弐式炎雷が指定した場所。
そこはユグドラシルの九つある世界でも、ナザリック地下大墳墓がある世界……ヘルヘイムだ。
ただし、位置的にはナザリックの探知が及ぶギリギリ圏外であり、何の変哲もない夜空の下の荒野。そこに十数人のプレイヤーが居て、ああでもないこうでもないと話し合っている。
その中心に居たのが弐式炎雷だった。とはいえ、今の彼の姿は、何の変哲もない男性の人間種。アインズ・ウール・ゴウン時代のハーフゴーレムではない。
彼はヘロヘロよりもずっと前……友人たる武人建御雷とともに引退し、その際にアカウント削除していた。ゆえに、あの頃のアバターは既に無い。
現状、レベルは一で、武装などもほぼ無いため、ここでPKなどをされれば瞬殺間違いなしだ。だが、それは彼に限った話ではない。
目の前でみっともなく揉めているアインズ・ウール・ゴウンの元ギルメン達。彼らも幾人かは人間種のアバターでインしており、現役時代と同じ異形種でインしている者も、前述した武装やアバターの貧弱さに関しては似たような状況だった。
「ハア……。呼ぶんじゃなかったかな……」
この集まりの発起人は、何を隠そう弐式炎雷本人である。
モモンガからの『最終日のお誘い』に対し、返信すらしなかった彼だが、内心ではヘロヘロと同様、忸怩たる思いに押し潰されそうになっていた。
そこで、一人また一人とギルメンに対してメールを送信し、集まった者らとモモンガやナザリックに対する思いを語り合っていたのである。
だが、それらは必ずしも実りある対話にはならなかった。
例えば……。
「だから! みんなでナザリックへ行って! それでモモンガさんに謝ればいいでしょうが!」
「お
バッタの異形種と山羊悪魔の異形種が、キスしそうなほどに顔を寄せて歯ぎしりし合っている。
ギルドメンバー最強の聖騎士、たっち・みーと、最強の魔法職……大災厄の魔ウルベルト・アレイン・オードルの二人だ。双方、見た目だけは現役時代と同じ種族にしたようだが、装備は貧相の一言に尽きる。
(たっちさん達も、俺と同じか。装備まで揃えてる時間も無かったしな……。でも、種族選択の最初期アバターが、現役時代と同じなんだなぁ)
それだけアバターや、アバターの外装に思い入れが深かったということだ。
弐式炎雷など、当時はハーフゴーレムのデフォルトデザイン……つるっとしたパペット状の物に、忍者衣装を着せていただけなのに。
他にもバードマン姿のペロロンチーノが、人間女性のアバターと何やら相談しているのが見える。相手女性は、現役時にはピンクの粘体だったぶくぶく茶釜。到着時に聞いた話では、アバターを新規作成する際に「またピンクの粘体にするのも。なんだかなー」と思ったらしい。
その二人から少し離れた場所では、タブラ・スマラグディナ(ブレインイーター)が獣王メコン川(獅子の獣人)や、やまいこ(人間女性のアバター)と何やら話しているようだ。
それぞれの会話内容までは聞き取れないが、一様に雰囲気が暗いので、たっち・みーらと似たような話をしているのだろう。
このように、集まった者達は自らの思いを吐露し合い、それと解っていながら非建設的な議論に没頭し続けていた。
「なんつーか、俺ら……ダサいな」
「建やんも、そう思うか? ……そうだよな。答えは出てるのにな」
隣りで腕組みをして立つ
言ってしまえば、一連の会話の中で、たっち・みーの発言が最も正しい選択なのだ。だが、モモンガに対する申し訳なさ、恥ずかしさと言った様々な思いが、皆の足をこの場に引き留めている。
誰か……皆を取り纏めてナザリックに行こうとする者が居れば……。
(ナインズ・オウン・ゴール時代の長、たっち・みーさんなら適任なんだろうけど。あの様子じゃなぁ……)
口ではナザリックへ行こう、行けば良い。そんなことばかり言ってるが、そのたっち・みーが動こうとしないのだ。元々、責任感の強い男であるから、モモンガを置いてきぼりにした負い目も強く、そのため行動に移れないのだろう。
「まあ、ここでグズグズしてるのは俺も同じだし? 皆のことは悪く言えないんだが……。それとな、弐式よ。気がついてるか?」
「うん、建やん。俺ら、おかしいよな……。俺達、いったいいつから、ここに居るんだ?」
