オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第134話

 仮称偽ナザリックの最下層。

 やまいこの前に出現したのは、一人の女子高生。

 元の現実(リアル)における高校時代の後輩だった。

 やまいこに対し一方的な恋愛感情を向けた上、告白を断られたらストーカー行為を始め、仲裁に入ろうとした友人……やまいこの妹と仲違いすることになった。やまいこが女性同士の恋愛について、拒絶反応を示すことになった原因人物であるのだが……。

 

(名前……なんだっけ?)

 

 ショートカットの黒髪、活発そうな顔立ち、母校のセーラー服姿。

 どれをとっても記憶どおり。しかし、どういうわけか、やまいこには彼女の名が思い出せない。

 

(後輩の……あの子だってことはわかる。でも名前が……)

 

 そのことも気になるが、後輩の言動も不可解だ。今のやまいこは半魔巨人(ネフィリム)の姿なのだ。後輩は、どうして『やまいこ』と認識できたのか。

 

(声は元のままなんだけど。それで判断した? でもな~……)

 

 これは幻覚や幻影の類なのだろうか。普通に思考はできているから、単に何かを見せられている可能性もある。いくつか推測を立てていると、後輩が一歩進み出た。それに気圧されるようにやまいこが一歩下がり、創造主の後退を感じたユリが肩越しに様子をうかがいながら、同じように下がる。

 

(ううう、やっぱり苦手だよぉ……)

 

 実年齢で言えば、やまいこはそこそこのオバちゃんで、相手の後輩は若いままだ。女子高生の小娘に気負けするわけにはいかない。が、若いころに刷り込まれた苦手意識が、やまいこを前に進ませなかった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 広いだけで何もなく、そして薄暗い玄室。

そこにはタブラの魔法光で照らされ、立ったまま動かなくなったギルメンとNPCが居る。

 ギルメンは、モモンガ、たっち・みー、やまいこ、茶釜の四人。

 NPCは、セバス、ユリ、アルベドの三人だ。

 皆が直立不動のままであり、他のギルメンが声をかけても返事をしない。

 モモンガの様子をうかがっていたタブラが溜息をつく。

 

「<魔法解除(マジックディストラクション)>を拡大や強化で試しても駄目か。精神作用系の魔法効果と見たけど、NPCはともかく、あのたっちさんや、アンデッドで精神攻撃に耐性のあるモモンガさんまでがね~。……こうもあっさりだと、自分自身で魔法効果を許容したのかな? 回復魔法でダメージが回復したところに、魔法解除をしても意味ない……みたいなもので。ん~……あまのまひとつさんのメッセージどおり、何か見せられてるだけなら放置しておいて大丈夫か……」

 

 言いながら視線を転じると、その先には途方に暮れた様子でナーベラルに慰められる弐式の姿があった。

 

「くそ、俺が罠を見破れていたら……」

 

「弐式炎雷様……」

 

 慰めると言ってもナーベラル自身は口下手なので、衣服(いまは忍服姿)がかすかに触れる程度で寄り添うのみ。そんな彼らをタブラは、タコのような目でギョロギョロと観察していた。

 

(真面目に落ち込んでいるね~。でも、ナーベラルと良い感じだから、ちょっぴり浮かれてるのかな~……)

 

 こっちも放置で大丈夫そうだと判断し、タブラは考察を再開した。

 

(戦闘指揮は茶釜さんや、たっちさんやモモンガさんが上だから、何事もなければ丸投げして相談役に徹したんだけど……。ここで状況の変化待ちしてるのも時間の無駄だよねぇ) 

 

 今動かせる戦力は、タブラ自身と弐式、そしてナーベラルのみ。

 戦闘職の一〇〇レベルプレイヤーと戦うのは、同数で互角程度……しかし、この奥にい居るあまのまひとつは生産職だ。タブラは決断した。

 

「弐式さん? 今のうち……と言うと何ですが、奥まで探索してみませんか?」 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「たっち・みー様、これはいったい……」

 

 たっち以外の姿が消えうせた薄暗い玄室で、セバスが警戒態勢をとる。ジリジリと右に寄り、創造主であるたっちと距離を詰めるが、たっちはたっちで突っ立ったまま前方を見据えていた。

 

「馬鹿な……何で、こっちの世界に居るんだ?」 

 

 ヘルムから声が漏れる。

 その声は震え、呼吸は荒くなっていた。

 たっちの視線の先に居たもの。それは逃げた元妻と、彼女とともに姿を消した娘だった。

 発動した罠の効果で、幻覚や幻影を見せている。

 そう判断するべきであり、たっちもそう理解していたが、感覚の部分で妻子らが本人のように思えてしまう。そして……。

 

(彼女ら、彼女らは……なんて名前だっけ?)

