オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第25話

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

 

「つまりですね。こう、玉座の間でモモンガさんと対面したとき。土下座しなくちゃ……と。使命感のようなモノを感じちゃったわけです」

 

 武人建御雷は今、腕組みして立つモモンガとその他、タブラ・スマラグディナ、ヘロヘロ、弐式炎雷らを前に正座していた。ちなみにモモンガ達は人化した状態である。

 建御雷の口調が妙に丁寧なものとなっているが、これは割腹自決を阻止するべく、モモンガとタブラから<火球(ファイヤーボール)>を受けたこと。落ち着きを取り戻したところへ、モモンガから小一時間ばかり説教されたことによる。

 

「使命感……って」

 

 モモンガは呆れたように呟くが、ササッと視線を左右に振り向けるとヘロヘロ達が頷き合っているのが見えた。

 

「わかる。わかるぜ、建やん……」

 

「わかられても困るんですけどね。主に俺が。と言うか、だったら切腹しようとしたアレは何だったんですか?」

 

 まるで理解が及ばないモモンガが問うたところ、建御雷からは「ああ、あれは俺の趣味。詫び入れるときに腹とか切ってみたかったんだよ」という解答があった。

 これには親友たる弐式も呆れたが、ここがユグドラシルではない現実の異世界だということを知った上での発言であり、武人建御雷の並々ならぬ覚悟が……。

 

「知れるわけないでしょーが。怪我して死んじゃうことだってあるんですから。もうちょっと真面目にやってください。それと! 異形種化の影響が出てるかもしれないので、後でパンドラに言って人化の腕輪を持って来させますから。ちゃんと使ってくださいね?」

 

「はい……」

 

 これ以上の説教は勘弁と、建御雷が素直に返事をする。

 が、すぐに一息吐いて立ち上がると、懐かしそうに玉座の間を見回した。視線を上げれば壁にはギルメン達の旗が並び、その中に彼自身の旗もかけられている。

 

「取りあえず……今、どんな感じになっているのか。俺に教えてくんねっすか? モモンガさん」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 話し合いの場は、円卓の間へと移った。

 立ち話もなんだから移動しよう……とモモンガが提案したのであるが、建御雷が懐かしそうにしているのは当然として、何故かモモンガも懐かしく思っている。

 つい先日、ユグドラシル最後の日にヘロヘロや、その他何人かと会った。その際に、この円卓の間が使用されており、転移後にもヘロヘロ達と使用しているのだが……。

 

(なのに懐かしい……。なんでだろう?)

 

 正面及び左右を見回すと、ヘロヘロ達が自分の決められた席に着いている。それを見たモモンガは「ああ、そうか……」と一人納得した。

 多人数が居る状態で、この円卓の間を使用するのが久しぶりだからだ。

 現時点では、自分を入れて五人が席に着いている。

 

(また、あの頃のように。この円卓の間で、このナザリックで……みんなと……)

 

「どうかしたんすか? モモンガさん?」

 

 テーブル上で片肘を突いた弐式が、身を乗り出すようにして聞いてきた。他方では、ヘロヘロが腕を組み「モモンガさんは、人間の冒険者と行動を共にしてましたからね。気疲れしているんでしょう。たぶんですけど」などと言いながら二度、三度頷いている。

 

「ちょ、ヘロヘロさん。そのモモンガさんに、俺は同行してるんですけど?」

 

「まあアレよ。弐式は他人と行動してるからって、気疲れする性分じゃないからな」

 

 声のした方をモモンガが見ると、建御雷が弐式の方を見てガハハと笑っていた。

 

「建やん、それはヒドい。俺だって繊細なところはあるんだからな!」 

 

「お前の口から『繊細』なんて言葉が出たら、『繊細』が恥ずかしさのあまり家出しちまうよ」

 

 言い草の(ひど)さに、新たな(ひど)さが積み重なった。だが、弐式は膨れっ面になるだけで怒ったりはしていない。このあたりの様子は、建御雷と弐式の付き合いの深さを示していると言える。

 

「それで、モモンガさん。気疲れの方は大丈夫なんですか?」

 

 頭髪を短く刈り込んだ渋めのオジ様。そんな姿になったタブラが、ヘロヘロ達を放置して声がけしてきた。

 

「えっ? はいっ!」

 

 ここでモモンガは我に返っている。 

 一連のギルメン達の会話。これはモモンガが一人で円卓の間に入り、ギルド長席に腰掛けている。……と、そんな情けなくも悲しい状況で生じた妄想ではない。

 現にギルメン達が、ここに居て軽口を叩き合い、そしてモモンガに話しかけてきているのだ。

 感極まったモモンガは、人化中であるため留まることを知らない感動に酔いしれる。

 

(ヤバいな。意識が飛びそうだ……。マジでヤバい……)

 

 この意識が飛ぶというのは、感動のあまり周りの状況が見えなくなったり、他人の声が耳に入らない状態になることを言う。

 

(時折、異形種化して精神の安定を図った方が良いのかもしれないな。贅沢な悩みだよ。ほんと……アンデッド特性の精神の安定化って、本当に便利)

 

 自身の種族特性を見直しつつ、モモンガはタブラに「いやあ、少し考え事をしてました」と上機嫌で言い訳した。そして誤魔化すべく、軽く咳払いをする。と……それにより皆がモモンガに注目した。

 まず、何を話すべきだろうか。ここは建御雷が言っていたように現状の説明だろうとモモンガは考える。続いて、建御雷の転移後世界にて残留するかどうかの確認。他にも幾つか話すべき事はあるはずで、それらを夜明け前までに終えて、モモンガ達は、カルネ村の借宿に戻らなくてはならない。現地にはドッペルゲンガーを三体残してきたが、いつまでも身代わりさせるのは難しいのである。

 

「では、建御雷さん。現状について説明しますので、一通り聞いてください」

 