この場はナザリック地下大墳墓からは、それなりに離れた場所。前述したとおり、ナザリックのギリギリ探知圏外にある荒野だ。
最初に弐式炎雷が訪れ、彼の出したメールによって今居るメンバーが逐次集まってきていた。
ここまでは前述したとおり。だが……。
「いつまで経ってもサーバー停止でログアウトしないって……これ、どうなんだ?」
そう、弐式炎雷がログインした時。それはユグドラシルのサービス停止する、半時間ほど前のことだった。そして現在、小一時間が経過している。経過しているはずだ。
全員がユグドラシルから叩き出され、
「それだけじゃないぞ。弐式も気づいてるだろうが、明らかに時系列のおかしい人が居る。その事も俺には気がかりだぜ」
例えば、たっち・みーとウルベルトだ。
この二人は、明らかに本日……ユグドラシル最終日ではない、厳密には三日前からログインしてきている。これは三日間ログインしっぱなしと言うことではなく、過去の日時からログインしているという意味だ。
「俺も建やんと同じことを考えてた。あの二人、『サービス終了は明明後日でしょ?』って言って聞かないんだもんな。その後、モモンガさんの件で言い争いを始めて、ずっとあの調子だけどさ。時系列って言ゃあ、他に茶釜さんとペロロンさんも似た感じか」
ぶくぶく茶釜達は、ユグドラシルのサービス終了後、二日経過した未来からログインしてきている……と本人達が主張している。もっとも、彼女らはPCを介してログインしたのではなく、気がつくと、もうここに居たとのこと。
「元々ログインしてなくて。はたまた、最終日ですらなくて……か。気味が悪いねぇ。それでさ……俺は建やんを含めた、ギルメン全員にメールを出したんだが。ここに来てる人と来てない人は……何か違いでもあんのかねぇ。単に受信してないか来る気が無かったか……だったら、まだいいんだけど」
ここまで不思議な状況だと、ここに居ない元ギルメンらには何かあったのか……と弐式は心配になってしまう。
「そこら辺はタブラさんが考察してるみたいだな。今んとこ、これと言った答えは出てねぇようだけど……。……なあ? あそこでだべってるタブラさん達は別として……他の人は気づいてるかな? このこと」
「なんだよ、建やん? 何に気づいてるって?」
建御雷は、かつてはハーフゴーレムの忍者だった……今では人間種の男性アバターに顔を向けた。
「色々だよ。明らかに時間軸とか時系列のおかしい人が居る件や、いつまで経ってもサーバーダウンしねーこととか。それに……メールとか出せなくなってるって事もな」
「え? メール? あ、ホントだ……。うえっと、じ、GMコール! ……駄目か……。ログアウト……も、できないし。マジで、どうなってんだ?」
「おそらく、茶釜さんあたりは早い段階で気がついたと思う。けど、それを口に出さねぇ……。そりゃいったい、何でだ?」
言われて建御雷を見上げた弐式炎雷は、暫し考えた後、ポツリと呟いた。
「怖い……からかな。タブラさん達は気づいた上で考察中かもだけど。それとなく気づいた他の人らは、変なトラブルに巻き込まれたかも知れないのが怖いんだ。俺だって怖い。けど、GMコールも駄目って状況なのに皆、妙に落ち着いてるな……。俺……達もだけど」
モモンガに対する申し訳ない気持ちは勿論ある。が、その話題にしがみついていないと、冷静さを保てない……にしても、やはり変である。
ひょっとしたら他の要因があるかも知れない。しかし、その『他の要因』について考えると、弐式炎雷の意識は何故か『今考えようとしていたこと』から逸れていく。そして、そのことに気がつかないまま、彼は話題を変えた。
「見ろよ、建やん。たっちさんとウルベルトさんが、口喧嘩しながらだけど話題がサーバーダウンがまだな件に移ってるぜ?」
「ああ、たっちさんは警察官でリーダー気質だからな。そろそろ現実を見て、何か方針を打ち出すか……あ、駄目だ。またウルベルトさんと喧嘩を始めた。モモンガさんが居ないと、どうにも締まらねぇなぁ」
そうボヤきつつ、建御雷もまた『たっち・みー達の会話がループしている件』から意識が逸れていく。
それでも彼は、皆が騒ぎ出すことを恐れていた。いや、恐れ続けることにしがみついていた。
(畜生。なんで大事なことに集中できねーんだよ! このままだと、ヤベーんだって!)
