オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第46話

 少し時間を遡る。

 円卓の間を出たギルメンらは出口解散しようとしたが、自然とその足は少し離れた……皆通路の向こう曲がり角を曲がった場所へと向かう。NPC達には持ち場に戻るよう告げてあるので、今は何とはなしに皆人化し、ギルメンのみで移動中だ。

 それぞれには、それぞれの行動予定がある。だが、それを差し置いても人目を……特にモモンガの目を避けて話したいことがあった。

 その内容とは……。

 

「さっきのギルメン会議な……。俺達……いや、モモンガさんもだけど、おかしくなかったか?」

 

 角を曲がった先で、建御雷が誰に言うでもなく呟いた。

 この呟きに皆が頷く。

 

「久々のダンジョンアタック。しかも相手は『お客さん』だもの。私からして、ワーカーチームと顔見知りなもんで浮かれてるし。……みんな浮かれてたと思うわ~」

 

 茶釜の意見に対しても皆は頷いた。

 そう、あの懐かしきユグドラシル時代。外部の友人知人が事前申請し、ダンジョンアタックを仕掛けてくる……これは実に楽しいイベントだった。ここに居る皆はヘロヘロ以外、全員が引退済みであったが、こうして異世界転移してきた以上は、思う存分『今』を楽しみたい。現実(リアル)での生活や仕事事情など、もはや気にする必要は無いのだから。

 ゆえに、今回のダンジョンアタックは非常に楽しみであったのだが……。

 

「ワーカーチームを差し向けてきた相手。バハルス帝国ですけどね。それに対する対応を保留にしたのは良くなかったですね~。確かに、面倒臭い案件ではあるんですけど~」

 

「ヘロヘロさんの言うとおりです。かく言う私も浮かれていた一人ですが……」

 

 ヘロヘロの後を継いで発言したタブラが、皆を見回す。

 

「私としては、ナザリックに……ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』にちょっかい出して、ワーカーだけ切り捨てて自分は知らん顔。そんなことを許してはいけないと思うんです。これは面子だけの話ではなくて、ナザリックの安全に関わることですから」

 

 その後、立ち話が暫く続き、『バハルス帝国に対する反撃と恫喝』についてモモンガに談判することが決定した。いや、モモンガ以外のギルメン間で同意が成されたと言うべきだろう。なぜなら、決定に係る最終的な権限はギルド長であるモモンガにあるのだから。

 概ねの話が終わり、ペロロンチーノが顔を指で掻く。

 

「最終決定権者……ですか。モモンガさんに責任を負わせちゃってますねぇ……」

 

「ギルド長は形式的な役職。されどギルドの顔役であることから、形式的なだけでは済まされない。そこはモモンガさんも理解していますよ。それだけに、自分で良いのかと思ったりしているようですが……」

 

 タブラが通路の天井を見上げた。

 

「そんなモモンガさんに、頼んでギルド長を続けてもらってますからね。私達、ギルメンで支えるべきです。後から来た茶釜さん達がどう思ってるか……そこは未確認ですが」 

 

「何言ってるのよ、タブラさん。私も弟も、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長は、モモンガさんしか務まらないと思ってる。申し訳ないと思うんだけど……」

 

 少し沈んだ茶釜の声。しかし、聞き終えた皆の脳裏に「ええ~? 俺がやるんですかぁ?」と、困りながらも拒絶はしない……そんなモモンガの声が聞こえたような気がした。

 ハハ……。

 最初に誰が漏らした笑いかは不明だ。しかし、それは瞬時にギルメン間に伝播し、皆の顔に笑みが浮かぶ。 

 

「じゃあ、決定ってことで。あとはモモンガさんの説得……と言うか、方針転換の相談だけど。誰が行く? 皆で行く?」

 

 面を装着したままなので、異形種化しているかどうかは体格で判断……今は人化中の弐式が言うと、タブラが挙手した。

 

「皆で押しかけると、圧迫感を与えることになります。責任感の強いモモンガさんは、追い込まれますよ。ここは私が立候補するとしましょう。多少説教くさいことも言うことになると思いますし……」

 

