オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第133話

 モモンガ達は現在、偽ナザリック地下大墳墓の第二階層に居る。

 拠点型アイテム……インスタント・ギルドホームの性能では、地下第一層エディットが限界値だ。しかし、あまのまひとつが事前に掘った大穴にインスタント・ギルドホームを埋めて設置、更には地表部を自前で構築したことで、実質的な最下層は第二階層となっている。

 ここまでの探索で、あまのまひとつの手製による地表部と、インスタント・ギルドホームの本来の地表部(あまのまひとつがダンジョン第一階層に偽装していた)で、あまのまひとつが発見できなかったため、この第二階層に彼が居るはずなのだが……。

 

「見た感じ、何の変哲もない……面白みのない迷宮仕立てだね~」

 

 後列のやまいこが呟く。

 この見解にはモモンガ達も同意見だ。

 すぐ上層で大量に出現した、追加資金増し増しの罠群。弐式炎雷の罠解除と前列メンバーの突破力で、ことごとく無力化されていたが、あれらに比べたら静寂もいいところである。

 

「そうそう! 出てくる罠は、最低限の性能のものばかり!」

 

 前方から弐式の声が聞こえてきたので、モモンガ達は注意を前に向けた。斥候役として弐式が先行しており、今も罠を無力化しながら会話には耳を傾けていたらしい。

 

「モモンガさ~ん、さっきから歯ごたえのない罠ばっかりだよぉ~。今やっつけたのは仕掛け弓だけど! アイテム販売時にプリセットされてる罠だね!」

 

「そうですか! 引き続き頼みます! ふむ、ダンジョン主の資金が尽きたか、あるいは節約しだしたか……。弐式さん相手だと、ほんのちょっとの時間稼ぎだな」

 

 モモンガは相手方の懐事情を読んだが、こういう時こそ危ないとも思う。

 最後の大勝負のようなイベント……切り札のような罠があったりするのではないか。先程、皆の頭を悩ませてくれた階層断絶。あれを拠点型アイテムを事前埋設するトリックと併用されたのは、けっこうな難イベントだった。だが、今一つパンチが足らない。

 

(あまのまひとつさんならパワードスーツでも着こんで、破れかぶれの特攻を仕掛けてくるか? いやあ、生産職にビルドし直してたから、やっぱり特殊罠で勝負だろうな~……)

 

 正直言って御免こうむりたいのだが、ダンジョン主が投降してこない以上、このダンジョンアタックはまだ続く。モモンガが溜息を押し殺していると、またもや弐式の声が聞こえてきた。闇の向こうの弐式は、次のように叫んでいる。

 

「モモンガさ~ん! ダンジョン主の気配を探知したよ~っ!!」

 

 モモンガ達は、振り向く者と前を見る者とで顔を見合わせた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガパーティーは、弐式の居る地点まで前進する。

 すぐさま合流を果たしたが、だからと言って何か変わるわけではない。弐式が居たのは先程までモモンガ達が居たのと同じ、ダンジョンの通路だったからだ。しいて言えば、弐式が無力化した弓罠があたりに散らばっているくらいだろうか。

 

(弐式さんはプリセット罠とか言ってたけど、本当だな。運営の広告ページで見たサンプル罠、そのまんまじゃないか……)

 

 新規ユーザー待望! これであなたも一国一城のダンジョン主!

 という、微妙に言い回しのおかしい売り文句が記憶に残っている。

 

(やっぱり、もう打つ手なしなのかな~~。あの頃の運営も、今居るダンジョンの主も……)

 

 ダンジョン主の窮状を他人事に思えないモモンガは、自分一人でナザリック地下大墳墓を維持していた頃を思い出し、思わず胃のあたりを手でさすった。

 

「ごほん。え~、弐式さん? ダンジョン主の気配ですか?」

 

「はい、今居る地点から……」

 

 モモンガに聞かれた弐式が報告する。後方で待機するナーベラルの視線を感じているらしく、彼は少しばかり得意げだ。

 

「おおむね前方……この迷宮仕立ての通路からすると、数分も歩けば到達できると思います。ただ……」

 

 景気のいい報告の後で、弐式が声のトーンを落とす。

 

