オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第22話 人間風情の使う技でありんすえ?

 お昼前。モモンガ達と別れた直後のエ・ランテル。

 

「馬車で都市間移動というのも面白そうですね! 私、乗ってみたいです!」

 

 そのヘロヘロの一言で、王都組の行動方針は確定された。基本的に無茶や無謀なことを言ってるわけではない。ただ、同行するセバスとソリュシャンにしてみれば、ナザリックから取り寄せた馬車及び御者を……と考えており、そう意見具申したのだが聞き入れては貰えなかった。

 馬車はともかく御者が現地人であることに、ヘロヘロが拘りを見せたのだ。

 

「現地の話とか色々聞いてみたいじゃないですか!」

 

 やたらとテンションの高いヘロヘロは、シャルティアに頼んで<転移門(ゲート)>により馬車を取り寄せている。セバス達の感覚では「至高の御方がお乗りになるには貧相すぎる」とのことらしいが、ヘロヘロから見れば『四頭引きで六人乗っても余裕がある』という十分すぎるほどに豪華仕様だ。当然ながら内装も豪華である。もう少し、大人しめでも良いとヘロヘロは思うのだが、セバス達が泣きそうな顔をしたので妥協している。

 一方で、四頭の馬に関しては極普通の馬だ。

 一応、馬も召喚系のモンスターなのだが、特に何の能力も無い普通の馬である。これら馬車セットを、一時的ではあるがセバスを御者として運用し、ヘロヘロは都市内の都営馬車に出向いていた。

 都営馬車とは街道を使用し、都市間を定期的に運行している馬車で、護衛には冒険者組合から派遣される冒険者パーティーが付く。基本的に数台からなる馬車隊となるため、運賃は多少割高だ。それでも安全に他都市へ行こうとする者は、多少の金を積んででも利用しているらしい。

 ヘロヘロが出向いた用件は、この都営馬車に乗ることではなく、御者を雇うためだ。

 とはいえ通常は冒険者の護衛を付けるのに、それが無く、何処の誰とも知らない人物に雇われて御者を務める。この条件が嫌われたのか、中々御者のなり手が無かったが、やがて一人、ヘロヘロ達に声をかけてくる男がいた。

 名をザックという。

 一言で言えば貧相な男であり、上目遣いで機嫌を取ろうとする物言いが安っぽさを感じさせる。本人は丁寧な態度を取っているつもりなのだろうが……。

 

「やあ、貴方が引き受けてくれるんですか?」

 

「へ、へえ。他の連中とは気合いが違いますんで。ところで……本当に冒険者の護衛は雇われないので?」

 

 揉み手で言い寄るザックに、後方で立つソリュシャンは良い顔をしていない。それが気配でわかるヘロヘロは「うわ~。不機嫌ですね~」と困り顔になりながらも、笑顔でザックに頷いた。

 

「雇いません。ですが心配は御無用です。私達は皆強いですから。野盗なんかが出ても返り討ちですよ!」 

 

 こう自信を持って言うと、背後ではセバスとソリュシャンが満足げに頷いているのが感じられる。対するザックは引きつったような笑みを浮かべていたが、気を取り直したのか出発予定時間と馬車の場所を聞いてきた。

 

「ああ、それなら……」

 

 ヘロヘロ達は個人馬車の預かり所に馬車を預け、馬は貸し厩舎に預けている。貸し厩舎の方は、前金払いで飼い葉等の面倒も見てくれるのだ。

 出発時間に関しては、夕食後ということにした。

 このエ・ランテルには『黄金の輝き亭』という最高級の宿があり、そこで雇われるコックは超一流の腕前を持つという。その料理を堪能してみたいと、ヘロヘロは考えたのである。

 ザックは夜の出発は危険だと主張したが、ヘロヘロの意思は変わらなかった。

 

「夜の馬車旅行というのも良いじゃないですか!」

 

 そして……夜が訪れる。

 ヘロヘロにとって黄金の輝き亭での食事は、そこそこ満足できるものとなった。

 最高級宿の腕利きコックによる料理とは言え、味と質に関してはナザリック側が大きく勝っている。しかし、彼が気に入ったのは場の雰囲気だ。

 不特定多数の他人が周囲のテーブルに配置し、サワサワと語り合いながら食事をしている。奮発してお高い飲食店に来た……という感覚がヘロヘロを止めどなく高揚させていたのだ。

