オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第27話

 第九階層、弐式炎雷の私室。

 以前にユグドラシルを引退してから、異世界転移を経て久しぶりの入室である。

 薄暗い部屋の内装は、基本的には和風だ。入ってすぐ土間があり、板間の中央に囲炉裏がある。壁には刀や手裏剣が飾られ、他に掛け軸や木製箪笥など。

 それなりにそれっぽく作られている。

 妙な言い回しであるが、これには理由があった。最初にあてがわれた部屋が洋風だったことで難色を示した弐式が、ヘロヘロ等に頼み込み、模様替えをしたのである。壁板や板間等の装飾データは弐式が課金して取り寄せ、すったもんだの末にでっちあげたのだ。

 ゆえに、『それなりにそれっぽく』と言った風情なのである。

 もっとも、苦心の末に作り上げた忍者部屋の出来に、弐式自身は大いに満足していた。

 

「もう一室、奥に畳の間があるが……今となっちゃ布団を敷いて寝るぐらいにしか使えないな。他は元のままで、アイテム類の収納に使ってる程度かな。まあ、入ってくれ」

 

 そう言って弐式は、セバスに断った上で連れ出したナーベラル・ガンマを自室へと連れ込んだ。

 

(これがヘロヘロさんなら、「さあ! ソリュシャン! 二人で布団の感触を確認しますよーっ!」って、なるんだが……) 

 

 脳裏で異形種化したヘロヘロが「心外です! まあ、言いますけどね」と言ってる姿が浮かんだが、軽く頭を振って掻き消す。

 先行して入った弐式は、ナーベラルに靴を脱ぐように言うと、入口(入るときは洋風ドアだが、閉めると引き戸に変貌する。)とは反対側……つまりは囲炉裏の奥側に座った。荒縄を編んで作った円形座布団は、弐式お気に入りの一品だ。

 そして弐式の対面側に、ナーベラルが座る。

 戦闘メイド(プレアデス)として与えられ装備していたアーマー類は、アイテムボックスへと収納しており、今の彼女は一般メイドとそう変わりない服装となっていた。

 

「さて、ユリたちと積もる話があったろうが、連れ出して悪かったな」

 

「いえ! 弐式炎雷様が悪いことなど!」

 

 軽く頭を下げた弐式を見て、ナーベラルが軽く腰を浮かせるが、弐式は良いから座ってろと彼女の動きを制している。

 

「何から話したもんかな。……ペスから再教育を受けてたはずだが、どうだ? 少しはナザリック外の人に対して、きつい態度取らなくて済むようになったか? 最低でもメイドの業務として対応することは可能か?」

 

 言いつつ、弐式は囲炉裏に木の枝等を投じて着火した。暖を取るためではなく、揺らめく炎を楽しむため。発熱度はメモリゼロにしてある。

 意図的に照明機能を操作し、薄暗くした部屋。

 胡座をかく弐式に対し、正座しているナーベラルは、囲炉裏の炎に顔を照らされながら口を開いた。

 

「出来るようになった……とは思います。自身の心持ちとは別に、ナザリックのメイドとして振る舞えること。それが出来るのであれば、ナザリック地下大墳墓の外だろうと中だろうと、相手が人間であろうと。親しく対話することは難しくはないはず。そうペストーニャ様が……」 

 

「言ったか……」

 

「はい……」

 

 短く答えたナーベラルが頷く。

 己の心を殺して、成すべきを成す。

 それは弐式が憧れた『忍者』に似た心構えだった。

 

 パチパチパチ、パチン……。

 

 囲炉裏で木の枝が爆ぜ、火の粉が上方へと舞い上がる。

 それらは単なるエフェクトであり、SEに過ぎない。

 そのSE以外は聞こえない、ある意味で静まりかえった室内で……弐式が呟くように問いかけた。

 胡座の両膝をグッと掴み、上体と顔を前に出す。

 

「ナーベラル……。人間をどう思ってる?」

 

下衆な下等生物(クサギカメムシ)です」

 

 ……。

 

 パチパチパチ、パチン……。  

 