「そのダンジョン主の居る部屋と、俺たちの居る場所の間に……妙な反応の部屋があるんですよ。ダンジョン的に言えば玄室かな?」

 

「妙な反応と言いますと?」

 

 その玄室は、弐式が試した探知系スキルをことごとく素通りしたらしい。

 

「何もないなら、そのように手ごたえがあるはずなんですけど。それもないわけで……」

 

 探知を阻害されているのだ。

 ここへきて玄室内の探知阻害。離れた場所から探られて困るようなことでもあるのだろうか。

 

(大方は罠の内容を知られたくない……とかだろうけど)

 

 モモンガは下顎に右拳を当てて考えたが、何も思いつかなかった。タブラを見ると、首を左右に振ってくるので、彼にもわからないらしい。推測だけでも……と聞いてみるも、「罠関連と言えば弐式さんですよ。弐式さんにもわからないんですよね?」と話を弐式に流されてしまう。タブラがモモンガ向きだった顔をグリンと回したので、弐式は上半身を後方に反らせつつ頷いた。

 

「え、ええ、わかりません。余程の課金アイテムを使っているか……。何もわからないということと、何もないという手ごたえがない。それが俺の報告できることです」

 

「そうですか。わかりました……」 

 

 モモンガは唸るように言う。依然として玄室の危険度は不明なままだ。弐式でも『わからない』となると、取りあえず危険な玄室と考えて対処するべきだろう。警戒して対処をした結果、無駄にアイテムやMPを消費するかもしれない。しかし、そのぐらいの損失は安全を買うための必要経費。モモンガにとっては損ではないのだ。

 

(……ギルメンと合流できるかどうかだものな……)

 

 それが一番大きい。

 この偽ナザリックには、ギルメンとの合流を期待して足を運んだのである。進行方向に危険な玄室があるから何だと言うのか。モモンガは玄室に踏み込む覚悟を決めようとしていた。

 

(そうとも、俺は行く。ここに俺一人だけだったら……絶対にそうする。でも……)

 

 今の彼には仲間達が居た。

 ユグドラシル末期の数年間、ギルドが賑やかであった時代を夢想しながら一人で過ごしていた頃とは違う。仲間が一緒なのだ。それは嬉しいことであったが、同時に責任も生じる。ギルド長として、仲間を危険にさらすような判断や行動は慎む.べきであろう。

 以上のことから、モモンガは前進継続の判断を躊躇したが、気がつくとギルメン達が彼をジッと見ていた。

 

「な、なんです?」

 

「モモンガさん。この先に、あまのまひとつさんが居るかもしれないんでしょう?」

 

 代表する形で話しかけてきたのは、たっち・みー。

 彼は言う。ギルメンと合流したいのはモモンガだけではなく、皆が同じ気持ちであると。

 

「たっちさんの言うとおりだよ! それに! ここには今、たっちさんが居て、タブラさんが居て、弐式さんが居て、ボクが居て、ユリ達まで居るじゃない! そこにモモンガさんが居るんだから、たいていのことは何とかなるよ!」

 

 後列のやまいこが、太い腕をブンブン振りながら言い、それを聞いたモモンガ以外の者が頷いた。死の支配者(オーバーロード)の目頭が熱くなり……精神の安定化によって気分が盛り下がる。

 

(台無しだ……。が、情けない姿を見られずに済んだな……)

 

 気を取り直すことはできたので、モモンガは背筋を伸ばし皆を見回した。

 

「ダンジョンの攻略……そう、攻略を再開しましょう。これから当該玄室の前まで弐式さんに案内してもらいます。玄室前に着いたら俺とタブラさんで、ありったけのバフ魔法をかけましょう。それが済んだら、この隊列のまま突入。よろしいですね」

 

 ギルメン達が頷く。

 モモンガは続けてNPC達に向き直り、ギルメンらから一歩離れて声をかけた。

 セバス、ユリ、ナーベラル。そしてアルベドが、一斉にその姿勢を正す。

 

「玄室に入って何かが起こり、所定の隊配置で対応が無理だと感じたら……。お前たちは、それぞれの判断で自らの創造主を守れ。普段から何かあるたび、お前たちが『死をもって償う』とか言うについて俺は良い気はしなかったが……今回ばかりは命じさせてもらう。誠に(もっ)て申し訳ないが死守だ。全力を尽くすように……」

