オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第24話 モモンガさん! 見ていてくれよ!

 ぶじんたけみかづちのだんな。

 ブジンタケミカヅチの旦那。

 武人建御雷の旦那。

 ブレインの口から飛び出た音声。それが、知った名前混じりのセリフとして理解できたところで、モモンガの目に光が戻る。

 武人建御雷とは、アインズ・ウール・ゴウンにおける前衛職代表。

 ザ・サムライの異名を持ち、ギルド最強を誇るたっち・みー打倒に燃えていたギルメン。

 気の良い豪傑肌だった……半魔巨人(ネフィリム)の名だ。

 そして、弐式炎雷の親友でもある。

 

(建御雷さんが、ここに居るのか!? え? マジで?)

 

 名を聞けた以上、高い確率で武人建御雷本人が居るのだろう。

 だが、名を聞いて興奮しているシャルティア達とは別に、モモンガは少々疑わしくも感じていた。

 武人建御雷と言えば、たっち・みーほど正義を看板にしていたわけではないが、それなりの正義感を持つ男だった。より正確に言うのであれば、彼の場合は義侠心と言うべきかもしれない。

 そんな彼が、商隊を襲い、女を拉致するような野盗集団に(くみ)するだろうか。

 

(ありえない。だが、ブレインは確かに建御雷さんの名を呼んだぞ。これはいったい、どういうことなんだ?)

 

 わからない。考えても疑念は晴れないようだ。

 とは言え、それらはすべて解決することだろう。何故なら、その『武人建御雷』はブレインによって呼ばれているからだ。

 すぐに、この場に現れるはず……。

 

「何だよ、ブレイン。お前の手に負えない奴か? めでたくも興味深いぜ!」

 

 そんな声と共に、奥の方からドスドスと足音が聞こえてくる。

 聞き覚えのある声だ。

 壁に掛かった魔法の照明器具(盗品)によって照らされるモモンガの顔。それが歓喜に染まった。

 数秒後。ボロ切れを纏った半魔巨人(ネフィリム)が、大ぶりな剣を片手に奥の暗がりから姿を現す。

 

「建御雷さん!」

 

 姿を確認するなりモモンガは叫んだが、半魔巨人(ネフィリム)……建御雷の方は訝しげに首を傾げた。そして、剣を持った手をダランと下ろし、空いた手でモモンガを指差す。

 

「ひょっとして、モモンガさんか!?」

 

「そうです! モモンガです! あ、今は訳あってアインズ・ウール・ゴウンを名乗ってるんですけど」

 

 ユグドラシル時代と変わらない姿に口調。

 嬉しくなったモモンガは、場をわきまえずに世間話のノリで応じていた。

 

「マジか! モモンガさんも、こっちの世界に来てたのか!? じゃあ、他の連中も!?」

 

 ズカズカと寄ってくる建御雷は、身長差から見下ろしでモモンガに問うてくる。ますますユグドラシル時代を思い出し、モモンガは悟の仮面の下で精神が安定化されるのを感じていた。

 

(……精神安定化のオンオフができるように改良できないかな~)

 

 忌々しく思うが、目の前の建御雷が消えて無くなるわけではないため、モモンガの歓喜は尽きない。

 

「ええ! ヘロヘロさんにタブラさん。それに弐式炎雷さんも居ますよ!」

 

「おお! 弐式の奴も!? じゃあ、あそこに居た連中は全員……いや、モモンガさんの口振りだと何人かが来てるってことか……」

 

 あれ? とモモンガは小首を傾げる。タブラほどではないが妙に話が早いのだ。

 聞いて確認したところ、建御雷はブレインによって転移後世界の情報を得ていたらしい。

 

「なるほど。それにしても意外です。建御雷さんが、野盗と行動を共にしていただなんて……。イメージと合わないと言いますか……」

 

「おう。そのことなんだけどな……」 

 

 立ち話ながら建御雷が説明しようとしたとき。奥の方から、何人かの男の声が聞こえてきた。

 

「どうなってんだ? やっつけたのか?」

 

「ブレインも戻ってこないぞ」

 

 どうやら、野盗達が駆けつけてくる様子だ。

 モモンガは舌打ちすると、一瞬だけ建御雷を見る。その視線を受けて、建御雷は頷いて見せたが「取りあえず殺さない方向で」と注文を付けてきた。

 

「了。では、<魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)>、<麻痺(パラライズ)>……」

 

 効果範囲を拡大された<麻痺(パラライズ)>が、建御雷やブレインの後方へと放射される。だが、洞窟内であるし、魔法の質がガス系ではないので全員を麻痺せしめたかは不安が残る。

 麻痺し切れていない者が駆けつけたところで問題はないが、一応は確認した方が良いだろう。

 

「ソリュシャン」

 

「は、はい。モモンガ様……」

 

 出現した武人建御雷を前に緊張していたのか、返事の声が若干上擦っている。そのソリュシャンにモモンガは命じた。

 

「今より奥を探索し、死を撒く剣団だったか? 連中で麻痺しなかった者を探すのだ。発見したなら改めて麻痺させるように。終わったなら戻って来て良い」

 

「承知しました」

 

 ソリュシャンはシャルティアと共に跪いていたが、命令を受けて立ち上がると音も無く洞窟の奥へと姿を消した。

 そこで改めて、モモンガは建御雷に向き直る。

 

「建御雷さん。少し待って貰えますか? 今から<伝言(メッセージ)>と<転移門(ゲート)>で弐式さんを呼びますから」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 漆黒の剣らと共に野営中であった弐式炎雷。

 彼はテントの中でモモンガからの伝言を受け、飛び上がらんばかりに驚いた。

 声をあげなかったのは我ながら誉めても良いぐらいだ……と弐式が思うほどの驚きである。

 建御雷との合流を知らせてきたモモンガは、簡単に状況を説明し終えたところで「今から来られないか」と聞いてきた。しかし、弐式も転移するとなると、テント内にはモモンガに擬態したパンドラズ・アクターのみとなる。弐式の分身体を残すにしても、<転移門(ゲート)>を跨いだ後で、こちらに分身体が消えずに残るかが不安視された。

 そこは後日の検証課題にするとして、今どうするか……だったが、ここでパンドラズ・アクターが発言している。

 

「シャルティア様の手が空いているようですので、<転移門(ゲート)>でナザリックからドッペルゲンガーを呼び寄せてはどうでしょうか? その上で、弐式炎雷様がシャルティア様の<転移門(ゲート)>を使用し、洞窟へ飛べばよろしいかと」

 

 名案だった。

 他に代案もないモモンガ達は、直ちにパンドラズ・アクターの意見を採用。シャルティアの<転移門(ゲート)>によってテント内にドッペルゲンガー一体を送り込み、弐式の姿を擬態。弐式は、シャルティアが続けて展開した<転移門(ゲート)>により、洞窟に居るモモンガらの元へと転移したのだ。

 そして……。

 

「たっけやぁああああああんっ!」

 

「弐式ぃいいいいいっ!」

 

 <転移門(ゲート)>から姿を現した弐式炎雷は、暫くぶりで見た親友の名を叫び、建御雷はボロを纏ったままであるが両腕を広げて駆け寄る。

 

 どすう!