 再び囲炉裏の中で木が爆ぜる。

 

「……前と、な~んも変わってない気がするぞ?」

 

 驚きや怒りを通り越し、平坦な声になった弐式が問うと、ナーベラルはキリッとした顔のまま答えた。

 

「今のは私の本心です。ただ通常は、このような本音を封じ、場を(わきま)えた発言が可能となっています。概ねですが……」

 

「そ、そうか。そうなの……か?」

 

 姿勢を戻しつつ弐式は呻る。

 僅か数日、預けてから時間がそうたってないのに、ナーベラルが外部運用可能になるとは……。

 ペストーニャ、恐るべし……。

 

(と言うか、どんな再教育をしたんだ?)

 

 弐式がナーベラルを再教育のために預けた際、ペストーニャからは荒療治となる上、一切合切を彼女任せにすることが可能かどうかを聞かれた。これに対し、弐式は二つ返事で了承している。

 その後、必要なアイテムをペストーニャが用意しようとしたので、「それぐらいなら俺が用意するよ」と弐式が用立てたのだが……。

 

(最初は、ペスが俺の似顔絵を用意しようとしたんだっけ。で、それを描く前に、「乱暴な扱いをして、破壊して処分することもあり得るが。それが許されるかどうか……」って、しつこいぐらい、俺に確認してきたんだよな……)

 

 無論、弐式の答えは「不敬とか気にしないでいいから。好きなように使い倒してくれ」だ。

 ナーベラルが少しでもマシになるなら、自分の似顔絵がどうなろうと大した問題ではないのである。ただ必要スキルが無いためか、ペストーニャの画力に問題があった。見かねた弐式が有り余る器用さをもって、ペスの要望を取り入れ用意したのが……全高五〇㎝、デフォルメ弐式くん人形である。

 当初、似顔絵の扱いが乱暴になると聞いていたので、弐式くん人形も酷いことになると弐式は思ったが、やはり許容範囲だ。ちなみに弐式関連のアイテムが『似顔絵』から『人形』にグレードアップしたことで、ペストーニャは一層不敬さを気にかけ、しつこいぐらいに大丈夫かと確認してきている。

 

(いいんだよ、俺のことなんか別に。ナーベラルのためなら……って、やっぱり人形を壊したのか~?)

 

 事前の会話からするに、ペストーニャはナーベラルの再教育にあたって、弐式くん人形を乱暴に扱い……破壊したのだろう。正直に言えば、気分的に微妙ではある。

 だが、それを承知で手製の人形を渡したのだから、今更文句を言う気はない。弐式はグッと堪え飲み込んでおく。

 では、再教育のカリキュラムとは、如何なるものだったのか。そこを弐式がナーベラルに確認したところ、囲炉裏向こうのナーベラルは正座のまま小刻みに震えだした。

 

(……いったい、どんな風に使ったんだ!?)

 

 ナーベラル曰く、目の前に人間の男女(ナーベラルには知らされていないがドッペルゲンガー)を連れてこられ、ひたすら対話演習をしていたらしい。ただ、少しでも『失礼』が生じた場合。ペストーニャがナーベラルの目の前で、弐式くん人形を『使用』したのだとか。

 

「……弐式炎雷様の人形を抱きしめたり、撫でたり、頬ずりしたり、高い高いしたり……」

 

「それ、人形を愛でてるだけじゃないか?」

 

 ペストーニャ、何やってんだ。

 乱暴に扱うとか破壊するとか、処分するとかは何処へ行ったのか。

 思わずペストーニャに対する認識を改めそうになった弐式だが、聞くところによれば、再教育開始の頃、ペストーニャはナーベラルの不出来に歯を食いしばり、断腸の思いが犬面なのに見てわかるほどだったらしい。

 しかし、弐式くん人形を抱きしめたり、愛でたりすると見る間に沈静したのだとか……。

 つまりは、それが目的で当初は似顔絵を描こうとしたのである。

 

