オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第19話 このセバス、感服いたしました

「アインズ様。(わたくし)は反対です」

 

 意見を求められたアルベドが、開口一番、言ったのがこれだ。

 何の意見を求めたのかと言うと、モモンガ達がナザリック外を冒険……もとい、情報収集のため出歩くことについてである。どうやらモモンガ達が外に出ること、それ自体について反対であるらしい。

 

「ふむ、理由を……聞いても良いか?」

 

 円卓の間。モモンガ達四人は、定められた自分の席に着いている。が、招集されたアルベドと、もう二人、デミウルゴスにパンドラズ・アクターは壁際で立ったままだ。適当な席について良いとモモンガが言ったのだが、至高の御方の席に座ることなどできません……と断られたのである。

 

「アインズ様。アインズ様自身が仰ってたように、外部の脅威は未だ未知数です。至高の御方が外出するには、時期尚早かと……」

 

「なるほど、納得のいく説明だ。しかし……タブラさんは、どう思われますか?」

 

 モモンガは敢えてタブラに話を振った。タブラはアルベドの創造主であるし、弁も立つから説得役に向くと考えたのだ。

 

「私は、アルベドの説明には聞く価値があると思いましたね」 

 

 タブラがアルベドをチラッと見ながら言う。創造主から自身の意見を肯定され、アルベドは傍目に見ても宙を舞う花が幻視できるほど舞い上がっていた。が、その花もすぐさま枯れ果てることとなる。

 

「しかし……だ。情報という物は可能な限り、速やかに組織のトップに届けられなければならない。またトップが、転移先の現地を把握しておくのも重要だろう……と、私は思うんだ。いいかい、アルベド? 私達はモモンガさんを始めとして、皆がユグドラシルの世界を駆け巡ってきた。私達だけ、でね。そうやって自らの足を運んだことで、今のナザリック地下大墳墓があるんだよ。そこを曲げるわけにはいかない。いかないんだ。こう言ってはなんだが、本来であれば我ら四人だけでフラッと外に出て、見聞を広めても良かったんだよ?」

 

 言いつつ、タブラはアルベドを……ではなく、デミウルゴスをチラッと見た。隣で立つパンドラズ・アクターは微動だにしていないが、デミウルゴスの顔色は傍目にも悪くなっている。

 デミウルゴスはアルベドからタブラ帰還を知らされて、やはりと言うべきか大いに喜んだらしい。円卓の間に入るなりタブラの前に進み出て、忠誠の儀を行ったほどだ。

 その彼は、タブラが帰還する直前。アルベドに先立って、モモンガ達から外出時のパーティー編成について相談を受けていた。パンドラズ・アクターは「僕をお連れであれば……」と条件付きで最初から賛成していたが、デミウルゴスはアルベドのように反対している。しかし、そこをモモンガ達から三人がかりで説得され、渋々ながら承諾していたのだ。

 その後、すぐにタブラが帰還したのであるが、タブラの口から「至高の御方が、現状の四人全員でナザリックを出て行く」と言われ、至高の御方の消失……に関連づけてしまったらしい。

 つまり、三人居る至高の御方が全員外出するだけでも断腸の思いなのに、一人加わって四人になったと思いきや、やはり全員出ていくのか。もしや今後、新たに帰還する御方が居ても、誰もナザリックに残ってくれないのでは……と思ったのだ。

 もちろん、タブラが言ったのは思考誘導を狙ったもので、アルベドやデミウルゴスも察してはいたが、内容が内容だけに平静では居られないのである。

 

「あ、アルベド……」

 

「わ、わかってるわよ! でも……」

 

 コソコソ話し合っているのを、タブラはタコに似た目でジッと見ていたが、アルベドらの会話がまとまる前に口を挟んだ。

 

「とは言えだ。君達、ナザリックの僕らが心配するのも十分に理解している。そこで、モモンガさんが提案したとおり、僕の幾人かを連れて外へ行こうと言うんだよ。護衛兼として、お目付役が居れば君達も何かと安心だろう? まあ、君達に対する譲歩とでも言うべきかな?」

 

 譲歩などと、とんでもない。

 デミウルゴスとアルベドの悲鳴のような声が、モモンガ達の聴覚を右から左に貫通する。

 

(タブラさん。追い込んでるな~。……なんか楽しそうだし)

 

 自分が今のタブラのような言葉責めができるかと言うと、まったく自信の無いモモンガであった。そもそも、今のは傍目に見ていたからこそ「至高の御方の消失」で動揺を誘って、「譲歩」という言葉で追撃したのが理解できたのである。

