オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第37話

「モモンガさん達、楽しんでるかなぁ……」

 

 暫く前にタブラが言った台詞。それを、そっくりそのまま口に出す者が居る。

 ザ・ニンジャこと弐式炎雷だ。

 弐式は先程、バハルス帝国の帝都に到着したばかり。随分と早い到着のように思えるが、これはヘロヘロのような馬車移動での拘りが無かったため、帝都近くまで<転移門(ゲート)>で移動したことによる。

 

(シャルティアに<転移門(ゲート)>して貰ったわけだけど。モモンガさんが<転移門(ゲート)>係を買って出ようとしたのは驚いたな~。……ギルメンのために何か出来るってのが嬉しくてしょうがないんだろうけど。……重い……)

 

 ほぼ十年以上、一人でナザリック地下大墳墓を維持していた反動だろうか。モモンガは、ギルメンが絡むと人が変わったようになる。弐式らギルメンとしては、嬉しいし感謝もする一方で、モモンガの好意や厚意が重く感じてしまうのだ。

 

(そもそも、以前にユグドラシル引退とかしてなけりゃ。こんな思いはしなくて済んだかもだから、俺の自業自得……は言いすぎにしても、仕方のない話か……)

 

 冒険者プレートの威力もあって、割とすんなり帝都に入った弐式は、エ・ランテルとは格段に違う、立派に整備された町並みを見ながら考えていた。もしも自分達が引退しなかったら、モモンガは今、どんな風に接してくれていただろうか……と。

 

(……やべぇ……。今と大して変わらない気がする……)

 

 そう、気配りのギルド長は、ifルートであっても今と変わらない気がしたのである。そして、それは大きく間違った想像ではないという確信が、弐式にはあった。

 

(今度こそは……モモンガさんを支えきらないとな……) 

 

 かつての現実(リアル)に未練は無いし、転移後の世界は最高だ。今の弐式にとっては転移後世界こそが現実(リアル)であるとも言える。そう、この転移後世界に関わる他で、優先すべき『本業』を抱えているわけではなし、やむなく引退することなどもありえない。第一、引退すると言ったところで、他に行くべき別の現実(リアル)など存在しないのだ。

 だから、余程の事情が無い限り、弐式はナザリック地下大墳墓を離れる気は無いし、モモンガを見捨てる気も無かった。前述したように、元の現実(リアル)にだって帰る気は無い。

 

(帰る方法があったとしても、そりゃあ帰りたい人だけが帰ればいいのさ……)

 

「あの、ニシキさん? これから、どうしましょうか?」

 

 問うてきたのはナーベラルだ。

 ペストーニャには『対外的な対応力』と『空気を読む』関連の再教育を主に依頼していたが、今のナーベラルは弐式を呼ぶ際の妙な間延びが無くなっている。

 

(ふ~ん……)

 

 ユグドラシル時代、ナーベラル作成時は『ポンコツぶり』を萌えの一つとして作成方針に組み込んでいた。しかし、こうして出来るメイド感……いや、出来る女性感を出されると、これはこれで良いものだと思ってしまう。

 

(ポンコツでも有能でも、俺のナーベラルは最高ってことだな!)

 

「そうだなぁ……」

 

 振り向くと、自分に付き従うパーティーメンバーの姿が見えた。

 ナーベラル、ルプスレギナ、コキュートス。全員、冒険者としての衣装に防具……無論、黒基調である……を装備しており、コキュートスに到っては人間男性に人化している。忍者(弐式)戦士(コキュートス)神官(ルプスレギナ)魔法詠唱者(ナーベラル)と、冒険者チームとしてのバランスは中々に良いものだ。

 

「取りあえず、帝都の冒険者組合に顔出しするか。拠点とする宿に関しては、適当な安宿を使ってもいいんだろうが……。まあ、現地を見てからだな。ん? ちょっと待った!」

 

 弐式が感じたのは<伝言(メッセージ)>の受信。相手は……。

 

「<伝言(メッセージ)>だ。『友達』から連絡が入った……」

 

 班員達に電流走る。現状、弐式が言う『友達』とは、同格の至高の御方であるに違いないからだ。

 

「そこの路地に入ろう。俺が分身を出して、盗み聞きする奴が居ないか警戒するが……。皆も一応は警戒しててくれ」

 

「了」

 

 弐式班では『承知しました』や『御心のままに』などと言った物言いは、可能な限り控える方針である。チームリーダーとして弐式が指示を出し、その内容に異論が無い場合は『了』を返答の基本とするのだ。もっとも、班員個人が普通に返事をするのも自由とされているので、この場合はナーベラル達が息を合わせたと言って良い。

 

(うんうん。俺の班、キビキビとしてて良い感じだな~……。忍者部隊って感じ? いや、隠密侍的な感じか?)