 口の端を笑みの形に持ち上げながら言うタブラだが、その目は笑っていない。ギルメンらは一様に頷くと共に、皆の総意を受けたタブラの訪問を受けることになるモモンガを気の毒に……そして申し訳なく思うのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第九階層客間。

 元々ユグドラシル時代にも客間は設定されていたが、華美過ぎるので今回、新たに設置されたものだ。質素な中にも高貴さを。そういったコンセプトの下に壁掛け絵画や応接セットが選抜され、そして配置されている。ちなみに、元からあった華美な客間は、親しい友人に見せびらかしたり、相手をビビらせる目的で使用される予定だ。

 

「ふむ。この新設の客間は落ち着きがありますね。タブラさん。これは和の心というやつですか?」

 

 ソファに腰を下ろしたモモンガは、異形種化したことによる骸骨顔で周囲を見回す。基本的には洋風なのだが、明るすぎない壁紙、黒寄りの暗い色調などが気分を落ち着かせてくれる。

 

「まあ、そんなものですね。相手を落ち着かせる効果が望めますし、私達、日本人も落ち着きます。さて……モモンガさん?」  

 

 モモンガの対面、こちらも異形種化したタブラ・スマラグディナは、相槌を打ってから話を切り出した。

 

「先程、カルネ村から戻ったモモンガさんには『レエブン侯が来る前の軽い打ち合わせ』ということで<伝言(メッセージ)>を入れましたが、実は今からする……最初の話に、レエブン侯は関係ありません」

 

「と、言いますと?」

 

 首を傾げたモモンガに対し、タブラが語り出す。

 今話し合いたいのはバハルス帝国に対する対応についてだ。先のギルメン会議では、ワーカーを差し向けてくる帝国皇帝に対し、暫く対応を保留すると決定している。しかし、ギルメン達の意見としては、報復行動に移りたいらしい。

 

「え? 皆さん、そうだったんですか? だったら、会議の時に言ってくれれば……」

 

「久しぶりのお祭り騒ぎは良いものですから。皆、浮ついてたんですよ。無論、私もですけどね。しかし、やはり一組織として活動している以上、攻撃されたのなら反撃はするべきです」

 

 タブラの案は、こうだ。

 ワーカーの侵入には会議で話し合ったとおり、お客様待遇で対応する。その後で、帝国の皇城に乗り込み、武威を示すのだ。

 

「茶釜さん達の事情もありますから、ワーカーと帝国に関しては切り離して考えるべきでしょう。とにかく、帝国にはナザリックに手出ししたら酷い目にあう。そういう現実を見せつけておくべきです」

 

「しかし、タブラさん。相手は『国』ですよ? もう少し慎重になった方が……」

 

 モモンガの脳裏に、現実(リアル)で勤めていた会社の上司や社長が思い浮かび、次いでアーコロジーを支配していた大企業などが思い浮かぶ。一個人や小規模な集まりで、そういった大きな存在を相手取るなど、リスクが大きすぎないだろうか。そう思ったのだ。だが、そんなモモンガを見てタブラは小さく溜息を漏らす。

 

「国相手ということなら、もう王国に裏から手を出して……。なるほど、そういう事ですか……」

 

「え? え? なんです? そのデミウルゴスみたいな言い方。怖いんですけど?」

 

 軽く背を反らすモモンガであるが、どうやら冗談で言ってるのではないと感じ、姿勢を正した。

 

「すみません。どういうことでしょうか?」

 

「……モモンガさん。手出しする分には良いけれど、攻め込まれる分には腰が引けてしまう。なぜなら相手は『国家』だから。そんなところじゃないですか?」

 

 タブラの指摘に、モモンガは言葉を発することができない。

 確かに、そのように考えてはいた。

 相手はゲーム上の敵対ギルドなどではなく、れっきとした『国家』なのだ。そんなものを相手に真正面から迎撃して、もしもギルメンに怪我人や死者が出たら……。

 

「……って、あれ?」

 

 モモンガは首を傾げた。

 転移後世界での強者の程度は知れている。ガゼフやブレイン程度であったり、魔法詠唱者(マジックキャスター)で言えば、第六位階程度で最強と言われるフールーダ・パラダインあたりだ。もう少し上向きに強い者が居るかも知れないが、それだってモモンガ一人ならまだしも、ギルメンの数が揃いつつある今では対処可能だろう。

 その他、有象無象の集まりなどに関しては、何万人集まったとしてもギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の相手にはならない。

 

(なのに何故……俺は、バハルス帝国と事を構えるのを恐れていたんだろう?)