 

 やまいこもそうだったが、たっちにも元妻子の名が思い出せない。あまのまひとつは『映像と音声を体感させるだけ』の罠と認識していたが、他に何らかの効果があったのかもしれない。罠作成に関わったるし★ふぁーが、あまのまひとつに黙って隠し効果でも仕込んだのだろうか。あるいは、異世界転移したことで性能に変化が生じたのか。今となっては確認も検証もできないことだったが、たっちにとって重要なのは目の前に居る元妻子である。

 

(落ち着け~、落ち着けよ? 気配感知……反応あり。けど、そこに居る存在感とかに厚みを感じない。やっぱり幻影か幻術? とにかく本人達じゃないと思うが……)

 

 何か……言うべきなのだろうか。

 仕事が忙しいときは家に帰れなくても仕方ないじゃないか。

 これでも家族サービスには務めてきたつもりだ。

 別れるにしたって、置手紙一つで姿を消すことはないだろう。

 妻子が失踪した時、たっちには言いたいことが山ほどあった。

 しかし、言葉が出てこない。

 実は、たっち自身も自覚のないことであったが、異世界転移してモモンガ達と合流を果たしてから、彼の精神は緩やかに回復していた。過去の思い出と折り合いをつけだしていたと言ってもいい。

 つまり、自分にも悪いところがあったのではないか。失踪される程に至らない部分があったのなら、辛い出来事であったが妻子を悪く言う資格が自分にはないのではないか。

 そう考えて納得しつつあったのだ。

 そんなときに、妻子が姿を見せた。

 せっかく立て直した精神が音を立ててひび割れようとしている。

 混乱し硬直するたっちだったが、回り込むようにしてセバスが前に出た。

 

「たっち・みー様。あのお二方は? ご存じなのですか?」

 

 どうやら、セバスにも見えているらしい。やまいこと共に罠効果に巻き込まれたユリと同じだ。この罠が、どういった判定でセバスにも妻子の姿を見せているのか謎だが、とにかく今は聞かれたことに対して返事をしなければならない。たっちはヘルムの下で奥歯を噛みしめた。

 

「あれは……私の元……妻子……だ」

 

「なんと!!」

 

 セバスが肩越しに振り返ってくるが、その視線をたっちは見返すことができない。続く言葉が出ないため、セバスの方では一瞬考えこむ。

 

(元妻子……。離縁されたということでしょうか? 何か深い事情が……。……たっち・みー様にお聞きする……のは立ち入った話になりますかね……)

 

 セバスが黙考している間に状況は動いた。

 目の前に居る二人の女性のうち……たっちの元妻が口を開いたのだ。

 

「久しぶりね、あなた……」

 

(あなた呼ばわり? 今更?) 

 

 ガシュリ……。

 

 たっちのヘルムの下から、錆びた鉄板をこすり合わせたような音が生じる。人間が歯ぎしりをしたなら、ギリリといった音なのだろうが、ヘルムの下にあるのは人ではなく異形種の顔だ。今の自分は人ではない。そのことが、たっちが激情にかられることを押しとどめている。

 

(そうだ、そうとも。今の私は人間の……じゃなくて、たっち・みーだ。昔に婚姻関係があった『別の生き物』が話しかけてきたからって、それが何だって言うんだ? 些末なことじゃないか。落ち着いて話そう。暴力だって振るわないぞ? セバスの前で家庭内暴力……いや、もう家族じゃないんだから、赤の他人の婦女子に危害を加えるなんて……) 

 

 脳内で理論武装を組み立てていると気が落ち着いてくる。

 

(セバスに任せて穏便にお引き取りいただいてもいいんだけど、まあアレだよ、幻影の類が相手だからって話を聞かないのも格好悪いしな!)