 

 弐式は大昔の動画データ……時代劇を見るのは大好きだ。中でも忍者系が好きなのだが、今回の場合は建御雷が好きな侍系、それも一芸に秀でた侍が集結する類だろうか。

 

(俺も昔、建やんに動画を見せてもらったっけな。確かイサカ・ジューゾーとかジューモンジ・コヤタとか居たっけ……。スギ様、格好良かったな~)

 

『弐式さん? 聞いてます?』

 

「ああ、ごめん。今、路地に入ったところだから……」

 

 弐式は伝言(メッセージ)相手……ヘロヘロに謝罪すると、自分の目で路地四方、そして上方を確認した。特に見張られている気配はない。念のため分身体を数体出した弐式は、彼らに隠形術を使用させた上で周囲に配置した。

 

「オッケー。いいぜ、ヘロヘロさん。気兼ねなく話せるようになった」

 

『取り込み中でしたかね?』

 

 脳内に響くヘロヘロの声が、申し訳なさそうなものに変わる。弐式は見えないと知りながら、顔前で手の平を振った。

 

「いやいや、帝都の街中を歩いてただけだから。で? 急な話なんでしょ?」

 

『ええ。実はギルメン情報……かもなんですが……』

 

「おっ? おおっ!?」 

 

 驚きの声と共に、弐式は自分の周囲に立つ班員らを見回す。弐式班の班員は、先に述べたとおり、ナーベラルとルプスレギナ。そして、コキュートスだ。このうち、創造主であるギルメンが合流済みなのは、弐式炎雷のナーベラル・ガンマと、武人建御雷のコキュートスの二名。ルプスレギナのみ、創造主の獣王メコン川が合流を果たせていない。

 

(俺としちゃ、班員(ルプスレギナ)の喜ぶ顔が見たいところだ。メコン川さんが来たのかな? ……そう上手くいくかな?)

 

 不謹慎な例えではあるが、イベントガチャを引いている気分になる。そして、ゲームのガチャもそうだが、物欲センサーとでも言うのだろうか……こういう時は、狙い目のブツが当たらないものなのだ。

 弐式は内心で苦笑しながら、ヘロヘロに問いかける。

 

「で? 情報って言うからには、まだ合流できてないんでしょ? 聞こえてきたのは誰の話なんすか?」

 

 これを聞き、それと察した班員らが色めき立った。ルプスレギナが目の色を変えているのは当然としても、他二名も喜びを隠そうともしていない。やはり、ナザリックに所属するNPCにとって、『至高の御方』帰還は、たとえ誰が戻ろうとも喜ばしいことなのだ。

 

『結論から言うと、ぶくぶく茶釜さんとペロロンチーノさんですね』

 

「茶釜さんとペロロンさんか! 今度は二人同時ですか!?」

 

「ぶくぶく茶釜様とペロロンチーノ様!?」

 

 弐式の会話を聞いたナーベラルが声をあげ、コキュートスと顔を見合わせている。

 

「アウラ様に、マーレ様。シャルティア様も、お喜びになりますね!」

 

「うむ! 喜ぶのは我らとて同じこと! 素晴らしき朗報だ!」

 

「でも、お二人とも、今は……どちらにいらっしゃるんすか?」

 

 最後に発言したのはルプスレギナだったが、それを聞きたいのは弐式も同様だ。再度<伝言(メッセージ)>越しに確認したところ、ヘロヘロからドヤ顔が見えそうな声が返ってきた。

 

『まずは事の発端から説明しましょう!』

 

 ヘロヘロは、王都の冒険者組合でアダマンタイト級冒険者チームのリーダー、ラキュースと別れた後、組合の受付で格安物件を探して貰っていたらしい。安宿を拠点にするよりも、一戸建てのような物件を拠点とし、商売も同時に行う気だったとのことだ。そして、受付カウンターに寄りかかること数分も経った頃。ヘロヘロの耳に、とある冒険者の声が入って来た。

 

「今日も依頼掲示板は、依頼が山盛りだな。景気がいいぜ」

 

「そっちの新しめの依頼は何だ?」

 

 と、こういった内容だ。ヘロヘロは最初、「定番の冒険者会話も良いものですねぇ」等と感慨深げに聞いていたのだが、続く冒険者らの会話を聞き、驚愕と共に振り向くこととなる。 

 

「帝国の冒険者組合から流れてきた依頼か?」

 