 その様に前置きをして、モモンガは語り出す。

 自分達が、ナザリック地下大墳墓と共に転移して来た経緯と順番。NPCらの高すぎて重すぎる忠誠心。息抜きを求めて情報収集がてら、二班に分けて外部行動中であること。

 

「あ、それとブレインって人は、ルプスレギナをつけてカルネ村へ送っておきました。建御雷さんの、お気に入りでしたっけ?」

 

「武技使いの面白い奴だ。まあ弐式とは方向性が違うんだが、気も合う感じだな。モモンガさんも気に入ると思うぜ? ちなみに武技を一つ教わったんだ。斬撃ってやつなんだが」

 

 建御雷としては何気ない話題の一つであったが、モモンガにしてみれば大きな情報だった。

 この世界における武技とは、戦士系職の技だか特殊技術(スキル)だかのようなもので、気力や精神力を消費して繰り出すものだ。ユグドラシルには無かったものだが、それをモモンガ達が修得できるとなると、ナザリックの戦力強化が図れるのではないか。

 自然、モモンガの視線がタブラを向いたが、タブラの方でもモモンガを見ている。

 

「この中では建御雷さんに、弐式さん。ヘロヘロさんなんかが武技修得役として向いてるでしょうね。戦士化の魔法を使えば、私やモモンガさんも武技修得が可能かも知れません」

 

「え? 俺もですか?」

 

 そこまで考えてなかったモモンガは自分を指差したが、タブラは頷いて見せた。

 ただし、生者のタブラと死者のモモンガでは差があるかもしれないし、戦士化して修得した武技が元に戻った状態でも使用可能かどうか。検証すべきことは多いと彼は言う。

 

「夢が膨らみますねぇ~」

 

「ええ、本当に」

 

 朗らかにモモンガが言うと、タブラもニッコリ微笑みながら頷いた。

 その後、モモンガ達は玉座に主だったNPCを集め、武人建御雷の帰還報告を行うこと。その場で、シャルティアとソリュシャン、同行していた吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)に対して褒美を与えること等を話し合っている。

 

「それと連れてきた人間の彼……。ブレインについては建御雷さん預かりで、武技の教官として働いて貰う……ってことで良いですか?」

 

 給金は当然支払うとして、この世界の手持ち通貨は不足気味なのが問題だ。暫くは衣食住の保障と、必要に応じてアイテムなどの現物支給で対処するべきだろう。

 

「いいぜ、モモンガさん。奴の住むところはカルネ村にして、ナザリックには通いってことでいいかな。確か転移のアイテムがあったろ?」

 

 建御雷が記憶を掘り起こしながら提案した。

 確かに、その様なアイテムは存在するが、一足飛びでナザリック内へ転移というのは危険だとタブラが意見する。

 

「敵対的なプレイヤーに盗まれたら大ごとですから。できればナザリックの近くに飛ばして、そこでワンクッション置きたいですよね」

 

「そう言われると確かに危ないかもですね」

 

 タブラの意見を聞いたモモンガは、下顎を親指と人差し指の第二関節で摘まむようにして思案した。

 

「では、会社組織で言う、受付窓口のようなものを設けてはどうでしょうか?」

 

 モモンガの考えとは、ナザリック地下墳墓の外壁入口付近に小屋のようなものを建てる。そこにNPCを配置し、ブレインをカルネ村からアイテムで転移させ、小屋内で別設置したアイテムによりナザリック内へ入る……と。このような寸法だ。

 

「これなら、普段の来客にも対応できますし。悪くない案だと思うんですけど?」

 

「俺は良いと思いますよ」

 

 ヘロヘロがニコニコしながら挙手する。

 今のモモンガ案だと、カルネ村の転移アイテムを盗まれたとしても、設定された転移先はナザリックの外なのだから、すぐに危ない事にはならない。

 

「タブラさんは、どう思います?」

 

「ヘロヘロさん、私も賛成です。モモンガさんの名案だと思いますよ。カルネ村設置の転移アイテムには、盗難対策を山盛り施したいですねぇ。仲間相手には出来ないような効果実験をしたいですし」

 

 タブラも賛同したことで、室内にはモモンガ案に賛成する空気が構築された。それに乗った弐式が「防犯アイテムなら、俺の忍者コレクションから幾つか出しますよ。追跡する系と、取っ捕まえる系のどっちがいいですかね?」と提案し、建御雷が「強そうな奴が引っかかったら、闘技場に連行してPVPやってみたいなぁ。あ、俺は元の世界に戻る気とかねーから。念のために言っておくな」等と、とても重要なことを織り交ぜて呟いている。

 

(うわあ。やっぱり良いな。これ。これを何年も求めてたんだよ。俺は……)

 

 次々にギルメンらがアイデアを出していく。それに伴い会話が広がっていく。

 モモンガは再び多幸感に包まれかけたが、今度は頭を振って気を取り直した。こうした感動は、これから幾度でも味わえるのだ。

 今の自分がしなくてはならないこと。それは感動に浸ったりすることではない。アインズ・ウール・ゴウンのギルド長として、話を纏め……。

 

(あれ? ギルド長?)