 

 考えれば考えるほど、さっきタブラに「相手は『国』ですよ?」と言った自分の不安が薄れていく。このことについてタブラに相談したところ、タブラはニッコリ笑って頷いた。

 

「モモンガさん。私が思うに、モモンガさんは現実(リアル)での国家や大企業に対する印象を、こちらへ持ち込んでいたんですよ。それは私達もですけど。普通は思いますよね? ゲーム好きが集まったところで、喧嘩をするには相手が悪すぎる。なぜなら、相手は強大な『国』なのだから……って」

 

「そう、そうだった気がします。でも……どうして……」

 

 今ちょっと考えただけで、自分の思い違いに気づけたのだ。それが何故、タブラから指摘されるまで自分で考えられなかったのか。その思い込みの理由は何だったのか。

 

「私達、ギルメンが理由でしょう」

 

 タブラが苦笑している。

 次々に集まってくるギルメン。そのことでモモンガは、かつてのギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の全盛期を思い出し、ユグドラシル時代の気分に浸っていたのだ。だから、ほとんどデミウルゴス任せにしている王国支配なら兎も角、バハルス帝国のように相手方から手を出されると、現実(リアル)での大企業や国家を思い出して慎重になる。

 

「ギルメン会議でも、ワーカーイベントや他が忙しいからと言って、バハルス帝国に対しては態度保留としましたけど。実際は……」

 

「そのとおりです。モモンガさん。現実(リアル)での大企業や国に対する印象……恐れなどを重ね合わせて、極力相手にしないようにした。そんなところでしょう……。その辺は、モモンガさんだけじゃなくて、私を含めた他の皆も同じでしょうけどね」

 

 タブラによって結論を出されると、モモンガは肩を落とした。

 

「すみません。俺はギルド長失格です。現実(リアル)と転移後世界を混同して、こちらでのギルドの運営方針を誤るところでした」

 

「いえいえ、私達の方こそ。本当はモモンガさんが言ったように、会議の時に言えば良かったんです。それを会議中に気づかず、後になって相談して、やっぱり止めましょうなんてのは……どうにも不細工な話で申し訳ないと思ってます」

 

 その後、モモンガとタブラの間で、「いえいえ、そんなことは。こちらこそ……」の応酬となったが、やがて落ち着いたところで次の話題へ移ることとなる。

 

「しかし、そうなると……帝国への報復行動の内容ですが……」

 

 先程、タブラは敵城に乗り込んで武威を示すと言った。豪快かつ派手でワクワクするが、帝国側の手の内すべてが剥かれたわけではない。ギルメンを差し向けるのは、控えるべきだろう。

 ソファに腰掛けたままのモモンガは、暫し顎に手を当てて考えたが、やがて顔を上げてタブラを見た。タブラは異形種化しているので、その表情が判別できなかったが、何か上機嫌そうな雰囲気が伝わってくる。

 

(俺が面白いアイデアを思いつくとか、期待されてるのかな~? それはそれでプレッシャーなんだけどさ~)

 

「ん~……ゴホン。敵城への乗り込み案、実に良いですね。やりましょう。ただし、ぷにっと萌えさんの教えもあります。俺やギルメンで直接に乗り込みたいところですが、まずはNPCの誰かを差し向けてみてはどうでしょうか?」

 

「そうですねぇ……」

 

 タブラはタコに似た頭部をククッと傾け、思案を開始。すぐに一案を思いついて提示してきた。

 

「アウラとマーレを高レベルのドラゴン付きで送り出す……なんてのも良さそうですけど。対人交渉では難があるかもしれませんね。無駄に相手を見下して、失礼なことをしそうですし。喧嘩を買うなり売り返すにしても、変に煽るだけではねぇ……」