 

「セバス。私が話そう……」

 

 一声かけ、セバスが左方にどいたのを見てから、たっちは前に出た。

 相手には見えないだろうが、ヘルムの下では異形の虫顔ながら満面の笑みを浮かべている。 

 

「確かに久しぶりだね……ではなく、久しぶりですね。ああ、こちらはセバス・チャン。私のところで執事をしてもらっている」

 

 たっちは元妻子しか見ていないが、左側でセバスが一礼するのは気配で感じ取れていた。

 

「それで? なんかこう幻影を見せられているのは認識できているんだけど、話ぐらいは聞いておきま……面倒くさいな、元の口調にするよ? 話ぐらいは聞いておこうかな?」

 

(そういえば、私が全身甲冑姿ってことに元妻子はノーコメントだけど、そこも幻影だからなのかな~?)

 

 余計なことを考えるのは気を落ち着かせるため。

 付け加えるなら、やまいこと違って動揺から立ち直るのが早いのは、元警察関係者であるたっちが精神面で頑健であるからだ。少なくとも、今のところは……。

 

「あ、あのね……」

 

 元妻がセバスに対して頭を下げてから、もじもじと話し出す。

 

「もしね、よかったら……私と再婚してもらいたいの……」

 

「……はっ?」

 

 ヘルムの下で、たっちの作り笑顔が凍りついた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 やまいこは、トラウマ相手の後輩女子。

 たっちは、離婚届の置き捨てと逃げるを同時にやった元妻と娘。

 それぞれが幻影とはいえ、見たくもない相手との対面を果たしていた。

 同じ罠に引っかかったモモンガの前にも幻影は出現したが、誰が出てきたのかと言うと、トロンとした目つきでたたずむエプロン姿の女性……死別した母親である。

 前述の二人と違い、『見たくもない相手』ではない。

 しかし、無理を重ねた上に過労死した……その際のエプロン姿とあっては、トラウマであるには違いなかった。

 

「ふふ、ふふふ……」

 

 スタッフ・オブ・アインズ・ウールゴウン……のレプリカ杖を握りしめるモモンガは、まずは笑いがこみあげてくる。

 驚き、動揺、恐怖、絶望、そして喜び。

 様々な感情が入り混じった笑いだ。

 

(母さん、母さんだ! 若いなぁ! ふう……くそ、安定化した。でも、ぐぬぬ……倒れたときの恰好か……。くほ~、胸が痛ぃ~……ふう、また安定化した。これ、結構きついな……)

 

 嬉しい気持ちが安定化するのはムカつくが、罪悪感などの辛い気持ちが安定化するのはありがたい。ただ、両方を同時あるいは交互に味わうのは、精神安定化とは別のところで心がすり減るのだ。

 

(スッと落ち着いてるはずなのに頭がグラグラする。マジで気持ち悪い。え~と……今の俺……大げさなローブを着た骸骨姿を見て動じないところを見ると、あの母さんは幻影の類だろうな。大方、トラウマ映像を見せて追い返そうって主旨なんだろうけど、悪辣な罠だよ! ……どことなく、るし★ふぁーさん味を感じるな~……)

 

 つい最近、るし★ふぁーの罠に引っかかって女性化する羽目になったモモンガは、今回の罠について製作者の影を正しく感じ取っていた。今のところ、命を奪いに来るような罠ではないのだろうが……。

 

(ダラダラ付き合ってちゃ、俺の心のダメージが深くなる……か。さっさと会話でもして罠効果が終わるように持って行かなくちゃ)

 

 心理的に厳しいことになるのは覚悟の上。

 その覚悟にアンデッドの精神安定化が合わされば、この精神的嫌がらせの罠にも対抗できるはず。

 モモンガは「いける!」と判断したが、そんな彼に声をかける者が居た。

 

「あのう、アインズ様?」

 

「ダーリン、聞いていいかしら?」

 

 おそらくはモモンガ直撃で発動した罠。どうしたわけか、それに巻き込まれたアルベドと、ぶくぶく茶釜である。

 

「「そちらの女性は?」」 

 

