オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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※御報告

実は24話でカルネ村に到着してるのをすっかり忘れてました
1~2日内ぐらいで28話は書き直します


第28話

 ナザリック地下大墳墓。第六階層、円形闘技場。

 そこでは真紅の和風甲冑に身を固めた武人建御雷と、彼の創造NPCであるコキュートスが対峙している。と言うより、互いに武器を持っての戦闘中であった。

 無論、敵対者同士としての戦闘ではなく、主と僕の手合わせである。

 ただし、建御雷の提案により特殊技術(スキル)及び回復アイテム使用は禁じられていた。すなわち、経験と剣技と体力での勝負となる。

 こうなると腕四本、ハルバードを二本腕で持ち、残った左右の下腕にそれぞれ剣を有するコキュートスが有利……のように思えるが、そうはならなかった。

 戦闘開始となって暫くたっても、コキュートスが有効打を出せないのである。

 二人とも、極近い間合いで武器を振り回しており、コキュートスなどは三つの武器を竜巻のように繰り出すのだが、これが建御雷に当たらないのだ。

 

(信ジラレン。私ト建御雷様ハ、同ジ100レベル。至高ノ御方トハ言エ、コレホドノ開キガアルハズハ……)

 

「グヌォ!」

 

 唸ると同時に、下腕の剣をクロスし右、左と斬りつけていく。左右からの攻撃を、建御雷が一本の刀で防ぐのは困難。であるなら、跳ぶか後退するところであるが、そこを狙ってハルバードを振り下ろすのだ。これらは、ほぼ一瞬のうちに行われたが、最初の左右斬りつけの時点でコキュートスの目論見は外れることとなる。

 建御雷の立ち姿がブレたかと思うと、左右からの斬りつけが彼の身体を擦り抜けたのだ。

 

(馬鹿ナッ!) 

 

 だが、コキュートスとてナザリックにあっては武器戦闘最強と謳われる存在。驚愕しつつも身体は動いた。しかも、事前に想定していた振り下ろしではなく、ハルバードが建御雷の胸高に達したところで、強引に止め、右に振り抜いたのである。

 これは先程、不可解な動きで攻撃を躱されたことを考慮しての攻撃だ。振り下ろしから強引に向きを変えることで、回避する建御雷に当たることを期待したのである。

 だが、これも当たらない。

 建御雷は最初、振り下ろしをコキュートスの向かって右方に躱そうとしたが、途中からハルバードが追従してきたので、バックステップにより回避。すぐさま前進して斬り込んできたのだ。

 

「ウ、ウォオオオオオオッ!?」

 

 コキュートスは振り抜いたハルバードを正面に戻しつつ、下腕の刀を左右で前に向けて構える。ともかく前進を止めなければ、いや建御雷を後退させなければならない。いったん、仕切り直しだ。

 その思いで繰り出した攻撃であり防御姿勢だったが、建御雷はヌルリとした動きでハルバードを躱すと、左右下腕の剣が繰り出される前に、コキュートスの懐に飛び込んだ。 

 

「お疲れさん!」

 

 ゴキィイイン!

 

 建御雷は刀の柄をコキュートスの側頭部に叩きつけ、僕の巨体を大きく吹き飛ばす。

 勝負は……それで決した。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「マイリマシタ……」

 

 そう言って立ち上がるコキュートスを見ながら、建御雷は納刀する。

 こちらの世界に転移してきて、すぐに身一つで人間の山賊……死を撒く剣団と戦い、ブレイン・アングラウスとも戦ったが、まるで歯ごたえがなかった。

 せっかくユグドラシル・アバターの力を手に入れたというのに……。ガッカリすること、おびただしい。

 だが、ヘロヘロらと合流し、モモンガとも再会。その後にコキュートスを見たとき、これだ……と建御雷は思ったのである。

 コキュートスなら、今の自分がどれだけ戦えるか計れるんじゃないか……と。

 結果としては望んだとおりとなった。

 コキュートスはブレインを遙かに凌駕する戦闘力を見せ、しかし、それを建御雷はことごとく上回ったのだ。

 

(ユグドラシルでなくなっても、俺は……強い!)

