オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第34話

 リ・エスティーゼ王国の都市、エ・ランテル。

 三重城壁で知られる城塞都市である。

 その日の早朝、冒険者組合の一階酒場にて、注目を浴びているテーブルがあった。

 冒険者パーティー、漆黒の面々だ。魔法詠唱者(マジックキャスター)モモン(モモンガ)。神官戦士のルプスレギナ。忍者のニシキ(弐式炎雷)。メンバーの全員が衣服及び装具を黒色で纏めており、そのことから冒険者組合での登録名は漆黒。全員が登録間もない銅級冒険者で、本来ならば駆け出し、あるいは新人として軽く扱われる。だが、この三人に関して、そのようなことはなかった。

 モモンは、第三位階を使いこなす凄腕の魔法詠唱者(マジックキャスター)……でありながら、素手で戦士を殴り倒せる膂力を有する。

 ルプスレギナは、神官戦士であり、その腕前は白金級冒険者を上回るほどだ。

 忍者のニシキに関しては、多対一でも後れを取らない素早さと、武闘家さながらの格闘能力も注目の的となっている。

 先日も都市の名士、ンフィーレア・バレアレの指名依頼を完遂しており、エ・ランテル冒険者組合に所属する冒険者の間では、一部を除いて評価が高い。瞬く間に白金級にまで上り詰めるのではないかと、もっぱらの評判であった。

 もっとも、三人が注目を浴びているのはパーティーの紅一点、ルプスレギナの美貌による部分も大きかったのだが……。

 

「じゃあ、モモンさん。今日から、俺とルプスレギナは別行動ということで……」

 

 弐式が向かいのモモンガに言うと、周囲のテーブルがざわめく。

 現在、一階酒場でたむろしている冒険者らは、前日から泊まっていた者が朝食を取りに来た。または、これからパーティーメンバーが集結して、依頼地へ向かう。そういった者達だ。中には依頼も受けず、これまでの貯蓄でダラダラしている者も居るが、皆に共通しているのは漆黒の会話に耳を傾けていること。

 

(「おい、モモンだけ漆黒を外れるみたいだぜ?」)

 

(「魔法詠唱者(マジックキャスター)が一人でか? 嘘だろ? パーティー内で喧嘩でもしたかな?」)

 

(「雰囲気は悪くないようだが……」)

 

(「どうせなら、ルプスレギナさんがフリーになって、こっちに来てくんね~かな~)

 

 無論、これらの囁き声は弐式やルプスレギナに聞き取られている。モモンガも同じだ。頭部の耳を帽子で隠しているルプスレギナは別として、モモンガも弐式も今は人化中。しかし、その身体能力は高いため、聴力は転移世界の常人を遙かに上回るのだ。

 

(「ルプーが自分のとこに来ないか……ですって。弐式さん」)

 

(「ハッハッハッ。夢見るのは自由ですよ。モモンさん」) 

 

 悪い顔でコソコソ話しているが、モモンガ達の会話は周囲の冒険者達には聞こえていない。ただ一人、同じテーブルで居るルプスレギナは、モモンガ達を見て笑み崩れていた。

 至高の御方二人が楽しく会話をし、自分が同じ場に居合わせている。それだけで、彼女にとっては幸せなのだ。

 

(いつものニシシ笑いっぽいけど、眼が優しげって言うか、幸せそうで……良い表情をするよなぁ)

 

 惚れた女だから持ち上げているわけではない。

 心の中でモモンガが付け足していると、酒場入口から人が入ってきた。その数は三名。

 一人は黒い甲冑を身にまとい、長柄斧槍(ハルバード)を持った巨漢。刈り込まれたアイスブルーの頭髪が印象的だが、その顔立ちは頑健な岩のようだ。ただし、寡黙な武人という面立ちでもあり、総じて美男だと言える。

 もう一人は、先の男とは対照的に小柄で、同じく黒い甲冑を着用しているものの……その胸部が盛り上がっていた。形状から推察するに女なのだろう。ヘルムを着用しているが、下部は露出しているので、口元や微かに見える鼻梁から美人であると思われる。付け加えるなら、ヘルムには巨大な角飾りが備わっており、実に印象的であった。武装は背負った大剣、そして縦長の方形盾だ。