 二人の声に嫉妬等の色はない。目の前の女性がモモンガの知人であるかどうかを確認しているだけなのだ。少なくとも今の時点では……。

 それがなんとなくわかるモモンガは、ごく普通に母親を紹介した。

 

「え~と……俺の母さん、の姿をした女性?」

 

「「ええっ!? お義母様!?」」

 

(さっきといい、なんでハモるかな~……)

 

 モモンガは首を傾げたが、アルベドと茶釜を手招きして呼び寄せると、『母親』から目をそらさないまま小声で話しだす。アルベドは、モモンガと顔を寄せ合うことが嬉しいのかニコニコしており、茶釜は……ピンクの肉棒状態なのでよくわからない。

 

(「この状況だけど、何かの精神系の罠だと思うんだよ」)

 

 アルベド相手と茶釜相手では、モモンガの普段の話し方が違う。アルベドであれば上司口調、茶釜であれば親しい知人向けの敬語だ。しかし、緊急事態なので喋り分けが難しく、モモンガは二つが混じったような口調になっている。

 

(「あっさりかかったのは、攻撃判定にならないような効果だからだと思うし、出てきた幻影のようなものが俺の母親ということは、罠に直撃されたのは俺だな。アルベドと茶釜さんが巻き込まれた理由については現状、不明のままだ」)

 

 だんだん口調がアルベド……ナザリックの僕向けのモノになっていくのをモモンガは自覚していた。今は異形種体だし、迷宮内での非常事態の最中でもある。口調が硬くなるのは仕方がないのだ。

 

(「俺の骸骨丸出しの風体、しかも魔法職のローブ着用だ。これを見て母さんが平然としているのがもう、幻影……少なくとも本物でないのは明らか。そこで、会話をして様子を見つつ、この状況を打開する方法を探るものとする」)

 

 いきなり攻撃魔法を叩きこむのもいいが、さすがに母親の姿をした者に初手攻撃魔法というのは気がのらない。むしろモモンガ的に嫌だった。

 

「では、話しかけるとするか……むっ?」

 

 前に出ようとすると、アルベドと茶釜が回り込むようにして前へ出る。今はモモンガに背を見せている状態だ。

 

「いや~、私達って防御が得意じゃない? 念のためよ、念のため~」 

 

「アインズ様。(わたくし)ども……いえ、二人にお任せください」

 

「ああ、いや……うん」

 

 タンク役が二人も居ると頼もしいが、女性を前に押し出して……となると、ゲームやPVPと違って気が引ける。だが、有効な提案であり方針だったので、モモンガは出かけた言葉を飲み込んで母親らしき幻影に話しかけた。

 

「ええと、もしもし? 鈴木さん……ですよね?」

 

「……あ、はい。私、鈴木ですが……」

 

 元の現実(リアル)での名字で確認すると、母が返事をする。

 その内容からモモンガは、母には自分が息子の悟だと認識していないことを確認できた。

 

(母さんが生前に見た俺の最後の姿といえば、小学生の頃の姿だろうから当然か。そうだろうな。ああ、くそ、頭が冷えてきた……。今ので、あの『母さん』が俺の意識か記憶を反映したものだってことは推測できるわけだ。元の現実(リアル)で、俺の母さんの姿や言動、ましてや記憶の程度を、あまのまひとつさんがデータ収集できたとは思えない……その方法があったはずもない! 元の現実(リアル)に魔法なんてないんだから!)

 

 つまり、今目の前に居る『鈴木悟の母親』は、罠の効果によってモモンガの記憶やイメージを投影したもの……らしい。そこに考えが至ると「俺の母さんを勝手に罠に使いやがって……」と苛立ちがつのるが、これもまた安定化されてしまった。

 

(母さんを見て話ができる機会はありがたいんだけど、これ、俺の脳内経由の映像の可能性が高いから、やっぱりモヤモヤするぅ! とにかく何とかしないと……)

 

 母親が返事をしてから十数秒。

 うつむき気味で考え込んでいたモモンガは、軽く頭を振ると顔をあげ、母親に質問を投げかけていくのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 場面変わって、現実……の転移後世界。

 

 ドンドンドン!

