オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第14話 あ、ありえるかああああああっ!?

「た、隊長! 隊長の監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)で何とかなりませんか!?」

 

 戻って来た陽光聖典隊員の第一声。それが、これだった。

 意見具申を受けた側のニグンは渋面となる。

 先の一戦を見ていたが、隊員達の魔法どころか、七体もの炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)が束になっても太刀打ちできなかった。歯が立たないという言葉があるが、炎のロングソードで掠り傷も負わせられなかったことから、刃が立たないと言い換えても誤用に感じられない。

 その様な相手に、位階が一つ上の監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)で勝てるだろうか。ニグンが思うところでは、否だ。

 ニグンは生まれながらの異能(タレント)により、召喚モンスターの能力を若干ながら向上させることができる。つまり召喚する監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は少し強くなった状態で出現するのだ。だが、その程度ではアルベドという女に勝てないだろう。ましてや、あの女と同等か、それ以上の強さと思われるアインズ・ウール・ゴウンらが参戦してきたら、もうどうにもならない。

 

「残念だが、私の天使では状況を打開できまい」

 

「そんな……」

 

 悲痛な呻き声が隊員達の間から漏れた。ニグンが皆を確認する中で目に止まったのが、先にアルベドによって腕を切断された隊員だ。どうやら腕の接合には成功したらしい。消費したポーションの本数を思うと頭が痛くなるが、ここで死んでは頭痛を気にすることもできないのだ。

 

(何か有効な手立ては? 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を超える切り札ならある。……あるが、しかし……)

 

 ニグンの切り札。それは今回の任務で出立するにあたり、特別に授かった魔法のアイテム。その名を魔封じの水晶と言う。中に封じられているのは威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)とのことだ。

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)は第三位階魔法。

 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は第四位階魔法。

 比較すると威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は、位階二つ飛ばしの第七位階魔法による召喚天使であり、その戦力は比べ物にならない。

 そもそも人類最強の魔法使いとも称される、バハルス帝国の魔法詠唱者、フールーダ・パラダイン。彼が使用できる上限が第六位階なのだ。

 第七位階魔法、<第7位階天使召喚(サモンエンジェル・7th)>。それはニグンらの知る範囲において、まさに人類では到達し得ない神の魔法と言えるだろう。

 

(これを召喚し、<善なる極撃(ホーリー・スマイト)>を発動させれば、魔神とて滅ぼせるはず。だが……)

 

 ニグンの脳裏では、アルベドの甲冑やカイトシールドで跳ね返される、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)らの炎の剣が思い出されていた。

 また、あのような結果になるのではないか。

 これを使って失敗したらどうなるか。

 今のところアインズ・ウール・ゴウンは、お遊び気分で居るようだが……第七位階魔法を試して通用しなかったとき。それで彼が怒りだしでもしたら、陽光聖典は終わりだ。

 ガゼフ・ストロノーフ討伐という任務も果たすことはできないだろう。

 

(はっ、はは、ハハハ……。馬鹿な。ありえない。ありえるか!)

 

 想定される事態。予想される結果をニグンの理性……いや、矜持が拒絶する。

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)で勝てないとしたら、自分達はいったい何を相手にしているのか。そんなモノが存在して良いはずがない。

 ここまで考えてきた諸々の不安は気の迷い。そう、気の迷いだ。

 自分と陽光聖典の全力でかかれば、何者であろうと倒せること疑いない。疑うべきではない。

 先程は、アインズ・ウール・ゴウンによって気を削がれたが、今度こそ躊躇うことなく総攻撃に出る時だ。

 

「隊長……」

 

「……なんだ?」

 

 ニグンの気が昂ぶっているところへ、隊員の一人が声をかけてきた。対するニグンは任務中の彼にしては珍しく、ぶっきらぼうな口調で応じている。

 今度は、お前か。

 そう言いたかったが、部下の声色が強張っているので黙って聞くことにした。 

 

「勝てないとしたら……」

 

「なに?」

 

 聞き返すニグンに隊員は怯えた仕草を見せたが、それでも進言を続ける。

 自分達が勝てないような相手。それは亜人の集団などを超越した存在ではないか。例えば、以前に交戦した蒼の薔薇を超えるような……。

 

「ここで勝てずに、元々の任務であるガゼフ討伐も叶わないとしたら。せめて、あの者達の存在を……例え情報だけでも本国に持ち帰るべきではないでしょうか? わ、私達が、ぜ、全滅するようなことがあっても……」