 

 元の現実(リアル)では、他人に対して言ったことも言う機会もなかった内容だが、モモンガは腹の底から力を込めて言い渡した。支配者業務用の一人称『私』ではなく『俺』で言いつけているのは、本気度の現れである。そこには魔王と呼ばれて恥じないほどの威厳が込められており、アルベドらは綺麗に揃った「承知しました! アインズ様」の声とともに一礼した。

 実に絵になるシーンであり雰囲気だったが、言い終えたモモンガは時計回りに回って、ギルメンらを振り返る。

 

「いやあ、よそ様の子に対して言っちゃいましたけど……。勇み足でしたかね?」

 

 フード越しに頭を掻く骸骨には、魔王らしさなど一ミリもない。

 たっちらギルメンは顔を見合わせて吹き出すと、口々に「気にすることはない」旨の言葉をモモンガに投げかけ、それぞれのNPCを見た。

 

「ギルド長として、ほぼ満点の命令ですね。ああ、アルベドは、私よりモモンガさんを優先するようにね」

 

「リーダーとして、あるべき態度だったと思いますよ。私は……セバスの手を煩わせないように頑張るとしますか」

 

「モモンガさんの言うとおりだけど、ユリは無理しないようにね! ユリに手出しする奴は鉄拳制裁だよ!」

 

「モモンガさん。今みたいなのは、もっと言ってくれて良いんですよ。ナーベラル。斥候役の俺と殿(しんがり)のお前じゃあ離れてるけど、忍者には問題ない距離だ。分身体だって居るから、フォローは完璧! 緊張しないようにな! サムズアップ&ウインク、ばちこーん!」

 

「弐式さん。面を着けたままだとウインクがわからないでしょ?」

 

 今居るギルメンで、モモンガと同様、製作NPCを連れてきていない茶釜が笑いながらため息をつく。多少わざとらしさを感じるのは、そのように演技しているからだろう。

 

「アウラ達はナザリックに残すべきだったから、仕方ないわねぇ。私は一人で頑張るとしますか」

 

「茶釜さんは……」

 

 言いかけたモモンガは、男性ギルメンらからの視線を感じて口ごもったが、そのまま続けた。

 

「茶釜さんは俺が守りますよ。大丈夫。何しろ支援魔法は得意なんです」

 

「はぅあ!?」

 

 茶釜がビクリと脈打ち、大きく反り返る。これは、かなり危険な絵面だ。現に弐式とたっちが引いている。人化した状態であれば、妙齢の女性戦士がクラッとなっている姿だろうが、今見えているのはブルンブルンと震える……両脇に盾を持ったピンクの肉棒なのだ。

 

「だ、ダーリン……。今のは、うら若き乙女のピンクハートにジャストミートよ!」

 

 この場にペロロンチーノが居なくて良かった……と、居合わせた男性ギルメンが思う。

 もしもペロロンチーノが居て、今のセリフを聞いたとしたら「え? うら若き乙女?」などと言って茶釜に張り倒されていたことだろう。

 

((((その都度、よそん()の折檻シーンに付き合うのもな~))))

 

 姉弟二人だけで完結してほしいところだ。もっとも、自分がペロロンチーノのせいで迷惑したら、それはそれで折檻する側に加わるのだが……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ギルメン達は和気あいあいとしている。しかし、NPC達はそうではない。

 モモンガは、ギルメン達のことを頼んだよ! と言っただけのつもりであったが、その『命令』はNPC達に凄まじいまでの覚悟を生んだ。

 自分の創造主だけでも守れ。

 これは状況次第で『他の至高の御方』を見捨てて良いということでもある。

 ナザリックの下僕からすれば、到底受け入れられる内容ではなかった。

 しかし、自らの創造主と、そうではない至高の御方が同時に危機にあったとして、優先順位をつけるとしたら……心情的に創造主が優先される。突然、そのような状況になった場合、先のモモンガの命令がなければ誰の危機に駆けつけるか戸惑い、行動が遅れるかもしれない。言い換えれば、モモンガに言われたからこそ、即座に創造主の元へ駆けつけられるのだ。