 

 あまのまひとつの、カニの甲羅のような背がビクリと揺れた。

 扉を激しく叩く音は、彼の背後から聞こえている。

 恐る恐る振り返ると、木製(に見えるだけで、防御及び防犯装置山盛りの)扉がノック一回ごとに揺れているのが見えた。

 モモンガ達が居る玄室から、この部屋までの通路には手持ちモンスターを配置しておいたのだが、すべて撃破されたか突破されたらしい。

 

「ついに来たか……。……どうしよう」  

 

 モモンガ達の居る玄室……罠部屋の様子はモニターで見ていたので、扉の向こうに居るのが弐式炎雷ということはわかっている。タブラと手短に打ち合わせた後、張り切って玄室を飛び出たのだ。ちなみに、ナーベラルはタブラの護衛という名目で玄室に残してきている。

 あとは戦うか逃げるか、降伏するか。あまのまひとつの判断次第だが……。

 発狂状態の影響か、降伏する選択肢だけが頭からスッポリ抜け落ちている。

 最適解は、この場で土下座してモモンガ達の居る玄室に出頭すること。しかし、頭から抜け落ちているものは選びようがないのだ。

 

(戦って勝てるわけないんだから逃げよう! 逃げる? 逃げるって……どこにだ?)

 

 ここはインスタント・ギルドホームの最奥。それもギルドホーム指令室なので、今見えている扉以外に出入口はないのだ。設定しようと思えばできたのだが、疑似二層式のダンジョン構想を思いついた際、有頂天になって設定し忘れたのである。

 

(ユグドラシルに居た時、ナザリックの三層ぐらいまで使ってダンジョンメイクごっこでもしておけば良かった!!)

 

 己の経験不足を嘆いても今更の話だ。

 そんなふうに後悔しつつ時間を浪費していると、扉の割れる音がして外から忍者の頭が突き出された。鬼面を装着した頭部がグリングリンと左右を確認し、あまのまひとつを発見するやピタリと動きを止める。

 

「居ぃぃいたぁああああああああ!!」

 

「ひ、ひぃいいいいいい!?」

 

 ハイテンションの弐式に対し、あまのまひとつは悲鳴で応じた。

 わたわたと怪しいカニ踊りをするが、逃げる選択肢がない以上は戦うしかない。前述したとおり、あまのまひとつに『降伏』の二文字は……今のところないのだ。

 見れば弐式は、扉の破孔からにゅるんと上半身をくぐらせている。

 

(絵面、怖っ! でも戦闘態勢を整えるなら今しかない! 何か! 何かないかぁ!?)

 

 あまのまひとつは、右の人型下腕をアイテムボックスに突っ込み、あれでもないこれでもないとアイテム類を放り出し始めた。その姿、青い狸型ロボットがパニックを起こすがごとし。出てくるアイテムの多くは資材や鉱石、ポーション類だったが、不意に大きなアイテムが掴み出される。

 あまのまひとつの数倍はあるサイズ。見た目は巨大なカニであり、赤く染められた外装のため茹で上がっているように見えて実に美味しそうだ。

 パワードスーツ。

 かつてユグドラシル末期、後発プレイヤーのために投入されたもので、ロボット物の流行に運営が乗っかった形……の微妙アイテムである。あまのまひとつは生産職でも戦闘ができると聞いて、これを購入。ユグドラシル以外では空戦ゲームもたしなんでいたことで少しばかり自信があり、よりにもよってペロロンチーノに空戦を挑んだ結果、呆気なく撃墜されている。以後、「やっぱり、生産職ビルドで戦闘は無理!」と正気に戻り、パワードスーツは封印された……とギルメンらは認識していた。だが、「陸戦なら、ワンチャンあるんじゃね?」と実は目が覚めていなかったあまのまひとつは、ひそかに陸戦仕様へと改造していたのである。

 見た目がカニ型になっているのは、自分の異形種体に合わせようと趣味に走った結果だ。

 

「そうだ! こいつがあった! 黒歴史だったもんで、すっかり忘れてた!」

 

 オプション装備をそこそこ充実させているので、これに乗り込めばもう少しは粘れるかもしれない。

 あまのまひとつは甲羅にある上部ハッチに向け、カサカサッと這い上がっていく。

 

「よし! PVPだ! 舞え! 釜茹で中のカニのごとく! 俺のキングカニかぁっ……」

 

 どす!

