オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第23話 秘剣、虎落笛!

 ヘロヘロと別れてからのシャルティアは、特に面倒な思いをしていない。

 少なくとも、夜の森を進むには何の支障も無かった。

 襲撃者のリーダーを吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)によって下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に転化させ、道案内として運用していたし、山道に張りだした木々の枝などは先行する吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らが叩き落としている。

 何より効果的だったのは、ヘロヘロの厚意によってつけられたソリュシャン・イプシロンの存在だ。戦闘メイド(プレアデス)の一人、今では盗賊職の冒険者としての仮身分を持つ彼女は、暗殺特殊技術(スキル)の他に探索特殊技術(スキル)も備えており、こういった状況……夜の森での行動においては実に役立っている。

 先頭に立って進み、そこかしこに仕掛けられた罠を見破って解除したり、回避するよう指示を出してくれるのだ。罠のほとんどはトラバサミや草を結んだ転倒罠、中には人の身体が大きく沈むほどの落とし穴もあったが、シャルティアらに対して効果が無い。とは言え、煩わしい思いをさせられないのは大きかった。

 

「あの子を借りられて本当に良かったでありんすぇ。ヘロヘロ様には、後でお礼を……」

 

 唐突に視界が開け、シャルティアは言葉を切る。

 前方に降りてきている山肌。そこにポッカリと大きな洞穴……入口が見えているのだ。

 周辺地形は、すり鉢状の窪地。入口前には、丸太数本で組まれたバリケードらしき物が設置されていた。

 

「そして見張りが二人……」

 

 革鎧に手槍。腰に短剣と、転移後世界の野盗としては、そこそこの武装である。もっとも、それでシャルティアにダメージを与えるのは無理だろうから、彼女の注意は他に向くこととなった。

 

「肩に大きな鈴……。警報装置でありんしょうか? あなた? あれが、死を撒く剣団とやらの隠れ家かぇ?」

 

 下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に対し、カクンと小首を傾げる様。それは創造したペロロンチーノが望んだであろう美少女ぶりを、遺憾なく発揮していた。この場にアルベドが居たならば「あざといわねぇ……」と言ったかもしれない。

 もっとも、今シャルティアの一番近くに居るのは下位吸血鬼であるため、反応は芳しくないのだが……。

 

「あおお、うあああ……」

 

 呻き頷く様で肯定するが、そのまま洞穴に向き直って沈黙する。やはり反応が面白くない。もっとも下賤な人間風情を戯れに転化させただけの存在だ。シャルティアは鼻を鳴らしただけで、特に気にもとめなかった。

 そこへ、二人の吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)とソリュシャンが戻ってくる。

 

「シャルティア様」

 

 声を掛けてきたのはソリュシャンだ。吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らは黙っているので、報告はソリュシャンに任せるということなのだろう。

 

「御覧のとおり、鈴を持った見張りが二人。死を撒く剣団の隠れ家で間違いないと思われます。それと……」

 

 ソリュシャンの特殊技術(スキル)で発見したそうなのだが、入口の正面位置に落とし穴があるとのこと。知らずに前進していたら、先行していたであろう吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らが引っかかったことだろう。

 

「ほっ。さすがでありんす。それで……この後は、どうしんしょうか?」

 

 正面から突入して蹂躙するのも良い。だが、他に入口などがあれば困ったことになる。

 冒険者としてのモモンガ班やヘロヘロ班であれば、多少は逃がしても支障ない。しかし、シャルティア達はナザリック派遣組として出向いているのだ。そうそう名乗る必要は無いが、自分達の姿を見られて取りこぼすというのは如何にもまずかった。

 念のために下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に「他の入口はあるか」と聞いたが、無いとのこと。これなら安心。早速、蹂躙を……と思ったところで、ソリュシャンが控えめに挙手する。

 

「シャルティア様。その者は下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)。知能が低くなっておりますので……ここは『入口』だけでなく『抜け道』についても確認するべきかと……」

 

「なるほど。そう言えばそうでありんす!」

 

 感心したシャルティアが下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に聞き直したところ、洞窟の最奥には反対側へ抜ける抜け穴があるとのこと。実に危ないところだった。これを確認しなければ、幾人かには逃げおおせられたかもしれない。

