「ふん~ふん~……んんん~」
豪華絢爛、天上の美。
ナザリック地下大墳墓の第十階層通路を、ブレイン・アングラウスが歩いている。服装は死を撒く剣団時代と替わらないが、腰に帯びた刀は武人建御雷による手製の品だ。作った本人が言うには、頑丈さと刃こぼれの自動修復、ある程度の対魔力攻撃ができる程度で『練習刀』らしい。だが、ブレインは、この練習用の刀が
そして、そんな彼の後方数歩分のところを、クレマンティーヌとロンデスが寄り添いながら歩いている。
恋人同士で仲睦まじい……わけではなく、ナザリック地下大墳墓の偉容に圧倒されているのだ。あまりの迫力に、隣を歩く者と離れるのが不安になってしまうのである。
「ろ、ロンデス……。あんた、とんでもないところに連れて来てくれたわね……」
「い、いや……俺も知らなかったし……」
カルネ村に到着した後、モモンガらに言われるまま
その後は、案内役として呼ばれたブレインについて歩いているのだが……。
見る者すべてに圧倒されているというのが、二人の置かれた状況である。しかも、そこかしこで見かけるモンスターは、クレマンティーヌが何人居れば勝てるか想像もつかない程の強者ばかりだ。
クレマンティーヌは、モモンガらの迫力に気圧されたことはあっても、その強さについては目の当たりにしていない。見ていない相手の強さに怯える彼女ではなかったが、ここまで来ると、自分が『とんでもない』場所に連れて来られたというのは体感できていた。
ロンデスに至っては、顔から表情が消え、クレマンティーヌに話しかけられてようやく我に返るといった状態である。
「ひっ! また来た!」
うげっ、とでも言いたそうにクレマンティーヌが上体を反らした。
通路の向こうから歩いてくるのは、二体のモンスターだ。ブレインが言うには、警備モンスターとのことだが、やはりクレマンティーヌでも勝てる要素が見当たらない強者である。彼らが気まぐれにでも襲いかかってきたら、クレマンティーヌやロンデスなどはアッと言う間に肉片と化すだろう。
一方、怯える二人の前を行くブレインはと言うと……。
「早く終わらせて、旦那と稽古して~な~。ハッハッハッ! あっ、お疲れ様っす!」
通りかかった警備のモンスターに対し、シュタッと手を挙げて挨拶している。後方から「ちょお!? そんな口の利き方していいわけっ!?」と、か細い悲鳴が聞こえるが、ブレインは気にしていない。モンスター側も「うむ」と一声発して頷いただけで、そのまま去って行った。
クレマンティーヌとロンデスは、呆気に取られてモンスターを見送っていたが、ブレインが足を止めないままだったので彼との距離が開いてしまう。それに気づいた二人は、慌ててブレインの後を追った。
「お、置いてかないでよ!」
「アングラウス殿。よく平気で話しかけられるな……」
すぐ後ろまで迫った二人が話しかけるが、ブレインはロンデスを肩越しに振り返って言う。
「あんたら、このナザリックを頼って来たんだろ? 早い内に慣れた方が気が楽だ。組織の一員になれば、至高の御方に失礼がない限りは身内扱いしてくれるんだから。そこまで怖がることもなくなるだろうよ。ま、頑張るんだな」
言うだけ言うと、ブレインは前に向き直った。
三人が呼ばれた場所は『玉座の間』。ブレイン自身も入ったことはなく、内部の情報は聞き出せないでいたが、それでも『お偉いさん』が集まる場というのはイメージできている。
この先で、いったい何を見せられるのか。
クレマンティーヌとロンデスは、生きた心地がしないまま、ブレインの後をついて歩き続けるのだった。
◇◇◇◇
「え? 最初から異形種の姿で対面しないんですか?」
玉座に座したモモンガは、骸骨の顔を左方……人化した状態のヘロヘロの向こう、タブラへ向ける。人間で言えば五十代の紳士風、そんな容貌のタブラは、愉快そうに頷いてみせた。
「ええ。この手の面接にはインパクトが必要ですから。初っぱなから忠誠心が期待できない以上、彼らには恐れ入ってもらう必要があるんですよ」
(建御雷さんの異形姿を知ってるブレインは別としても……。他の二人を驚かしたいだけじゃないの?)