 

 今後は後から来るであろう、『彼』に勝てるよう研鑽を積み、強化アイテムをガンガン作成する。ブレインから習った武技というのも重要だ。聞けば、武技は多くの種類があるという。それらも覚える必要があるだろう。

 もっと、もっと強くなるのだ。

 

現実(リアル)じゃ道場を閉める羽目になって、日雇い労働みたいなことしてたが……。ここなら、俺は何処までも高みを目指せる! たっちさんとの再戦が楽しみだぜ!)

 

 親から継いだ道場を駄目にしたのは忸怩たる思いがある。が、こっちの世界に来てしまい、この半魔巨人(ネフィリム)の身体になった以上、自分は生まれ変わったと建御雷は認識している。

 外に出れば空気が澄んでいるし、食い物は山賊が出す飯だって美味かった。

 この最高の環境でギルド『アインズ・ウール・ゴウン』を楽しみつつ、強くなろう。

 そう考えているところへ、コキュートスが歩み寄ってきた。

 

「サスガハ武人建御雷様。私ノ及ブトコロデハアリマセン」

 

 なんとなく、ショボンとしているのが素振りからわかる。そこに可愛らしさを感じながら、建御雷はクククッと笑った。

 

「今はそうだろうがな。この先はわからねぇぞ?」

 

「コノ先……デ、ゴザイマスカ?」

 

 コキュートスが頭部をグリンと傾ける。どうやら首を傾げたらしい。

 

「そうともよ」

 

 さっきも考えたが、この世界にはユグドラシルになかった武技などがある。探せば未知のアイテムだって有るかもしれない。それらを使い、鍛錬に精進も重ねて、もっともっと強くなるのだ。

 

「オ、オオオッ! ソノトオリデス! 武人建御雷様!」

 

「我ながらフルネーム(なげ)ぇ! 建御雷でいいから! でな、お前もどうにかして外へ……」

 

 徐々に気を取り直し、興奮の面持ちとなっていくコキュートスに、建御雷は思うところを語り続けるのだった。 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「くふふふっ! そうだ! モモ、アインズ様と御一緒できるのなら、アイテム整理をしなくちゃ! 申し訳ありませんがアインズ様? 少し席を外しても?」

 

「え? あ、うん。いいよ、行って来……ではなく、かまわないとも!」

 

 つい素の口調が出かけたのを気合いで支配者口調に変え、モモンガはアルベドを送り出す。この支配者口調は、モモンガが『偉そうかつ威圧的に聞こえる』ことを意識して使用しているのだが、今のところNPC達には好評である。合流を果たしたギルメンらからは、「格好いい」とか、「どこから、そんな渋い声出してんですか」などと言われているが、こちらも評判は悪くない。

 

(でもな~……)

 

 NPC達は支配者然とした振る舞いを好む。

 そこを気をつけてモモンガは演じているのだが、元がただの営業サラリーマンであるため、精神的な負担は大きい。

 

(俺、そろそろキツいかな~。今、アルベドにフランクな物言いをしかけたけど。完全に素で行動しちゃ駄目だろうか? でも、NPC達に失望されたら困るし……)

 

 と、このようにモモンガは考えていた。しかし、ギルメンが相手の時は素で話しており、その姿は既にNPCらに幾度となく目撃されている。今更、多少素で話したところで、失望されることはないのだ。

 そのことにモモンガが気づくのは、果たしていつのことになるか……。

 

「ん?」

 

 アルベドが退室したのは知っていたが、いつの間にかデミウルゴスの姿がない。

 実はアルベドの退室時、デミウルゴスは「では、アインズ様。私も業務に戻ります」と一礼し、玉座の間から退室していた。ちゃんと一言、アインズに、断って、退室していたのである。 

 

(ぐっ……。気がつかなかった……。俺、アルベドしか見てなかったの? すまん、デミウルゴス。俺は社会人失格だ~)

 

 客観的に見ても浮つきすぎだ。アルベドと良い仲になってから、そう時間はたっていないというのに。これはいったい、どうしたことだろう。

 

(俺……もうちょっと、ちゃんとした奴だと思ってたんだけどなぁ。恋人できた途端に、これかよぉ~)

 

 男一匹、鈴木悟。いや、今では死の支配者(オーバーロード)のモモンガ。人生で初めての春に戸惑うばかりであった。

 ところで、そのモモンガの戸惑いを上乗せする『物体』が、玉座の間には残っている。

 モモンガの創造NPC、パンドラズ・アクターである。

 

「え……と。何か、私に用なのか? 何故残っている?」

 

 問いかけたところ、パンドラは踵を鳴らして敬礼した。

 

 ずどぶしゅ!