 

 それに相手は、今支配しようとしている王国の敵対国だ。今後のことを考えると、きちんと説教できる者が出向いた方が良いだろう。

 

「デミウルゴス……は、かなりイイ感じなんですけど。どうですか、タブラさん?」

 

「ふむ……。そうだ、他に良い候補が居ますよ?」

 

 そう言ってタブラは「フフフッ」と笑うのだが、モモンガには心当たりがない。いや、アルベドなども良いと思うが、タブラはアルベドを推したいのだろうか。

 

(……いや、もう一人、智に優れた者が居たな……。あいつか……)

 

 少し前のモモンガなら思い出すことはなかったろうが、その『あいつ』とは……。

 

「ひょっとして、パンドラズ・アクターですか?」

 

「そのとおり。彼なら交渉役として申し分ありません。誰に対しても丁寧な態度を取れますし、デミウルゴスのように人間だからと見下すようなこともありません。それで出向いて一発、大威力の魔法をブッ放し、相手の度肝を抜いてから迷惑だったことを訴える。その上で、二度とつまらないちょっかい出すんじゃないぞ……と、脅してくるんですよ。何なら詫びとして賠償金でも払って貰いますかね?」

 

 ノリノリで言うタブラだが、モモンガとしても納得はできる。今聞いたことを、パンドラならばそつなくこなせるだろう。

 

「でも、ギルメンの誰のコピーをさせますか? 魔法を使うなら俺かタブラさん?」

 

「ウルベルトさんでも良さそうですけど、今居ない人の姿で大々的にやらかすってのも考えちゃいますねぇ。でも、ウルベルトさんか……いいかもですね」

 

 暫く相談した結果、パンドラにはウルベルトの姿を取らせることにした。見た目の解りやすい威圧感を採用したのである。その点で言うと、モモンガやタブラも威圧感はあるが、ウルベルトの場合は『今、本人が居ない』というのが大きい。仮に後で狙われたとしても、当人が居ないのだから危険度が低いというわけだ。

 

「合流した後でウルベルトさんが危ないかもですが。それはそれで本人には謝った上で注意を促します。私やモモンガさんが帝国に乗り込んだとしても、結局は対応が変わらないわけですしね」

 

「なるほど。では、タブラさんの案で行きますか。俺的にもウルベルトさんで行きたかったんですよね~。格好いいし……」

 

 その後、<伝言(メッセージ)>で各ギルメンに話をした結果、タブラの言うことはもっともだと皆が賛成し、パンドラをウルベルトに仕立てて乗り込ませる案については絶賛を浴びた。よって、あらためてギルメン会議に通すまでもなく、モモンガ及びタブラ発案による帝国皇城御訪問については決定となる。

 それは……帝国皇城において、局所的な地獄が出現する。その決定でもあった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 午前中、ナザリック地下大墳墓付近の街道。

 

「モンスターの襲撃が……無いな」

 

 リ・エスティーゼ王国六大貴族の一人、エリアス・ブラント・デイル・レエブンは、揺れる馬車の中から外を見て呟いた。周囲は私兵百名と、子飼いの元オリハルコン冒険者で固めている。だが、自領であるエ・レエブルを出てから今まで、彼らが戦闘状態になったことは一度もない。

 

「幸運だと思って良いのだろうか? いや、しかし……嫌な予感がする」

 

 実は、デミウルゴスの放ったモンスターが、エ・レエブルを出発した直後からエリアス達を守っていたのだ。そうなった経緯は、エリアスのナザリック訪問をザナックとデミウルゴスが決めたことにある。

 当初、ザナックは街道移動の危険性を述べた。都市を出ての街道移動は、モンスターや野盗が出没することもあって危険である。護衛の工面をしなければ……と難しい顔をしたところで、デミウルゴスが朗らかに笑い、道中の安全について請け負ったのだった。

 

(ザナック殿下は、私の子飼いの冒険者と私兵で十分に足りるだろうと言っておられたが……。……殿下、顔が引きつっていたな……。ナザリック地下大墳墓……。いったい何があると言うのだ?)