(作った人形を有効活用してくれてるようだけどさ。そんなに、そんなにナーベラルのポンコツぶりがストレスだったのか! 辛い思いさせたなぁ……ペス。マジ、ごめんな)

 

 ストレス。ペストーニャの奇行を好意的に解釈した弐式は、改めてナーベラルの話を聞く。何でもペストーニャが人形に何かするたび、ナーベラル自身も猛烈なストレスを感じていたらしい。

 この世に一つしか存在しない、弐式くん人形。それを上司格(戦闘メイド(プレアデス)のリーダーはセバスだが)とはいえ、自分以外の女性が愛でているのだ。

 

「ペストーニャ様の挙動一つで、私の生命活動が停止しそうでした」

 

「憤死しそうだったってこと? なにそれ怖い……」

 

 人形一つで大げさな……とは思うし、何ならナーベラルにも作ってあげて良いと弐式は思っている。ペストーニャに渡した弐式くん人形に一手間加え、スーパー弐式くんを作るのもいいだろう。

 

(あ、これって褒美扱いになるのか? だとしたら何か功績や成果がないと……)

 

 さしあたり、ペストーニャから再教育完了の報告を受け、外に連れ出したナーベラルが外部運用に問題ないことがわかれば……と言ったところだろうか。だが考えてみれば、それはナーベラル以外のNPCであれば、ほぼ普通にできることなのだ。

 あのシャルティアでさえ、幾つか条件付きではあるが怒りを抑え込みつつ外部の者と接することが可能なのである。

 

(不公平ってことに、なりかねないかぁ?)

 

 ナーベラルは弐式の制作NPCなので、無条件で可愛がっても文句は出ないだろう。だが、今回のケースでは弐式は『えこひいき』を感じて躊躇っていた。

 

(取りあえず実績とか成果だ。モモンガさんに、ナーベラルも連れて行っていいか相談してみるかな……)

 

 弐式は下顎を掴み……と言っても、今は異形種化しているので布越しの顎はツルッとした手触りだが……思案する。

 冒険者パーティー『漆黒』は、多人数による変則構成。ナーベラルを増やすのも、弐式とナーベラルだけで別行動を取るのも問題はないはずだ。ナーベラルの再教育さえ終われば、連れ出すのは大丈夫だろう。モモンガも反対はしないはず。

 

「問題は、それほど名声もない俺達が、一人や二人で依頼を受けられるか……だなぁ。いや、漆黒の剣の人たちと組んでるみたいに、他のパーティーに便乗すればいいのか? ……うん?」

 

 気がつくと囲炉裏向こうのナーベラルが、ジッと弐式を見ていた。

 微かに微笑むような……いや、瞳も優しげな雰囲気をたたえている。

 

(え? なに? その慈しむような表情……)

 

 そう言った面持ちで見られると、異形種化しているとは言え照れくさい。何しろナーベラル・ガンマは、弐式炎雷が萌えと理想のすべてを注ぎ込んで作成したNPC……今では、生きた一人の女性なのだから。

 

「ど、どうかしたか? ナーベラル?」

 

「い、いえ……」

 

 声をかけられて我に返ったのか、ナーベラルは頬を赤く染めながらうつむいた。

 

「その……こうして、弐式炎雷様のお部屋で……二人きりで、お話しができる日が来るだなんて……。まるで夢のようです」

 

「そ、そうか……」

 

 嬉しく思うが、返す言葉が思い浮かばない。

 こんなとき何と言えばいいのだろう。どう行動すべきなのだろう。

 弐式は、まだ合流できていないギルメン……ペロロンチーノに脳内で救いを求めた。

 浮かび上がった翼人(バードマン)の胸像は、グッとサムズアップして次のように述べる。

 

『ヤッちゃえばいいんですよ! エロゲーのお約束です!』

 

(相談する相手を間違えたな……)

 

 再びナーベラルに目を向けると、少し驚いたような仕草を見せた後、ニッコリと微笑みを返してくる。

 

(美人の好意的な微笑みヤベェ。押し倒(ペロロンチーノ)してしまいそうだぜ。ゲームキャラとしちゃ、氷の眼差しで蔑まれるのが萌えなんだけど。現実だと、こっちのが良いよね~)

