オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第36話

「モモンガさん達、楽しんでるかなぁ……」

 

 ナザリック地下大墳墓。その最奥近くに存在する最古図書館(アッシュールバニパル)

 そこで、クレマンティーヌとロンデスから情報収集していたタブラ・スマラグディナは、ふと天井を見上げて呟いた。ちなみに、クレマンティーヌが怯えるので今は人化中だ。 

 

(デミウルゴスには、必要最小限の……しかし、奥深い骨組み的な部分の支配をするよう言いつけてあるけど……。そうでないと……ねえ?)

 

 支配漬けの異国情景など、観光目的で出歩く友人達にとってはマイナス要素でしかない。その支配下の情景が、自分達の組織によって成されたモノなら、尚のこと興醒めである。

 

(支配者として、支配国を愛でるという意味合いなら良いのかもだけど……)

 

 タブラの見たところ、モモンガを始めとしたギルメン達は、誰一人として『支配者』の心境には到っていないらしい。それについてはタブラも同様だが、この先は少し認識を改める必要があると考えている。

 理由の一つは、このナザリック地下大墳墓のNPC達だ。彼らは転移後世界にあって、総じて強大である。彼らだけでも、周辺諸国を滅ぼすなど容易いことだろう。

 更に、集いつつあるギルメン……ユグドラシル・プレイヤーなどは、その戦闘経験や知見からして、NPCを上回る強大さを持つ。例えばタブラだ。錬金術師としての実力もさることながら、単純火力ならモモンガを上回る戦闘力は、大抵のNPCよりも強力である。

 知力や知謀に関してはデミウルゴスに劣るだろうが、知的経験値の差で暫くは彼の上を行けるはずだ。

 

(設定年齢が何十歳とか言ったところで、作成されてから数年の『子供』だ。人間蔑視で凝り固まっている点も付け入る隙が大きい。まだまだだな……)

 

 ともあれ、そのような一大戦力が、難攻不落の大要塞に揃うのだ。

 加えてNPCらに根強い『人間蔑視』も、ナザリック外の存在に対してはマイナスに働くだろう。

 今は、ナザリック地下大墳墓の維持資金目当てで、近隣の都市を支配し、当面の最終目標にリ・エスティーゼ王国の征服を掲げているが……。

 

(それを推し進めていくようなことになれば、行き着く先は世界征服か。モモンガさん達は、ウルベルトさんらを思い出して言ってる節があるけれど。NPC側の受け取り方は、大真面目。デミウルゴスなんか、たまに修正しないと支配事業を拡大させるし……)

 

 結局、支配者として無自覚では居られないということだ。

 タブラ自身、自覚したいとは思わないが、NPCに丸投げしすぎると転移後世界は悲惨なことになる。

 

(この素晴らしい世界を楽しむのは良いけど、締めるところは締めなければねぇ……)

 

 噂に聞く……と言うより、今改めてクレマンティーヌから聞かされた八欲王の伝説など、プレイヤーによる失敗例の一つであろう。

 八人のプレイヤーにより、世界を大混乱に陥れた後にギルド内で仲間割れ。あげくは、何度も死んでデスペナルティーによって弱体化し、滅ぼされるに至る。

 タブラが思うに、ユグドラシル全盛時の……そしてギルド『アインズ・ウール・ゴウン』全盛時のギルメン四十一人が全員揃ったとしたら。おそらく、八欲王達のように内部分裂は避けられないだろう。ゲーム時代と違い、本当に命がかかった状態で分裂などあり得るのか……という考えもあるだろうが、八欲王の事例がある以上、その考えに寄りかかるのは危険すぎた。

 

(自然環境良く、衣食住も上質で、ユグドラシル時代のアバター性能とレベルが変わらずに行使可能。おまけに転移後世界の住人らは大方が脆弱。この『設定』で個人の損得勘定や欲望がどう変貌を遂げるか……。……見てみたい気もするんだけど……) 

 

 あの気の良いギルド長を、二度も泣かせる気はタブラにはない。

 せめて自分、そして同調してくれるギルメン達とで、モモンガとナザリック地下大墳墓を守るべきだろう。

 

(今居るメンバーは皆、協力してくれそうな人が揃ってるよう……かな?)

