オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第47話

 ナザリック地下大墳墓、第九階層。

 その通路を歩くレエブン侯ことエリアスと、お伴の親衛隊……元オリハルコン級冒険者五人は、ソリュシャン・イプシロンによって先導されながら通路を歩いている。

 壁際に置かれた壺一つ、とある通路で見かけた彫像。他には壁や天井の装飾など、目に映る一つ一つがエリアスらを圧倒していた。

 

(どれほどの資金を投入すれば、こんな……ここは通路だろう? ここまで華美にする必要があるというのか!? それとも、これが普通だとでも言うのか!?)

 

 受付棟と呼ばれる外部の屋敷、そこから大きな鏡をくぐって転移して来たのも驚きだが、このナザリック地下大墳墓の内装には本当に驚かされる。華美なのもあるが、感性の品格とでも言うのだろうか……装飾の洗練され具合が、王国の例えば王城などとは大違いだ。後方で歩くボリスら親衛隊に至っては、キョロキョロしすぎて首筋でも痛めたのか、手でさすっている有様。

 そうこうしている間に、エリアスらの少し前方右側の扉前でソリュシャンが立ち止まった。

 

 コンコン。

 

 軽やかなノックと共に、来客の到着を内部へ報告する。

 

(……気のせいか?)

 

 エリアスは小首を傾げた。自分達と話していたときよりも、ソリュシャンの表情が輝いているのだ。

 

(それ程までに主人に心酔しているということか。あるいは……手つきのメイドなのかも知れないな。あれほどの美貌ならば、その可能性は高い)

 

 これはエリアスの内心での独白だが、もしも別室で見物しているヘロヘロに聞こえたとしたら、「中に居るのはモモンガさんとタブラさんなんですけどね~。ああ、アルベドとデミウルゴスも居るか。私が居たら、もっと別な表情が見られたんですかね~」と言ったことだろう。

 

(いよいよ、アインズ・ウール・ゴウンと御対面か。ストロノーフ殿が強く警戒するほどの魔法詠唱者(マジックキャスター)……どれほどの者か。……緊張するな)

 

 襟に指をかけ、エリアスは首を軽く振った。

 無論、そんな自分を別室から魔法のアイテムによって観察されているとは想像もしていない。しかも、観察者たるヘロヘロ達のノリは『はじめてのおつかい』に近いものだ。茶釜から「うはっ、イケメンじゃないの! レエブン侯、頑張って~」などと、無責任な声が飛び、建御雷からは「茶釜さん。そこはモモンガさんを応援してやろうぜ?」といった突っ込みが入る中、エリアスはボリス達……親衛隊と共に応接室へと入って行くのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガとタブラがソファに腰掛け待っていると、外からノックする音が聞こえた。

 

「ソリュシャンです。レエブン侯と親衛隊の方々をお連れしました」

 

「そうか」

 

 できれば来て欲しくなかったのだが、すでに扉の向こうまで来ている。モモンガは人化させた顔を酢でも飲んだように歪めると、入って貰うよう告げた。一度立ち上がって挨拶した後は、レエブン侯には向かい側のソファに座って貰うこととする。親衛隊に関してはリーダーのボリスのみ、レエブン侯の隣に座って貰うことにした。残りのメンバーは、応接室内から移動できる別室で待機して貰うつもりだ。

 モモンガ側としては、相手方と人数を合わせるべく、最初から同席していたアルベドとデミウルゴスを、親衛隊と同じ部屋へ移動させる。命令を受けたアルベドらは一瞬何か言いかけたようだが、タブラが「すまないが……」と一言発すると、それで顔を見合わせ、一礼してから退室して行った。

 

「……」

 

 別室へ移動して行く仲間達とアルベドらを、親衛長のボリスは黙って見送っている。そして皆が別室へ消え、扉が閉まったのを確認すると、思い出したかのようにモモンガへ向きなおった。

 

「それでは俺……いや、私が残りますが……。剣などの装備は持ったままでよろしいですか? 私も、それに他の者もレエブン侯の護衛ですので」

 

 その申出をモモンガは快諾している。

 エリアス達は安心したようだが、モモンガからしてみればボリス達の持つ武具では傷一つ負わないのだから、武器ぐらい好きに持っていて構わない。それでレエブン侯が安心して話せるなら、安い譲歩と言えるだろう。 

 

(なにせ上位物理無効化Ⅲがあるからな。レベル六〇までの攻撃しか防げないけど、クレマンティーヌの本気攻撃を試しても大丈夫だったし。この人達が、突然に暴れ出しても大丈夫!)