 

 重い音と共に、二人のギルメンは熱い抱擁を交わした。と言うより、見ていて暑苦しい。

 

(テンション高いな~。いや、俺も嬉しいけどさ!)

 

 何だか負けた気分になったモモンガであるが、バシバシガシガシと肩や背を叩き合っている二人に声をかけた。

 

「あ~、ごほん。それで、建御雷さん。事情を聞きたいんですけど……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 武人建御雷。

 彼がユグドラシルから転移して来たのは、モモンガらと合流する約二日前である。

 弐式炎雷が人の身で転移したのに対し、彼は異形種状態。

 弐式炎雷が、ある程度の武装やアイテムを有していたのに対し、彼は丸腰の素っ裸。

 小鬼(ゴブリン)に追われたのは同じだったが、建御雷の場合は難なく撃退している。武器が無くともレベル一〇〇の半魔巨人(ネフィリム)だ。小鬼(ゴブリン)なども物の数ではない。

 そうして落ち着いたところで自分が人間でなくなったことを知り、<伝言(メッセージ)>を試して反応が無く、途方に暮れながら彼は森を彷徨っていたのだ。

 と、親友同士の偶然か、おおむねは弐式と似た経緯をたどっていた建御雷だが、ここからの展開が弐式とは大きく異なっている。

 弐式が転がり込んだのは人間種の集落。しかし、建御雷が辿り着いたのは野盗『死を撒く剣団』の隠れ家だったのである。

 まず、彼は洞窟入口を見ると同時に発見され、見張りによって仲間を呼ばれた。

 ワラワラと出てきた死を撒く剣団団員らを見て、建御雷は「人が居た!」と喜んだものの、「モンスターだ! やっちまえ!」と叫んで襲いかかられて大いにガッカリしている。そして、瞬く間に全員を叩きのめした。

 

「正直言って、小鬼(ゴブリン)よりもマシな程度の手応えだったなぁ」 

 

 この時に()したのは十数人ほどだったが、一人も殺してはいない。今思えば、うっかり殺してしまうところだったかもと建御雷は苦笑している。

 そして、その後に登場したのがブレイン・アングラウスだった。

 このブレインも、瞬く間に伸されている。

 

「建御雷の旦那。俺の出番を端折りすぎ……」

 

「大物ぶって登場したくせに歯ごたえ無かったんだから。しょーがねーだろ?」

 

 事実、建御雷から見たブレインは歯ごたえが無かった。

 武技等を駆使して戦う小器用さは評価できたが……ただ、それだけである。

 建御雷的に気に入ったのは、ブレインの強さを追求する心構えだ。

 自分自身、たっち・みーを超えるべく強さを追求していたし、武器の改良にも余念が無かった。ブレインが大枚叩いて買い求めたのが『刀』だったのも、シンパシーを感じた要因の一つである。

 他の団員らと違って気絶を免れたブレインは、建御雷の強さに惚れ込み、弟子入り……は断られたが、洞窟の隠れ家に誘うことには成功していた。

 

「行く当てが無かったからな。人が大勢居るってことに安心したんだわ」

 

 そうして、死を撒く剣団の隠れ家を仮宿とした建御雷であったが、一晩明けた翌日には後悔している。

 結局のところ、傭兵団ではあっても野盗は野盗なのだ。

 仲間同士で酒を飲み笑い語り合う。そこは良い。かつて所属していたユグドラシルのギルド、アインズ・ウール・ゴウンを思い出させる。

 商隊を襲って金品を強奪するのも良いだろう。彼らは野盗なのだから。 

 ただ一つ、大いに気に入らなかったのは、拉致した女を性処理用に飼っている点だ。

 ここだけは建御雷の好み……大袈裟に言うのであれば美学から逸脱している。

 だから二日目の今日。適当な衣服をつなぎ合わせて身に纏った建御雷は、ブレインに乞われて稽古を付け、夜になるのを待ってから彼に打ち明けた。 

 自分は、この場所が大いに気に入らない……と。

 弱者を、それも女を慰みものにするなんて吐き気がする。

 これを聞いたブレインは「じゃあ、連中を殺って女共を助けるか?」と、あっさり死を撒く剣団を見限り、建御雷に乗り換えていた。腰が軽いのではなく、元から仲間意識など無かったのだ。強い相手と出会えるなら、それで充分だったのである。そこに建御雷のような至上の強者が出現したのだから、死を撒く剣団に固執する理由など微塵も存在しなかった。

 ただ、建御雷には死を撒く剣団の団員らを殺す気はなく、叩きのめすだけで済まそうと考えている。

 唾棄すべき野盗らであるが、寝床を借りられたし衣服も分けて貰えた。恩なり借りなりがある以上、気に入らないの一言で殺すのは抵抗がある。例え、自分が半魔巨人(ネフィリム)化した結果、人間種に親近感を持てなくなっていたとしても……だ。

 つまり、この日の夜。モモンガらが来なければ、死を撒く剣団は主に武人建御雷によって叩きのめされ、女達は解放されるところだったのである。

 

「なるほど、納得です。と言うか悪いタイミングでしたかね?」

 

 モモンガが遠慮がちに問うと、建御雷は肩を揺すって笑った。

 

「いいや。俺にしてみりゃ、世話になった連中の顔を見ながらぶちのめすのは気が引けてたんだ。<麻痺(パラライズ)>を使って貰って大助かりだぜ。あ、てこたぁ、女達も麻痺してるのか」

 