 

 モモンガの胸に、シャルティアの清浄投擲槍に似た何かが突き刺さる。

 

「とくに退室を命じられておりませんでしたのでっ! それに!」

 

 パンドラは、両肘を突き出すように腕をクロスし、その場でクルクル回り出した。

 

「ちょ、うぐ、おま……やめ……」

 

 モモンガは精神ゲージどころかMPまで減りそうな感覚を覚え、それを止めさせようとする。しかし、その前にパンドラは、モモンガに相対する向きで動きを止めた。

 

「ぅ私、アインズ様にお願いしたき儀がございまして!」

 

 左手は胸に添えるだけ。胸は若干反らし、掌を上に向けた右手は高らかに、斜め上方へと掲げられていた。

 

「げふ、かはぁ……」

 

(こいつ、この短時間で俺を何回殺せば気が済むんだ!)

 

 今のモモンガは悟の仮面を装着しているが、その下では異形種化した状態である。よって一連のパンドラによる『精神攻撃』により、幾度も精神の安定化が生じていた。

 アンデッドの身になって気づいたが、精神安定化の連打はキツい。いわゆる賢者モードにはなるものの、燻るような精神的ダメージが続くからだ。

 

(途中で人化しようかと思ったけど、心臓発作起こして死にそうだし。怖くて人間になんかなれないよぉ!)

 

 とはいえ、パンドラズ・アクターはモモンガが作成したNPC。モモンガが責任を持って対処しなくてはならない。

 

「願いたい儀? いったい、何のことだ?」

 

「実はですね! 宝物殿の領域守護者! その任には大変満足しておりまして! しかしながら、この身の創造主たるアインズ様から、何かこう直々の御命令を賜りたいのです!」

 

 ビシィ! とポーズを決めるのを目の当たりにし、モモンガは自分自身がビシィ! と岩のように固まった気がする。

 

「じ、直々の命令か……」

 

 ……。

 

『じゃあ、そのまま宝物殿に戻って二度と出てくるな』

 

 一瞬、酷も極まる命令が、モモンガの脳裏でテロップとして流れていった。

 が、流れただけで口に出しはしない。

 モモンガ自身、自分の若気の至りを理由にパンドラを邪険にするのは、それはそれで申し訳ないと思っているのだ。

 

(今からでも作り変えられるなら、そうしたいとも思ってるけどな!)

 

「で? 直々の命令だったな?」

 

「はい!」

 

 弾むような声。モモンガにはパンドラの軍服の、尻の部分から猫の尻尾が生えているのが見えたような気がした。

 

(ブンブン振ってる感じのな! なんで愛玩動物系の萌えムーブなんだよ!) 

 

 ちなみに、猫が尻尾を振るのはイライラしている場合である。なので、モモンガが幻視した『嬉し尾振り』は、彼の記憶違いからくるものだったりする。

 それにしても直々の命令とパンドラは言うが、何をさせたものだろうか。

 アルベドがナザリック外に出ている時は、デミウルゴスと協力してナザリック運営を代行すること。これは既に下命してある。

 その他と言えば、すぐに思いつくのはモモンガ達の冒険行に同行させることだろうか。

 可能ではある。アルベドをナザリックへ戻したときに、彼女と交代させれば良いのだ。

 

(……俺と一緒じゃなくて、ヘロヘロさんのところへ放り込む手もあるか)

 

 あるいは単独にて、別所で何かさせた方が良いのではないか。効率的には、その方が良いはず。

 

(例えばアーグランド評議会、いや評議国……だっけ? そこへ送り込んで調査させるとか。そうだな。ギルメンが向かってない国に送り込むのも良いかもしれないな) 

 

 そうなると、何処へ送り込むかが重要になるだろう。自画自賛だがモモンガにとって、パンドラはナザリックNPCの中でも高性能な方に入るのだ。

 その挙動と言動は別にして……。

 ただ、いつまでも邪険にするのは可哀想であるとの気持ちはある。ルプスレギナやアルベドを連れ歩くのに、パンドラは駄目。というのも、なんだかよろしくない。

 

「適当に変身させて同行させるのもあり……なのかなぁ」

 