 ヘロヘロと二人で、第六階層の闘技場にアルベドや階層守護者らを集めたとき。モモンガは「叡智を持つ」とか言われたが、到底その域に到達できるとは思えなかった。

 

「まあ、そんなわけで色々と語ったが、我らが外に出るのは決定事項と思ってくれていい。これから私達は外出するにあたっての編成を発表する。デミウルゴスは事前協議に参加していたから知ってるだろうが。アルベドの反応を見るに、もう一度練り直した方がいいのかもしれないね。同行させる僕について、君達に意見を求めることもあるだろう。そのことであれば遠慮なく意見してくれたまえ。では、モモンガさん。どうぞ」

 

「あ、はい」

 

 返事したモモンガは、壁際で口から魂が抜け出ているようなアルベドらを見て気の毒に思うが、長年夢に描いたギルメン達と一緒の冒険行だ。ここは心を鬼にして、話を前に進めなければならない。 

 まず、モモンガとギルメンらのパーティー編成。

 これについてはタブラが言ったように、すでにデミウルゴスとパンドラを交え協議済みである。そう、協議済みなのだが……円卓の間の空気が重く、モモンガにとっては大変発言しづらかった。先程から沈黙しているパンドラズ・アクターに相談したいが、この流れで『お前はどう思う?』と言うのも格好悪い。

 

(こいつを巻き込んで賛成役に引き込みたかったけど。タブラさんに指名されちゃったしな~)

 

 骸骨ながら鼻で深呼吸し、モモンガは口を開いた。

 

「あ、あ~……先のアルベド達の反応を見ておいて、こう言うのは心苦しいのだが……。我らは~、やはり四人全員で……」 

 

 アルベドの表情が見る間に曇りだした。デミウルゴスもワナワナと震え、悲壮な表情である。

 

「いや、その……だな。よ、四人で~……」

 

 つう……。

 

 下唇を噛んで俯くアルベドの頬。そこを一筋の涙が伝って落ちていった。更には純白の衣装、その太股のあたりを掴んでフルフル震えている。

 

 ……。

 

(言えるかぁ! 俺の方が泣きたくなったぞ!)

 

 内心、悲鳴をあげるモモンガであったが、ふと差し上げられる一本の腕が見えた。

 タブラ・スマラグディナである。

 

「モモンガさん。ここは……私が残りましょうか?」

 

「えっ!?」

 

 モモンガの口から驚愕の声が飛び出た。弐式もヘロヘロも、声こそ発しなかったが机上に身体を乗り出している。外出不参加の理由は……聞かずともわかるが、聞かずにはいられない。

 

「タブ……」

 

「モモンガさん。娘が……アルベドが泣いてますから。今回のところは残留しますよ。ギルメンは数人居るんだし、一人ぐらいは残っておくべきでしょう」

 

 娘。アルベドを慮ってとのことだが、タブラの口振りは飄々としている。どうも変だ。想像したとおりの答えだったのに何かがおかしい。そう思ったモモンガが驚きを引っ込めて様子を窺うと、タブラは肩をすくめて見せた。

 

「モモンガさん達から聞いた、全員で外出案に乗りたいのは山々なんですけどね~。私はナザリックで留守番です。……実は……ナザリックのあちこちを見て回りたいですし!」

 

 ここで突然、タブラの声が明るくなる。

 モモンガらは「あ~……」と思ったが、理解が及んでいないアルベドとデミウルゴスはキョトンとしているようだ。

 

「ニグレドやルベドにも顔を見せて……そうだ! 最古図書館(アッシュールバニパル)でスプラッター映画を見なくちゃ! 視聴室があったはずですから、現実(リアル)の時のようにヘッドセットでなく、身体全体を震わせる大音量で、しかも大画面で楽しめますよ! いやあ映画って、ほんっとうに良いもんなんですね! そうそう、スパリゾートナザリックや、ショットバーにも行ってみたいです! いかんな~……堕落しちゃいそう!」

 

 一人で盛りあがって大興奮している。ゲームではない、実物のナザリックを堪能したいというタブラの意思は固いようだ。

 

(ひょっとして……最初から残留するつもりだったんじゃないか?)

 

 モモンガは呆れによる脱力感を覚えながら、肩を落とす。

 アルベドを思う気持ちがあるのは本当だろうが、設定魔のタブラからすれば、自分がギミックの二割ほども担当したナザリック地下大墳墓。その実物を見て回りたい気持ちも強いはずだ。

 タブラ本人に確認しない以上、推察でしかないが、彼はモモンガらが外出しやすいように取りはからい、自分は気兼ねなく居残りができるよう立ち回ってくれたのではないだろうか。

 

(てゆうか。はしゃぐタブラさんを見てたら、俺もナザリックを楽しみたくなってきたぞ! 今は人化だってできるんだし!)