 

「となると、その抜け穴を潰してから行動に出た方が良さそうでありんすね」

 

 下顎を指で摘まみながら言うシャルティア。その彼女に対し、ソリュシャンが胸に手を当てて申し出る。

 

「ならば話は簡単です。吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の二人に下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)を道案内に付け、別行動をさせましょう」

 

 この小さな山を迂回して向こう側へ回り込み、抜け穴の出口を潰すのだ。吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が二人に下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)が一体。それだけ居れば、洞窟の出口を崩して塞ぐことなど雑作もないだろう。

 そして、シャルティアとソリュシャンは、このまま正面から突入するのだ。

 

「傭兵団と言っても、所詮は野盗に落ちた者。大した強者は居ないでしょうが、武技使いが居れば……」

 

「それだけで、大当たりでありんすか。確かに……」 

 

 ソリュシャンの説明を聞き、シャルティアはニンマリと笑う。

 正直な話。今この瞬間まで、シャルティアは人間を蹂躙して殺し尽くす方に意識が傾いていた。だが、ソリュシャンの説明を聞いてる間に、与えられた使命を思い出していたのである。

 これは、ソリュシャンが優れたメイド能力によって、シャルティアの機嫌を損なわず、意識誘導を促していたことによるが、この点に関してシャルティアが気づくことはなかった。

 そうして方針を定め、行動に出たシャルティアらであったが、まずはソリュシャンの投げナイフによって、見張り二人が倒れ伏している。当然、ガランガランと鈴が鳴り、内部から「なんだ!?」「冒険者とか討伐隊か!?」といった声があがった。が、シャルティアらは気にせず内部へ踏み込んで行く。

 ただ、気になることもあった。

 ソリュシャンの特殊技術(スキル)によれば、内部には七〇人からの人間が居るようらしいが……少し妙であるとのこと。

 

「二人ほど、比較的に強い者が居るのですが……」

 

 片方の実力等が読み取りにくいのだ。

 まるで、何かのアイテムによって阻害されているかのような……。

 

「興味深いでありんすねぇ。ソリュシャンの特殊技術(スキル)を防ぐことができる者が居ると……」

 

 奥から駆けつけてくる雑兵。それらがソリュシャンに薙ぎ倒されていくのを見つつ、シャルティアは考えた。

 どうすべきか判断に迷ったときは、<伝言(メッセージ)>で連絡するように。

 これはモモンガから指示されたことだ。

 

(<伝言(メッセージ)>を使うべき……でありんしょうか?)

 

 この程度のことも自分では判断できないのか。そう叱責されるかと思うと、身震いを禁じえない。だが、叱られたり自分が恥を掻くぐらいで済むのであれば、任務遂行を優先するべきだ。 

 では、<伝言(メッセージ)>を使うとして、誰に対し行うべきだろう。

 そうせよと指示を出したのはモモンガだが、最も近くに居るのは先に別れたばかりのヘロヘロだ。

 少し迷った後、シャルティアはモモンガに対して<伝言(メッセージ)>を行っている。やはり、指示を出した人物に対して報告するのが良いと判断したのだ。

 

「ぎゃああああ! 放して! 顔が熱い! 熱っ、ぎゃあああああ!」

 

 目の前ではソリュシャンに顔面を掴まれた男が、酸によって溶かされたり、別の者の首がハイキックでもげ飛んだりと、実に凄惨な殺戮劇が繰り広げられている。そんな中、こめかみに指を当てたシャルティアは、実に申し訳なさそうな顔で<伝言(メッセージ)>を発動させた。

 

「あのう……も、アインズ様? シャルティアでありんすが。今、少しばかりよろしいでしょうか?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 シャルティアが<伝言(メッセージ)>を発動させたとき。

 モモンガは、野営における見張り番の……非番であり、テントにて就寝中であった。

 野営気分を満喫するべく人化していたので、彼は普通に寝入っている。そこへシャルティアの<伝言(メッセージ)>が来たため、暗いテントの中で飛び起きることとなった。

 ちなみに、右隣でルプスレギナ、左隣で弐式炎雷という川の字状態であり、当然ながら二人とも目を覚ましている。

 