 

 モモンガは僅かに視線を落とすと、小首を傾げた。

 自分がギルド長だったのは、ユグドラシル時代のことだ。

 ここは元の現実(リアル)ではないが、転移後世界の現実(リアル)である。となれば、お遊びでもゲームでもなく、生き死にが掛かったこの状況で自分などがギルド長を務めていて良いのだろうか。

 ヘロヘロや弐式は、極自然に自分をギルド長として接してくれているが、少し前に合流したタブラや、今日合流した建御雷などはどう思っているのか。

 気になった……と言うよりも不安になったモモンガは、まだワイワイ騒いでいるヘロヘロ達に尋ねた。

 ある程度人数も集まってきたことだし、ゲームではない現実世界で組織を運営して行くには、自分では力不足ではないか。誰か……例えば、タブラなどがギルド長をやるべきではないか……と。

 これをモモンガが言い、聞き終えた直後。ギルメン達が発した言葉は、次のようなものだった。

 

「何言ってんですか。モモンガさんが取り纏めてくれてるからこそ、俺はソリュシャンだ~、メイドだ~って言ってられるんですよ?」

 

「俺は忍者ですけど。頭領って柄じゃないんですよね~。モモンガさんの力量は知ってますから。ドンと構えていてくださいな」

 

「弐式の言うとおりだ。そもそも頭を使って気も遣ってなんて、俺には無理。そういうのはモモンガさんじゃないと。まあ出来る範囲で支えっからさ。面倒な奴が居たら、俺がバッサリやってやるし」

 

「建御雷さんが良いこと言いましたよ。御指名いただいて嬉しくは思いますし、ある程度はこなせると思うんですけど。そういうことじゃないんですよね。今居るメンバー……いや、かつてのアインズ・ウール・ゴウン四一人の中で、モモンガさんが最も適任なんです。ですから、気にしないでギルド長を続けてください」

 

 全員が全員とも、モモンガさんが適任だから任せた……と言う。

 何だか押しつけられている感があるが、誰も引き受けたがらないのでは自分がやるしかない。

 

「満場一致ですか……。やれやれ、皆の期待を裏切るわけにもいきませんし。引き続きギルド長を務めさせて貰うとしますよ」

 

 苦笑交じりに言うと、弐式がシリアスな声で「(モモンガ)が死ぬか。他に適任者が現れるまで!」と言い、そこへ建御雷が「(モモンガ)が死ぬか……って、モモンガさん、アンデッドじゃねーかよ!」と突っ込んだ。続けて、ヘロヘロが「じゃあ、永世ギルド長ですね!」と言ってオチを付け、皆が爆笑する。

 見れば、タブラも肩を揺らしながら笑っていた。

 この様子を、モモンガは呆気に取られながら見ている。そして、悩むのが馬鹿らしくなってきた彼は、ほんのチョッピリ不満そうに……。

 

「……定年退職とか無いんですかね?」

 

 と言い、それを聞いたギルメンらが再び爆笑するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ひとしきり笑い終えた後で、タブラが咳払いをする。

 

「まあ、真面目な話。他の誰が転移して来ても、自分がモモンガさんに代わってトップに立つ……とか、言い出す人は居ないでしょうね。モモンガさんが転移して来ていないなら話は別ですけど」

 

 タブラの意見に、モモンガ以外の皆が頷く。

 モモンガとしては「そうなのかなぁ」程度にしか思わなかったが、真面目な話だと前置きした上でタブラが言うのだから、きっとそうなのだろう。

 

「おっと、そうだ。建御雷さんにも言っておかなくちゃ……」

 

 モモンガは先程までは内向きの話がほとんどだったため、すっかり忘れていたことを話題に出した。

 ナザリック地下大墳墓の維持費確保を目的とした……世界征服である。

 もっとも、手始めにエ・ランテル支配を目論んでいるのみで、後は漠然としたものだ。ウルベルトなど「ユグドラシルの世界一つでも征服してやろう」と言っていた面々を思い出してのことだったが、建御雷はすぐにピンときたらしい。

 

「ウルベルトさん達のアレか……。いいんじゃねぇの?」

 

 反対する気は無いとのこと。加えてモモンガが、正面決戦は最低限に抑えて、内側から手を伸ばすつもりだと言うと、意外にも建御雷は気に入ったようだ。

 

「建やんなら、ドンパチやらねぇのか……とか言って、ガッカリするかと思ったんだけどな」

 

 弐式が指摘し、それを聞いた建御雷は身を揺すって笑う。

 この世界の強者が良くてブレイン程度なら、たかが知れている。雑魚を蹴散らして無双するのも面白いかもしれないが、そればかりだと飽きてしまうのだ。

 

「俺としちゃあ、見どころのある強い奴と戦ってみたいからなぁ。ブレインよりも、もっと強い奴。居るかも知れねえだろ? ところで……そのエ・ランテル支配ってのは、どの程度進んでるんだい?」 

 

 何気ない一言。

 だが、そこで円卓の間内の空気が固まった。

 エ・ランテル支配の進捗状況。

 それを知る者が、モモンガを始めとして誰も居なかったのである。

 

「……モモンガさん?」

 

 皆が黙しているので、建御雷がモモンガに問う。何故なら、モモンガがギルド長だからだ。

 一方、ギルド長様たるモモンガは額に大汗している。着用中の悟の仮面は、地顔の発汗を再現できる優れもの。なので、モモンガの焦り様は、ギルメンの目に明らかな状態であった。

 

「い、いや、実は……ですね。デミウルゴスに任せきりで……」

 

「ほう、デミウルゴス……。ウルベルトさんのNPCで、すっごい頭が良い設定だったっけ? ……相当な悪寄りの設定だったってのも記憶してるけどよ」

 

 そう、デミウルゴスは悪だ。悪魔であって、その上……悪なのだ。

 デミウルゴスに概ね丸投げしたモモンガであるが、一応、残虐非道なことはせず、スマートな内部侵食型の侵略を指示したつもりである。

 ただ、指示してからそれほど日数が経過していないことと、数日おきにギルメンが合流するので、つい現状確認を怠っていたのだ。

 よって建御雷を除いた全員の脳裏を、ある疑問が通過していく……。

 

(……今、どうなってるんだろう……)

 

 聞いて確認するのが怖い。だが、聞かないわけにはいかない。

 

「と、取りあえず、玉座の間に階層守護者達と戦闘メイド(プレアデス)。その他何人かですかね。皆を呼んで建御雷さんの帰還を知らせましょう。そこで、デミウルゴスに現況報告させる……と。これでどうでしょう?」

 

