オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

40 / 133
第40話

「勧誘……のぉ? さてさて……」

 

 カジットは掴んだ下顎をしごいている。見るからに楽しげな表情だが、これは煮詰まったところへ、気晴らしのネタが転がり込んできたと思っているのだ。

 

「条件次第……と言うより、儂の欲するモノを提示できるかどうかによるのぉ……」

 

 もったいぶった物言いをしながら、カジットはモモンガを見る。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)の、おぬしよ。名は何と言ったかな?」

 

「アインズ・ウール・ゴウンだ」

 

「ならばゴウン……殿よ」

 

 本来であれば呼び捨てにするところだったのだろう。しかし、クレマンティーヌの顔を立てたのか、僅かに遅れながらもカジットは『殿』を付けた。

 

「困難を極め、不可能に近いことではあるが……聞いて貰えるかな?」 

 

 彼の欲するモノとは、三〇年以上前に病死した母の蘇生である。しかしながら、この世界における蘇生魔法……人間が扱える範囲での信仰系魔法では力が及ばない。活路を魔力系魔法に求めたが、それでも見通しは暗かった。カジット自身の努力は大したものと言えるが、成果が出る前に寿命が尽きそうなのだ。

 

「儂は、こう見えて四十代でな。まだ身体の動く内に『死の螺旋』の儀式によって、この身をエルダーリッチと変え、更なる研究を行おうとしたわけよ」

 

 それ以前に、母の蘇生がかなえば話は早いのだが……と、カジットは目を伏せる。

 

「思えば……子供の頃の儂が、ほんの少し早く家に戻っておれば……。母の体調不良に気づいて、助けを呼べたやも知れぬ。いや、今言っても詮無きことよな……」

 

「……」

 

 自嘲気味に話を締めくくったカジットに対し、モモンガらは静聴の構えを維持していた。アルベドは無関心。クレマンティーヌは「へ~、そうだったんだ~」と思いつつも、深く感動した様子はない。では、モモンガは、どうだったか……。

 

(幼い頃に母が病死! しかも自分は死を看取れなかった! 俺と同じじゃないか!)

 

 大いに共感していた。

 モモンガは、かつての現実(リアル)で鈴木悟だった頃。その幼少時に、カジットと同じように母親を亡くしている。そう、同じように「自分が早く気づいていれば」と思ったことは数え切れないのだ。故に、覚えた共感たるや並のものではなかった。

 ここに来る前、モモンガは「クレマンティーヌの紹介だから有能なのだろう。裏組織にも通じてるとなると、これは使えそうな人材かも?」ぐらいにしか思っていなかったが、事情を聞かされた今は大きく違っている。親近感が極めて大となったし、『できれば確保したい人材』から『可能な範囲で力になってやりたい人材』へと評価が上昇していたのだ。

 では、カジット望みである『母親の蘇生』は可能だろうか。聞けば、死後三〇年以上経過しているとのことだが……。

 

(死体が残っていても損傷は激しいか。いや、それ以上に経過年数が問題だな。転生とか生まれ変わりに関してはわからないが、その状態になってたら……蘇生関連の魔法では無理なんじゃないか?)

 

 死後、何年経てば転生したことになるのか。そもそも、この世界に転生はあるのか。転生しているなら、蘇生魔法で蘇生させることは不可能か。可能だとしたら、転生後の人物は死んでしまうのか。

 検証すべき事は山ほどある。 

 

「カジットよ。話は聞かせて貰った。私からも話すべき事はあるが、幾つか確認しても構わないかな?」

 

「……どうぞ」

 

 上から言うでもなく、馬鹿にするでもなく、カジットは『ぶっきらぼう』とも言える口調で短く答えた。久しぶりで自身の事情を語ったことで、少し気が抜けたらしい。モモンガは一つ頷くと、先程気になっていたことを聞いてみた。

 

「……と、そういった懸念があってな。どのような魔法であっても蘇生が不可能な可能性があるが……。そこは、どう考えているのだ? 蘇生が可能だとしても、生まれ変わった先の母の人生、それを蔑ろにしてまで蘇生させる気か?」

 

「決まっておろう。儂にとっては……。……ぐむう」

 