 

 この後の弐式は、モモンガによって呼び出されるまで、ナーベラルとの取り留めもない雑談に興じるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 一方、玉座の間でも雑談に興じている者達が居る。

 玉座に座したままのモモンガと、その右傍らで立つアルベドだ。

 冒険者パーティー漆黒の剣が居る野営地に戻るまで半時間ほど。黙っているのも精神的に苦痛だったので、ぎこちなくモモンガから話しだしたのだが……今ではアルベドと談笑するに到っている。

 これは、モモンガが女性と話し慣れしているのではなく、アルベドがサキュバスとしての話術を駆使しているのだ。つまり、会話しやすい空気作りしつつ、モモンガが返答に窮するようなことを言わず、逆に語りやすいように話題を振る。

 時折、アルベドの淫望メーターが振り切れそうになるのだが、その都度、精神が停滞し、理想的な形で冷静さを保っていた。

 

「そうかなるほど。確かに、転移後のナザリックの点検はアルベドに任せきりだったからな。各施設の視察もしておくべきか……」

 

「はい。その際は、(わたくし)がアインズ様を御案内いたします」

 

 本来、モモンガやギルメン達に『各施設の案内役』というものは必要ない。このナザリック地下大墳墓は、モモンガ達が入手し、手入れを行い、今の形にまでしたのだ。逆に……。

 

「はははっ。それを言うなら私がアルベドを案内する……だな。ナザリック内の各所は、その施設設置の経緯を含めて私の方が詳しいのだからな。……ん? そうすると、これは……施設巡りデートになるのか?」

 

「デート!? (わたくし)とアインズ様がですか!? こっ……。……光栄です」

 

 ですか!? の時点で腰背面の黒翼が広がったが、すぐに畳まれる。

 精神の停滞化が発生したのだろう。

 しかし、アルベドはニコニコしている。我が身に生じている状態は、以前に彼女自身が言ったように気にしていない様子だ。

 それをモモンガは申し訳ない気持ちで見ていたが、アルベドもタブラも気にしなくて良いと言っている。だから、いつまでもモモンガが気にしていては、二人の気持ちが無駄になるだろう。

 

(いい加減、俺自身の気持ちを整理しないとな。てゆうかさ……俺、今、普通にデートとか言っちゃった?)

 

 転移前の現実(リアル)におけるモモンガ。すなわち鈴木悟では、ありえない発言だ。

 今現在、モモンガは悟の仮面を着用しておらず、死の支配者(オーバーロード)の状態である。人としての素ではないため、普段言えないこともサラッと言えた……と言ったところだろうか。

 

「う、うむ。そうだな。アルベドの都合が合えばだが。……どうだろうか?」

 

「い、いつでも! ……いえ、都合に関しては可能な限り」

 

 いつでも準備はできている的なことを言いかけたのだろう。だが、やはりアルベドは一旦間を置いてから言い直している。

 

(また停滞か。俺がやったことだが……。ああ、違うな……)

 

 モモンガは再び申し訳なく思いかけたのを思い止まると、話題を変えた。

 と言っても色恋事から離れるつもりではなく、しかし、その方面の話題を一気に進めるのは元来の恋愛ヘタレ根性が邪魔をする。なので、今後のアルベドが冒険者活動に同行する際のことから話を振ることにした。

 

「時に……。外部で活動する私達に同行する件だが。アルベドは、人間を下等生物だと思っているんだったな?」

 

「もちろんでございます。アインズ様。彼の者達は、かつて身の程知らずにもナザリックに侵攻してきた輩。至高の御方に対する不敬な存在でしかありません」

 

 プレイヤー一五〇〇人規模の侵攻戦。

 第八階層において相手側壊滅という形で撃退したが、モモンガ達ギルメンにとっては誇らしい記憶であるも、NPC達にとっては苦い記憶でしかないらしい。

 

(外部の者を嫌う……。取り分け人間種を蔑視してるのは、その辺が理由なのかな……)

 

