オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第35話

「よく来てくれたね、モモン君……」

 

 駆け戻って来た受付嬢に案内されたのは、エ・ランテル冒険者組合の組合長室。応接セットの応対側席で座しているのは、組合長のプルトン・アインザックだ。グレーのポワポワ頭髪と同色の口髭。かつては冒険者として鳴らしたであろう体躯は、初老とは言え逞しいものだ。

 その彼が今、モモンと弐式の前で額に汗しながら説明している。

 エ・ランテル冒険者組合としては、冒険者パーティー……チーム漆黒に対し、可能な限りの便宜を取り計らう……と。

 

「え? そうなんですか?」 

 

 モモンガは、隣の弐式と顔を見合わせる。長椅子型ソファの後方では、急遽用意された丸椅子に座したアルベド達がおり、こちらは当然だと言いたげにドヤ顔をしていた。

 

「実は……だね」

 

 アインザックは額の汗を拭いながら説明を続ける。

 彼が言うには、どうやら都市長の筋から、漆黒に関しての協力要請が来ているらしい。それが不思議なことに、全面的な協力ではなく……。

 

「ことさら派手に持ち上げたりせず、それとなく手を貸してやって欲しい……というものなのだよ……」

 

 では、先程の「可能な限りの便宜を……」というのは何なのか。モモンガが確認したところ、どうやらアインザックの意気込みが加味された結果であるらしい。

 

「私としてもだね、君達には大いに期待しているものがあるのだ。知っているかね? 王都には蒼の薔薇、そして朱の雫というアダマンタイト級冒険者が居る。バハルス帝国にも二チーム居たかな。ところが、我がエ・ランテル冒険者組合には、最上位でもミスリル級が三チームだ。私はね、自分が組合長でいる時期に、我がエ・ランテル冒険者組合からアダマンタイト級冒険者を輩出したいのだよ!」

 

 ハアハア……。

 

 肩で息をするアインザック。それを見守るモモンガと弐式は無言だ。しかし、熱く語る組合長の姿に多少なりとも感銘を受けている。

 

(俺が皆と一緒に、アインズ・ウール・ゴウンを盛り上げようとしてたのを思い出すな……)

 

 当時を懐かしく思っていたモモンガは、ふと弐式と目が合い、どちらからともなく頷き合った。所詮、自分達は観光がてら、そして息抜きがてら冒険者をやっているに過ぎない。だが、こうして自分の所属組織を大きくしよう……立派な物にしようとしているアインザックには、何となく好感を抱いたのだ。

 

「アインザック組合長。私達は、チームメンバーに何人か居る人間種以外の者。彼らについて、不当な差別や不利益が無ければ、それで十分ですとも」

 

「そう、モモンさんの言うとおり。俺達は楽しく冒険できれば、それでいいんです。俺の班は帝国に行きますけど、ブリジットを悪く扱わないって言うなら、所属……拠点登録でしたっけ? それはエ・ランテル冒険者組合のままにしておきますよ」

 

 そう言って弐式が最後に人差し指を立てると、アインザックは安心した様子で大きく息を吐いた。

 

「そう言って貰えると助かるよ。モモン君達には、近日中に昇格試験を受けてもらうとしよう。冒険者の昇格には実績が必要だが、そのための試験でもあるからね。君たちの実力なら、なに……私が手心を加えずとも、無事に突破してみせるだろうさ」

 

 すっかり肩の力が抜けたらしく、軽口まで飛び出す始末だ。これにはモモンガも弐式も苦笑を禁じ得なかったが、この調子の良い組合長のことは少しぐらい手伝いたい気持ちになっても、鬱陶しいとは思わない。

 自分達がエ・ランテルを拠点にすることで彼の利益になり、アルベドについて五月蠅く言わないのであれば、現状維持でも構わないだろう。

 

「では、組合長。ブリジット(アルベド)に関しては、冒険者登録は……登録したままでよろしいのですね?」

 

「無論だ」

 

 モモンガの確認にアインザックは大きく、そして力強く頷いた。

 

「我が組合では広く冒険者を募集している。目に余る素行の悪さや、犯罪行為に手を染めない限りは、全力で組合員の権利を守ることを明言させて貰おう」

 

 それは相手が国そのものであっても譲る気は無いという、アインザックの決意の表明でもあった。そう言って差し出されたアインザックの手を、モモンガは笑顔と共に握り返す。

 

「信じますよ、組合長。ところで……エ・ランテルの都市長殿が、私達に便宜を図るように……ですか。今聞いた限りでは、微妙に配慮をした要請のようで……」

 