 何を馬鹿な……とでも言いたげなカジットの表情が途中で歪む。

 

「どうした?」

 

「……儂にとっては、母の蘇生こそが唯一の望み。他の事情など知ったことではない。例え、それが母の転生先の人生を蔑ろとすることであっても……とな。普段の儂であれば、そう言っていたはずなのだ。何しろ儂は狂っておるからな。そう、狂っておったのだ……」

 

 カジットの手から黒い杖が落ち、カランと乾いた音を立てて石畳上に転がった。その杖を拾おうともせず、カジットは両手で顔を覆う。

 

「笑止、滑稽なことよ。今日この日まで、長年にわたり研究に身を捧げていた儂が……会ったばかりの男に身の上話をした程度で、心が揺らぐと言うのか……」

 

 カジットは顔面を覆う手指の隙間から、モモンガを見た。目の前の魔法詠唱者(マジックキャスター)からは、同じ魔法詠唱者(マジックキャスター)としての凄みを感じない。その近くで立つ、黒衣の女戦士やクレマンティーヌの方が強者の気配を感じさせているほどだ。

 しかし、その二人を従えるアインズ・ウール・ゴウンとは、やはり何かしらの強者ではないのか。あるいは……母の蘇生に関わる研究について、有益な情報や手助けが得られるのではないか。そうカジットが考えたところに、モモンガの声が飛ぶ。

 

「なるほど。まだ見込みはあるようだな……。では、確認だ」

 

 モモンガは、カジットが知る蘇生系の魔法について聞いてみた。訝しげながらカジットが答えたのは、第五位階魔法の<死者復活(レイズデッド)>である。ただ、<死者復活(レイズデッド)>は死体の損傷が大きいと成功しないし、ある程度の強さ(レベル)が備わっていないと、失敗時に蘇生対象者が灰化してしまう。現状、人類が使用可能な魔法到達点は第六位階であり、第六位階には蘇生系の魔法が存在しないため、カジットは信仰系魔法に見切りをつけて魔力系魔法の研究をしていたのだ。

 

「大儀式を以ってする第七位階ならば、あるいは蘇生系の魔法があるやも知れぬ……。だが、悔しいが儂では人も物も条件が悪すぎでな。と、一定以上の魔法知識を持つ者なら、これらのことは知っておるか。そうであろう? で、何が言いたい?」

 

「カジットよ。蘇生系の魔法は、第五位階で終わりではないぞ? お前が言ったとおり、第七位階にも存在するし、その先にもある」

 

 モモンガが言うと、カジットは眼球がこぼれ落ちんばかりに目を見開く。

 

「なんと! まことか!?」 

 

「本当だ。第七位階に<蘇生(リザレクション)>があるし、第九位階には<真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)>が存在する」

 

 モモンガが説明すると、カジットは震えながら一歩前に出た。

 

「おぬしは……第七位階、いや、それ以上の魔法を知っている。いや、もしや! 使えるのか!?」

 

「使えるが、信仰系の魔法は専門外でな。が、部下の中には使える者が居る。その者に命ずれば、高位階の蘇生系魔法の行使は可能だろう」

 

 カジットが「おおおおっ!」と感極まった声をあげるが、それをモモンガは掌を突き出すことで制した。

 

「しかしながら、私達は『こちらの世界』に関して不慣れだ。行使可能な魔法が、知ったままの効果を発揮するかの検証は完了していない。蘇生系魔法の幾つかも、そういうこととなっている。実験が必要なのだ。更に言うとだ……先程、話に出した『対象者が転生している場合』の問題もあるぞ?」

 

 対象者が事情あって蘇生を拒むということはあるらしい。それが転生して新たな人生を歩む者であれば、なおのこと蘇生を拒まれる可能性が高まるだろう。先に聞いたときは僅かの迷いを見せたカジットであるが、高位魔法による蘇生の目が見えてくると、それはそれで大いに迷うらしい。くぐもった声で呻き、歪んだ表情には脂汗を浮かべている。

 

「しかし、しかし……だな。儂は母の蘇生を……蘇生が駄目でも、せめて何か、最後に母と語りたいのだ。そうでなければ、儂は一歩も前には進めない。そして今まで生きてきたこと、積み上げた努力、犯してきた罪。それらに何らかの終着点を見いだせなければ、儂は……」