 落ち着きなさげにモモンガが提案すると、全員が異議無しと返答した。

 

(良かった。満場一致か……)

 

 ゼハァッと息を吐くが、やはり悟の仮面着用中なので顔に出てしまう。それを見たタブラが苦笑すると、にこやかに話しかけてきた。

 

「他に選択肢も無いですしね。と言うか、モモンガさん。そんなに緊張しなくて良いですよ。モモンガさんはギルド長ですけど、何でも一人で回すってことじゃないですし。今は私らも一緒なんですから。困ったときは聞いて相談してくださいな」

 

「タブラさん……」

 

 ふと見ると建御雷と弐式が「んだんだ、タブラさんの言うと~り!」と頷いている。ヘロヘロなどは「俺も相談に乗りますよ! メイドのことなら任せてください!」と張りきっているが、本気かどうかはともかく乗り気で居てくれるのはありがたい。

 

「さて、こんなところですかね。思ったより時間を取りませんでしたが、玉座の間へ移動して階層守護者達や他のNPCを呼びますか」 

 

 そうモモンガが告げると皆が席を立った。いや、立たなかった者が一人居る。

 ザ・ニンジャ。弐式炎雷である。彼は座ったまま右手で挙手していた。

 

「弐式さん? 何か議題が残ってましたっけ? 急ぎの案件でないなら後日で……」

 

 何やら嫌な予感がする。

 まだ時間に余裕があるにも拘わらず、モモンガは弐式の挙手を流そうとした。そして、この態度に建御雷らが首を傾げている。いつものモモンガらしくない……と。

 

 ……。

 

 ……ニヤリ……。

 

 席を立っていた建御雷達が悪い笑みを浮かべて、自分の席に座り直した。

 

「ちょ、皆さん!?」

 

「まあまあ、モモンガさん。まだ時間はあるんだろ? 弐式が何かあるって言うんだから、ここは一つ聞いてみようじゃねーか」

 

「建御雷さんに同じです~。そんな風にモモンガさんがキョドる時って、ネタ的に面白いことが多いんですよね~」

 

 建御雷とヘロヘロは、モモンガ的に嫌な期待感を込めてニヤニヤしている。

 

「た、タブラしゃん?」

 

 モモンガは、すでに座り直しているタブラに救いを求めた。理知的な彼なら、何とか建御雷達を言いくるめてくれるのではないか。そう思ったのだ。

 だが、その期待は裏切られることとなる……。

 

「え? 私も弐式さんの話は聞いてみたいですよ? はい、賛成者多数で、弐式さんの話を聞くことが決定しました」

 

(この部屋に敵しか居ない……)

 

 絶望感に苛まれるモモンガであったが、まだ希望はある。弐式の話というのが、モモンガにとって都合の悪いものでなければ良いのだ。そう、さっき感じた嫌な予感。あれは気のせいに違いない。

 

「で、では……弐式さん。どうぞ……」

 

 のろのろと座り直したモモンガが言うと、弐式は面をまくり上げて人化した顔を見せる。そして、太陽のような笑みを浮かべて言い放った。

 

「モモンガさんの異性交友関係と、新たな女性の出現について!」

 

  

◇◇◇◇

 

 

 弐式が持ち出したのは、戦闘メイド(プレアデス)の一人、ルプスレギナ・ベータのことだ。至高の御方であるモモンガを慕うのは、NPCならば当然として、ルプスレギナは異性として慕っているというところまで告白した。 

 そして、モモンガはルプスレギナを拒絶していない。

 これは、どういうことなのか。カルネ村では、エンリ・エモットとも良い雰囲気であるし、モモンガハーレムが構築されつつあるのだろうか。

 すでにアルベドという、創造主(タブラ)公認の交際オーケーな女性が居るというのに……である。

 

「ちょま、待って。待って皆さん! ルプスレギナとは……フウ……」

 

 パニックになったモモンガは、異形種化して精神の安定化を図った。これは狙いどおり、彼に冷静さを取り戻させたが、ギルメン達は動揺するモモンガの姿に熱狂。モモンガは面白おかしく追い込まれていくこととなる。

 そして、同時刻。ナザリック内の別所で、当のルプスレギナが追い込まれていた。

 その別所とは、モモンガの私室……の近くに用意された、守護者統括の私室。

 すなわち、アルベドの部屋である。

 モモンガの私室と似た間取りの部屋は、奥に寝室があるが手前には執務室があり、大きく豪奢な執務机が設置されている。壁には書棚などが設けられていて、それらしく組織運営術などといった書籍が並んでいるが、その中には『主婦のマル秘テクニック』や『幾千の性技』等も含まれていた。

 これら真面目な書籍に、いかがわしい書籍、その内容のすべてをアルベドは脳内に収めている。なのに書棚で並べているのは……単なる書棚の賑やかしである。 

 それをする理由は、もちろんあった。

 この部屋を用意したモモンガが机等、運び込む物品について指示を出す際……。

 

『執務室には書棚だ』

 

 そう呟いていたのだが、それがアルベドの意識下で根付いていたのだ。

 早い話、モモンガから貰った家具を大事に活用しているのである。

 そのアルベドは今、執務机に着き、目の前で立つルプスレギナを見つめていた。

 普段の穏やかな表情ではない。かと言って怒っているようにも見えない。ただ、少し目を細めて、値踏みするようにルプスレギナを見ているのだ。

 

「ルプスレギナ……」

 

 名を呼んだだけ。にもかかわらず、俯き気味に立つルプスレギナの肩が上下に揺れた。

 

「あら? 返事をしてくれないのかしら? それとも、(わたくし)と口を利くのが嫌だとか?」

 

「と、とんでもないです! そんなわけがなくて、その……どうして私が、アルベド様のお部屋に呼ばれたのか、不思議だな~……なんて。アハハハ……」

 