「そうなんだ。都市長のことは良く知っているつもりだが、本来、一冒険者チームに対して強権を振りかざすタイプではなくてな。しかも君が言ったように、今回は随分と微妙な……。いったい、何があったのやら……」

 

 アインザックは不思議そうにしているが、モモンガと弐式には把握できていた。

 これはデミウルゴスの差し金だ……と。

 過日、デミウルゴスは、エ・ランテルに関しての支配活動は完了していると報告した。都市長もナザリックに対して従順であると……。

 

(けど、この様子だと、デミウルゴスはアインザック組合長に手を出していないな。……なんでだろうな)

 

 モモンガは不思議に思う。有力者や大商人に関しても、ナザリックの支配下にあるはず。言い換えると、このエ・ランテル冒険者組合など、デミウルゴスの眼には『有力者』として映らなかったのだろうか。

 

(後でデミウルゴスに聞いてみるか。いや、タブラさんに相談かな?)

 

 そう思うモモンガであったが、実はこの状況、タブラの入れ知恵が加わったことによるデミウルゴスの『接待』なのだ。

 

「いいかい、デミウルゴス。君達が敬う『至高の御方』には、息抜きや戯れごとなんかが必要だ。気疲れしてしまうからね。また、行く先々で殊更持ち上げられても、それはそれで鬱陶しいだろう。君達からの賞賛とは別物なんだものなぁ。そこでだ……部分的に都市民らを手つかずで放置し、その上でモモンガさん達に楽しんで貰う。ここが重要なんだよ」

 

 つまり、わざとらしい支配都市の情景などより、あるがままの転移後世界を観光して貰おうというわけだ。支配されずにいる者が、モモンガ達に接する以上、ある程度の不敬は発生するだろうが……。

 

「多少の不都合は、まあ言ってみれば隠し味みたいなものなんだよ」

 

 このようにタブラが(そその)かしたことで、デミウルゴスは意図的に冒険者組合などを、支配活動の対象から外していたのである。もっとも、度を過ぎての不利益をもたらすようであるなら、速やかに支配下に置けるよう各所に僕を配置し、目を光らせているのだが……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「デミウルゴスですかね?」

 

「デミウルゴスでしょうね。俺が思うに、気の回し方に関しちゃ、(やっこ)さんらしくない気もするけど……」

 

 冒険者組合を出たところでモモンガが問うと、弐式が頷いた。だが、確かにデミウルゴスらしからぬ緩さが感じられる。  

 要検証だと二人は思ったが、アルベドの冒険者登録が上手くいったのは実にめでたい。今後、アウラやマーレなど、人間に見た目が近い者を冒険者登録させる際にも、今回の事例は役立つことだろう。

 ともあれ、漆黒の増員計画は完了した。

 昇格試験についてもアインザックと話すことが出来たが、漆黒は大人数なので、各メンバーが昇格試験を受けてくれれば良いとのこと。

 

「各個人が昇格試験を受ける。ただし、数人纏めての受験も可。その後は、編制する班員で、例えば一人でも下位級が混ざってたら、その最下位冒険者に合わせた等級チームとして扱う……か。その辺は普通な感じだな」

 

「いや、弐式さん。多人数の漆黒で、他の班に銅級が居ても銀級で揃ってる班については、銀級としてチーム名を使って良い……って言うのは、割と優遇されてると思いますよ」

 

 モモンガが指摘すると、弐式は「それもそうか……」と頷く。変に特別扱いされるのは本意ではないが、この微妙さ加減なら気にするほどでもないだろう。

 

「文句を言ってくる奴が居るかも知れませんけど。そこはまあ、すぐに組合長に泣きつくんじゃなくて、俺達で『穏便に対処』すればいいんじゃないですか?」

 

 このモモンガの提案にも弐式は頷いている。この世界の冒険者で、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンに対抗できる者など、ほんの一握りだ。優しく頭を撫でて諭すぐらいは造作もないだろう。

 

「そんなところっすか。じゃあ、ここで別行動ですね。俺達は、これから都市外へ出て……適当なところで、帝国へ飛びますよ」

 

 シャルティアに<転移門(ゲート)>で送り届けて貰うという寸法だ。今頃、シャルティアは、建御雷の稽古に付き合わされているかもしれない。だが、事前に<伝言(メッセージ)>を入れておけば、予定は合わせられるだろう。

 

「それじゃ、モモンさん……」

 