もしかすると皆がパニックになって、このログアウトできない状況下で散り散りバラバラの行動に移るかもしれない。意見の対立の果てに戦闘になるかもしれない。
(……フレンドリーファイアの制限で同士討ちはないだろうが。ここは一致団結してないと、もう洒落にならんぞ……。俺と
建御雷は生唾を飲み込む。
だが、
背筋に冷たいモノを感じながら建御雷は、ふと思い当たったことを述べてみた。
「弐式よ。ひょっとして今の俺達、『遭難してる』に近い状況なんじゃないか?」
「そう言われると、そんな感じだな。建やんの言うとおりだ。ネットの中で『遭難』か……。言ってる場合じゃないかもだけど。上手い表現だ。はは、ハハハハ……」
乾いた笑いを動かない口から漏らしつつ、弐式炎雷は考える。
この後、皆が現状を見つめ直した時。たっち・みーが上手く仕切ってくれれば良いが、失敗した場合……。
先に建御雷も同じことを考えたが、この得体の知れない状況下で皆がバラバラになる可能性がある。それは、よくわかってないし断言することではないが、とても危険なことのように弐式炎雷は思えていた。
何処か……そう、何処か安全な場所に一旦避難して、それから今後のことについて話し合うのはどうだろうか。
(最寄りの安全そうな場所って、ナザリック地下大墳墓だけど。どうする? いっそのこと、俺や建やんが言って皆を連れて行くか? けど……)
脳裏を人の良いギルドマスター……
モモンガさんに合わせる顔がない。
その気持ちは今もなお強く、変わりがなかった。
(どの面下げて……。モモンガさん! 大変なんです! 暫く匿ってください! てか? ……ちくしょう。非常時だってのに俺って奴は……)
そもそも、今からナザリックへ行ったとして、内部にモモンガが居るとは限らない。向こう側で探知して招き入れてくれる手が使えないかもしれないのだ。
また、この場に居るメンバーは全員が引退した後であり、
(どうする? やっぱ俺か建やんが声がけするか? ともかくナザリック前まで行って……けど、それもどうな……)
弐式もまた、我知らず思考のループ状態にはまっていく。
もはや、そうなることに抵抗もできない。しかし、先程までは聞こえなかった声が、背後から彼の鼓膜を刺激した。
「あれ? 皆さん、どうかされたんですか。あちこちで議論してるようですが……」
「うえっ!?」
ナザリックで現役時代の弐式であれば、背後を取られる前に察知できたろうが、今はレベル一の人間種でしかない。驚きながらも知った声に振り返ると、そこには人間種の男性アバターが立っていた。
標準モデルの黒頭髪色と髪型を弄っただけ。実に何てことのない平凡な見た目である。
「え~と……声からすると、ヘロヘロさん?」
あたりをつけて問うたところ、やはり相手はヘロヘロであるらしい。
ギルメン全員にメールは出した。来なかった者も居るが、ヘロヘロは来てくれた。
新たに駆けつけてくれた。
それだけで嬉しいと弐式炎雷は思う。だが……。
(……えらいとこへ呼び込んじまったのかもな)
そう思い、小さく溜息をついた。
◇◇◇◇
指定場所に到着したヘロヘロは、最初、集った面々を見て気分が高揚した。
(たっちさんが居る! ウルベルトさんも! ペロロンチーノさんが居て……たぶん茶釜さん? が居て……。ああ、あの頃に戻ったみたいだ……)
暫く会ってなかったギルメンらだが、こうして会ってみるとゲームに燃えていた頃を思い出し……
(この感動をモモンガさんにも……って。皆、ここで何をしているんだ?)
急速に冷めゆく頭の中で、ヘロヘロは思った。
これだけのメンツでナザリックに押しかけたなら。最後に見たモモンガの様子を思えば、きっと喜んでくれるはず。なのに皆、ああでもないこうでもない。モモンガさんに申し訳ないと、そればかりを話して一向に行動に移ろうとしないのだ。
(俺は皆のこと悪く言えない。言えないよ? でもさ……)
「弐式さん? 来たばかりでアレなんですが。俺、思うんです……」
「どうしました? ヘロヘロさん」
ヘロヘロは語る。
ギルマス……モモンガとは、この先メールでやりとりすることも、
だが、ユグドラシルは終わる。終わってしまう。
自分たちがナザリックの、アインズ・ウール・ゴウンのギルメンとして、モモンガと話ができるのは残り僅かな時間しかないのだ。
「俺達は、モモンガさんを置いてギルドを抜けました。ユグドラシルを辞めました。そこには皆、それぞれの事情や理由があったんだと思います。それが悪いってわけでもないでしょう。だけど、モモンガさんに対する義理や……友人としての情は別問題です」
いつしか……たっち・みーやタブラ・スマラグディナ、その他多数のギルメンがヘロヘロと弐式炎雷らを見ていた。あたりに響くのはヘロヘロの声のみ。
「行きましょう! ナザリックへ! モモンガさんに顔向けできない気持ちは、そりゃあ俺にもありますよ? でも合わせる顔がないなら今作ればいいんです! それに『赤信号、みんなで渡れば怖くない』って言葉があるじゃないですか! 他の皆が居れば、きっと大丈夫! 行けますよ!」
鼻息荒く言い切ると、数秒の間を置いてから、フフだのハハといった笑い声が聞こえ出す。
「ヘロヘロさん。も、モモンガさんは赤信号ですか? 確かにモモンガ玉は赤くて丸いですけど……ぷぷっ」
ペロロンチーノが笑い顔のアイコンを浮かべつつ言った。その声は吹き出しそうに震えている。
次いで、たっち・みーが一歩踏み出し、右手の平を持ち上げるようにして言った。
「赤信号を渡るだなんて、警察官の前で言うことじゃあないですよね?」
限界だった。
その場に居たギルメン全員が爆笑し、皆が皆笑い顔のアイコンを浮かべている。
弐式炎雷も笑い顔アイコンを浮かべ……自分がどうやってアイコンを浮かべているのか不思議に思いながらも……ヘロヘロを見た。
ヘロヘロは「笑ってる場合じゃないですよ! 真面目な話なんですから!」と怒っている素振りを見せて居たが、その姿に弐式は感謝する。
(いい空気作ってくれたぜ、ヘロヘロさん。こうなったら乗るしかない!)
