トブの大森林、その南側を支配する大魔獣。
森の賢王と呼ばれるそれが、見た目はジャンガリアンハムスターだと聞いたモモンガは目を丸くする。
「何とも、それは……。……はったりの利かない容姿ですね」
場所が森で『賢王』と言うのだから、モモンガは漠然と樹木のモンスター……トレントであるとか、オランウータンっぽい魔獣を想像していたのだ。
モモンガの感想を聞いた弐式は苦笑したが、更に分身体によって探らせたところ、大きさは人の背丈を超えて幌馬車に迫る程度。尻尾は緑のウロコに覆われた鞭状になっているとの新情報を得た。
レベル的には三〇強で、戦って勝つのは容易だろう。
「やはり捕獲して、宣伝材料にするのが良さそうですね」
そう決めたモモンガは、せっかくなので皆の見ている前で倒すこととした。これが例えばモモンガ一人とNPC一人の編制だったなら、他の手立てを考えただろう。だが、今の彼には弐式が居る。ルプスレギナだって居る。
正面からパーティーとして対決してみたいと思ったのだ。
そう、これはモモンガの中では紛れもなくPVP、あるいはイベント戦なのである。
「おっし! じゃあ、俺の分身体を使って誘き出しましょう。口の利ける奴だといいんだけどなぁ……」
そう言って弐式は分身体へ指示を飛ばした。
弐式が言うことも、もっともだとモモンガは思う。森の賢王と言うぐらいだから人語を解せるだろうが、もしも話が通じないなら……。
(アウラがビーストテイマーの
今頃、アウラはトブの大森林の調査を行い、ナザリック地下大墳墓の正面に受付棟を建設する任務を同時進行中のはず。呼び寄せて手伝わせても良かったろうが、弐式が居るので呼ぶほどのこともないとモモンガは判断していた。
(部下の能力を見極めて、複数仕事を割り振る。上司としての腕の見せどころだ。加減を間違えて全体が滞るとか、馬鹿の見本だものな。気をつけないと……)
更に十数秒ほど経過し、弐式が「誘き寄せる準備はできました」と報告してきたので、どのように迎え撃つかを相談しあう。ちなみに、弐式は薬草採取を継続しているので、あちらこちらを歩きながらの相談となった。もちろん、ンフィーレアや漆黒の剣の面々には近づかないよう注意している。
そして……。
「おい、何かデカい気配が近づいてるぞ! 北の方からだ!」
弐式が中腰から背を伸ばし、皆に聞こえるように叫んだ。無論、演技である。
弐式の分身体が森の賢王を誘き出し、モモンガ達の元へと誘引しているのだ。
ペテルら漆黒の剣の面々がンフィーレアを呼び戻し、逃げる算段を始めている。レンジャーであり、弐式ほどではないが気配感知のできるルクルットなどは顔面蒼白となっていた。と、そこにモモンガが駆け寄る。
「弐式さんの話だと、もう逃げる間はありません。ここで迎え撃ちます! ルプスレギナ!」
「はいっす!」
呼ばれるや、ルプスレギナがモモンガの前に出た。そして背に手を伸ばし、背負っていた金属杖を取り出す。弐式は……と見ると、気がついた時にはルプスレギナの右側で立っていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
一連の漆黒の行動に驚愕したペテルが叫ぶ。
「俺達も戦いますよ!? 」
「そうです! 同じ依頼を引き受けた身として、ただ見ているわけにはいきません!」
ニニャも杖を構えて叫んでいる。ただ、口論のようにはなっているが、漆黒の剣のメンバーはンフィーレアを守るように位置を変えていた。
(良いチームだな……)
感心するモモンガであったが、だからと言ってペテル達……漆黒の剣を戦わせるわけにはいかない。ここは漆黒の見せ場なのだ。
「じゃあ、私達が危なくなったら支援を頼みます。あるいはバレアレさんを連れて逃げてください!」
「来るぞ! 正面からのまま!」
モモンガの言い終わりに被せるようにして弐式が叫ぶ。
直後、弐式の言った正面方向の茂みから、大きな影が飛び出してきた。
身の丈は人の背丈を大きく上回り、全身を白銀の毛皮で覆った……まさに畏怖すべき大魔獣。