 スッと差し出された手を、モモンガは笑顔で握りしめた。

 

「弐式さん、気をつけてください。帝国は王国と違って、デミウルゴスの手があまり入ってないんですから」

 

「な~に、そこはそれ。俺は忍者ですからね。デミウルゴスの手間が省ける程度には情報収集してきますよ」

 

 危ないから気をつけろと言うモモンガに対し、弐式は情報が少ない分は自分で何とかすると返す。微妙に会話が噛み合っていない。だが、その噛み合ってなさに可笑しさを感じた二人は、どちらからともなく笑い出した。

 

「弐式さんは昔と変わりませんね。でも、気をつけて欲しいのは本当ですよ?」

 

「わかってますって。……それじゃ」

 

 シュタッと手を挙げて、弐式が都市門へと歩き出す。彼に付き従うのは、戦士ラッセル(コキュートス)、神官戦士のルプスレギナ、魔法詠唱者(マジックキャスター)としてのナーベ(ナーベラル)だ。

 戦士に神官戦士、そして魔法使いと忍者。

 こうして見るとバランスの良いパーティーではある。少なくとも魔法詠唱者(モモンガ)戦士(アルベド)の二人組よりは、バランスが良い。

 そんなことを考えて小さく苦笑したモモンガは、弐式と、彼に付き従う三人が去って行くのを見送った。

 少しばかり寂しい。

 だが、その寂しさは、かつて弐式が引退を告げて去って行った時。あの時のことを思えば百億倍もマシだ。なぜなら、気が向けばいつだって<伝言(メッセージ)>で話せるし、会おうと思えば<転移門(ゲート)>で会えるのだから。

 

「さて、ブリジット(アルベド)。俺達は、これからどうするべきかな?」 

 

「そう……ねぇ」

 

 思案する素振りで空を見上げたアルベドは、露出した口元に笑みを浮かべる。

 

「モモンがエスコートして、エ・ランテルを案内してくれる……というのは?」

 

 僕としては『至高の御方』に対し、あるまじき要求だ。だが、こういう態度こそモモンガが求めたものである。

 

「ふふん。(デミウルゴスの報告で)把握しているだろうに。まあ、かまわんか……。ブリジットとブラブラ散策する。ふむ……いかん、楽しくなってきた。いや、良いのか?」

 

 一人呟いたモモンガは、続けて「適当に屋台で軽食でも買って、公園にでも行くとするか……」と言い、アルベドを見た。 

 

「それで、いいかな?」

 

 確認する声には幾分、不安げなものが混じっている。男同士で連れ立って歩くのは経験があるが、それを女性との二人連れ時に準用して良いのかどうか。モモンガには自信がなかったのだ。

 対するアルベドの反応とは……。

 

「くふうう! 全然、オッケ……ふう……。名案だわ。丁度、小腹も空いてきたところだし……。そうしましょうか」

 

 一瞬、身をよじりかけたアルベドだが、即座に精神の停滞化が発生。先程までのクールな口調を取り戻している。

 今の態度を見るに、どうやら演技していない部分……いわゆる本音でも嬉しいようだ。

 少しばかり安心したモモンガは、「で、では、行くぞ?」と言って歩き出す。アルベドも、すぐに追いついて横に並んだ。

 そして歌うように涼やかな声で言う。

 

「ええ、良くてよ。モモン」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 同時刻。

 ナザリック地下大墳墓の第六階層、大森林……その中にある円形闘技場(コロッセウム)にて、一つの暗黒環が閉じられていた。

 暗黒環。<転移門(ゲート)>使用時に出現する黒い円孔を閉じたのは、シャルティア・ブラッドフォールン。本来であれば、第一から第三階層を任された階層守護者であるが、今日のところは、武人建御雷によって円形闘技場へ呼び出されている。

 ちなみに、今の<転移門(ゲート)>閉鎖は、一度エ・ランテルの都市外へ転移し、弐式班と合流。彼らをバハルス帝国帝都へと送り届けた後のことだ。

 

「すべて完了しんしたでありんすえ」

 

 掌の(ほこり)(はた)く素振りをしたシャルティアは、クルッと振り返って建御雷を見た。その白い頬は薄ら桃色に染まっており、瞳はキラキラ状態。褒めて欲しいのが見え見えだ。

 建御雷の隣で立つブレイン・アングラウスは、敢えて何も言わなかったが、建御雷としては苦笑しつつもスルーするわけにはいかない。

 

「おう。御苦労だったな、シャルティア! 弐式の奴が便利使いして悪かったぜ!」

 