「アインズ・ウール・ゴウンに関する情報求む……か。ん~……知らない話だ。ていうか、人名か? 地名か? わからん!」

 

「ちょ、ちょっと! その依頼、私にも見せてください!」

 

 慌てて駆け寄ったヘロヘロらが依頼紙を見たところ、冒険者らの会話どおりであり、詳しい情報は何も記載されてはいない。ただ、バハルス帝国の帝都冒険者組合が、依頼紙の連絡先であること。そして、記載された依頼人の名が……。

 

『かぜっち&ペロンです』

 

「あ~……あの二人以外の何を連想するんだって言うぐらい、あの二人っすね」

 

 かぜっちとは、茶釜が幾つか持っていた芸名の一つ、『風海久美』のことで、ファンから呼ばれていた際のあだ名だ。同じギルメンのやまいこに対し、そう呼ぶよう迫っていた茶釜の姿を、弐式は目撃したことがある。ペロンは、ペロロンチーノを縮めたものだろう。

 

「そうなると二人とも帝都か、ひょっとしたら帝都近辺に居るのか。で、冒険者組合の伝手で、アインズ・ウール・ゴウン関係者……ギルメンを探してると……」

 

 班員らの注目を浴びながら、弐式は下顎に手をやりフムと考え込んだ。

 

「俺達みたいに、冒険者をやってるかもしれないなぁ……」

 

 もっとも、ナザリック地下大墳墓という一大拠点があって、冒険者業を観光がてらにやってる弐式達とは違い、茶釜達の場合は生活費等を稼ぐための……もっと切実なものかもしれないが……。

 

「ヘロヘロさん? 今の話、モモンガさんに報告しましたか?」

 

 この質問に対し、ヘロヘロは報告していないと答えている。これは絶対確実な情報とは言えないし、茶釜達が居ると思われる帝都には弐式が居るため、まずは現地組の弐式に相談しようと思い立ったらしい。

 

「なるほど。言われてみれば、俺だってヘロヘロさんの立場なら同じことしたかもな。よし! じゃあ、こうしましょう!」

 

 今からヘロヘロが、モモンガに<伝言(メッセージ)>で連絡し、一度、ギルメン会議をするか、あるいは<伝言(メッセージ)>会議で済ませ……例えば弐式班が、単独で帝都冒険者組合へ行き、そこで調査にかかるかを判断して貰うのだ。

 

『そんなところですかね。いや、一応、現地班の弐式さんに話しておこうと思っただけだったんですけど。意見を聞くことができて気が楽になりましたよ。じゃ、いったん<伝言(メッセージ)>を切りますね! モモンガさんの指示が出たら、すぐに連絡しますから。今は路地裏……でしたっけ? 少しだけ待ってて貰えますか?』

 

「了解っす! 待ってます!」

 

 こうしてヘロヘロからの<伝言(メッセージ)>が、一時終了となる。弐式が会話内容を伝えると、ナーベラル達は揃って緊張した面持ちとなった。事はモモンガの耳に届けられ、場合によっては『至高の御方』達が協議の上で、今後の対応を決めるのだ。至高の御方の決めた事ならば、ナザリックの僕達は全力でサポートしなければならない。そういった決意が、各自の全身からにじみ出している。

 それを見た弐式は若干引いたが、支配者らしい態度を欠かしてはならないと、気を引き締めつつ皆に語りかけた。無論、それが自分の性に合わないと思いながら……ではあったが……。

 

「モモンガさんの判断によっちゃあ、この後の行動が変わるかもだから。え~と、指示があっても慌てないようにな?」

 

「了!」

 

 ビシッと揃えられた声が返ってくる。弐式は「おお……」と上体を反らしたが、ギルメン……友人らのために、班員がやる気に満ちているのは見ていて嬉しい。加えて照れ臭いやらで、弐式は鼻の下を指で擦りたくなった。

 

(おっと、今は異形種化してるんだっけか。あれ? でも、待てよ?)

 

 ナザリック地下大墳墓へ帰還してから、ある程度の日数が経過しており、その間に知り得たことが幾つかある。その内の一つ、ナザリックのNPC達は、ギルメン……至高の御方の気配と言うか存在感を感知できるのだ。モモンガがテストだと言って、魔法で鎧を召喚して変装したが、デミウルゴスなどには一目見るなり正体を看破されている。

 これをギルメン捜索に利用できないだろうか。

 

(けど、探知範囲が狭いから……駄目かな?)