と思ったのはンフィーレアや漆黒の剣のメンバーで、モモンガと弐式は脱力気味に肩を落としている。
(「弐式さん、本当にジャンガリアンじゃないですか……」)
(「いやあ……。俺も分身体の情報で見た目知ってましたが、これは……」)
ルプスレギナはと言うと、キョトンとしたまま金属杖を地面に立てていた。後で聞いたところに拠ると、モモンガと弐式が突然やる気をなくした風だったので、対応に困っていたらしい。もっとも、気を取り直したモモンガ達が演技を再開したため、それに合わせる形で表情を引き締めている。
「来てしまいましたか。こうなると、この場で迎撃戦ですね」
呟くモモンガの声に合わせて弐式とルプスレギナが身構え、後方で漆黒の剣が各々防御を固めた。ンフィーレアも魔法で戦闘参加すると言っているが、こちらはペテルらに止められている。
「それがしを起こした者の、お仲間でござるかな?」
少女の声……のようなものが聞こえた。
声を発したのは目の前の大魔獣……巨大ハムスターだ。
「それがし? って何でしたっけ?」
「名前をぼかして人を指す時に『
さすが忍者。詳しい。
納得いったモモンガは頷いたが、ハムスターの方でも「ふむ。よくはわからんが、そんな感じでござる!」と大きく頷いており、それがまた脱力を誘う。
とはいえ、どうやら会話が可能な生き物であるらしい。
モモンガは弐式とルプスレギナを間に置いた状態で、ハムスターとの交渉を開始した。
「私の仲間が睡眠の邪魔をしたようで済まなかった。君は……森の賢王と呼ばれる魔獣で間違いないのかな?」
わざとであるし迷惑をかけたのは事実。なので、まずは謝罪から入る。
モモンガの低姿勢な態度にルプスレギナが嫌そうな顔をしていたが、角度的にモモンガからは見えていない。
「いかにも。人間共は、そう呼んでいるようでござるな。さて……安眠妨害をされた上に、縄張りに踏み込まれたとあっては、それがしも黙っているわけにはいかぬでござる。小腹も空いているので、お主らをいただくでござるよ!」
(「俺、人化してないと骨なんだけど。ポリポリされちゃうのかな?」)
(「それを言ったら、俺だってツルンとしたハーフゴーレムですよ」)
モモンガと肩越しに振り返る弐式はボソボソと言葉を交わしたが、やがてモモンガが咳払いをし、森の賢王を指さした。
「私達を捕食するとは片腹痛い! 冒険者パーティー漆黒の強さ、身をもって知るのだな!」
キリッ!
打ち合わせどおりのセリフだが、それら段取りと無関係な森の賢王は返事をしない。フンと鼻で笑うや、大蛇のような尾を突出させてきた。
レベル三〇強の能力から繰り出された攻撃は、ンフィーレアは勿論のこと、ペテル達にも目視できない。ただ緑がかったうねりが、気がつくと真っ直ぐ伸びてモモンガに到達している。そういった唐突な光景だ。
そして、その神速の攻撃を、モモンガが粗末な木の杖(実は
「今の一撃、人間を殺すに十分だったと思うでござるが……」
森の賢王の声に戸惑いの色が混じる。
躱された、あるいは強固な盾や鎧で防がれた。それならば納得もできただろう。
だが、今の攻撃を軽々と撥ねのけたのは、肉体強度が劣る魔法職。そして手にあるのは粗末な木の杖だ。
(信じられないんだろうな~。こっちは武器性能もあるけど、アイテムでステータス増し増しにしてるんだよ。すまないねっ!)
モモンガは密かに筋力強化の小手……イルアングライベルを装備していたし、その他、装備したアイテム類によって森の賢王登場前からバフが掛かっている状態だった。レベル三〇かそこらの物理攻撃など、物の数ではないのである。
「ありえないでござるよ……。お主、本当に魔法職でござるか? ローブに杖の組み合わせは、確かそうだったと記憶するでござるが?」
「なるほど、なるほど」
問いかけてくる森の賢王に、モモンガは二度ほど頷いて見せた。
「私が魔法職……
モモンガが叫ぶ。
それと同時に、弐式が
しかし跳んだ先、地上十数メートルの上空には、より速く、より高く跳躍した弐式が待ち構えていたのである。
「むっ! いつの間……」
「忍者スパイク!」
この世界の者達には知るよしもない、
ベシィッ!