 

(ナザリックの自室や食堂だと、一人で食べたりメイド達に囲まれてますから。いや、メイド達は悪くないんですけど。こういう高級飲食店の雰囲気って、一度で良いから味わってみたかったんですよね~)

 

 今頃は、モモンガ達も冒険者としての最初の夜を体験しているのだろうか。ふと想像してみると、焚き火を囲んで語り合うモモンガと弐式の姿が脳裏に浮かぶ。

 

(それはそれで楽しそうですねぇ。俺も商人兼の冒険者って設定なんだし。そのうち、アウトドアを楽しんでみるかな。夢が膨らみますね~)

 

 上機嫌なヘロヘロだが、今回の食事では困ったこともあった。

 ヘロヘロは、テーブルマナーがなっていなかったのである。

 食べ散らかしたり、クッチャクッチャと咀嚼音を周囲に撒き散らしたりはしていない。ただ、同席するセバスとソリュシャンのテーブルマナーが完璧すぎたのだ。

 

「至高の御……ヘイグさんと同席するなど……」

 

(わたくし)とセバスさんは、別のテーブルで……」

 

 と遠慮したセバス達を、無理を言って同席させたのだが、ヘロヘロにとって大いに裏目に出た形である。

 最初は雰囲気に浮かれていたヘロヘロも、次第にセバス達の所作を必死で真似る羽目になった。そうするのが一番に思えたのと、結果的には正解だったが、おかげで料理の味など記憶には残っていない。

 

(ナザリックに戻ったら、最古図書館(アッシュールバニパル)でテーブルマナーの本でも探しますかね~)

 

 唯一の救いと言うべきか、下を見れば安心できると言うのか……。御者として雇ったザックには仕立ての良い服を与え、せっかくだからと離れたテーブルで食事させていたのだが。この彼のテーブルマナーが、ヘロヘロの遙か下を行く下品ぶりだったのだ。

 彼の周囲の客には嫌な思いをさせたかもしれないが、自分一人が悪目立ちしなかったことで、ヘロヘロはザックに対し、そこそこの借りができたと認識している。

 ともかく現地の高級料理を堪能、あるいは体験したヘロヘロは、食事を終えて精算を済ませると黄金の輝き亭を後にする。これから預けた馬車を引き取りに行くのだが、ここでザックが諸用があると言い、闇の中を走り去って行った。

 前金を渡したわけではないから、逃げたということは考えられない。だから、ヘロヘロは特に気にしなかった。どちらかと言えば気にしたのはソリュシャンで、セバスに何やら耳打ちすると、彼が頷くのを見て左目を閉じている。これは昼間であればソリュシャンの美貌も相まって目立った行動になったろうが、今は夜だ。歩道の篝火程度では、それほど気にならない。周囲の通行人らもソリュシャン自身には目を留めたが、左目を閉じてることについては美貌ほどに気にならなかったようだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ザックという男の人生は、この国の平民としては、ありふれた不幸にまみれている。

 地方の農村に生まれ、収穫の多くを領主に召し上げられ、幼い頃から生活は過酷であった。日々を貧困に喘いで過ごしていたが、ある年、たまたま税が重かった年。畑仕事から戻った彼は、妹が居なくなった家を見た。後年になって把握したが、売り飛ばされたらしい。

 田舎村では、よくある話だ。

 そして、歳を重ねて成長したザックには徴兵も課せられ、バハルス帝国との定期的な戦に送り出されていくこととなる。

 戦闘訓練はそこそこに辛く、王国の正規兵は横暴でムカついたが、腹一杯の食事はありがたかった。

 肝心の戦働きであるが、要領が良かったのか、妙なところで運が良かったのか。ザックは三度の出兵を生き抜いている。その年も村に帰ろうとしたところで、ふと思い立った彼は貸与された剣を返すことなく逐電した。嫌気が差したのである。

 とは言え、魔法の才能も無く、武技が使えるほどの武芸達者でも無い。知識と言えば畑仕事に関するのみで、その辺の戦素人に比べれば多少は戦える程度だ。スペックの平凡ぶりから身の振り方にしても選択肢が少なすぎたが、そんな彼を拾ったのが傭兵団崩れの野盗集団であった。

 現在のザックは、カモになる不用心な商人……その街道移動の情報を仲間に流して、そこそこに重宝がられている。ならず者としては大人しめで卑屈な態度が取れる彼は、エ・ランテルで行動していても悪目立ちしないのだ。