 女達をどうするべきだろうか。

 このまま放置しておくと、麻痺から回復した死を撒く剣団によって、変わらぬ待遇で扱われるだろう。モモンガはナザリック地下大墳墓も転移して来ていることを伝え、そこで保護することも考えたが、女達の中には元居た場所に戻りたい者も居るはずだ。そうなった際に記憶操作して放り出すのは手間である。主にモモンガの疲労が激しい。

 

「ちょっと試してみたんですけど。<記憶操作(コントロール・アムネジア)>って疲れるんですよね~」

 

「じゃあさ。一度、カルネ村に連れて行くってのはどうです?」

 

 弐式が人差し指を立てて提案した。

 カルネ村は、バハルス帝国騎士を偽装したスレイン法国派遣部隊によって被害を受け人口が減少している。村長に掛け合えば、女達を村で引き取ってくれるのではないだろうか。

 

「割りと良い手ですが……」

 

 他にアイデアも無いし、その案採用で行ってみるか。

 そうモモンガが考えたとき、後方から吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)二人が駆けてきた。

 二人とも武人建御雷の姿を見て目を丸くしている。が、シャルティアに睨まれたことで慌てて跪いた。

 

「どうした? 慌てていたようだが、何かあったのか? ああ、畏まった物言いは面倒だ。要点だけを言え」

 

 モモンガ直々に下問したことで吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らは縮こまったものの、問われて答えないでは不敬となるため、髪の長い方が胸に手を当てつつ答えた。

 

「はっ! 御報告します!」

 

 先ず報告されたのは、洞窟の抜け穴を外部から崩し完全に塞いだこと。その際、中に入って崩していた下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)が崩落に巻き込まれ、埋まってしまったらしい。掘り出すのも面倒なので、そのまま放置してきたらしいのだが……。

 

吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が血を吸って、僕にした男でありんす」 

 

 シャルティアからの補足が入ったことでモモンガは頷く、念のために惜しい存在かどうかも確認したが、シャルティアはゴミであると言ってのけた。

 

(わざと埋めたんだろうな~……)

 

 もう死んでアンデッド化してたことだし、元は野盗だ。気にすることはないとして、モモンガは続く報告に耳を傾ける。

 第二の報告。これがモモンガ達にとって、実に興味深いものとなった。

 

「武装した者達が近づいている?」

 

 入口とは、ほぼ反対側。抜け道のあった方から数人の人間が近寄ってきているらしい。吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)らの見立てでは魔法詠唱者(マジックキャスター)らしき姿もあったとのこと。

 ソリュシャンを差し向けて確認するか……と思ったところで、弐式が挙手した。

 

「俺が分身体を出して確認してくるよ。詳細を掴めたら俺が聞いて伝えるからさ」

 

「頼めますか?」

 

 モモンガが問うと、弐式はサムズアップして分身体を出し、入口へ向けて送り出す。その分身体から報告があったのは、僅か数秒後のことである。

 

「ああ、近づいてくる連中の正体がわかりましたよ」

 

「早っ!?」

 

 驚くモモンガに気を良くしながら弐式が報告を始めた。

 近づく者達。その正体は冒険者だ。姿を消した分身体が会話を聞き取ったところ、エ・ランテル冒険者組合所属の冒険者であるらしい。

 

「ブリタでしたっけ? モモンガさんと揉めた赤毛の女冒険者。彼女も居ますね」

 

「へ~。何しに……って、ひょっとして死を撒く剣団絡みですかね?」

 

「正解」

 

 聞き取った会話によると、近頃、街道を騒がす野盗集団……死を撒く剣団。その隠れ家の位置が大まかに掴めてきたので、ブリタ達が偵察に来たらしい。余談ではあるが、最近はエ・ランテルの治安が良いので、手の空いている冒険者らが派遣されたとのこと。

 

「それ……使えそうですね」

 

「モモンガさんも、そう思いますか?」

 

 モモンガは、ブリタ達を死を撒く剣団の隠れ家へ誘い込み、団員らの捕縛と女性達の救助をさせることを思いついていた。どうやら、弐式も同様だったらしい。建御雷にも意見を聞いたが、モモンガ案に賛成とのことで方針が確定した。

 

「と言うわけで、弐式さんの分身体が死を撒く剣団団員に扮して、冒険者らをおびき寄せます。その後、俺と弐式さんは元のテントに戻り、パンドラ達と入れ替わり……パンドラ達はナザリックへ帰還。シャルティアは、ソリュシャンをヘロヘロさんの元へ送った後に、建御雷さんと共にナザリックへ戻ってくれ。アルベドには私から連絡しておこう。<伝言(メッセージ)>を……と、シャルティア。すまないが、ヘロヘロさんに<伝言(メッセージ)>してくれるか?」

 

 モモンガが次々に指示を出していく。

 その姿はナザリックの支配者として堂に入ったものであり、建御雷はしきりに感心していた。もっともギルメンに対して口を開くと、たちどころにポヤッとした雰囲気になるのだから、そのギャップも含めて建御雷は感心している。

 

「あのう、ヘロヘロ様? シャルティアでありんす。ええ。大事な御報告が……」

 

 少し離れた場所でシャルティアが<伝言(メッセージ)>をしているが、その様子を腕組みしている建御雷が見て言った。

 

「モモンガさん。あれは確かペロロンチーノさんとこのシャルティアだよな? ヘロヘロさんのソリュシャンも居るし……。ナザリックごと転移したって話だが、NPCが意思を持って動いてるのか?」

 

「ええ。ナザリックではコキュートスも居て、建御雷さんの帰還を待ち望んでいますよ」

 

「コキュートス。あいつもか……。マジでナザリックへ行くのが楽しみになってきたな。それにしても……」

 

 建御雷はシャルティアに視線を戻す。

 モモンガはヘロヘロに<伝言(メッセージ)>しろと彼女に言いつけたが、冒険者らが迫っていると言っても、それは今すぐのことではない。時間には多少の余裕があるので、ヘロヘロへの<伝言(メッセージ)>はモモンガがした方が良かったはずだ。

 なのにシャルティアに命じて、<伝言(メッセージ)>をさせている理由とは……。

 

「手柄を立てさせたいとか?」

 

「いや~、俺がこっちに来ちゃったんで、シャルティアの影が薄くなったかな~……と」

 

 隠れ家の所在地を確定したのは、吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が作り出した下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)の案内によるもの。道中の罠を発見解除し、抜け道について言及したのはソリュシャン。