 

 要は、母のためであり、自分のためでもある。

 カジットに諦める意思がないことを確認したモモンガは、幾度か頷くと、差し伸べるように手を突き出した。

 

「どうだ、カジットよ。お前の今まで培ってきた魔法の知識に技術。そして、ズーラーノーンを始めとする裏社会に対する知見。それらを私の下で役立ててみないか? 当然ながら衣食住の保障はあるし、功績や成果次第では褒美もある。例えば、蘇生系魔法の運用実験の対象として、お前の母親を選抜するといったことだな。無論、実験なので失敗するかもしれんが、褒美として行うのだから費用はこちらで持とう」

 

「うわ~……破格の待遇だわ……」 

 

 呆気に取られたクレマンティーヌが呟く。そう思うのも当然だ。彼女にとって、モモンガらギルメン……ユグドラシル・プレイヤーは、神とも称される『ぷれいやー』なのだ。その神とも言うべき存在が、自ら勧誘してくるのである。これが破格と言わずに何と言えば良いのだろう。

 

(私の場合は、ナザリック地下大墳墓まで出向いて行って、自分で売り込んだんだものね~……。カジッちゃん、ついてるよ。あんた、超ついてる)

 

 内心感嘆する彼女であったが、そもそもカジットの存在をナザリック側で知らしめたのは、クレマンティーヌの行動によるものだ。彼女がカジットを売り込んだと言っても良い。もっとも、それとてカジットにすれば、『超ついてる』の一端なのかもしれないが……。

 

「……ありがたい話だとは思う。クレマンティーヌが大人しく従っているところを見ると、途轍もない力の持ち主であることも推察できよう。しかし、ですな……もう一声、何か儂に踏ん切りを付けさせていただけまいか?」 

 

「踏ん切り?」

 

 モモンガは小首を傾げた。カジットの言いたいことはわかるが、具体的に何をすれば良いのだろうか。言葉遣いが変わりつつあるカジットを前に、モモンガは暫し考え込んでいた。

 

「アインズ様。発言しても、よろしいでしょうか?」

 

 モモンガに話しかける女性の声。声の方を見ると、アルベドがヘルム着用のまま、モモンガに向き直っていた。どうやらブリジットとしてではなく、アルベドとして意見具申をしたいらしい。

 

「ああ言っているのです。ほんの少しばかり、真のお姿に戻るか、お力を見せてやればよろしいかと……」

 

「ん? ああ、なるほどな」

 

 納得が行ったモモンガは、大きく頷いた。要するに、自分がどれほど強大な存在か、カジットに教えれば良いのだ。 

 

「これからナザリックに就職するのだ。雇い主が正体不明ではやりにくいだろうしな!」

 

 機嫌良く言ったモモンガが「大いに参考になったぞ!」と褒めたところ、アルベドは嬉しそうに身をくねらせている。

 

「くふう! 恐れ……多いことですわ」

 

 淫らな吐息と共に出た言葉が、後半部分で事務的かつ平坦なものへと変貌した。精神の停滞化が発生したのだろう。このアルベドの精神停滞化は、モモンガに関連したことで精神が高ぶると、モモンガがユグドラシル終焉時に設定改変した『モモンガを』が発動する。しかし、『モモンガを如何するか』までは入力されていないため、一瞬ではあるが、思考及び精神が停滞化するのだ。

 プログラマーであるヘロヘロに言わせると、「モモンガに関連した行動に移ろうとするが、該当する行動設定が無くてフリーズする」といったことらしい。ただ、機械や単なるプログラムと違ってアルベドは意思を持った生物であるため、すぐさま精神が再起動するのだ。

 

(俺のアンデッド特性、『精神が強制的に安定化する』と、どっちがマシなんだろうな~……)

 

 やくたいもない考えを軽く頭を振ることで振り払い、モモンガはカジットに向き直る。

 

「カジットよ。まずは私の真の姿を見せるとしよう!」

 

 バサリとローブを翻し、アイテムボックスに設定した完全装備セットを瞬着。更には異形種化。ほぼ一瞬のうちにモモンガは死の支配者(オーバーロード)の姿となる。

 

「お、おお、おおおおおおっ!? 人間ではなかったのか! エルダーリッチ!? いや、違う、これは……まさか……」

 

「おっと、そうそう。後は探知阻害の指輪だな」

 

 驚くカジットを前に、モモンガは指にはめた指輪の一つに手をかけた。背後でクレマンティーヌが「いいっ!?」と引きつった声を出しているが、カジットが良い反応を示すものだから、モモンガの耳には届いていない。

 そして……指輪が引き抜かれた。

 

 ズバウ!