 そんな日常の中で……ふと、売り飛ばされた妹を思うことがある。

 娼婦を見たり買ったり、街行く女を見たりする時などだ。積極的に捜す行動には出なかったが、つい考え、つい視線が動くのである。

 勿論、見つかるはずがない。ザック自身も妹は死んだと考えていた。

 それでもチラチラと視線を振りまく彼は、とある路地に入ったところで一人の女とぶつかっている。相手から危ない呼ばわりされたので反射的に文句を言い返したが、女から伝わる威圧感が尋常ではない。

 見れば羽織った黒いマントの下は、妙に露出度の高い装備をしており、軽戦士風でないかと思えた。更にザックは戦場で騎士などを見ていたので、それとわかったのだが、マントの曲線からすると腰に剣のような物を装備しているらしい。

 顔立ちはかなり美人の部類である。しかし、前述したように伝わる威圧感は凄まじく、まるで魔獣のごとし。ザックは武器に手を伸ばすのも忘れ、背に汗を流した。

 幸いなことに、女はザックの相手をすることなく去って行ったが、向かう先は墓地のはずだ。この夜に、美人の女が一人で墓場に何の用だろうか。

 気にはなったが、ザックには仕事がある。

 エ・ランテルへ赴き、自分が所属する野盗集団……傭兵団『死を撒く剣団』の隠れ家にて、今回の獲物の情報を伝えるのだ。

 一応の雇い主であるヘイグ(ヘロヘロ)は、すぐに出発すると言っているため、準備にさほどの時間は割けないだろう。隠れ家のリーダーは不満に思うだろうが、三人そこらで夜に街道移動しようなどと言うマヌケを見逃すことはしないはず。

 上手くいけば、ソリュシャンという女を楽しむこともできるだろう。

 基本的に金持ちが嫌いなザックは、いやらしく笑いながら、隠れ家の扉を決まった回数ノックするのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ザックが死を撒く剣団のエ・ランテル隠れ家で話したことは、すべてソリュシャンによって『見られ』ている。当然、会話も聞き取られており、左目を元に戻した彼女は創造主たるヘロヘロに内容を告げた。

 

「ほうほう、野盗化した傭兵団ですか。トラップ的イベントですかね」

 

 聞かされていたヘロヘロは、フンフン頷いていたが、報告の内容が『ソリュシャンを好きなようにする』あたりに触れると、その糸目をうっすら開けている。

 

「ほぉ~う。私のソリュシャンに手を出すと?」

 

 怒り。その感情があふれ出し、居合わせたセバスとソリュシャンは怯え固まった。

 今のヘロヘロは人間体の外見を取ってるだけの古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)である。ナザリックのNPC達からは『至高の御方』と称されるに相応しい威圧感と怒気がそこにはあった。

 

「セバス、ソリュシャン」

 

「「はっ!」」

 

 かしこまる二人にヘロヘロは告げる。 

 つい先程、アルベドから<伝言(メッセージ)>があった。セバス達の前で受信し、会話をしていたのだが、改めてヘロヘロは内容を説明する。

 シャルティア・ブラッドフォールン。ギルメンのペロロンチーノが創造した真祖(トゥルーヴァンパイア)が、自分も役に立ちたいと願い出ていたらしい。そこでアルベドからモモンガに報告が行き、モモンガの判断で「武技を扱える者をナザリックに連れて帰る」という任務がシャルティアに与えられたのだ。

 

「具体的には馬車で移動を開始したら、<転移門(ゲート)>でシャルティアが馬車内にて合流。そのまま、私の護衛を行い、武技を有する強者の情報を得た時点で別行動に移る……と、そんな感じですかね」

 

 ソリュシャンの報告からすると、自分達は馬車で移動を開始したらザックによって死を撒く剣団とやらの隠れ家近くに連れ出されるらしい。その後は集団で囲まれ、身ぐるみ剥がされて……の展開だろうが、ザックに言ったようにヘロヘロ達は強いのだ。傭兵団崩れの野盗など物の数ではないが、ここでシャルティアの存在が注目される。

 

「ちょうど良いじゃないですか。シャルティアに任せて武技使いとやらを探させましょう。いや~、いい感じで殺して構わない人達が見つかって本当に良かった」

 