 幾分引きつった声で笑うルプスレギナは、帽子越しに後ろ頭を掻こうとしたが、続けてアルベドが笑い出したので手の動きを止める。

 

「くふふふふっ。ほんと、不思議よねぇ。ねえ、ルプスレギナ? アインズ様達と一緒に外出できて、楽しい?」 

 

「え? あ、もちろんっす! 至高の御方、お二人に同行できるだなんて、この上なく名誉なことで、誇らしさが有頂天っす!」

 

 なんだ、そういうことが聞きたかったのか。

 アルベド様も、私のことが羨ましかったんすね~。

 その様に受け取ったルプスレギナは、肩の力を抜いた。そこに続けて、アルベドの質問が飛ぶ。

 

「弐式炎雷様だけど、活躍はされてる?」

 

「ええ! 今は人間の冒険者と一緒に冒険してるんすけど。途中でモンスターの襲撃があったときなんか、シュバ! ズバババ~ッ! って感じで、格好良かったっす~っ!」

 

 気分が乗ってきたのか、説明に擬音が混ざりだし、身振り手振りも加わりだした。それを聞くアルベドは、楽しげに笑みを浮かべる。

 

「そうなの!? じゃあ、アインズ様に告白したときはどうだった?」

 

「そりゃもう命がけの覚悟だったっすけど、拒絶されなかったので脈はあり!? キャッホーッ、て感じだった……っす……よ?」

 

 自分が何を聞かれて、何と応えているのか。そして、質問を投げかけてきているのは誰なのか。それらを再認識したルプスレギナは、声も表情も身体も全てが強張っていく。

 一方、聞かされていた側のアルベドは既に笑っていない。

 机上にて両肘を付き、組んだ手の平の上には形の良い顎を乗せて……ジイッとルプスレギナを睨め上げている。

 

「ふぅん? 脈はありそうなのね? 良かったわねぇ、ルプスレギナ~」

 

「あ、あの、アルベド……様? にゃんで知ってるんすか?」

 

 半歩後退しつつルプスレギナが問うので、アルベドはプレッシャーをかけることを止めて溜息をついた。

 

「何を怯えてるの。怒ってないわよ。……ちょっとムカつくけど。ちなみに、この話については弐式炎雷様から聞かされたのよ。納得した?」

 

 アルベドは続けて言う。

 ルプスレギナがモモンガに対して告白したこと。それ自体は、アルベドにとって許容範囲だ。ナザリックに生きる者すべてが、至高の御方に憧れているのだから。ルプスレギナの行動は何ら問題ではない。

 もっとも、自分には例の『設定改変』があるので、例えばライバルたるシャルティアが先に行動を取ったとしても、やはり今のような対応になることだろう。

 そのこと自体も、アルベドは受け入れていたが、だからと言って他の女性に先んじられて良い気分となるわけではない。釘は刺しておきたかったし、幾つか確認もしておきたかったのだ。だから、カルネ村にブレインを置いて戻って来たルプスレギナを、この部屋へ呼びつけたのである。

 

「アインズ様をお慕いするのは当然よ。アインズ様、御自身が駄目とは仰らないのであれば、告白したことを(わたくし)がとやかく言うことではないわ。けれど……シャルティアなんかに知られたら、色々とタダじゃ済まないわよね?」

 

「うっ……」

 

 シャルティアの名を出されたルプスレギナの顔色が、目に見えて悪くなった。

 言われてみると、確かにシャルティアはモモンガに対するアプローチを続けている。本人の気の短さも相まって、ルプスレギナが一歩先へ行ったと知ったら、何をされるか……。

 

「でも、アインズ様を諦めることなんてできない……。そうよね?」

 

「……アルベド様って、読心術とか魔法とか使えましたっけ?」

 

 心の内を読まれたルプスレギナが恐る恐る確認するも、アルベドは一笑に付した。

 

「無いわよ、そんな能力。顔を見れば解るもの。貴女も態度の使い分けは出来るようだけど、その辺はまだまだね」

 

 アルベドは、ルプスレギナがカルネ村においては天真爛漫な振る舞いをする一方、ことナザリック関係の話題においては、冷徹かつ妖艶にも振る舞っていることを知っている。村に配置した僕から情報が上がってくるからだ。

 

(わたくし)も、モモンガ様関連では色々と事情があるから。この()のことを笑えないのだけれどね……) 

 

 と言っても本音を言えば、抜け駆けされた形になっている現状は不本意かつ、憤りを禁じ得ない。だが、この状況を利用してこそ出来る女というものである。

 

「そこで、シャルティアに知られたら……というところへ話を戻すのだけど。何だったら(わたくし)がシャルティアのことを引き受けてもいいわよ?」

 

「本当っすかっ!? アルベド様、マジ天使っす!」

 

(わたくし)、サキュバスなのだけどね。まあ、具体的にどうするかと言うと……」

 

 この件でシャルティアがルプスレギナを問い詰めたとする。そこでルプスレギナは、こう言うのだ。

 

「アインズ様は拒絶されませんでしたし、このことはアルベド様も承知されてます」

 

 そもそも先にアルベドが言ったとおり、ナザリックの者が至高の御方を慕うのは当然のことで、異性ならば求愛しても何らおかしくはない。ルプスレギナの場合、アルベドやシャルティアよりも先に行動しただけのこと。付け加えるなら、モモンガの冒険行に同行していたという立ち位置が、アルベド達よりも有利だっただけである。

 

「それを言うことで、シャルティアの怒りの矛先は(わたくし)に向くでしょうから。貴女が危なくなることは……まあ無いでしょうね。よしんば殺されかけても、シャルティアはアインズ様から責められるでしょうし、貴女はアインズ様に気遣って頂けるもの」

 

「……デミウルゴス様達と並んで、ナザリック最高の知恵者と呼ばれるだけのことはあるっす……」

 