 

 今回、ナザリック地下大墳墓を訪問する目的は、突如として出現した巨大墳墓に対し、王国の支配域としての正当性を確認するというものだ。

 墳墓の主は、アインズ・ウール・ゴウンという強力な魔法詠唱者(マジックキャスター)らしいが、ガゼフ・ストロノーフ戦士長から報告が上がった際には、他の有力な貴族らは共に目撃された強力な忍者には関心を示しても、魔法詠唱者(マジックキャスター)の方には冷笑を浮かべるのみだった。

 

(まったく、魔法詠唱者(マジックキャスター)軽視も度を過ぎると国を滅ぼすぞ。いや、六大貴族でもマシな方……王派閥のペスペア侯とウロヴァーナ辺境伯は、特に反応を示さなかったな。興味が無いと言えばそれまでなのだろうが……)

 

 マシではない方の六大貴族、貴族派閥のボウロロープ侯が息巻いて自分で使者を出すと申し立てていたが、ザナック第二王子が強硬にレエブン侯(エリアス)を推したのである。正直言って迷惑だったが、あのザナックが真剣な表情で頼むのだ。当のボウロロープ侯の見ている前で、頭まで下げられたとあっては、エリアスも派遣依頼について了承するしかなかった。

 

(それにしても、ああも表だって頼られると困るのだが……)

 

 王国の六大貴族は、王派閥と貴族派閥で割れて対立している。エリアス自身は、王家とは疎遠な方の貴族派閥に属していたが……。実を言うと、ザナック第二王子を次期国王にするべく、敢えて貴族派閥に身を置いているのだ。当面は対向派閥を内部から操作する役割を担っていたが、しかし、他の六大貴族の目に付くところで、王族と親しい間柄だと思われる様な振る舞いをされると今後の活動に支障が出る。

 

(そこまでして、私を向かわせなければならない理由があるのか? ウロヴァーナ辺境伯の方が無難に人当たりが良く……ああ、老齢だものな)

 

 やはり自分が行くしかなかったようだ。その他の者では相手方に対して無礼を働きそうだし、ガゼフ・ストロノーフをして警戒させるほどの強者で、しかも魔法詠唱者(マジックキャスター)。敵に回せば……帝国のフールーダ・パラダインほどでないにしても被害が大きい。

 

(私が王位簒奪を目論んでいたのは過去の話。今の私は……)

 

 妻とは政略結婚だったが、子が生まれたことでエリアスは家族愛……主に息子に対しての愛に目覚めていた。我が子の幸せのために、王国を良くしなければならない。それにはザナック第二王子こそが、リ・エスティーゼ王国の次期国王に相応しい。そう思い、エリアスは今日まで頑張ってきたのだ。

 

「……リーたんに、すべて引き継いで……リーたんが幸せになれば……」

 

 エリアスの口から呟きが漏れ出る。

 自領の屋敷で居るはずの愛すべき我が子。その名を何度か呟くと、エリアスは意を決して車窓の外へ視線を向け直した。

 

(リーたん。パパ……頑張るからね!)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「と、このように……今頃、レエブン侯は馬車の中で考えていることでしょう。今回呼びつけたのは社会見学のようなものでして……。もっと肩の力を抜いても良いと思うんですがねぇ……」

 

 アルベドの私室。簡易な応接セットでソファに尻を沈めたデミウルゴスは、眼鏡の位置を指で直すと困り顔で頭を振った。その対面にて座るのは、この部屋の主……守護者統括アルベドだ。 

 

「そのレエブンが、どう考えてるかについては解ったけど……」

 

 アルベドは不機嫌丸出しでデミウルゴスに問いかける。

 

「あなた、(わたくし)の質問に答えていないって理解できてる?」

 

「無論、答えるのはこれからですよ。余裕が無いですね?」

 

 肩をすくめて戯けるデミウルゴスに、アルベドは歯ぎしりしたが……すぐに収めた。精神の停滞化が発生したのだ。

 

「気が殺げたわ……。まったく、モモンガ様に関してのことじゃないというのに……。これじゃ(わたくし)が、怒らない女みたいじゃない」

 