 ありがたいことだ……と皆が思った。だが、モモンガに心遣いさせてばかりではナザリックの下僕として失格である。そこで覚悟だ。至高の御方に優先順位をつけるような不敬をするぐらいなら、そうならないように粉骨砕身、下僕働きを務めあげればよい。

 今、アルベド達からは、ナザリックの下僕にありがちな外部の者を見下すような奢りが消し飛んでいた。あるのはただ一つ、至高の御方を守り抜く覚悟だ。

 このようにNPC達の覚悟は決まり、士気は高いものとなっている。

 決めた覚悟どおりのことが実行できるかは別として……。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 最も警戒すべき玄室。

 弐式炎雷の探知力でも探ることがかなわなかった玄室の前に、モモンガ達は立っている。

 今は弐式以外が両開き扉から距離を取り、弐式のみは扉に寄り添うようにして手探りしていた。そして、そのすぐ後ろで弐式を凝視しているのが、戦闘メイド(プレアデス)……今は忍者装束のナーベラル・ガンマ。視線には強い力が込められており、扉に何らかの罠があって発動したとしても、弐式の盾になって守り切る覚悟だった。

 

(まあ、その事態になっても、俺がナーベラルを抱えて退避するんだけどね~……)

 

 扉を探る弐式は、後頭部に刺さる視線を感じつつ困り顔である。

 そして、そんな二人を見るモモンガは、「NPC達が気合入りすぎだろ!」と内心驚愕していた。ちょっと発破かけただけのつもりだったのに……。

 

(お、俺の目にも見えるぞ! セバスやユリ達から立ち上る『やる気オーラ』が!!)

 

 セバス達はモモンガよりも後方配置なので、肩越しにチラッと見ただけだが……それでもシルエットの輪郭あたりが、湯気でもあるかのように揺らいで見えていた。これをモモンガは『やる気オーラ』と感じたのである。

 実態は、覚悟を決めたNPCが興奮状態となって体温が上昇した結果、蒸散した汗がオーラのように見えているだけなのだ。だが、ここは『やる気オーラ』が見えると表現しても問題ないだろう。

 

(なんで、こんなことに~っ!!)

 

 かろうじて骸骨顔に助けられたポーカーフェイスで居るものの、モモンガは内心悲鳴をあげ、そして精神が安定化した。

 

(「大昔の少年漫画で『勝身煙(かちみ)』とかあったっけね~」)

 

(「なんですか、それは!?」)

 

 右隣のタブラがボソッと知らない言葉を発したので、モモンガは(すが)るように囁きかける。しかし、タブラは説明はせずに肘でモモンガをつついた。

 

(「セバス達より手前のアルベドだよ。どう見てもおかしいし。モモンガさん、ナザリックに帰ったら搾られるんじゃないの? 愛されてるから」)

 

(「うっ……敢えて意識しないようにしてたのにぃ……」)

 

 現在、パーティーの中列はモモンガとタブラ、後列はやまいことセバス、ユリ(ナーベラルは斥候位置に分離中)となっている。その中列の護衛役NPCとして、フルアーマー状態のアルベドが居た。モモンガから見ればすぐ後ろだから、セバスやユリよりも先に目に入るのだが、先ほど触れなかったのはアルベドの様子がセバス達より……おかしいからだ。

 

(わたくし)が、モモンガ様をお守りしなければ……ふう。気負いすぎちゃ駄目よね。こういう時は、モモンガ様を数えて落ち着かなくちゃ! モモンガ様のが一本、モモンガ様のが二本……ふう。いけないわ、殿方に備わってるアレは一本だけなのに……。でも、至高の御方なら増やせたりするのかしら? そうなったらプレイに幅が出るわよね! ……ふう。……今度、本数を増やせないかタブラ・スマラグディナ様に御相談して……」

 

 甲冑を着込んだ女戦士が、あちこちの隙間から湯気を立ち昇らせつつ、ギッチョンギッチョン身をよじっている。見なかったことにしたくなるが、言ってる内容は見た目よりも恐ろしい。さらに恐ろしいのは、精神の停滞化を幾度もはさみつつ、妄想をやめないところだ。

 タブラが「おうふ……」と漏らし、タコのような顔を横に振った。

 

(「アルベドとは一応、父娘の間柄なんだけど。まさか、交際相手のアレを増やす相談をされそうになってるとは……」)