「え? なに? 何かあった?」

 

 眠そうな声を出しているのは弐式だ。どうやら彼も人化して寝入っていたらしい。

 モモンガは暗闇の中で掌を出して弐式を制すると、シャルティアからの<伝言(メッセージ)>に応じた。

 

「すまないな。シャルティア。いや、取り込み中ではない。何があった?」

 

 会話の冒頭でシャルティアの名を出し、弐式達に<伝言(メッセージ)>相手について知らせたモモンガは、シャルティアの報告に耳を傾ける。

 その内容とは、ヘロヘロと合流した後に別れ、今は死を撒く剣団なる傭兵崩れの野盗集団と戦闘中であること。二つ目の報告としては、ソリュシャンをヘロヘロから借りたが、彼女の特殊技術(スキル)によって二名の強者が居ると判明したこと。そして、最後に……。

 

「一人、ソリュシャンの特殊技術(スキル)で実力の見極めがつかない者が居る?」

 

 聞かされたことを、そのまま口に出したモモンガは、闇の中で弐式と顔を見合わせた。

 弐式ほどではないが、ソリュシャンであるなら転移後世界においては大体の人物の実力を推測できるはずだ。だが、今回の場合。大まかな実力は読めたが、それ以外の素早さがどれ程であるとか、詳細な部分が読めないらしい。

 目の当たりにせず調べられる時点でモモンガとしては凄いと思うのだが、そこはさておき、これからどう対処させるべきだろうか。

 

「弐式さん。俺、今から<転移門(ゲート)>でシャルティアの所へ行ってみます」

 

「え? ここはどうなるのさ?」

 

 テントの中とは言え、見張り交代となったらテント外から呼びかけられることもあるだろう。モモンガが返事する必要は無いが、モモンガを呼ばれたり中を覗かれたらどうするのか。その都度、<転移門(ゲート)>で戻ってくるにしても、転移孔を見られたら面倒なことになりかねない。

 だが、モモンガには腹案があった。

 

「パンドラズ・アクターを呼んで、俺の格好をさせるんですよ。暫くなら大丈夫なはずです」

 

 これは悪くない案であるが、この手段だと弐式は残留することとなる。 

 モモンガだけでは心配だと言う弐式を、「向こうにはシャルティアが居ますから。攻撃役としては万全でしょう。最悪、逃げるぐらいなら何とかなります」と言いくるめ、モモンガはパンドラズ・アクターを呼び出した。

 彼を呼ぶにあたり、<伝言(メッセージ)>と<転移門(ゲート)>を使ったのであるが、テンション高く登場……しようとしたパンドラの口を、モモンガは素早く掌で押さえ込んでいる。

 

「いいかぁ~? 近くに人間の冒険者が居る。ここはテントの中だが、デカい声を出すんじゃない」

 

「しょ、承知しました。んんァインズ様!」

 

 そのテンションもどうにかしろと言いたいが、今は急ぎだ。モモンガは暫くの間、自分の身代わりを務めるよう改めて言いつけると、次なる<転移門(ゲート)>を発動する。

 

「じゃあ、弐式さんにルプスレギナ。ちょっと行ってくる。パンドラのこと、よろしく」

 

 ギルメンと僕。二人同時に相手取るものだから、モモンガの口調は多少ぎこちないものとなっていた。これを見た弐式は面をまくり、人化顔を見せつけてニヤニヤしている。

 

「むう……」

 

 照れ臭い。弐式が笑うから、なおのこと照れ臭い。

 プイと顔を逸らしたモモンガは、パンドラ……ではなくルプスレギナに視線を向けた。

 自分のことを慕ってると言ってくれた女性NPCである。

 正式に交際しているわけではないが、創造主の公認で好意を向けてくるアルベドのことを考えると、恋愛雑魚のモモンガとしては頭が痛くなるのだ。

 弐式などは、「アルベドが正室で、ルプーが側室で良いじゃないですか」と言ってくれており、ルプスレギナも乗り気であるが、モモンガ的には簡単に判断して良いことではない……と思うのである。

 

(答えを先延ばしにして、逃げてるだけなんだけどな~)

 