「ぎょわああああっ!?」
手加減されたとはいえ、レベル一〇〇プレイヤーの一撃は強烈だ。森の賢王は腹を下に、前足後ろ足を上方へ反らせる体勢で急降下していく。このままだと、森の地面に激突してしまうが……。
そこに鉄杖を持ったルプスレギナが待ち構えていた。
「にひひっ! すまっしゅ!」
「どひいぃぃぃいいっ!?」
弐式から「こう言って殴るんだ」と教わったとおり、ルプスレギナが叫びながら鉄杖を振るう。振られることによって生じる遠心力。そこにルプスレギナの筋力値が加わって、杖端の鈍器は一撃必殺の威力を有するのだ。
もっとも、殺さないようにとも言われていたので、手加減された打撃は吹き飛ばすに留まっている。そして吹き飛ばされた先には、これまた、いつの間にかモモンガが移動済みであり、既に魔法発動の準備を終えていた。
「ホームラン!(威力減衰ファイアーボール)」
「ぐべらっ!?」
レベル補正等はあるものの、ほどよく減衰した火球。その炸裂を直下で受けた森の賢王は、再び上空へと上昇していく。
その先には、<
以後は、前述の繰り返しである。
数分たって森の賢王は解放されたが、顔をボコボコに腫らし、小山のごとき巨躯を震わせながら泣いていたという。
◇◇◇◇
「そ、それがし、殿に忠誠を誓うでござるよ!」
後ろ足で立った森の賢王が、左前足を掲げている。
忠誠を捧げた先は……モモンガであるが、モモンガはと言うと森の賢王の取ったポーズがパンドラの敬礼を連想させたため、密かに悪寒を感じていた。
(ぶるるっ。おっと……。しかし、忠誠と言われてもなぁ)
ナザリックNPCだけで間に合ってます。
そう言いたいが、森の賢王のネームバリューと現実的な強さは良い宣伝になるのだ。諦めて忠誠を受け入れることとしたモモンガであるが、ここで「はて?」と首を傾げている。
森の賢王というのは称号だ。であるならば、普段呼びする本名があるのではないか。そこを当人に確認したところ、名前と呼べるものはないと言う。
「そもそも森の賢王の称号とて、返り討ちにした冒険者が口走ったのが気に入った故、名乗ることにしたのでござるよ」
その冒険者は見逃してやったそうで、逃げ帰った先……例えば冒険者組合の宿なり酒場なりで吹聴したのが広まったのだろう。
ならば森の賢王には名前をつけなければならない。いちいち森の賢王では仰々しいし、何より自分よりも偉い存在を呼びつけているような気分となるのだ。
(俺、小市民だからな!)
「あ、あのう……モモンさん?」
「はい?」
背後からペテルに呼ばれたので振り返ったところ、ンフィーレアと漆黒の剣メンバーが呆然となって森の賢王を見ていた。
「ど、どうしました、皆さん?」
「どうもこうも……」
この見るからに強大な魔獣を、三人がかりで軽くボコボコにした。その事実が、目の当たりにしたのに信じられないらしい。しかも、モモンガ達の戦いぶりを見るに、それぞれ単独でも森の賢王を倒せていたようなのだ。
「モモンさん達は、いったい……どれほど強いんですか?」
「諸々秘密です」
モモンガは人差し指を口前で立てると、ぎこちないと自覚しつつウインクして見せる。
「まあ、私達の故郷(ユグドラシル)では、中の上あたりの強さとか……そんな感じですかね」
「故郷(南方)ではって……」
森の賢王を遊び半分で完封するような存在が、中の上。
悪すぎる冗談にしか聞こえず、もはやペテルは言葉もない。それは二人の会話を聞いていたンフィーレア、他の漆黒の剣のメンバーらも同様だ。
「さて……」
ペテル達が黙ってしまったので、モモンガは森の賢王を振り返る。彼……いや、雌とのことなので彼女の名付けを再開するのだ。
「ん~……。……ハム……太郎?」
「モモンさん。それは何だか、色んな意味で危険な名前ですよ。第一、太郎は雄につけるものです」
すかさず弐式から突っ込みが入る。
良い名前だ! と鼻で大きく息していたモモンガは、クリンと首だけ回して弐式を見た。
「なんです? 弐式さんには、他に良い命名案でも?」
「え? 俺?」
振られた弐式は、肩を上下させて怯む。
モモンガの駄目ネーミングセンスに突っ込みを入れただけなのだが、命名案を聞かれるとは思っていなかったのだ。
(森の賢王……だ、大魔獣。森の暴れ者……暴れん坊。暴れん坊賢王……。そういや昔、建やんに見せられた時代劇の動画データで……)
脳内でグルグル思考を回していた弐式は、過去の記憶からとある名前を思い出し、それを流用する。
「徳……じゃなかった。し、新之助?」
「むう、なかなか渋いですけど。それだって男性の名前ですよね?」
若干悔しさをにじませながらモモンガが言い、更に暫く話し合った結果。
森の賢王の名は『ハムスケ』に決定した。
「いいんじゃないですか? 俺のと弐式さんのを足して割った感じだし。でも男性的な『スケ』は残っちゃいましたね」
「はっはっはっ。『スケ』の響きは残したかったんで、しょうがないことなんですよ」
誤魔化すように弐式が笑うが、ハムスケはと言うと「それがし、生まれ変わった気分で、新しい名と共に頑張るでござるよ!」と意気込みを語っている。やる気があることは大いに結構なので、モモンガ達は彼女を気分良いままにさせておくことにした。
これにて森の賢王問題は解決……と思いきや、モモンガの前に新たな問題が発生する。
モモンガはハムスケを広告塔として連れ歩きたいのだが、ハムスケがトブの大森林から居なくなると、森の勢力図が混乱する恐れがあるのだ。つまり、ハムスケよりも自重しない勢力が、近くのカルネ村を襲う可能性が高くなる。
ンフィーレアから相談を受けたモモンガは、ハムスケを見た。
冒険者として必要な時だけ連れ歩き、普段は森で常駐させれば良いのではないか。
その案をハムスケに確認したところ、現時点で森の勢力バランスが崩れてるらしい。ハムスケ単体では多数のモンスターが押し寄せた場合、防ぎきれる自信が無いとのこと。
「ふむ。では、カルネ村防衛のために、策を講じる必要があるな」
(トブの大森林はアウラに調査させているが、その中間報告でもさせてみるか。場合によっては、他の勢力とやらを屈服させる必要があるし……ん?)