 

 タブラは現実(リアル)においては自殺一歩手前の状態だった。こちらの世界に来られて本当に幸せだ。ことさらギルドの和を乱す気はない。

 ヘロヘロと弐式は、両親から独立しての一人暮らしだったらしい。双方とも転移後世界とナザリック地下大墳墓の住み心地、自身の作成NPCには満足しているようだ。モモンガに関しては、友情の他に義理を感じており、彼を裏切るような真似はおそらくしないだろう。

 

(建御雷さんは、道場が立ちゆかなくなって路頭に迷いかけてた……。今は開き直って転移後世界とナザリックを楽しんでいる……か。モモンガさんとも仲が良いし、親友の弐式さんが転移してきているのも大きい。彼も問題なさそうだな。)

 

 残るはモモンガだが、彼のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に対する執着は尋常ではない。彼自身が、自分の都合でギルドを割るようなことは、まずもってありえないとタブラは断言できる。かつてギルド崩壊に際し、必死で皆を取りまとめようとしていたように、彼はギルド維持のために尽力するはずだ。

 

(以前は失敗したけれど……ね)

 

 最終的にモモンガは、彼一人でユグドラシル終焉を迎えかけたのだが、そうなった経緯に関してはモモンガだけの責任ではない。だから、タブラはギルド崩壊について、モモンガにとやかく言う気はまったくなかった。

 言う資格が無いのだ……と、自身の不甲斐なさを自嘲しながら、タブラは脱線しかけた脳内取り纏めを再開する。

 今居るギルメンについては、問題ないのを再確認した。

 では、これから合流するギルメンについては、どうだろうか。

 両親と同居している者や、妻子など家族がある者は帰りたがるのではないか。その思いが暴走して、ギルドに不和をもたらすのではないか。

 例えば、現実(リアル)への帰還方法を模索するあまり、ギルド共有財産である世界級(ワールド)アイテムに手を出すなどだ。

 

(あり得る……。こっちでの機能試験は進んでないけど、世界級(ワールド)アイテムの使いようによっては、現実(リアル)への帰還が可能かもしれないな……)

 

 具体的に如何すれば可能なのかは、残念ながら思いつけない。こういうときは軍師と呼ばれた、ぷにっと萌えが居れば……とタブラは思う。

 

現実(リアル)への帰還目的でギルメンが暴走するとしたら、帰還派のリーダーに担がれるのは……たっち・みーさんか)

 

 彼の安定した社会的地位、円満な家庭に関してはギルドの誰もが知っていた。家族を残して転移して来たとしたら、さぞかし帰りたいだろう。彼が身勝手な行動に出るとは想像し難いが、彼には人望も実力もある。ユグドラシル時代のままの戦闘力が発揮できるだろうから、大いに頼りにされるはずだ。同じように親や妻子を思うギルメンにすがられたら、正義漢のたっち・みーは行動に出る可能性が大である。

 

(ただ帰りたいだけなら、私や、それこそモモンガさん達も喜んで協力するんだ。さっき考えたことだけど、世界級(ワールド)アイテムを使えば何とかなりそうな気もするし……。でも、家族恋しさに暴走して、世界級(ワールド)アイテムを強奪、勝手に使用される恐れがあるってのが何ともはや……。たっちさんを向こうに回しての内戦とか、寒気がするなぁ。大惨事になるぞ……。今のところ、偶然にも後顧の憂いがないギルメンばかり揃っているから、そんな心配を暫くしなくて済む……うん?)

 

 そこまで考えたタブラは、頭髪をオールバックに纏めた頭を傾ける。

 

(偶然にも……後顧の憂いがないギルメンばかり揃ってる? それ、本当に偶然か?)