 

 今のは、弐式のブイの字に広げた人差し指と中指が、あまのまひとつの両眼に突き刺さった音だ。パワードスーツに入らないでセリフを口走っている間に、弐式が部屋に侵入、高速で接近して目つぶしをくらわせたのである。ただし、眼鏡は割れていない。

 

「ぐわあああああああっ!?」

 

 あまのまひとつは下腕で両目を覆うと、パワードスーツの甲羅から転がり落ちた。落下ダメージは大したことなかったが、数メートルの落下を背や頭部で受けたことになる。人間の頃の感覚からか右に左に転がっていると、弐式がパワードスーツから降りてきた。

 

「眼鏡の上からの目つぶしだし、割らないようにしたし。そんなに痛くないでしょ? 眼だけじゃなくて背中とかも! しかし、このパワードスーツ……ぺロロンさんに撃墜されたアレか……。見る影もないけど改造してたんですか? 何で最初から使わなかったのかなぁ……切り札だった?」

 

 単に存在を忘れていただけである。

 

(い、今のうちに……)

 

 弐式が呟いているのを見て距離を取ろうとしたあまのまひとつであったが、瞬時に進行方向へと回りこまれてしまう。

 

「フフフ、忍者からは逃げられない」

 

「ううっ!!」

 

 腕組みをして立つ弐式の前で、あまのまひとつは動きを止めた。

 ここから……ここから何か逆転の策はないだろうか。

 弐式を出し抜き、タブラやナーベラルも突破して、外に脱出するのだ。

 今ならモモンガ等、動けないメンバーが居るので、最後のチャンスと言っていいが……。

 

(……無理)

 

 万策尽きたあまのまひとつは、弐式の前で膝をつくと床の石畳みに両手を添えて深々と頭を下げたのである。

 

「と見せかけて、カニダ―――――――――ッシュ!!」

 

「……紅の捕縛縄」

 

 身に着けたアイテム効果により、残像すら残さないほどの速さで右方へ駆けたあまのまひとつであったが、鞭で張り飛ばされたような音と共に、全身に紅の亀甲ラインが走る。弐式がユグドラシル時代に購入したアイテムによって、あまのまひとつは敢えなく捕縛されるのであった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 紅の捕縛縄。その見た目は細目の真紅縄だが、数個のスロットに縛り方をセットでき、レベル一〇〇程度のプレイヤーであっても縛り上げてしまう効果があった。ただし、ちょっとした身代わりアイテムひとつで防がれてしまう等、決まれば強力でも対応策の多い……いわゆるネタ枠系アイテムである。

 異世界転移後での使用例は、スレイン法国の番外席次に対してのものであり、その時はペロロンチーノが仕込んだままにしていた亀甲縛りが炸裂。ユグドラシル時代でやったなら垢バンものの絵面現出に、弐式炎雷が慌てることとなり、茶釜によってペロロンチーノが折檻される展開となった。

 そして今回、捕縛設定には通常の縛り方(横方向のグルグル巻き)を入れてあったが、ペロロンチーノの設定が入ってるままであり、ランダムで亀甲縛りが発動している。ただし、あまのまひとつが異形種体だったことで、縛られた見た目は、カニが調理時や輸送時に暴れて脚を自切するのを防ぐために縛ったようになっていた。重量は軽くないはずだが、そこは身体強化やアイテム類でカバーしており、弐式は肩に担ぐようにしてあまのまひとつを運んでいる。

 

「タブラさ~ん。カニのお届けです~。ハンコは……要らないかな」

 

「お早いお帰りで……。戦闘にはならなかったんですか?」

 

 ナーベラルと何か話していたのか、彼女の対面……少し近い距離で立っているタブラが、顔だけ弐式に向けて問いかけてきた。ナーベラルはというと、弐式が無事戻ってきたのが嬉しいらしく、その美貌を輝かせている。

 

「戦う前に引っ捕らえました!」

 

「弐式炎雷様! 流石です!!」

 

 理想の美女、駆け寄ってきたナーベラルから褒められた弐式は、照れ臭そうに頭を掻いた。そして、その脇をタブラが通り過ぎ、あまのまひとつの前に立つ。

 

「さて……お久しぶりですね、あまのまひとつさん。今日は実に楽しませてもらいました」

 