「いや、停滞化が発生するほど怒ったということですよね? 正直、怖いんですけど? で、何でしたか? そうそう……私の王国支配に対する姿勢が甘いのではないか……。そういう質問でしたね」

 

 やれやれと肩をすくめて見せたデミウルゴスは、自身の王国支配にかかる姿勢について説明を始める。結論から言えば、デミウルゴスは丸くなったわけではないし、人間に対して慈悲深くなったわけでもない。

 

「人間など、至高の御方の慈悲によってしか幸せを掴めぬ、下賤で哀れな生き物。そう思っていることに一切の変わりはありませんとも」

 

 と彼は言うものの、やはりデミウルゴスの支配事業にかかる姿勢は甘い……とアルベドは考える。では、そこに何らかの狙いや計画があるのだろうか。そこを確認したところ、デミウルゴスはあると答えた。

 

「過日、タブラ・スマラグディナ様とお話しする機会を賜りまして。ただ単に力で支配し、人間を虐げること。それを至高の御方が望んでおられないことを改めて知りました。そして……至高の御方が、この転移後の世界をユグドラシルと同様に楽しもうと考えられているということも知ったのです」

 

 更には、モモンガが玉座の間で言った「力尽くでの支配など誰にでもできる」や「ウルベルトさんなら面白味に欠けると言う」と言った言葉も、デミウルゴスに与えた影響が大きい。

 

「つまりね、アルベド。私は、こう思うんだよ。この転移後の世界は……至高の御方を楽しませるべき世界、壮大な一大レジャー施設にするべきだと」

 

 モモンガ達が、現実(リアル)というデミウルゴス達には手出しできない世界からの束縛……そこから解き放たれた。そして、この世界で楽しく生きていこうとしている。ならば、ナザリックの僕としては、それを全力でバックアップするべきではないか。

 

「タブラ・スマラグディナ様とは、他にも幾度かお話をする機会がありましてね。安楽は良くても退屈は良くない。多少の不都合は、ある種のスパイスである……と教わりました。アルベド……至高の御方がナザリックから離れ、姿をお隠しになる。その様なことは、二度とあってはいけないのです……」

 

 デミウルゴスは膝上に腕を置き、手指を絡ませると強く握りしめた。

 その様子をアルベドはジッと見つめていたが、やがて小さく息を吐く。

 

「至高の御方のお考えは尊重すべきよ。何よりも優先されると言っていいわ。ナザリックを離れる……とのお考えなら、それに従うべきでしょう。でも……デミウルゴスの考えには聞くべき点がある。魅力的だわ。そうね、この転移後世界をレジャー施設、あるいは観光地として楽しんで頂けるのなら……。そして、このナザリック地下大墳墓が帰るべき『家』あるいは『故郷』として認識して頂けるなら。これに勝る喜びは無いわ……。働きがいが増すというものよ」

 

 徐々にアルベドの目つきが鋭くなり、最後には不敵な笑みと共に、デミウルゴスと視線を交わしにかかる。その視線を真正面から受け止めたデミウルゴスは、いつもの笑みを口元に浮かべた。

 

「御理解頂けたようで、幸いです」

 

「でも、言っておくけど……」

 

 アルベドは、今話した目標に掛かる活動で、至高の御方の不興を買うことがあれば……即座に行動中止とすることを告げる。これに関し、デミウルゴスに異論などあるはずがなく、満面の笑みと共に了承するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 午前中、何とか昼前にナザリック地下大墳墓前に到着したエリアス一行は、巨大な墳墓の正面脇に立てられた……二階建ての建物に案内された。私兵百名については、その建物にて待機することとなる。

 

「ちょっとした屋敷ほどの大きさだが、それでも百名を収容できるものなのかね?」

 

「ええ、問題ありません。内部は魔法処理によって空間が確保されていますので。千人程までなら、宿泊が可能となっています」

 

 金髪の美人メイド……レエブン侯(エリアス)及び法国の訪問団への対応に当たって動員された戦闘メイド(プレアデス)の一人、ソリュシャンが説明を行う。それを聞いたエリアスは、軽く頭を振ると気を取り直して頷き、後方で待機している私兵隊の隊長を振り返った。