 三人目は、黒髪をポニーテールに纏めた女性。男性のような黒の衣服を身にまとい、これまた黒いマントを羽織っている。ルプスレギナが持つ殴打目的がメインの杖とは違い、先端が湾曲した木製杖を持っており、魔法詠唱者(マジックキャスター)だというのが見て取れた。特筆すべきは、その美貌だ。ルプスレギナが、その天上の美で話題になっているのだが、その彼女に勝るとも劣らない美女なのである。強いて言えば快活、天真爛漫なルプスレギナに対し、この女性は硬く冷たい表情が印象的だと言えるだろう。

 三人とも、その装備が見た目にも高級で、周囲の冒険者から羨望の眼差しを集めていたが……。

 

ブリジット(アルベド)! それに、ラッセル(コキュートス)ナーベ(ナーベラル)! こっちだ!」

 

 弐式が呼びかけたことで、三人はモモンガ達のテーブルへ向けて歩き出した。そして、テーブル前に到着すると、今度はモモンガが話しかける。

 

「よく来てくれたな、三人とも。待っていたぞ」

 

 この日、冒険者パーティー漆黒は、南方で活動中だった仲間を呼び寄せ、班分割及び増員のために冒険者登録を行うこととなっていた。……と、そういう筋書きなのであり、モモンガが言った「よく来てくれた」云々は、もちろん演技である。

 アルベド達は、モモンガ達が冒険者組合に入るのを確認し、少し遅れて入ってきただけなのだ。

 ……普通に、一緒に入れば良いのではないか……と、モモンガは首を傾げたのだが、弐式の「演出は大事ですよ! モモンガさん!」という意見に押し負けたことでこうなっている。

 

「あ~……んっんんっ! 早速で申し訳ないが、三人とも冒険者登録を済ませてパーティーに編入して欲しい」

 

 冒険者登録。これをするにあたり、ナザリック勢には共通の問題点がある。

 モモンガ達やNPCの多くが、王国語ないし共通語について不知という点だ。しかし、一部のギルメンや知能の高いNPCは、デミウルゴスが得た資料等によって、読み書き可能なレベルで言語習得している。ギルメンではタブラ、特殊技能(スキル)で読み書きを覚えた弐式炎雷。NPCではデミウルゴス、アルベド、司書長(ティトゥス)、恐怖公などが居る。

 今居るアルベドらを組合受付へ送り出した場合、アルベドは他の二人に変わって登録事務の手続きを済ませてくれることだろう。いや、その手はずになるよう、出発前に相談は済ませてあった。だから、登録手続き自体に心配はない……とモモンガは思う。

 だが、現時点、モモンガにとっての気がかりは、もう一つあった。それは発案者タブラによる『仕込みのイベント』が控えていることなのだが、それが事前の想定や打ち合わせどおりに済むかどうか。今のところは未確定だった。 

 

(……冒険者登録した後の話なんだけど……。それで騒ぎになったら……俺がフォローする予定なんだけどさぁ……)

 

 やはり心配である。しかし、当のアルベドは特に動じていない様子であり、モモンガの指示に対して頷いて見せた。

 

「了解したわ。モモン。それでは少し、席を離れるわね。ラッセル、ナーベ?」

 

 アルベドは、少し左右後方で立つコキュートス達を振り返る。

 

「受付へ行きましょう。冒険者登録を済ませるわよ?」

 

「うむ。行くとするか。ナーベよ」

 

「承知しました。では行って来ます、弐式さん」

 

 歩き出した三人を見送るモモンガと弐式は、テーブル越しに身を乗り出し、顔を寄せて囁き合っている。

 

(「見ましたか、モモンさん。今の反応! コ……ラッセルは、まだ解りませんが……ブリジットとナーベの自然な反応が凄い!」)

 

(「ええ、ええ! 従者みたいな態度じゃなくて、冒険者仲間に対するような話し方。まさに俺達が望んでいたものですよ!」)

 

 コキュートスは幾分堅さが見えるが、それは彼の性格からすれば妥当なところだろう。寡黙……あるいは物静かな巨漢の戦士、大いに結構だ。アルベドに関しては流石と言うほかない。女戦士、冒険者ブリジットをそつなく演じている。タブラの設定による優秀さが、遺憾なく発揮されている様子だ。