タブラの言うことに納得できる要素はある。だが、普段の彼のことを思えば、鵜呑みにするのは抵抗があった。
誰か、別の意見を聞いた方が良いのかもしれない。
モモンガは右傍らで立つ守護者統括、アルベドを見上げた。
「アルベドはナザリックに仕える者としてどう思う? 今のタブラさんの案はメリットがあるか? 参考意見として聞きたい」
最初、アルベドは顔だけ向けてモモンガの質問を聞いていたが、質問が終わると身体ごとモモンガに向き直り一礼した。
「恐れながら。タブラ様のお考えは、何一つとして間違ってはいません。こちらのことを良くわかっていない者を臣従させるために、眼にもわかりやすい衝撃を用意するというのは良き手立てかと……」
「ふむ……」
一礼したアルベドが前に向き直るのを確認すると、モモンガは視線を左右に振り向けた。玉座の左方にはヘロヘロとタブラ、右方にはアルベドと弐式に建御雷が居る。
そして、モモンガから見て玉座の間右脇に階層守護者(末席にパンドラズ・アクターが立っている)が並び、左脇にはセバスと
そして……入口からモモンガまでの通路を構成するようにして、異形の群れが並んでいる。
デミウルゴスの親衛隊である三魔将や、恐怖公。それに本来なら玉座の間の扉番を務めるモンスターまで含まれているあたり、本気も本気の構成と言えた。転移後世界での強者が含まれるとはいえ、相手は人間種が三人。ここまでやる必要があるのだろうか。
実を言えば、今回の謁見(あるいは採用面接)は予行演習を兼ねているのだ。
今後、他の客を玉座の間に通すこともあるだろう。その際に侮られないため、今のうちに予行演習を行い、感覚を掴んでおく。ちなみに発案者はタブラ・スマラグディナ。
(まあ、必要……なのかな? 営業なんかでは、ハッタリが必要なこともあったし)
この、やり過ぎ感あふれる演習も、ナザリックの『今後』のために必要なこと。
そう自分を納得させたモモンガの耳に、アルベドの声が聞こえてきた。
「モモンガ様。ブレイン達が到着し、扉前で待機しているとのこと。入室を許可してよろしいでしょうか?」
◇◇◇◇
5メートルを超えるであろう巨大な扉。右に女神、左に悪魔が彫刻されているが、目を見張るのは彫刻精度の高さだ。気になるのは、ここへ来るまでの各所で扉前に居た強大なモンスターの姿……いわゆる門番の姿がないこと。
実は、中で並ぶモンスターの中に組み込まれているため、一時的に門番が居ないのである。故に、左右を強大なモンスターに挟まれて入室許可を待つという事態は避けられたが、クレマンティーヌやロンデスにしてみれば巨大な扉だけで十分以上に威圧的だった。
「もう駄目、ありとあらゆる物が規格外すぎでしょ?」
力無く笑うクレマンティーヌを見てブレインは苦笑したが、もう一人、ロンデスを見た際には眼を細めている。何やら決意を込めた眼で扉を見上げているのだ。
「どうした、ロンデス?」
「いやな……」
扉から目を離したロンデスは、ブレインを見て小さく笑う。
「思ったんだ。このような場所に今、どうして俺は立っているのか……とな。俺は、カルネ村で死んでいてもおかしくはなかった。多くの部下が死んだ。ほとんどは弐式炎雷様に倒されたのだが、その中に俺が含まれなかったのは偶然に過ぎない。俺などよりも……もっと他に前途有望な若者が……」
「ロンちゃん~……」
クレマンティーヌの声が聞こえたかと思うと、彼女の顔がロンデスの左肩口から現れる。
二、三歩ほど離れたところで呻いてたはずが、いつの間にか背後にまで移動していたらしい。
「気配を消して背後に回るな」
「殺し合いの経験は、私の方が多そうだから言うんだけどぉ。拾った自分の命については深く考えない方がいいと思うよ~」
そんなことを考えている暇があるなら、これからどうするか考えた方がいい。
「これからの参考にするぐらいは良いかもだけど。ロンちゃんの例を持ち出すなら、私だって、ロンちゃんについて来なかったら今頃どうなってたかわからないし~」
人生、なるようにしかならないのだ。
「いやはや、君に元気づけられるとはな……」
