オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第20話 お慕いしてる人が居るっすからね!

 翌日、モモンガ達は酒場で朝食を取った後、冒険者組合へと出向いている。

 そこで冒険者資格を取得し、冒険者プレートを入手するのだ。その後、ヘロヘロとセバスにソリュシャンの三人は、モモンガ達とは別れて王都を目指すことになっている。

 

「失礼する。冒険者登録を頼みたいのだが……」

 

 受付前で立ったモモンガが声をかけたところ、早速、受付嬢が応対を始めた。ところが、言葉は通じるものの文字が理解できない。カルネ村で知ったことであったが、モモンガ達は原理不明の現象によって会話が可能であっても、現地文字は読めないのだ。

 冒険者登録というのがゲームで言うキャラメイクのような気がし、浮かれていたモモンガは失念していたのである。仕方なく受付嬢に代筆を頼み、パーティー各人の職業と名を伝えていった。

 モモンガはモモン。弐式はニシキ。ヘロヘロはヘイグ。セバス以下の僕は名前での登録となる。

 最後に、チーム名であるが弐式の提案により『漆黒』とした。理由は、ほぼ全員が黒色の装備を着用しているからだ。例えば、ヘロヘロは古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)が漆黒であることから、色調を合わせて黒色の胴着を着ている。セバスは黒い執事服のままであるし、残るメンバーも元からの装備の色に合わせていた。従って、全員が黒っぽいのである。

 

「これ、ウルベルトさんならともかく、たっちさんだと困ったことにならないですか?」

 

「な~に、大丈夫ですよ。モモンさん。そん時は黒い鎧を着せちゃえば良いんです。どうせアイテムボックスのスロット登録で装備の着せ替えはできるんだし。普段は世を忍ぶ仮の姿。しかして、その実体は正義を愛する人……なんて感じで、いつもの鎧に着替えるとか。たっちさん、喜びそうじゃないですか」

 

 笑いながら言う弐式の言葉に、モモンガは「それもそうですね! たっちさんらしいです!」と笑みを浮かべた。一連の会話はセバスも聞いていたが、彼の心に響くものがあったのか、何度も頷いていたのがモモンガ的に印象深い。

 その後、モモンガ達は簡単な講習を受けて、冒険者としての基礎知識を教わり、再び受付前で集結していた。

 

「では、冒険者パーティー漆黒が誕生したことだし。ここらでモモン班とヘイグ班に分かれるとしましょうか」

 

 モモンガの提案を受け、皆が頷く。

 ヘイグ班、ヘロヘロとセバスにソリュシャンが冒険者組合を出て行き、残るはモモン班のモモンガと弐式、ルプスレギナのみとなった。

 

 

「モモンさん? 私達は、これからどうするっすか?」

 

 後ろ頭で腕組みしているルプスレギナが言葉を崩して問うてくる。彼女にはパーティーメンバーとして普通の言葉遣いをするよう言ったのだが、難なくこなしているようでモモンガとしては一安心だった。

 ペストーニャ預かりになっていなければ、ナーベラルを連れていただろうが……いや、ナーベラルは魔法詠唱者としての能力が高いので、ヘイグ班に配した可能性が高い。その場合は弐式が王都に行き、ヘロヘロはエ・ランテルに残った可能性がある。

 さて、モモンガが考えたのは現状のヘイグ班で、ナーベラルが上手くできたかどうかだが……。

 

(俺達が言えば、人間相手でも言葉づかいぐらい何とかなると思うんだけど。弐式さんも心配性なんだよな~)

 

 アルベドが好みのドストライクなモモンガにとって、黒髪美女というナーベラルは割りと好印象である。弐式の手前ゆえ口には出せないが、彼女を連れ回せないのは残念の極みであった。

 

「これからどうするか……か。まずは掲示板に貼り出された依頼書でも見てみるか……。あ……」

 

 ここでモモンガは思い出す。自分達は、この世界の文字が読めないのだ。

 文字を解読するマジックアイテムの片眼鏡(モノクル)は存在するが、セバスに持たせたままである。その存在自体、冒険者登録の時点では忘れていたのだが、この場に無いことに変わりはなかった。