 

「……」

 

 もはや隊員の進言は、涙声となってニグンの鼓膜を振るわせている。それは、自分が生き延びたいだとか、そういった次元のものではなかった。

 陽光聖典は、ここで全滅するかもしれない。いや、本国には同数程度の人員が残っているので再建は可能だが、ここに来た者達は助からないだろう。だが、どうにかして情報だけでも持ち帰ることができたのなら。自分達の死は無駄にはならないのではないか。

 隊員が発言を終え、他の者達の視線が集まる中でニグンは黙し……立ち尽くした。

 

「たとえ全滅しても情報だけでも持ち帰るか。そうだな。汝の言うとおりであろう。しかし……だ。短慮な玉砕など以ての外だと、今、私は判断した」

 

 呟くように言う声に、不思議と力が漲っていく。ニグンの声を聞く隊員達も、若干ではあったが士気が戻りつつあるようだ。

 ニグンは笑みすら浮かべながら隊員を見回すと、一転、厳しい表情で言い放った。

 

「各員傾聴! 遺憾ながら、ガゼフ・ストロノーフ討伐は任務保留とする!」

 

 ざわ……。

 

 陽光聖典隊長が、任務途中で自己判断により任務遂行を保留する。これは本来、有り得ないことだ。だが、自分達の置かれた状況が、ニグンの判断が正しいと理解させる。

 隊員クラスでは、束になっても女戦士一人倒せないのだ。 

 とは言え、ガゼフ討伐任務のことは脇に置くとしても、この場を脱することができるかどうか……。

 

「安心しろ」

 

 再び首をもたげてきた不安の空気を、ニグンは敢えて笑い飛ばした。

 

「まだ死ぬと決まったわけではない。敵の戦力を測りつつ、我らが無事に帰還する方法を考えようじゃないか」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「さて……連中、どう出ますかね?」

 

 円陣を組んだままのニグン達を見やりながら、モモンガは弐式を見た。弐式は弐式でニグン達を見ていたが、やがてモモンガとヘロヘロを見て呟くように言う。

 

「いやあ。今、作戦会議の内容を聞いてたんですけど。随分と感動的なことを言ってますよ。ガゼフって人の暗殺を保留にするみたいですし」

 

 忍者スキルで会話を盗み聞きしていた弐式が、ニグン達の会話内容を掻い摘まんで説明する。

 

「たとえ自分達が全滅しても、情報は持ち帰る……ですか。見上げた根性ですねぇ。しかも、そう覚悟した上で上手く切り抜けることを考えてる……ううん。プロフェッショナルな感じです」

 

 ヘロヘロが感心したように言うと、モモンガも頷いた。

 実のところ、スレイン法国に対する心証は良くない。あちこちで亜人集落を襲撃しているらしいし、スレイン法国自体の亜人蔑視体質も知り得ているためだ。しかし、組織人としてのニグンや隊員達には見るべきものがある……ように思える。

 

「それで弐式さん。彼らは、どうするつもりなんです?」

 

「ああ、待ってアインズさん。……ええと、ホ~……奴ら、魔封じの水晶を持ってるようですよ。中身は……残念。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)だそうですけど」

 

 魔封じの水晶。それはユグドラシルアイテムであり、超位魔法以外の魔法を一つだけ封じられるという物だ。使用すると砕ける使い切りアイテムだが、封入されているのが第十位階魔法だったりすると少々侮れないことになる。

 モモンガもヘロヘロも魔封じの水晶と聞いて色めき立ったが、中身が威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)と聞いてガックリ肩を落とした。

 

「せっかくの魔封じの水晶に、第七位階魔法はないでしょう。もったいないにも程がありますよ」

 

「気を落とすのはまだ早いですよ、アインズさん。今聞いた話じゃあ、こっちの世界……どうやら人間種で使える上限が第六位階らしいです。いや~、ある意味凄いですね」

 

 弐式からもたらされる新情報に、モモンガとヘロヘロは顔を見合わせてしまった。

 第六位階魔法なんて、一〇〇レベルのユグドラシルプレイヤーからすれば話にもならない。雑魚モンスターを排除するには手頃だが、レベルごとに使用回数が決まっているタイプのRPGならまだしも、ユグドラシルの魔法はMP制なのだ。戦いのレベルが上に行くほど、第六位階魔法などは出番が無くなっていくのである。