苦笑しつつロンデスが言い、クレマンティーヌは「あたしが人を気遣うなんて滅多にないんだよ!? もっと感動しなくちゃ!」と憤慨する。じゃれるように掴みかかってくる彼女を好きなようにさせながら、ロンデスはブレインを見た。
「というわけで、勝手ながら少しは気が楽になったようだ」
「そいつは良かった。だが……仲がいいな、あんたら」
生暖かい目で見るブレインの前では、ほぼ直立不動のロンデスに対し、クレマンティーヌが肩車するかのようによじ登り、ロンデスの頭髪をワシャワシャ掻き回している。
「ん? そう見えるか?」
そう返したのはロンデスだったが、クレマンティーヌはパッと飛び降りてブレインを指差した。
「私とロンちゃんは、そんなんじゃない~っ!」
「あ~、わかったよ。面倒くせぇ」
ブレインは口で言ったとおり面倒くささを顔に出し、掌をヒラヒラ振る。が、すぐに表情を引き締めた。
「言ってなかったが、中に入ったら大人しく礼儀正しくしろよ? あと、ビビって驚いたり、声をあげたりもするな」
「やけに脅すな? 確かに、アインズ様を始め、お仲間の……いや、御友人の方々は強大な力をお持ちだとは思うが……」
訝しげに言うロンデスに、ブレインは首を振ってみせる。
「俺が師事してる至高の御方……武人建御雷の旦那はな、人間じゃないんだ。
「……本当か?」
確認されたブレインは頷くことで返事をした。あとは多くを語るまでもない。
至高の御方と呼ばれる、ナザリック地下大墳墓の支配者達。その一人が人ではないなら、他のメンバーはどうなのか。至高の御方の纏め役というアインズ・ウール・ゴウンも、実は人ではないのではないか。
そういう思いがロンデス、そしてクレマンティーヌの脳裏を駆け巡る。
数秒ほど固まっていたロンデスとクレマンティーヌは、先程、その意匠の精緻さに唸らされた扉を見上げた。
この向こうに、自分達の雇い主になる……かも知れない者達が居る。
ブレインは、その雇い主候補達が人ではないと言うのだ。
ブルルッ……。
クレマンティーヌが身震いする。その口が開き、何かを言いかけたところで、被さるようにロンデスが発言した。
「人かどうか、種族の違いなどは関係ない。以前に所属していたスレイン法国では、そのあたりは厳しかったが……。そう、今の俺には関係ないんだ。アインズ・ウール・ゴウン殿は、俺にとって信頼する……信じて頼るに充分すぎるほどの御方。それが、すべてだ」
きっぱりと言い切るロンデスの瞳に迷いはない。
元より建御雷の稽古相手を務めているブレインには、今更言われるまでもないことだったが、ブレイン的に吹き出しそうになったことがある。
ロンデスが喋っている内に、クレマンティーヌの顔から不安の色が薄れていったのだ。少し強張っていたのが、今ではすっかりいつもの調子。この変化に、ロンデスの発言が関係しないわけがない。
(そんな仲じゃない……ねえ?)
結婚どころか、一人の女と長く交際したこともないブレインにとって、ロンデスとクレマンティーヌの関係はよく解らないものだ。クレマンティーヌが、一方的にロンデスを好いているのか。これは何となくわかるが、ロンデスに関しては本当に解らない。
クレマンティーヌは、ブレインが見ても美女の範疇だ。スタイルだって抜群に良い。下世話な話だが、娼婦として売り出したら人気者になるだろう。そんな彼女に密着されて顔色一つ変えないのだから……。
(恐れ入るぜ……)
自分よりは戦闘者として明らかに劣るロンデス。しかし、ある面においては見上げた部分もあるようだ。
心の内で納得したブレインは、聞かされたロンデスの決意について頷いている。
「そうかい? なら、これ以上俺から言うことはないな」
肩をすくめて言うブレインは、ニカッと笑って先を続けた。
「頑張って『この後』を切り抜けて、俺の同僚になってくれや」
◇◇◇◇
扉が開かれた。
元々の扉番を務めていたモンスターが、つかつか歩いて扉に手をかける様は、玉座から見ているモモンガにすれば微妙である。
(扉番ぐらいは外に出しておくべきだったかな?)