 <伝言(メッセージ)>と<転移門(ゲート)>を併用してセバスから取り寄せるにしても、一々そんなことをしていたら手間である。さらに問題があって、それは片眼鏡(モノクル)が一つしか存在しないこと。そして、冒険者活動がメインのモモンガ達と比べ、商活動も行うヘロヘロ達にこそ必要なアイテムという点だ。

 

(さっき代筆を頼んでしまったもんな~。素直に読めないことにしておいた方が、変に思われなくていいかな)

 

 依頼文を読むことを諦めたモモンガであったが、代案として受付嬢に頼み、銅級冒険者にとって最も難しそうな仕事を見繕って貰うこととする。モモンガからの要望によって、受付嬢は依頼文の検索を始めようとしたが……そこへ、モモンガらの背後から声がかかった。

 

「あの、仕事を探してるのでしたら。私達の仕事を手伝いませんか?」

 

「うん?」

 

 モモンガが振り返り、つられて弐式とルプスレギナも振り返ったところ。そこには数人の男が居た。戦士にレンジャー、魔法詠唱者と森祭司(ドルイド)。冒険者パーティーの一組のようだが、首から下がるプレートの色は銀。現在のモモンガ達より二段上である。

 仕事を手伝わないか……とは、ありがたい話だ。しかし、何となく腑に落ちず、モモンガは首を傾げる。

 冒険者登録をしたばかり、いわゆる新米である自分達が、何か彼らの目に止まるようなことでもしたのだろうか。

 思い当たることのないモモンガであったが、声をかけられて返事をしないのも失礼にあたる。モモンガは身体ごと振り返り、リーダーらしき戦士に話しかけた。

 

「私達のことを、お誘いで?」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 エ・ランテル冒険者組合の受付前。

 そこでモモンガに声をかけた一団の名を漆黒の剣(しっこくのつるぎ)と言う。

 男性ばかりの冒険者パーティーであり、そのメンバーはリーダーの戦士ペテル・モーク。森祭司(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー。レンジャーのルクルット・ボルブ。魔法詠唱者、ニニャの四人で構成される。

 彼らの紹介を受けて、自分達も名乗ったモモンガらであるが、先輩格の冒険者が仕事を紹介してくれるというのであれば大助かりだ。まずは話だけでも聞いてみることとし、ペテルに誘われるまま、組合で彼が借りた会議室へと移動する。

 そして聞かされた手伝いの内容とは……街道付近に出没するモンスター退治。

 冒険者組合を経由した依頼ではなく、モンスター討伐による報酬が目当てであり、頭数が増えると取り分は減る。しかし、その代わりに安全性が増し、倒せるモンスターの数も多くなるのだ。

ペテルが言うには、銅級だと聞こえたので新人だと目当てをつけ、装備の豪華さから実力を見込んだらしい。

 

「酒場でモモンさんが喧嘩をしたことも聞こえてますよ。なんでも、凄い怪力だとか!」

 

「これは……魔法詠唱者なのに腕っ節が目立ってしまって、何ともお恥ずかしい……」

 

 ペテルの言葉にモモンガは頭を掻いた。

 その彼に術師(スペルキャスター)の異名を持つニニャが反応する。

 

「恥ずかしいだなんて、そんな! 魔法詠唱者(マジックキャスター)が腕力で戦士職に負けないだなんて、僕は尊敬します!」

 

 彼は、魔法修得経験が通常の半分で済むというタレント(生まれながらの異能)の保有者であり、第二位階まで行使できる魔法詠唱者だ。

 この世界の人間は美形率が高く、ペテルやルクルットもモモンガ達の現実(リアル)基準では相当なハンサムに色男である。そして、このニニャ。中性的な顔立ちで、漆黒の剣にあっては一番の美形だとモモンガは思っていた。

 

(人化した弐式さんは、そこそこハンサムだからいいけど。俺やヘロヘロさん、それにタブラさんは平均顔っぽいもんな~。落ち込むわ~)

 

 これがモモンガの自己評価……もとい自分達評価である。が、彼が挙げた現状ナザリックに存在するプレイヤーとて、こちらの世界に来たせいか血色が良くなっており、それぞれが独自の魅力を有していた。弐式は剽軽なハンサム。ヘロヘロは気優しげな青年。タブラは茶目っ気ある紳士。モモンガの場合だと、気優しげかつ包容力のある青年という感じだ。