 人間種をまとめて全部毛嫌いするのは行きすぎだと思うが、上手い説教のしかたがモモンガには思いつかなかった。

 

「ふむ。ふむ、そうか。しかし、お前を外部へ連れて行く以上、ナーベラルのように振る舞われるのは困るぞ?」

 

「十分に承知しております。アインズ様達に、恥をかかせるようなことはしないと誓います」

 

 アルベドはモモンガに対し身体ごと向き直ると、深く一礼する。

 その大きな胸に手を添えると、彼女は付け加えた。

 

「もしも不始末をしでかした場合には、この命を捧げて償わせて頂きます」

 

 これは、相手が至高の御方……ギルメンである場合。ナザリックのNPCたちがよくする言い回しだ。

 自らの生命に重きを置いていない事を強く認識させられるので、これを聞いて嬉しく思うギルメンは今のところ存在しない。

 正直なところ、モモンガだけでなく他のギルメン達も辟易していたが、そうあれかしと創造されたNPC達だから強く言ってやめさせることもできない。

 従ってモモンガ達は、程度の差こそあれ、微妙な思いを抱えながら聞き流すしかないのだ。

 そのはずだった。

 ところが、今のアルベドの発言を聞いてモモンガの胸に生じた感情がある。それは簡単に言えば苛立ちに類するものだろう。

 これまでの……少なくとも、タブラと合流する前までのモモンガであれば、その苛立ちが何なのか理解できなかった。だが、今は理解できている。自分が行った設定改変をアルベドが受け入れ、創造主のタブラに到っては事情を承知の上で、アルベドとモモンガの仲を認めているからだ。

 アルベドに対する負い目の軽減や、タブラの許しを得ていることによる遠慮の無さもあるだろう。

 だから、一瞬間を置いてからモモンガは、傍らのアルベドを見上げ……言った。

 

「アルベドよ。私は、この世界に転移してから、意思を持って喋り行動するお前達を見てきた。その中で感じたことがあってな……」

 

「と、仰いますと?」

 

 モモンガの暗い眼窩で、赤い灯火が揺らめく。

 

「お前達の忠誠心の高さだ」

 

「ありがたきお言葉です」

 

 褒められたと認識したアルベドが頭を下げようとするが、モモンガは右手を挙げることで制した。まだ、言いたいことの半分も喋っていないからだ。つまり、本題は褒めることではない。

 

「しかし、だ。そんなお前達に対し、不快に思うことがある」

 

 モモンガの眼差しの先にあるアルベドの顔。それが苦悶に歪む。言っているモモンガの胸も痛んだが、これは言わずにはいられない。いや、今この時に言っておくべきことだ。

 一瞬、モモンガの脳裏を、カルネ村でロンデスを勧誘するときに口を挟んだナーベラル。そして、直後にナーベラルを森へ連れて行った弐式炎雷の姿がよぎった。

 

「それはな、事あるごとに! 軽々しく! お前達が『命を持って償う』だとか! 自身の生命を軽んじた物言いをすることだ!」

 

 言っているうちに腹が立ってきたせいか、語気が強くなっていく。

 モモンガは女性に、しかも好意的に思っている相手を怒鳴りつける。そんな自分にも腹が立っていた。

 恐らく人化していれば、目に涙を浮かべていただろうモモンガは一旦言葉を切ると、その機能は無いにもかかわらず大きく深呼吸をする。

 そして、恐怖のあまり固まり、小刻みに震えているアルベドを再度見た。

 

「アルベドよ。お前達は自らを創造した者達が、お前達を失ったときにどう思うか考えたことはあるか? 一々死ぬ死ぬと言われて、良い気がするとでも思っているのか?」

 

「も、申し訳……」

 

 震え声で口籠もるアルベドは、半泣きの状態である。

 その様を見て、一気に怒りや苛立ちといった感情が萎んでいくのを感じたモモンガは、嫌味に思われない程度を心がけて嘆息する。

 