 

 そのような擬音がふさわしいと思える。

 風速何十メートルと形容すべき力の圧力が、まさしく突風となってモモンガから放出された。アルベドなどは身を震わせて感動しているが、逃げ遅れたクレマンティーヌは両腕を顔前で交差するようにして耐えている。

 

「ぐぎぎぎぎっ。早く指輪を付け直して~~~っ。……いえ、付け直してください、いいい!」

 

 そして、カジットは……。

 

「神だ……。間違いない、貴方様こそ……すべてを超越した御方」

 

 途切れることない涙を流しながら、両手両膝を石畳上に突いていた。その見開かれた瞳には、もはやモモンガを疑う何物も存在しない。

 ナザリック地下大墳墓の外部協力員にして、正式採用者。その枠にカジットが加わった瞬間であった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ほぼ同時刻。

 王都の路地裏では、ヘロヘロが八本指の警備部門の長……ゼロと対峙していた。

 事の発端は、ヘロヘロ達を尾行していたゼロが、あっという間に発見された事による。何しろ探索役として有能なソリュシャンが居るのだ。バレないわけがない。ソリュシャンの提案に乗ったヘロヘロが、ふらりと路地に入り、それを追って来たゼロと御対面……というわけだ。

 ゼロとしては、ここから腕試しに持ち込んでも良かったのだが、ヘイグ(ヘロヘロ)と名乗るモンクが、あまりにもホンワカした空気を醸し出していたことで毒気を抜かれ、会話するに及んでいる。

 

「あなた、地元の方で……奇遇にも私と同じ修行僧(モンク)系ですか~。いや~、お強そうで」

 

 ヘロヘロは見た目に関して述べたのだが、ゼロは気分を良くした。自分では勝てなさそうな者……ソリュシャンの前で、強さを評価されたのが自尊心をくすぐるのである。

 

(俺も存外、小物だな)

 

 (おだ)てられて舞い上がる自分を自嘲しながら、ゼロは交渉に移った。たまには闇仕事関係なく腕試しをしたいし、相手(ヘロヘロ)の方で友好的なのだから、腕の立つ女(ソリュシャン)との手合わせをと願い出たのだ。

 

「え? う~ん……お断りしたいですねぇ」 

 

 しかし、女自身では無く、その主人……ヘロヘロからは良い答えが返ってこない。

 理由としては、王都に来たばかりなのでノンビリしたいし、そもそもソリュシャンを危ない目に遭わせたくないというもの。ちなみに前者が本音で、後者は本音半分混じりの建前である。根が一般人のヘロヘロとしては、例えソリュシャンの方が強かろうと、こんなゴツいオッサンと喧嘩させたくはないのだ。

 では、セバスを前に押し出して「相手してやりなさい」とやれば良いのだろうが、あいにくと彼は別行動中。やはり、ここは断る一手であろう。

 

「むう……」

 

 一方、断る理由を聞かされたゼロだが、彼自身でも意外なことに少しばかり怯んでいた。連れの女性を危ない目に遭わせたくないと言われると、そのまま殴り合いに持ち込むのもどうかと思ってしまうのだ。仕事でなら女も容赦なく殺すゼロであったが、今は仕事中ではない。

 

「ふうん?」

 

 あからさまに気落ちしたゼロを、ヘロヘロは身長差の関係で下から覗き込み唸っている。いきなりソリュシャンと手合わせしたいと言われたときは驚いたが、こちらの事情を聞いて戸惑うあたり、目の前の男(ゼロ)には話の通じる部分があるようだ。

 

(地元の冒険者だとしたら、少し話を聞いてみたい気もしますし……。それに……)