 <転移門(ゲート)>を発動させながら、モモンガは無意識に……そう、無意識にルプスレギナだけを見て言った。

 

「すぐに戻る。後のことは頼んだぞ?」

 

 ……。

 そうしてモモンガが転移し終え、<転移門(ゲート)>の転移孔が消えた後。テント内は、微妙な静けさが支配していた。

 モモンガさんも、やるじゃん! と何度も頷く弐式。

 熱くなった両頬を、掌で挟んで俯くルプスレギナ。

 そしてパンドラズ・アクターは、不思議そうに小首を傾げている。

 

「あのう、弐式炎雷様? 状況について、伺いたいのですが?」

 

「ん? あ~……じゃあ、見張り当番が来るまで話そうか」

 

 モモンガが居たら止めていたことだろう。

 しかし、当の本人が不在である今、弐式はパンドラに対して気の向くまま情報開示していくのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 洞窟内に<転移門(ゲート)>が開き、そこからモモンガは一歩踏み出している。

 何か後ろ髪を引かれるような、それでいてゾクッとしたものを感じたが、それは洞窟自体や奥の方から感じられるものではない。

 

(気のせい……か?)

 

 残してきたテント内では今、何が起こっているか。そこに気が及ばないモモンガは、目の前に居るシャルティアとソリュシャンを見た。

 二人とも跪いているが、落ち着いているソリュシャンに対し、シャルティアの動揺が激しい。表情は硬く、元々色白な肌は白さを増し、身体は小刻みに震えていた。

 

「どうしたのだ、シャルティア。何か<伝言(メッセージ)>での報告にない、困ったことでもあったか?」

 

「い、いえ、そうではありんせんが。まさかアインズ様が、直々においでになるとは……その……。お手を煩わせたのかと……」

 

「お手を……って」

 

 呟きつつ周囲を見ると野盗らしき男らの死体、いや残骸が複数散らばっている。

 モモンガは「ちょっと気分悪いかな? う~ん、どうなんだろう」などと思いながら、シャルティアの言葉を否定した。

 

「シャルティアよ。お前は良くやっているではないか。現状、特に落ち度があるわけではないし。判断に困ったからと、きちんと報告もしてきた。私が来たのだって、単に手伝いたかったのと気が向いたからだぞ? まあ、肩の力を抜け」 

 

「はあ、はいいい。もったいない御言葉でありんす」

 

 かしこまるシャルティアだが、どことなくホッとしているようにも見える。

 これは『至高の御方同伴』という状況になって、精神的に安らいだことによるのだが、今ひとつ理解できないモモンガは、小首を傾げようとした。

 そこにソリュシャンの声が飛ぶ。

 

「アインズ様。先程から、そこに一人……」

 

「なんだ、気づかれてたのか……」

 

 ソリュシャンの声に続いて男の声が聞こえた。

 最初にモモンガが見たのはソリュシャンだ。跪きつつも瞳は目の端に寄っており、穢らしいモノを見るかのような眼差しがキツい。この視線、弐式さんなら喜んだかもしれないな……などと思ったのは刹那のことで、モモンガは彼女の視線の向く方、つまりは声のした方を見た。

 すると奥の暗がりから、一人の男が進み出る。

 青い髪に無精髭。精悍な顔つきに鍛えられた体つき。腰には日本刀に見える刀を差し、ベルト脇に見える小瓶類はポーションの類だろうか。ブーツ履きにシャツ……ただし、半袖服なので、腕の動かしやすさを重視しているように思える。

 後衛職のモモンガが一見したところでは、この辺りが読み取れる限度であった。実を言えばシャルティアなら、もっと詳しく読み解けるのだが、相手が人間であるため気にもとめていない。

 

「見たところ、魔法詠唱者(マジックキャスター)に盗賊……。それを雇ってる貴族のお嬢様と言ったところか」

 

 ざわり……。

 

 洞窟内全体の空気が揺らいだ。

 軽口を言った風でいた男の顔が引きつり、刀の柄に手が伸びていく。モモンガも人化中であるため、この雰囲気を察することができていた。

 

(うわ、こわ……。殺気ってやつか?) 