 ルプスレギナが、下顎を手の甲で拭っている。

 褒めて貰って光栄だが、アルベドは何も親切心だけでこのような提案をしたのではない。

 

「その様に対処……私にシャルティアのことを任せて構わない代わりに、一つ……お願いがあるの」

 

「な、なんすか? ベッドで夜のお相手ならバッチ来いっすよ? 私、初めてっすけど」

 

 警戒しつつ軽口を叩くルプスレギナに、アルベドは苦笑を投げかける。

 

「楽しみつつお仕置きできそうで、それも良いのだけど。(わたくし)には、その方面の技能はともかく、シャルティアのような趣味は無いわ。お願いというのはね……次のアインズ様の冒険行に、私も同行させて貰えるよう、貴女からアインズ様に願い出て貰うこと」

 

 今言ったように追加要員としてでも良いし、何だったら交代でも良い。

 

「で、でも……それだと私が……」

 

 場合によってはアルベドが一例としてあげたように、モモンガのパーティーから外されてしまうかもしれない。そこに考えが及んだルプスレギナは口籠もったが、アルベドはニンマリと笑う。

 

「あら? (わたくし)だってアインズ様をお慕いしているのよ? タブラ・スマラグディナ様や、他の至高の御方の承認も得ているわ。なのに、アインズ様のお側に居られないだなんて……悲しいことよね? まあ、断ってくれてもいいのよ? その場合、シャルティアと貴女が揉めても、傷心中の(わたくし)は誰の手助けもできそうにないのだけど」

 

「ぐっ……」

 

 進退窮まるとは、このことだ。

 ルプスレギナは、少し仰け反るようにして酢を飲んだような顔になったが、やがて一度アルベドから目を逸らすと、数秒おいてから視線を元に戻す。

 

「あ、アルベド様。喜んで、お手伝いさせていただくっす……」

 

「そう? そう言って貰えると思っていたわ!」

 

 花が咲いたような笑みだ。

 事実、アルベドの脳内は恋の花が満開状態である。しかし、思考能力は健在だ。彼女の中では、すでに冒険行の中においてどのように行動するか。戦闘にあっては、どういった風にモモンガを庇って攻撃を防ぐか。そして、お褒めの言葉をいただいたときに、どのような態度を取るかがシミュレートされていた。

 思わず澄ました表情が崩れそうになるが……ここで精神に抑制がかかる。

 

「……とにかく、よろしく頼んでおくわ。ああ、悪いようにはしないから安心して。どのみち、(わたくし)はナザリックの運営を任されているから。長期間の外出は無理だし」

 

「はあ……はい……」

 

 どう返事して良いのかわからないのだろう。ルプスレギナが生返事とも取れる声を発したが、アルベドは機嫌良く頷く。

 彼女の思うところでは、ルプスレギナに先行されたとは言え、自身の正妃としての立場は揺らいでいない。何しろ、こちらは創造主公認。モモンガ自身も乗り気で、他のヘロヘロや弐式炎雷と言った至高の御方も、アルベドを応援してくれているのだ。

 この好状況下で、ルプスレギナを排除しようなどと動けば、間違いなくアルベドにとってマイナスの結果に終わるだろうし、何より後で合流するかも知れないルプスレギナの創造主、獣王メコン川を敵に回すことになる。 

 だから、ここはルプスレギナを受け入れ支援しつつ、彼女を利用してモモンガとの関係を前に進めるのだ。

 

 くふふ……。

 

 お淑やかな笑顔。その口の端から、お淑やかではない笑いが漏れ出る。

 ルプスレギナがギョッとした表情になっていたが、アルベドは慌てずに口元を抑えてニッコリ微笑み直した。

 

「何はともあれ、(わたくし)達……良いお友達になれそうよね。……末は姉妹関係になるかもだけれど」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 玉座の間。

 今、ここには建御雷以外のギルメンが勢揃いしている。

 と言っても、玉座でグッタリしているモモンガの他は、左方にヘロヘロと弐式炎雷。そして玉座の右側にタブラ・スマラグディナ。この三名であるが……。

 

「では、アルベドにパンドラ、守護者達と戦闘メイド(プレアデス)に……吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)でしたか。全員揃ったら開始ということで?」

 

 異形種化し古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)となったヘロヘロが、触腕のように本体を伸ばしながら確認している。相手は弐式炎雷で「打ち合わせどおりにですね! いい感じのサプライズになりますよ~っ!」と盛りあがっているようだ。

 それらギルメンらが盛りあがっている様子を、モモンガは虚ろな目で見ていたが、そこにタブラが話しかけてくる。

 

「モモンガさん。そろそろ復活してくださいよ。異形種化すれば一発で安定化するんでしょう?」

 

「そうなんですけど。よってたかって弄ばれた俺の心は、そう簡単に回復していいもんなんでしょうかねぇ……」

 

 円卓の間で、モモンガは酷い目に遭っていた。

 弐式によって、アルベドとルプスレギナ。カルネ村のエンリのことについてブチ撒けられ、合流したばかりの建御雷には「モモンガさん、思ったよりも手が早かったんだな」と言われた。ヘロヘロからは「指揮官先頭と言うか、ギルド長が率先して行動に出てくれますから。俺も心置きなくソリュシャンと楽しめそうです!」とまで言われている。

 挙げ句、タブラには「まあ、王様に側室とか付きものなので、別に良いんですけど。アルベドが泣くようなことになると、さすがに看過できないな~」などと言われたのだ。直後、タブラからは「ま、冗談ですけど」とフォローされ、ヘロヘロらからは祝福混じりにからかわれているが、モモンガは身の置き場を見失うほど、精神的に追い込まれたのであった。

 

「はああああ。でも、そうですね。落ち込んでばかりではいられません……。この後は、大事な『儀式』ですから」

 

 モモンガは悟の仮面をアイテムボックスに収納すると、異形種化する。

 久しぶりで死の支配者(オーバーロード)としての骸骨顔をさらけ出したモモンガは、一瞬にして、先程までの落ち込んだ気分が消えるのを感じていた。もっとも負の感情が消えただけなのであって、晴れ晴れとした気分にはなれない。

 

(けど、俺はギルド長! ギルメンと創造NPCとの再会を上手く演出しなくちゃ!)