ここでモモンガは、先日、カルネ村に送り込んだブレイン・アングラウスのことを思い出す。彼は今、どうしているのだろうか。今回の冒険依頼でカルネ村に立ち寄った際、その姿を見かけなかったので気が回らなかったが……。
(ンフィーレアに聞いて確認……。あ、彼は外から来た人間だから、カルネ村の事情は知らないか。村に戻ったらエンリに聞いてみよう)
どのみちトブの大森林の調査は進めるつもりだし、ハムスケ以外の勢力をどうにかしなくてはならないだろう。そこはナザリックで何とかしようとモモンガは考えていた。
もっとも、カルネ村に対する脅威は、ロンデス達のことを思えば森だけではない。しかし、ブレインなどを活用すれば、少しは村の自助努力の足しになるだろう。
そう判断したモモンガは、ンフィーレアに「その件については私に考えがあるので」と誤魔化し、彼に村へ戻るよう促す。今、森の中に居るのは、ンフィーレアの薬草採取の護衛兼手伝いなので、彼が戻ると言わなければ終了にならないのだ。
「ええ、薬草採取は中止しましょう。実は、モンスターとの戦闘がまるで発生しなかったので……ハムスケさんの一件は別にしてですけど……持ってきた袋類は満杯なんです」
「ならば、村に戻りましょう。村長と相談することがありますし、私の方でも先日、カルネ村に預けた男が居ましてね。彼の様子も知っておきたいのです」
笑いながら言うモモンガであったが、言いながら徐々にブレインのことが気になりだしている。
ブレインは武人建御雷に懐いており、ナザリックへ武技教官として通うことを考えると逃げるとは思えない。カルネ村の警護を任せたわけでもないので、特に用が無ければ村を出たりもするだろう。
(う~ん。外出承認簿でも作るかな? 村からの出入りは帳簿に記載して……。って、職場外にある住居地からの出入りまで管理するとか、それどうなの!?)
現状、ブレイン・アングラウスは『お雇いの外部協力者』であり、ナザリックの僕になったわけではない。窮屈を感じるような監視や拘束は、組織としてブラックも極まる。
(いや、僕相手でもブラックは駄目だ!
「世界征服か……。それをしたら、こういう心配しなきゃいけない枠が広がるんだよな~」
元々はナザリック地下大墳墓の維持費を捻出する為の、一つのアイデアにすぎなかった。今のところ、エ・ランテルを裏から支配できてるそうだが、それだけでも上々の首尾と言っていい。余裕があれば、他の都市にも手を伸ばしてもいいだろう。何なら、王国を乗っ取ることも……。
その先には世界征服があるのかも知れないが、支配したからには今考えたように責任が生じる。
(上手く統治しなくちゃいけないのか……。都市運営ゲーとか得意じゃないんだけど……)
その辺はギルメンでも頭脳派の者に、そしてデミウルゴスあたりに丸投げしても良いだろう。だが、モモンガ個人の考えとしては『ブラック企業の要素は可能な限り廃する』を盛り込みたかった。
「ああ、胃が痛い……」
人化したモモンガは、途端に胃の奥深いところでキリキリした痛みを感じている。
これがゲーム『ユグドラシル』の中で、サービスが続行中。今もなおギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が健在だったのなら。どれほど気が楽だったろう。少なくともギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の全盛期、モモンガの気苦労と言えばギルメン達の取りまとめであり、たっち・みーやウルベルトの喧嘩の仲裁程度だったのだから。
「でも、こっちでもギルド長を引き受けちゃったからな~」
ハアと溜息をつきつつ、モモンガは皆と共にカルネ村へと戻って行くのだった。
◇◇◇◇
その頃。
モモンガが気にしていたブレイン・アングラウスは、カルネ村を離れ、街道外の荒野でモンスターと戦っていた。
「でやぁ! せい! ふん!」
昼時の陽光を受け、額に汗しながらゴブリンやオーガを切り伏せていく。
その手にあるのは、元よりブレインが所持していた刀ではない。