「謝罪が欲しいのではない。以後気をつけてくれれば、それで良い。それと……言っておくが、アルベドよ。お前が自身の命を軽んじる言葉を吐くたびに悲しい思いをするのは、お前の創造主であるタブラさんだけではないぞ?」

 

「アインズ様?」

 

 アルベドの声に、怪訝そうに感じているであろう事が窺える響きが混ざった。それを聴覚で聞き分けたモモンガは、我ながら情けないと思いつつも視線をアルベドから逸らす。

 

「私だ。アルベドの私に対する思いは知っているし、お前も知っているだろうが……その、お前は、好みの真ん中を突く存在だからな。俺の方でも意識はしてるんだ。だからな、だから……」

 

 この先を言って良いのか……と、モモンガは思った。しかし、この二人きりでしか居ない状況が、この次いつ来るのだろうか。いや、セッティングしようと思えば自由自在だ。だが『その目的』で時間と場所を用意することから、モモンガは自分が逃げ出しそうな気がしていた。

 だから、今言うしかないのだ。

 

「俺が好きなアルベドには、もっと自分を大事にして欲しいんだ」

 

「アイ……ンズ様……」

 

 口元を手で押さえ、アルベドが目に涙を浮かべている。が、それは先程に見せていた恐怖と後悔によるものではない。歓喜からくるものだ。

 その状態は十数秒ほど続いたが、アルベドからの返事がないため、モモンガは恐る恐る確認している。

 

「好みがどうとかではなく『好き』と言ってしまったが……。め、迷惑ではないよな?」

 

 先述したとおり、アルベドの気持ちはわかっているのだ。それでも確認はしなければならない。何故なら告白したモモンガが不安だからである。

 

(結果は見えている。大丈夫だと思う。でも、万が一これで振られたら……俺はこの先一生、人化できないぞ! 恥ずかしさのあまり死んでしまう!)

 

 その場合、ギルメンやアルベド達が蘇生させるんだろうけどな……などと考えていると、アルベドがモジモジしながら口を開いた。

 

「め、迷惑だなんて……天地が引っ繰り返ろうとも、もう一度別の世界に転移しようとも。ありえないことです。アインズ様。(わたくし)のすべては、アインズ様に捧げ……あっ」

 

 恋する乙女然としていたアルベドが、驚きの声と共に口元に手を当てる。

 

「ど、どうした!?」

 

「いえ、その……先ほど、『命を捧げる』の失言でお叱りを頂いたばかりでしたので。その……」

 

 戸惑っているらしいアルベドは、口元に手を当てたまま、オロオロと視線を左右に振った。この仕草が何とも可笑しく可愛く感じたモモンガは、一瞬呆気に取られた後、大笑している。

 

「ふっはははっ……おっと、抑制されてしまったか……」

 

 アンデッド特性の精神安定化で気を取り直したモモンガは、玉座から立ち上がるとアルベドと向き合った。

 

「まあ、何だ。そういう『捧げる』は良いんじゃないかな。俺は嬉しく思ったぞ?」

 

「あ、ありがとうございます。ところで……アインズ様? 先程から御身の一人称が……」

 

 ほぼ普段の雰囲気に戻ったアルベドが指摘する。

 モモンガは人化の腕輪の効果により人化すると、照れ臭く感じていたことから頭を掻いた。

 

「ああ、知っているだろうが、素での一人称は『俺』なのでな。普段はギルメンと話すときのみで、僕に対しては『私』で通しているが……。『私』の方が良かったか?」

 

「い、いえ、そうではなく……」

 

 アルベドは今日何度目かの赤面状態となり、嬉しそうだが恥ずかしげでもある表情で視線を下げる。

 

(わたくし)にも『俺』と言っていただけるのは……何だか嬉しい気持ちです……」

 

「そ、そうか?」

 

 よくわからないモモンガは首を傾げたが、ふと思い立ったことがあったので提案してみた。

 

「……ふむ。そうだな。アルベドよ。こういう二人きりの時は、アインズではなくモモンガと呼んでくれていいぞ? その方が親しみが湧くのでな」

 

「……っ! は、はい、モモンガ様! そう呼ばせていただきます!」

 