 

 タブラを含めた今居るギルメン五人は、転移後世界に残留することに迷いがほぼ無く、むしろ転移してきたことを喜んでいる者ばかりだ。

 だが、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメン四十一人の内、先着五人までの全員が転移後世界残留派。それを偶然の一言で片付けるのは、タブラ的に抵抗感があった。

 

(しかし、その偶然が絶対に無い……とは言い切れないな。それを言うなら、ユグドラシル魔法が通用する剣と魔法の世界に転移なんて、転移前なら『絶対にない』って思ったろうし。転移した後となっては……ね。頭から否定するのは、それはそれで……)

 

「あのう……。タブラ様?」

 

 長考中だったタブラに、テーブルの向かい側から声がかかる。

 ふと眼を向けると、羊皮紙に羽根ペンで書き付けていたクレマンティーヌがタブラを見ていた。

 

「どうかされたんですか? お声がけしても、その……」

 

 タブラが返事をしなかったので、声を少し大きくして呼びかけてきたのである。ちなみに今、彼女が言い淀んでいるのは司書長らの眼があるからだ。

 

「いや、すまないね。ちょっと考えごとを……。それはまあ脇に置くとして、私に何か話があったんだっけ?」

 

 謝罪しつつ強引に話題を変えたタブラ。しかし、そのことを突っ込む者は居ない。ここに居るのは僕とクレマンティーヌ達だけだからだ。至高の御方が『脇に置く』と言ったのなら、そうするべきなのである。

 

「あ、はい。え~と……実は、ですね。モモンガ様が、冒険者活動の拠点にされてるエ・ランテルなんですけど。あそこで、私の知り合いが危ないことを企んでまして……」

 

「ほほう、それで?」

 

 身振り手振りを交えたクレマンティーヌの報告に、タブラは興味を抱いて相槌を打った。しかし、それを何故今頃になって言うのだろうか。もっと早く報告しても良かったはず。

 そのようにタブラに追求されたクレマンティーヌは、幾分怯えながらも答えてみせた。

 

「そ、そのう……何と言いますか。カルネ村からこっち、ぷれいやー様……至高の御方とお目にかかって(わたくし)、大いに動揺しておりましてですね。しかしながら、ここで物書きをしてる内に、色々落ち着いてきたもので……」

 

 ふと、エ・ランテルで合流しようとしていた知人のことを思い出したらしい。

 

「クレマンティーヌ。俺は今の話、初耳なんだが? 俺達が出会った辺りのことを言ってるなら、あそこに危険な連中が居たのか?」 

 

 クレマンティーヌの隣で座るロンデスが、羽根ペンの動きを止め、横目で睨みつけている。

 

「話してなかったから初耳なのは当たりま……うわ、ごめん! 溜息とかつかないでっ!?」

 

 わたわたしているクレマンティーヌを見やりながら、タブラは「フム」と頷き、指を自らのこめかみに当てた。

 

「その知人が犯罪結社ズーラーノーンの高弟……ねぇ。確か、デミウルゴスの報告にあった組織名だったかな。ちょっと待っててくれる? 伝言(メッセージ)で彼に聞いてみるから」

  

 

◇◇◇◇

 

 

 きらびやかな豪華さの中に、落ち着きある雰囲気。

 一言で言えば高貴さだろうか。そういった趣ある一室……テーブルを挟んだソファの片側で腰掛けるデミウルゴスは、何者かからの<伝言(メッセージ)>を受信していた。

 

「おや? ああ、申し訳ない。誰か<伝言(メッセージ)>を送ってきたようで……。少し、構わないですか?」

 

 対談相手の許可を得て、座したまま<伝言(メッセージ)>に出たデミウルゴスであったが……。

 

 ガタン!