「と、とんでもありんせん! 至高の御方に御奉仕するのは、私達、僕の存在意義でありんすから! 建御雷様には、どうかお気遣いなきよう!」

 

 シャルティアは音がしそうなほど首を振り、あわせて掌もブンブン振ってみせた。建御雷としては、「あとで弐式をギュッとやっておくから」的に言っただけなのだが、この反応に少しばかり引いてしまう。

 

「そ、そうか。なら、とっとと始めるか。まずはブレイン!」

 

「うっす!」

 

 呼ばれたブレインが、気合いの声と共に一歩踏み出した。腰には例の練習刀を佩いており、腕は後ろ手に組んだ状態。

 これから行われるのは、ブレインの持つ武技の性能試験及び武技指導だ。

 以前、死を撒く剣団の隠れ家だった洞窟で、ブレイン対シャルティアの戦いが発生しているが、あのときはブレインが武技を結集させた一撃を繰り出したぐらいである。今回は、シャルティアを前に置き、腰を据えて色々試そうというわけだ。

 本来であれば、クレマンティーヌも加えたいが、今の彼女はタブラと共に最古図書館(アッシュールバニパル)へ籠もっている。

 

「始めてくれ」

 

「了解したぜ、旦那!」

 

 シャルティアに向けて歩を進めたブレインは、適切な間合いで立ち止まると腰を落とした。そうして刀の柄に手をかけたが、そこで首を傾げた。

 

「じゃあ、行くぜ? シャルティア……様?」

 

 名前の後に付ける敬称に迷いが出たらしい。

 ブレインは普段、至高の御方である武人建御雷を『旦那』呼びしているが、本来であれば極刑ものである。しかし、建御雷は気にしていない。笑って許容しているし、むしろ面白がっているほどだ。一方でブレインは、モモンガら他のギルメンに関して『様』付けで呼んでいた。無頼な態度が板につきながらも、ちゃんと弁えているのである。

 では、ナザリックNPCに関して、ブレインはどう呼べば良いのだろうか。

 NPCの場合、守護者統括アルベドは、基本的に他の者を呼び捨てだ。階層守護者間でも互いに呼び捨てである。これが一般メイドや戦闘メイド(プレアデス)、それにセバスやペストーニャ。あるいは領域守護者が階層守護者以上を呼ぶ場合は、『様』付けとなるのだ。

 そして今、ブレインの目の前には階層守護者のシャルティアが居る。

 

「……」

 

「はあ~。別に呼び捨てでも構わないでありんすよ」

 

 溜息交じりにシャルティアが言った。

 シャルティアにとって、ブレインは下等生物に過ぎないが、そのように扱うことを至高の御方は望んでいない。そもそも、ブレインの立ち位置や身分を考慮する場合、彼は建御雷の直属で、シャルティアとは上司部下の関係ではないのだ。

 だから、呼び捨てで構わない。

 これを聞き、ブレインは肩の力を抜いたが……すぐに苦笑する。

 

「お心遣いは有り難いんですけどね。シャルティア様と呼ばせて貰いますよ。なんせ、アンタ、勤め先の上の人だ……」

 

「お好きにどうぞ、でありんす」

 

 ブレインの申出にシャルティアも苦笑してみせた。こちらは肩もすくめており、特に人間種だからと言って毛嫌いしているようには見えない。彼女の中では、ブレインは既にナザリックの一員なのだ。

 

「ふっははっ。じゃあ改めて、行くぜ? シャルティア様。 ……まずは!」

 

 刀の柄を握り込むや、すかさず抜刀。

 建御雷からは当てて良いと言われているので、本気も本気の斬り込みだ。

 狙いはシャルティアの鼻先だったが、シャルティアは以前のように回避せずに受け流した。

 

 チュギィィィン!

 

 激しい金属音。だが、ブレインの斬り込みを受け流したのは、シャルティアの左手……の小指の爪だ。そう、小指一本の爪先で受け流したのである。

 

「相変わらず、(すげ)ぇな……」

 

 納刀したブレインは呆れ口調で呟いたが、シャルティアは眼を細めてブレインを見つめている。

 

「今のは、武技を使っていんせんではありんせんかぇ?」

 

「そのとおり。今のは通常の斬り込みだよ」

 

 これから様々な武技を試すのだ。それに先立ち通常剣技の威力、あるいは剣筋に速さというものを見て貰わなければ、強さの比較ができないだろう。

 

「あんたぐらいになると、俺ごときの速さとかは差がわからんかもだけどな……。念のためさ」

 

「そうでありんしたか……」

 

 シャルティアは相づちを打ちながらチラリと建御雷を見た。少し離れたところで腕組みして立つ建御雷は、ウンウンと頷いている。

 

(このまま続けて良いという事でありんすね?)