 

「魔法のおかげで大丈夫だそうだ。すまないが……ここで待機していてくれるだろうか?」

 

「し、しかし、それでは護衛の任が務まらず。何卒、御再考を……」

 

 慌てた隊長が抗弁するも、エリアスは笑って顔を横に振る。

 

「お前達を連れてきたのは、道中の安全のためだよ。目的地には着いたし、相手方のお屋敷に兵を連れて乗り込むわけにはいかないだろう? それに……だ」

 

 エリアスは、自分の周囲に居る男達を見回した。

 彼らは五人で構成される、元オリハルコン級冒険者……今ではエリアスが頼りとする親衛隊だ。

 

「彼らも居る。今日は幾つかの確認と話を聞きに来ただけだから、何の問題もないさ」

 

 この発言を受けて親衛隊のリーダー、ボリス・アクセルソンが自信たっぷりに頷いてみせる。彼は聖騎士とイビルスレイヤーを修めた戦士であり、私兵隊長よりも強いのだ。その彼が仲間と力を合わせたなら、私兵一〇〇名などは軽く蹴散らされるだろう。

 

(<火球(ファイヤーボール)>を撃ち込まれたところに斬り込まれ、その斬り込んでくる奴……例えばボリスに向けて支援魔法が飛んでくるとか……。そんなのの相手なんか、絶対に無理だものな……)

 

「わかりました。何かありましたら、どうにか外まで逃げてきて下さい。我々が盾となりますので」

 

 溜息交じりに私兵隊長が言うと、エリアスはニッコリ微笑んだ。

 

「ああ、その際は頼りにさせて貰おう」

 

 そう言い残し、エリアスはボリス達を連れて中へと入って行く。彼を案内したのは金髪メイド(ソリュシャン)だが、彼女が居なくなると代わりに中から黒髪のメイドが出てきた。長い髪をポニーテール状に纏めた……これまた絶世の美女だ。

 

「ここからは(わたくし)、ナーベラル・ガンマが担当させて頂きます。それでは、こちらにどうぞ……」

 

 仕事としての笑みだろうが、ナーベラルが微笑むと周囲に花が咲いたような錯覚が生じる。この時、ナザリック内の円卓の間にて、他のギルメンと共に遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を見ていた弐式炎雷が、「うひょーっ! ナーベラル、マジ最高ーっ! ドジッ娘メイドも良いけど、有能メイドも最高ですなぁ!」とペロロンチーノ張りに叫んで小躍りし、近くに居た茶釜から冷たい目で見られていた。が、無論、ナーベラルには知る由も無いことである。弐式の命により、ペストーニャの厳しい指導を経て生まれ変わったナーベラル。彼女は、内心では虫酸が走る思いに耐えながら、レエブン侯(エリアス)の私兵らを内部へと案内するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「おー、第九階層の通路に驚いてますね~」

 

 円卓の間に戻ったギルメン達……その中で、ヘロヘロが遠隔視の鏡に映るエリアス達を見て呟いている。その口調は実に楽しそうだ。

 各人は異形種化して所定の席に座り、中央に設置された四基の遠隔視の鏡を観察中である。ちなみに、遠隔視の鏡は本来であれば室内を覗けず、音声も拾えない仕様なのだが、ギルメンの幾人かがアイテムを持ち寄り補正を掛けることで諸問題を解決していた。

 

「第九階層は、どこもかしこもナザリックの美術陣が気合いを入れまくったからな。しかし、異世界転移して実体化すると、まるで美術館だぜ……」

 

 腕組みして映像を見続ける建御雷は、感心するやら呆れるやらといった様子。その隣で座る弐式は、「俺、ナーベラルを見たいんだけど。映像を受付棟に戻したら駄目かな?」と発言し、建御雷から叱られていた。

 

「基本的には応接室で話を聞くんだっけ? 俺達、見てるだけでいいんだよね?」

 

「弟、話を聞いてなかったの? ある程度話がまとまったら、玉座の間に案内して皆で挨拶することになってたでしょ?」

 