 

 厳密には現実(リアル)での人間状態ではないため、耐えることができたが、これが昔の自分であれば失禁間違いなしだとモモンガは思っている。

 その殺気の発生源。それはシャルティアとソリュシャンであった。

 

「テメェ。言うに事欠いて、私がアインズ様を雇ってるだとぉ?」

 

「物を知らぬ肉は、これ以上の無礼を働く前に溶かすべきでしょう」

 

 マズい……と思ったのは言った男だが、モモンガも同感である。このままでは男は殺されてしまうだろう。

 

(だが、ちょっと待って欲しい。こいつ、こんな登場の仕方をするってことは、実力者なんじゃないの?)

 

 実力者、すなわち武技使いの可能性があるのだ。

 せっかく街道外れの森の中、しかも洞窟にまで出向いた……モモンガは<転移門(ゲート)>を使ったが……のに、簡単に殺して成果無しでした。では、あまりにも物悲しい。

 場の方向修正をするべく、モモンガは咳払いした。

 

「あ~、んっんん!」

 

 これによりシャルティアらから殺気が消え去り、男が若干肩の力を抜く。

 そして交渉開始……だが、ここでモモンガは思い立っていた。

 

(俺、ここで口出ししていいのか?)

 

 現実(リアル)で就職した頃。先輩や上司が営業に付き添ってくれたことがあるが、対応できないとなると、彼らが前に出て喋ったりしてくれていた。大変有り難かったし参考にもなったが、仕事に慣れてくると「俺が喋ってるのに……」と思うこともあったのだ。

 今のシャルティアは、どうだろう。

 モモンガが前に出て交渉することで、彼女の出番や役割、そして成長する機会を奪ってはいないだろうか。

 

(それは駄目だよな~。俺、部下を持った経験なんて無いけど。先輩だったことはあるから、ここは頑張らないと……)

 

 鈴木悟だった頃の後輩への接し方を思い出しつつ、モモンガは口を開いた。

 

「シャルティアよ……。与えられた使命を思い出すのだ。私は取りあえず、見ていることとしよう。……無理ならば、遠慮せずに声をかけるが良い」

 

「は、はい! 承知しましたでありんす!」

 

 背筋を伸ばして返事をしたシャルティアは、まずは男にではなくソリュシャンに確認する。 

 

「ソリュシャン? あの男は『どっち』でありんすか?」

 

「……実力が詳細に把握できる方です」

 

 つまり、正体不明の実力者が奥で控えているのだ。今のところ動く様子はないが、吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らが抜け穴等を潰しているため、こちらに来るしかないだろう。あるいは、こちらから出向いて顔を見に行くか……。

 しかし、それをするためには、まず目の前の男を処理するべきである。

 シャルティアは考えを纏め終えると、男に向き直った。

 

「我が名はシャルティア・ブラッドフォールン。あなたの名は?」

 

 本来、人間風情の名など興味は無い。だが今、背後でモモンガが見ている。対外的に粗暴かつ非礼な言動など取るわけにはいかなかった。

 

(それを思うと、さっきは危なかったでありんす……)

 

 冷静、冷静。事務的な対応。

 頭の中でブツブツ呟いていると、男が返事をしてきた。

 

「ブレイン。ブレイン・アングラウスだ。あんたら、いったい何者だ? 冒険者と言うには、お嬢ちゃんがそれらしくないし……」

 

 確かにそうだ。と、モモンガは思う。

 シャルティアが居なければ、魔法詠唱者(マジックキャスター)と盗賊のコンビに見えただろうから、まだ冒険者を名乗ることもできた。だが、シャルティアが居ては、その説明は無理がある。さて、シャルティアはどうするだろうか。

 

「そうでありんすねぇ。一言で言えば、人材を求めて旅をしている。そんなところ……でありんしょうか」

 

「人材? 腕の立つ奴を探してるってのか?」

 

 モモンガ達のことをどう思っていたのか、男……ブレイン・アングラウスが意表を突かれたような表情を見せる。一方、モモンガは、シャルティアの『ナザリックNPCにしては』攻撃的でない会話の入り方に感心していた。

 

(もう何人か殺しちゃってるみたいだけどな!)