 

 戦闘面において、モモンガは余裕の構えだった。

 もっとも、これからの対話に関してはまったく自信が無いので、戦々恐々としている。タブラ任せにしたいのだが、それは駄目だと事前にタブラから言われていた。レエブン侯の入室までに幾つかの質問を予想した上で、模範解答を教え込まれ、後は流れでよろしく……とのことである。

 

(俺、資料取り揃えて準備万端整えないと、プレゼンとか出来ないタイプなんですけどーっ!)

 

 まったくもって準備が足りない。

 今のモモンガは、これは当人の気分的な話であるが、事前情報の無いレイドボスの前へ丸腰で放り出されたも同然の状態だった。いや、隣にはタブラが居るのだが、全面的に頼れないのが心を削りにかかる。

 こんな時、異形種化していれば、精神の安定化が起きて気楽で居られたかもしれないのに……。

 

(どうせ後で異形種の姿を見せるんだし……って、よく考えたら悟の仮面を着けて中身は異形種化しておけば良かったーっ! 何で忘れてたんだ、俺ーっ!)

 

 せっかく作ったアイテムを装備し忘れるとは、ギルメン達に知られたら長くからかわれること間違いなし。今から装備しても良いのだろうが、面と向かい合った状態でコソコソ小細工をするのは如何なものだろう。

 

(レエブン侯は、こんな訳のわからないところに数人で乗り込んで来たんだものな。俺が人間だったら絶対に無理だ。尊敬するよ、まったく……)

 

 敬意を表する。

 その意味を込め、モモンガは改めて腹をくくった。

 

「ようこそ。我らがナザリック地下大墳墓へ。先程すでに挨拶をしたが、改めて名乗ろう。私は当墳墓の支配者取り纏め役、アインズ・ウール・ゴウン。隣の男性は、同じく支配者の一人で……今回は私の補佐を務めるタブラ・スマラグディナと言う。……貴殿のことは……レエブン侯とお呼びしてよろしいかな?」 

 

「それで結構です。私の名は長いですからね」

 

 表面上は愛想良く、しかも微笑みながら言うエリアスに対し、モモンガは緊張の色を隠せない。腹をくくったと言っても、それで緊張感が無くなるわけではないのだ。

 

(……と言うか、妙に愛想が良いな。ナザリック地下大墳墓の地権に関して調査に来たんじゃないのか?)

 

 首を傾げたくなるのを堪えながら、今回の訪問にあたっての目的を確認すると、エリアスからは「そのとおりです」との返答があった。

 

「単刀直入に伺いたいのですが、このナザリック地下大墳墓とは大昔から存在していたのでしょうか? 少なくとも私自身は寡聞にして存じません。正直申し上げて、突然に出現したとしか……」

 

 そう言って笑うエリアスは困り顔だが、言われた側のモモンガは舌を巻いている。傍目にはそうとしか見えないだろうから「突然に出現した」と言ったのだろうが、ナザリックの住人であるモモンガにしても「突然に転移した」としか言えないのだから、心臓の鼓動が一拍飛んだような気分である。

 

(鋭いと見ていいのかな? さて、どう返事をしたものか……打合せどおりにいくか?)