 そして、モモンガ達が最も注目し、驚いたのがナーベラルである。

 丁寧口調に変わりはないが、弐式のことを「弐式さー……ん」ではなく「弐式さん」と淀みなく言えているのが素晴らしい。

 組合に入ってからここまで、周囲より向けられる視線に対し、従来の嫌悪感に満ちた表情を見せないのも良い感じだ。ナーベラルに関しては、以前にカルネ村で露呈していた空気の読めなさ、備わっていない臨機応変、結果予測力の欠如。これらがほぼ改善されているように思える。

 

(「弐式さんとナーベに対して、失礼な言い方かも知れないですけど。見違えましたよ! これなら、人間相手の対応を任せても大丈夫そうですね!」)

 

(「いやあ照れるなぁ。モモンさん。もっと言ってください。でも……ですよ?」)

 

 嬉しそうに笑った弐式であるが、ふと声のトーンを真面目なものに変えて言う。

 先日、ナザリックへ戻った際、弐式は自室でナーベラルと話したそうなのだが、根本的な人間蔑視は消えていないとのこと。

 

(「そこは注意すべきだと思いましたね」)

 

(「なるほど。アルベドも同様かも……かな。でも、いいんじゃないですか?」)

 

 誰かを心の中で嫌っているなど、そんなことはナザリックNPCだけでなく人間だって変わらない。しかし、だ。そういう本音での毛嫌いを押し殺し、都合良く対応するのが『社会人』というものだろう。

 それが出来ているのなら、人間蔑視があっても気にするところではない。

 

(「ただ、ストレスは溜まるかもしれませんから。アルベドや他の者達には、発散する期間が必要かもですね。無理をして心を病まれては困ります」)

 

(「なるほど。モモンさんの言うとおりだ。そうなると必要なのは『有給休暇』ですかね?」)

 

 有給休暇。かつての現実(リアル)では、企業の中で存在した制度。だが、ほとんど消化できなかった制度でもある。それを思い出したモモンガは苦笑したが、確かにナザリックNPCには必要なことのように思えた。

 

(ナザリックNPCは、基本無給で働いてるからな~。その辺はタブラさん達と相談することにして、せめて定期的な休暇は与えたいな……)

 

 アルベドやセバスに聞いたところでは、ナザリックNPCらは不眠不休で働き続けているらしい。給与も無いのに不眠不休。外に出れば自然が多く、空気は美味い。施設内では食事も美味い。そんな転移後世界のナザリック地下大墳墓とは言え、NPCらの現状の業務形態は、モモンガにとって容認できるものではなかった。

 スウと鼻で息を吸ったモモンガは、弐式の隣で座るルプスレギナを見る。

 

「今の弐式さんとの話は聞いていたな。お前達に、定期的に休みを取らせようと思うが……どうだ?」

 

「……」

 

 それまでニコニコしていたルプスレギナの顔から、表情が消えた。数秒ほど間を置いて、彼女は口を開く。

 

「お言葉ですが、真っ平御免っす」

 

 ナザリックNPCとしては、他のNPCに聞かれたらその場で殺されかねない物言いだ。しかし、今の彼女は一冒険者のルプスレギナであり、モモンガは冒険者の魔法詠唱者(マジックキャスター)モモン。これで良い、何も間違っていない態度だ。

 それが理解できているモモンガは、流石に言葉に詰まったものの、すぐに気を取り直して理由を尋ねている。

 

「拒否する理由は何だ? 場所が場所なので、配慮しつつ説明してくれ」

 

「え? あ~……つまり、こうです」

 

 ルプスレギナは困ったような顔になったが、それでも求めに応じるべく話し出した。

 ナザリックの僕達は、至高の御方に仕えることを至上の喜びとしている。その僕達に『休暇』などと言う、『働いてはいけない期間』を設けることは苦痛でしかない。

 どうか、僕達から至高の御方へ奉仕できる機会を奪わないで欲しい。

 ルプスレギナが言ったのは、概ねそのようなことだった。

 

(重症だなぁ……。いや、NPCら的には正常なんだろうけどさ)

 

 幾分うんざりしながら弐式を見ると、弐式は無言で首を横に振る。今ここでルプスレギナを説き伏せるのは無理だと判断したらしい。モモンガも同意見だ。

 

(アルベドにも相談してみるか……。駄目……なんだろうかなぁ)

 