 茶釜姉弟が話し合ってると、エリアス達はソリュシャンの案内により応接室へと入っていく。室内にはモモンガとタブラ、それにアルベドとデミウルゴスが居るはずだ。

 

「レエブン侯かぁ。お貴族様ってやつよね~。デミウルゴスは有能な人だって言ってたけれど、協力的になってくれるかしらね?」

 

「人間は、至高の御方に協力的であるべきですよ!」

 

「ぼ、僕も、お姉ちゃんの言うとおりだと思います!」

 

 茶釜の後ろで居るアウラ達が発言する。NPCの認識によると、許可無く発言するのは不敬となっていたが、場の空気さえ読んでくれれば一々許可は取らなくて良い……と、モモンガが通達を出していた。従って、まだ遠慮がちな様子は見受けられるが、各NPC達は積極的に発言するようになっている。

 

「建御雷様。レエブン侯ナル者ガ従エテイル男達デスガ。強者ハ居リマスデショウカ?」

 

「さてな。デミウルゴス情報だと、元オリハルコン級とかって言うクラスだか位階だかの冒険者だったらしいが。クレマンティーヌより強いとは思えね~な。けど、いい目をしてると思うぜ? 五人一度に相手したら、面白い戦いが期待できるかもな」

 

「ソウデアレバ重畳デゴザイマスナ!」

 

 建御雷とコキュートスが会話しているが、こちらに関して他のギルメンらは「お客さん相手に闘志を燃やさないで~」と声にならない悲鳴をあげていた。

 

「ん……ゴホン。まあ、タブラさんは上手くいっても失敗しても他にやりようはある……みたいなこと言ってたけど。最近、ぷにっと萌えさんみたいに軍師働きしてるわよね~、あの人」

 

「今のところ頭脳労働だと、タブラさんと茶釜さんって感じだし。女性の茶釜さんを前に出すなら自分が……とか、考えてんじゃないかな?」

 

「え? 女性?」

 

 弐式が発言すると、茶釜はピンクの粘体を淫猥によじらせる。

 

「そんなこと言われると、私、どんな顔して良いかわかんない~」

 

「姉ちゃん。異形種化したままで、顔も何もないと思うんだけど?」

 

 よせば良いのにツッコミを入れたペロロンチーノだが、案の定、茶釜によって締められていた。

 

「まあ、私が頭脳労働枠かはともかく……手が足りなくなったら、そっち方面でも動くから~。後は、ぷにっと萌えさんが合流したら更に楽になるわよね!」

 

 アウラとマーレから「凄いです! 茶釜様!」といった讃辞を浴びながら、茶釜が身体を揺らしている。やはり淫猥だ。そういう仕草は人化してやって欲しい……とは、ペロロンチーノ以外の男性陣の総意だったが、誰も声には出さない。

 思っているだけに留めて、セクハラ発言には注意しなければ……。

 自分達はペロロンチーノとは違うのである。

 




 当初書き進めてた段階では、冒頭のギルメン会話が丸々無くて、タブラさんとモモンガさんの会話に関しては、タブラさんの説教色が強めでした。
 でまあ、モモンガさんを下げすぎかな……と思ったのと、皆で浮ついてたことにすれば、ある程度は展開の説得力が増すかな……と思って、このような形になっています。
 これでも、まだちょっと強引かな……とは思うのですが。
 レエブン侯には、原作よりは気楽(ホンの少し程度でしょうが)に協力して貰いたいと思ってたりします。
 そして、帝国に関しては対応保留と思わせといてウルベルト・コピーのパンドラを差し向けられるという結果になっています。
 最初の一発でジルクニフが死んだりして。
 連載を早めに終わらせるとしたら、ありなんですけど。 

 次回、台風の進路によっては、1回投稿をお休みするかもしれません。

<誤字報告>

ARlAさん、SHUNZIさん、佐藤東沙さん、冥﨑梓さん、トマス二世さん

いつも、ありがとうございます。

キャラのセリフに関しては、口調や言い回し、口籠もった感じの表現などで、文法的におかしいままにしてる場合がありますので、御了承願います。

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