 

 気が向いたら<転移門(ゲート)>でナザリックに戻って、広い風呂にでも入る。美食を楽しむ。ふかふかベッドで熟睡する。どれもこれも楽しそうだ。

 日帰り冒険行というのはどうかと思うが、考えてみればユグドラシル時代には普通にやっていたことである。この世界で現地生活をし、未知を感じて不自由を大いに楽しむ。そして、都合に応じて<転移門(ゲート)>を使い、ナザリックに戻れば良いのだ。

 気を取り直したモモンガは、ヘロヘロと弐式から異議が出ないことを確認し、咳払いをする。

 

「あ~、ゴホン。では、私を含めた三人でパーティーを組みますか」

 

 デミウルゴスらと纏めたパーティー編成案は、その『設定』から説明すると次のとおりだ。

 

『仮称モモンガパーティーは、本来、十数人からなる冒険者集団である。普段は幾つかのパーティーに分かれて行動しているが、必要に応じてメンバーを再構成、人数等を変更して事にあたるのだ』

 

 ……というもの。

 

「分散して情報収集。たまに何処かで集合して情報交換をし合い、必要ならパーティーを合体させて行動する。これなら、時々でメンバーを入れ替えても不自然ではないしな」

 

 付け加えるなら、この方法であれば、ギルメンだけではなく僕も入れ替えることが可能だ。

 また、第三者から頻繁にメンバーが替わると指摘されても「うちは、そういう編成なんですぅ」で誤魔化すことも可能だろう。

 アルベドにしてみれば、随伴する僕の入れ替えが可能なところが気に入ったようで、「モモンガ様と、冒険……旅……旅行……新婚旅行! ふう……」などと言う呟きが聞こえてくる。が、モモンガは努めて無視することにした。いや、男としては嬉しいが、今は話さなければならないことがあるのだ。

 

「以上のことを踏まえて、パーティー編成を発表する」

 

 第一パーティー。リーダー、モモンガ。サブリーダー、弐式炎雷。お供はルプスレギナ・ベータ。弐式は探索役としてかなりの実力者だし、プレイヤーであるからギルド長の護衛として申し分ない。ルプスレギナは信仰系魔法詠唱者でもある上、バトルクレリックやウォーロードも修めており、前衛としても役立てる。モモンガは戦士として振る舞ってみたかったが、前衛も担当できる弐式とルプスレギナが居るので、本職の魔法詠唱者として行動することを求められていた。

 なお、弐式の作成NPCであるナーベラル・ガンマについては、対外的なコミュニケーション能力に難があるとして、ペストーニャに預けることが、この場にて弐式より宣言されている。その方針決定に到った原因であるナーベラルの振る舞い、モモンガに迷惑を掛けたことも弐式の口から話され、アルベドが壁際から一歩進み出た。

 

「御安心下さい。弐式炎雷様。(わたくし)からペストーニャに申し伝えておきますので……」

 

 にこやかな、そう花のような笑みだ。

 しかし、その表情には影が差し、全身の輪郭を覆うように黒いオーラが立ち上っている。

 

「よ、よろしく頼むよ……」

 

 幾分、弐式の声が怯えを含んでいたのは、けして気のせいではないと思うモモンガであった。

 続いて第二パーティー。

 リーダーは、ヘロヘロ。サブリーダーは執事のセバス・チャン。ここに、お供としてソリュシャン・イプシロンを追加する。こちらは前衛系のヘロヘロとセバスに、探索役として有能なソリュシャンという編成だ。魔力系や信仰系の魔法詠唱者が配置されておらず、不安を感じるものの……必要に応じてエントマを追加することとした。

 

「私達は、冒険者業も営む商人として動いてみたいですねぇ。そうだ。王都に行ってみたいかもですね。王城のメイドさんとか、たぶん貴族子女とかでしょ? 興味あるな~。エ・ランテルでの冒険者活動は、モモンガさん達に任せるということで……」

 

 このように、ヘロヘロは王都に行ってみたいと言う。

 彼女連れで物見遊山か……と、モモンガ及び弐式の視線が生暖かくなったが、別に悪いことではないし反対することもなかった。それに考えてみれば、エ・ランテル組と王都組と二手に分かれることで、情報収集の幅が広がると言うものだ。