 

「なんか……色々準備して気張って出てきたのに。切り札が、それですか……」

 

 モモンガは幾分やる気が削げたが、ニグン側では威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を使って何かするつもりらしい。

 戦闘力で遙か上にいるモモンガらを相手どり、知恵で成果を得ようと言うのだ。

 果たして何を言いだしてくるのか。

 そこには興味があったし、妙な期待感もあった。

 

「と言うより、そこにしか面白味が見いだせないし」

 

 苦笑交じりで言うモモンガ。

 そして、その彼をロンデスが信じられないようなモノを見る目で見ている。

 

(彼らは……本当に何者なのだ?)

 

 ロンデスは見た。

 一人矢面に立ったアルベドという女性が、雨のように降り注ぐ魔法をすべて弾き返したところを。更には召喚された七体の天使が、まったく敵わず消滅させられたところも目の当たりにしている。

 陽光聖典隊員が一〇人がかりで相手にならなかったのだ。

 戦闘前、ロンデスは身の危険を顧みず、陽光聖典隊長に注意を促したが……自分の認識は、まだまだ甘かったようだ。

 更に気になるのは、アインズ・ウール・ゴウンらの会話である。

 どうやら陽光聖典側の会話内容が筒抜けになっているらしい。しかも、聞くところによると第七位階魔法といった、ロンデスからすれば想像を超えた上位魔法の話が飛び交っているようだ。

 このままでは祖国の特殊工作部隊が全滅してしまうのではないか。

 

「あ、あの、アインズ・ウール・ゴウン……殿?」

 

「ん? どうかしたかな、ロンデス?」

 

 問いかければ普通に返事をしてくれる。

 気さくな人柄のようだが、舐めてかかるなど論外の危険人物だ。

 ロンデスは言葉を選びつつ、今最も気になっていることを聞いてみた。

 

「よ、陽光聖典の方々は、これからどうなるのでしょうか?」

 

「ああ、祖国を同じとする同胞が気にかかるか……。まあ、そうだろうな」

 

 こういう質問をしてくるところも、モモンガとしてはポイントが高い。

 なおのことロンデスに対する惜しさが増すが、あと一手、二手ほど策を講じて、それで駄目なら縁が無かったものとして諦めるしかないだろう。

 質問に関しては、知られて困る内容でもないので普通に答えることとした。

 

「人間、第一印象が肝心だと私は思っている。陽光聖典隊員や、隊長の場合……。最初は好印象ではなかったが、見どころはあるのでな……。このあと何をしてくるかによっては、目こぼしがあるやもしれん」

 

「そ、そうですか……」

 

 ロンデスは少し安心したようで数歩下がったが、代わりにヘロヘロが挙手する。

 

「具体的には、どんなお目こぼしをしましょうか?」

 

「それこそニグンらの態度次第ですよ。負けてなお不服従と言うのなら、殺すか……その他の用途に供することとなるでしょう。まあ、彼らにとっては厳しいことになるでしょうね」

 

 その他の用途というのは、人体実験などを含めてのことだ。

 ポーションの種類によって、何処までの治癒効果があるか。攻撃魔法の効果も試したい。

 これら実験は、(よしみ)を結んだ相手には絶対にできないことだ。だから、最後の最後まで敵対してくれたとしても、モモンガとしては痛手はなかった。

 

「こっちとしては、この世界にまだ不案内ですしね。協力者が多ければ、それに越したことはないですよ。スレイン法国は外部協力団体としては、ちょっと反りが合わなさそうですけど」

 

 モモンガが思うところを述べると、弐式は「そんなとこですかね~」と流し、ヘロヘロは渋そうな顔をしながらも「仕方ないところですね」と反対はしない。

 

(ふむ……)

 

 モモンガは、人化したままのヘロヘロなら反対するかと思っていたが、それ故にこの結果は意外だと感じている。やはり人化している間も、種族特性に精神が引っ張られていると見るべきか。

 

(異形種の時の考え方や精神的な感覚に感化されて……。それが人化しても引き継がれているとかか? じゃあ、人化の時間を長く取れば、異形種ゲージが減少する……みたいな。いや、そういうのはナザリックに戻ってからでいいか)

 

「アインズ・ウール・ゴウン殿!」

 

 いつの間にか作戦タイムが終了したらしい。ニグンがモモンガを呼んでいる。

 