至高の四十一人。その一人である武人建御雷より貸与された物だ。
柄や鍔の拵えは、今までに見たこともないほど素晴らしいもので、美麗かつ無骨……言い方を変えれば、美しくある一方で、武人の蛮用に耐える質実剛健さを有している。
刀身もまた素晴らしい。
素晴らしすぎるので、今日は街道外荒野で試し斬り……というわけだ。
建御雷が言うには、「試しに作った物だ。使ってみろ。本当なら攻撃力が
ただ、この世界の刀剣に比して耐久力が遙かに上で、刃がこぼれるなり減るなりしても、時間経過と共に回復するのだ。そもそも、刀身の素材が(この世界の感覚で)上質であるため、キチンと刃を当てさえすれば大概の物は真っ二つ。
「ちゃんと刃を当てないと単なる鈍器だからな? お前の技量次第ってこった」
という建御雷の補足説明も、ブレインが大いに気に入っている点だった。
「要するに、上達すりゃ上達するほど強くなれるってんだろ!? 最高だぜ、建御雷の旦那よぉ!」
ここには居ない建御雷に賛辞を送りながら、ブレインは戦い続ける。ちなみに、カルネ村に案内された後、極短時間ながらナザリック地下大墳墓に連れられ、建御雷から刀を貰ったのだが……。
ナザリックの僕達の眼がある場で『建御雷の旦那』と呼んだ時は、本当に命が危なかった。
(旦那が居なかったら俺、死んでたよな~……)
直接に何かされたわけではないが、浴びせかけられる殺気だけで心臓が止まりそうになったものだ。呼ばれた側の建御雷が「俺の子分なんだから、いいんだよ!」と一喝して黙らせてくれなければ、自分で今思ったとおり死んでいただろう。
もっとも、一喝された僕達が揃って自害しそうになり、大慌てで宥めだした建御雷の姿をブレインは鮮明に覚えている。
「忠誠心すげぇんだよな。……取りあえず、旦那を旦那と呼ぶのはいい感じだが。他の方々には口の利き方を……」
いつの間にか身体強化(レベルアップ)していたらしく、掴みかかってきたオーガを避けざまに蹴って転がしたブレインは、それに斬りつけながら街道に目を向けた。
人目に付かないよう距離を取っているので目視はできないが、人影が移動している気配を感じたのだ。
「一人だけ、えらく気配がキツいな。隠そうともしてやがらねぇし。いや、二人か? 片方は、そこそこだが……」
呟きながら刀を振るうブレインは、最後のオーガを斬り伏せると、身体ごと街道に向き直った。
「さっきの奴は、俺より強そう……だと?」
◇◇◇◇
お昼時の街道を一組の男女が歩いている。
男は元スレイン法国騎士隊、副隊長を務めていたロンデス・ディ・グランプ。
女は元スレイン法国漆黒聖典、第九席次だったクレマンティーヌ。
ロンデスは以前、隊長ベリュースに率いられ、バハルス帝国騎士を装ってカルネ村を襲撃した男である。それは各地を襲撃されたことで王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが出張り、それを陽光聖典に任せて暗殺することを目的とした作戦行動だった。しかし、偶然にも前日より寝泊まりしていた弐式炎雷に、事の終盤にはモモンガとヘロヘロにまで乱入されて失敗に終わっている。
事後、捕縛されたロンデスはベリュースと共にエ・ランテルに送られ、当面は留置所暮らしが続くはずだった。ところが、口封じ目的かスレイン法国の手の者が出現し、隣の牢で居たベリュースを殺害。ロンデスも危ないところであったが、モモンガが脱出補助のために付けていた
と、そこまでは良かったのだが、モモンガが「解放しろ」としか命令していなかったことで、エ・ランテル内の路地に放り出されてしまった。丸腰のロンデスは、都市門を強行突破することができず、こそこそと路地裏を彷徨っていたのだが……。
(まさか、漆黒聖典の関係者と出くわすとはな……)
今、少し前を鼻歌交じりで歩いている女……クレマンティーヌ。彼女と出会ったのは、都市内の墓地に差し掛かった時だ。とある用で墓地を目指していたクレマンティーヌは、戯れにロンデスを殺そうとしたのだが、ロンデスがスレイン法国出身であると口走ったことで気勢を削がれている。そして、ナザリック地下大墳墓という場所に誘われ、そこを頼るつもりでいると聞くや、ロンデスに便乗すると決め込んだのだ。