 モモンガが設定改変した結果でもあるが、今のアルベドは冷静な判断力が向上している。良き相談相手になって欲しいが……結局のところ、彼女もナザリックNPCなのだ。都合良く寄りかかるのは、モモンガの我が儘なのかもしれない。

 そうモモンガが思い、溜息をついたとき。

 冒険者登録を済ませたアルベド達が戻って来た。

 

「滞りなく完了したわ」

 

 報告しつつ、アルベドがモモンガの隣に座る。コキュートスはルプスレギナの隣で、ナーベラルは弐式の隣と言った席配置だ。総勢六人となったわけで、傍目にはよくある人数編成の冒険者パーティーに見えることだろう。しかし、この後は二人編成のモモンガ班と、四人編制の弐式班として行動することになる。

 

「そう言えば、冒険者登録して編成替えするところまでは考えてましたけど。弐式さんは、この後どうするんですか?」

 

 モモンガとしてはエ・ランテル周辺で依頼をこなし、できればエ・ランテル冒険者組合では最高位にあるミスリル級を目指したい。その上のオリハルコン級まで行ければ上々だが、まずは……アルベドと二人、アチコチ見て回るのが優先されるだろう。

 一方、聞かれた弐式は下顎を掴んで考える素振りをすると、モモンガに向き直って、人差し指を立ててみせた。

 

「バハルス帝国に行ってみようと思うんです」

 

 今、ナザリック勢の冒険者班は、リ・エスティーゼ王国のエ・ランテルにモモンガ班と弐式班、王都にヘロヘロ班が居る。ヘロヘロに関しては馬車移動を諦めたようなので、今頃はシャルティアの<転移門(ゲート)>により王都へ到着しているはずだ。

 

「冒険者チーム……パーティなのかな? それに所属する全班が王国に集中してるってのも、効率的じゃないと言うか……面白味の食いあいになりますからね。エ・ランテル周辺はモモン班、王都はヘイグ(ヘロヘロ)班。そして俺は帝国! そんな感じで行きませんか?」

 

「ふ~む。良いと思うんですけど……」

 

 てっきり、弐式も王都内で行動すると思っていたモモンガである。そこはかとなく寂しさを感じるし、そういう大事なことは事前に言って欲しいとも思う。

 また、『至高の御方』の外出に関し、NPCらには配慮が必要だ。特に、護衛だ護衛だと口を酸っぱくして言うアルベドとデミウルゴスに対しては、気を遣うべきだろう。なので、モモンガは今この場に居るアルベドに対して謝罪した。

 

「そういうわけで……すまないな。アル……ブリジット。弐式さんは帝国の方へ行くとのことだ。諸々のフォローに関しては頼んで良いかな?」

 

 デミウルゴスやパンドラズ・アクターと連絡を取り合って、弐式班のフォローをさせて欲しい。そういうことだ。

 

「そうね。そうするわ」

 

「あ~……。悪いな、ブリジット。相談も無しで帝国行きとか決めちゃってさ……」

 

 聞いている内に思い当たったのか、弐式がアルベドに対して頭を下げる。普段であれば、至高の御方が僕に頭を下げるなど、された側の僕が大パニックになる行為だ。事実、同じテーブルで居合わせているナーベラル、ルプスレギナ、そしてコキュートスの顔が引きつっているのがモモンガから見て取れた。しかし……。

 

「気にしなくていいのよ? 仲間ですもの、助けあうのは当然のことだわ」

 

 アルベドは先程までと何一つ変わらず、このように返したのである。

 これを聞き、ルプスレギナを除いた僕達……コキュートスとナーベラルは目を剥いた。だが、モモンガと弐式は感動に震えている。

 

「お、おおおう……」

 

「ブリジット、なかなかイイ感じなんだけどさ。その口調って……」

 

 途中で言葉を切った弐式が、テーブル上に身を乗り出して囁く。

 

(「ひょっとして練習とかした?」)

 

(「いいえ。普段、同僚達と話している口調を、そのまま使っただけです。外出用の口調としてみたのですが……。駄目でしょうか?」)

 

 この瞬間だけ、元の口調に戻したアルベドに対し、隣で聞いていたモモンガはグリンと彼女に顔を向けた。

 

(「いや、大いに結構だ! 今後も一つ、それで頼む」)

 