 ブレインと手合わせをしたのはシャルティアだったが、その頃にはモモンガが転移して来ており、シャルティアは派遣部隊のリーダーではなくなっていたのだ。解任されたわけではないが、事実上、モモンガの指揮下で行動していたに過ぎない。

 であるからこそ、ナザリックに撤収する前に一つでも多く、シャルティアには何かさせてやりたかったのだ。

 

「建御雷さん。そんなわけで申し訳ないんですが、ナザリックへ戻る前に、シャルティアに付き合って……ソリュシャンを、ヘロヘロさんのところへ送って貰えますか?」

 

 言ってるとおりモモンガは、表情それ自体でも申し訳なさを物語っている。建御雷は一生懸命に<伝言(メッセージ)>しているシャルティアを一瞥し、モモンガに対しては胸を叩いて見せた。

 

「お安い御用だ。任せてくれ」 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 シャルティアの<伝言(メッセージ)>が終わったところで、モモンガ達は行動に移った。

 弐式が分身体を使い、ブリタらの冒険者パーティーをおびき寄せる。こちらは簡単だった。野盗に扮した分身体を、ブリタ達は何の疑いも抱かずに追いかけてきたからだ。

 放っておけば、夜のうちに洞窟へ到達する。

 それが見込めた時点で、弐式が分身体を消去。モモンガ達は撤収を開始した。

 先ず、シャルティアが武人建御雷とソリュシャン、そして吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の二名。更にはブレイン・アングラウスを連れて一度、ヘロヘロの元へと転移した。

 当然と言えば当然だが、人間種のブレインが同行……つまり、最終的にはナザリックへ行くことに関し、シャルティアら僕は良い顔をしていない。しかし、建御雷が「俺が見込んだ男だ。絶対に連れて行く」と言い放ち、モモンガに到ってはブレインとの手合わせについて大袈裟なほどシャルティアを褒め称えていたため、すぐに態度を改め指示に従っている。

 続いて、モモンガと弐式がテントへ<転移門(ゲート)>で戻り、転移した直後に<転移門(ゲート)>でパンドラとドッペルゲンガーをナザリックへ戻していた。

 なお、死を撒く剣団の団員だが……当初は麻痺させたまま転がしておく予定だったものを、ソリュシャンの進言によってすべて殺害している。理由としては、彼らが捕縛された際に、ブレインの不在を騒ぎ立てられること。そして、より大きな理由としては武人建御雷の存在を喋られることがあげられる。

 転移前、これを聞かされた建御雷は渋ったのだが、全員の記憶操作をすることが不可能とまでは言わないものの、モモンガに大きな負担が掛かる以上、強くは出られなかった。団員らをナザリックで引き取ることも一瞬考えたが、そこまで親しい間柄ではなかったし、何より女達を拉致暴行していた事実が建御雷にしても大きなマイナス要素だったのである。

 結果、麻痺させたまま殺そうということになり、建御雷は自分の手で始末すると提案した……が、時間を惜しむモモンガによって却下されていた。最終的にはモモンガの低位階ではあるが、即死系魔法を用いて全員を殺害したのだった。

 以上のことにより、洞窟内には死を撒く剣団の死体が残り、おっかなびっくり内部に踏み込んだブリタ達は、方々で転がる死体を見て大いに驚くこととなる。

 その後は、女性達を解放し、後続の冒険者パーティーらと連繋してエ・ランテルへ送り届け、冒険者らの任務は終了した。

 報告を受けたエ・ランテル冒険者組合では、事の解決に喜んだものの、死を撒く剣団の壊滅については訝しみ……調べても理由が判明しないので、仲間割れであろうと結論づけたのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「いやもう、吃驚しましたよ!」

 

 夜の街道で馬車移動を続けていたヘロヘロは、<転移門(ゲート)>によって前方に出現した武人建御雷……モモンガの手持ち装備で、そこそこ似合いそうな衣服と革鎧を着用中……らを見て、セバスと共に降車している。

 そして、ひとしきり武人建御雷の合流を喜ぶと、シャルティアとソリュシャンを並んで立たせてから、先にシャルティアを褒めた。我が子(自分の創造物)を先に褒めなかったのは、立場的にシャルティアの方が上であることと、よその子を先に褒めるべきという考えからだ。

 

(ソリュシャンは、後で幾らでも褒められますからねぇ)

 

「シャルティア。良くやってくれました。そこに居るブレインという武技使いのことも聞きましたが、大手柄ですよ。シャルティアの目から見れば弱い者でしょうが、現地で有名な武技使いともなれば大収穫です。きっとモモンガさんから、改めてお褒めの言葉と褒美があることでしょう」

 

 人化したままのヘロヘロが満足そうに言うと、シャルティアは恐れ入って「もったいないことでありんす!」と首を横に振った。だが、仕事の成果には褒美があって然るべきだ。少なくともブラック企業で苦労をしたヘロヘロは、痛いほどそう感じている。

 

「ソリュシャンも良くやってくれましたね。シャルティアの<伝言(メッセージ)>でも聞きましたが、貴女の特殊技術(スキル)が役に立ったそうで。創造主の私としても、鼻が高いです。……王都に着いたら一緒に食事にでも行きますかね?」

 

 褒美のようでいて、デートのお誘いにしか聞こえない。

 端で聞く建御雷は目を丸くしたが、ヘロヘロは飄々としていた。

 

「そ、そんな……もったい……いえ、喜んで御一緒させて頂きます」

 

 ソリュシャンは一瞬遠慮しかけ、すぐに返答内容を変えている。これはヘロヘロとシャルティアの会話を見ていたからだ。不要な遠慮は、ヘロヘロの気分を害しかねないと判断したのである。

 一方、シャルティアは、至高の御方との事実上のデート……それをソリュシャンがすることとなって嫉妬した。だが、その至高の御方というのがソリュシャンの創造主であることで嫉妬心を引っ込めている。

 

(なんと言うか、被創造物の特権と言うか……。ああ、ペロロンチーノ様ぁ。私もペロロンチーノ様とお食事デート、してみたいでありんすえ~)

 

「ヘロヘロさんよ。俺は、これからナザリックへ行くんだが……。例のアレ、ヘロヘロさんや弐式、それにタブラさんはどうしたんだい?」

 

 シャルティアが物思いにふけってるのを横目に、建御雷はヘロヘロに問いかける。

 主語がボカされた解りづらい問いかけだったが、ヘロヘロにはピンと来るものがあった。もちろん、内容も把握できている。

 