 そう言ってニコニコ笑うヘロヘロに対し、ソリュシャンが一歩進み出た。

 自分を好きにしても良いかどうかをザックは願い出ていたらしいが、彼に関してはどうするべきだろうか。

 

(わたくし)がいただいても?」

 

「ふむ……」

 

 好きにしなさい。

 そう言いかけたヘロヘロは、黄金の輝き亭で食事をしていたとき。そこで見たザックの姿を思い出した。

 下品で卑屈で落ち着きのない食事ぶりだった。

 だが、あれでヘロヘロが救われた……と言うのは言いすぎだが、心の負担が軽減されたのも事実である。過ぎた忠誠心に囲まれる身としては、普通人との接触は何かと心に残るものであるらしい。

 

(ソリュシャンに手を出そうとしたことは許せませんが……。ま、別に良いですよね、一人ぐらい)

 

「……彼には、御者として雇われて貰いますからね。報酬は払うべきでしょう。野盗が現れたら、彼については放って置いてかまいません。どうせ、取るに足りないものです」

 

 殺さずに見逃すのが報酬。

 そうヘロヘロが述べたことで、セバスとソリュシャンは一礼した。

 必ずしも納得したようではなかったが、一応は引っ込んでくれたので、ヘロヘロとしては胸を撫で下ろしたい気分である。

 

(俺一人にNPC二人か~。気を遣いますね~。モモンガさんと弐式さんのところは、ルプスレギナだけでしたっけ? ……早くギルメンが増えないかな~)

 

 タブラをパーティーに加える手もあったが、それだと現状のナザリックにギルメンが居なくなってしまう。ナザリック地下大墳墓の運営に関してはアルベドに丸投げして大丈夫だと思うが、NPCらの心情も考慮すると、ギルメンは誰かが残っていた方が良いだろう。

 更なるギルメンの追加を望むヘロヘロであったが、数分後にザックが戻り、王都へと向けて出発することとなる。

 もちろん、御者は野盗集団の一員であるザックが務めており、馬車は死を撒く剣団の隠れ家へと進むことになるのだが……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「うひーっ! うぉあああああっ!?」

 

 最古図書館(アッシュールバニパル)にある視聴室。

 そこでは一人の男の悲鳴が轟いていた。

 タブラ・スマラグディナである。

 この大図書館には書籍だけでなく、様々な動画データが収められており、その中でもホラー映画を彼は視聴していたのだ。

 多くの映画データは自分が持ち込んだ物だが、中には他のギルメンが寄贈したものもある。その中でも見覚えのない作品をピックアップしていたのだが、今見た映画は素晴らしく怖かった。

 ホラー映画が怖い。

 ニグレドのような面皮を剥がしたNPCを創造し、更にはホラーギミックも課金して備えた男……タブラ・スマラグディナが、今更ホラー映画を恐れるのか。

 それには彼のホラー映画に対する姿勢が関わってくる。

 ホラー映画とは怖さを、スリルを楽しむ映画なのだから、頭を空っぽにし、全力で感情移入して視聴に挑む。これが彼のスタイルなのだ。付け加えるなら、批評するのなら観終えた後で……というのもポリシーの一つではある。

 そもそも今の彼は人化した状態であり、この暗い視聴室には彼しか居ないため、大画面に大音量からくる恐怖演出が、ストレートに精神をえぐっていくのだ。

 準備万端、整えた上で楽しく怖がっていたのである。

 

「ああ、怖かった~。振り向いた娘さんの下顎が無いとか、喉を鳴らしながら階段を這いずって降りてくる女とか。怖すぎだろう? いや、もう最高」

 

 右手の甲で顎の下を拭いつつ、次なるデータクリスタルを彼は手に取る。

 映写システムのデータクリスタル入れ替えは、タブラ自身が行っていた。当初は一般メイドのシクススが付き添っており、彼女に頼んでいたのだが、ある作品を見た後でタブラが映画の感想を求めたところ……。

 

「感想ですか? 下等な人間が死ぬところばかりで、特に思うことはありませんが?」

 

 という、実に興醒めな反応をされ、適当な用事を言いつけて追い出している。

 

「次は何にしようかな? 外宇宙からの第九計画? SF映画だっけ? 古典の部類は結構見たけど、これは批評を読むのはともかく、見るのは初めてだなぁ」

 