 

 タブラと話し合って決めた回答例では、「昔から存在してましたが、何か?」というものだ。実態としては不法占用しているのだが、有りもしない地権を主張して突っぱねる。当然ながら、相手側に悪印象を与えるだろうが、何しろこちらは王国に対して支配を最終目的とした侵略事業の真っ最中なのだ。ここで多少は高圧的に出ても構わない。そういう方針だった……。

 

(でも、やはり、う~ん……。レエブン侯の物腰が、想定していたのとは違うんだよな~……)

 

 実は、タブラと相談して決めた高圧態度案は、『王国貴族……レエブン侯が強い態度で地権を主張してきた場合』を想定したものである。強気には強気で。そういうつもりだったのだ。

 ところが今のところ、エリアスの腰は低い。

 途中で豹変するかもしれないが、ここは当初の回答案から変更するべきだろう。

 

(となると第二案……。『魔法実験で転移して、この地に出現しちゃいました』だっけ?)

 

 この場合、土地の不法占用が確定なわけで、王国に対して分が悪くなる。ただ、馬鹿正直に下から接するのではなく、これで相手の出方を見るという狙いもあった。タブラが言うところでは『駆け引きのテクニック』であるらしい。モモンガにしても現実(リアル)での営業時代には、弱みをチラ見させてから交渉を有利に運んだことがあるため、タブラの考案した『第二案』には納得できる部分があった。

 

(やはり、ここは第二案だな。タブラさ~ん?)

 

 左隣のタブラを横目で見たところ、モモンガの心情を読み取ったのか彼は小さく頷いて見せる。打合せどおり、第二案で話して良いということだ。

 

「レエブン侯。まさにそのとおり、我らの地下大墳墓は突然に出現したのですよ」

 

「と、仰いますと?」

 

 口調は平坦なものだが、エリアスの目は大きく見開かれている。そんなこと、あるはずがない……と、そう思っているのだ。

 

「かつて居た場所で、とある魔法実験をしましてね。その失敗で、地表部から地下施設まで……丸ごとこの地に転移してしまったのです」

 

「そのような大規模な魔法……聞いたことがない……」

 

 エリアスが右隣のボリスに目を向けると、ボリスも困惑顔で首を横に振る。

 

「信じて頂けるかはともかく、王国に対しては早めに御挨拶に伺えば良かったのですが、なにぶん、転移してから日が浅いもので……。近くの村で活動するのが精一杯でした。結果としては、レエブン侯に御足労頂くことになりましたが、その件については申し訳なく……」

 

「な、なるほど……。いや、まだ納得したわけではないのだが……」

 

 額の汗をハンカチで拭ったエリアスは、暫し視線を下げた後にモモンガへと視線を戻してきた。

 

「では、その転移の事故があったとして……貴殿らは、どうされるおつもりなのか。この地は……王国の領土なのですが……」

 

「ふむ……」

 

 多少路線は変わったが、概ねはタブラと相談した様に話が進んでいる。高圧的に喧嘩を売ってくるようであれば、真正面からの王国支配に取り組む。こちらを尊重した上での交渉を行うのであれば……。

 

「当方としては王国に対して敵対する意思はない。(支配する意思はあるけどね!)しかしながら、元々の王国民ではないので、臣民あるいは王国民として服従するのは御免被る。土地代とて支払う気はない」

 

 取りつく島もないような言い様にエリアス達は呆気に取られるが、それが怒気や憤慨へ移行する前に、モモンガは一つの提案を行う。

 

「とはいえ、それだと王国側も収まりがつくまい。そこで……だ。我々からは、王国に対して一定の助力をする用意がある」

 

「と、仰いますと?」

 

 エリアスが身を乗り出すようにして聞いてくるが、そこでモモンガは首を傾げた。

 

「先程から気になっていた……。レエブン侯は、こちらを上位に見立ててお話をされる。我々は、まだお互いについて良く知っているとは言いがたいと思うのだが……」

 

 素直に疑問をぶつけてみると、エリアスは苦笑する。

 

「今回、私が地権交渉役を任されたのは第二王子の意向によります。その際、第二王子から、くれぐれも失礼の無いようにと念を押されていまして……」

 

「ふむ、第二王子……。なるほど……」

 