 

「モモンさんは何位階まで使えるんですかっ? 僕は第二位階までです!」 

 

「え? ああ……私は第三位階です」

 

 嘘である。

 モモンガは人化した状態であれば、第六位階。悟の仮面を着けた場合は、条件付きで第七位階まで使用でき、仮面を外して異形種化すれば超位魔法まで使用できるのだ。

 従って、悟の仮面を装着し、中身が死の支配者(オーバーロード)となっている今は、第七位階までが使用可能となる。そこを第三位階としたのは、この世界における熟練魔法詠唱者(マジックキャスター)枠が通常、第三位階を上限としているからだ。

 実力は示したいが、変に騒ぎ立てられるのは冒険行を楽しむ上で不都合……ではなく、何処かに潜伏しているかもしれないプレイヤーに目を付けられる可能性を減らしたい。そういう意図から出た嘘だったが、ペテル達にとっては第三位階でも驚愕の情報だったらしい。特に驚いたのは質問をしたニニャだ。

 

「だ、第三位階とは……凄いです!」

 

「そうですか? 私からすれば、ニニャさんのタレント(生まれながらの異能)が羨ましいですけどね」

 

 そう言ってモモンガが微笑むと、何故かニニャが頬を赤くした。

 可愛いが男性……少年である。戸惑ったモモンガは首を傾げたが、その彼の耳にルクルットの声が飛び込んできた。

 

「ルプスレギナさんと仰いましたか? モモンさんやニシキさんとは、どちらかと御交際中で?」

 

 見ると、いつの間にか席を立っていたルクルットがルプスレギナに歩み寄り、椅子に座したままの彼女に挨拶をしていた。が、どう見てもナンパである。対するルプスレギナは立とうとはしなかったが、ニヒッと笑って見せた。

 

「モモンさんやニシキさんとは、お付き合いしてないっすよ?」

 

「そうですか! ならば言えます、惚れました! 一目惚れです! 付き合ってください!」

 

 会議室内がどよめく。

 漆黒の剣の面々は「またか」とか「いい加減にしてくれ」といった表情であったが、モモンガと弐式は違う。初対面の、しかもルプスレギナほどの美女に対し、正面切って交際を申し込むとは……勇者だ。そういう思いが二人を大いに感心させる。

 そして、気になるルプスレギナの返答とは……。

 

「お断りするっす。ちゃんと、お慕いしてる人が居るっすからね!」

 

「え? 誰!? 俺よりハンサムな人!?」

 

 ルクルットが驚いているが、それはモモンガ達も同様だ。NPCのルプスレギナが慕う人物とは誰だろう。弐式のナーベラルや、ヘロヘロのソリュシャンからすると、彼女の場合は創造主である獣王メコン川だろうか。

 

「そこに居るモモンさんっす!」

 

「えっ?」

 

「はあっ!?」

 

 驚きの声は二人分。最初がルクルットで、後者がモモンガだ。二人とも固まったが、再起動したのはルクルットの方が早かった。この辺は女性経験の豊富さゆえだろう。

 

「も、モモンさんは……驚いてるみたいだけど?」

 

「そりゃ当然っす。今初めて言ったんすから!」

 

 その瞬間、室内に居た者の視線がモモンガに集中する。なんと答えて良いかわからないモモンガだが、ルプスレギナが言った言葉に一応嘘は無かった。だから人化した顔をカクカクと上下に振るしかない。

 

「お、驚いたところで……よろしければ早速出発しませんか?」

 

 凍りついたような、なんだこれといった微妙な空気の中、ペテルがモモンガに呼びかけた。無論、この状況を脱したかったモモンガは即答により了承したのである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 会議室を出て、ペテルは一階の受付嬢に鍵を返すべく離れて行った。

 すぐに戻ってくるだろうが少しだけ時間があるので、モモンガは漆黒の剣とは少し離れてルプスレギナを問い詰める。弐式は「え? モモンさん達だけでどうぞ」とか言っていたが、こんな状況で逃がしてはなるものかと、モモンガは弐式も同行させていた。

 

「で……だ。ルプスレギナよ。何故、あのようなことを言った?」

 

「え? お慕いする相手はモモンさん……って言ったことっすか?」

 