「ぅ私を同行させていただけるのですかぁ!?」

 

 我知らず呟いた声。ここまでのパンドラと交わした会話レベルのボリュームよりも、格段に小さい声だった。なのにパンドラは聞き取ったらしい。立ち位置こそ変わらないが、ずいっと上半身を前に出し、対するモモンガは玉座の背もたれに身体を押しつける。

 

「うあ、あ~……その、なんだ。時々、たまには、極まれにだな。アルベドを連れて行くのは、近日中になるだろうから。私と同行させるのは順番的にアルベドの後……つまり、時間的な間隔が必要だ。後日、都合の良い日取りで……ということになるな」

 

「おおおっ!」

 

 いつ連れて行く……ではなく、考えておく……に近い物言いだったが、それでもパンドラは嬉しいようだ。その喜び様は、モモンガに新たな罪悪感を抱かせている。

 

(ぐぬ……。実際に同行させるまでの間、何か命じてやらせておくか?)

 

 適当な雑用ではなく、ナザリックの役に立つこと。それこそ先に考えた、他国の調査でも良いが……。

 

(それを今やらせると、遠くへ追いやった感が半端ないんだよな。ナザリック内や近辺で出来ること……。今、必要なこと……)

 

 必死で考えたところ、モモンガは巻物(スクロール)の備蓄に不安があることを思い出していた。巻物は使用する素材次第で、第十位階魔法ですら封入可能。封入時こそはMPを消費するが、使用時はMP消費がない。更に言えば、必要な職業さえ有していれば、レベルが足らなくても高位魔法が使用可能となる。

 そんな便利アイテムだが、作成のための素材は有限だ。ユグドラシルからナザリック地下大墳墓ごと持ち込んだ素材は大量にあるが、使えば無くなっていく。

 

(そうだ! タブラさんに頼んで、転移後世界の素材で巻物(スクロール)が作れないか研究して貰おう。パンドラにも手伝わせれば、効率良いはず!)

 

 パンドラズ・アクターはギルメンの姿に変身でき、その能力の八割を行使可能だ。生産職のギルメン……あまのまひとつの姿を取らせれば、今考えた様に効率は向上することだろう。

 

「パンドラズ・アクターよ。お前に任せたい重大任務がある!」

 

「おお!」

 

 色めき立つパンドラを、モモンガは右掌を突き出して制した。

 

「任せたいのは、巻物(スクロール)作成に適した現地素材の発見。そして、現地素材を利用した巻物(スクロール)の開発だ。この件はタブラさんを主導で進めたいが、お前の変身能力が大きく役立つことだと判断した」

 

 ただし、ギルメンを動員しての事業になるため、近日中にギルメン会議を開催し、その場で議題としてあげるのだ。

 

「おそらくは採用されると思うが、私が一人で決めて良いことではないのでな。それで、かまわないな?」

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神の望みとあらば)!」

 

「ぐはぁあっ!?」

 

 敬礼しつつ高らかに述べられた決め台詞。

 それはパンドラズ・アクター作成時に、モモンガが「最高に格好良い」と思って定めた物だ。しかし、今となっては胸をえぐる黒歴史でしかない。

 

「あのう……アインズ様?」

 

 黒歴史を吐きつけた黒歴史(パンドラ)そのものが、様子を窺ってくる。玉座にてグッタリしているモモンガは絞り出すように命令した。

 

「ど、ドイツ語は控えてくれ。いや、封印だ。いいな?」 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 その後暫くたって、モモンガ達はカルネ村の借家へ戻ってきている。

 カルネ村の滞在中の借宿としていた家では、三体のドッペルゲンガーがモモンガの姿を見るなり駆け寄ってきた。

 一瞬、何かあったのかと思ってモモンガは身構えたが、至高の御方が戻ったことで御前にて控えるべく駆け寄ったのだとか。そのことを跪いたモモンドッペルから聞かされ、モモンガは苦笑する。

 

転移門(ゲート)から出て最初に見えたのが、玄関口から最初の部屋……台所兼食卓(ダイニングキッチン)で立ち尽くすドッペルゲンガー三体だったんだよな~。いや、ビックリしたわ~。だって、俺と弐式さんとルプスレギナの見た目したのが、俯き気味に並んで立ってるんだもん)

 

 ホラー映画さながらの光景だ。

 タブラなどが見たら、喜んだかもしれない。

 