だが、今更の話だ。
気を取り直して開かれた扉のあたりを見ると、真ん中にブレイン、向かって右にクレマンティーヌ、左側にロンデスが立っていた。いずれも呆然としている。ブレインのみは建御雷の異形姿を知っているはずだが、その彼も硬直しているようだ。
やはりと言うべきか、集結した異形らの姿と数に圧倒されているらしい。
(タブラさん、薬が効きすぎなんじゃないっ!? この後、異形の姿を見せて大丈夫なのかぁっ!?)
モモンガが焦っていると、右方端で立つ建御雷から声が飛ぶ。
「ブレイン! そんなとこに居ないで、早く来い!」
最初に反応したのは居並ぶモンスター達だ。それらの視線が一斉にブレインを指した。ブレインはと言うと「今の声、建御雷の旦那か!? いや、怖ぇええから!」と小声で悲鳴をあげたが、ここで動かなければ後で……いや、今どうなるかわからない。
玉座にはアインズ……モモンガが居て、その左右には数名の人間が立っている。モモンガの隣には、アルベドというサキュバスも居るが……。
(今の旦那の声は、あの人間の男だよな? 建御雷の旦那、姿を変えてるのか? ……まさか……他のメンバーに合わせてるとか? てことは……)
先程、『おそらく』と前置きした上で、至高の御方が全員人間ではないかも……と話していたが、それが現実味を帯びてきたようだ。さすがのブレインも、胃が縮こまる思いを味わっている。
ブレインは生唾を飲み下すと、左右のロンデスとクレマンティーヌを交互に見た。
「二人とも、行くぞ……」
カクカク頷く二人の反応を見たブレインは、玉座を目指して歩を進める。その歩みは遅い。そして、ぎこちない。
ようやく「おそらくは、この辺で良いのだろう」と言った地点まで進むと、誰が言うでもなく三人共が跪いた。他二人は兎も角、ブレインは誰かに跪くなど本来性に合わない。しかし、間近で建御雷やモモンガ達を見て、彼らが、ただ者ではない……どころか、神にも等しい力の持ち主というのは理解できている。そこへ来て、この玉座の間に集められた強大な異形達だ。
安っぽい意地や矜持。そういったものが消し飛ぶには充分すぎた。
(お行儀の良い騎士様のように、膝を突く……か。この俺がねぇ……)
鼻で笑いたくなるのを堪えつつ、ブレインは頭を下げ続けた。許しを得ずに玉座を仰ぎ見るのは良くない……ぐらいのことは理解できている。
暫く待つと、アルベドから「面を上げなさい」との言葉があった。
一方、モモンガにしてみれば、就職希望者と、実質雇い入れ済みの人間が合わせて三人。であるのに、何故か自らが企業の採用面接を受けているような気分になっている。
(ああ~、掌に『の』の字を書いて飲み込むんだっけ? って、もう面談者が目の前に居るのに、そんなことできるか~っ!)
こういうときこそ精神の安定化だ。だが、残念。今のモモンガは人化の腕輪による人化中であり、精神の安定化は発生しないのだ。
(うわあああん! 幻術で悟顔を作って、中だけ
実は、今からでも可能(幻術で悟顔を作り、人化アイテムの効果を切る)なのだが、焦っているモモンガは気がつかない。
やむなく気合いと根性で平静を装うと、ブレイン達に話しかけた。
「うむ。よく来たな。今回、お前達を呼んだのは、このナザリックの一員になるのだから私達の真の姿を知って貰おうと考えたことによる。後で驚かれても困るのでな……。と、その前に、何か質問はあるか?」
そう言ったが、モモンガの本心としては「質問なんかしないで! NPC達の目もあるんだから!」というものである。しかし、大事の前にはワンクッション欲しいところだ。「はい、じゃあ見せます!」で異形化するのは、何だか重みが足りない。そう思ったことで口を突いて出たのだが、もっと他に言うことがあったのではとモモンガは後悔していた。
そのモモンガに追い打ちをかけるが如く、一本の手が挙げられる。
ブレインの腕だ。
ちなみに、「至高の御方に対して質問など!」という声はNPCらからは出ていない。つい先程、円卓の間でシャルティアが挙手した際の顛末が、すでに僕間で情報共有されているからだ。異様な伝達速度であるが、この辺がナザリックに所属する者の、忠誠心の高さの表れであろう。
「ブレインだったな。何か質問があるのか?」