 

 ふとヘロヘロの脳裏を、以前に世間話を聞く目的もあって雇った御者、ザックのことがよぎった。自分達をはめて襲った者達の一員であったが、ザックのみ気が向いたので殺さずに見逃している。今頃は、何処で如何しているやら……。

 

「まあ、話ぐらい……聞いてみても良いかもですね。私も聞きたいことがありますし。何でしたら、彼女じゃなくて私が相手してもいいんですけど~……」 

 

「なに!?」

 

 ヘロヘロの提案は、ゼロにとって二重の意味で聞き捨てならない。一つには、ソリュシャンとの手合わせの機会が消えなかったこと。そして、もう一つが……ソリュシャンではなくヘロヘロが相手するということだ。

 

「どういうことだ? その女は、貴さ……あんたの護衛じゃないのか? あんたが護衛よりも強いとしても……いや、すまんが、それほどの強者には見えないのだが……」

 

「あ~……この指輪で探知阻害してますから。それが原因ですかね~……」

 

 戸惑うゼロを見たヘロヘロが、指輪を引き抜こうとする。しかし、それをソリュシャンが制止した。

 

「ヘイグ様。今ここで指輪を外すと、大騒ぎになるかと……」

 

 そう、至高の御方……一〇〇レベルプレイヤーであるヘロヘロ達が探知阻害系アイテムを解除すると、力の波動や圧力といったものが全方位に放散されるらしい。そして、それは人類最強クラスのクレマンティーヌであっても恐れおののき、引っ繰り返るほどの力を有するのだ。ヘロヘロによる『見た目判断』では、このゼロは『強そう』の部類に入るのだが、彼が耐えられたとしても、周囲の通行人や住人がただでは済まないだろう。

 手っ取り早い強さの証明方法を諦めたヘロヘロは、行儀良くヘロヘロの対応を待つゼロに向き直った。

 

「取り敢えず、話が聞ける場所へ行きますかね?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 そうして場所を変えたのだが、ヘロヘロが入ったのは王都冒険者組合の貸し会議室である。犯罪組織の部門長であるゼロにとっては、居心地悪いことこの上ない。入口の段階で逃げることを考えたが、ヘロヘロやソリュシャンといった、毛色の違いすぎる強者達に興味があったので、やむなく中へと同行している。

 

(いざとなったら、壁でもブチ抜いて逃げるか……)

 

 そういった判断もあったのだが、組合に居る冒険者達だけならまだしも、目の前に居るヘロヘロ達から逃げ出せる可能性は絶無だ。

 そして、貸し会議室に入ってから数分後……。

 

「ほう。うちのソリュシャンが、そこまでの身のこなしですか……」

 

「うむ。そうだ。あれほどの足運びは見たことがない」

 

 ヘロヘロが差し向かいで座るゼロに対して問うと、ゼロは真面目な顔で答えている。ゼロが言うには、どちらかと言えば貴族邸の女給のような……訓練された淑やかな動きだが、まるで隙が見えないとのこと。

 貴族邸の女給のようであり、訓練された淑やかな動き。

 

「うん……うん!」

 

 ヘロヘロは、ゼロが口に出した表現をいたく気に入った。なぜならソリュシャン・イプシロンこそは自分の理想を詰め込んだ『メイドさん』なのだから。隣で座るソリュシャンをチラ見すると、ゼロからの評価を当然のごとく受け止め、微かに微笑んでいた。

 

(そう! それですよ! ソリュシャン! 照れるでもなくドヤ顔するでもなく、平然と受け止め……それでいて微かに表情に出す。完璧です!)