 

 良くて目の前の距離というのがネックだ。これもモモンガテストの事例だが、アウラやマーレの目の前に、モモンガが<転移門(ゲート)>で移動したことがある。その際、転移門(ゲート)から出たところで「この気配は……。モモンガ様!?」となったのである。

 

(別の場所にモモンガさんが転移したら、それでもうアウラは気配が感じられなくなったしな~。やっぱ距離がな~。……発見したギルメンと思しき人物が、正体を隠してて俺達じゃギルメンかどうか確定できない。そんなときに有効な手かもしれないけど……)

 

 その状況だと、弐式らのようなナザリック帰還組は、被発見者に相当嫌われてるのではないだろうか。嫌われている理由に関しては、まったく心当たりがないのだが。

 

(ナザリックに戻りたくない……とかもあるだろうし……)

 

 いずれにせよ、嫌な想定ではある。

 肩を落として溜息をつきたくなるのをグッと堪えた弐式は、周囲警戒の態勢に戻った班員達をチラ見した。

 

(こっちで生きて、ユグドラシル全盛時みたいに楽しい感じのを、ずっと続けていきたいんだけど……。まあ、アレだな。転移後世界は転移後世界で、不安に満ちてるよな~。手近なとこだと、ギルメンとの合流に不安があるのが……まあ、不安だ)

 

 何かと戦って勝って、それで解決することばかりなら手っ取り早いのに……と弐式は思う。しかし、転移後世界とて現実(リアル)だ。ただ強いだけで、すべて上手く行くわけではない。異形種になって、人間に対する種族的親近感が薄れたとは言え、この世界で生きていくのだから、多くを学んで活用することも大事だ。

 

(物見遊山の気分だけじゃ駄目か~。そうだよな~。やっぱここ、ゲームと違うわ……)

 

 漠然と再認識しつつ、弐式はヘロヘロからの<伝言(メッセージ)>を待ち続けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ヘロヘロから<伝言(メッセージ)>が届いたとき。

 モモンガは、エ・ランテルの宿に居た。と言っても、冒険者が使うような安宿ではない。それなりに値の張る宿だ。日が暮れたわけでもないのに宿にしけ込んでいる理由は……いわゆる『ご休憩目的』で、アルベドに上手く言いくるめられてのチェックインだったのである。

 モモンガとしては、単なる休憩及び見学に近い感覚だったが、アルベドのような女性と二人で宿泊施設に……というシチュエーションに胸をときめかせていたのも事実だ。とはいえ、入室するなりベッドに追い込まれ、押し倒されこそしなかったが迫られるとは考えてもいなかった。

 

「ぶ、ぶぶ、ブリジット! 今の俺達は、恋人として交際中だな!?」

 

 装飾の多いベッドに腰掛けたモモンガは、左脇で腰掛けにじり寄ってくるアルベドに対し訴えかける。ヘルムを取った状態のアルベドは、不思議そうに小首を傾げると、頷いてみせた。

 

「ええ、そうよ。でも、恋人同士……もう少しだけ、私達は解り合う必要があると思うの……」

 

「う……あ……」

 

 これが、サキュバスの本能、あるいは歪んだ愛情による『捕食』行動であったのなら、モモンガは恐怖心から<転移門(ゲート)>を使ってでも逃げたことだろう。しかし、今のアルベドは『嬉し恥ずかしアタック中』的雰囲気に留まっているため、モモンガは行動に出ることができなかった。

 だが、口は動く。

 

「そ、そうだ。私に関して感情が昂ぶると、精神が停滞化するのではなかったか? 今一つ深呼吸でもして、気を落ち着けたらどうだろうか?」

 

「精神の……安定化?」

 

 ギシリ……。

 

 冒険者御用達の安宿では備わっていない、ベッドのマットレス。それが音を立てた。更に数センチ、ほぼモモンガの目の前まで迫ったアルベドが妖艶に微笑む。

 

「そんなもの、すでに何度も発動しているわ……」

 

「うっ!?」

 

 モモンガは気づいた。精神の停滞化が何度も発動している。にもかかわらず迫ってきていると言うことは、冷静さを取り戻してなお、アルベドは今の行動を是としたのだ。つまり、思い止まる気は彼女側では一切ない。

 

(どうする!? 『至高の御方』として叱責して止めさせるか!? けど、それって恋人に対して取る対応なのか!?)

 

 好みドストライクとはいえ、交際中でない相手なら強硬に突っぱねることもできた。だが、すでに交際中の相手が恋人として迫ってくるのを、上司として拒絶する。それは、果たして正しいことだろうか。

 

(俺は……俺は、どうすれば良いんだ!? このまま、やっちゃって良いのか!? た、タブラさーん!)