 身長差により上から見下ろされたルプスレギナはキョトンとしている。

 

「理由……ならあるっす! 人間と揉め事を起こさないよう命令されてるっすから。穏便にお断りしたまでっす。ちなみに他意もあるっす!」

 

「そ、そうか……って、他意があるのかっ!?」

 

 聞いて思い返せば悪くない対応だったと思うが、他意はあると聞いてモモンガは目を剥いた。『至高の御方』なのだから、もう少し落ち着いて問い質すべきだろうが、状況が状況だけに落ち着けない。だがしかし……。

 

「……ふう。安定化されたか。で? 改めて聞こうか。他意とはどの部分だ?」

 

「お慕いしてるのは、本当ってことっすよ!」

 

 ……。

 再び、モモンガの精神が安定化された。

 度重なる安定化に気疲れを感じるが、今は死の支配者(オーバーロード)の身体なので、気のせいのはず。モモンガは気力を振り絞って弐式を見た。しかし、返ってきたのは首を横に振る仕草である。

 

(忍者が役に立たない……。てゆうか、どうなってるんだぁ?)

 

 現実(リアル)で居た頃。モモンガは女性との交際経験が無かった。こちらに転移して来てからだと、アルベドが好意を寄せてくれており、タブラとも合流できた上に『元から好きだった』とタブラとアルベドの双方から知らされたことで、なんとか気が落ち着きつつある。

 しかし、ルプスレギナに慕われる要素があっただろうか。 

 

「どうもわからんな。ナーベラルやソリュシャンを見ていると、お前の場合は獣王メコン川さんを慕うべきではないか?」

 

「獣王メコン川様のことは、偉大な創造主としてお慕いしてるっす。でも、モモン……ガ様に対する気持ちは別っす」

 

 辿々しくなりつつある口調で言うには、こうだ。

 ナザリックの僕らは例外なく、自身の創造主を至高の存在として認識しているが、それが必ずしも恋愛の対象になるとは限らない。そして、モモンガは至高の四十一人の中で、唯一ナザリックに留まりつつづけた存在である。ゆえに……。

 

「モモンガ様は、ナザリックの僕の中では『特別枠』なんです。私は、その……女として創造されてますから、毎日ナザリックに通っているモモンガ様のお姿を見てて、素敵だな……って」

 

 ルプスレギナは言い終えると、褐色の頬を赤く染めて俯いてしまった。

 

「ヤベェ。マジだ」

 

 弐式が面越しだが、口元に手を当てて後ずさる。もしも面をまくっていれば、人化した顔で手指をくわえていたかもしれない。

 

「俺、こんなラブ会話を間近で聞いてて良いのか!?」

 

「あ、逃げないでくださいよ! ……ルプスレギナ。そこの弐式さんは、どうなんだ?」

 

 弐式が「こっちに飛び火させる気っ!?」等と言っているが、モモンガとしては確認したかった。至高の御方と呼ばれるギルメン。それが今ではモモンガを含めて四人揃っている。その中で、モモンガが特別枠と言うのは本当なのだろうか。

 聞かれたルプスレギナがチラリと弐式を見て、その視線を受けた弐式はビクリと身を揺らしたが……。

 モモンガに向き直り、お日様のような笑顔でこう言った。

 

「やっぱり。私はモモンさんが一番っす!」

 

 そのすぐ後で「もちろん、弐式炎雷様は素敵っすよ? けど、私が弐式炎雷様に手を出したら、後でナーちゃんに殺されるっすよ~」と口を尖らせている。   

 

「あ、あの~……」

 

「はい?」

 

 かけられた声にモモンガが振り返ると、そこには戻って来ていたペテルが立っていて、申し訳なさそうに苦笑している。

 

「そろそろ……。一階に降りませんか?」

 

 つい先程、会議室を出た際。モモンガは同じような状況でペテルに促された。故に、これは二度目となるのだが、混乱しているモモンガが、そのことに気づくことはなかった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ルプスレギナとの会話は、割りと結構、ペテル達に聞かれていたらしい。

 猛烈に恥じたモモンガは、悟の仮面の下で激しく精神の安定化を繰り返していた。それでも一応は安定化しているためか、階段を降り始める頃には落ち着きを取り戻している。

 