 

 自分は今、至高の御方の命で武技実験に関わっている。万に一つもミスは許されない。シャルティアはブレインに視線を戻した。その表情に、怠惰や不真面目さは微塵も存在しない。

 

「では、武技の実験に移りんしょうか?」

 

「いいともさ。基本的なところで<斬撃>から行ってみるか」

 

 この後、ブレインは修得している攻撃武技を一通り試し、そのすべてを爪先一つで防がれることとなった。建御雷と出会う前にシャルティアと出会していたら、プライドがへし折れて剣士を廃業していたかもしれない。しかし、ブレインの心は建御雷によって一度、心服という意味で折られている。その上で、ここに、ナザリック地下大墳墓に居るのだ。

 

(これ以上、折れようがねぇからな。高ぇ頂ばかり見られて眼福ってもんさ)

 

 建御雷に稽古をつけて貰えるし、成果を上げたら武具やマジックアイテムを貰える目だってあるらしい。そこへ来て居心地が良い上、飯も美味い。あちこちで見かけるモンスターは大層恐ろしいが、そこを耐えて態度に気をつけさえすれば……ナザリック地下大墳墓は、まさに最高の環境だった。

 

「次はぁ……武技の練習からやりますか。え~……と、建御雷の旦那とシャルティア様に指導する……で良かったですかね?」

 

 肩で息をしながら呼吸を整えるブレインは、額の汗を手ぬぐいで拭きながら確認する。建御雷達が双方頷いたので、予定に変更は無いようだ。

 

「んじゃ、旦那は<斬撃>覚えてるからアレだけど。今はシャルティア様も居ますから、基本的なところから説明しますね。武技って言うのは、集中力を使って攻撃や防御に……」

 

 説明が進んでいくと、基本的な型の話になり、見本としてブレインが取ったポーズをシャルティアが真似る。その横では、体格で遙かにシャルティアを上回る半魔巨人(ネフィリム)が、まったく同じ行動をしていた。

 それを見て危うく吹き出しそうになったブレインは、抜いた刀を肩に載せる。

 

「……旦那、何やってんの?」

 

「ん? いや、ほら。基本を(おろそ)かにしちゃいけねぇだろ? おさらいだよ、お~さ~ら~い。ほりゃ! 武技、<斬撃>!」

 

 言いつつ武技を発動させたところ、建御雷の持つ練習刀が気合いで光り、割り増しで速く振られた。ちなみに、シャルティアは失敗している。

 自室から適当に持ち出してきた玩具の刀……ブレインの目には途轍もない逸品に見える……を持つシャルティアは、不思議そうに小首を傾げた。

 

「失敗したようでありんす……」

 

「地力は凄いんだから、すぐにモノにできますよ」

 

 シャルティアは、彼女を知らない者が見れば可憐な美少女だ。しかし、彼女の正体は真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)だとブレインは聞いている。そのような頂上の存在に対して、何を助言してるんだか……。

 そういう思いにかられるが、無論、口に出したりはしない。下手な冗談口は、相手にも寄るが自分の命に関わるからだ。ただ、自分の指導に従い、えっちらおっちら型の練習をする建御雷達の姿。それは二人の強さから掛け離れた滑稽さ、かつ可愛らしさを感じさせている。

 

(あんたら、俺の腹筋を試してんのか?)

 

 吹き出すのを堪えるのに多大な労苦を強いられるブレイン。彼が建御雷から休息を告げられるのは、今より三時間後のことであった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「王都ですよ!」

 

 冒険者プレートをチラつかせ、ソリュシャンに色目を使う門兵を睨みつける。そうしてリ・エスティーゼ王国の王都入りを果たした冒険者チーム漆黒……ヘイグ(ヘロヘロ)班のリーダーたるヘイグ(ヘロヘロ)は、セバスらを見て声高に呼びかけていた。

 傍目には漆黒の胴着を着込んだ冒険者で、少し恰幅の良い小柄なオジさん。もとい、無精髭を生やした青年である。

 その興奮した姿は『おのぼりさん』そのものであるが、呼びかけられたセバスとソリュシャンは、ニコニコしながらヘロヘロを見つめていた。

 

「ヘイグ様。これから、どういたしましょうか?」

 