 

 重いソファが後方へ傾く勢いで立ち上がるや、背筋を伸ばして一礼した。

 

「これは! いえ! 大丈夫です! 今は……」

 

 慌て気味に会話していたのが、急に普段どおりの表情になる。そして、こめかみに指を当てたままで対談相手を見直した。

 

「思ったよりも内々の話でしてね。少しの間、部屋の隅に行っても?」

 

 先程と同じく対談相手の許可を取ろうとしたわけだが、違っているのは許可を貰う前に席から離れたことだ。そそくさと部屋の隅に移動したデミウルゴスは、再び背筋を伸ばす。と言っても、対談者に対して背を向けているので、正面に見えるのは部屋の隅だ。

 

「お待たせしました。それで……タブラ様。御用件とは?」

 

『ほう、私のフルネームを口にできない状況か。いや、実は……』

 

 タブラは用件を述べ出す。急遽、<伝言(メッセージ)>を飛ばした相手……デミウルゴスは、何やら仕事の途中だったらしい。しかし、上手くやりくりして<伝言(メッセージ)>に応じてくれたようだ。

 

(手短に済まさなければ、彼に悪いね……)

 

 上手くやりくりしたと言うか、直前までの対談相手を待たせているだけなのだが、音声のみの<伝言(メッセージ)>では、そこまで把握できない。

 

『今、クレマンティーヌ達から情報収集中なんだけど。エ・ランテルに、ズーラーノーンとか言う秘密結社の一味が潜伏中で……と、これは君の報告書にもあったことだね。その現地のズーラーノーンは、今どうなってるのかな?』

 

「監視を付けた後は、放置中でございます」

 

 モモンガ達が冒険者拠点とする都市で、社会悪に寄った結社組織を放置するなど、問題行動ではないか。

 そういったことを自己指摘しつつ、デミウルゴスは続ける。

 

「しかしながら、この転移後世界にあっては、それなりに知られた集団でありますので……。何かの役に立つかと思い、敢えて放置していた次第です」

 

『なるほど……。イベントキープ的な感じか……。よくわかったよ』 

 

 タブラは、クレマンティーヌをチラリと見てから<伝言(メッセージ)>の会話に戻った。

 

『デミウルゴス。その組織をモモンガさんとアルベドが潰して、名声の肥やしにしたら……不都合かい?』 

 

 それが今回、タブラがデミウルゴスに<伝言(メッセージ)>をした主な目的だった。今のところ、モモンガ班も弐式班もヘロヘロ班も、皆が銅級冒険者である。チーム漆黒、すべからく銅級なのだ。

 適当にモンスターをバラ撒いて、依頼を受けて倒し、名声を稼ぐことで……どこかに転移して居るであろうギルメンに知らしめる……でも良いのだが、エ・ランテルに天然物の『手柄』があるのなら話は別だ。大いに有効活用したい。

 このタブラの質問に対し、デミウルゴスは一も二もなく首肯した。

 

「素晴らしい案だと思います。そのズーラーノーン共は本家組織から疎遠になりつつあるようですので、壊滅させたとしても支障はないでしょう。漆黒の各班の位置からすると……タブラ様の仰るとおり、モモン様の班に担当して頂くのがよろしいかと。モモン様には、私から御連絡を?」

 

『いや、ちょっと細かい注文があるから。私から<伝言(メッセージ)>を入れておくよ。それとカジットと言ったかな……こっちの世界の魔法詠唱者(マジックキャスター)で、クレマンティーヌの知り合いがエ・ランテルのズーラーノーンに居るそうなんだ。勧誘したいと思ってね』

 

「なるほど……。そういうことですか……」

 

 ニンマリ笑ったデミウルゴスが<伝言(メッセージ)>を継続したまま頷く。音声のみであるが、タブラには、その仕草表情が目に見えるようだ。

 

(どうせ何か深読みしてるんだろうな……。まあ害が大きいわけじゃないし、放っておくか……)

 

 その後すぐに<伝言(メッセージ)>を解除したタブラは、様子を見守っていたクレマンティーヌらの視線を敢えて無視しつつ呟いている。 

 

