされたが、十分にあり得る話だと思っている。

 

(大量のモンスターならぬ、大量の罠で消耗戦を仕掛けてきている? けど、それで疲れるのは弐式さんだけだ。分身体で後方や側面の警戒もしているし、上下方向もカバーできている……。多少の襲撃は俺たちの実力で排除できちゃうし……。やまいこさんが回復役で同行しているから、場合によっては弐式さんは休憩してもいいわけで……。そもそも、インスタント・ダンジョンの地下一層規模を考慮すると、弐式さんや俺たちが疲れ切る前にダンジョン探索が終わっちゃうぞ?)

 

 つまり、ダンジョン主の現行動にモモンガ達を撃退できる効果はない。

 では、何を目的としたものなのか。

 歩きながら視線を下げていたモモンガは、ふと思い当たった。

 

「時間稼ぎ……」

 

「モモンガさんも、そう思う?」

 

 タブラが歩きながらモモンガを見て言う。

 タブラも同じ考えであるなら、時間稼ぎされている方向で判断していいだろう。

 稼いだ時間で、きっとモモンガ達にとって良くないことを企んでいるはずだ。その準備は、もう終わっているかもしれない……。

 では、どうするべきか。

 撤退して出直すか。このまま押し込むか。

 判断に迷うモモンガであったが、手の届くところに未合流のギルメンが居るかもしれない。その可能性を前に、撤退を選ぶわけにはいかなかった。

 

(俺一人だけだったら、この罠続出の状況、一度出直すのも手なんだけど……)

 

 今は頼りになる仲間がいる。高難易度であっても罠を解除できる弐式が居るし、増加装甲リビングアーマーみたいな一手間かかったモンスターが出ても、たっちや茶釜が居れば安心だ。魔法関連だって自分と同じ魔法職のタブラが同行している。

 

(回復役で僕が居るよ!)

 

 脳内でやまいこの声が聞こえたので、モモンガは肩をすくめながら後方のやまいこをチラ見した。その視線に気づいたやまいこと、彼女の少し後ろで居るユリが同時に首をかしげる。

 

「くくっ、もちろんですとも」

 

 喉の奥で出た笑いをかみ殺し、モモンガは声を張りあげた。

 

「時間稼ぎされている模様! ここは一気に押し込みます!」

 

「「「「「了!!」」」」」

 

 ギルメンらから了承の声があがる。誰も質問や反対したりはしない。

 モモンガの意見方針に賛成なのだ。

 偽ナザリック調査隊……モモンガ・パーティーは、移動速度を上げる。これまでも驚異的な攻略速度だったが、ここからは安全面には少し目をつむるのだ。進行方向で出現した罠について、弐式とモモンガ及びタブラが危険かどうか判断し、そこまでの脅威でないなら踏み破って前進する。具体的にどうするかというと……。

 足を止めた弐式が「天井石材だけの吊り天井! 両脇に突き出し槍多数!」と叫び、彼の手招きを受けたモモンガとタブラが前に出た。二人で系統違いの探知魔法を行使し、同じ探知結果が出たのを確認するとモモンガが皆に聞こえるよう叫んだ。

 

「魔法罠、無し!」

 

「「了!」」

 

 短く答え、たっちと茶釜がモモンガ達を追い越して前に出る。そして少し前に居た弐式の横を通り過ぎた瞬間。たっちらの頭上……天井石材が降ってきた。これをたっちが、無言の抜剣で細切れにし、天井石材落下と同時に両側壁から突き出た数十本の槍を、茶釜が両脇に構えた大盾で振り払う。

 

「武技! 双盾斬撃(そうじゅんざんげき)!」

 

 武技。それは、転移後世界の戦士系職の者が使うオリジナル技だ。才能あるものが本当にオリジナルの技として編み出すこともあれば、それを他者に伝授可能なこともある。ユグドラシルには存在しなかった『技』であったが、茶釜はヘッケラン・ターマイトの指導により身に着けていた。習い覚えた武技は『双剣斬撃』。これを茶釜はアレンジし、二枚の盾で行使している。効果としては盾で打撃の面攻撃をしているのに、相手には斬撃ダメージも入るという摩訶不思議なものだ。

 この時の攻撃対象は突き出してきた槍で、柄の部分まで金属製だったがバラバラに吹き飛んでいる。

 

「いえい! 武技って気持ちいい~っ!!」

 

 両脇の大盾を掲げてピョンピョン跳ねるピンクの肉棒。

 そのひどい絵面から顔を背けている純銀の騎士。

 二人の足元には、細切れの天井石材と折れ飛んだ槍が降り積もっていたが、その二人の間を弐式が駆け抜け、後続のモモンガ達が追い付いてくると、たっちと茶釜も移動を再開した。無論、護衛役のNPC達も一緒だ。