 

(「タブラさん。あなた、なんて設定を盛り込んだんですか……」)

 

(「え~っ? 今のアルベドって、モモンガさんの設定改変の結果だと思うんだけどな~。それよりアルベドが相談に来たら、アレの本数は増やす方向でいいの?」)

 

(「増やしません!!」) 

 

 そんなことされてたまるかと、モモンガはキッパリ断る。

 この何とも言えない空気を払拭するには前進あるのみだが、その前進をしようにも扉が……。

 

「モモンガさーん、大丈夫だと思います~」

 

 絶好のタイミングで弐式の声が聞こえてきた。のんびりした声だが、隣で立つナーベラルが瞳を輝かせて褒めたたえているのと、弐式が胸を張っていることで、彼が得意げなのが見てわかる。ナーベラルの視線があるところでは、彼はいつも得意げなのだ。

 

「……アレの本数を増やした状態で女性化したら、どうなるか……。興味深いと思いませんか? モモンガさん?」

 

 タブラが何か言っているが、モモンガは取り合わずに扉へと近寄った。

 弐式が言うには簡単な罠が二つあったが、解除済みであるとのこと。他の罠は発見できないが、玄室内からの反応は変わらず何もないらしい。

 

「罠や仕掛けがあるなら、違和感ぐらいは感じるんですけど。それもないんですよ。玄室のすぐ前まで来てるってのに!」

 

 弐式はプライドを傷つけられたと不満そうだ。

 他のギルメン達も集まってきたところで、茶釜が触腕上に伸ばした粘体で、頭頂部の数十センチ下あたりをツンと突く。直後に頭頂部を傾けたので、下顎に指を当てて首を傾げているらしい。

 

「入ってどうなるかは、入って確かめるしかないわね~。……ウルベルトさんが居たら、たっちさんが『さあ、ウルベルトさんの出番ですよ!』とか言って、ウルベルトさんの肩を掴んで中に放り込んだりするのかしら?」

 

 一瞬、モモンガを初めとしたギルメンの脳内で「何すんだ糞たっちぃ!? 許さねぇからなぁあああ!」というウルベルトの絶叫が聞こえた。

 

「なんてことを言うんですか! 茶釜さん!」

 

 いち早くフリーズ状態から復活したたっちが、身振り手振りを交えながら訴える。

 

「こここ、この私が、そんなこと、す……るはずないでしょ!」

 

「そうよね! ごめんなさ~い。でも今、口ごもってなかった?」

 

 下から覗き込む茶釜に対し、たっちは「気のせい、気のせいですよ!」と視線を合わそうとしない。先日のPVPで、たっちが味方のはずのウルベルトによってジュッと焼かれたのは皆が知っていたし、茶釜が本気で言っていないのも理解しているので、場の空気は実に軽いものだ。

 

(よ~し、俺のアレの本数を増やすとかの話は有耶無耶だな!)

 

 この雰囲気に乗ることにしたモモンガは、キリッとした骸骨の顔で扉の前に立つ。

 

「こういうのはどうでしょう? 俺が<中位アンデッド創造>で死の騎士(デスナイト)を出します。先に玄室に入ってもらい、何かあるかを観察する……と」

 

 偽ナザリックには、最初からアンデッドだけで突入させればよかったのではないか。この期に及んで、そういった考えがよぎる。だが、ダンジョン主があまのまひとつ、あるいは敵対までしていない人物だった場合、ことの最初からアンデッド等をなだれ込ませたのでは良好な関係になるのは無理だろう。そう相談して判断したからこそ、ギルメンらが直々にダンジョンアタックしているのである。

 

(それに! 今やるのは罠部屋の安全確認だから、別問題! ノーカウント!)