 

 この場にゼロが居なければ、声に出していただろう台詞を脳内で絶叫するに留め、ヘロヘロは軽く咳払いをする。

 

「なるほど。御用件と理由については理解できました。しかし、先程も言いましたように、私は必要外で彼女を危険な目に遭わせたくはありません。例えゼロさんの方が弱くとも……ね」

 

「むう……」

 

 ゼロが渋い顔になるが、それをヘロヘロは掌を突き出すことで押しとどめた。彼にはゼロの申出を断るにあたって、代案があるのだ。

 

「そこで……これもさっき言いましたが、私はソリュシャンより強いんです。この私で手を打ちませんか? 私で良ければ、お相手しますよ? もっとも、対価は頂きますがね」

 

「金か?」

 

 ヘロヘロの言い終わりへつなげるようにして、ゼロが聞いてくる。ヘロヘロは口の端に笑みを浮かべると、その細い目を左側だけ薄ら開けてゼロを見た。

 

「金には困っていませんよ」

 

(王都への馬車移動に拘っていた頃、道すがら野盗から巻き上げてましたしね~)

 

 モモンガや弐式らもそうだが、割りと同じ方法で小銭を貯めているのだ。遊び暮らせるほどではないが、そこそこの資金は確保できている。いざとなれば自室の金品を処分すれば良いし、そもそも王都には商目的で来ているのだ。これから稼ぐこともできるだろう。

 

(なんでしたら冒険依頼を請けて稼いでもいいわけですし~)

 

「では、俺に何をさせたい?」

 

 重ねて問うゼロに対し、ヘロヘロは考えていたことを提案する。

 

「王都の案内……でしょうかね。私達、初めて王都に来たんですよ。それも今日」

 

 この提案にゼロは小首を傾げた。ヘロヘロ達は知らないが、ゼロは八本指にあっては警備部門の長を務めている。広域暴力団で言う幹部組長であり、れっきとした一家の親分さんのようなものなのだ。それを掴まえて、王都の観光案内とは……。

 

(ふざけている。だが、手合わせの結果、負けたとして……暫くは付き合いが切れないとなると……)

 

 自分に勝つような相手を組織に誘うのは難しいかも知れない。だが、誘ってみる価値はあるし、それが駄目でも色々と教えを請うことは可能だろう。しかしながら、これら提案を受けて話を纏めるには一つだけ問題点があった。

 目の前の男……ヘイグ(ヘロヘロ)が、言っているほど強いかどうかという点だ。

 

「そちらの女よりも、あんたが強いのか。それが本当かどうかが問題だな」

 

「証明しましょうか? 手っ取り早いですしね~」

 

 言いつつヘロヘロは席を立った。呆気に取られているゼロを見ながら、会議テーブルを回り込んで行く。

 

「強さを求める。大いに結構です。風体からして堅気の人とは思えませんが、まあ今回の動機は悪くありません。手合わせした結果にも寄りますが……色々と手ほどきすることもあるでしょう。ですが、その前に……」

 

 座ったままのゼロの近くまで来たヘロヘロは、後ろ手に手を組んだまま笑いかけた。

 

「まずは一発、私を殴って貰えますか? どの程度使えるか見てみたいんですよ~」

 

「……正気か?」

 

 ガタリ……。

 

 椅子を鳴らしてゼロが立ち上がる。一歩脇に踏み出した彼は、両手で腰帯の位置を直すと、それまで座っていた椅子を足でテーブル下へ押し込んだ。

 

「俺が殴ったら、本気でなくとも大概の奴は死ぬぞ?」

 

 口元は笑っているが目は笑っていない。気の弱い者が見たら卒倒しそうな怒気を噴出している。しかし、ヘロヘロは気にもとめずに頷いた。

 

「かまいません。いつでも、どう……」

 

「シッ!」

 

 ボッ!

 

 空気が押しのけられる音が聞こえ、ゼロの右拳がヘロヘロの顔面に突き刺さった。かのように見えたが、その岩石のような拳は……ヘロヘロの左手の平一枚で止められている。

 

「馬鹿な……」

 

 拳をヘロヘロの掌に押し当てた、その姿勢のままゼロは呻いた。今の一撃は、かなり本気の一撃だったはず。見た目上、体格で下回るヘロヘロなど、ガードの上からでも吹き飛ばすに充分な威力を有していた。それなのにヘロヘロは微動だにせず、軽く受け止めたのである。

 

(やはり強いのか!? 俺よりも、あの女よりも!)