以後、二人は行動を共にし、クレマンティーヌの戦闘力に物を言わせて都市の通用門を突破。道すがら遭遇した野盗を、主にクレマンティーヌ一人で返り討ちにし、金品に非常食、武装一式を入手している。
武装に関しては、クレマンティーヌはスレイン法国から持ち出した
よってロンデスは今、野盗から剥ぎ取った革鎧一式とロングソードを装備している。
「いんやぁ~。あたしが頭とか喉とか狙って、ドスってした死体があって良かったよね~。鎧が破れたり血で汚れたら、使い物に……。ん~、ちょっと汚れてたかな~」
「その辺は感謝するが。息がある野盗を拷問しようとしたのには、大いに引かせて貰ったぞ」
そう、クレマンティーヌは一部の野盗に関しては、急所ではなく手足の関節部を刺し、行動できなくしていた。そして芋虫の如くのたうつ野盗の一人を、頭髪を掴むことで引き上げ、
ロンデスが呆気に取られていたため最初の一人は、五度ほど刺されたところで死亡したが、次の一人に手を伸ばしたところで、ようやくロンデスが制止したのだった。
「止めるなり即座に殺したので、救えたわけではないのだが……」
「ロンちゃん、危ないとこだったよ~?」
ブツブツ文句を言うロンデスを、クレマンティーヌが肩越しに振り返る。
「あの時は沢山殺して、一人楽しめたから気が晴れてたけど~。そうじゃなかったらロンちゃんで楽しんでたかも」
「物騒な冗談は止めてくれ。あと、ロンちゃんと呼ぶな」
むっすりしたロンデスが抗議するも、クレマンティーヌは「にゃはははは~っ♪」と笑って無視するのみだ。その態度にロンデスは憮然としたが、笑い飛ばしてるクレマンティーヌ側でも思うところがあった。
(こいつと話してると、な~んか調子狂うんだよね~)
逃げ出して来ただけあって、クレマンティーヌは元の職場……漆黒聖典で順風満帆だったわけではない。優秀な兄を引き合いに出され、出来損ないだのと蔑まれていた。口うるさく指図された回数などは数え切れないほどだ。
だから、クレマンティーヌには常に胸に溜まるものがあった。
自分を蔑んだり、糞兄貴と比べた奴を殺したい。
しかし、スレイン法国には自分より強く、自分を殺せる者が存在した。とてもではないが、実行には移せない。
やむを得ず与えられた任務をこなし、我慢に我慢を重ねる日々が経過していく。だが、何事にも限度というものがある。ついに先日、クレマンティーヌは限界を迎えてしまった。
もう嫌だ。こんな糞みたいな職場、いや糞国家なんか出て行ってやる。私は自由だ。
爆発した彼女は、幾つかの装備を失敬し、闇の巫女から国宝中の国宝、叡者の額冠を奪い取って姿をくらましたのである。
叡者の額冠を奪われた闇の巫女は、そのアイテムの副次効果により即座に発狂した。が、今日まで兄との比較で性格が歪み、度重なる殺人任務が趣味と嗜好に変貌したクレマンティーヌにとって、大きな問題とはならなかった。
追い詰められたクレマンティーヌからすれば、自分の都合が一番大事だからだ。
このように、溜まった衝動が爆発するに任せて逐電した彼女であるが、まるっきりの無策だったわけではない。
こっそり加入していた犯罪結社ズーラーノーンにおける知人で、自身と同じ十二高弟の一人……カジット・デイル・バダンテール。彼がリ・エスティーゼ王国のエ・ランテルにて潜伏中であるとの情報を得ていた事で、彼を利用……もとい、頼るべくエ・ランテルに向かったのだ。
何をしでかそうとしているのかは知らないが、法国からの追っ手ないし討手の眼を誤魔化せるなら何だっていい。
ともあれ、エ・ランテルに到着したクレマンティーヌは、持ち前の身体能力と、ロンデスのような足手まといが居なかったこともあって、容易に都市内への潜入を果たしている。その後、カジットの潜伏地……都市内墓地に入る直前でロンデスと出会い、今に至るわけだ。
(第七位階魔法を使うとか胡散臭いけど、ニグンが目撃してるって言うなら確認してみる価値はあるよね~。ナザリック地下大墳墓か……どんなとこなんだろ?)