「聞こえているとも。ニグン殿。で、どうかしたかな?」

 

「先程、PVPをすると聞いて、そのまま試合開始となったが……。PVPという言葉の意味を知らないもので。一つ、御教授願いたい!」

 

 モモンガ達は顔を見合わせた。

 自分達としては当たり前の言葉だったが、ニグン達は知らないようだ。

 PVPとはMMORPGなどで、プレイヤー同士が一対一や多人数同士で戦うことを言う。いわゆるゲーム用語であるが、それをどう説明したものか……。

 

(「どうします弐式さん? ユグドラシルのこととか聞いたり話してみましょうか?」)

 

 ふと思い当たったモモンガは弐式に聞いてみた。

 相手は一国の特殊工作部隊。ロンデス達よりも物知りであろうから、ユグドラシルのことを知っている可能性がある。聞かれた側の弐式はと言うと、首を横に振って答えた。

 

(「やめとこう。亜人蔑視の国だよ? そんなとこに根っ子の素性を知られるような真似はしたくないと思うんだ」)

 

(「なるほど。それもそうですね……。そうなると……俺達が直接、ユグドラシルのことを聞いて回るのも悪手ですかね」)

 

 嘆息しつつモモンガは言う。

 そこにヘロヘロが「私達だとバレないように聞けばいいと思いますよ?」と言い、これもまたモモンガは同意した。

 

(「じゃあ、ニグンには当たり障りなく答えるとしますか……」)

 

 モモンガは、数秒ほど考えてからニグンに返答する。

 

「これは、お国言葉で申し訳なかったな。一対一や多人数同士で戦う……試合のようなものを意味するのだが」

 

「なるほど! やはり試合か! 殺し合いではなく!」

 

 一瞬、ニグンの顔が歪んだような気がしたが、見ている限り、彼は朗らかかつ快活に会話に応じていた。

 

(「モモンガさん。彼、演技してるよ。気をつけて……」)

 

 スキルで感じ取ったらしい弐式が、小声で忠告してくる。

 いっそのこと、<支配(ドミネート)>を使った方がイイんじゃないかとモモンガは思ったが、支配中の記憶が残る魔法では、後々の関係が悪化するだろう。使い捨てにするならともかく、モモンガとしては殺さない方向で陽光聖典を活用したいのだ。記憶操作して忘れさせる手もあったが、その魔法が通用する保障も無い。よって、モモンガの判断としては暫くニグンに合わせ会話を続けることとする。

 

「ならば、アインズ・ウール・ゴウン殿! し、試合は、ここでお開きにしないか?」

 

「うん?」

 

 本格的に実戦で激突する気だろうか。向こうの実力も大方把握できているし、ちょっと惜しいが当人らが全滅する気ならやむを得ない。そうモモンガが考えていると、ニグンが予想外の提案をしてきた。

 

「そこで、一つ頼みたいことがある! あなた方の力を見てみたい! ここに魔封じの水晶というアイテムがあるのだが……」

 

 言いつつニグンが懐から取り出したのは、確かに魔封じの水晶。先程、弐式に会話を聞き取られ、中身は威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)と知られている一品である。今から威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)をぶつけて来たとしても、それは最も相性が悪いモモンガですら余裕で倒せる相手に過ぎない。

 興味深げにモモンガらが見守っていると、ニグンはわざとらしく咳払いをした後、輝かんばかりの笑顔で付け加えた。

 

「これに宿る威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)。この天使を倒してみてくれないか! 首尾良く倒せたなら、あなた方に対し深く謝罪する用意があるし、賠償金とて支払おうではないか!」

 

 ……。

 つまり、自分らの最大戦力を持ってモモンガ達と交戦し、それで勝てれば良し。負けても、今のは一つの実験だったんです……と言い張って、この場を脱するつもりらしい。

 一応、謝罪と賠償金支払いをするつもりはあるようだが、モモンガらはさすがに呆気に取られ、顔を見合わせた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガらは「何言ってんだ、こいつ?」といった様子で居たが、提案した方のニグンは顔面に貼り付けた笑顔が引きつっている。

 まさか、対ガゼフ・ストロノーフ用の切り札として持たされた超希少アイテムを、こういう風に使うとは思っても見なかった。だが、悪くはないとも思っている。

 上手くいけば、アインズ・ウール・ゴウンらの実力を測れた上で、窮地から脱することができるのだ。問題は、この虫のいい話を相手方が了承してくれるかだが……。

 

「ニグン殿。その様な話が通るとでも?」

 

「ぐっ! ……やはり駄目か」

 

 良くない展開である。アルベドという女一人ですら、陽光聖典隊員が一〇人がかりで相手にならなかったのだ。このまま面倒くさくなったアインズ・ウール・ゴウンが全力戦闘を仕掛けてきたら、間違いなく陽光聖典は自分も含めて全滅する。

 

(いいや、駄目だ! 任務もはたせず、ただ死に絶えるなど……。神がお許しにならない! 何とかして、この強者らの情報だけでも持ち帰るのだ!)