 新たなデータクリスタルを映写システムに挿入しながら、タブラは考えた。

 転移して来てからこっち、自分は視聴室に籠もりきりだし、切りが良いところまで見たら、今度は酒瓶とツマミでも持ってスパリゾート・ナザリックに行こう。

 大昔にあったスーパー銭湯などは、飲食物の持ち込みは禁止だったそうだが、ここでは自分達がルール、自分達が支配者なのだ。メイド達には掃除の手間を増やしてしまい申し訳ないが、大きな風呂に浸かりつつ飲み食いするというのは、やってみたかったことの一つである。

 

「うんうん。そうしよう。まずは、この映画。あと何本か見て、切りが良いところで風呂だ! それではレッツ視聴開始!」

 

 結果としてタブラは、今視聴を開始した映画が終わったところで視聴室を出ることになる。設定や故事に古典、自分の知識を語りたがる彼であったが、この時見た映画の感想については、その後の数年間、ギルメンにも語らなかったという。 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 エ・ランテルを出た四頭引きの大型馬車は、順調に夜の街道を外れて山地へと向かっている。その手前には森があり、ヘロヘロの「この道、間違ってないですか?」という、わざとらしい質問に対し、ザックが適当なことを言って誤魔化すという展開が繰り返されていた。

 これに飽きたヘロヘロは御者席のザックに、雑談を振ったが、帰ってきたのは彼の不幸話だ。気の毒には思うが、それに同情したとして好きなようにされるわけにもいかないため、ヘロヘロは早々にザックとの会話を打ちきっている。

 その代わりと言っては何だが、馬車に備わった機能の一つである『外からの音は聞こえるが、会話音が外に漏れないようにする結界』を張り、<転移門(ゲート)>で出現したシャルティアを迎え入れていた。

 

「御機嫌麗しゅうございますでありんす。ヘロヘロ様」

 

「ようこそ、シャルティア。ですが、今後、外で私を呼ぶときはヘイグで頼みますよ?」

 

 恐縮して謝罪するシャルティアを笑って許しながら、ヘロヘロはシャルティアが連れてきた二名の吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を見ている。

 シャルティアを左右から挟むようにして座る彼女らは、ナザリック地下大墳墓では自動POPするモンスターだ。シャルティアには及ばないもののかなりの美形であり、白蝋のような肌に深紅の瞳。唇から覗く犬歯がチャームポイントだ。ヘロヘロ的には白い薄絹のドレスの、胸が大きく開いたデザインが一押しである。あと、二人とも成人女性なのもポイントが高い。

 

(綺麗どころが増えて嬉しい限りですね~。シャルティアに手を出したら、後でペロロンさんに『スライムに何本まで矢が突き立つか』を試されそうですから、見て愛でるだけにしておきますか)

 

 しかし、自動POPする吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)に関しては一人か二人貰ってもいいかな……と思うヘロヘロであった。

 

「さて。シャルティアは、武技使いを探す使命を与えられたそうですが?」

 

「はい! 全身全霊を持って完遂するでありんす!」

 

 弾けるように背を伸ばし、シャルティアが答える。

 意気込みは良し。だが、張り切りすぎて武技使いに危害を加えたり、殺したりしないか心配である。敵対する意思があるなら虜囚として使い倒しもするが、快く協力してくれるのであれば、それに越したことはないのだから。

 

「シャルティア。武技というのは色々と興味深いんですよ。アインズさんも言ってますが、ナザリックの強化は必要。それは設備のことだけではなく、所属する者達がより強くなることを考えての言葉なんです」

 

「わ、妾達に武技を覚えよと? 人間風情の使う技でありんすえ?」

 

 シャルティアが目を丸くしながら自分を指差している。

 

「聞いた話じゃ人間に限らず、亜人も使うようですよ? 要するに種族限定ってわけじゃありません。著作権があるわけでもないし、練習して使えるようになって、それで強くなれるなら万々歳じゃないですか」

 

 それに……と、ヘロヘロは付け加えた。

 自分で頑張って努力して、より強くなった姿。それを、後で帰還するかもしれないペロロンチーノに見せたくはないか。

 それを聞いたシャルティアの頬が、瞬く間に紅潮する。

 

「ペロロンチーノ様に褒めて頂けるんでありんしょうか!?」

 

「ええ。ペロロンさんは人の頑張りを尊重し、評価する人でしたから。きっと褒めて貰えますよ?」

 