 

「そのとおり。できれば武技を使えるのが好ましいでありんすが……。貴方は使えるのかしら?」

 

 シャルティアの瞳に赤みが増していく。

 獲物を狙う目であるが、殺したりいたぶるつもりはない。ここで言う『獲物』とは『手柄』のことである。しかも、モモンガが見ているとあっては、やる気も出ようと言うもの。

 

「武技。武技ねぇ……。そこそこ使えるつもりだが……。安売りする気は無いぜ?」

 

 話している内に気を取り直したらしい。ブレインが刀の柄に手をかけ腰を落とす。

 ユグドラシルの職業(クラス)に侍職があったが、それが有していた特殊技術(スキル)、『居合い』の構えに似ている。

 

(戦う気のようだな。さてさて、シャルティアに通用するかな?)

 

 かつて出会い、話す機会のあった王国戦士長。ガゼフ・ストロノーフ。彼は周辺国で最強の戦士であるらしい。目の前の男がガゼフと同等か、少し勝る程度であっても、シャルティアには勝てないだろう。 

 お手並み拝見である。

 シャルティアはと言うと、彼女は前衛型のビルドであるから、実力差に関してはモモンガ以上に感じ取っているらしい。

 余裕たっぷりに手招きして見せた。

 

「腕試し。あるいは剣腕の披露でありんすか? どうぞ。ハンデとして妾は一歩も移動しんせんゆえ、お好きに……」

 

「しっ!」

 

 言い終わる前にブレインが刀を抜き放つ。

 距離を詰めつつ斬りつけるという、居合いからは幾分外れた攻撃であったが、まずは小手調べというわけだ。

 そもそも狙ったのはシャルティアの鼻先であり、少し切れ目を入れてやるつもりだったのだが……。

 

 フシュン。

 

 ブレインの振るった刀の切っ先は、シャルティアの鼻先があったであろう場所を手応えなく通過した。

 

「……」

 

 シャルティアは宣言どおり、一歩も動いていない。ブレインはニコニコしながら見てくるシャルティアを一瞥すると、大胆にも彼女から視線を外して刀を見た。

 手首を返して、幾つかの角度から切っ先を見つめる。

 

「外しちゃあいない。俺は真剣かつ、正確に剣を振った。なのに当たらなかった。てことはだ、あんた……俺の剣が見えてるのか?」

 

 ブレインは視線をシャルティアに戻した。

 今なら十分に理解できる。裕福な商人や貴族の娘などではない。この少女……いや、女は自分を遙かに超越した強者なのだ。

 

「まいったねぇ。この数日で化け物級の強者が二人目かよ。いや、そっちの魔法詠唱者(マジックキャスター)と盗賊も強いんだろうな。心が折れそうだぜ」

 

 モモンガにとって気になることをブレインは言う。

 化け物級の強者が二人目。

 それは奥で居るという、実力不明の存在のことを言っているのだろうか。

 モモンガの興味はブレインから『奥に居る者』に移るが、その彼の意識をブレインの声が引き戻す。

 

「でも、前に折れてからさほど日が経ってないんでな。折れっぱなしのまま、もう少し頑張らせて貰うか。……あんたら、武技使いを探してるんだろ? ……武技を使っても? 今なら解説付きだぜ?」

 

「それは楽しみでありんす。是非とも、どうぞ」

 

 シャルティアの同意が得られたことで、ブレインは刀を鞘に戻した。そして再び腰を落とすと居合抜きの構えに入る。

 

「俺の最強剣技……秘剣虎落笛(もがりぶえ)は、二つの武技の複合技だ」

 

 言いながらであったが、ブレインは意識を集中しだした。

 

「武技の一つ目は<領域>と言う。半径三メートルほどの範囲で、すべてを認識する技だ。まあ、攻撃命中率と回避率を上げてくれると思ってくれればいい」

 

「ほうほう」

 

 意外にも、シャルティアは興味深げに聞いている。

 浮ついた気分での遭遇戦ならまだしも、目当ての武技使いが解説しつつ実演してくれるのだ。この場にはモモンガが居るのだが、後で報告し直すことを考えると、連れて行く武技使いの武技について知っておくのは必要なこと。 

 そこに気がついているシャルティアの態度は、普段の彼女を知るモモンガやソリュシャンからすれば、実に真面目なものであった。

 