「それにしてもデミウルゴス。<伝言(メッセージ)>前は、誰かと話してる雰囲気だったけど。……相手は誰だったのかな?」

 

 一方、<伝言(メッセージ)>された側のデミウルゴスは、口元に笑みを残したままソファに戻っていた。それまでジッと待っていた対談者が、腰を下ろしたデミウルゴスを見て話しかけてくる。

 

「話は……もう終わったのかな?」

 

「ええ」

 

 短く答えたデミウルゴスは、待ってる間に口をつけていたらしい対談者のティーカップに目を向けた。中身は紅茶だが、そこには大量の角砂糖が投じられているはずだ。飲食及び睡眠不要のアイテムを装備しているとは言え、たまにナザリック内のバーへ行くデミウルゴスは、酒だけでなく紅茶も嗜んでいる。その彼からすれば、目の前のティーカップ……その紅茶に含まれる糖分は過剰であった。

 

「他人の嗜好について、とやかく言うつもりはないのですが……。砂糖は控えた方がよろしいのでは?」

 

「こうでもしないと飲めたものではないのだから仕方がない。それより、話の続きといこうではないか。デミウルゴス殿?」

 

「そうしますか……」

 

 聞く耳を持たない対談者に、デミウルゴスは苦笑する。そして、人差し指で眼鏡の位置を直すと、タブラから<伝言(メッセージ)>が来る前の会話を再開した。

 

「私達、双方の利益に関して、より具体的に……。よろしいですね? ザナック殿下……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 午前中。もう少し詳細に述べるとしたら、朝食時よりも暫く後。

 モモンガとアルベドは、エ・ランテルの大通りを散策中であった。

 デート中であった。

 

(俺にとっては、何から何まで未知の領域であった……。いや、現在進行形で未知だ)

 

 好みの美人女性、しかも交際中のアルベドを隣に置いて歩いているのだ。嬉しいは嬉しいのだが、常に「はわわ! こんな感じでいいの!?」状態であり、人化しているモモンガの精神は疲弊しつつあった。だが、心地よい疲弊でもある。  

 

(さて……)

 

 これから如何するか。

 まず、弐式と別れた後に二人で決めたプランは、屋台で軽食を購入。その後、公園に移動するというものだった。

 

ブリジット(アルベド)は、何か食べたい物があるか?」

 

「そうねぇ。軽く濃いめのものが欲しいかしら」

 

 今の彼女は、ナザリック地下大墳墓の守護者統括アルベド……ではなく、冒険者チーム漆黒の一員、女戦士ブリジット。その立ち位置を弁えた上で、モモンガが望む『仲間』としての態度で応じてくれている。それが、モモンガとしては大いに嬉しい。こう言ったモモンガ好みの対応は、彼女以外のNPCでは難しいのだ。加えて言えば、モモンガにはアルベドが上手くやってくれていることが心底意外だった。

 

(至高の御方、マジ至高! の筆頭格なだけになぁ。やはり俺が設定弄ったせいなんだろうな~。複雑だ。……と、そんなことよりもアルベドのリクエストだ)

 

 アルベドが言った『軽く』とは、事前に話していたとおり軽食という意味だ。『濃いめ』というのは味付けのことだろう。

 ツイ~ッと視線を流すと、通りの各所に存在する屋台の中で……腸詰めの串焼き屋台がモモンガの目にとまった。

 現実(リアル)で言うところのソーセージの串焼きだが、ソースはケチャップ風とマスタード風の二種類。それら調味料については、冒険者組合の酒場飯で食べたことがあるので、ケチャップ等と味が変わらないのは確認済みだ。料理の程度が現実(リアル)で知られるものより低レベルな転移後世界だが、調味料に関しては遜色ないことがある。過去の転移プレイヤーが作成して広めたのかも知れないが、モモンガ達、遅着組のプレイヤーにしてみれば有り難い限りだ。

 

「あの、腸詰めの串焼きでどうだろう?」 

 

「そうね。食べてみたいぅわ……」

 