 なるほどと言ったが、勿論、モモンガは理解していない。何故、第二王子がレエブン侯を寄越すのか。どういった水面下の動きがあったのか。まったく不明だ。

 

(どうせ、デミウルゴスがやってる支配事業の影響なのだろうが……)

 

 こうなったら深く考えても仕方がない。

 

「失礼をした。話を戻すとしよう。助力の話だったな」

 

 一つ一つ区切って言ったモモンガは、これまたタブラと打ち合わせ済みである『助力の内容』について述べていく。具体的に何をするかと言えば、戦力の提供だ。 

 

「このローブを見て貰っておわかりかと思うが、私とタブラは魔法詠唱者(マジックキャスター)。その実力は非常に大きなものだ。また、ナザリックには多くの強者が存在し、一大戦力として王国の支えになるだろう。この助力をもって、この地における我らの……自治権を認めて頂きたい」

 

 本当は、ザナック第二王子を足がかりとして裏からの支配を目論んでいるのだが、それを正直に話す気はない。 

 

「それは……また、大きく出……いや、途方もない……」

 

 エリアスは魔法詠唱者(マジックキャスター)を軽んじる大多数の貴族とは違い、その力を正しく理解している。それはボリスら元オリハルコン級冒険者らと接することで、体感して培った感覚だが、それでも一大戦力だと言われると首を傾げざるを得ない。

 

(バハルス帝国のフールーダ・パラダインなら、一人で一軍に匹敵する……あるいは戦局を変えることが可能な魔法詠唱者(マジックキャスター)と言えるが……)

 

 目の前の二人が、フールーダに匹敵する魔法詠唱者(マジックキャスター)かと言われると、鵜呑みにはできない。これほどの豪華絢爛な巨大地下施設を所有していたとしても、その主が大魔法詠唱者(マジックキャスター)であるとは限らないではないか。

 そうした思いから、エリアスは次のような質問をモモンガに投げかけた。

 

「人を見る目がないとお思いになるでしょうが、私にはゴウン殿の実力がよくわからない。どうも魔法には詳しくないもので……」

 

 いったい、何位階の魔法まで使用可能なのか。

 探ると言えば人聞きが悪い。しかし、戦力を提供すると聞かされれば、ナザリック側の使用できる魔法位階の上限……それを知りたいのは当然だろう。そして勿論、この質問もタブラにとっては想定の範囲であった。

 

「なるほど。詳しくないと言うのであれば、先に話さねばならないことがある。この地において、人が扱える魔法位階の上限は第六位階だと聞いた」

 

 段取りどおりに話せば良いだけなので、モモンガの口調は余裕に満ちている。

 

「仰るとおり。帝国のフールーダ・パラダインは、人類最強の魔法詠唱者(マジックキャスター)と言われるが……。その彼で、第六位階が上限のはずですな」

 

 エリアスが頷いたのを確認したモモンガは、その人化した顔を愉快そうに歪めて続けた。

 

「では、私や隣のタブラが、第七位階の魔法を使用可能だと言えば……如何かな?」

 

「なっ!? 第七位階ですと!?」

 

 エリアスが腰を浮かし、ボリスが顔全体で驚愕を表現する。モモンガにしてみれば、ナイスリアクションだが、この辺で駄目押しが必要だということも理解していた。

 

(実演は大事! ニグンやロンデスの時にもやったし!)

 

 そもそも手の内を見せるにしても、第七位階の魔法で済むのであれば気が楽だ。タブラが言うには、「転移後世界では第六位階が最高。大儀式を行うと第七位階も……という程度であれば、我々は普通に第七位階まで使えるとした方が良いでしょう。一段上で見積もられても第八位階。念を入れてもう一段階上げたところで第九位階ですからね」とのこと。モモンガ達は第九位階の上、第十位階や超位魔法を使えるのだから、隠し球を有することとなる。

 とは言え、更に上を見積もられて、第十位階及び超位魔法に相当する『何か』を使えると想定された場合はどうなるか。この心配をモモンガが口にしたとき、タブラは肩を揺すって笑ったものだ。