 こうして二つのパーティーが編成されたわけだが、ここで一人、挙手する者が居る。

 守護者統括、アルベドである。

 

「あの、アインズ様? 私もアインズ様に同行したいのですが……」

 

 彼女のモモンガを慕う気持ちからすると、当然の申し出だ。しかし、モモンガ達にしてみれば、アルベドはナザリック地下大墳墓、その運営を任せたい重要人物である。彼女を作成するにあたり、タブラが設定した『内政面で極めて有能』的な記述は、アルベドを超級の内政能力者としているのだ。これを活用しないわけにはいかない。

 

「すまないな、アルベド。お前にはナザリックの運営を任せたいのだ。これは、お前にしか頼めない重要な任務だ。わかってくれるな?」

 

 タブラからのニヤニヤした視線に耐えつつ、モモンガが説得を始めた。が、説得タイムは瞬時に終了する。

 

「わ、(わたくし)にしか頼めない……ですか?」

 

「そ、そうとも! 私はアルベドを高く評価し、信頼しているのだ!」

 

 モモンガが一言発する度に、アルベドの表情が輝きを増していった。そして、それに伴い、モモンガの罪悪感も増していく。

 一人でナザリックに転移していたとしたら、重い愛情に耐えかね、アルベドを同行させまいと知恵を絞ったかもしれない。だが今、モモンガの周りには複数のギルメンが居た。ましてやアルベドの創造主、タブラが居るのだ。アルベドを無碍に扱うわけにはいかないだろう。

 

「ただ……アルベドの都合、仕事面での余裕によっては、そう……パーティーメンバーの一員として参加させることもあるだろう」

 

 幻術その他で角や翼を隠す必要があるものの、モモンガの提案はアルベドを喜色満面とさせる。

 

「あ、ありがとうございます! モモンガ様! 失礼しました! アインズ様! (わたくし)、全力でナザリック運営に勤め、必ずやアインズ様のパーティーに参加して見せますわ!」

 

 鼻息が荒い……というのは美女がやると絵になる。それをモモンガは、初めて知ることとなった。アルベドの美貌、恐るべしである。

 円卓の各席、主に弐式とヘロヘロから「いいんですか? そんな約束しちゃって」とニヤニヤした視線が向けられるが、今更撤回などできない。

 モモンガは努めてギルメンらを無視し、アルベドに対しては大きく頷いた。

 

「うむ。その際にはアルベドの防御力。大いに頼らせて貰うとしよう!」

 

 こうしてナザリック外へ出る際のパーティ編成が決定する。

 そして向かう先は、モモンガ・パーティーがリ・エスティーゼ王国における対バハルス帝国の最前線都市……エ・ランテル。そして、ヘロヘロパーティーが王都リ・エスティーゼだ。

 情報を得て、魔法その他の手段を駆使し、表や裏から都市支配……までは、すぐには無理だろうが、エ・ランテルで支配力を増加できれば上々だろう。裏面での働きはデミウルゴスに任せていたため、モモンガは割りと楽観していた。と言うより、目先の冒険行にしか興味が向いていなかった。

 

(あれだけ、たっちさんや、やまいこさんに怒られないよう気をつけろと言ったんだし。そんなに無茶なことはデミウルゴスもしないだろう)

 

「しかし、世界征服ですか。大きく出ましたね、モモンガさん」

 

 合流して間もないタブラは、世界征服を念頭に置くまでの経緯を聞かされていた。彼自身、世界征服に関しては大それた夢想だと思っていたが、この世界における軍隊のレベルを聞いた後では「それほど無理な話でもないし、悪くない」と考え直している。

 

(政治腐敗が進んだ王国か……。どうせ犯罪組織とズブズブの貴族なんかが居るだろうし、その方面から取り込んでいって、裏から支配……いや、上手くやって王国を乗っ取るというのも面白いかもしれないな。デミウルゴスを放置しておいたら勝手にやってくれそうだけど……)

 

 タブラの脳裏では、ナザリック地下大墳墓の玉座ではない、リ・エスティーゼ王国の王座で座ってオロオロしているモモンガの姿が思い浮かんでいた。

 

(リ・エスティーゼ王国国王モモンガか……。悪くないかも……)

 

 世界の一つくらい征服してやろう。そう言ったのは確かウルベルトだっただろうか……。

 思うに、政治腐敗で国が傾いているのであれば、自分達が支配して上手く回してやった方がマシかもしれない。

 まずは幾つかの都市、頃合いを見て国それ自体。

 

(私も随分と気が大きくなってるな。でも心地良い。あの、どうしようもない現実(リアル)ではなく、この世界で……。モモンガさん達と楽しくやれるのなら、なんだっていいか……)