 

 モモンガの提案に反対するものが居なかったので、モモンガは扉の前でスキルを発動した。

 

「<中位アンデッド創造>!!」

 

 足元で闇が出現し、死の騎士(デス・ナイト)が出現する。

 

「オアアアアア」

 

 うめき声を発するのみだが、不思議と何を言いたいかは理解できた。ちなみに、今言ったのは「何なりと御命令を」だ。二メートルを超える身長と、それに見合ったガッチリした体格。右手にはフランベルジュ、左手にはタワーシールド。漆黒のマントは、なかなかに決まっている。

 モモンガは二度頷くと、前に進み出た。

 

「お前に頼みたいことは、この扉の向こう……玄室に入って暫く様子を見ることだ。正体不明の罠が発動するかもしれないため、非常に危険な任務となる。やってくれるか?」

 

 言いながらモモンガは、使い捨ても同然のアンデッドに対し、自分は何を言っているのか……と思う。しかし、モモンガは元の現実(リアル)において、ブラック企業で大変キツい思いをした身だ。ゲームならともかく、実際に「お前、行って死んでこい」と他人に軽々しく言うなど、彼の良心が許さなかった。たとえ相手が、時間経過で消滅するアンデッドだとしてもだ。

 一方、死の騎士(デス・ナイト)はモモンガの言葉に感動したようで、身を揺すって唸り、了承したことを伝える。そして、モモンガやギルメンらが見守る中、ドスドスと進んで扉を押し開け、中へと入って行った。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 この様子を、居室のあまのまひとつはモニターで観察している。

 

「手始めに死の騎士(デス・ナイト)か……。さすがモモンガさん、慎重だな」

 

 ユグドラシルにおけるモモンガの戦い方。それはウルベルトのように悪辣でなく、たっちのように鮮烈無比でなく、ぷにっと萌えのような詰将棋でもない。思い起こせば、ただただ慎重で効率重視だったように思う。その手腕で大物食いをすることはあったが、純粋な強者とのPVPでは敗北することもあった。

 

(対応力はメチャメチャあるんだけど、モモンガさんはロマンビルドだったのがな~……)

 

 ガチビルドであったら、どれほどモモンガは強かったのか……とも思うが、今は防衛線の采配に注意を向けなければならない。

 

「んん~、あの仕掛け……バリバリの対人仕様だから、中身がプレイヤーならアンデッドにも通用する……はずなんだけど。素のアンデッドならどうなんだろう? 駄目かな?」

 

 昔、回線越しでるし★ふぁーと、盛り上がっていた時は、性能面は設定ありきで実用性など考えていなかった。フレーバーテキストの内容を先に作って大はしゃぎし、必要とされる材料やアイテムを揃えるところまで行ったが、急にるし★ふぁーが冷めたことで実際に罠を組み上げることはなかったのだ。かかった費用も結構なものだったから、消費系アイテムを使うのを躊躇したこともある。だから、死の騎士(デス・ナイト)に効果があるかは未知数。効果がないと決まったわけでは……。

 

「あ~……やっぱり駄目か。不発だ。あの設定だとな~……」

 

 居室からアイテム操作をしたあまのまひとつは、ため息とともに肩を落とした。モニターに映る死の騎士(デス・ナイト)に変化はない。危惧していたとおり、素のアンデッドには効果がなかったようだ。

 

(こうなると大量のゾンビとかで押し込まれて、この居室にまで入ってこられたら俺にできることは、もう土下座しかないな……)

 

 打つ手なし……である。

 アンデッド相手に土下座は通用しないだろうから、ダンジョン内のアナウンス機能でモモンガ達に降服宣言をし、その後、当人ら相手に土下座……だろうか。

 あまのまひとつの数少ない勝ち筋としては、モモンガか誰か、来ているギルメンが一人でも多く引っ掛かり、やる気をなくして帰る流れになることだ。しかし、それも玄室に入ってくれなければ……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「何も……起こりませんね」

 

 モモンガが呟く。

 玄室内はデフォルト状態であったらしく、石壁石畳に天井と平たい直方体の空間があるのみ。全周の壁上部には一定間隔で魔法灯が備わっており、入り口からでも内部をすべて見渡せる。モモンガは、玄室中央で立ち止まった死の騎士(デス・ナイト)が周囲を見回しているのを確認すると、そのまま十分ほど待った。が、何も起こらない。

 

(本当に何もない部屋だったのか?) 

 

 皆の了解を得て死の騎士(デス・ナイト)を見えている対面扉まで移動させ、扉が開くかどうか試してみたが、あっさりと開いてしまう。拍子抜けだ。

 

(んん? ん~……もう一声、次は何か生き物でも放り込んでみるか?)