 

 もしかすると、義理の父親になるかもしれないギルメンに救いを求めるが、<伝言(メッセージ)>をしたわけでもないため、当然ながらタブラからの言葉は聞こえてこない。しかし、もしこの場にタブラが居るか、本当に<伝言(メッセージ)>をしていたなら、タブラはこう言ったことだろう。

 

「モモンガさん。ここは冷静になって、男女逆で考えてください。女性側の同意無しで男が押し倒して事に及ぶのは、恋人同士であっても立派な事案です。と言うか普通に考えて、今の状況も事案です。平たく言って『れいぽぅ』です。まあ、モモンガさんには抵抗や逃げる為の手段があるんですから。それをしないなら、そのままで良いんじゃないですかね。あ、式場の準備とかしなくちゃ……」

 

 つまり、タブラの助けが得られそうな状況だったとしても、モモンガが望むような助けは得られないのであった。

 進退窮まるモモンガ。そんな彼に、アルベドはトドメの一撃を加えてくる。

 

「あの……ギュッと抱きしめて……キス……するだけでも、駄目でしょうか? それ以上のことは望みませんから……」

 

 潤んだアルベドの瞳。その端から、真珠のような雫が頬を伝って落ちていった。

 

(ぐっ……)

 

 呻いたのは心の中だったが、モモンガの心はもはや陥落したも同然の状態である。実のところ、アルベド側ではハグしてキス以上のことに及ぶ気はなく、彼女なりに気合いと根性で我慢していたのだ。故に、このまま何事もなければ、アルベドの『作戦目標』は達成されたに違いない。

 だが、何事かは起こった。

 

『モモンガさ~ん。ヘロヘロです。今、取り込み中ですか~?』

 

「へ、ヘロヘロさん!?」

 

 こめかみに指を当てるや、アルベドから数十センチほど腰をスライドさせて離れる。女性にしな垂れかかられながら、男性と電話……もとい、<伝言(メッセージ)>できるほど、モモンガの神経は太くないのだ。

 ギルメン、ヘロヘロ。ユグドラシル最後の時にモモンガを訪問してくれた友人が、<伝言(メッセージ)>を送ってきた。このことは今のモモンガにとって、ある意味で大きな救いだったが、幾分ヘロヘロの声が上擦っているような気がしなくもない。何かあったのだろうか。

 

「ヘロヘロさん? どうかしましたか?」

 

『モモンガさん。俺、今は王都に居るんですけど。ちょっと……大いに気になる情報を入手しまして』

 

「ほほう?」

 

 先程までの混乱ぶりが嘘のように落ち着くのを感じながら、モモンガは首を傾げた。重ねて内容を聞いたモモンガは、あまりの内容に硬直する。

 

「茶釜さんとペロロンさんが帝都に居る……かもしれない!?」

 

 隣りでアルベドが息を呑む音が聞こえた。モモンガ自身は人化中であったため、息をするのも忘れている状態だったが、気を取り直してヘロヘロに話しかける。

 

「それで? 俺に<伝言(メッセージ)>してきたという事は、判断を求めてると?」

 

『そのとおりです。このまま、弐式さんに任せて良いですかね?』

 

 それが手っ取り早くも最善だとモモンガは判断する。しかし、今はナザリックにタブラや建御雷が居る。彼らと相談してからでも良いのではないか。このような大事をギルド長とはいえ、自分一人で決めて判断して良いものではない。そんな気がしたモモンガは、小さく頭を振ってからヘロヘロに回答する。

 

「一度、ナザリックの円卓の間に行きませんか? <伝言(メッセージ)>は一対一の通信方法ですから、会議には向きません。この際ですから、帝都の弐式さんも<転移門(ゲート)>で呼びましょう」

 

『なるほど。ギルメン会議ですか。俺は今、王国冒険者組合で借りた会議室に居まして。班員は、どうしましょう? 暫く、この部屋に残していきますか?』

 

 それを言われると、モモンガには同行者としてアルベドが居る。弐式にもナーベラル達、班員が居るのだ。モモンガは一瞬視線を下げたが、すぐに決断を下した。

 

「事は急ぎですし、長々と話し合うことにはならないでしょう。ある程度の摺り合わせをしたら、それぞれが元の場所に戻る……で良いんじゃないですか?」

 

 この提案にヘロヘロが賛同し、モモンガは早速<転移門(ゲート)>を発動しようとする。が、寸前のところで、ヘロヘロから確認の問いかけがあった。

 

『俺と弐式さんを戻す<転移門(ゲート)>ですけど。シャルティアにも手伝わせます?』

 