「御苦労だったな。私達が戻るまでに何か異変はなかったか?」

 

「はっ! 昨晩から今にかけ、この家に近づいた者はおりませぬ!」

 

 返答したのは弐式ドッペルだ。気合い満々であるが、弐式の姿で跪かれると微妙な気分になる。もっとも、隣で立つ本物の弐式は「お~。俺が跪いてる姿って、こんな感じか。結構格好いいじゃん!」などと呟いているのだが……。

 ともかく、無事に過ごしていてくれたのなら上出来だ。モモンガはひとしきりドッペルゲンガー達を褒めると、<転移門(ゲート)>を発動して彼らをナザリック地下大墳墓へと送り返している。帰る間際のドッペルゲンガー達は、転移門(ゲート)の暗闇に姿が消える瞬間まで何度も振り返っており、その姿がモモンガにとっては印象的だった。

 

「さて……」

 

 転移門(ゲート)を閉じたモモンガは弐式を見る。

 

「さすがにもう寝ている時間は無いですね」

 

「その辺はリング・オブ・サステナンスでカバーしましょうか。あれなら飲食睡眠が不要で……いや、俺とモモンガさんなら、異形種化すればオーケーだよな?」

 

 下顎を掴んで天井を見上げる弐式。彼が言うとおり、モモンガはアンデッドであり弐式はハーフゴーレムだ。モモンガは完全に、ハーフの弐式は限定的にだが、飲食や睡眠を欠くことのデメリットが生じない。むしろ、この場でそこが問題になるのは……。

 

 ジィッ……。

 

 モモンガと弐式の視線が、ほぼ同時にルプスレギナへ向けられた。

 

「な、なんすか!? お二人とも……」

 

 相手が至高の御方二名なので、ルプスレギナは動揺したような素振りを見せる。

 

「ルプスレギナ。お前、リング・オブ・サステナンスは装備しているか?」

 

「え? あ、ハイ。モモンガ様。必要あって睡眠を取るとき以外は、装備したままです!」

 

 そう言ってルプスレギナは、左手の中指にはめられた指輪をモモンガに見せた。

 

「ふむ、確かに。ならばこのまま寝ないでも大丈夫ですかね?」

 

 モモンガの呟きに弐式が頷いたことで、後は朝になるまで待つこととなる。

 この後の予定は、ンフィーレアの薬草採取の護衛だ。彼に付き従って森の奥へ行き、余裕があれば薬草採取を手伝う。  

 

(薬草取りか……。元の世界じゃ、森自体が壊滅状態だったからな。これは楽しみだぞ!)

 

 護衛依頼ではあるが、これはある意味で『薬草のプロの引率で、薬草採集しながら森を散策する』のようなものだ。

 仕事それ自体はしっかりこなすつもりであるが、モモンガは期待に胸を膨らませるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「やっぱり駄目なのか……」

 

 そう言ったのはモモンガであり、彼は今、木の根元を前にしゃがみ込んでいる。

 目の前にあるのは、ンフィーレアが言うところの『なかなか良い薬草』だ。そう彼が、手に持った薬草を示して教えてくれたのだから、同じ草で間違いない。

 ところが……見覚えたのと同じ薬草を発見したというのに、それを採取できないのだ。手を伸ばすと意識が混濁し、気がついたらスカッと掴み損ねているのである。

 

(昨日もそうだったけど、マジで薬草が採れない。やはり、特殊技能(スキル)が無いと薬草採取できないのか!? いや、サンプルで見せて貰ったのと同じ薬草だぞ!?)

 

 以前にも似たようなことが合った気がする。

 しかし今回は、ンフィーレアがおり色々とレクチャーして貰ったのだが、やはり駄目だった。

 

「なんか……つ~ま~ん~な~い~」

 

 モモンガは子供のように口を尖らせ、文句を言う。では、同じユグドラシルプレイヤーの弐式はどうだろうか。彼は今、モモンガのすぐ脇でしゃがんでいるのだが……。

 

「ほい、ほいっと。割りと簡単だな!」

 

 モモンガの目には、その辺で生えてる草にしか見えない薬草。それらを弐式が次々に見つけて掴み取り、片っ端から手提げ籠に放り込んでいる。

 

「弐式さん……薬草採取、できるんですね?」

 