 

「世界征服は目標であり手段ですよ、タブラさん」

 

 何か考えているようだったタブラに、モモンガは話しかける。

 

「できなくたっていい。でも、俺達が頑張っていれば、ナザリック外のギルメンに気づいて貰えるかもしれないじゃないですか!」

 

「そうそう、モモンガさんの言うとおり!」

 

「私も大いに同感です。あの場所に居なかったク・ドゥ・グラースさんは無理でも、ホワイトブリムさんとは早く合流したいですね~。メイド達が喜びます」

 

 モモンガの声に弐式とヘロヘロが続いた。  

 そうやって和気藹々としているモモンガらを、アルベドとデミウルゴスが感極まったように見つめている。

 ヘロヘロらの反応にモモンガが「いやあ」と照れていると、タブラは肩を揺すって笑い出した。

 

「ぷっ、あははは……。そうですね! 私も、会って話をしたいギルメンが居ます。死獣天朱雀さんに、ぷにっと萌えさん。……やる気が出てきましたよ! モモンガさん、今度は私も連れて行ってください。きっと役に立ちますから!」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 数日後。

 モモンガ達はタブラに見送られながらナザリック地下大墳墓を後にした。

 向かうはエ・ランテル。そこにある冒険者組合で冒険者登録をした後、エ・ランテルを拠点として冒険者活動を行うモモンガパーティー。そして、エ・レエブル等を経由して王都へ向かうヘロヘロパーティーに分かれるのだ

 道中については、野盗やモンスターの襲撃を幾度か受けたが、ことごとく返り討ちにしている。その際、野盗からは金品を巻き上げていたので、活動資金には幾らかの余裕ができていた。

 そして少し街道行を満喫していたため、ややゆっくりめとなる翌日の夕暮れ時。モモンガ達はエ・ランテルに到着している。

 

「というわけで、到着しました。エ・ランテルです~」

 

 聖遺物級(レリック)の武道着を着込んだヘロヘロが、大きな都市門を見上げて一人呟いている。ちなみに彼は人化ではなく、ソリュシャン同様、形態変化で人の形を作っていた。

 人化は便利だが、レベルが大幅にダウンしてしまう。そこでヘロヘロは、宝物殿を漁って適当なアイテムを探し出し、形態変化能力を身につけたのだ。つまり、今のヘロヘロは見た目が人間なだけの……古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)。それが武道着を着用した姿なのである。

 人だと思って斬りつけたら、武器を溶かされていた。と、そんな戦い方もできるため、弐式に言わせれば「凶悪さが増し増しだ!」となる。一方でデメリットもあり、元から身につけていた最強装備を構成するアイテムの一つを外す羽目になったし、この状態で酸を全開にすれば、当然だが武道着は溶けてしまう。何かを攻撃して溶かすなら、掌からだけの酸分泌にした方がいいだろう。このように、人形での酸の使用は大きく制限されてしまうが、ヘロヘロは特に気にはしていない様子だった。

 

「へ~え。これがエ・ランテルの城壁か~。いかにも城塞都市って感じでいいね。この壁が三重になってるんでしょ?」

 

 そう言って最外層部の城壁を見上げる弐式は、こちらも装備を聖遺物級(レリック)としている。見た目は、いつもの忍者衣装。だが材質等のランクを落とした劣化版だ。主装備に関してはアイテムボックスに入れてあるので、必要に応じて装備替えが可能。

 弐式は探索役らしく、門や外壁、その他各所に対してサーチをかけて罠の有無などチェックしていたが、特にこれと言って警戒すべき物はなかった。

 

(最外縁の城壁に魔法障壁が無い? 隠形移動の阻害処置もしてないとかマジか? 俺みたいな忍者だと入り放題じゃん。……ああ、こっちの世界ってレベルが低いんだっけ。強さだけの話じゃないんだな~……)

 

 調べた結果、見た目どおりの中世ヨーロッパ的な都市だと再認識し、弐式は拍子抜けした思いを味わっている。

 三人目、モモンガ。彼に関しても、やはり装備は聖遺物級(レリック)だ。ただし、弐式と違い、最強装備に比して見た目を大人しめに変えている。理由は最強装備の外観が、人化した顔に似合わないからだ。それでも、この世界で知られる装備としては脅威的な上級品なのだが……。