 

 ゼロは全力での殴打や、そこに加えるべき奥の手……シャーマニック・アデプト、彫り込んだ獣の入れ墨からの増力も使用していない。しかし、今の一撃で理解していた。目の前の男、ヘイグ(ヘロヘロ)が、自分よりも遙かな高みに居ることを……。

 

「俺の目が曇っていたようだ。あんたのような強者を目の前にして、その強さを見抜けないとはな……」 

 

「アイテムの効果だと思うんですけどね~」

 

 ボソリと呟き、ヘロヘロはゼロの拳から手を離す。今のヘロヘロはソリュシャン同様、変形しているだけであって人化はしていない。だが、探知阻害のアイテムは装備しているため、一〇〇レベルプレイヤーとしての圧力は封じられたままなのだ。

 

「一発殴っただけで理解できるとは、話が早くて助かります。でもまあ、せっかくですし、奥の手か何かあるなら試しておきますか? 次はサービスでガードもしませんけど? あ、でも少し技は使うかな~?」

 

「うむ。胸を借りるとしよう!」

 

 もはやゼロは、自分の何を持ち出してもヘロヘロに通用しないと考えている。だが、自分の全力全開を受けてくれると言うのだ。ここは言葉に甘えるべきだろう。

 

「しばし、準備が必要だ。行くぞ……カアアアアアアッ!」

 

 気合いの声と共に、シャーマニック・アデプトの憑依特殊技能(スキル)を発動。足の豹(パンサー)背中の隼(ファルコン)腕の犀(ライノセラス)胸の野牛(バッファロー)頭の獅子(ライオン)。それぞれの入れ墨が発光し、豹の蹴り足に隼の風を切る速さ、犀の重厚さと野牛の突進力が加わる。最後に、獅子の勇猛さと増力も加味されたことで、元より鍛え上げられたゼロの拳は、その破壊力を大きく向上させるのだ。

 

「ふぬおぉああ!」

 

 自分の持つありとあらゆる物を込め、ついでにこっそり幾つかの武技も発動。額に血管を浮かせ、食いしばった歯の前部分を剥き出しにしたゼロは、微動だにしないヘロヘロの顔面に拳を叩きつけた。

 

 がつん!

 

「ぐふぁっ!?」

 

 非常に痛そうな音がしたかと思うと、ゼロが後方に吹き飛ぶ。仰向けに転がったゼロに対し、ヘロヘロは……ビクともしていない。いや、まったく動いていないように見える。

 

「わ、わからん……。俺はいったい、何をされたんだ?」 

 

「ん~……強いて言えば~。殴った威力を、そのまま返されたってところでしょうかね~」

 

 ゼロの手を引いて立ち上がらせながら、ヘロヘロは説明した。もっとも、現実(リアル)の頃のヘロヘロはプログラマー業だったので、道場経営していた建御雷と違って、この手の説明は得意ではない。従って、起こった事実、やったことのみを説明することとなる。

 

「両の足で踏ん張り、しかし床に衝撃を伝えず、受け流した力の向きをゼロさんに向けたんですよ。自分の力で自分を吹き飛ばしたってことになりますかね~。私の生まれ故郷では、アイキドーと言って、そういう技術があるんです」

 

 修行僧(モンク)のレベルを高める際に必要な経験アイテム。その中に、奥義書が幾つかあったが、中でも合気道の知識や経験がヘロヘロの中に組み込まれているらしい。そこまで説明する必要はないかとヘロヘロが考えていると、ゼロが笑い出した。

 

「ふっははははっ! 感服だ! 俺は今、素晴らしき目標を見つけた! 王都の案内だったな? 喜んで引き受けるとも! それで、その……手ほどきの話なんだが……」

 

 気恥ずかしげに頭を掻きながらゼロが言うので、ヘロヘロは「おじさんなのに、可愛げを感じさせるとは……侮れませんね~」と内心思いつつ快諾した。

 

「ま、お互いの都合が合うとき……ということで。では、お時間さえ良ければ、冒険者組合の近辺の案内でもして貰いましょうかね」

 

「了解した。この俺で良ければな!」

 

 そう言って笑うゼロの顔には、犯罪組織の一部門を取り仕切る長としての闇や風格は微塵も感じられない。そこに居たのは、腕っ節による強さを求める一人の男だった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓の執事、セバス・チャンは王都の裏道を歩いている。