(どうしよう、俺。落ち着いて考えてみれば、タブラさん公認で、元から俺が好きなアルベドが既に居るんだよな。でも……)

 

 自分を慕ってると言って笑うルプスレギナの笑顔が忘れられない。

 こんなに気の多い男だっただろうか。と自分を省みるも、答えは出なかった。

 

(だ、誰かに相談しなくちゃ……)

 

 だが、誰に相談すればいいのか。

 一緒に居て助けにならなかった弐式は論外だし、ヘロヘロだって女性関係の問題に明るいわけではない。そうなると、残るはタブラ・スマラグディナだ。

 彼は、もう一人のモモンガを慕う女性、アルベドの創造主である。彼ならば、何かの方向性をモモンガに示してくれるのではないか。例えば……。

 

『うちのアルベドが居るのに、他のギルメンの子と? 私は許しませんよ?』

 

 あるいは……。

 

『え? いいんじゃないですか? 現実(リアル)の法律とか、もう関係ないですし。英雄は色を好めばいいんです』

 

 とにかく、否定でも肯定でもいい。今はタブラの声が聞きたかった。

 一人の時間を見つけてナザリックへ戻ろう。

 そう考えていたところに、階下からモモンガを呼ぶ声がした。

 冒険者組合の受付嬢。その彼女は、すぐ脇に見知らぬ少年を立たせている。

 ……ンフィーレア・バレアレ。それが彼の名だ。

 そういったヘアスタイルなのか無精なだけなのか、目を隠すほど長い前髪により表情は窺えない。しかし、モモンを指名したいという口調からは、人柄の誠実さを感じさせた。

 

(ンフィーレア・バレアレって、さっきペテルさん達が言ってた有名人の薬師……の孫か。確か、あらゆるマジックアイテムを使えるって言う……)

 

 アイテム使用に際し、課せられた制限なども無視できるとのことで、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンさえ使用可能と目される強力なタレント(生まれながらの異能)保有者である。

 つまりは、モモンガを始めとしたナザリック地下大墳墓に属する者にとって、警戒すべき人物だった。その彼が、エ・ランテルに来たばかりの、しかも冒険者登録し立てで銅級のモモンを何故指名するのか。

 

「依頼内容は僕の護衛です。指名した理由は……酒場での乱闘騒ぎを聞いたからですね。魔法詠唱者(マジックキャスター)でありながら、戦士職を一蹴できる腕っ節。きっとお仲間の方も、同じぐらいの強者と考えました。そんな方々が依頼料の高くない銅級とあっては、指名しないと損です。お得感が半端ではありません」

 

「ふむ、なるほど。納得できる答えです。しかし、お断りする」

 

 階段での立ち話。上方で立つモモンガは、その柔和とも言える顔を引き締めて言い放った。

 

「私は、先にペテルさん達の仕事を手伝うと決めていましてね」

 

「ちょっと、モモンさん!? 指名の依頼ですよ!?」

 

 ペテルが慌てている。見れば、ルクルットにダイン、それにニニャも目を丸くしていた。指名依頼というのは、それほど凄いものなのだろうか。

 

(掲示板に貼付けた依頼を入札公告とする。競争入札というやつだ。しかし、俺達だけが指名されたと言うことは、一社見積もりによる契約のようなものか……。確かに、高く評価されている様だし、冒険者としては鼻が高いことだろうな)

 

「しかし、先約優先です。指名だからと言って、反故にするわけにはいきませんね。そんなことをすれば……私共の値打ちが下がりますので」

 

 冗談めかして言ったモモンガであるが、それを聞いたペテル達、いや、その場に居合わせた冒険者達から感じ入ったようなどよめきが起こる。

 モモンガは「行きましょう」とペテルに声をかけたが、ペテルが動かない。

 

「どうしました?」

 

「モモンさん。冒険者登録したばかりで御存知ないようですが、指名依頼は冒険者にとって宝です。認められた証しです。それを……」

 

 頭から断ったのでは、将来的にモモン達が大成しても、指名依頼がされにくいことになるのではないか。

 

(ペテルさん。俺達のことを……心配してくれてる?)