聞けばロンデスは、その第七位階魔法の使い手とやらに勧誘されているらしい。何でも、この近隣諸国の世情に疎いので案内役が欲しいのだとか。
そんな理由で、王国にあっては犯罪者のロンデスを雇うのであれば、戦闘力や知り得た情報量の点で、完全にロンデスの上位互換なクレマンティーヌも雇って貰える目がある。
上手くすれば、法国の追っ手から匿って貰えるかもしれない。
「ふふ~ん」
自身の将来。そこに明るいものが見えた……様な気がしたクレマンティーヌは、上機嫌で鼻を鳴らした。
良い気分過ぎて、街道を行く通行人を面白おかしく殺したいぐらいだ。
ところがエ・ランテルを出てからこっち、先に出会した野盗以外で人を殺せていない。
原因はロンデス。
街道移動中は、冒険者の護衛を受けた商隊馬車と出会ったりするが、規模が小さい場合はクレマンティーヌの標的になりやすい。エ・ランテルを出てからも一度、ちょうど良い感じの商隊に遭遇し、しかも男性冒険者がクレマンティーヌにちょっかいを出してきた。
マントで全身を覆っているとは言え、クレマンティーヌの脚や手は時折露出する。これを見て「金は払うから、その辺の茂みで……」と来たわけだ。
一目見るなり
が、今回は、それを制する者が居た。ロンデスである。
「おい! 俺の連れは商売女じゃない。遠慮してくれ」
これにより無礼な男は、遅れて駆けつけた商隊護衛のリーダーに叱り飛ばされ、クレマンティーヌは面白くない顔をしつつも
それ以後、他の街道通行者とは遭遇していないが、クレマンティーヌのストレスは徐々に高まりつつある。
(ったく、ナザリックとかってのに紹介して貰うんだから、大目に見てやってるけどさぁ。ほんとなら私に説教した時点でドスッ! だよ? ……つ~か、さぁ……)
更にムカつくのはロンデスに対し、それほど腹が立っていない点だ。
(なんだってのさ。私は泣く子も黙る、漆黒聖典の第九席次だよ? それが……)
なんとはなしに苛っとした気分になる。こういうときは、誰か殺してスカッとするのが一番だが、手近のロンデスで発散するわけにはいかない。
誰か殺して良さそうな奴は……と周囲に向けたクレマンティーヌは、街道外で闘争の空気を感じた。
(誰か戦ってる? モンスターと人間……かなぁ。人間の方は一人? なんで気がつかなかったかな?)
クレマンティーヌは眉をひそめたが、すぐに理由に思い当たって顔を顰めている。
今の今までロンデス及び他のことを考えていたので、気がつかなかったのだ。
(面白くな~い。ますます殺しをしたい気分になっちゃったわけだけど~)
相手が殺意剥き出しで襲ってくるならともかく、こちらから喧嘩を売りに行くとロンデスが
(……アレだ。アレよ。新しい就職先(?)の紹介役だから、私的に気を遣う必要があるわけ。他に何にもないし!)
先程も考えたことを引き合いに出し、クレマンティーヌは自分を納得させた。それでもモヤモヤしたものは消え去っていないが、やがて戦闘があったと思しき方角から一人の男が駆けてくると、彼女の意識は相手に集中することとなる。
現れたのは一人の男性剣士だった。
青い髪に無精髭。黒いシャツに黄土色のズボンと焦げ茶のブーツ。
走行音からして服の下にチェインシャツを着ている風だが、基本的には軽装のようだ。腰に
(武器の程度からして相当強いな、こいつ……。私には及ばないだろうけど……。……どうかな?)
膂力や体力、それに速度。更には戦闘経験の点で、クレマンティーヌには自信があった。
だが、街道外から来た剣士を見るに、自分の方が勝る……とは思っていても、楽勝できるほどの差は無いとも判断している。
殺して発散できる奴が自分の方から来てくれた。と思いきや、警戒に値する戦闘者が出現したというわけだ。
「よう、お二人さん。どちらへ向かってるんだ?」
数メートルの所まで来た剣士は声をかけてくるが、第一声が『行き先を尋ねること』とは妙な話である。
見ず知らずの人間の行動を詮索する気か……的に煽ろうとしたクレマンティーヌであったが、一瞬早くロンデスが口を開いた。
「地元の方かな?」
「ん? ああ、地元って言やあ地元だな。最近、越してきたばかりだが……」
質問に質問で返されたとでも思ったのか、剣士が怪訝そうな顔をして頷いている。だが、いきなり『行き先』を訪ねてきたのは剣士の方なのだから、おあいこではあった。
(ロンデスの奴。煽り返してる? 普段、そういう対応する奴じゃないんだけど……。なんかあったかな?)