 言いつつタコ顔を寄せると、縛られたままのあまのまひとつが顔を逸らした。

 

「いやぁ……た、楽しんでいただけたようで何より……」

 

「つもる話は多々あるんですけど……」

 

 逸らした顔の方に回り込み、タブラはあまのまひとつの顔を覗き込む。顔と顔の距離は少々近めだ。

 

「今は、モモンガさん達を元に戻してほしいのが優先事項かな~……」

 

 声に圧がこもっている。普段どおりに話しているようで、タブラは怒っているらしい。かつてのユグドラシル時代、あまのまひとつはタブラが嬉しげに悪乗りする姿を見たことはあっても怒っている姿は見たことがなかった。それだけに恐ろしさを感じるのだが、言われたことの内容が理解できると首を傾げた。

 

「へっ? 元に戻す? モモンガさん達を?」

 

 あまのまひとつは顔だけ向けて、立ち尽くすモモンガ達を見る。

 

(んんん? そう言えば罠効果がまだ終わってないの……変だな?) 

 

 るし★ふぁーとキャッキャウフフしながら設定した、アイテムのフレーバーテキスト。あれが機能しているとしたら、モモンガ達はもう元に戻っていていいはずだ。あまのまひとつが把握しているのは、効果時間が切れたら解除される仕様であることと、途中で解除する方法は設定した覚えがないこと。それらを身振り手振り……は、できないので身体をゆすりながら説明すると、タブラが大きく息を吐きだす。

 

「つまり、想定外の事態。解除方法もわからない……と」

 

「ううっ……」

 

 失望させた。がっかりさせた。呆れられた。

 いろいろな意味を感じられる溜息だったため、あまのまひとつは狼狽える。ここで役に立っておかないと、モモンガ達が元に戻った後で自分の扱いがひどくなるかもしれない。この時点で、あまのまひとつは正気に戻っていたが、それだけに後のことが気になるのだ。

 

「え、ええとですね! この罠について御説明します!」

 

 弐式がナーベラルとともに寄ってくるのを見つつ、あまのまひとつは覚えている限りのことを話し出す。

 

「まず、罠アイテムの名を『最悪! ジャンボトラウマくじ』と言いまして……」

 

 呪符アイテムに込めた強力な幻術と、超高価な資材や宝石の混合から世界級(ワールド)アイテムの『五行相克』(製作会社に魔法システムの一部変更を要請できる)に寄せた効果をフレーバーテキストとして盛り込み……。

 

「組み立てをやったのは私ですが、設定コアは、基本的にるし★ふぁーさんが作成したものを使っています。ギルメン限定の罠アイテムと言っていい仕様でして、発動時、設置玄室に居るギルメンの誰が標的になるかは完全にランダムです。タブラさんや弐式さんが平気だったのは、単にランダムで外れただけだと思います。続いて罠効果がどのように迫るかですが、これはギルド内の通知システムを流用及び参考にしているので、ここがギルメン限定要素になりますね。……事前に通知設定を切っていなければギルメンでは抵抗はできません。お知らせとして受信するなりムービーが流れるあの感じです。あと、るし★ふぁーさんが考えたフレーバーテキストの『設定』では、ギルメンが内心で抱えるトラウマ案件を呼び起こし、嫌気がさすような幻影を見せて意気消沈させるようになっていました。しかし、ユグドラシルの中ではそこまでは実現できませんので、いくつかの精神ブラクラ系の動画を流す仕様だったんです……けど」

 

 ちなみに、使用される映像データは、いわゆるハスコラ画像やジャンプスケア系の恐怖映像、更には糞便盛りだくさんの不快映像など。聞いていたタブラと弐式はゲンナリしたし、「俺たちに、そんなものを見せる気だったのか!」と憤慨したが、映像データを用意したのはるし★ふぁーだと聞いて、怒りの矛先をるし★ふぁーに向けている。ちなみに、あまのまひとつは、フレーバーテキスト関連では少しアイデアを出したのみであり、不快画像や動画についても正直に話していた。るし★ふぁーに責任のすべてを押し付けているわけではないのだ。

 