 彼に与えられた任務は、人の集まる場所でナザリック地下大墳墓から持ち出した武器等を見せびらかし、ヘロヘロが開業予定している商店の宣伝を行うことだ。その他では、王都の地理を把握するなど、現地調査も兼ねている。その彼に付き従うのが、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータで、ヘロヘロの要望によって呼び出された戦闘メイド(プレアデス)の一人であった。

 エントマは各種呪符を使用することで、後方支援を得意とし、中でも呪符によって<伝言(メッセージ)>を行える点が重要視されている。要は連絡要員として期待されているのだ。

 なお、エントマは虫使いとしての一面も有し、虫を使った探索も得意とする。そのエントマが加わったことで、元より探索力の高いソリュシャンが居るヘロヘロ班は、情報収集能力においてモモンガ班を優越し、弐式班に迫るほどまで向上していた。

 

「セバス様~? こんな汚い場所を歩いて、何か意味があるんですかぁ?」

 

「それを判断するのは私達ではありませんよ。エントマ。すべては至高の御方の御命令を遂行するためです」

 

 与えられた任務を忠実にこなし、至高の御方へ奉仕に役立てる。それがナザリックの僕にとってのすべてだ。何よりも優先される。このような裏道の散策とて、地理把握という点では意味があるのだ。

 

「それに、こうして歩いているだけでも何かしらの発見はあるかもしれません。例えば……」

 

 ガチャリ。

 

 歩き続けるセバス達の前で、左前方、店舗か何かの裏口が開いた。誰か出てくるのだろうか。通行人たるセバスとエントマは、視線によって注意を向けながら歩いていたが、やがて出現したのは人ではなかった。ずだ袋。そう、あちこち綻びが生じ、元が何色だったかわからない袋。それが無造作に投じられたのだ。その中身は何なのか。

 風に乗って漂ってくるのは、汚臭、腐臭、そして血の臭いだ。

 セバスは、歩きながらエントマに命じた。

 

「エントマ。あの袋の中が見たいのですが……」

 

「了解しました~」

 

 エントマが着用する着物風のメイド服。その裾から十数匹の虫が飛び出し、ずだ袋へと向かっていく。それらの虫は甲皮が鋭利な刃状となっており、高速でかすめ飛ぶことで相手を斬り裂くのだ。もっとも、サイズが小さいので攻撃力自体は低いが、衣服を切り裂く程度なら問題ない。今目標となったずだ袋……その口紐とて例外ではなく、瞬時に斬り裂いて飛び、エントマの裾中へと戻って行く。

 

「ふむ?」

 

 セバスは歩きながら口の開いた袋を注視していたが、中から覗いたのは薄汚れた手だった。大小の傷があり、部分的には紫色に変色している。爪などは剥がされているようだが……。

 

(地元民のイザコザ……ですかね?) 

 

 関わるべきでないと判断し、通り過ぎようとする。だが、そのずだ袋から伸びた手が届くほど近い場所を通ったのは、セバスの中で思うところがあったためだろうか。何にせよ、セバスのズボンの裾は袋から伸びた手によって掴まれることとなる。

 




至高の御方と接触、力の差を見せつけられ、心服。
カジットとゼロで、ちょっと差異はありますが概ね同じパターンです。
ええ、二人続けて似たようなパターンというのもマンネリ化しますので、どっちか殺そうかと思ったんですけど……イイや、助けちめぇ……と。(笑
直前にオバマスをプレイしてて、割りと大変な展開を目の当たりにしたのも二人が助かった理由の一つだったり。
てか、オバマスってガンガン死にますね。ビビりました。

しかし、事の最初から勧誘に行ったモモンガ班でああなったのは当然として、ヘロヘロ班の方は違和感なかったですかね?
ゼロをもうちょっと強硬な態度で描くことも考えたのですが、前述のようなわけで、ああなりました。でもまだ運命が確定したわけではありません。たぶん。

<誤字報告>

ああああfdkさん、冥﨑梓さん、暇人mk2さん、阿久祢子さん、佐藤東沙さん、冥﨑梓さん

ありがとうございました

と言うか第4話とか、かなり序盤の話で誤字が残ってたことに驚愕
マジかよ……
これで結構、投稿前には読み返してるんですけどね~
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。