「いや、これから説明して手伝わせる時間が惜しい気もしますので、俺が<転移門(ゲート)>を連発して二人を戻しますよ。それでいきましょう」

 

 モモンガはヘロヘロから了承を貰うと、<伝言(メッセージ)>を解除した。そして、隣りで心配そうに見ていたアルベドを見る。

 

「隣りで聞いて、ある程度は把握しているだろうが。どうやら帝都周辺に、ぶくぶく茶釜さんとペロロンチーノさんが居る……可能性があるらしい」

 

「やはり!」

 

 先程までの恋や、愛といった感情に浮かされていた様子は微塵も感じられない。アルベドの真剣な表情に頼もしさを感じつつ、モモンガは話を続けた。

 

「これから弐式さんとヘロヘロさんを<転移門(ゲート)>でナザリックへ連れ戻す。すまないがギルメン会議を行うので、アルベドは待機していて欲しい。何、すぐに戻るから……」

 

 アルベドは、一緒に戻りたそうにしていたが、先に『待機していろ』と言われたのでは従わざるを得ない。渋々と言った様子で頷き、「承知……しました」とだけ答えた。その姿が、あまりにションボリしていたのでモモンガの胸は痛んだが、今は弐式達を待たせている。

 心を鬼にしてベッドから立ち上がると、一度だけアルベドを振り向いた後、<転移門(ゲート)>を起動させて、暗黒環の中へと姿を消したのである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 <転移門(ゲート)>に次ぐ<転移門(ゲート)>の使用。それにより、ヘロヘロと弐式を連れ戻し、更にはタブラや建御雷と連絡を取ったモモンガは……皆と円卓の間へ入室していた。休憩も兼ねて、全員が人化した状態で……だ。

 そこで……。

 

「<伝言(メッセージ)>の時に様子がおかしかった。そうヘロヘロさんに聞きましたよ? モモンガさん。ひょっとして……アルベドと、いたしてました?」

 

 合流済みギルメンが揃う前で、タブラが爆弾を投じてくる。それは『子作り作業をしてたかどうか』という問いであったが、実行に到らなかったとは言えアルベドに迫られていたモモンガは激しく狼狽えた。

 

「いたしてません! いたしてませんよ!?」

 

「え? そうなんだ? 残念だなぁ。式場の準備をしなくちゃと思ってたんですけど……」

 

「だあああああ! 気が早い! てゆうか、本当に致してませんから! 早く茶釜さん達の話をしましょう! ねっ! 皆さんも、そう思いますよね!?」

 

 必死で訴えかけたところ、建御雷が「タブラさん……」と一言述べ、それによってタブラが肩をすくめて見せた。どうやら弄られるのは終了したらしい。

 そうして会議に移るのだが、タブラはタブラで話したいことがあるとのこと。モモンガが確認したところ「いやあ、そこまで重要じゃないですから。ヘロヘロさんや弐式さんの話を先に議論しましょう」とタブラが引き下がっている。

 

「では、第一の議題として……ヘロヘロさんと弐式さんに説明して貰いましょうか」

 

 モモンガに促された弐式達は顔を見合わせたが、最初に情報を得たのはヘロヘロだったため、彼が説明することとなった。内容は、路地裏で居た弐式に語ったものと同じであり、聞いたモモンガ達は互いに顔を見合わせた。

 

「茶釜さん達が帝都か、帝都近辺に居て……帝都冒険者組合で俺達を探す依頼を出している……というわけですか」

 

 モモンガが呟くと、シンとした空気が円卓の間に充満していく。それは数秒ほど続いたが、建御雷が「あのさ」と発言したことで沈黙が破られた。

 

「帝都辺りに居るって話だろ? だったら、茶釜さん達に<伝言(メッセージ)>飛ばして、呼びかけるのが手っ取り早いんじゃねぇの?」

 

 なるほど名案だ。どうして、そこに思い当たらなかったのだろうか。

 いや、異世界転移後は各自で<伝言(メッセージ)>を試したのだが、未合流のギルメンに連絡がつながらなかったのは確認済みである。しかし、今回の場合は、そこに居る可能性がある茶釜とペロロンチーノが対象なのだ。二人に狙いを定め、気合いと心を込めて<伝言(メッセージ)>すれば、通じるのではないだろうか。

 そう思い、各自で順番に<伝言(メッセージ)>を発動したが……茶釜達が受信することは無かったのである。

 

「チッ。俺も駄目か……」

 

 最後に試した建御雷が、舌打ちと共にこめかみから指を放した。

 

「どうなってんだ? 俺ら合流組は、何の支障もなく<伝言(メッセージ)>で連絡できてるってのによ……」

 