ちらりと武人建御雷に視線を向けると、頷く仕草が返って来た。これで覚悟を決めた弐式は、元より居たギルメンらの中央で軽いステップを踏み、皆の注目を集める。そして声を張り上げた。
「ヘロヘロさんが良いこと言いましたよ! こりゃもうナザリックに押しかけて、全員でモモンガさんにジャンピング土下座するしかありません! モモンガさん、きっとオロオロすること間違いなし!」
「そうだ! そのとおり!」
「いいぞ! 弐式さん!」
幾つか声があがったが、見回すと獣王メコン川やペロロンチーノ、その他幾人かが、やんややんやと囃し立てている。ノリを盛り上げる一助になっており、ありがたい限りだ。
ならば、善は急げ。ウルベルトによる
「嘘だろ!? 魔法が使えませんよ!?」
山羊頭の悪魔が珍しく狼狽えた声を出す。その他、タブラ・スマラグディナなどの
(くそっ! いい雰囲気だったのに!)
行動に失敗した思いがあり、弐式炎雷は内心舌打ちする。
こうなれば自分の修得したスキルなどで、ナザリックに連絡を取れたりはしないか。いや、いったんログアウトして、モモンガ……鈴木悟にメール連絡を……。
(ああ! メール操作やログアウトできないんだった! てか、コンソール開かねぇし! みんな、どうやって魔法を試したんだ!?)
加速をつけて弐式は混乱していく。
先ほど、武人建御雷との会話で誤魔化し気味に流した『遭難』への恐怖が、彼の脳裏で浮上してきた。……が、ここで誰かが叫び、弐式の鼓膜を大きく揺さぶる。
「私、
それはヘロヘロの声だ。
アイテムボックスから取り出したギルドの指輪を、得意げに掲げている。
……この時、『ログインし直す前のヘロヘロ』であれば、アバターを再作成した自分が、何故、旧アバター……
だが、今のヘロヘロは気にしない。
それは、知らず知らずのうちに会話がループしていたウルベルトらと、似たような状態だった。
その異常に気づく者は居ない。他のギルメンも、ヘロヘロを見つめる弐式炎雷も、そしてヘロヘロ自身も。
誰も気づかないまま、ヘロヘロは皆を見回して叫んだ。
「これで、ナザリックへ入ります! 防衛システムやらを中から解除すれば、皆で入れますよ!」
さすがヘロヘロさんだ! 物持ちがいいぜ! さっそくナザリックまで全力疾走だ!
そういった声が聞こえ、弐式炎雷も大きく頷く。
しかし、次の瞬間。弐式炎雷を含めたギルメン全員の視界が黒く染まり、何も考えられなくなるのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・
<次回予告>
モモンガだ。
一人になった俺は、玉座の間にNPCを集めて終焉を迎え……。
うわ、アルベドの設定が酷いことになってるじゃないか。
今日で最後だし、打ち替えるか……ええと、『モモンガを……』
と、そんなとき、俺の前に一人の男が出現した。
次回、オーバーロード 集う至高の御方 第3話
モモンガ『最後まで残っていかれませんか』
報われる骸骨が居たっていいじゃない。
いきなり感想頂けたので、舞い上がって第2話目投稿しました。
通常は1~2週間おきに投稿することになるかと思います。
捏造箇所:獣王メコン川さんの容姿。
ググったりWikiとか見たんですけど。どうにもよく解らないんです。そんなわけで、まんまではありますが、メコン川さんの容姿は獅子の獣人となりました。完全装備時の姿は勝手ながら『快傑ライオン丸』をイメージしています。
<誤字報告について>
コクーン様、誤字報告ありがとうございました。
アレ便利な機能ですね。報告される側になって初めて気がつきました。
指摘を適用するだけで1発修正可能とか凄すぎる。