 

「想定できたところで、第六位階止まりの人達が超位魔法に対抗できるわけないですよ。よしんば対抗可能だったとしても、ほら、『目の前にプレイヤーが居る』と思えば、特に慌てることはないです」

 

 アインズ・ウール・ゴウン側のプレイヤー数が負けているなら撤退するだけだし、同数ないし数で勝っているなら、やりようはある。相手方に、たっち・みーのような超個人が存在するなら話は変わるが、それとて対処法はあるのだ。

 

「興味がおありのようだ。ならば、レエブン侯……」

 

 タブラとの会話を心地よく反芻しながら、モモンガはエリアスに申し出る。

 

「このナザリック内には闘技場がある。そこで、魔法の実演などしてみようかと思うのだが……。御覧になるかな?」

 

「よろしく頼む! いや、頼みます!」 

 

 期待に満ちた表情で言うエリアスに対し、モモンガは鷹揚に頷いてみせる。

 その後、エリアスや親衛隊らは、第六階層の円形闘技場にて第七位階魔法が乱発されるのを目の当たりにすることとなった。そして暫くしてから同応接室に戻ってきた時……エリアスと親衛隊の面々は、口から魂が抜けるが如き放心状態になっていたという。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 第六階層でのデモンストレーションが終了し、エリアス達は元居た応接室へ戻っている。高位階魔法の乱発を目の当たりにしたせいか放心状態から回復せず、心配したモモンガは魔法で元に戻すことも考えたが、来客に魔法をかけるのは如何なものかとタブラが指摘したことにより、一度休憩することとなったのだ。

 

(大丈夫かなぁ……)

 

 闘技場で立つモモンガは、アルベドによって連行……もとい、引率されたエリアス達を見送ると、タブラと連れだって円卓の間へ移動する。室内では人化した状態の各ギルメンが居て、モモンガ達を労ってくれた。本来なら、エリアスらとのやり取りを報告するところだが、その必要はない。なぜなら遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で事の最初から見ていたからだ。本来なら音声を飛ばせないアイテムであるが、そこは課金アイテムを組み込むことで、いわゆるテレビ放送を視聴するかのような運用が可能となっている。

 

「モモンガさんよ。タブラさんとで、焼夷(ナパーム)やら連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)なんかを阿呆ほどブッ放してたよな。レエブン侯って人、お伴の連中と一緒に固まってたぞ?」

 

 自分の席で座る建御雷が苦笑交じりで言った。それに釣られるようにヘロヘロやペロロンチーノも笑うが、言われているモモンガとしては気恥ずかしいことこの上ない。レベル的には圧倒的格下の相手に、第七位階程度の魔法を放ってドヤ顔していたのだから、思い出すと顔が熱くなる。

 

「あ、あ~……いや、ゴホン。それで……ですね。さっき俺とタブラさんとで魔法を見せた感触は良かったと思うんですよ。後は、玉座の間で正体を明かして心を折る……じゃなかった、敵対する無意味さを認識してもらおうと思うんですけど? ただ……」

 

 最後にモモンガが口籠もると、ギルメン達は顔を見合わせた。

 これからの予定はモモンガが言ったとおり、異形種としての姿を見せてエリアスらの心を折ること。しかし、応接室で話し、闘技場で発動させた魔法の一つ一つに目を丸くするエリアスらの態度が、モモンガの心を軟化させていたのだ。

 

(そこまでしなくて良いんじゃないの?)