 吐き捨てるように言う口振りから、建御雷が苛立っているのがわかる。かける言葉もないモモンガだったが、その視線をタブラに向けた。

 

「タブラさん。どう思います?」

 

 設定魔と呼ばれるタブラであれば、膨大な事例や物語から引用して、何らかの答えを導き出せる。いや、そこまで行かずとも皆が頷けるような推論を語れるのではないか。そう期待を込めての問いかけだったが、タブラはほぼノータイムで口を開いた。

 

「私達同士で<伝言(メッセージ)>ができて、未合流の茶釜さん達とは<伝言(メッセージ)>できない理由。……何らかの条件があるのかもしれませんね。例えば……異世界転移後は、一度でもナザリック地下大墳墓に入らないと、<伝言(メッセージ)>リンクが繋がらないとか。あるいは、合流済みギルメンの誰かと接触する必要があるとか……。今考えられるのは、そんなところでしょうか」

 

 おお……。

 

 円卓の間に、ギルメン達の声が響く。そこに含まれるのは主に感嘆だ。言われてみれば……と思えるような内容だったが、すぐに思いつけるあたりがタブラらしく、そして凄いと思える。

 

「ま、推論に過ぎませんけどね」

 

「いや、検証は必要でしょうけど、納得いく話でしたよ。では、茶釜さん達の話に戻りましょうか」

 

 司会進行のギルド長、モモンガが話題を元に戻した。

 と言っても方針は概ね決まっている。<伝言(メッセージ)>で連絡がつかないとなれば、現地で探し歩くまでだ。

 

「弐式さんに帝都へ戻って貰い、弐式さんの班で茶釜さん達を探して貰いたいと思うのですが?」

 

「俺は構わないっすよ?」

 

 弐式が頷き、モモンガが視線を皆に振り向けたところ、誰からも異議はないらしい。これにより、弐式が帝都で茶釜達を捜索することが確定した。

 

「任せてくださいよ、モモンガさん。分身体でも何でも使って、隅々まで探して見せますって。さしあたりは冒険者組合へ行って『アインズ・ウール・ゴウンの情報求む』って依頼について聞き取りですかね。その場に茶釜さん達が居たら、手間が省けていいんだけど」

 

 もしも増援が必要なら、ナザリックからは建御雷が、エ・ランテルからモモンガとアルベドが、王都からはヘロヘロ班が駆けつけることとなる。主にモモンガやシャルティアの<転移門(ゲート)>を使用するため、即座に戦力集結できるはずだ。

 

「増援を出す場合は、シャルティアとアウラにマーレも送り込みますか。やはり、早く会わせてあげたいですしね。ただし、本当に発見できるまでは三人には内緒にしておきましょう。あの子達の戦闘力は貴重ですし、この件で浮き足立たれても困ります」

 

 このモモンガの提案を皆が了承。加えて弐式から増援要請があるまでは、他の者達は直前までの行動や予定どおりに動くこととした。そうして、茶釜とペロロンチーノ姉弟の探索については話が一段落する。

 

「続きまして。(タブラ)が、クレマンティーヌとデミウルゴスから聞いた情報を話させて貰いましょうか」

 

 続くタブラの議題は、クレマンティーヌ情報でエ・ランテルに秘密結社ズーラーノーンの一派が潜伏しているというものだ。これを討伐して、モモンガ達の名声の肥やしにしてはどうか……とタブラは提案する。

 

「デミウルゴスに確認を取ったんですけど、退治しちゃって問題ないそうです」

 

「え? あいつ、知ってたんですか。そのズーラーノーンって言うの……」

 

 初耳だったモモンガは驚いたが、デミウルゴスが『現地の弱小勢力』だと判断したことで、暫く寝かせ……放置しておくつもりだったと聞かされると、苦笑しつつも納得した。

 

「なるほど。選択できる討伐イベントってわけですか。それはそれで面白そうですね」

 

「リーダーのカジットという男については、クレマンティーヌの知人だそうで。現地の死霊系魔法詠唱者(マジックキャスター)という点と、裏社会に通じてるあたり、勧誘してみる価値はありそうです」

 

 更には勧誘ミッションだ。

 大いに乗り気になったモモンガは、茶釜達のことは気になりながらも、概ねは弐式に任せ、自身はアルベドと共にエ・ランテル墓地へ向かうこととする。

 こうしてエ・ランテルでのズーラーノーン討伐も方針が決まり、ギルメン会議は終了した。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 タブラが、ヘロヘロと弐式を王都と帝都に送ることを申し出たので、モモンガは寄り道することなくアルベドが待つ宿部屋へ転移を果たしている。