 そうやって用意した装備の中で、モモンガにとって最大の目玉品はマスクだった。

 その名も『悟の仮面』。ラバーや人肉に近い質感の仮面であり、仮面状でありながら身体全体への変身効果を有する。着用中、本体が死の支配者(オーバーロード)のままでも、死の支配者(オーバーロード)の骨格に影響されず、鈴木悟の頭部・体格をほぼ完全に再現。しかも着用したまま(人化するという条件が付くものの)飲食可能という優れものだ。

 これは既存アイテムではなく、データクリスタルやユグドラシル金貨を消費し、今回新たに作成した品である。元々着想はあったが、ヘロヘロが形態変化のアイテムを探し出したのを見て、本格的に用意する気になったのだ。

 一応、欠点もあり、モモンガ限定の装備品であるほか、着用時は使用できる位階魔法が第七位階までとなる。人化すると良くて第六位階までしか使用できないのだから、大したものなのだが、第八位階から上の魔法を使いたければ、悟の仮面を外さなくてはならない。

 とは言え脱着に関しては瞬時に行えるため、モモンガは、これらのデメリットをそれほど問題視していなかった。

 ルプスレギナとソリュシャンに関しては、前者が前衛職系の尼僧風、後者が少し華美な盗賊風となっている。ソリュシャンの装備が華美なのは、ヘロヘロの指定によるものだ。曰く、「ソリュシャンの髪型は縦ロール以外ありえません! ですから盗賊として活動するにしても、目立たない服装は駄目です! 髪型が映えるような逸品でなければ!」とのことらしい。

 聞いていたモモンガと、特に派手好きであっても忍者に拘りがある弐式は「ええ~…」とドン引きであったが、ヘロヘロは大いに満足していた。そして、創造主自ら衣装を選んで用意してくれたことにソリュシャンは感激し、こちらも大いに満足している。

 残るはセバスだが、彼に関しては普段から着用している執事服のままとなっていた。これは、主に都市内で活動するためと、冒険者活動する傍ら商人として活動するためだ。

 具体的には、ヘロヘロとソリュシャンで主に冒険者活動をして名声を高め、一方でセバスは魔術師組合で巻物(スクロール)を購入したり等、この世界の魔法や文化について調べさせる。冒険行でセバスが必要になれば、武道着を着せ、ヘロヘロに同行させるのだ。

 以上の六人が仮称モモンガパーティー……いや、冒険者としては更なる偽名『モモン』を使用することとしたので、モモンパーティーの初期メンバーとなる。

 

「……モモンさん。パンドラは連れてこなくて良かったんですか? モモンさんの子でしょ?」

 

 検問所でのチェックを済ませ、壁内へ入ったところで、弐式がモモンガに話しかけてきた。今回、ヘロヘロは、自分が作成したNPCを連れてきている。であるなら、モモンガもパンドラズ・アクターを連れてくれば良かったのに。と、そう彼は言いたいらしい。これに対し、モモンガは笑いながら頭を振った。

 

「パンドラは作った俺が言うのも何ですが、優秀です。それこそ、何を任せて良いのか迷うほどにね。今のところ、ナザ……ホームはアルベドに任せてますが、一人ではキツいでしょうから。彼女の手伝いをさせた方がいいんです」

 

 他にも商人系スキルが豊富なギルメン、音改(ねあらた)の姿を取らせ、大漁にあるゴミアイテムをエクスチェンジボックスに投じさせることも指示している。換金査定にスキルによって増額効果が出ることを期待しているのだ。

 このように理由を述べたところ、弐式は納得したようだったが、近くで聞いていたルプスレギナ達、NPCは一様に感動した様子でいる。どうやら至高の御方が、被創造物である僕を、高く評価し気にかけている……とでも思ったらしい。

 もっとも、パンドラズ・アクターを同行させない最大の理由は、彼を連れ歩くと、その仰々しい言動によって、モモンガの精神にスリップダメージが入り続けることにあった。

 

(そのうち慣れたいけど。今は無理。連れ歩くなんて絶対に無理! ……と、あれが宿か?)