「いやほら、俺は忍者だし? 探索役(シーカー)的にレンジャー特殊技能(スキル)とか持ってるからさ」

 

 ゲームで定め、時には課金して取得した特殊技能(スキル)。それが、こうも役に立つとは。ちなみにルプスレギナも薬草採取が可能なようで、そのこともモモンガが落ち込む一因となっていた。

 聞けば「ニオイでわかるっす!」とのこと。

 

(あ~あ~、そうですか。俺だけ役に立っていないとか、マジか……) 

 

 モモンガがふて腐れながら適当に草を毟り出すと、弐式は肩をすくめて薬草採取を再開した。だが……その弐式の手の動きが不意に止まる。

 

「おっ? 南の方で生命反応を感知……。モモンさん?」

 

 弐式が呼ぶので、モモンガは立ち上がり彼に歩み寄る。

 

「モンスターですか? エンカウントしそうだとか?」

 

「いんや。森のあちこちに配置した分身体からの情報なんだけど。どうも、そいつ……森の賢王らしいんだわ。ガゼフさんより強いかも……」

 

 森の賢王とは、今居るトブの大森林の……その南側を縄張りとする大魔獣だ。姿を見た者はほとんどおらず、挑んだ冒険者パーティーが幾つも壊滅させられている。もっとも害ばかりの存在というわけではなく、魔獣の縄張り近くにカルネ村があり、魔獣を恐れたモンスターが村に近寄らないという効果をもたらしていた。

 ただ、モンスターはともかく、人間の武装集団などは、魔獣の気配を気にすることなくカルネ村を襲撃したのであるが……。

 

「こっちへ来そうですか?」

 

「いえ、眠ってる。イビキが聞こえてるそうです……。で、どうします?」

 

 森の賢王についての情報はンフィーレアから聞かされていたが、カルネ村の対モンスター防衛の観点から生かしておくのが望ましいとも言われている。

 放って置いても良さそうだが、ひょっとしたら魔獣の気が変わって村を襲うかもしれない。

 

「そうですねぇ。……弐式さん、ちょっと提案があるんですけど?」

 

 モモンガは、おびき寄せて力で屈服させることを思いついていた。

上手く支配できれば、森の賢王を従えているということで、冒険者パーティー漆黒の良い宣伝になるかもしれない。ある程度の宣伝効果が見込めたら、森に帰してカルネ村を守らせるのもありだろう。

 それらの事を弐式に説明したところ、弐式は賛成しながらも苦笑する。

 

「弐式さん? どうかしました?」

 

「いやね、モモンガさん……」

 

 肩を揺すって笑いを堪える弐式は、面をまくって人化した顔……その口を手で覆いながら次のように言った。

 

「大魔獣なんですけど。見た目が幌馬車ぐらいもあるジャンガリアン・ハムスターだって言ったら……信じます?」

 




<ボツ原稿>
説明しようとしたのだが……。
「あれ? ンフィー、居たの?」
 驚くべき事実が発覚した。
 なんとエンリは、今この瞬間までンフィーレアが居ることに気づいていなかったのだ。
 後日、冒険者パーティー漆黒の剣のリーダー……ペテル・モークは、当時のことを次のように語っている。
「いやあ、あの凍りついた空気は酷かったですね。自分はバレアレさんを馬車の右前から見てまして、彼の横顔が見えてたんですけど。引きつった笑顔が固まって……。いや、エンリさんが悪いんじゃないと思うんですよ。何と言うか、その……巡り合わせが悪かったんじゃないですかね?」
 ともあれ、数十秒ほどかけて再起動したンフィーレアは、自分が薬草採取のため、冒険者を雇ってエ・ランテルから来たこと。そして、翌日には再びエ・ランテルに戻ることを説明した。
「あ、ああ! いつものあれね!」
 エンリの方でもマズいとは思ったらしい。ことさら笑顔となって、ンフィーレアに馬車を空き地に入れるように言っているが、モモンガの目から見てもンフィーレアは落ち込んだままだった。

・・・・・・・・(ここまで)・・・・・・・

というもので、これだとモモンガのエンリに対する心証が悪くなるし
ンフィーレアのモモンガに対する反感も大きくなるので
バッドエンドしか見えず
本文のように書き直しました。

 
<誤字報告>

ニドラーさん、yomi読みonlyさん、血風連さん、ARlAさん

ありがとうございます。

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