「はっ! そちらにいらっしゃる……お、私から見て左端の……黒髪の男性の方。お声から察するに、武人建御雷のだ……様だと思いますが……。そのお姿は?」
「ふむ……」
一声うなったモモンガであったが、質問内容に関しては胸を撫で下ろす気分で居た。これなら返答可能だし、これからのことに関連した質問だからだ。まさにワンクッション置けたと言える。
一応、建御雷を見ると、細身マッチョの好漢と言った容姿の彼はニヤニヤしていた。
(ブレイン一人だけ、ギルメンの本当の姿を知ってるシチュエーション……ってのが面白いんだろうな~……)
ブレインが気の毒だと思うが、建御雷の顔を見ていると緊張感が削げてくる。モモンガは肩が軽くなった気分でブレインに答えた。
「ブレインは建御雷さんの姿を知っていたのだったな。まあ、そういうことだ。彼はアイテムの力によって姿を変えている。人間種の姿へ……とな」
ゴクリ……。
生唾を飲む音。それを誰が発したのかは定かではないが、一気に玉座の間が静まりかえる。ギルメンやNPCにモンスター。これらは元より音を発していない。玉座のモモンガを前にしたブレイン達、三人の緊張感が場の静寂を強調しているのだ。
とはいえ、繰り返し述べたように、ブレインは建御雷の真の姿を知っている。彼に比べると、ロンデスとクレマンティーヌの緊張ぶりは見ていて可哀想なほどだった。
(ま、このぐらいにしておくか……)
モモンガは玉座から腰を上げ、立ち上がった後は一歩前に出る。そのモモンガに合わせるように左右のギルメンらが位置調整をし、一方でアルベドが一歩後退した。
ザザッ。
大きな音ではない。だが、静まりかえった室内ゆえ玉座周辺の移動音が大きく響き、このことでブレイン達の緊張度が増した。が、それは彼らだけのことではない。
(俺だって緊張してるんだ! 何だよ、今の音の響き方!)
モモンガも、一杯一杯である。
乱れがちになる呼吸を抑え、ブレイン達を見下ろした。これから先、例えば王国を支配などしたら、貴族達が挨拶に来たりするのだろうか。考えただけで胃が痛くなる。
しかし、ギルド長を任されている以上、自分が一歩前に出てギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の顔にならなければならない。
(ゆ、ユグドラシルの時と、同じようにすればいいんだ。踏ん張れ、俺! 俺一人だけじゃないんだから!)
「それでは見るが良い。我らの真の姿を!」
言うなり、モモンガは人化の腕輪の効果を解除した。ギルメン達もモモンガの声に合わせ、自力で人化できる者は人化解除し、アイテムが必要な者はアイテム効果を解除する。
そして出現したのは、
ロンデスは勿論のこと、建御雷以外の真の姿を目の当たりにしたブレインも、言葉無く固まっている。しかし、クレマンティーヌのみ、別の意味で驚愕していた。
「そんな、嘘……スルシャーナ様? え? でも、だって……」
「スルシャーナ?」
モモンガは首を傾げたが、すぐに思い当たる。
最近、デミウルゴスから報告を受けた中に、そのような名があったのだ。
(確か六大神とか言うのの一人で、見た目は骸骨とかそんなのだっけ? あ~……俺、似てるのか……)
モモンガ達……ギルメンの中では、伝説で知られる八欲王や、口だけの賢者、そして六大神などは、自分達と同じユグドラシル・プレイヤーではないかと考えられている。六大神のスルシャーナがモモンガに似ているということは、同じ
「私はアインズ・ウール・ゴウン。スルシャーナという名ではないが、もしかすると同郷者かも知れないな。クレマンティーヌよ。お前達を呼んだのは、雇用者として顔見せをするためだったが……。今の話、興味が湧いたぞ!」
ギン……。
巨大人型兵器のカメラアイが点灯するような音と共に、モモンガの眼窩の奥で赤炎が燃え上がった。モモンガが意識してやった行動ではないが、かなり怖い。
ゆえに左右方向から……。
(「モモンガさん、おっかねえな。こっち来てから、ずっとああなのか? 弐式よ?」)
(「いや、そんなことは……。でも、たまに怖いんだよ」)
(「モモンガさん、今日も魔王ロールが決まってますね~」)
(「ふ~む。ヘロヘロさん……。とっさに今の対応ができるとは……。これはモモンガさんに、新たな魔王人格が備わったとか……。だったら、本物の厨二発動を目の当たりにしたわけで、実に興味深いですよ」)