 

 自分のNPC(パンドラズ・アクター)とはどうなのか。それを考えた途端、精神が安定化されるが、それはいつものことだ。しかし、パンドラのことを考えたおかげで、どうにか気分的なワンクッションを置くことができた。

 

「そろそろアルベドが来ますね。タブラさん、建御雷さんの帰還を知ってるのはアルベドだけでしたっけ?」

 

「いえ、色々と手伝って貰う都合上、デミウルゴスにも知らせてあります。他のメンバーは……隠しごとが苦手そうなので、知らせていません」

 

「ああ……」

 

 モモンガはダークエルフ姉弟、アウラとマーレを思い出す。確かに隠しごとは苦手そうだ。それにシャルティア。彼女に関しては、創造主のペロロンチーノには悪いが、こと身内のこのようなイベントに関しては、ニヤニヤを抑えきれないであろう事が容易に想像できる。

 知らせないで正解なのだろう。

 セバスや戦闘メイド(プレアデス)の一部にも知らせていないようだが、ソリュシャンとルプスレギナは知っている。しかし、アルベドから口止めがされているはずだとタブラが言うので、モモンガはこの件に関して心配することをやめた。 

 そうして待つこと数分。最初にアルベドが玉座の間へ入り、続いてシャルティア、コキュートス、アウラとマーレ、最後にデミウルゴスが入ってくる。

 ここで玉座の前に階層守護者が横並びし、玉座向かって左前には、少し遅れて入ったセバスと戦闘メイド(プレアデス)らが並んだ。最も遅れて入ってきた吸血姫の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)二人は、階層守護者らの後方で待機している。何故、自分達が呼ばれたのかわかっていない様子で、オドオドしているのが印象的だ。

 

(褒美を与えるって知らされてない? いや、まさか……)

 

 モモンガは不思議に思ったが、どうせ事が始まれば用件を告げるのだ。放っておいて構わないだろう。

 そして、守護者統括アルベド。彼女はデミウルゴスの側で立っている。

 普段であれば玉座の傍らで立つのだが、今はギルメン……至高の御方が居るので、他の僕らと共に並ぶ事にしたらしい。これは弐式の帰還報告の際でも、同じように行動していたとモモンガは記憶している。

 だが、ここでモモンガは発言した。

 その発言の予定は無かった。

 だが、無意識の内に口をついて出てしまったのである。

 

「アルベドよ。お前は、私の隣りだ」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「アルベドよ。お前は、私の隣りだ」

 

 そう言った瞬間。ギルメンとNPC、すべての視線がモモンガに集中した。その後、視線の束はモモンガとアルベドを行ったり来たりしている。

 視線を向けてる側で印象的なのは、シャルティアとデミウルゴスとセバスの三人だ。

 シャルティアに関しては、その驚きが顔中に溢れ、もはや百面相のごとしである。

 

(データクリスタルに保存して、ペロロンチーノさんに見せてやりたいな~。ユグドラシル時代は表情が変わらなかったから、きっと喜ぶぞ~) 

 

『俺のシャルティアから、こんなにも表情を引き出すだなんて! さすがです! さすがですよ、モモンガさん!』 

 

 そんな幻聴が、モモンガにはハッキリと聞こえた。

 デミウルゴスに関しては「ほう?」と言いたげな表情になった後、普段のニコニコ顔に戻っている。ただし、尻尾がユラユラ揺れているので、機嫌は悪くないようだ。

 最後にセバス。ほとんどのNPCが驚き狼狽えている中、彼のみは微動だにしていない。発言者のモモンガをチラリと見た後は、アルベドにすら視線を向けていないのだ。その執事ぶり、完璧である。

 そして、アルベドだ。

 彼女は『隣りだ』と言われてから暫く、その凛として美しい笑みを崩さなかった。

 今も崩していない。いや、少しばかり表情に変化があったようだ。

 渦が巻いたような目を少し下げ、口元は角度の広いVの字に結ばれている。そして、その顔たるや……真っ赤に染め上がっていた。

 アルベドは玉座からは、それなりに離れた位置で立っていたが、身体が小刻みに震えているのがモモンガには視認できている。

 

(うわ~……なんだろう。めっちゃ可愛いんだけど!)

 

 自分を慕ってくれて、自分自身でも好みな女性が、嬉しいのか恥ずかしいのかは不明だが真っ赤になっている。

 友人のペロロンチーノではないが「萌えだ!」と叫びたい。

 しかし、先程の『私の隣りだ』発言。あれは極自然に出た言葉であったが、思い返してみると、どういうつもりだったのかモモンガ自身でも把握できていない。

 

(何しろ、意識しないで言っちゃったからな~)

 

 なので、モモンガは自分なりに推理してみた。

 今、アルベドは普段とは違う場所で立っている。彼女がヘロヘロ達に対して遠慮したのは明白だが、モモンガ自身は配置転換が気に入らなかったのだろうか。いつも、玉座の傍らで立つのはアルベドなのだから。

 

(アルベドは俺の隣り……)

 

 今斜め前で立つ女性が、自分の傍らで立つことを想像したモモンガは……即座に精神が安定化された。

 

(え? あれ? なんで安定化しちゃってるわけ? いつもの立ち位置だろ? 俺、そんなにアルベドのことを意識してるのっ!?)