 

 慎重派のモモンガは一つ試しただけでは納得できず、今考えた案を皆に説明する。すると、弐式がカッツェ平野に出たときに小鳥を捕まえていたと申し出たので、その鳥を使うことになった。

 

「弐式さん。どうして鳥なんか捕まえていたんです?」

 

「いやあ、昔の忍者漫画で、洞窟の中で毒ガスが出てるときに鳥が真っ先に死んで……というのを見たことがありまして。こっちの世界で本格的なダンジョンアタックは初めてだったし、なんとなく……な念のためです」

 

 漫画から着想を得たのが気恥ずかしかったのか、弐式は頭を掻いていたが、小袋の中で麻痺させていた小鳥を取り出し、覚醒させてから玄室内に放つ。小鳥は暫し天井付近を旋回していたが、やがて中央で陣取る死の騎士(デス・ナイト)の兜の上にとまって羽根づくろいを始めた。なんともないらしい。

 アンデッドが平気で、生者である鳥も平気。

 ひとまずは安心であろう……とモモンガ達は判断した。

 彼らは知らなかったが、鳥が平気だったのはモニターで様子をうかがっていたあまのまひとつが罠を起動させなかっただけに過ぎない。あまのまひとつの方でも鳥に効果があるかは不明だったが、鳥に異常があって、それを見たモモンガ達が玄室に入らない方向で対策を立てるのを警戒したのである。

 この時点で、双方の戦いはあまのまひとつの作戦勝ちとなった。彼の作戦としては、ギルメンが玄室に入ってくれなければ、どうしようもなかったからだ。

 

「お邪魔します~……」

 

 先行して弐式炎雷が玄室に入り、後は隊列のままパーティー全体が入って行く。最後尾のセバスとナーベラルが入ったところで……あまのまひとつの操作により玄室の罠が起動された。

 ユグドラシル時代において、るし★ふぁーが「命名は自分がやるから! ね! いいでしょ!」と譲らず強引に名付け、それを思い出したあまのまひとつが組み上げ時に登録した罠名は……「最悪!ジャンボトラウマくじ」という。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「んん? 転移系の罠でも発動したかな?」 

 

 半魔巨人(ネフィリム)のやまいこが、傾いた帽子の位置を直しながら呟く。周囲を見回すとかなり暗い。十歩も離れると顔の判別もできなくなるほどだ。明らかに先程まで居た玄室ではない。

 

(鼻をつままれてもわからないほど……じゃなくて良かったかな?)

 

 足場は硬くて踏ん張りが利きそうであり、先程まで居た玄室の石畳と同じものであるらしい。何かに襲われても反撃ぐらいは可能なようだ。武具類に関しては変化なし。両腕に装着した赤色のガントレット『女教師怒りの鉄拳』の感触が実に頼もしかった。

 それにしても、他のメンバー……ギルメンやNPC達はどうしたのだろうか。姿もなければ、息遣いや身じろぎからくる衣擦れの音……いわゆる気配すらない。いや、気配はあった。すぐ後ろだ。

 

「やまいこ様!」

 

 後方、闇の中から戦闘メイド(プレアデス)……ユリ・アルファが姿を見せる。駆けてきたユリは、振り返ったやまいこの前で急停止すると一礼した。

 

「ご無事でよかった! 他の方々は……」

 

 せわしなく周囲を見回しているユリを見て、やまいこは少し安心する。冷静なつもりでいたが、他のメンバーと分断されたことで不安にはなっていたらしい。

 

(ユリは、ボクが守らないとね!)

 

 ユリ・アルファは、ぶくぶく茶釜の二十代前半の頃をモデルに作成したNPCだ。やまいこ自身、異世界転移の直前はチンチクリンのおばちゃんだったので、スラリと背の高い若茶釜の姿……ユリは格好いいし羨ましい気もする。

 

(かぜっちは昔も今もモテてたものね~。ボクの場合は……)

 

 学生時代は大いにモテていた。やまいこ自身は理解できないが、主に同性から……。

 お人形さんみたいだと愛でられ、性格がこのとおりだったのでタブラが言うところのギャップ萌えなのか、告白までされた。

 

(あれは言っちゃ悪いかもだけど気持ち悪かったな~……。でもって、その後のことも大変だったし。今でも、あの声を思い出しちゃうよぉ……)