「結局、るし★ふぁーさんが途中で飽きちゃって、組み立てずに放置状態だったんです。それを今回使用しましたが……お遊びで書き込んだだけのフレーバーテキストですし、プレイヤーの脳内情報からムービーを作成して強制視聴させるなんて、できるはずないんですけど。はは、はははは……」

 

 あまのまひとつとしては、精神的にキツイ映像でも見せて時間稼ぎをするか、あわよくばフレーバーテキストどおりの効果が発揮できて、モモンガ達が嫌気をさして帰る気になれば……と思っただけなのだ。

一連の説明に対し、ナーベラルが今一つ理解できないような顔をしているが、タブラと弐式は顔を見合わせている。

 

「タブラさん。例えにあげちゃいますけど、NPCのアルベドは、タブラさんが作成時に書き込んだフレーバーテキストが色濃く反映されてるんでしたっけ?」

 

「そうだね。アルベドに限らず、ナザリックのありとあらゆるものがフレーバーテキストの影響を受けている。セバスなんかは記載事項が少なすぎて、たっちさんの影響が強いみたいだけど。そうなると、この罠アイテム……肉体的にダメージは入らないんだろうけど、モモンガさん達がトラウマ由来のえげつないものを本当に見せられている可能性が高い……」

 

 タブラの口調は苦さが感じられるものだ。そのタコ顔があまのまひとつに向けられると、あまのまひとつは「ひっ」と声をあげる。

 

「それとねぇ、この罠アイテムの作成にるし★ふぁーさんが絡んでるというのが気にかかるんだ。大いにね」

 

「どういうことです?」

 

 弐式が問い、タブラはあまのまひとつに向けていた顔を弐式に向けなおした。

 

「つまりさ、あまのまひとつさんが把握している以外のことを、るし★ふぁーさんが内緒で盛り込んでる可能性があるってこと。ギルメン限定とか言ってる割に、セバスとユリも引っかかってるのが……ね。まあ、るし★ふぁーさんの性格上、引っかかったモモンガさんたちが嫌な思いをして罠効果が終わるだけ……については、ブレてないと思うんだけど……」

 

 その後、タブラたちは異世界転移の直前、あまのまひとつが何をしていたか、そして転移後の行動等を聞き出したが、あまりの悲惨な展開については大いに同情している。

 しかし……。

 

「罠効果が終わって正気に戻ったモモンガさん達が、今の話を聞いて情状酌量の余地があると判断してくれるかどうか。私は何も断言できないな~……皆が何を見せられているかは今のところわからないんだし」

 

 そうタブラが述べると、あまのまひとつは力なくうな垂れて呻くのだった。

 




 ご無沙汰しております。
 ようやく仕事が落ち着いてきたので、ちょっとずつながら書き進めています。

 弐式さんが、あまのまひとつさんを見つけたときの顔を突き出すシーン。あれは映画シャイニングネタですが、「居ぃぃいたぁああああああああ!!」は、SIREN2というゲームで、団地内で矢倉市子ちゃんに発見されたときの感じで書きました。私はゲームスキルがヘッポコなので、何度9mm機関拳銃でハチの巣にされたことか……。慣れてくると、上手く隠れて鬼ごっこをエンドレスして遊んでましたが……。

 今回の捏造ポイント。
 紅の捕縛縄は、前に出したので割愛。
 陸戦用カニ型パワードスーツ。
 原作では、おそらくドノーマルのまま封印されたあまのまひとつ機ですが、本作では陸戦用のカニ型に改造されています。原作でアズスが使ってたような人型機体の何をどうすればカニ型になるのかは不明。
 活躍しませんでしたね~……蛇足かな?と思ったので起動前に出番終了となりました。
 ところが、活躍させなかったことで投稿分の文字数に足りてなかったため、紅の捕縛縄関連で文字数を取ることに……。
 亜人連合との戦いでパワードスーツの出番はあるのだろうか?
 ……あまのまひとつさんに晴れ舞台を用意するか留守番組にするかは考え中。
 ギルメンが増えると、外で集団戦闘できる人数が増えますから、留守番役に回すのが自然かもですね。
 カニ型パワードスーツのモデルは、プラレス3四郎のキングカニカン。
 画像検索したら、続編のプラレスラーVANの時のカニカンが出てきますね。
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