 

 途中までつまらなく感じていたモモンガは、ペテルの思いを察し、考え込む。

 会っても間もない自分達をここまで気にかけてくれるとは……とんだお人好しだ。今、悟の仮面の下は今は死の支配者(オーバーロード)だが、にもかかわらず、ペテルのお人好しぶりは心地よかった。

 モモンガが弐式に視線を向けると、親指を立ててサムズアップしている。これからモモンガが取る行動を察し、賛同しているということだ。

 

「わかりました」

 

 その一言をペテルに対して言うと、モモンガは階段下のンフィーレアに向き直った。

 

「話だけでも聞いてみましょう。それから決めるということで……」 

 

 モモンガ達は先程使用していた会議室を借りなおし、ンフィーレアの話を聞いたが、内容は一頭立ての馬車を含めた彼の護衛。期間は近くの森へ行き、薬草の採取を終えてエ・ランテルに戻るまで。なお、薬草採取の手伝いも依頼に含んで欲しいとのこと。

 これはペテルの言によれば割の良い仕事であるらしい。しかもンフィーレア・バレアレはエ・ランテルの名士だ。彼の指名依頼を引き受ければ、モモン達の名声も高まることだろう。

 これらの要因及び判断からモモンガは、ンフィーレアの依頼を引き受けることにした。

 ただし、モモンガら『漆黒』だけでなく、ペテル達『漆黒の剣』も加えた上での話だ。

 実のところ、警護任務ならモモンガ達だけで十分事足りる。何せ、忍者として極めたレベル100プレイヤー、弐式炎雷が居るのだ。彼が分身体を作り出せば、ンフィーレアが乗った馬車の護衛など容易いことだし、その優れた察知能力を擦り抜けて接近できる者は限りなくゼロに近い。また、弐式が居れば薬草採取にだって貢献できることだろう。

 だから、本来であれば、漆黒の剣を加える必要はない。

 しかし、先に親切にして貰ったことをモモンガは忘れていなかった。報酬は分割されて減るだろうが、ペテル達に恩なり借りなり返せるのであれば、安いものだ。一方、誘われたペテル達は大いに喜んでモモンガの申し出を受けている。

 そして、依頼人たるンフィーレアも了承したので、漆黒及び漆黒の剣による二パーティー合同……七人での警護任務が決定した。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 夜。

 エ・ランテルでは、一つの騒動が発生している。

 先日、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが捕縛した、バハルス帝国騎士を騙るという法国軍人。ベリュースが、駐屯部隊の詰所……留置所内で死亡したのだ。それも自殺や病死ではなく、刺殺。つまりは殺されたのである。だが、驚いたことに彼を殺したであろう者は、同じ牢内に居た。それも死体でだ。人数は三人で、全員男。身元を明かすような品は何一つ所持しておらず、駐屯部隊の隊長を混乱させた。

 彼としてはガゼフを頼りたかったが、ガゼフは王都からの急な連絡によって呼び出され、先日、エ・ランテルを後にしている。だから、今回発生した事件については駐屯部隊で処理をするか、エ・ランテルの市長に報告して相談するしかない。

 軍の面子からすれば、自分達で処理するのが一番であるが、更に駐屯部隊隊長を混乱させることがあった。

 ベリュースの副隊長を務め、共に捕縛されていたロンデス・ディ・グランプ。彼が牢から姿を消していたのだ。ベリュースが殺害されていたが、それには加害者らしき者達の死体があるので、単独で逃走した可能性がある。

 駐屯部隊は人数を割き、密かに都市内の捜索を始めるのだった。

 一方、当のロンデスはと言うと、着の身着のままエ・ランテルの都市内……主に路地裏などを伝って逃げ回っている。都市外に逃げようにも武器は無いし、あったとしても三重の城壁をどうくぐり抜けるのか。さっぱり手立てが思いつかない。

 

「あの悪魔め! どうせ逃がしてくれるなら都市外へ……。ああ、丸腰で城壁の外なんかに出たらモンスターに襲われるんだったな! 糞っ!」

 

 ロンデスは文句を言いながら人目を避けての移動を再開する。表通りは歩けないから、一々移動に時間がかかるのがもどかしい。

 

(なんで、こんな事になったんだ……)

 

 思い出すのは自分が牢から出ることになった経緯だ。

 夜になって寝ようとしたところ、隣の牢……ベリュースが居た牢から悲鳴が聞こえた。直前には「ほ、法国の者か? 私に何をグァ!」という声が聞こえてきたので、ベリュースに危害を加えた者は法国の手の者らしい。