「続いて<瞬閃>。こいつは自慢だが、俺のオリジナル武技でな。高速攻撃の武技で、ここから更に鍛え上げて、一段引き上げた。知覚不能の域に達した神速の一刀。名付けて<神閃>。……だったんだが、あんたら級の強者相手だと、遅すぎるようでな……。今更見せるのは恥ずかしいんだが……」

 

 確かに、そうなのかもしれない。レベル差というものは非情なのだ。

 ただ、ここまでの解説で、モモンガは重要な情報を得ていた。

 武技はオリジナル技を作ることができる。そして、鍛え上げることで別物に進化させることが可能なのだ。

 

(やっぱり、ナザリックの者が武技を覚えたら凄いことになるんじゃないか?)

 

 ユグドラシルから来た自分達はレベル上限が100で、モモンガやギルメン、一部のNPCらはレベルが100に到達している。これ以上は数値的な上昇が見込めないかと思っていたし、戦略や戦術で底上げするしかないかと考えていたが、ここへ来て更なる強化が見込めそうだ。

 モモンガは、ウキウキしながらブレインの解説に耳を傾ける。

 

「で、絶対必中と神速の一刀。<領域>と<神閃>を併用することで、回避不能の一撃必殺技が生まれる。それが、秘剣虎落笛(もがりぶえ)だ。主に狙うのは頭部だな。中でも喉を狙うことが多いんだが……。……実演しても?」

 

「どうぞ、でありんす」

 

 今度はシャルティアが言い終わるのを待ち、ブレインは攻撃に移った。

 瞬時に知覚範囲が広がり、元々間合いに入っていたシャルティアが『認識対象』に含まれる。これにより、攻撃回避しようとするシャルティアの動きが察知可能となり、追従して剣の軌道を修正できるのだ。

 そして振るわれる、神速の一刀。

 

(秘剣、虎落笛(もがりぶえ)!)

 

 奥歯を噛みしめ、剣を抜き放つ。

 この場に人間が居たら、ブレインの振るった剣は目で追うことができなかっただろう。実行したブレインも、そう思っている。が、その切っ先はシャルティアの喉を薙ぐことは出来なかった。

 あろう事か、刃峰の方から手を回し指で摘ままれていたのである。

 これはシャルティアの『速さ』が、ブレインを遠く突き放したレベルであること意味し、しかも摘ままれた剣はビクともしない。腕力も遙かに上のようだ。

 シャルティアは摘まんだ刀の切っ先を一瞥すると、小さく溜息をつく。

 

「貴方、もう少し武器には気をつけた方が良いと思いんす。安物では、能力の底上げもできんせん」

 

「安物って……。これでも大金注ぎ込んで入手した物なんだがな……」

 

 情け無さそうに笑うブレインは、「刀、放してくれるか?」と頼み、シャルティアが指を離したことで鞘に収めた。

 そして、投げやり気味に言う。

 

「とまあ、これが俺にできる限界だ。で? 多少はお眼鏡にかなったのかね?」

 

 モモンガは何も言わない。

 この場は、シャルティアに任せると決めたのだ。

 シャルティアはと言うと、一度肩越しにモモンガを振り返ってからブレインに向き直り、表情を引き締めつつ宣言する。

 

「ま、合格点でありんしょうか。強さ的には随分と物足りないでありんすが。時に……武技を他人に教えることは?」

 

(それだ! それを聞きたかった! ナイスだぞ、シャルティア!)

 

 声に出さず褒め称えるモモンガであるが、その様子に気がつかないブレインはニヤリと笑いながらシャルティアに頷いた。

 

「相手の才能にもよるが、一応はな。そこそこ剣を振るえる奴なら、死ぬほど鍛えたら<斬撃>ぐらい仕込めるだろうし」

 

「ふむぅ。……採用。という事にしたいんでありんすが、アインズ様は如何お考えでしょう?」

 

 ここで、ようやくシャルティアがモモンガに向き直った。ブレインに対して完全に背を向けているが、彼我の実力差は大きすぎる。後ろから斬りつけたところで、どうにかなるものではない。