 

「そ、そこを曲げて頼む! どうか、わかってもらえないだろうか!」

 

 他に良い手が浮かばない今、ニグンとしては頼み込むほか手立てが無いのである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

(「モモンガさん。どうします?」)

 

 弐式が困ったような声で囁きかけてきた。

 PVPを持ちかけたのは、こちらの方だ。しかし、相手がPVPを言葉自体から知らなかったというのは何とも決まりが悪い。正直言って気が削げた思いなのだ。

 気が削げたと言うならモモンガも、そしてヘロヘロも同じであり、皆で気まずそうな顔となる。

 

(「ニグンの話に乗ってやっても良いと思うんですけどね。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を瞬殺して、それで気が済んで帰ってくれるなら……まあ」)

 

 モモンガは誰に言うとではなしに呟く。闘争の雰囲気では無くなったし、村襲撃犯としてガゼフに突き出すのはベリュースとロンデスが居れば充分だ。残る問題はと言うと、アインズ・ウール・ゴウン側の情報が、幾らかとかとはいえスレイン法国に持ち帰られることだが……。

 

(「俺達の、何がニグンらに知られてるんでしたっけ?」)

 

 このモモンガの呟きを聞き、弐式とヘロヘロは視線を交わした。

 

(「こっちが最低でも四人居ること。俺が忍者だってこと。アインズさんが魔法詠唱者だってこと。ヘロヘロさんがモンクっぽいこと。あと、襲撃隊を潰したこと……か?」)

 

(「アルベドという名の女戦士が、彼ら基準でやたら強いことも知られましたね。ああ、私の人化顔を見られましたか。モモンガさんもですけど」)

 

 顔を見られた以外の情報は、それほど大したことではない。

 そして顔を見られたことについても、モモンガとヘロヘロは大したことではないと考えていた。

 何故なら、今の自分達は根本が異形種なのだ。人の心を捨てる気はないが、素顔は異形種の方……骨顔や、ハーフゴーレム顔や、粘体なのである。加えて自分達がアイドルや偉人などの有名人ではなく、底辺一般人に過ぎないという思いもあった。

 

(「帰って貰っても、そう大したことは無さそうですね」)

 

(「安心しきるのは禁物だよ。モモンガさん。でも、ある程度の強さを示しておけば、カルネ村にはちょっかい出さなくなるかもね」)

 

(「とはいえ、やはり心配ではありますね。我々を強者と認識したら、国単位で攻撃してきたりはしませんかね?」)

 

 弐式が意見し、それを聞いたヘロヘロが不安を口に出す。

 だが、スレイン法国が軍隊を出してまで攻撃してくるだろうか。ここはリ・エスティーゼ王国領土なのだ。陽光聖典のように、特殊工作部隊を繰り出してくる可能性はあるが、それでも陽光聖典と同じか、少し強い程度であろう。

 いや、今目の前に居る陽光聖典メンバーのレベルを三倍ぐらいにしても、カルネ村住民に対してならともかく、モモンガらへの脅威とはならない。

 

(「アルベドは、どう思うか?」)

 

 モモンガは、アルベドにも意見を聞いてみた。アルベドは一礼すると、モモンガを、そしてヘロヘロと弐式を見ながら意見を述べていく。

 

(「本心を言えば、ここで全員殺しておくべきかと愚考いたします。しかしながら、この世界で他にどのような強者が居るか判明しておりません。また、徐々に支配域を広げるというモモンガ様方のプランを考慮しますと、一国の特殊工作部隊を殲滅させるのは……後々、悪い影響が出るかと……」)

 

 全員殺して跡形も無く始末し、知らん顔を決め込む手もあるが、それで後からバレた時はフォローが面倒だ。記憶が残る<支配(ドミネート)>は意味が無いし、記憶操作も完全とは言い切れない。