 法国関係者が、なにゆえベリュースを害しようとするのか。思い当たるところでは口封じであろう。ベリュースやロンデスは国籍を偽って、リ・エスティーゼ王国の村を襲撃していたのだ。それが法国所属の者だと確認されたなら、人類国家の中で法国の立場が傾く。

 そうなる前に始末しに来たのだろう。

 となれば、次はロンデスの番だ。ナイフ一本所持していない状況で、法国の暗殺者……事によると聖典部隊の可能性がある者に襲われたので、助かる見込みは無い。

 額に汗し、石壁に貼りつくようにして身構えていたロンデスだが、続けて隣の牢から数人分の悲鳴が聞こえたかと思うと、外から格子戸が開き、黒い悪魔が姿を現した。

 

「な、ななな、悪魔っ?」

 

 それはモモンガが命じてつけていた影の悪魔(シャドウ・デーモン)だったが、彼は人差し指を立てて口に当てると、ロンデスに歩み寄る。

 

「至高の御方の命により、お前を解放する。何処へなりと行くがよい」

 

 そう言うなり影の悪魔(シャドウ・デーモン)はロンデスを影に取り込み、ベリュースの悲鳴を聞きつけて騒ぎが起こっている駐屯部隊詰所を離れるや、とある路地裏にてロンデスを放り出した。

 その後は速やかに姿を消してしまったので、状況が把握できず尻餅をついたままのロンデスが路地裏に残されることとなる。

 無論、そこで座っていては再び捕縛されるだけなので、ロンデスは当てもなく都市内を逃げ惑うこととなるのだった。

 そうして辿り着いたのがエ・ランテルの西区であったが、この辺りは墓地があり、死体がアンデッド化するために人通りは少ない。その上、今は夜だ。なおのこと人影は見えず……いや、一人居る。

 それはマントを着用した女性だ。

 月明かりに照らされた金髪がキラキラと輝いているが、その女はボウッと立ち尽くすロンデスを見るや、あっと言う間に距離を詰めてきた。その動き一つ取っても、ロンデスでは太刀打ちできない強者だというのがわかる。

 

「あっれ~? こんな時間に墓参りぃ~? しかも丸腰~。そんなんだとアンデッドに囓られちゃうかもぉ~。それか私に、痛い痛いされちゃうかも~」

 

 からかうような口調と共に向けられたのは殺意ではなかった。それは、まるで子供が玩具を見つけたような……肉食獣が獲物を殺す前にいたぶるような。そう言ったイメージである。つまり、今のロンデスは命の危険にさらされているのだ。

 

「な、何を……。もう私は王国の敵ではないぞ!?」

 

「あふ~ん。私だって王国の兵士じゃないし~。でも今はぁ、人を殺したい気分かもぉ~」

 

 明らかに普通ではない。狂人の類だろうか。あるいは、その気のある殺人鬼の可能性もある。

 

(抵抗する! いや、明らかに俺よりも強い! まるで隙が……)

 

 何処に殴りかかろうと、いなされるイメージしか湧いてこないのだ。その後は何らかの一撃を貰うことになるが、それを受けて立っていられる自信はロンデスには無かった。

 こんな馬鹿な話があるだろうか。

 不本意な任務には失敗し、人智を超えた魔法詠唱者(マジックキャスター)らと出会い、捕縛され……件の魔法詠唱者(マジックキャスター)の手の者らしい悪魔に逃がされたと思えば、墓場の前で頭のおかしな女に殺されようとしている。

 

「お、俺は法国に帰らねば! ……あ、いや……」

 

「んんっ!?」

 

 ロンデスが口籠もり、女はニヤついていた表情を訝しげなものに変えた。

 ロンデスが口籠もった理由は、このまま法国に帰って良いのか……と思った事による。何しろ隊長のベリュースが口封じのためか殺されたらしいのだ。自分とて、このまま法国に帰っては殺されるかもしれない。

 とは言え、せっかく逃げ出せたのだから、王国の、この都市の駐屯部隊に出頭し直すのもマヌケな話だ。そうなると行き場所を模索しなければならないが、祖国である法国が駄目で、王国側に出頭する気もないとなると、バハルス帝国に行くべきだろうか。