「アレですか。アレなら、今のところ私は成功、弐式さんも成功。タブラさんは……三人目ということもあってか、モモン……おっと、アインズさんに阻止されてますね」

 

 言いつつヘロヘロは片目を少し開け、ニヤリと笑った。建御雷はと言うと、顎下に手をやって難しそうな顔をする。

 

「タブラさんが、阻止……ねぇ。じゃあ、俺がやる時は作戦が必要だな。弐式と相談しなくちゃ」

 

 そう言って夜空を仰ぎ見た建御雷は、ふとヘロヘロを見下ろした。そこに居るのは古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)ではなく、小柄ではあるがガッシリした体型の男だ。

 

「モンクの装備か……。こっちにきてから驚くことばかりだぜ。モモ……ギルド長はアインズ・ウール・ゴウンを名乗ってるし、ヘロヘロさんは人化なんてことができてる。それ、人化アイテムの効果かい?」

 

「いいえ。私や弐式さん、それにタブラさんは自分の意思で人化が出来るようになってました。理由は不明ですけどね。建御雷さんはどうです?」

 

「俺? そうだなぁ……」

 

 言われた建御雷は、ヘロヘロのレクチャーを受けて人化しようとした。だが、それができない。最初は苦笑いしていたヘロヘロも、暫く立ってから表情を硬くしている。

 

「建御雷さん、人化……できないんですね」

 

「どうもそうみたいだ。けど……何かあったかい? ヘロヘロさん?」      

 

 建御雷は人化ができない。そう言ったヘロヘロの口調には妙な響きがあった。できないことに対する蔑みではない。何か気がかりなことがある。そんなニュアンスだった。

 

「いえね。例のユグドラシル最終日の集会なんですけど、あそこから異世界転移したギルメンで、モモンガさんと合流を果たしたのは建御雷さんで四人目です」

 

「うん」

 

「直近で転移合流したタブラさんまでは、アイテム無しで人化ができていたのですが……」

 

 今回、合流できた武人建御雷はアイテム無しの人化ができない。それはユグドラシル時代のままと言えば、そうなのだが、ヘロヘロには何か腑に落ちないものがあった。

 

「弐式さんは一部装備を何故か所有したままで、タブラさんは後で聞きましたが、ほぼ丸腰に近い状態だったようです。人化はできたようですがね。そして、今回の建御雷さんは、完全素っ裸に人化不可能ときました……。何かあると思いませんか?」

 

「言われてみりゃあ、そうなのかな……。いや……わかんねぇな。俺は小難しいこたぁサッパリだ」

 

 建御雷は考えることを即座に放棄する。

 こういうことは、モモンガやタブラに任せておけば良いのだ。軍師と呼ばれたギルメン、ぷにっと萌えが加わったら万全だが……。

 

「そういや例の集会場に、ぷにっと萌えさんは居たっけ? ……居たな。隅っこで、一人で考え込んでたか……」

 

 当時の情景を思い起こしながら、建御雷は、ぷにっと萌えの合流を願ってやまない。強さはユグドラシル時代のまま。魔法も使えて、ナザリック地下大墳墓があってアイテムもある。条件としては相当に良いはずだが、それでも異世界で生きていくというのは不安が大きい。幸いなことに話の通じる人間種、その他の生物は居るらしいが……であればこそ、ぷにっと萌えの知略は必要だった。

 

(モモンガさんも楽できるだろうになぁ)

 

 今はタブラが居るだけでも、大きく救われている。そのはずだ。

 そして自分はナザリックの前衛職。先頭に立って刀を振り回すのが仕事。やれることを、やるしかないだろう。

 フウと大きく息を吐いた建御雷は、ヘロヘロを見直す。

 

「取りあえず、俺としちゃあアレをやらなくちゃな。ヘロヘロさん。後で時間ができたらモモンガさんや弐式、それにタブラさんとで会おうぜ。まずは玉座の間で集合だな」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガが、新たに加わった武人建御雷を含めたギルメン達と集会する時間。それは思いのほか早くに確保できている。

 すぐにナザリックへ飛んだ建御雷と、王都へ向けての馬車移動を再開していたヘロヘロは自由な時間があったため、モモンガの都合さえつけば集合できたからだ。

 漆黒の剣らとの護衛任務に戻ったモモンガは、魔法詠唱者(マジックキャスター)モモンとしての行動を再開している。夜が明けてカルネ村に到着した後は、エンリ・エモットとも再会しているが……。

 

「冒険者の魔法詠唱者(マジックキャスター)。人呼んでモモンです。どうぞ、今後ともよろしく」

 

 顔を見るなりモモンガが「自己紹介」したため、エンリは多少面食らっていた。しかし、「そう呼んだ方がいいんですね?」と小声で耳打ちしてくるあたり察しが良いと言えるだろう。その後、「村長さんを呼んできますから! 皆さんは、私の家に行っててくださいね! 場所は、そこに居るンフィ……ーレア・バレアレさんが知ってますからーっ!」と叫ぶなり駆け去ってしまった。

 ンフィーレアの名を出す際、妙な区切り方をエンリがしたのでモモンガと弐式は顔を見合わせた。

 駆け出す前の叫びなので、妙な感じで切れたのか。

 その様にモモンガ達は解釈したのだが、実のところは違う。

 元よりンフィーレアと馴染みのエンリは、彼のことを愛称で『ンフィー』と略して呼ぶのだが、恩人や客人の前で年頃の少年を親しく呼ぶのが、何となく気恥ずかしかったのである。

 もっとも……。

 

(あれ? なんで私、恥ずかしかったんだろ? いつもは他の人の前でも、ンフィーって呼んでるのに……)

 

 少なくとも、モモンガ達に救われる前はそうだった。

 駆けながらエンリは、火照っていく頬を手で擦る。

 身体全体も何となく熱を持っている気がするが、走っているせい……だけでは無いようだった。

 

 一方、エンリの後ろ姿を見送ったモモンガは、「エンリは村長経由で、自分がモモンを名乗ってることを村人に知らせてくれるのだ」と考えている。

 確かに、冒険者をやってるときはモモンと呼ぶようにと今言ったが、村人を救ったり、ニグンの相手をしていたアインズ・ウール・ゴウンとしては、どうなんだろう。

 

(やはり嫉妬マスクでも被っておくべきだったかな? ん~……まあいいか。漫画家の別名義活動のようなものだ)

 