「そうですねぇ……」

 

 ヘロヘロは、エ・ランテルよりも格段に人の多い通りを見回しながら、セバスに向き直る。

 

「まずは王都の冒険者組合へ顔出しですかね! その後は……格安の家でも探しましょう! 商売をするためには事務所だとか、店舗が必要です!」

 

 お昼までには、まだ時間がある。面白い依頼がないか見てみるのも良いだろう。ひょっとしたら、酒場で手頃な家屋等の情報が入手できるかもしれない。

 

「ううん。初めての町……都市だとか、ワクワクしますね。それに王国戦士長のガゼフさんでしたっけ? 王国の偉い人に独自でコネがあるって良い感じですからね。彼にも挨拶をしておきたいところです。後で王城を訪ねてみるかな~」

 

 ウキウキしながら歩くヘロヘロは、前述したように今は人の姿を取っている。ただし、人化しているわけではなく、アイテムの力で人の姿に変形しているのだ。早い話がソリュシャンと同じ形態変化である。これなら人化によるレベルの低下は発生しない。とはいえ、異形種化したままだと、徐々に人としての精神が目減りしていくので、適度に人化する必要があった。

 

(そのためにも、気兼ねしないで人化できる拠点が欲しいんですよね~) 

 

 通常の下位冒険者であれば、冒険者組合の宿を拠点とすることが多い。しかし、ヘロヘロの要望にはそぐわないので、商業拠点兼、住居としての家屋を欲しているわけだ。

 

「たのも~」

 

 ゆるっゆるの口調で言いつつ冒険者組合に入ったところ、当然ではあるが一階酒場で居た面々から注目を浴びる。が、その注目も一瞬のことだ。先頭を切って入って来たヘロヘロの胸に下がる……銅級のプレート。それが、すべてであり、皆の関心が霧散した理由でもある。

 どちらかと言えば、セバスやソリュシャンの方が注目を浴びているようだ。

 セバスは、その落ち着いた佇まいと、ガッシリした体格。そして、執事然としたスーツスタイル。それらが注目されたらしい。

 ソリュシャンに関しては、もっと単純だ。彼女の美貌に男女の区別なく目を奪われていたのである。

 全般的にはヘロヘロが一番軽んじられている形となったが、ヘロヘロ本人は気にしていない。事実はどうあれ、自分自身は大した存在ではない。それがモモンガを始めとした、大方のギルメンの共通認識であり、その様に軽んじられるのに抵抗感が無かったからだ。

 

「すみませ~ん。滞在登録を、お願いできますか~?」

 

 受付嬢に話しかけたところ、視線が冒険者プレートに向けられ、次いで顔と身なりをチェックされた後、同行しているセバスとソリュシャンに移った目が見開かれる。酒場テーブルの冒険者らと反応がほぼ同じなわけで、さすがにヘロヘロは苦笑した。

 

「私達はエ・ランテル登録の冒険者ですが、当面は王都で活動したくありまして。滞在登録をお願いします」

 

 重ねて申し出たところ、我に返ったらしい受付嬢が、カウンター下から分厚い帳簿を取り出す。

 滞在登録というのは、他都市を拠点とする冒険者が一時的に都市滞在する際、冒険者組合で登録しておくことだ。こうすることで、都市側は他都市の冒険者がどれだけ入ってきているかを把握できる。また、その他都市冒険者らが問題を起こしても速やかに、拠点都市の冒険者組合に確認を取れるのだ。 

 帳簿に記載の無いことが確認された後、ヘロヘロは代筆で所定の用紙に記入して貰っている。書かれた内容はチーム名にメンバー名、それにプレート色による等級だ。 

 事務手続きが完了し、代筆手数料も含めた費用を支払ったヘロヘロは、王都内の家屋で適当な空き家がないか聞いてみた。

 

「独自に拠点が欲しいですし、商売もやりたいものでして。元店舗というのがあると助かるんですが」

 

「でしたら、当組合は冒険者の方々に対し、住居の斡旋も行っていますから。今、カタログを出しますね」

 

 打てば響くように受付嬢が言い、その上半身をカウンターの下へと潜らせている。口振りからするに、カタログには幾つかの空き物件が記されているのだろう。

 

(う~ん。手早い対応です。冒険者プレートだけで人を判断するのは頂けませんが、まあ事務屋さんですしね。しかたないですね)

 

 カウンターに片肘置いたヘロヘロは、磨き上げられたカウンターの手触りを確認しながら、受付嬢が顔を出すのを待った。と、ここで声をかけてくる者が居る。いや声をかけられたのはヘロヘロではない。ソリュシャンだ。