 ……馬鹿げた話だ。自分はバハルス帝国騎士と身分を偽って王国の村々を襲撃したのだ。リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国は長年の交戦状態にあるが、自国騎士を騙って余所の国で殺人行為を繰り返したような者を、帝国側が受け入れるだろうか。否である。

 アーグランド評議国や聖王国なども思い浮かんだが、この場所からでは遠すぎるし、やはり自身が犯罪者であることを考えれば避けた方が良いだろう。

 

(何としても、この場を乗り切り……残る、あの場所へ行くしかないな……)

 

「あのさあ?」

 

 女が話しかけてきた。先程までの狂気は霧散しており、戸惑いのような表情が見て取れる。年の頃は二十歳前後だろうか、整った顔立ちであり猫のような雰囲気を持っている。

 話しかけてきたと言うことは、交渉の余地があるかもしれない。

 ロンデスが発言の続きを待っていると、女が金髪を手でクシャリと掻き、口を開いた。

 

「あんた。ひょっとして、法国の……軍人? 王国の都市で何やってんの? 見た感じ風花や火滅じゃなさそうだし。強さから言って陽光や漆黒の新人にも見えないしぃ~」

 

 口から出る言葉に、六色聖典の名が幾つか折り込まれており、ロンデスも女が法国の関係者だと悟る。

 

「俺は、ロンデス・ディ・グランプ……」

 

 ロンデスは正直に語り出した。機嫌を損ねて「やっぱり殺す」となっても困るし、このような問いただし方をしてくる以上、自分の口封じをしに来た者ではないのだろう。

 自分達の任務について。その任務に失敗したこと。途轍もない強者に会ったこと。捕縛されたが、その強者の手の者によって脱走したこと。行くあてが無く、自分を誘ってくれていた強者の元へ行こうとしていたことなど。すべてを喋った。

 

「ふ~ん……。だ、第七位階……ねぇ」 

 

 最初、胡散臭そうに聞いていた女は、強者……モモンガが使用した第七位階魔法<爆裂(エクスプロージョン)>のことを聞き、その顔を引きつらせた。

 

「嘘ではないぞ? 陽光聖典の隊長という男も、声が出なくなるほど驚いていたからな」

 

「ニグンか……。これは……そっちに乗り換えた方がいいかも……」

 

「うん?」

 

 何やら言い出した女に、ロンデスは語ることを止める。女はと言うと、ニンマリ笑って話しかけてきた。

 

「いや~。いい話を聞いちゃったぁ。私ぃ、実は行くところが無くて~。ついでに言うと法国から逃げて来てるし、追われてたりするのよね~」

 

「なんだと? おま……いや、君もか……」

 

 ロンデスは別に気を許したわけではない。先程、この女に殺されかけたのだ。しかし、似たような境遇であると聞かされたロンデスは女の話を聞く気になっていた。

 

「にひっ」

 

 ロンデスの態度が軟化したと見たのか、女はニパッと笑って自己紹介を始める。

 

「私、クレマンティーヌ。腕っ節には自信があるんだけどぉ、さっき言ったように逃げてるところなわけ~。あんたが言うほど強い奴の拠点があるって言うなら、私もお世話になりたいな~」

 

 女……クレマンティーヌは、「そういう事なら……」と首を縦に振るロンデスを見て、ニンマリと笑った。

 

(第七位階とか眉唾だけど。ニグンが見て信じたって言うなら、その位階ぐらいの強さはあるってことよね~。匿ってもらうか、駄目ならお宝でも頂いて逃げよっと)

 




全話で15000文字を超えてましたので、少し削って第20話に移しています
と思ってたら実は一桁間違えてまして、これはお恥ずかしい
ルプスレギナ……
原作のルクルットのあのシーンを書いてたら、いつの間にか告白してました
ナーベと差異をつけたかっただけなのですが
この先どうなるかは未定……

途中の弐式さんの台詞ですが

普段は世を忍ぶ仮の姿。 ……スーパーマン
しかして、その実体は ……多羅尾伴内
正義を愛する人 ……月光仮面

みたいな感じです。
世を忍ぶ仮の姿と言えば歌の上手な悪魔も連想しますが、他二つに合わせてみました。


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