(「承知しました。そうさせて貰うわね? モモン?」)

 

 アルベドが言い終わりに外出用の口調へと切り替え、モモンガは喜びを隠せない。この様子をコキュートス、それにナーベラルが驚きの表情で見ていたが、やがて顔を見合わせ頷き合った。

 アルベドの態度から学んだことがあれば、モモンガとしても嬉しい。しかし、そうではなく僕として敵視しているのであれば、フォローしなくてはならないだろう。モモンガは先んじてコキュートス達に釘を刺しておくことにする。

 

「思うところはあるだろうが、必要なことだ。二人とも、よろしく頼むぞ?」

 

「……了解した。そうさせて貰おう」

 

「私は同僚間では、これが素なので。そのままとさせて貰います」

 

 二人とも、対同僚用の口調で通すことにしたらしい。ナーベラルに幾分の硬さが見られるが、年長者やパーティーリーダーに対するものと思えば許容範囲だろう。

 ルプスレギナに関しては……アルベドが戻ってから終始ニコニコ顔だ。これは自分と同じ、砕けた口調で話す者が増えてホッとしているということなのだろうか。モモンガには良く解らなかったが、彼女が嬉しそうなので良しとする。

 そして……弐式達と別れる前の、予定されたイベントが開始されることとなった。

 

「ブリジット。屋内なのだし、ヘルムは取ったらどうだ?」

 

 モモンガが言うと、アルベドが反応するよりも先に酒場内がざわめく。ルプスレギナとナーベ。美の化身のような女性が二人も居る漆黒。その一員なのだから……と、ブリジット(アルベド)の素顔に興味が集まったのだ。

 

「そう言えば……。私としたことが、駄目ね。外を歩くときはヘルムを着けたままだから、うっかりしていたわ……」

 

 ヘルムに手を掛けながら「冒険者登録の時に、顔を見せなくて良かったのかしら?」などと呟いているが、これに関してはモモンガも同感だった。

 

 カチャリ……。

 

 顎下の留め具を外し、アルベドが両手でヘルムを持ち上げる。

 するとヘルムの裾から艶やかな黒髪が現れ、肩へ背へと落ちていくが、見ていた者が最初に目を奪われたのは、アルベドの素顔だった。

 ルプスレギナやナーベラルも、途轍もない美しさなのだが、アルベドはその上を行く。女神という存在が目の前に出現したなら、まさに今のアルベドを見たような感動を覚えたことだろう。

 だが、その感動の時間は長くは続かなかった。

 確かに酒場内の視線はアルベドの美貌に奪われていたが、皆の注目は、すぐに別のモノに奪われたからだ。

 すなわち……頭部の巨大な角……である。

 

「お、おい? あれ、角……だよな?」

 

「人間種じゃない? 亜人か!」

 

「……モモン達との会話からするに、危険性は小さいようだが……。亜人って、冒険者登録していいんだっけ?」

 

 この転移後世界において、亜人は人類にとっての脅威だ。と言うよりも、人類以外の種族に対して人類が弱体なのである。顕著なのは竜王国で、ビーストマン国からの侵攻に晒され、自国のみの戦力では抗し切れていない。法国等からの戦力支援を得て、どうにか持ち堪えている……と目されているが、実際は押し切られる寸前の状態だった。

 こういったことから、人類圏の国家では『人間種でない』というだけで蔑視され、あるいは奴隷として売買されたり、殺されたりする。

 アルベドに向けられていた羨望の視線が、嫌悪ないし恐怖、あるいは忌避といったモノに変わろうとしたとき。冒険者組合の受付嬢が駆けてきた。

 

「あ、あの! ブリジットさん!? あなた、人間種じゃなかったんですかっ!?」

 

 肩で息をしているところを見ると、相当に焦り、慌てて駆けてきたらしい。が、対するアルベドは平然としたものだ。テーブル上にヘルムを置き、ゆっくりと受付嬢を見上げる。

 

「そうだけど。何か問題があるのかしら?」

 

「何か、問題……って」

 

 アルベドの美貌に気圧されつつも、困り顔の受付嬢。その彼女が、縋るようにモモンガを見る。モモンガは溜息をつくと、こちらも座したまま受付嬢を見上げた。

 

「ふむ。私達は南方から来たものでな。こちらの作法や習慣には慣れていないところがある。亜人だと駄目なのかね? 彼女の行動については私が責任を持つし、それで問題ないのではないか?」