 

「よう? そんな冴えないおっさんや、爺さんと一緒じゃなくてさ。俺達と組まないか?」

 

「銅級だが面倒は見てやるし、取り分に色を付けてやってもいいんだぜ? もっとも、俺達の夜の面倒も見て貰うがな」

 

 右肩越しに振り返ったヘロヘロは、彼ら側の細い目をわずかに開けると、まずは相手の装備を確認した。大柄な男とソリュシャンよりは背の高そうな細身の男。どちらも防具に金属部分が多く、特に大男の方はプレートアーマーと呼んで良いぐらいの代物だ。素材的には鉄製らしく思える。ヘロヘロは鍛冶系の特殊技能(スキル)を持っていないので確実ではないが、大きく外れてはいないだろう。

 

(冒険者プレートからすると金級ですか。年の頃は、どちらも三〇代ぐらい。話に聞いた漆黒の剣の人達よりは強そう……かな? 品の良さではプレート間の差よりも、こっちの方が格落ちっぽいですが……いやはや)

 

 揉めて喧嘩になっても問題はない。ヘロヘロ一人で楽に勝てることだろう。

 この古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)の躰になったせいか、あるいは修めている<モンク>系職業のおかげか、ヘロヘロは見ただけである程度の相手の強さを感じ取れるようになっていたのだ。

 

(こんな事ができるだなんて。剣と魔法の世界って、凄いんですねぇ……。さて……と)

 

 今のところ、ソリュシャンは笑顔で拒絶しているが、相手方も粘っている。

 我慢の限界を迎えたソリュシャンが相手に大怪我させるとマズいので、ヘロヘロはチームリーダーとして前に出なければならない。放って置いてもセバスが対処するだろうが、他の冒険者チームの目もある。やはり、リーダーのヘロヘロがガツンとやるべきだ。

 受付カウンターの上から肘を離し、身体ごと後方へ向き直る。

 一歩踏み出したところでセバスと目が合ったが、彼はフッと目を細めた後に身を引いた。どうやらヘロヘロの意図を汲み取った上で、花を持たせてくれるらしい。

 が、完全に丸投げしたわけではなく、何かあれば飛び込んでくる様子だ。

 

(さっき『冴えないおっさん』呼ばわりされたとき、妙に大人しかったけれど……。二人に気を遣わせちゃいましたかねぇ) 

 

 苦笑しつつ歩を進めると、酒場内の視線が自分に向くのが解る。どうやらリーダーとしての行動や力量を計られているようだ。となると、これは所謂『新人試し』の一環ではないだろうか。

 

(モモンガさん達と、エ・ランテル冒険者組合に行ったときに、似たようなことがあったっけ……)

 

 あの時はモモンガが前に出て、魔法詠唱者(マジックキャスター)でありながらにして腕力でねじ伏せていた。思い起こせば、セバスとソリュシャンも居合わせたはずで……。

 

(今のところ、ソリュシャンが自力で排除にかからないのは……。やはり、そういう事なんですかね)

 

 思ったとおり、二人には気を遣わせているようだ。いや、もしかしたら、これはセバス達なりの奉仕行動なのかもしれない。そのように見方を変えると、小市民感覚の持ち主たるヘロヘロは何とも言えない気分になるのだった。

 

「お大尽扱いは慣れてないんですけど……。ま、とにかく。え~、そこの貴方達。ちょ……」

 

「貴方達! いったい、何をしているの!」

 

 間延びしたヘロヘロの声を打ち消す……女性の声。

 ヘロヘロは「ほえ?」と一声発して声の主を探したが、同様にセバス達……だけではなく、声をかけてきたチンピラ風の戦士二人、それに酒場内で居合わせた者達も視線を移動させている。

 声が聞こえたのは入口方向で、そこでは一人の女性が立っていた。

 スタイルは中々によろしい。それが一目でわかるのは、身体にフィットしたスーツとボディラインが解りやすい防具類のためだ。身体の周囲には幅広剣の剣身のようなモノが複数囲むように浮遊し、背には大きな黒色の剣を背負っている。

 何よりもヘロヘロが注目したのは、その長い金髪と、背丈的に豊かな部類の胸だろう。

 

(金髪に巨乳! 俺のストライクゾーンをビシバシ攻めてくるじゃないですか! しかも美人だし!)