(「くふぅ~……。アインズ様ぁああん。素て……素敵だわ……。ええ、本当に」)
アルベドの声も交じっているが、概ねはギルメンらの雑談が聞こえてくる。
異形種ゆえの優れた聴力で聞き取ったモモンガは、ハッと我に返ったものの、今更方向転換はできない。
「く、クレマンティーヌよ。スルシャーナについて、お前の知っていることを話して貰おう。そして、何か疑問に思ったようだが、それも聞かせて貰おうか」
もう、やけくそだ。この機会に聞き出せることは聞いてしまおう。
そのつもりでクレマンティーヌを急かしたところ、おどおどしながらではあったが、クレマンティーヌは語り出した。
スルシャーナに関しては、スレイン法国の神殿で見た石像と、モモンガがそっくりであるらしい。
「アインズ様が……じゃなくて、石像がアインズ様にそっくりなんだよねぇ?」
「だ、だよね。お姉ちゃん……」
アウラ達、姉弟の声が聞こえてきた。
モモンガは「どっちでも良いじゃないか」との感想を持ちつつも、クレマンティーヌの話に耳を傾け続ける。そうして得た情報は、デミウルゴスから聞いたものと大して変わりがなかった。デミウルゴスによる諜報精度が優れていること。それが証明された瞬間である。
「ふむ。では、私の顔を見て不思議そうに呟いていたな。その件について聞こう。何か気になることでもあったか?」
「そ、それは……」
クレマンティーヌの挙動がおかしくなった。キョロキョロと周囲のモンスターやNPCらに視線を振りまいているのだ。
「何を気にしているのかは知らんが。私が聞きたいと言ったことだ。遠慮せずに話せ。……ここには私の許しなく、お前に敵意を向ける者など居ないのだからな!」
最後の一言のみ、語気を強めて言う。それはクレマンティーヌだけにではなく、僕達にも向けた言葉だ。多少の無礼があっても一々騒ぐな……と、そう前もって釘を刺したのである。
「そ、それでは……。実は私、見た相手の強さというのが、大まかに把握できるんですけど。その、ゴウン……様? や、他の方々の強さが解らなくて……。こんなこと、その初めてで……なんて言うか、すみません」
たどたどしく喋るクレマンティーヌは額のみならず、全身が汗びっしょりだ。
ともあれ、言いたいことは言わせたものの、その内容の意味がモモンガには良くわからない。
(ここにペロロンチーノさんが居たら、「パンツまでグッショリですかね!」とか言って、茶釜さんに折檻されてたろうな~……ではなくて。見て強さが解るか……。大した特技なんだけど。それが解らないとなると、なんだ? 俺達に問題があるのか?)
首を傾げたモモンガであったが、そんな彼に対して弐式から声が飛ぶ。
「アインズさん? ひょっとして探知阻害系のアイテムのせいじゃないですか?」
「え? ああ、なるほど。その可能性が高いですね!」
ユグドラシルでは探知系魔法に対する対策は重要だ。相手プレイヤーに悟られないうちに、有利な位置取りをしたり、場合によっては逃走する際にも活用ができる。そう言ったアイテムを、モモンガ達は皆が所有しているのだが……。
「じゃあ、この指輪を取れば、クレマンティーヌが何か把握できるかもしれませんね!」
いいこと思いつきました! とばかりに、モモンガが骨だけの指から指輪を抜き取りにかかる。そして、それを見た弐式達もモモンガに同調した。
「ん? せっかくだし、俺もアイテムを外して見て貰うか。どんな感じだろうな?」
「待て待て、建やん。こういうのは、みんなでやらなくちゃ!」
「なるほど~、事のついでに私も見て貰いますか。まあ粘体ですから、見えるとこには装備してないんですけどね~」
「では、私も……。一人だけ日を改めるのも効率が悪いですし」
このような調子で、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』構成員の足並みが揃っていく。モモンガにとっては至福の時間であるが、この展開について行けない者も居た……。
「へっ? あの、何を? ちょっと……ちょっと待って!」
呆気に取られていたクレマンティーヌが立ち上がりかけるも、時既に遅し。玉座前で並ぶモモンガら五人、一〇〇レベルのユグドラシルプレイヤーが一斉に探知阻害系アイテムを解除した。
ゴウ!