 ヘロヘロは馬車内の天井を見上げた。

 思い起こされるのは、たっち・みーが課金して『正義降臨』のエフェクトを装備した際、それを見たペロロンチーノが手を叩いて褒め称えていた姿だ。

 

『うっひょー! たっちさんスゲー! まさしく正義降臨ですよ! よっ! 正義のヒーロー!』

 

 懐かしい思い出である。

 モモンガさんに対して申し訳ない者達の集合地に居た、たっち・みー。早く合流したいものだ。

 そう考えていたヘロヘロは、ふとシャルティアがジッと見つめてきているのに気がついた。

 

「どうしました?」

 

「あ、あのう……ヘロ、ヘイグ様。もし、よろしければ、ペロロンチーノ様のお話を……」

 

 縋るような瞳が何とも美しい。

 アルベドと喧嘩をしているときは、粗暴な態度や口調が目立つシャルティアであったが、今の彼女は一点の曇りもなく絶世の美少女であった。

 ヘロヘロは笑顔で頷いている。

 

「いいですよ? セバスも居ることですし、たっち・みーさんの話もしますかね」

 

 右隣で座るセバスが「おおっ!?」と驚いているが、やはり彼も創造主にまつわる話が聞けるのは嬉しいのだろう。

 

「ソリュシャンは私自身が居ますから、別にいいですよね?」

 

 創造主の話を聞かせると言っても、自分のことを語るのは照れ臭い。そういう思いから出た言葉だったが、ソリュシャンはニコニコしながら首を横に振る。

 

「いいえ、ヘイグ様。(わたくし)も、ヘイグ様のお話には大変な興味があります」

 

「照れ……嬉しいことを言ってくれるじゃないですか。では、まずはペロロンチーノさんの話からいきますかね」

 

 馬車が止まり、外から声が掛かるまでの間。ヘロヘロは思い出すがまま、たっち・みーとペロロンチーノに関するエピソードを……そこに自分の話も織り交ぜつつ、語り続けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 暫くして馬車が止まる。

 言うまでもないが、何処かの都市に到着したわけではない。第一、周囲は木々しか見えない森である。

 そして、外からは「早く出てこい」などの声がかけられていた。

 

「では、ここはシャルティア達に任せますかね」

 

「拝命いたしんした。お前達、ついてこ……ゴホン……ついて来なんし」

 

 恭しくヘロヘロに一礼したシャルティアは、乱暴な口調で吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達を呼びつけようとするが、瞬時に思い止まり、無難かつ大人しい口調で呼び変えている。どうやらヘロヘロの目があることで、態度を考え直したらしい。

 

「で、では、改めて出陣いたしんすえ!」

 

 一声発し、お供を連れて出たシャルティアらは、馬車を半包囲していた野盗達を瞬く間に殺戮していく。

 最初に死んだのはシャルティアの豊満(?)な胸に手を出そうとした男だ。手刀で手首をはね飛ばされ、喚き立てたところで首もはねられた。殺害した野盗の血液を、ブラッドドリンカーのクラススキル……鮮血の貯蔵庫(ブラッドプール)で溜めだしたときなどは、野盗らの間から「魔法詠唱者(マジックキャスター)だ!」との声があがっている。

 これに対する、シャルティアによる「理解できんせんことは何でも魔法扱い。見込み無い連中でありんすえ」というコメントは、ヘロヘロの耳にも届いていた。 

 

「まったく同感ですね~」

 

「ヘイグ様。我らは出ずともよろしいのでしょうか?」

 

 聴覚のみでシャルティアらの戦いぶりを楽しんでいたヘロヘロは、セバスに顔を向ける。彼はヘロヘロよりも座高が高いのだが、その謙虚な物言いと仕草によって、下から見上げているような印象をヘロヘロに与えていた。

 

「いいんですよ。セバスも解ってるんでしょうが、感じたところでは大した強さの人は居ないようですし。ここで私達が出たら、シャルティアの手柄にケチを付けてしまいます。それに、ほら……もうすぐ終わりそうですよ」

 

 事実、こうして話している間にも野盗の数は減っていき、残る二人が吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)によって倒された。一人は爪による薙ぎで首を切り裂かれ、もう一人は真正面から首を掴まれ持ち上げたところで、首の骨を捻り折られている。

 残るはリーダーらしき男と、御者を務めていたザックの二名のみだ。

 

「な、何だよ! お前ら! 出発するときは乗ってなかっただろ?」

 