 <転移門(ゲート)>の暗黒環から出たモモンガは、すぐにアルベドの姿を探していた。

 

「アルベ……うっ!」

 

 彼女自体は、すぐに発見できている。しかし、ベッドに腰掛けたまま俯いている姿は、呻き声を上げるに十分なほどの寂寥感を放っていた。

 

「あ、あ~……戻ったんだが……」

 

「モモンガ様!」

 

 モモンガが声をかけると同時、いや、気配を感知したのか僅かに早くアルベドが顔を向けてくる。その顔には、先程までの暗い気配は微塵も感じられない。それどころか『モモン呼び』を忘れてしまうほど、気分が高揚しているようだ。

 

「ま、待たせてしまったようだな」

 

「とんでもございません! モモンガ様の御命令であるならば、百年でも千年でも待って見せます!」 

 

 完全に、守護者統括アルベドに戻っている。

 出先の宿部屋で放置されたのが、そこまでショックだったのだろうか。それとも、ベッド上で迫っていたのが失敗したのが、尾を引いているとか……。

 

(童貞の俺には、わかんないことだな。うん……)

 

 そんなことを考え現実逃避するモモンガだが、いつまで童貞で居られるのだろうか……とも思っている。

 ともあれ気を取り直したモモンガは、アルベドにナザリック外での呼び方について再度注意した後、ギルメン会議の内容を説明した。

 

「なるほど。そういう事になったのね……」

 

 外出用の口調に戻ったアルベドが頷くので、モモンガは安堵しつつ今後の予定を述べていく。

 

「俺達はエ・ランテルの墓地へ向かう。まだ夕刻前だから、早ければ陽が落ちるまでに事が解決するかもな。カジットとか言う男にも興味はある。ブリジット(アルベド)よ。今から出発できるか?」

 

「もちろんよ! 二人だけの共同作業ということよね!」

 

 共同作業と言われると、まるで結婚式のケーキカットのようだ。

 モモンガは苦笑しかけたが、その隙に傍らに座っていたアルベドが顔を寄せてくる。回避する余裕もなくアルベドは到達し、モモンガの頬に触れた。感じられたのは柔らかくも濡れた感触。頬にキスされたのだ……と、モモンガが気づいた頃には、アルベドは元の少し離れた位置に座り直していた。そして呆気に取られているモモンガを見て、話しかけてくる。

 

「さっきは怖がらせちゃったみたいで、ごめんなさいね。でも私、暫くは最後までする気はないから。だから、次は安心して……ゆっくりと……ね?」

 

「え? あ……はい」

 

 最後にウインクを決められたモモンガとしては、その様な返事をするしかない。

 次は安心して……と言われたが、今度、今のように迫られたとしたら。自分はハグやキスだけで終えられるだろうか。アルベドが……ではなく、モモンガは自分の男としての抑制力にまったく自信が持てない。

 

(……思うにヘロヘロさんの<伝言(メッセージ)>前って、割と脱童貞のチャンスだったのかもな~。……いや、駄目か。やってる最中に、ギルメンから<伝言(メッセージ)>が入るとか冗談じゃないぞ……) 

 

 行為に及ぶとすれば、ナザリック地下大墳墓の自室が良いだろうか。それも、<伝言(メッセージ)>が来ないように準備をしてからがいい。その<伝言(メッセージ)>の魔法を、今はタブラとヘロヘロに対して行使する準備をしつつ、モモンガは天井を見上げた。

 

(……覗き見対策も必要かな。ギルメンの良識を信じたいけど、こんな事で探知とかの対策をするなんて……ちょっと前なら想像もしなかったな~)

 

「で、では、改めて出発するぞ。タブラさんも言っていたが、俺達の名声を稼ぐチャンスであるし、人材確保の機会でもある。気を引き締めていくとしよう」

 

「ええ! 任せておいて!」

 

 アルベドはベッドに置いたヘルムを手に取り、両手で持って胸の高さまで持ち上げた。そしてヘルム正面をモモンガに見せるようにしながら、楽しげに微笑む。

 

「私はモモンの盾。すべて防いで弾いて叩き返して、モモンの邪魔なんてさせないんだから!」

 




伝言(メッセージ)>は一対一限定というのをすっかり忘れてましたので、大幅に書き換えました。


<捏造ポイント?>

冒険者組合に宿があるかどうか。あって良さそうな気はするんですけど。これも今一つ……。なので、今回はボカしています。

<誤字報告>
佐藤東沙さん、沙夜さん
ありがとうございました
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