 

(「弐式炎雷様のご提案どおり、適度に恩を与え、スレイン法国に帰らせるのがよろしいかと」)

 

(「ヘロヘロさんの心配事……本腰を入れて国軍が押し寄せる。そう言った不安が残るが、それはどうする?」)

 

(「はっ! それにつきましては……」)

 

 ……。

 

「待たせたな、ニグン殿」

 

 アルベドの提案を聞き終えたモモンガは、返答を待っているニグンに向き直った。

 

「貴殿の提案。受けることとしよう。謝罪や賠償に関しての約束は忘れないで欲しいがな。さあ、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)とやらを出すといい。相手は……そうだな。私がやろうか」

 

 そう言って歩き出すと、背後から「モモ……アインズ様! 次も(わたくし)が!」というアルベドからの声がかかる。

 

「アルベドよ。心配するには及ばん。私が威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)ごときに負けるものか」

 

 事実、負ける要素は無い。

 手持ち武器を消費して使用する<善なる極撃(ホーリースマイト)>は、悪属性に大きく傾いたモモンガに対して効果を増すが、それでも第七位階魔法に過ぎないのだ。多少は痛い思いをするにしても、それが致命傷になるとは思えない。

 一方、提案が受け入れられたことで、ニグン達の士気は向上していた。

 生き残る目が見えてきたのだから、無理も無いだろう。

 

「ありがたい。では……出でよ! 最高位天使! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!」

 

 右手に持った魔封じの水晶を高く掲げたニグンが叫んだ。実に様になっており、格好良い召喚ポーズである。もっとも、モモンガらの認識では「最高位天使!? それで出てくるのが威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)とか、笑わせに来てるとしか思えない!」というもので、事実、弐式とヘロヘロは笑いを堪えるのに難儀していた。

 出現したのは事前情報で判明していたとおり、かつニグンが宣言したとおりの威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 その姿は一言で言えば、光り輝く翼の集合体だ。両の手で(しゃく)を持っているが、それ以外の足や頭などは一切ない。周囲の空気が清浄なものへと変化しており、位階魔法の中でも上の方の存在だというのがよくわかる現象だ。とはいえ、これまでの前振りの後、改めて威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を目の当たりにしたヘロヘロと弐式の腹筋には追加ダメージが入ったらしい。

 ヒーヒー言いながら呼吸困難に陥るギルメン達を背に、モモンガは「俺だって笑いたいんだけどな~。でも、イイ感じの場面で笑ったら、ニグンに失礼だよね」などと考えていた。

 モモンガらはこの調子だったが、ただ一人……いや、二人。平静でない者達が居る。

 一人はロンデス。召喚された威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の威容。神々しさ。そして圧迫感を前に、彼はへたり込んでいた。完全に腰が抜けている。

 残る一人はアルベドだ。こちらは「ああ、アインズ様のお身体に汚れでも付いたら……」と、勝負以前の心配をしており、モモンガは四人まとめて無視することにした。

 

「さて、出て来てやったぞ? で、どうするのかね?」

 

「で、では、参る!」

 

 モモンガの声が苦笑交じりであることに気づかないニグン。その彼が下した命令とは、やはり第七位階魔法<善なる極撃(ホーリースマイト)>の行使だ。初手から最強攻撃を繰り出してきたのである。

 人類の英雄クラス、フールーダ・パラダインでも第六位階が上限なのだから、まさに神の一撃とも呼べる威力になるだろう。……現地人の感覚では。

 

 シュゴォアアアアア!

 

 ちょっとした冒険者パーティーなら丸呑みできるほどの光の柱が出現し、モモンガは聖なる光によって包まれた。

 

「ぬっ?」

 

 この世界に来て、更には死の支配者(オーバーロード)となってから初めての感覚がモモンガに生じる。それは痛覚。

 彼が有するスキルに上位魔法無効化Ⅲというものがあり、第六位以下の魔法を無効化するというものなのだが、位階の上下関係により効果を発揮しなかったようだ。また、モモンガ自身の魔法防御は九五%に達するが、どうやら<善なる極撃(ホーリースマイト)>の特性上、減衰しながらも貫通してきたらしい。

 では、モモンガに生じた痛みとは、どれほどのものなのか。

 

「う~ん。痛い。これが痛みか……。なるほどなるほど! 痛みの中でも思考は冷静であり、行動に支障は無い」

 