 

 最外縁の城壁付近で駐留兵に聞いたのは、冒険者がよく使用する安宿。そして冒険者組合の場所だ。まずは、当面の拠点となる宿を確保しなければならない。

 ナザリックに日帰りする案も出たが、暫くは普通にやってみようという事になったのだ。

 そして今、モモンガが発見したのは通りに面した宿である。ユグドラシル時代、ランクによって外観に差のある宿は見たが、記憶にある安宿と比べても貧相なたたずまいだ。

 

「安いのが魅力だから、仕方ないですね」

 

 ヘロヘロ達に、そして弐式らに聞かせるように呟くと、モモンガは入口を通って中に入って行く。その後ろにヘロヘロが続き、弐式とセバス、そしてルプスレギナとソリュシャンが続いた。

 六人編成とは冒険者パーティーとしては平均的な人数であり、受付近くでたむろしていた他の冒険者らからの注目を浴びることとなる。

 

(「見ない顔だな。新入りか? 大層な美女を二人も連れてるな」)

 

(「冒険者プレートを下げてない。流れ者だよ」)

 

(「それにしても揃いも揃って値の張りそうな装備だぜ。どこぞの貴族の後継ぎ様とかかな?」)

 

 小声による情報交換がなされているが、モモンガ達には丸聞こえであった。

 貴族の後継ぎという設定は中々に使えそうだったので記憶に留めることにしたモモンガは、カウンターで宿主らしきに声をかける。いかつい主人からは、何人部屋にした方がいいとか、冒険者にとってマントは必需品だとか、そう言ったアドバイスを貰ったが、モモンガは人数どおりの六人部屋で部屋鍵を受け取っていた。

 もっとも、ヘロヘロをリーダーとする三人は王都に向かうため、普段はモモンガと弐式にルプスレギナの三人で使用することになる予定だ。無駄に広い部屋を確保したことになるが、たまにエ・ランテルで六人揃った際には便利なので、これで良しとする。

 

(多少の出費にはなるけど、その分は頑張って稼げばいいんだし。最悪、ここへ来るまでにやったように野盗でも狩って資金稼ぎするか。うん?)

 

 主人に礼を言って二階の宿部屋へ向かおうとしたところ、モモンガの前に一本の足が差し出された。それは近くの円テーブルに着いた冒険者……戦士風の三人の内、一人が出したものだ。一言で言って邪魔である。

 

「ふむ……」

 

 どうしたものかとモモンガは思案した。

 よくある新人歓迎なのだろうが、恐らく絡んできている男達は弱い。魔法詠唱者の自分が仮に人化していても、ステータスにモノを言わせて蹴散らせるほど差はあるだろう。今は異形種化しているのを悟の仮面により隠蔽中なので、なおのこと問題にはならなかった。

(さて……)

 避けて通るか。否、ユグドラシルでもそうだったが、最初に舐められると後々に響く。

 踏んづけてやろうか。否、ここには弐式とヘロヘロ。それにNPCが三人も居るのだ。そんな大人しめの対応をしていたのでは、面白くない。いいところだって見せたいのだ。

 そこでモモンガは……。

 

 ドガン!

 

 音高く木製の円テーブルを蹴飛ばした。蹴り上げたのではなく、テーブルの縁を水平に蹴ったのである。結果としてテーブルは大きくスライドし、席に着いていた三人の戦士を薙ぎ倒すこととなった。

 

「うげっ!」

 

「ぶあっ!?」

 

「だはぁっ!」

 

 それぞれに悲鳴をあげ、無様に椅子から転げ落ちる。だが、リーダー風の男が真っ先に立ち上がってモモンガに挑みかかってきた。

 

「何しやがる! 足を出したのはアイツだけだったろうが!」

 

「連帯責任だよ」

 

 言いつつ男の手をかわし、胸ぐらを掴んで持ち上げる。これをモモンガは片手で行った。しかも見た目が魔法詠唱者であるため、職種からは想像もできない怪力に酒場内からはどよめきが起こる。それで更に気をよくしたモモンガは、無造作に男を投げ飛ばすのだった……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「あ~、難儀な思いをしました」

 

 宿部屋に入ったモモンガは、皆と共にベッドに腰掛けながらぼやいた。

 先程、絡んできた男を放り投げたのだが、別のテーブルでポーションを見てニヤニヤしていた女性……ブリタという名の赤毛の女戦士を直撃したのである。正確には彼女にではなくテーブルに当たったのだが、そのためにポーションの瓶が割れてしまった。

 ブリタは物凄い剣幕で弁償を要求してきたが、続けて発生した面倒事に閉口したモモンガは、手持ちの下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポ-ション)を渡すことで事態の収束を図ったのである。

 

「モモンさん。あんな女にポーションをくれてやること何てなかったんじゃないっすか。他の男共みたいに、やっつければ良かったのに」

 

 気安い口調でルプスレギナが言っているが、その口調とは裏腹に彼女が激怒しているのが良くわかる。見ればソリュシャンも同様のようで、セバスは……こちらは平然としてるかと思いきや、その視線が鋭いことになっていた。

 結論、NPCの誰一人として例外なく怒っている。

 