 

 娘にして、恋び……手を着けたい女性筆頭、ソリュシャン・イプシロンを作成したときの興奮がチラリと甦った。と、同時に脇からソリュシャンの視線が突き刺さる。咎めているという程ではないものの、何か様子を窺うような視線だ。

 

(心、読まれましたかね? 女性って、そういうところ鋭いですよね~)

 

 ウゲッと酢を飲んだ表情になったヘロヘロだが、そんな彼の前で事態は進展していく。

 金髪の女性は、新人冒険者(ソリュシャン)に絡んでいると思しき戦士二人に説教しているようだ。凛としてて気の強そうな口調。しかし、若い女の説教に、チンピラ達は耳を傾けるだろうか。

 

(やはり俺が……)

 

 そう思ったヘロヘロが割り込もうとしたとき。

 男達の態度が急激に軟化した。気まずげに愛想笑いを浮かべるや、女性にペコペコ頭を下げて、自分達の仲間らしき者達が居るテーブルへと戻って行ったのである。

 

「ありゃ?」

 

 予想外の展開だ。

 ヘロヘロが目を丸くしていると、金髪女性がヘロヘロを向きニコリと微笑む。

 

「ごめんなさいね。悪い人達じゃないんだけど、新人を見るとちょっかい出そうって言うのが、習わしと言うか何と言うか……」

 

「はあ……。いえ、助けていただいて有り難いです。でも、そういう事でしたら、色々とマズかったのでは? 貴女の立場の話ですけど……」

 

 やはり『新人試し』の一環だったらしいが、それを邪魔した金髪女性は、冒険者としては浮いた状態なのではないだろうか。厚意からの行動だったとしても、それはそれで逆に心配してしまうヘロヘロである。

 しかし、金髪女性は一瞬焦ったような顔になったが、すぐにカラカラと笑い出した。

 

「だ、大丈夫! だって私、いつもこうしてるもの! 私の見てる前でやったのが巡り合わせが悪かったと言うか……」

 

 段々尻すぼみになっていくので、やはりマズかったとは思っているのだろう。

 少なくとも、見ず知らずの『新人』であるヘロヘロ達を助けてくれたので、悪い人物ではないはずだ。

 

(武装もしてるし冒険者なのかな? にしては美人過ぎますけど~)

 

 再び美女観察モードになったヘロヘロは、彼女の胸元を見て下げられた冒険者プレートの色に瞠目する。 

 色からするとアダマンタイト。

 つまり、この気の良い美人冒険者はアダマンタイト級冒険者なのだ。そこに気づいたヘロヘロの脳内で、リ・エスティーゼ王国に存在するというアダマンタイト級冒険者……それに関する情報が浮上してきた。

 

(デミウルゴス情報で聞きましたよ! 好みの容姿なので、格別に覚えてるんです! 確か、彼女の名前は……)

 

「蒼の薔薇の、ラキュースさん……でしたか?」

 

 呟くように言うと、金髪女性が照れたような表情を浮かべる。 

 

「知っててくれて嬉しいわ。そう、私が蒼の薔薇のラキュース。よろしくね!」

 

 聞いた話では貴族だと言うラキュースは、気さくに自己紹介をした。ヘロヘロにしてみると、貴族に関しては物語上のイメージしかないため、この気さくさが意外に感じられる。

 

(もっと高慢ちきな感じかと思ったんですけどね~)

 

 感心しつつ、ヘロヘロは自己紹介を行おうとした。先に名乗らずに聞いてしまって失礼だったかな……と思うが、今更後戻りはできない。

 

(モモンガさんなら、記憶操作とかして仕切り直したんでしょうかね~)

 

 モモンガが聞いたら「自己紹介の段取りが狂ったぐらいで、記憶操作なんかしませんけどっ!?」と憤慨しそうなことを考えるヘロヘロは、胸に手を当ててニッコリ笑って見せた。

 

「先に名乗って頂いて恐縮です。私はヘイグ(ヘロヘロ)。冒険者チーム漆黒の一員で、現在は後ろのセバスにソリュシャンを率いて、ヘイグ班のリーダーを務めています」

 




<久々の捏造ポイント>
・滞在登録
 まあ、王都ですし王国は冒険者が多いって話ですから、こういうモノがあった方が『それっぽい』かな? あっても、そこまでの原作逸脱にならないだろうし……と思ったものでして。ここから何か話的に発展させるかどうかは未定です。

<誤字報告>
yomi読みonlyさん、a092476601さん、冥﨑梓さん、ARlAさん、阿久祢子さん、佐藤東沙さん

ありがとうございました
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