 澄まし声で言うアルベドだが、語尾がおかしい。ほんの一瞬、テンションが上がりかけたのを、無理矢理抑え込んだような……。

 モモンガが視線を向けると、アルベドは顔ごと視線を逸らした。が、やがて耐えきれなくなったのか、俯いた後で頬を染め……眼だけでモモンガを見返している。

 なお、今はヘルム着用中なので、彼女の眼の動きはモモンガには見えていない。

 

「……その、モモンと一緒に屋台で買い食いだなんて。あらかじめ決めてたとは言え……本当にデートっぽい感じで、テンション上がっちゃったんだもの……それで、つい……」

 

 嬉しさのあまり、声が裏返りかけたのだ。

 

(なに、この可愛(かわい)くも美しい生物……)

 

 これにはモモンガも赤面せざるを得ない。頬が熱くなっているのは自覚できるので、それを誤魔化すべく咳払いを一つ。そして自分より背丈の低いアルベドを見て、モモンガは言った。

 

「俺はてっきり、小腹が空いたので我慢できなくなったのかと……」

 

「い、い~じ~わ~る~です~っ!」

 

 アルベドの口調が、僅かであるが素に近くなる。そして頬を膨らませると、不機嫌そうにそっぽを向いた。

 

「私の繊細な心は傷ついたわ。腸詰めの串焼きは、モモンの奢りね!」

 

「ハイハイ。謹んで奢らせて貰いますよ」

 

 いかにも「仕方がない」といった口調でモモンガが言い、二人は屋台に向けて歩き出す。その後は二本ずつの串焼きを買い、精算を済ませて歩き出すあたりまで共に無言だ。

 しかし、二人の脳内では多少の温度差はあれど、混乱の嵐が吹き荒れていたのである。

 

(おいおいおいおい! さっきの俺、凄くデートっぽい返しじゃなかった!? まるで恋人同士! いや、恋人同士なんだけど! くう~、良い感じの台詞がビシッと決まると気持ちいいものなんだな~っ! 今度、デート中における決め台詞とか練習してみようか!)

 

 練習するとしたら、その姿を他人に見られるわけにはいかない。自室で一人で居る時が最適だ。もっとも、デート台詞の練習だけでは恥ずかしすぎるので、支配者としてのポーズや台詞も研究するべきだろう。

 そう考えたモモンガは、後日、実際に各種台詞やポーズの研究を始めることとなる。これにより、ギルメンにとっては魔王ロールのギルド長。ナザリックNPCにとっては至高の御方の取り纏め役としての振る舞いに、磨きがかかっていくのだった。無論、主目的であるデート台詞にも磨きがかかっていくのだが……。

 一方、アルベドはと言うと……。

 

(モモンガ様に、おご……奢らせるだなんて! ……ふう……。 (わたくし)は何という……ふう……。あまりにも不敬……ふう……。……落ち着いたわ。精神の停滞化が三連続だなんて……どれほど……)

 

 このように、頻発する停滞化に戸惑いながらも、その心は留まることを知らない高揚感で満たされている。大きな木の葉を組み合わせて作った包装紙……この場合は包装葉だろうか……に包まれた腸詰めの串焼きを持ちながら、アルベドはヘルムから露出した口元をほころばせるのだった。

 そうして歩き続け、公園に到着したモモンガ達は、外縁付近に設置されたベンチの一つに並んで腰を下ろしている。

 

「公園か……」

 

 今現在、公園内の人影はそれほど多くない。通りがかりで公園を通過する者や、暇そうな冒険者ぐらいだ。モモンガ達も暇そうな冒険者に分類されるが、男女一人ずつのカップルと言えばモモンガ達だけ。

 浮いた、あるいは目立つ存在となっていたのだが、モモンガはモモンガで公園という存在、その風景を物珍しく見回している。

 

現実(リアル)で居た頃は、アーコロジーに本物の公園なんて無かったな~)

 