 面倒くさくなったモモンガは、それで通すことにした。いずれ、モモンとアインズ・ウール・ゴウンは同一人物というのが広まって、活動しにくくなるかもしれない。だが、その時はその時だ。再び名を変え、今度は魔法で作り出した鎧を着込んで、戦士として活躍するのも面白いではないか。

 第一、今はギルメン達が続々と集結中である。多少のポカも、笑い話の一つ。そう思えば、気も楽になると言うものだ。

 なお、エンリと出会ってから別れるまでの間、後方でエンリに声をかけようとしていたンフィーレアが、顔を青くしたり赤くしたり大変だった。それが原因かどうか、昼前頃には、弐式とルプスレギナを連れて村を散策しているモモンガのところへンフィーレアが押しかけている。

 彼の用件は、エ・ランテルにある実家薬品店で赤いポーションの持ち込みがあり、それを持ち込み者(ブリタ)に渡したモモンと、何とかつなぎを取っておきたかったこと。それが目的で指名依頼をしたのだと知らされる。

 ンフィーレアは恐縮していたが、コネ作りの一環だと認識したモモンガは気にしていないと笑い飛ばした。

 

「ほう。あのポーションは、それほどに価値があったのかね?」

 

「特筆すべきは、保存性です! 劣化しない回復薬だなんて、初めて見ました!」

 

 鼻息荒く言うンフィーレアを見ながら、「なるほど、その方面の貴重さか」と納得いったモモンは、製法に関してはよく知らないと誤魔化しながら、機材や材料に関しては心当たりがあるので、相談に乗っても良いと返答した。

 ポーション類はナザリックで製造可能だが、材料には限りがある。現地の物資で同等の物が製造可能になるなら、多少の援助は必要な投資であろう。

 これを聞いたンフィーレアは飛び上がらんばかりに驚き喜んだが、すぐにシュンとなっている。

 何があったのか。答えはすぐにンフィーレアの口から漏れ出た。

 エンリ・エモットのことである。

 彼はエンリに想いを寄せているのだ。それは、モモンガが見ても察せるほど態度や言動に表れており、言い換えればエンリが気づいていないのが不思議なほどであった。

 

(しかし、それを何故俺に? ひょっとして、ちょっと前にエンリを意識したことがあるし。彼女も……。ん~、それが原因だったりするのか?)

 

 モモンガは内心照れながら考えたが、ンフィーレアが言うには以前からエンリが気づく様子はなかったとのこと。つまりは友達止まりだ。 

 

(不憫!)

 

 だが重ねて聞いていくと、やはりモモンガが無関係というわけではないとのこと。

 

「モモンさんを見る目。あれは完全に貴方を意識している目でしたよ!」

 

「むう……」

 

 状況の悪化にモモンガが一役買っているとなると、事は『不憫』では済まされない。いや、男女の恋仲などなるようにしかならないのだから、必要以上にモモンガが責任を感じることはないのだろうが……。

 

(俺は俺でアルベドが居るし。ルプスレギナからも告白されてるからな~。でもな~)

 

 純朴かつ一般人。ナザリック的な忠誠心と無縁なエンリは、村娘としては抜きん出た容姿もあってか惜しい存在ではある。モモンガとしてはキープしておけるものなら、そうしたいが、さて……この若者の恋路を邪魔しても良いものだろうか。

 ここまで黙考していたモモンガは、縋るような瞳で見つめてくるンフィーレアに気がついた。

 

(ふむ……。……面倒だな。てゆうか、男二人でエンリが一人なんだから、俺達は俺達で頑張って、後はもうエンリ次第でいいじゃん)

 

 モモンガは考えることを中断する。この場合は放棄、あるいは丸投げと言って良い。

 もっとも、投げたのはンフィーレアの気持ちを慮ることであって、エンリに関しては基本的に諦める気は無かった。

 この点、どうも異世界転移前の自分とは違うようだと、モモンガは思う。

 やはりアルベド達に好意を寄せられていることで、異性関連の自信でもついたのかもしれない。

 

「ンフィーレア君。君はエンリ・エモット嬢に好意を寄せているとのことだが、彼女が誰を好きになるかは彼女次第だと私は思う。彼女のことを想う気持ちがあるなら、精一杯努力し彼女に振り向いて貰えば良い。そして、それでも駄目なら彼女の幸せを祈りつつ、別な方向に目を向けることも大事だろう。私は、そう思うがね」

 

 それはンフィーレアを励まし応援しているようだが、駄目なときは諦めろという意味合いも込められている。

 

「わかり……ました。そ、それでは、これで……」

 

 悟の仮面を着用しているが、今のモモンガは人化中である。にもかかわらず、妙なオーラでも出ていたのだろうか。ンフィーレアは強ばった表情で一、二歩後退すると、その場で一礼した。そして踵を返して駆け出そうとするが、すぐに立ち止まってモモンガを振り返っている。

 

「も、モモンさん! 僕はエンリのことを諦めませんから!」

 

 そう言い残し、今度こそンフィーレア・バレアレは駆け去って行った。

 

「モモンさん~。やるねぇ~……少年の恋路に立ちはだかるとかさ~」

 

「うっ……」

 

 背後から声がかかり、モモンガは肩を揺らす。

 声の主は、ここまで黙って見ていた弐式炎雷だ。その隣では、面白くなさそうな顔のルプスレギナが立っている。

 

「い、いや、弐式さん?」

 

 モモンガは身振り手振りを交えつつ弁明した。

 自分は、自分に好意を持ってくれる人物を大事にしたいし、他人に譲る気はない。そして、アルベドや……そこに居るルプスレギナを蔑ろにする意図もまったくない。 

 

「何て言うんですかね、こう……。俺は我が儘なんですよ。いいな……と思ったことや、物や……それに人ですか。そういったモノを逃したくはないんです」

 

「別に良いんじゃないですか?」

 

 幾分、重い気分で喋っていたモモンガに対し、弐式はアッケラカンと言い放った。

 欲しいものは欲しい。当たり前の感情だ。

 今回、欲しいモノがエンリ・エモットで、ライバルとしてンフィーレア・バレアレが居るのなら、蹴散らして勝ち取れば良い。

 アルベドにルプスレギナ、そしてエンリ。

 この先、数が増えるかもしれないが、ここは元居た現実(リアル)ではないし、今のアインズ・ウール・ゴウン所属者は、恐らく色々なことが許される……いや、可能とできる『実力者』なのだ。

 