 

 意識していて当然である。

 モモンガ自身、事あるごとにギルメンに対して言っているのだが、アルベドは彼にとってドストライクな好みの女性なのだ。その容姿はタブラが様々な聞き取りの末、モモンガ好みに造りあげたもの。

 しかも……タブラ自身が、モモンガの嫁にして構わないと言っている。

 そう、モモンガが意識していて当然なのだ。

 

(……童貞なもんで、アルベドの美人ぶりにビビって距離置いてた気はするけど。ちょっと離れただけで、思わず呼びつけちゃうほど、俺は意識してたのか。……俺、社会人だよな? 中高生とかじゃないんだよな?)

 

 少しは大人だと思っていたのだが、そこはかとなく自信が無くなってきた。

 しかし、今は悩んだり葛藤している場合ではない。

 モモンガはアルベドを呼びつけた。ならば、アルベドはどうするだろうか。

 来なければ命令不服従という事になるが、その展開はモモンガの望むところではない。

 どうすれば良いのか。簡単だ。もう一度呼んで、隣に来るよう促せば良いのである。

 

「あ、アルベド? 私の隣りに……」

 

「……はい。アインズ様。仰せのままに……」

 

 落ち着いた声が返ってくる。

 どうやら安定化……いや、モモンガのことで意識が埋まり、停滞化されたらしい。その間に、本来の理知ぶりや計算高さが復帰して、命令内容を実行したのだ。

 玉座へ向かって、ゆっくりと近づくアルベドを見ながら、モモンガは内心嘆息した。

 アルベドの設定を変えようとしたとき。自分は最初『モモンガを愛している。』と書き換えようとしたのだ。だが、突如として出現したヘロヘロに驚き、『モモンガを』までしか入力できなかった。

 その結果、アルベドはモモンガについて何か考えると、精神が停滞化し、強制的に冷静さを取り戻すのである。

 もし、『モモンガを愛している。』と最後まで入力していたならどうなっただろうか。

 

(タブラさんやヘロヘロさんの推測だと、元より組み込んだ『モモンガを愛している。』に重複ないし複合して、愛が深すぎる程に深まった恐れがあるとか……)

 

 その結果、どういった事態が引き起こされるのか。想像もできないが寒気だけは感じる。

 では、設定を何一つ変えないままだったら……どうなっただろうか。

 タブラは、アルベドの設定の中に『モモンガを愛している。』を紛れ込ませた。恐らく、極自然に彼女はモモンガを愛したに違いない。

 

(極自然に俺を……ねぇ……。……そういうアルベドも見たかったかも……)

 

 しかし、その希望はかなわない。かなえてはいけない。そうモモンガは思っている。

 何故なら、今のアルベドは、設定を変えられたままでもモモンガを愛しているのだから。そんな自分自身をアルベドは受け入れているのだから。

 

(俺が動揺しちゃ駄目だよな……)

 

 気がつくと、アルベドは既に玉座の右隣に居て、タブラが一歩右に寄った状態となっている。

 

(義理のお父さんと、嫁にした娘さんが居るみたい!)

 

 そう考えると、照れ臭いやら可笑しいといった気分になる。が、何だか気分が晴れたような気になったモモンガはアルベドを見上げ、ニッコリ笑って見せた。

 

(あ、いっけね。俺、異形種化したままだった。笑いかけても表情が変わるわけないし。馬鹿か~)

 

 己の馬鹿さ加減にガックリくる。ところがアルベドは、そんなモモンガを見て微笑み返したのである。 

 

(あれ? 伝わった?)

 

 と思ったのも束の間、アルベドは深々と頭を下げた。 

 

「アインズ様。御命令に対し行動が遅れました。この処罰、如何様にでも……」

 

 この展開か。忠誠心、マジで高すぎだよな……と、モモンガは幾分ゲンナリしたが、この後のイベントを考えると処罰するわけにはいかない。そもそも処罰する気がない。

 

「お前が気を遣って移動していたのを、わざわざ呼び寄せたのは私だ。慌てさせたようで済まなかったな」

 

 モモンガ自身が威厳あると思う声色。それによってアルベドに指示を出すが、ヘロヘロと弐式から飛んでくるニヤニヤ視線があり、どうにもやりづらい。反対側……と言うことは、アルベドの向こうに居るタブラに到っては、義理のお父さん的なホッコリした気配が感じられる。

 

(嫁の親だとか気を遣わなくていいって、言ってたじゃないですか~。タブラさ~ん)

 

 やはり自分には味方は居ないのだろうか。

 そんな風に気分を出していたモモンガだが、予定のイベントは進めなくてはならない。何故なら彼はギルド長だからだ。

 

「あ~……皆、待たせたな。こうやって急遽、玉座の間に集めること何回目だろうか。もう気づいてると思うが、このナザリック地下大墳墓に新たな仲間の帰還があった!」

 

 おおっ!

 

 集められたNPCらの大多数が、驚きと歓喜の声をあげる。

 建御雷の合流時に居合わせた者や、事前に知らされていた者はと言うと、こちらは一人の例外もなく満面の笑みを浮かべていた。

 この反応に接し、モモンガは先程までの悩みなど吹き飛ぶほどの喜びを感じていた。そして、精神が安定化される。

 

(チッ。悟の仮面の外装を、骸骨顔にできるよう改造できないかなぁ……)

 

 それが可能なら死の支配者(オーバーロード)として振る舞っていても、中身が人化してさえいれば精神安定など発生しないのだが。

 

(いや……待てよ?)

 

 ここはナザリック内部なのだから、人化した上で幻術で骸骨顔を作れば済むことである。

 そこに気がついたモモンガは、気が抜ける思いを味わった後、すぐにコキュートスに視線を向けている。

 

「き、帰還した仲間の名を発表する!」

 

 建御雷が創造した、蟲王コキュートス。彼のために、そして友人である武人建御雷のため。モモンガは気合いを入れて叫んだ。

 

「彼の名は、武人建御雷である!」 

 




<誤字報告>

yomi読みonlyさん、フウヨウハイさん、Mr.ランターンさん

ありがとうございました
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