と、突風の如き圧力が……の程度であれば、クレマンティーヌは耐えられたかも知れない。だが、彼女が感じたのはズドンという爆圧。もちろん爆心地は、すぐ目の前。
これにより最初に気を失ったのは、『強者度感知』を自ら話題に出し、そのせいでモモンガ達を強く意識していたクレマンティーヌだった。呆気に取られた表情のまま、瞳から光が消えて……前のめりに昏倒。
続いて、クレマンティーヌに次ぐ強者のブレイン。
クレマンティーヌとモモンガの会話を聞き、「そういや、強い気配って旦那にも感じなかったな」とか思っていたところへ超越者らの圧力が襲いかかってきた。クレマンティーヌ程には神経を研ぎ澄ませていなかったが、やはり一〇〇レベルプレイヤー五人分の圧力には抗しきれず、腰を浮かせたところで瞳が上向きに半転。そのまま後方へと倒れ込んだ。
残るはロンデスだが、先の二人と違い、辛うじて失神を免れている。気配感知や強者度感知の能力が圧倒的に劣っていたからだろう。途轍もなく怖い……加えて圧迫感を感じてはいたが、精神の根深いところで感じることがなかったためか、跪いたままで震えるに留まった。
「な、なななな……何を……されたのでしょうか?」
歯の根が合わず、身体だけでなく声まで震えてしまう。
雇う云々は嘘っぱちで、実は、自分達を絶望に陥れて楽しんでいるのではないか。そのような疑念をロンデスが抱いたところで、モモンガは申し訳なさそうに頭を掻いた。今は異形種化しているので頭髪は無いのだが、そこは気分の問題である。
「何をしたと言われてもな……。普段隠してる、普通の気配……気配なのかな? そういうのを見せただけなのだが……。どうも刺激が強すぎたようだ。すまないな……」
「普通の気配を……見せた……だけ?」
ロンデスの顔に貼り付いた怯えが、驚愕によって塗り変えられていく。それを見つつモモンガが「うん、そう」と頷いたところで、ついにロンデスも限界を迎えて失神。
かくして、『至高の御方の挨拶』は無事に終了した。
なお、無事終了を口に出したのはデミウルゴスとアルベドである。モモンガや弐式などは「え? 呼んだ人間が全員失神したんだけど?」と呟いたが、アルベド達に言わせれば、人間ごときが至高の御方の実力を目の当たりにしたのだから、当然の結果……ということらしい。階層守護者らに目を向けると、アウラやマーレなどから「ま、あれはあれで正しい反応だよね~」とか「ぼ、僕は、もう少し感動しても良いと思うんだけど……」といった声が聞こえてきた。
(お前ら……人間って言っても、同僚になる三人だぞ? もうちょっと優しくしてやれ!)
そう思うモモンガだが、気絶させたのはモモンガ達である。NPCらの態度を咎める資格など無いのだ。それが理解できているのか、ギルメンらからも特にNPCらの反応を咎める意見が出ない。
(……何だか微妙だが、とにかく、まあ良し!)
強引に自分を納得させ、ペストーニャにブレイン達の介抱を命令したモモンガは、深く大きな溜息をつきながら解散を宣言するのだった。
……。
ちなみに、ブレイン達が意識を取り戻したのは翌朝のこととなる。
ブレインは引き続きナザリックに留まり、クレマンティーヌとロンデスは、当初の予定どおりナザリックへ所属することを希望した。
そのことについて、三人の介抱を担当していたペストーニャから報告があり、クレマンティーヌが特に素直な態度を見せていたと聞いたモモンガは、それを執務机で椅子をギシリと鳴らし次のように呟いた。
「そうか……。上手くいったのだな……」
なお、クレマンティーヌについては、普段の彼女からは想像もできないほど卑屈な態度を取り、怯え震えながらの所属希望だった……というのが実際のところである。しかし、次にモモンガと顔を合わせたときには、普段の調子を取り戻していたため、この時の様子がモモンガに伝わるのは数年立った先。直接にクレマンティーヌから聞かされるまで待たなければならない。
モモンガさんが指輪を外し、衝撃のあまりクレマンティーヌが引っ繰り返る。
オバロSSでは『お約束』シーンですが、一捻り欲しくて5人同時のアイテム解除となりました。
<誤字報告>
冥﨑梓さん、ふーんさん、ARlAさん、佐藤東沙さん
ありがとうございます
18話とか、その辺りにもまだ誤字があったのか……。マジかよ……。