「別に良いじゃないですか。モモンガさんは、もう少しやりたいと思ったことをやるべきですよ」

 

「弐式さん……」

 

 思いも寄らなかったギルメンからの応援の声。モモンガは胸が熱くなるのを感じたが……。

 

「でも……たっちさんや、やまいこさん。後から来る人に叱られない程度にしてくださいね!」

 

「……はい。わかりました……」

 

 釘を刺されてしまった。

 しかし、モモンガの心は幾分か軽くなっている。

 今聞いた弐式の言葉を忘れないように、もう少し、そう少しだけやりたいようにやってみよう。

 そう思ったモモンガは、ルプスレギナがジッと見てきていることに気づいた。

 表情がいつになく硬いが、それはそうだろうとモモンガは思う。

 思い人であるモモンガが、人間の女に気があるようなことを言ったのだ。気にしないはずがない。

 身体ごと振り返ってモモンガが歩み寄ると、ルプスレギナはビクリと身体を揺らした。

 

(怯えてる? 俺が何を言うと思ってるんだ?)

 

 内心苦笑するが、顔に出して笑うわけにはいかないだろう。自分はルプスレギナから責められるべき立場なのだから。

 彼女の傍らでは弐式炎雷が立っているが、敢えて何も言おうとはしない。

 モモンガは一つ頷くと、少し前屈みになってルプスレギナに話しかけた。

 

「そんなわけだ。すまないな、ルプスレギナ。弐式さんにも言ったが、どうも私は我が儘で……。幻滅したかな?」

 

 NPCだ忠誠心だと言っても、ルプスレギナも一人の女性だ。意中の男が他の女に手を出そうとする姿は、見ていて気持ちが良いものではないはず。

 モモンガは申し訳なさ全開で問いかけたが、モモンガの心配をよそに、ルプスレギナはブンブンと首を横に振った。

 

「幻滅なんて、とんでもないです! も、あ、モモンさんは一人の女で務まるような存在じゃなくて! わ、私、精一杯頑張りますから! 人間の女になんか負けませんから!」

 

 いったい何を頑張るつもりなのだろう。

 だが、真剣な表情で言うルプスレギナには悪いが、モモンガは噴き出したい気持ちになった。

 自然と手が動き、ルプスレギナの頭部……帽子の上へと置かれる。

 次いで取った行動は、可能な限り優しく撫でることだ。

 

 クウ~~ン。

 

 犬が甘えるような声が聞こえたような気がする。モモンガは小首を傾げながらルプスレギナに言った。

 

「嬉しいな。大いに嬉しいとも。ルプスレギナ。この先、何かと面倒な思いをさせるだろうが、こんな私……いや、俺を見捨てないで欲しいものだ」

 

「見捨てるどころか、一生ついて行くっす!」

 

 即答である。

 ただ、フォローのつもりか本心か、アルベドにも優しくして欲しい的なことをルプスレギナは付け加えていた。

 モモンガとしても、元よりそのつもりである。

 自信を持って「もちろんだ」と答えたところ、ルプスレギナはこの上なく上機嫌となった。もしもスカートの後ろから尻尾が生えていたら、ブンブンと振っていたことだろう。

 

「……さ、さて……と。弐式さん、いつまでもニヤニヤしてないで。この後の予定ってどうでしたか?」

 

「くっくっくっ。悪い悪い。ああ、その件で俺から報告がありまして。今日のところは、ンフィーレア君が一人で村回りの薬草を採るそうです。本格的に森へ入るのは明日にしたいそうで……」

 

 元々は、カルネ村に着くなり森へ入って薬草採取する予定だった。それが変わったのは、思ったよりも早くカルネ村に着いたから。二日に分けて遠近の薬草を採取したくなったらしい。

 この依頼期間の延長を請けた場合、漆黒や漆黒の剣としては拘束時間が一日ほど延びることになる。

 

「追加料金を出すので、なんとか依頼期間を延長して欲しいんだってさ。どうやら早朝に森に入って、がっつり採取したいみたい。漆黒の剣は請けるつもりらしいけど……俺達はどうします?」

 

 モモンガとしては問題ない、漆黒の剣もそうらしいが、他に依頼を抱えているわけでもないのだ。ただ、気になるのは先程まで一緒に居たンフィーレアが、何故この話をしなかったかだが……。

 

「先に俺が聞いてましたし、ほらポーションやエンリちゃんのことで気が回らなかったんじゃないすか?」

 

「なるほど。じゃあ、依頼期間の延長は請けることにしますか」

 

 なお、宿泊先は、スレイン法国の襲撃に遭って一家全滅した家などが貸し出されていた。

 縁起でもないと思うところだが、野宿するよりは遙かにマシだ。

 その後、モモンガは夕刻まで弐式達や漆黒の剣と共に、村を見回ったり、外縁部で薬草採取するンフィーレアの手伝いをしたりした。ンフィーレアは、本格的に手伝って貰うのは明日だと恐縮していたが、することがなくて暇なのである。

 その際、『薬草採取』の特殊技能(スキル)が無いモモンガでは、事前にサンプル付きで見た目を教わっていても、薬草の採取ができないという事実が判明しており、モモンガと弐式を驚愕させている。

 そして夕刻……。

 

「ふむ。これが今晩の宿か……。普通の民家だな……」

 

 先頭に立って家に入ったモモンガは、質素とも言える屋内を見回している。

 かまどにテーブル。そして幾つかの椅子。壁には木製の棚が備え付けられており、皿や小物が載せられていた。奥には寝室らしき部屋も見える。だが、今晩はここで過ごすわけではない。

 クルリと振り返ったモモンガは、朗らかな表情で弐式に言う。

 

「では、戻りますか!」 

 

「ああ、モモンガさん! 戻ろう! ナザリックに!」

 

 モモンガもそうだが、弐式の声からも嬉しさが滲み出ていた。

 外で活動するのは楽しい。珍しいものを見るのだって最高だ。しかし、自分達の家はあくまでもナザリック地下大墳墓。

 そこへ戻るのが何とも心躍るのである。

 今回は、武人建御雷の帰還を宣言し祝うのが目的であるから、一度、主立った者全員が戻ることになる。ルプスレギナも、そして馬車移動を続けているヘロヘロ班もだ。

 ヘロヘロ達は別にして、モモンガの方は冒険依頼の遂行中だから、この家の中には『代わり』が必要となる。そこで、死を撒く剣団の洞窟へモモンガが赴いた際の手段が使われることとなった。