 駆け抜けざま、最後尾のセバスは散らばる瓦礫を見てつぶやく。

 

「さすがは至高の御方、見事なお手並みで……」

 

 これがナザリックの下僕……『剣』と『盾』で言えば、コキュートスとアルベドだろうか。この二人で同じことができるかと言われると、可能である。しかし、今のたっちと茶釜のように、呼吸を合わせて連携できるかとなると否だ。思えば弐式の探知行動からモモンガとタブラの魔法探知、これらも連携に含めた場合、なおさら無理だろう。

 セバスらNPC達は、創造主らが親しい間柄で、同じ組織に所属しているという以外に結びつきや絆がない。主な共通点は、至高の御方を侮辱されたら怒り、ナザリックに敵対されれば排除行動に出るといったところだろうか。そんな自分たちが、至高の御方のようなことができるはずも……。

 

「凄いよね~」

 

 中列後ろ、モモンガとタブラ、そしてアルベドの後ろを行くやまいこが呟いた。その顔は前方を見たままだが、話しかけている相手は後方のセバスだ。

 

「でもね、たっちさんも茶釜さんも、それに他のみんなも、出会ったばかりの頃はあそこまで出来たわけじゃないんだよ? 当然だよね~」

 

 感慨深げに言うやまいこの言葉を聞き、セバスは小走りを続けながら一つのことに思い当たる。

 

「私達にも出来ると、そうお考えなのですか?」

 

 ナザリックの下僕にとって、至高の御方と同じことが出来るかどうか。それは考えるだけでも不敬であるようにセバスは思えた。事実、両隣で走るユリとナーベラルが怒りと戸惑いの混ざったような顔をしている。だが、そういったNPCらの空気を、やまいこは笑い飛ばした。

 

「あはは、そりゃあ出来るよ。あんなのギルメンが特別なんじゃなくて、積み重ねた練習と努力と根性の結果なんだから。セバス、ユリやナーベラルもだけど、ナザリックの子たちは、同僚と連携したら何ができるかをもっと考えなくちゃね。きっと今までより大きなことが出来るはずさ」

 

 そこまで言うと、やまいこは長々と喋りすぎたことを恥じたのか黙り込んだ。

 半魔巨人(ネフィリム)の背をセバスは暫し見ていたが、やがて左右のユリとナーベラルに視線を転じる。二人とも、先ほど発した怒りや戸惑いの感情は収まっており、何かを考えこんでいる様子だ。やまいこの言葉に対し、何か思うところがあったのだろう。

 駆けながらセバスは少し視線を下げた。

 

(我らナザリックの下僕は、至高の御方によって生み出され、至高の御方のために働き、至高の御方の喜びの一助になることが至上の幸福である)

 

 それはナザリックの下僕にとっての総意だ。ただし、NPCたちは本能で感じていても言葉に出さない部分がある。

 至高の御方に気にかけてもらうこと。

 それが成って初めてNPCは『至上の幸福』を得ることとなるのだ。

 欲であり願望でもあるこの思いを表に出すことはできない。だから一心不乱にギルメンに尽くし続けるのだが、今のやまいこの言葉によって、自分達には、まだまだ出来ることがあるのではないか……と、そんな思いがセバスの中で湧き上がっている。おそらくユリやナーベラルも同じだろう。

 

(これは一度、下僕同士で話し合う必要がありますね)

 

 デミウルゴスなど馬が合わない者も居るが、ことがナザリックのためであるなら非協力的な態度をとったりはしないはずだ。

 

(面白い……と言っていいのでしょうかねぇ)

 

 セバスは、先のことを考えて口元が緩むという、彼らしくない表情を浮かべていた。

 同行するNPC達が少しばかりの意識改革をしていた一方、彼らを率いてモモンガらはダンジョン内を駆けずり回っている。少し進めば出てくる罠群を突破し、通路壁移動の小細工がないためマップの作製も順調だったが、そのマップが完成したあたりで足を止め皆で顔を見合わせることとなる。

 どこを探してもダンジョン主……あまのまひとつと出くわさないのだ。

 




 今回で終わると思ってたんですが、終わりませんでした。
 セバスとか喋らせたかったんですよ~。
 ユリも喋らせたいので、こちらは次回ですね。
 あと今回、後半に差し掛かるあたりを書いてる時点で、ナーベラルの存在を忘れてました。
 あと1~3回で終わるかな……。

 誤字脱字の指摘、毎度ありがとうございます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。