 

 異形種化したままでエリアスらに応対していれば、このような気持ちにはならなかったのかもしれない。だが、人のままで接したこと、かつての全員ではないが幾人かの仲間が共にあること。それらの要因がモモンガを躊躇わせている。

 

「ああ、脅して従わせるの……気が進まなくなったわけね~」

 

 察した茶釜が言うと、建御雷や弐式が「なるほど……。まあ、ねえ。レエブン侯、礼儀正しいものな」と頷いた。ペロロンチーノやヘロヘロも、特に反対する意思は無いようで建御雷達の言葉に頷いている。残るギルメンはタブラだが……。

 

「いいんじゃないですか? 相手の態度によって対応を変えるのは、大いに『あり』ですよ。たらし込まれるのは避けるべきですけど。今回は相手方……王国の戦力や……裏なんかに脅威はありませんし。仲良くしつつ支配できるなら、それに越したことはありません。それと、私的にはデミウルゴスに確認しておきたいんですけど……」

 

 つらつらと述べてモモンガを安心させたタブラが、言い終わりにデミウルゴスの方を見た。デミウルゴスは創造主(ウルベルト)の居ない席の後ろで立っていたが、名を呼ばれてタブラの……そしてモモンガを含めた『至高の御方』の目が向いたことで背筋を伸ばす。元々伸ばしていた背筋は、より一層力を入れたことでガチガチに固まっているのが見て取れた。

 

「そう固くならなくていいよ。さっきレエブン侯から聞いたのだけれど、彼はザナック第二王子からの強い要望で、ここに来ることになったそうなんだ。デミウルゴス。これは君が第二王子に指示したことなのかな?」

 

「結論から申し上げますと、誘導した……と言ったところでしょうか。タブラ・スマラグディナ様。私が第二王子に要請したのは、誰か信頼するに足る者を地権交渉人として寄こすことです。あとは第二王子との会話において、レエブン侯の名を出した程度で……」

 

 最終的にレエブン侯が来ることになったのは、あくまでザナック第二王子の意向によるもので間違いないとのこと。

 この説明を頷きながら聞いていたタブラは、苦笑しつつ天井を仰ぎ見る。

 

「なるほど。そうなると、ザナック第二王子……いや、王国は運が良かったことになるかな? 違うな。レエブン侯を選抜した第二王子の、賢明さ故のベストルートか……」 

 

 訳がわからない。そういった空気が円卓の間に蔓延したことで、タブラは皆に説明した。

 元々のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』側の方針。それは、差し向けられた地権交渉人の態度が悪ければ、最終的に地権交渉人を殺害、そのまま王国に侵攻を開始していたかもしれない。そう、裏からの支配など無かったことにして力でねじ伏せにかかるのだ。

 

「最悪は、そのルートになるかな? ううん、けれどナザリックには私達が揃っているから……ねぇ。相手の態度が悪かった……威圧的や攻撃的だった場合でも、いきなりそこまではいかないか。私達に対しての無礼があったからと言って、それで指示を待たずに行動に出るような僕は居ないと思うし~」

 

 言いながら、タブラはデミウルゴスとアルベドを見る。デミウルゴスらは焦りを隠すように視線を下げた。これはセバスやソリュシャンなど、他の僕らも同じである。唯一、モモンガの後ろで立つパンドラズ・アクターのみは、身動ぎもせず直立不動を保っていた。

 

(パンドラだけが……か。デミウルゴスや私のアルベドも凄いけど、彼が頭一つ抜きん出てる感じだな……。モモンガさん、いったいどういう設定をパンドラに盛り込んだんだろう。今度、詳細な設定の聞き取りでもしてみようかな?) 

 

 実行したらモモンガの精神が死ぬか、暫く自室に籠もって出てこなくなるようなことを考え、タブラは話を元に戻す。

 

「そんなわけで、多少は可能性があったんですよ。私達の手による王国殲滅という可能性がね。けれど、実際は違った。レエブン侯の言動……態度かな、それが割と好印象なのでモモンガさんの心が動かされている。もちろん、私もです。いや本当に、ザナック第二王子の人選が良かったおかげですね! そこで……」

 

 当初の『異形種としての正体を晒して心を折りに掛かる』という方針を破棄。このまま戦力の貸し出し等、協力態勢のまま王国との関係を進めていくことをタブラは提案した。

 