 

 説得を試みるが、受付嬢の反応は芳しくない。困り顔で口籠もるばかりだ。モモンガは内心「まあ、そうだろうな」と思いつつ、続く台詞を口に出した。

 

「確認するが、冒険者組合の規定に『亜人は登録させない』といった規則でもあるのかな? 都市に入る際も、亜人であるかどうかを確認されなかったと思うが?」

 

 冒険者組合の登録規定に、亜人を除外する項目が無いことは確認済みだ。そもそも想定していなかったと思われるが、都合が良いので活用させて貰うこととする。

 しかし、受付嬢は首を縦には振らなかった。

 

「ですが……」

 

「そうか、ならば結構だ」

 

 きっぱり言い放ち、モモンガは席を立つ。

 自分達は、事情あって南方より出てきたが、仕事を探している。得意分野から言って冒険者が適した職業だと思い、エ・ランテルへ来たのだが……仲間を拒絶されるのであれば、是非もない。

 

「王都の冒険者組合にでも行ってみるか。そこも駄目なら帝国へ行ってもいいし、法国や聖王国なども良いかもしれない。弐式さん、行くとしましょうか?」

 

「だな。俺は元から別の所へ行くつもりだけど……。モモンさん。一緒に帝国へでも行きますか?」

 

 そう言って弐式も席を立つ。いや、合わせるようにアルベドや、ナーベラル達も席を立った。この行動を見た受付嬢は、一段と動揺を増している。

 冒険者パーティー漆黒は、現状、銅級冒険者の集団でしかない。しかし、その実力は白金級に迫るか、場合によっては上回ると言われる程のものだ。これほどの実力者達が、余所の冒険者組合を拠点とする。場合によっては、組合拠点としての登録を変更されるかもしれない。

 それは、エ・ランテル冒険者組合にとって大きな損失だった。都市から離れられることによる戦力低下も問題だが、拠点変更までされたら、幾ら漆黒が活躍してもエ・ランテル冒険者組合の評判向上につながらないからだ。

 

「し、暫くお待ちください! く、組合長を呼んで来ます!」

 

 言うなり受付嬢は、奥へと駆け去って行く。

 

「待つとは言ってないんだがな……」

 

 モモンガは苦笑すると腰を下ろした。他の者達も同様に腰を下ろしている。

 一段落ついたが、このように早い段階でアルベドの角を晒し、亜人としての冒険者活動を認めさせる。それがモモンガ達の狙いだった。

 コキュートスのように、人化しなければ外部行動に難があるNPC。

 ルプスレギナやナーベラルのように、ある程度そのままで外部行動に支障が無いNPC。

 アルベドの場合は、中間に位置するとモモンガは考えている。

 万全を期すため、アルベドを人化させるつもりだったが、タブラの提案によって素のままで外部活動できるかどうか、それを試すこととなったのだ。

 

「上手く行けば良いが……。俺だって、その何だ……アル……ブリジットとは、小細工なしで外を歩きたいからな」

 

 我知らず考えが口に出てしまう。

 そんなモモンガを弐式がホッコリしつつ見つめ、アルベド以外の僕達は嬉しそうに頷いていた。

 アルベドはと言うと……。

 

「……くふぅう……。ふう……。フフッ……」

 

 喜びのあまり一瞬で精神が停滞化。強制的に冷静さを取り戻したものの、消えずに残った歓喜によって小さく微笑むのだった。

 




 仕事の都合上、今回は文章量が少ないです。
 本当は、王都到着後のヘロヘロさん達についても書く予定だったんですけど……。 
 今週は、更に泊まり仕事がありそうなので、次の投稿にも影響すると思います。
 おのれ……梅雨め……。 

 コキュートスの偽名はカート・ラッセルから、アルベドの偽名はブリジット・バルドーから頂きました。タブラさんが考案した……という設定です。


<誤字報告>

a092476601さん、nicom@n@さん、佐藤東沙さん、ゲオザーグさん

毎度ありがとうございます

今回、34話は書き上げてから一回しか読み返しができてないので、いつにも増して不安定化も……。

4日の早朝4時から5日の12時頃まで起きっぱなしだったので、今夜は普通に寝たいというか何と言うか……。
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