 それが理解できているブレインは、苦笑しながら肩をすくめていた。

 モモンガはと言うと、シャルティアに対し「お前の判断は正しい」と答えている。精神支配することなく、お雇いの武技指導員を連れ帰ることができるのであれば、上々の首尾と言えるだろう。

 こうして、死を撒く剣団、最強の剣士……ブレイン・アングラウスは、ナザリック地下大墳墓の一員となった。人間嫌いなNPC達からの反発が予想されるが、そこはNPC側で我慢して貰うしかない。これからは、こうやって外部の者も取り込むべきなのだから。

 そう言えば、一連の交渉にあたってソリュシャンが一切発言していない。彼女は、どう思っているのだろうか。

 

「ソリュシャンよ。このブレインをナザリックに連れて行くことになるが、何か異論はあるか?」

 

 それまで立ってシャルティアとブレインの模擬戦(?)を見ていたソリュシャンは、モモンガに向き直り跪いた。

 

「至高の御方の御判断に異を唱えるなど、あってはならないことです。しかしながら、一つだけ……」

 

「なんだ?」

 

 伏し目がちだったソリュシャンは、モモンガを見上げながら思うところを述べる。

 曰く、その者(ブレイン)の身なりはナザリックに相応しくない。

 曰く、物腰や言動も粗野に過ぎる。

 

「ナザリックに着きましたら身なりを整え、礼儀作法について矯正する必要があるかと……」

 

「そ、そうか……」

 

 目の端でブレインが「うげっ!」と言いたそうにしているが、モモンガも「うげっ」と言いたい。いい歳して礼儀作法やマナーの教習など、面倒くさいのだ。とは言え、これから外で活動するにはマナーの一つぐらいは学んでおくべきだろう。

 ギルメンの皆を巻き込んで、一緒に特訓するのだ。

 礼儀作法の矯正と言えば、弐式が再教育させると言っていたナーベラル・ガンマ。彼女は今頃どうしているだろうか。メイド長のペストーニャに預けられたらしいが……。

 

「そうだ! こうなったら、旦那も一緒に連れて行って貰おう! それがいい!」

 

 ブレインが唐突に言いだしたので、モモンガは物思いから引き戻されている。

 旦那。旦那とは誰のことだろうか。

 ここでモモンガは、ソリュシャンが感知したと言う謎の人物の存在を思い出した。

 

(ブレインの態度からすると、彼よりも強いのだろうか? やはり武技使いなのか?)

 

 シャルティアに任せる気で開いたモモンガも、さすがに気になって口を挟んでいく。

 

「その旦那というのは? やはり、彼も武技使いなのかね?」

 

「いや、武技は俺が教えたのしか使えねぇ。けど先日、森で出会してな。仲間達を蹴散らしてたんで俺が出張ったんだが、軽く捻られちまって。『暫く厄介になる』って言って、ここに転がり込んできたんだ。まあ正体はアレだが……一緒に連れて行く価値は絶対にあるぜ!」

 

 妙に興奮しながら言うブレインの説明を聞き、モモンガは「それほど言うなら、連れて行くだけ連れて行くか」と、シャルティアらに目配せをした。

 彼の好きなようにさせてみろ。

 その意図は正しく伝わったようで、双方が頷くジェスチャーを見せた。

 

「うお~い。旦那~っ!」

 

 ブレインが洞窟の奥に向けて呼びかけている。

 先日出会ったばかりだという話だが、口調から気を許しているのが感じ取れた。ブレインのような男を短期間で心酔させるのだから、それなりの人物ではあるのだろう。

 

(ふむ。なんだか興味が湧いてきたぞ。ガゼフみたいに立派な人物だと嬉しいんだけどな)

 

 まさしく興味であるが、そこには期待感も混じっている。

 モモンガはワクワクしながら、その人物の登場を待ったが、続くブレインの呼びかけを聞いて耳を疑うこととなる。

 

「旦那~っ! ブジンタケミカヅチの旦那~っ! 面白い連ちゅ……いや、人達が来てるんだって~っ!」

 




と言うわけで、追加ギルメンは武人建御雷さんでした。
ここで増えたら面白そうかな……と思ったら追加してしまうので
フォーサイトイベント発生の頃にはギルメンが何人になっていることやら
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