「要はナザリック地下大墳墓の維持費用を調達できれば良いのであって、王国を利用しながらではありますけど、友好的に行動してもかまわないでしょう。無論、途中で王国が掌を返した場合は元どおりの方針になるか殲滅ですし……。そう、あれです……アインズ・ウール・ゴウンに喧嘩を売るとタダでは済まないというやつです」

 

 言い終えたタブラが肩をすくめると、ギルメンの誰もが悪そうな笑みを浮かべた。

 そう、アインズ・ウール・ゴウンに喧嘩を売るとタダでは済まないのだ。しかし、協力的かつ友好的な相手であるなら、親交もやぶさかではない。ユグドラシル時代とて、少なくはあったがアインズ・ウール・ゴウンと親しくしている者は居たのだ。

 

「では、モモンガさん。どうぞ……」

 

「え? あ、はい……」

 

 話を振られたモモンガは、人化したままの……鈴木悟の顔で慌てながら、居住まいを正す。

 

「え~……皆さん。当初、俺達は地権交渉人として派遣されるのが大貴族であると聞いて、上から目線で好き放題言われることを想定していました。そうした相手に武力を見せつけ、正体を晒して反抗心等をへし折る予定だったのですが、どうやらレエブン侯にそれをする必要は無いと思います。そこで、タブラさんの話でもありましたが、基本的には王国へ協力する形で接していき、支配に関してはナザリックの意向に添うよう、裏から誘導する方向で動きたいと思います。どうでしょうか?」

 

 反対意見は……出なかった。

 皆、遠隔視の鏡で見聞きしていたので、モモンガの気持ちは良くわかるのだ。あちこちで「んだんだ、モモンガさんの言うとおりだ」や「建やん。ちゃんと考えてるか? 俺もモモンガさんの考えに賛成だけどさ」と言った声が聞こえる。

 つまりは、修正されたモモンガ案で決定ということだ。

 

(良かった~……。相手の方で落ち度が無いなら、無理に恫喝する必要とか無いもんね。人化してると本当にそう思うわ~) 

 

 肩の荷が下りた気分になったモモンガであるが、無論、それは錯覚である。何故なら、エリアス達が帰った後、暫くすると、今度は法国の訪問団がやってくるのだから……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 一方、応接室に戻ったエリアス達は、モモンガらが居ないこともあって応接セットをフル活用して腰を下ろしていた。が、エリアスを始めとして皆が脱力している。

 

「本当だった。本当に、第七位階だった。それを、あんなにポンポン発動させるとか……え? 何? 神様? 神様なの?」

 

 親衛隊唯一の魔法詠唱者(マジックキャスター)、ルンドクヴィストが引きつった笑いを浮かべながら言うと、リーダーのボリスが薄ら寒そうに周囲を見回した。

 

「案外、本当に神様なのかもな。見てた感じ、ゴウン殿……いや、『様』達は気さくな感じがしたが……。怒らせたら生きて帰れる気がしないぞ……。あっ……」

 

 言った直後、ボリスは口を右掌で覆う。

 生きて帰れないなどとは、護衛対象に聞かせて良い言葉ではないのだ。しかし、慌てるボリスに向けて、エリアスは右手の平をスッと掲げた。

 

「構わない。私だって、その様に思うからな。しかし……だ。あれほどの力を見せられては、相手方の要求を突っぱねることなどできまい。彼らの要求とは、この地の自治権だったが……ただ明け渡すならともかく、あの力を以て協力してくれると言うのであれば。ここは要求を呑むのが最良の選択だろう。他の頭悪い系の大貴族を説得するのは骨だが……」

 

 地権交渉の権限は自分にあるのだから、ある程度のゴリ押しは可能だろう。少なくとも、要求を呑むところまでは問題ないはずだ。ただ、今心配したとおり、六大貴族には納得せずに騒ぐ者も居るだろう。下手をすれば、勝手に討伐軍を派遣しかねない。

 

(そこは早急にザナック殿下と……いや、国王陛下とも協議して釘を刺すか……。あるいは……)

 

 もっと踏み込んだ対策が必要かも知れない。

 例えば、無断でナザリック地下大墳墓や、その関係者に手出しするならば、王国の敵と見なす……といった対策だ。

 