 痛みの程度は、勢い良くハイタッチした後の感覚に似たものだが、痛覚で影響が出ないのは、アンデッド特性のおかげだろうか。

 一方、前方では呆気に取られたニグンが固まっており、後方からはヘロヘロ達の「やっぱ想定どおりか。俺なら、もっと痛い思いしたかな?」とか「弐式さんは紙装甲ですからね」と言った声が聞こえ……。

 

「か、下等生物がああああああ……殺します」

 

 草原を揺らすほどの怒声が聞こえたかと思うと、一転、平静な声でアルベドが行動に出ようとしていた。

 

「はあっ!?」

 

 慌ててモモンガが振り返る。向けた視線の先では、弐式がアルベドを後ろから引き留め、前に回り込んだヘロヘロが説得するという光景が展開されていた。

 

「ままま、待て! 落ち着けって! アインズさん、何ともないんだから!」 

 

「いいえ、(わたくし)は既に落ち着いています。ですが、私達の敬愛すべき主君のお一人、アインズ様。私の愛する方に痛みを与えるなど、ゴミである身の程を知るべきでしょう。容易い死などは以ての外、この世界で最大の苦痛を与え続け、発狂するまで弄ぶのが適切かと。四肢を酸で焼き切り、性器をミンチにして食らわせるのも良いですね。治ったら、治癒魔法で癒して繰り返し。ああ、憎いです。本当に憎い。また心が弾けそう……」

 

「そんな淡々と、恐ろしいことを言わないでくださいよ!」

 

 モモンガは、クルリとニグン側に振り返った。

 見なかったことにしよう……。ではなく、早く事を済ませるべきと考えたのである。

 

「あ~……ニグン殿。これは倒してしまっても構わないのかね?」

 

 ニグンからは返答がなく、と言っても声が出ないようで何度も頷いているのが見えた。

 大きく溜息をついたモモンガは、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を倒すに十分な威力を持つ魔法を発動する。

 

「……<暗黒孔(ブラックホール)>」

 

 最初、生まれたのは小さな黒点。それが見る間に巨大化し、周囲の存在を吸い込み出す。勿論、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)とて例外ではなく、一瞬のうちに吸い込まれ、影も形も無くなってしまった。

 

「あ、ありえるかああああああっ!?」

 

「え? 今度は、こっち!?」

 

 ニグンの絶叫にモモンガは驚きを隠せない。背後と前方で大騒ぎとあっては戸惑うのも無理ないところだが、ニグンはニグンで隊員らによって取り押さえられていた。

 

「あいやしばらく! アインズ・ウール・ゴウン殿! 暫し、お待ちを!」

 

「すぐに発作は治まりますゆえ!」

 

「隊長! 深呼吸! 深呼吸ですよ!」 

 

 見事な連携により、ニグンの上へ隊員が積み重なっていく。

 モモンガは「あ、ハイ……」と返事した後、再度後方を振り返ってみた。アルベドは……どうやら本当に落ち着いたらしい。シュンとなっているのだが、全身鎧を着込んでいるので何とも微妙な感じだ。ヘロヘロと弐式は宥め疲れたのか、額の汗を拭いたり、ウンコ座りで脱力していたりと何ともアレな有様である。

 

「……」

 

 モモンガは空を見上げた。

 夕暮れ時である。そろそろガゼフという男が村に来るはずなので、彼の暗殺を諦めるのなら陽光聖典にはお引き取りを願いたいところだ。

 大きく溜息をついてから、モモンガは陽光聖典に向けて呼びかける。

 

「さて……御要望どおり、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)と戦って倒したぞ? 諸々の事後処理について話し合おうじゃないか」




<ボツ原稿>

「お国言葉で申し訳なかったな。プレイヤー同士で戦う時に、よく使う言葉なのだが……」
「ぷれいやーだと!? まさか、そんなことが……」
 ニグンが驚いている。遠目にも今日見た中で一番の驚き様だ。いったい何が彼を驚かせたのだろうか。さっぱり理解できないモモンガはヘロヘロと弐式を見たが、どちらも首を傾げるばかりだ。

 ……という具合で、このあと20行ぐらい、ニグンらが『ぷれいやー』について語り合ったり、土下座して謝ってモモンガさん達を勧誘したりしてたのですが、ボツにしました。


<誤字報告>
リリマルさん、甲殻さん、ありがとうございます。


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