 そう、ドッペルゲンガーを呼び、モモンガ達を演じさせるのだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 そうして今、モモンガはナザリック地下大墳墓……その玉座の間に居る。両脇を固めるのは、左にヘロヘロとタブラ・スマラグディナ。右側に弐式炎雷。

 真正面には、ゆったりとした着物を着た武人建御雷が居た。

 居合わせているギルメンは、建御雷を含めて全員が異形種の状態だ。

 

「弐式さん……」

 

「なんでしょう、モモンガさん?」

 

 強張った声でモモンガが弐式を呼び、上機嫌の弐式が返事をする。

 最初は建御雷を見ながら言ったモモンガだが、すぐに我慢ができなくなって上体を捻り、弐式を見上げた。そして骸骨顔の下顎をガパッと下ろし、思うところを述べる。

 

「今、すっごい既視感(デジャブー)な気分なんですけど!?」

 

「モモンガさん」

 

 モモンガの叫びに答えたのは弐式ではなく、左方の…ヘロヘロより向こうに居るタブラだった。

 

「言いたいことはわかります。が、既視感(デジャブー)とは、見たことのない光景を過去に見た覚えがあると錯覚することですよ。意味を取り違えていますね」 

 

「適切な解説、ありがとうございます! って、そうじゃなくてですね!」

 

 突っ込むモモンガの中で、これはマズい状況だと警鐘が鳴る。

 以前、ほぼ同じ状況で弐式炎雷が土下座をしたが、そうすると、この後に来るのは武人建御雷の土下座だ。

 ユグドラシルの最終日。最後の日ぐらいは皆で遊びませんか。

 そういったモモンガのメールに応えられなかったことを、ギルメンの多くは心から申し訳なく思っている。その申し訳なさから行われるのが土下座だ。

 気持ちはありがたいし嬉しくも思う。しかし、しかしである。

 合流するギルメンらが、一人の例外もなくモモンガに土下座して謝罪しようとするのは本当に勘弁して欲しい。正直、される側のモモンガとしては、居たたまれない気分になることおびただしいのだ。何とかして阻止したいが、今のところ、土下座を阻止できたのは前回のタブラ・スマラグディナのみ。

 

「モモンガさん……」

 

 聞こえた声に正面を振り向くと、いつの間にか建御雷が跪いていた。

 モモンガの時間が一瞬停止する。意識が白くなったと言うべきだろうか。

 

(はっ! いけない! 建御雷さんを止めなければ!)

 

 この際、動作を邪魔できるのなら何だっていい。そうだ、<火球(ファイヤーボール)>で吹き飛ばすのはどうだろうか。魔法によって威力拡大すれば、建御雷だとて平気では居られないはず。

 モモンガは魔法を使うべく咄嗟に腕を伸ばそうとしたが、ここで石のように身体が硬直した。

 

「う、動けない!? これは拘束? 馬鹿な! 移動困難状態は、アイテムで完全に耐性を付けているぞ!? いったい……」

 

「不動金縛りの術だよ。モモンガさん」

 

 その声は弐式の物だ。

 目の端で弐式を睨み挙げると、彼は破損したアイテムを手に持ちフリフリ振って見せている。

 

「しかも、課金アイテム使用バージョン」 

 

「こんなことで、課金アイテムを使っちゃうんですか!?」

 

 使用すると大きな恩恵を得られる課金アイテム。それらは、もはや補充ができないと言うのに。いったい何をやっているのか。色んな意味で目を剥いたモモンガであるが、その彼の聴覚を建御雷の声が揺さぶった。

 

「モモンガさん。最終日にナザリックへ行けなくて、本当にすみませんでした……」

 

 スウッと流れるような動作で建御雷が土下座する。

 一分の隙も無い、まさに『武人』が行う土下座だ。

 

「ぐっ……」

 

 既に土下座は成された後なので、諦めたモモンガは肩の力を抜く。

 

「はあ~あ。阻止できなかったか……。もう、気にしていませんとも。建御……」

 

 表情を和らげ話しかけようとするモモンガだったが、その彼の言葉を、続く建御雷の声が遮った。

 

「そしてぇっ!」

 

 いったん袖内へ腕を引っ込めたかと思うと、すぐさま胸元より腕を出し、建御雷は着物の前を大きく開いた。現れたのは、白装束だ。

 

「なあっ!? た、建やん!?」

 

 これは弐式も予想外だったようで、声が裏返っている。慌てているのはヘロヘロやタブラも同様だ。モモンガが視線を巡らせると、二人してオロオロする姿が見えた。

 

「モモンガさん! 見ていてくれよ! これから腹ぁかっさばいて詫びを入れるからなぁ!」

 

 何やらとんでもないことを口走りだしたので、モモンガは弐式に向けて叫ぶ。

 

「弐式さん! 今使った課金アイテムの金縛りを早くぅ!」

 

「うおおおおおお! 不動金縛りの術ぅうううう!」

 

「うぐっ!?」

 

 幸運にも効果があった。と言うより、耐性を有するアイテムを持ち合わせていなかった建御雷の動きが止まった。

 その後、モモンガとタブラの<火球(ファイヤーボール)>によって建御雷が吹き飛ばされ、割腹自決どころではなくなった彼に対し、モモンガによる長時間説教が展開されるのだった。

 




 今回、土下座シーンまで辿り着きたかったので、ハムスケの辺りを端折ったりしています。

 あと、原作とは時系列が少しズレていたりします。
 ブリタ達の、死を撒く剣団隠れ家への到達が早まってる感じ。
 これはエ・ランテルでクレマンティーヌが殺人行為をしていないこと。カジットの死の螺旋が進捗していないこと。これらのことから冒険者組合に余裕が出ていたことに寄ります。
 しかし、「史実では、こうなのだが……」とか書けなくて、本文のような感じになっています。

 そうそう、それと死を撒く剣団の後始末にかかる冒険者組合の態度ですが。
 綺麗な死体ばかり転がってるのに、仲間割れ扱い?
 という御意見を感想でいただきました。
 返信でも書きましたが、よく調べてもわからないし、剣団が居なくなったんだから、取りあえずはそれで良し。
 みたいな判断を、面倒くさがったラケシルあたりがした……ような感じです。
 調べるのが面倒な不審死は自殺扱い……。
 なんてのは日本でもよく聞きますし、そんな感じで。

<誤字報告>

のんココさん、ありがとうございます。

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