「まあ、気にするな。相手は冒険者の先輩だ。顔ぐらい立ててやれ。それに、私が彼女に対して被害を与えたのは事実なのだからな」

 

 そもそも出したポーションは下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポ-ション)だから、それほどの痛手ではない。カルネ村ではエンリにも使ったのだから、問題は無いだろう。

 

(どう問題ないかはさておき……。やっぱり、まずかったかな? でも他に渡す物も無かったしな~)

 

 少し気になったモモンガは弐式を見たが、それで何を聞きたいのか察したらしい弐式が話を振ってきた。

 

「モモンさん。今、分身体を出して酒場の様子を探ってたんだけど、あのブリタって女の人、それに周りの冒険者や主人が『赤いポーションなんて見たことない』とか言ってますよ」

 

「げっ。マジですか? 下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポ-ション)なのに……。下級の品なんて流通してないから珍しい……じゃあないんだろうな」

 

 特に気にせず渡してしまったが、妙なところに流れて、そこを発端に更に面倒なことになるのでは。

 そう心配したモモンガであるが、弐式が「この都市一番の薬師に見せて、鑑定して貰うとか言ってますよ」と情報を追加したことで、一つ閃いた。

 

「なるほど。俺の狙ったとおりになりましたか……」

 

「どういうことでしょうか。モモン様」

 

 斜向かいで座っているセバスが、静かに聞いてくる。

 

(思わせぶりなこと言ったけどさ! 食いつくの早くない!?)

 

 モモンガは内心焦りつつ、先程思いついたアイデアを脳内で発展させた。

 つまり、こうだ。

 この世界では下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポ-ション)であっても珍しい品であるらしい。であるならば、それを冒険者に渡した場合、弐式が報告したように何のポーションであるか確認しようとするだろう。

 

「そして行き着く先は、都市で一番の薬師だ。これは上々の成果だと言える」

 

「と、仰いますと?」

 

 重ねて問うてくるセバスに対し、モモンガは必死で考えながら語った。

 ナザリック地下大墳墓ではポーション類の生産設備があるが、その材料は補充の目処が立っていない。いずれ、枯渇するであろう。そこで、この世界の材料を用いてのポーション生産ができるかどうか。ユグドラシルから持ち込んだポーションを温存することもできるのではないか。

 

「あるいは思いもよらない、新たなポーションが開発できたり……などだな。お前達、ナザリックの僕は人間を軽視しがちだが、物は使いようだ。我らで思いつかないことでも。彼らが思いつくことだってある。例えば、その都市一番の薬師などがな」

 

 おお……と室内がどよめいた。声を発したのは主にNPCらである。

 一方、弐式とヘロヘロは疑わしそうな視線をモモンガに向けていた。そして弐式が、おもむろに面をまくり上げ、人化した顔をさらしてモモンガを見る。

 

「モモンさん……」

 

(それ、今思いついたんですよね?)

 

(もちろんです!)

 

 男と男のアイコンタクトは、魔法無しでも意思疎通を可能とした。

 ともあれ、今のはモモンガからすれば恥を掻きたくない思いと、ちょっとした格好付けのつもりでした嘘話である。しかしながら、セバス達は違う受け取り方をしたようだ。

 

「さすがはモモン様。我らでは思いも寄らないことです。このセバス、感服いたしました」

 

「モモン様。マジ、パネェっす!」

 

「ええ、さすがはモモン様ですわ……」

 

「そ、そうか。そう……なのか?」

 

 セバスらNPCのキラキラした視線。それがモモンガの、さほど頑健ではない心をえぐっていく。

 

(やばい。ちょっと待てよ。お前ら、弐式さんみたいに察してくれてもいいんじゃないか? ……安易な知ったかぶりとか、状況に便乗したドヤ顔とか……控えた方がいいのか?)

 

 まだNPCらの忠誠心を甘く見ていたらしいと、モモンガは反省した。ある程度の威厳は必要だろうが、それが過ぎた物になると凡人たる自分では耐えられなくなる日が来るだろう。

 今後は、もう少し言動に気をつけることとして、モモンガは夕食を取ることを提案。一階酒場でさほど美味くもない食事を取ると、宿部屋に戻り、明日に向けて早めの就寝をするのであった。なお、同室内にルプスレギナとソリュシャンが居ることで、中々寝付けなかったのであるが、それはモモンガだけでなく弐式とヘロヘロも同様であった。

 

 




今回、ブリタとの一件を書き忘れてたので、投稿前に書き足したら文章量が増えました。



<誤字報告>

 忠犬友の会さん、ハクオロさん、gaaさん。ありがとうございます。

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