 喚き立てるザックに、シャルティアはツンと顔を逸らして聞く耳を持たなかったが、「あの雇い主の不細工なオッサンはどうしたんだよ!」とがなり立てたところで、怒りが限界点を突破した。

 

「オメー、今何つったよ? 意識あるまま、おろし金で爪先から削ってやろうか? あああん?」

 

 怒っているのはシャルティアだけではない。その両脇を固める吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らも、歯ぎしりをし、犬歯を剥き出しにして目を見開いていた。

 残念なことに手持ちアイテムに『おろし金』が無いため、ザックは地面に擦りつけられて息絶えることだろう。しかし、その状況を制止する者が居た。

 ヘロヘロである。

 

「まあまあ、言われたのは私ですし」

 

「へ、ヘイグ様!?」

 

 どっこいせ! と飛び降りたヘロヘロは、立ち尽くすザックを見てニッコリ笑った。

 

「ど~も。雇い主の不細工なオッサンです」

 

 途端にザックの挙動がおかしくなる。脚はガクガク震えているし、所在なげに持ち上げた手はワキワキしながら、何か掴むモノを探しているようだ。そして、顔色は真っ青である。この場で居るナザリックに属する者すべてが、暗視能力か類する特殊技術(スキル)を有しており、彼の顔色の悪さはハッキリと見て取れていた。

 

「さてと、そっちのリーダーらしき人には聞きたいことがあるとして。ザックさんの方は、まあ用済みですよね~……」

 

「え? いや、そんな……」

 

 ザックが後ずさる。だが、シャルティアの魔眼によって動きを止められた。もはや身じろぎ一つできない状態となったザックに、ヘロヘロが歩み寄り下から見上げる。

 

「死にたくないですか?」

 

「は、っひひゃはは……はいいいい!」

 

 震えながら金切り声をあげて叫び、ザックは首を何度も縦に振った。

 この様子をヘロヘロは幾分見開いた目で見ていたが、やがてニンマリ笑って大きく頷いている。

 

「いいでしょう。見逃してあげます。その代わり、御者としての仕事料金は支払いません。御者の組合でしたか? あそこを通した仕事でもありませんしね」

 

 言い終わってシャルティアを見ると、コクリと頷いてからザックの束縛を解いた。ザックは数秒ほど腰を落としていたが、やがてゴキブリのように後ろ手で数メートル這いずると、悲鳴を上げて立ち上がり、森の中……ここはすでに森の中なので、木々の向こうへと消えて行った。

 

「本当に見逃して良かったのですか?」

 

 気遣わしげに問うソリュシャンに、ヘロヘロは笑って掌をヒラヒラ振る。

 

「どうせ大したことは理解できてないでしょうから、かまいませんよ。それより、シャルティアは見事な働きぶりでしたね。『血の狂乱』でしたか? アレも発動させずに闘い抜いたのは実に見事です」

 

 血の狂乱とは、シャルティアに科せられたペナルティの一つだ。ユグドラシルにおける強職業(クラス)は、ただ強いだけでは偏りが発生するため、弱点やペナルティを設けてバランスを取っている。血の狂乱の場合は、血を浴び続けると殺戮衝動に身を任せてしまい、戦闘能力が上昇する代わりに、精神的制御ができなくなる状態へ移行してしまうというものだ。

 つまり、シャルティアが理性を持って戦闘を継続するには、返り血などは可能な限り回避しなくてはならないのである。

 

「お、お褒めいただき、感謝の極みでありんす!」

 

 深々と頭を下げるシャルティアに頷いたヘロヘロは、主人が褒められて嬉しそうにしている吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らにも目を向けた。

 

「貴女達もよくシャルティアを補佐してくれていますね。その調子で頼みますよ?」

 

「「は、はいい! 過分な御言葉! 恐縮の至りです」」

 

 まさか自分達が『至高の御方』に褒められるとは思わなかったのだろう。吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らは揃って深々と頭を下げていた。その様子をシャルティアが軽く睨んでいたが、すぐにやめている。直前に自分が褒められたときは、天にも昇るほど嬉しかったのだ。僕二人の気持ちが、理解できてしまったのである。とは言え、二人の吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らが、手を取り合って喜び、ハイタッチしているのを見たときには、「はしゃぎすぎだろ?」と思ったものであるが。