 腰の黒翼が広がり、パタパタと動いている。余程嬉しいらしい。しかし、今のアルベドには精神停滞が起こった様子はなかった。モモンガのことで感情が昂ぶっているのに……だ。

 

(タブラさんから、いずれ設定改変が馴染んでいく……様な話を聞かされたけど。そうなっていくのかな……)

 

 だが、今のアルベドは、モモンガにとって非常に好みの女性である。それは容姿だけのことではなく、声も性格も言動も、ほぼ理想の姿だ。多少困ったところもあるが、それは生きた女性なのだから文句を言うべきではない。

 このままのアルベドを見守っていこう。この先もずっと……。

 

(俺でも、こんな風に真剣に女の人のことを考えられるんだなぁ……。でもこれ、後で思い出して絶対に恥ずかしいやつだ)

 

 それでも告白して振られて、一生恥ずかしさに悶えることを思えば百億倍もマシだろう。

 

(ああ、いいなぁ。幸せって気分が感じられて凄い……。アルベドの設定で『ちなみにビッチである。』が残ったまま、改変も無かったらどうなっていただろうか? あるいは『モモンガを愛している。』と完全に改変入力したらどうなっていたかな?)

 

 前者であれば、ビッチであるという設定が表面に出ていたかもしれない。

 後者だと、ヘロヘロが推測していたが、タブラの隠し設定である『モモンガを愛している』部分と重複し、愛が倍増以上に深まっていた可能性があった。

 どちらも想像するだに悪い予感がする。だが、今のアルベドを見ていると、そういった気分が消え去っていくのだ。

 人化した顔でモモンガはフッと笑い、アルベドに言った。

 

「ともあれ、これで『お友達』から『恋人同士』にランクアップかな?」

 

「こ、恋人同士ですか!? そ、そうですね! そうなんですよね! ふわああああっ」

 

 両頬を手で覆うアルベドは黒翼の動きが激しくなっており、そのまま舞い上がっていきそうである。その姿に苦笑しつつ、モモンガは続けた。

 

「タブラさんも言っていたが、恋人同士の間柄には、結婚後ではできない楽しさがあるらしい。暫くは、その辺を探求してみたいと思うのだが……どうかな?」

 

 ここから一気に結婚してゴールイン。というのは、さすがに腰が引ける。そういう情けなさもあったが、今言ったとおり、恋人関係を楽しみたいという気持ちもあった。何しろ、現実(リアル)では、鈴木悟に恋人は存在しなかったのだから。

 このモモンガの心境あるいは心理に気づいているのかどうか。アルベドは、胸に手を当てて微笑んだ。

 

(わたくし)も、モモンガ様と恋人として過ごしてみたいです!」

 

「そ、そうか。そう言ってくれるか……。いや、嬉しいな。本当に嬉しい……」

 

 喜びながら、モモンガは身体に浮揚感を覚えている。

 

(どうも自分は舞い上がっているらしい。アルベドではないが、このまま<飛行(フライ)>を使わずに飛んでしまいそうだ)

 

 今日のことは一生の思い出になるだろう。アンデッドである自分の一生がいつ終わるかは知れたものではないが……それでも、一生ものの思い出だ。

 何しろ、こんな自分に恋人……彼女ができたのだから。

 

「ふ、ふふ、ふはは……」

 

「ふふっ。くすくすくす……」

 

 玉座の間。モモンガとアルベドしか居ない場に、ほんわかとした空気が充満していく。

 数分後。アルベドの『お出かけ用装備』を持ち出してきたパンドラズ・アクターとデミウルゴスが戻ってくるのだが、入室してきた彼らを見たモモンガが、アタフタと不審な挙動を見せたことで、パンドラ達は顔を見合わせることになるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 アルベドに用意されたのは、聖遺物級(レリック)の鎧一式と、意匠を凝らした大剣(クレイモア)だ。