 個室トイレぐらいの部屋。その上下及び四方がディスプレイになっていて、空気汚染されていなかった頃の公園風景(だけでなく、その他自然風景など)を映し出す有料サービスならあった。いわゆる疑似体験ルームと言ったものなのだが、使用料が高い上に移動ができるわけでもないため、アッと言う間に廃れている。VRでいいじゃないか……というのが主な理由だ。

 

(飲食物を持ち込んで、景色を見ながら飲み食いできるのは大きかったと思うけど。トイレ飯と何が違うんだ? って話にもなったんだっけ……)

 

 何となく、物悲しさを感じる。だが、今はアルベドとデート中なのだ。過去の思い出よりもデート相手に集中しなければならない。  

 

「……さっそくだが、食べることにしようか」

 

 言いながらモモンガが串焼きを取り出すと、アルベドが包装された串焼きを太股の上に置き、ヘルムに手を掛けた。

 

「ヘルムを取って食べるのか?」

 

 先程、冒険者組合の酒場では上手くいったが、ここは人通りがそれなりにある屋外……公園だ。当然ながら人目がある。ヘルムを取ればアルベドの頭部の角が目につくわけで、騒ぎになるのではないだろうか。

 それを考えると、アルベドのヘルムは口元開放型(戦闘時にはシャッターを引き出して閉鎖可能)なので、酒場での騒ぎの後だが、やはりヘルム着用のまま食べた方が良いのではないだろうか。

 そのようにモモンガが心配したところ、アルベドは「大丈夫よ」と笑う。

 

「目を引くし驚かれるでしょうけど、私の容姿は人間寄りだもの。それほど騒ぎにはならないと思うわ。それに……」

 

 アルベドは胸元に下がった冒険者プレートを指で弾いて見せた。

 銅板で作成されたプレートが上方に跳ね上がったかと思うと、重力に引かれて胸元へと落ちていく。

 

「今の私は『亜人』扱いではあるけれど、身分確かな冒険者。文句があるなら、冒険者組合に言うべきだし。多少絡まれたところで、問題にはならないわ」

 

 言い終えてヘルムを取ると、艶やかな黒髪が流れ落ちてきた。続いて現れるのは、人間では到達困難な美。

 そして当然と言うべきか、同時に現れた物がある。頭部の角だ。

 ヘルム装着時は大仰な装飾物にしか見えなかった角だが、ヘルムを外すと装飾物では無く、頭部に直接生えたモノだというのが見て解るようになる。

 やはり、周囲からは驚きの声があがった。

 

「やだ、何あれ? 角? 亜人じゃないの!?」

 

「兵隊を呼べ……って、よく見ろ冒険者じゃないか」

 

「ほんとだ。それにしても角……いや、そうではなくて美人だ……」

 

「貴族の女とか、あんな感じなのかね?」

 

「隣の魔法詠唱者(マジックキャスター)は……チームメンバーか? 彼氏じゃないよな?」

 

「冴えない感じだものな。俺……声をかけて来ようかな?」

 

 聞いている分には、騒ぎにまでは到っていないように思える。

 どちらかと言えばアルベドの美貌を賞賛し、連れないし彼氏と目されるモモンガについてやっかみを言っているぐらいだ。

 

「モモン……ガ様に対して不敬……。……顔は覚えたから、後で粛清リストに載せておかなくちゃ……」

 

「うぉい!?」

 

 物騒なことを言いだしたのでモモンガは目を剥く。途中で停滞化した気配はあったのに、この反応とは……。

 

(どれだけ怒ってるんだ? 怖い……)

 

 他者に向けられた怒りであっても、恋人が怒っているのを見ると引いてしまう。それが顔に出たのだろうか、アルベドは目を瞬かせ、すぐさま表情を元に戻した。

 

「おほほ。大したことではありませんのよ? ……ではなくて、ああいう感じだから。私の角に関しては気にする必要はないわ。さ、食べましょう?」

 

 アルベドはヘルムを脇に置くと、串を持って腸詰めを口元に運ぶ。ちなみに彼女が選択したソースはマスタード風だ。

 

「……あむ」

 

 艶やかな唇が環状に広がり、腸詰めの先端部が口腔に押し込まれる。

 はぷっだか、カプッといった音が聞こえたはずだが、モモンガは自分が食べることを忘れ、アルベドの食事光景に見とれていた。周囲を通りかかった男性らもアルベドに注目している。

 

(腸詰めをくわえてる姿がエロすぎだろ!? そういや彼女、サキュバスでしたーっ!)