 再び睨もうかと考えているシャルティアに、ヘロヘロは噴き出しそうになったが、エヘンと咳払いしてから話しかけた。

 

「それでは、ここで別行動ですかね。シャルティアは、これからどのように行動しますか?」

 

「これから……で、ありんすか?」

 

 そう、これからだ。

 シャルティアに与えられた任務は『武技使いをナザリックに連れ帰る』であり、野盗や山賊を倒すことではない。

 口元に軽く曲げた人差し指をあて、シャルティアは考えた。そして考えがまとまったので答えている。

 

「そこな生き残りの男から隠れ家の位置を聞き出し……それと同時に、所属するメンバーについて聞き出しんす。その時点で武技使いが居るのが判明すれば、腰を据えて捕獲……あるいは交渉ができんしょう」

 

「なるほど。私は、それで良いと思いますよ。他に何か、必要な物はありますか?」

 

 更に考えることを促したところ、シャルティアからはソリュシャンを借り受けたいとの申し出があった。自分は戦闘が得意だが、探索には向いていない。その点、ソリュシャンは暗殺等を得意とするので、探索系の特殊技術(スキル)も有している。この後に控えた戦いや行動には、彼女の力が必要だと感じたとのこと。

 

「いいでしょう。ソリュシャン」

 

「はい!」

 

 キビキビとした返事が後方より聞こえる。

 肩越しに振り返ると、華美な漆黒の盗賊衣装に身を包んだソリュシャンが、誇らしげに微笑みつつヘロヘロを見ていた。

 

「貴女に命じます。今よりシャルティアに付き従い、任務の遂行に力を貸してあげなさい。期間は、シャルティアが盗賊団、いや傭兵団でしたか。それを片付けて事を終えるまで」

 

 元々、死を撒く剣団を殲滅するのが目的ではないが、売られた喧嘩である。せいぜい高く買い叩いてやるのだ。

 武技使いに関しては、居ても居なくてもまずは良い。

 居ればシャルティアがナザリックに連れて行くだろうし、居なければシャルティアの任務は続行される。

 

「いずれにせよ、シャルティアは死を撒く剣団が片付いたら……そうですね。<伝言(メッセージ)>で私とアルベドに報告。続いて<転移門(ゲート)>でソリュシャンを馬車に移動させるように」

 

「ははぁ! ヘイグ様の御命令、胸に刻みましたでありんす!」

 

 褒められた上に新たな指示を与えられ、シャルティアは魔法無しで空高く舞い上がってしまいそうな様子だ。

 

(こんなところですかね~)

 

 他人に命令するなど、やはり柄ではない。肩が凝る。

 自分は、あの糞なブラック会社から解放されたのだから、気苦労などは最低限でノンビリ暮らし……いやいや、外を探索する冒険は大事だし興味がある。残りのギルメンも探さなければならない。

 気を引き締めたヘロヘロは、困ったことがあったらモモンガに、あるいは自分にでも良いから先ず<伝言(メッセージ)>するようにと言い含め、それでようやくシャルティア達と別れている。

 セバスを御者とし、馬車の窓から顔を出して後方を見ると、シャルティア達が全員で手を振って見送っているのが見えた。もっとも、森の中から再出発だったので、それもすぐに見えなくなったのだが……。

 

「後は……」

 

 窓から出していた顔を引っ込め、ヘロヘロは一人きりとなった車内で腕組みをした。

 

「良い報告が<伝言(メッセージ)>で届くのを待つだけですかね……。まあ、こっちの人間の戦闘力だと、すぐに片が付いて報告が来るんでしょうけど」

 

 自分自身を安心させる為もあって口に出して呟いたヘロヘロは、その細い目を閉じて一眠りしようとする。

 事実、シャルティアからの<伝言(メッセージ)>は、そう時を置かずに届いた。

 だが、その報告内容はヘロヘロが事前に思っていたのとは少しばかり、いや大きく違っていたのである。

 




外宇宙からの第九計画
私は実際に見たことがありますが、ブラックコーヒーがぶ飲みで耐えきりました

ザックは再登場する予定はありません
時間的に夜の街道まで出たとしても、単独の徒歩行なんて死ぬんじゃないんですかね

<捏造ポイント>
エ・ランテルの都営馬車とか、そのあたり

<誤字報告>

甲殻さん、爆弾さん、『ファにー』さん、yomi読みonlyさん
皆様、ありがとうございました

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