「そうやって関係を切らないと、王国に対して責任を求められる。いや、もう一声必要か……。事を察知したらナザリック側にも連絡し、共に対処を講じるのだ。基本的に王国側だけで何とかできようが、無理なら協力を要請したいし、何より……事前にナザリック側に知らせることで、阿呆共に対する『縁切り』を認知して貰えることだろう」

 

 一人呟き続けたエリアスがふと気づくと、ボリス達親衛隊が、呆気に取られた様子で彼を見ている。

 

「どうした、お前達?」

 

「れ、レエブン侯……。今のお言葉を聞かせて頂きましたが……。そこまで、しなくてはいけないのでしょうか?」

 

 代表して発言したのはボリスだったが、その声は微かに震えていた。他の者も口には出さないが、不安そうにエリアスを見ている。対するエリアスは溜息をつき、太股の上に腕を乗せると手指を組んだ。

 

「そこまで……しなくてはいけないのだ。そもそもだな、ここで私が地権を強く主張して、ゴウン殿達と物別れに終わったらどうするんだ? さっき見た第七位階魔法が王都に降り注ぐんだぞ? 下手すれば明日……いや、今日にも王国が滅んでしまうわ。だから、これでいいんだ」  

 

 エリアスが力説すると、ボリス達は納得いったのか質問することを止める。それら親衛隊の様子を見たエリアスは、フンと鼻を鳴らして天井を見上げた。

 

(あれだけの魔法を使えるなら、正面から叩き潰す形で王国を支配できるはずだが……。それをしないのは……話のできる相手だと見て良いのだろうか。他にも目的があるかも知れん……が、王国が安泰なら目を瞑っておくべきか……。さしあたっては帝国との紛争、あれに助力して貰いたいものだ)

 

 ここ数年のバハルス帝国との紛争は、王国側に不利となっている。帝国側は多くの職業軍人(主に騎士など)を抱えているが、王国側は農民などを徴兵した軍編制だ。数で帝国に優越できるも、その質は比べるべくもない。それに、戦死者が出た場合、国家としての生産力に打撃を受ける割合は王国の方が大きいのである。エリアスの見たところ、毎年紛争を続けていくとしたら、あと数回の内に、王国はバハルス帝国の軍事行動に対応できなくなるはずだ。

 そうなる前に、バハルス帝国に手痛い打撃を与えることができれば……。

 

(やはりナザリックの助力は必要だ。……それもまた馬鹿共(大貴族)が騒ぐだろうが……なに、大丈夫だ)

 

 いざとなれば、ナザリック側に好きなように動いて貰えば良い。彼らの行動を力で止められる者など、王国には存在しないのだから。

 

(彼の王国戦士長殿でも不可能だろうな……)

 

 最後に付け足したエリアスは、少し前のモモンガとは違い、本当に軽くなった肩をすくめるのだった。

 




前回投稿から随分と間が開きまして申し訳ない。
クレーマー対応に追われたり、仕事が増えたり、自宅修繕周りで上手く事が進まなかったり、気疲れか自動車事故でマイカー全損したり……と。
色々あって書く余裕が無かったものでして。
とにかく最近は平日に書く余裕が無いので、土日でちょっとずつ書き進めてました。
ここ数週間は、土曜日に医者通いしてましたけど……。

さて、私事はココまでにして……。
レエブン侯は、あんな感じになりました。
方針転換した理由は本文のとおりですが、書き手的には「このあと法国が来るのに、インパクトは後に回した方が良いよね?」といった感じです。
玉座での正体お披露目を2連発するのもどうかと思いまして……。

レエブン侯が来たのはデミウルゴスの策謀によるものか?
過去にも触れてたと思いますが、厳密には今回のデミの説明の方でいく……ということで。

<誤字報告>
食べるの大好きさん、リリマルさん、yomi読みonlyさん、
冥﨑梓さん、埼玉紅さそりさん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます
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