 

「ん~……」

 

 ぼりん。

 

 ぱりっと焼かれた腸詰めが噛み切られる。

 その瞬間、「うっ!?」と呻いたのはモモンガだけではない。周囲の声に気づいたモモンガが視線を振り向けると、幾人かの男性が前屈みになって退散するところだった。 

 無論、モモンガも立って居れば前屈みになったろうが、座っているのも、それはそれで危険な状態には違いない。

 そこで彼が取った行動とは……。

 

(素早くアイテムボックスより悟の仮面を取りだし、瞬着! 仮面下で異形種化して……)

 

「……ふう」

 

 精神の安定化が発動。モモンガの心に平穏が訪れた。

 鈴木悟と死の支配者(オーバーロード)では体格が違うのだが、そこは着用しているローブの効果で誤魔化せている。ただ、着て身動きしたときの少しの変化なら、そのままとなるため、やはり先程は危険だった。

 ともあれ、下腹部にて危機的テントが構築されるのは回避できたことになる。モモンガ大勝利だ。

 そんな彼の隣では、一口目を終えたアルベドが掌で頬を擦っていた。

 

「んん~。美味し~っ! ナザ……じゃなかった、実家の料理に比べるべくもないけど、こういうのって美味しいわね~。特に、今はモモンと一緒だし!」

 

「そ、そうか。そういうものか……は、ハハハ」

 

 相性が良い。あるいは好意を持った相手と一緒なら、食事は楽しいものになる。それぐらいはモモンガにも理解できているが、恋人同士となると初体験であるため、よく解らない。

 

(自分でも解るけど、舞い上がってるもんな~。って、中高生か! 俺は小卒だけど!)

 

 大人の男性として、アルベドを上手くエスコートできているかが不安でしかたがない。その気持ちを誤魔化すべくモモンガは再度人化、腸詰めの串焼きにかぶりつく。

 味の感想としては「けっこう美味しい」というものだ。

 モモンガが選択したのはケチャップ風のソース。酸い目の味付けが好みに合っている。それがアルベド言うところの『恋人同士で食べている』からなのかは不明なままだったが……。

 

「うん、そうだな。美味しいな。ブリジットの言うとおりかもしれないな」

 

「くふうっ! ……そう思ってもらえるなら嬉しいことだわ」 

 

 アルベドの物言いから「また停滞化したのか……。俺も精神の安定化があるから、マジで他人事じゃなく解るんだよな~」と、しみじみ思うモモンガ。彼は、そのまま食べることに意識を向け直したが、隣で座るアルベドの視線が、つい先程、テント構築を防いだ部位に向けられていることには気づいていない。

 彼が清い身体のままでデートを終えられるか、それはまだ不透明なままである。

 




 別に清いまま終わらなくてもいいじゃん
 サクッと捕食させちゃおうかな……とも思ってたり

<捏造ポイント>

・建御雷の実家道場が閉鎖になってる
・弐式とヘロヘロが両親から離れて独立してた
・疑似体験個室の有料サービス
・転移後世界にケチャップとマスタードに似た調味料があること
・モモンガが着用している体格変化を誤魔化せるローブ

<誤字指摘>
沙夜、冥﨑梓、ARlA、佐藤東沙、yomi読みonly、a092476601、冥﨑梓、ARlA、阿久祢子、佐藤東沙
以上、読者様方。ありがとうございました。
(名前が重複している方は、その都度、誤字指摘を頂いています)
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