 鎧はプレートメイルと呼ばれるもので、肩当てに、胸部と背中及び腹部を覆う胸甲。腰にも左右正面をカバーするアーマーが備わり、手足には手甲と足甲が装備される。

 更には薄手のチェインメイルも着込むこととなり、ここにヘルムとマントを追加すれば、アルベドの冒険者としての装備は完成だ。

 本来の主装備であるヘルメス・トリスメギストス……神器級(ゴッズ)の鎧とは比べるべくもない貧弱さではある。しかし、前述の鎧一式で複数の補助効果があり、防御部位が少なく思えるも、転移後世界の基準で言えば重装甲に見え、性能は遙かに上回っていた。

 

「も、アインズ様。どうでしょうか?」

 

 パンドラが宝物殿から持ち出してきた『簡易更衣室』で着替えたアルベドが、恥ずかしそうに出てくる。

 その際、危うく『モモンガ』と言いかけたようだが、即座にアインズと言い直していた。パンドラとデミウルゴス達も、「まだ言い慣れてないのかな?」と思った程度であるらしく、指摘する素振りは見せていない。

 着替えて装備替えしたアルベドはと言うと、これが中々に凛々しい。

 ほとんど肌の露出が無く、腕は長袖に脚部はズボン。腰の翼も鎧の中に隠されている。更にヘルムを装着すると、アルベドの頭部にある巨大な角が、ヘルメス・トリスメギストスのヘルムのように抵抗なく収まった。角自体はヘルム外に露出しているが、装飾の一部のようにも見えて違和感はない。驚くべきは、長く艶やかな頭髪が、ヘルム装着の動作に合わせて収納されたことだ。

 

「ヘルムにデータクリスタルを組み込んで、角及び頭髪の収納機構を付与しました! そして! 装備一式は黒色で統一しており、これで『漆黒』のパーティーメンバーとして加入しても違和感は無いでしょう!」

 

 パンドラが身振り手振りを交え、クルクル回りながら説明している。

 本来であれば、モモンガの羞恥心をえぐり抜いて背から貫通していくほどの挙動だが、不思議とモモンガは冷静だった。

 

(何故なら、さっき死ぬほど恥ずかしい思いをしたからな!)

 

 好きな女性に告白したときのことを思えば、黒歴史の言動など何ほどのこともないのだ。

 

「ぅ私とデミウルゴス様のコーディネートによってぇん! アルベド様の魅力に大幅な視覚的バフが……」

 

(うん。やっぱ恥ずかしいわ……)

 

 この黒歴史を受け入れられる日は来るのだろうか。

 一瞬、遠い目をしたモモンガは、アルベドに対して大きく頷いた。

 

「アルベドよ。似合っているぞ! なんと言うか、その……()れ……格好いい!」

 

「あ、ありがとう……ございます……」

 

 途中で口籠もったモモンガに対し、アルベドはヘルムの隙間から湯気を立ち上らせつつ礼を述べる。数秒ほど、二人はモジモジしていたが、それを見守るデミウルゴスはニンマリと笑みを浮かべ、パンドラは不思議そうに卵頭をククッと傾けるのだった。

 




 今回、終盤でアルベドに渡された『お出かけ装備』ですが。
 もちろんオリ設定なので原作には登場しません。
 ところが当初、表示を剣の表記をバルディッシュにしていました。
 これはアニメ三期の最終話で、アルベドが振り回していた長柄斧を剣だと記憶違いしていたためです。
 誤字報告では斧に変えた方が正しいとなっていたのですが、本気で戦うとなったら斧頭武器(バルディッシュ)を持ち出す演出にしたいので、お出かけ装備の方の武器は大剣とします。
 斧から斧に変えたのでは相手が首傾げるだけですし……て、それも面白いかも。
 なお、原作モモンの持ってるような大型ではなく、転移後世界では『普通サイズ』の大剣ということで。

 予約購入した青円盤で見直したら、普通にバルディッシュ持ってたのに。なんで剣だと思ったかな?
 ……『斧頭のような武器』&『モモンが持ってる剣が扇頭の大剣』だからな記憶が混ざったか……。

 <誤字報告>

ペリさんさん、ARlAさん。ありがとうございます。


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