もはや、殺す殺されるの空気を作る気も無くなったクレマンティーヌは、男二人の会話を聞くことにする。交渉が苦手というわけではないが、ロンデスが肩代わりしてくれるなら、その方が楽だからだ。
「ふむ。地元の方ならば、周辺の地理に詳しいだろう。質問に質問で返した非礼は詫びよう。先程の質問は、我々の行き先についてだったな」
剣士の方に害意が無いと判断したのかロンデスが、肩の力を抜いて話しだす。
クレマンティーヌは「あ~……ナザリックのことを聞くんだ?」と思ったが、地元民なら知ってそう……と言うロンデスの意見には同意できたので、黙って聞いている。
「おおむね我らが向かっていた先に、ナザリック地下大墳墓という場所があるそうなのだ。御存知かな?」
「ナザリックだと!?」
剣士の雰囲気が一変した。
彼は目を丸くし、口を大きく開けていたが……やがて警戒するような目つきになったかと思うと、すぐに気の抜けたような溜息をつく。
「なんなの? 今の顔芸は?」
思わず口を出してしまったクレマンティーヌに、剣士は肩をすくめて苦笑した。
「顔芸たぁヒドいな。いや、あそこにちょっかい出す気かな……と思ったんだが……。二人だけで何かするってもんでもないだろうし。どうせ俺が気にしたところで、仕方がないかな……と思ってな」
流れるように言う剣士は、言い終わりに表情を引き締めると、ロンデスに向かって顔を突き出す。
「念のために聞いておくが。アンタら、ナザリックの客か? 悪さしに行くってんなら、やめといた方がいいぞ? 死ぬより酷い目に遭うからな」
その表情は真剣そのものだ。
単なる脅しではないと判断したロンデスが、こちらも真面目な表情で頷いている。
「どちらかと言えば客……違うか、勧誘を受けた身だから就職希望者だな。アインズ・ウール・ゴウンという方から直接誘われている」
「アインズ様!? しかも直々にか!? そりゃあ……大したもんだ」
驚く剣士の様子からすると、ただの地元民ではないらしい。その強さは別にしても、ナザリック地下大墳墓の関係者である可能性が見えていた。
ロンデスはクレマンティーヌと顔を見合わせると、その辺りを確認してみる。すると剣士はニッと笑って見せた。
「そういや名乗ってなかったな。俺は、ブレイン・アングラウス。最近、ナザリックで武技教官として雇われた者さ」
「ブレイン……アングラウス?」
その名を確かめるようにロンデスが呟く。ブレインの名を知っている様子だ。そしてクレマンティーヌも、ブレインについては知っていることがあった。
以前、リ・エスティーゼ王国の御前試合に出場し、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと戦って惜しくも敗退した天才剣士の名だ。
「なるほど。貴殿が、噂に聞いたブレイン・アングラウスか。こちらも名乗らなくてはな。私は、ロンデス・ディ・グランプ。こちらはクレマンティーヌだ」
「よろしく~」
態度を改めてロンデスが紹介する。その隣りでクレマンティーヌはヒラヒラと掌を振った。が、少し……ほんの少しだけ、興味が湧いてニタリと笑う。
「ブレイン・アングラウスか~……。ね~? さっき向こうで戦ってたのはアンタでしょ? 相手はゴブリン? オーガー? その刀の試し斬りだったのかにゃ~? 満足いった~? いってないよね~? 私ならさ~、いい感じで相手できると思うんだけどぉ~」
「あ、こら。初対面の人に何言ってるんだ! と言うか、この人はナザリック地下大墳墓の関係者だぞ!?」
叱責の途中から顔色が悪くなっていくロンデスを、ブレインは「そりゃ、そんな感じにもなるよな」と思いつつ見ていた。しかし、クレマンティーヌの申し出は、ブレインとしても願ったり叶ったりだ。
何しろ、わざわざ走ってきたのは「強者と手合わせができるかも……」という期待があったからである。
「まあまあ、細かいことはいいじゃないか」
顔を引きつらせているロンデスに笑いかけると、ブレインは次いでクレマンティーヌに話しかけた。
「俺も、その目的でこっちへ来たんだし。死ぬの殺すののところまでしなきゃ大丈夫だろ? ……見た感じ、姐さんは俺より強そうなんだが……」
俺より強そう。
その言葉がブレインから出たところで、クレマンティーヌが心底嬉しそうにニンマリする。ブレインとしては相手の方が強いと認めるのは癪だったが、事実なのだからしかたがないと考えていた。
「ま、ここは一つ。胸を借る気持ちで手合わせを頼めるかな?」
そう言った途端、クレマンティーヌがマントの下で自らの胸を抱きしめる。
「いやん。胸を借りるだなんて、えっちぃ! 私、そういう女じゃないんだから~」
本気で嫌がっているわけではないのは明白だ。顔が笑っているし、その目も笑っている。
さすがのブレインも、これには閉口したのか、頭をボリボリ掻くとジト目でクレマンティーヌを睨んだ。
「そういう意味じゃねーよ……」
<誤字報告>
ARlAさん、フウヨウハイさん
ありがとうございました