 

「せ~んぱい!」

 

「そう、そんな声で……えっ?」

 

 二十年ほど前に聞いた声がすぐ目の前で聞こえ、やまいこは硬直する。ユリが素早く前に回ってやまいこの盾となったが、こちらは訝しげな表情を浮かべた。出現したのは人間の少女のようだが、服装に違和感がある。それはモモンガ達がかつて居た『元の現実(リアル)』においてセーラー服と呼ばれるもので、転移後世界の人間が着る衣服とはデザインの趣が違う。髪の色は黒であり、これはギルメンやユリやナーベラルなど、ナザリックでは特に珍しくない髪色だったが、転移後世界においては見かけない頭髪色だ。

 

(もしや……至高の御方と同じ世界の……)

 

 そうユリが考えたのも無理はなかった。

 一方、やまいこは平静では居られない。

 出現したのは、やまいこの学生時代の後輩で、やまいこに対して本気の告白を行った人物だ。このことで、やまいこは自分に『その()』がないことを改めて自覚した上、後輩の告白を断った結果、後輩と友人であった妹との仲が拗れてしまった。早い話がトラウマであり、茶釜に冗談交じりで言い寄られても精神的負荷を覚えつつ断るというレベルに達している。

 その少女が一歩前に出ると、やまいこは気圧されるように一歩下がった。それを肩越しに見て確認したユリも、合わせて一歩後退するが、表情に出る困惑の色は濃さを増している。

 やまいこは自分のNPCが戸惑う姿に気づかないまま、掠れた声で呟いた。

 

「き、君は……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「う、動きませんね?」

 

 弐式が硬直したモモンガを前に、怖々と様子を窺っている。詳細は不明だが、パーティーの全員が玄室に入った途端、メンバーの幾人かが硬直し、そのまま動かなくなった。動かなくなったのは、やまいことユリ。たっちとセバス。モモンガとアルベドと茶釜。この三組だ。

 

「弐式さん。罠の種類とかは解りませんか?」

 

 タブラが問うと、弐式は肩を落として首を振る。

 

「駄目ですね。ただの麻痺じゃないようですが……。スイッチを踏んだとかセンサーに引っかかったとかじゃなくて、これ、遠隔操作で起動させたんだな……。気づけるわけないし……」

 

 弐式の言葉に「そうですか……」と返したタブラは、タコのような頭部をククッと傾けながら考察する。

 

(交際相手同士と、主人と製作NPCの組合せか……。偶然で済ませて良いものかな? 私や弐式さんが引っかからなかったのは、どうしてだ? NPCでナーベラルだけ無事なのは、弐式さんが無事だからだろうか? じゃあ、私が無事なのにアルベドが硬直しているのは……。うん?)

 

 タブラの考察は続くかのように思えたが、それを中断させるモノが視界に入った。

 空中に浮かぶ赤色の枠線。その中に表示された赤文字は……日本語。

 その中に表示された文章は、以下のとおり。

 

『現在、レジスト失敗者と、その人に縁がある人物に、とある映像を視聴して貰っています。概ね五分で解放されますので、その後は自由にお引き取りください。 あまのまひとつ』

 




年内最後の投稿になります。

やまいこさんが精神攻撃されています。
この調子で全ギルメンやると、このシリーズが終わるまでに何か月かかるかわかったものではないので、他はたっちさん、モモンガさんの組に留めました。これでも多いと思うんですけど、やまいこさんに出番用意したかったし、ここでたっちさんを書きたかったし、モモンガさんを入れなくてどうするのか……と。

あと久々なので補足しておきますが、本作では、ユリの姿の元モデルは茶釜さんで、茶釜さんが人化するとユリそっくりになります(異世界転移補正で若返ってるのと美形化)。やまいこさんは小柄な純和風美人(こちらも若返って美形化してます)。
一般的なイメージとしてはユリの元モデルはやまいこさんになるっぽいのですが、茶釜&やまいこで入れ替えてるのは

(追記)
入れ替えてるのは~のあと二日ほど書き忘れてました。
単なる思いつきです。その方が新鮮かな~とか思いました。

ちなみにギルメンの男連中に補正はなし!

それでは、皆さま。良いお年を……。
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