オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第48話

 ナザリック地下大墳墓、第六階層。円形闘技場。

 

「俺が思うに、最後の斬り込みは狙いは良かったと思うぜ? 受けられても、そこを起点に別の攻撃ができたろうし、躱されても方向は絞れるってんで、追撃しやすい。そんなとこだろ?」

 

 茜色の空……が表示された闘技場の『空』の下、武人建御雷がレクチャーしている。相手はレエブン侯ことエリアスが連れて来た親衛隊のリーダー、ボリス・アクセルソンだ。エリアスとモモンガ達の会談が終了したので、元オリハルコン級冒険者だというボリスらに興味を持っていた建御雷が手合わせを申し出たのである。建御雷は人化した状態であったが、どういうわけかモモンガやヘロヘロの三〇レベル相当を超える、五〇レベル相当の身体能力を有しており、ボリスらをパーティーごと相手取っても苦も無く勝利を得ていた。

 

「読まれてましたか……」 

 

「ははっ、まあな」

 

 悔しいを通り越しているのか笑っているボリスに対して、建御雷は曖昧に頷く。

 

(なんかズルしてるみて~で、申し訳ないな……)

 

 レベル差による身体能力の違いからボリスの動きが遅すぎ、更には近接職として有している特殊技能(スキル)の中で、相手の攻撃を軌道のように察知できるものがあるのだ。もちろん、自身の現実(リアル)で培った技術や経験も役立ったが、そんな建御雷だからこそ思う。

 

(ゲームなんかじゃなくて、元より身一つで鍛え上げたボリスの方が凄ぇんだけどなぁ)

 

 しかし、今の武人建御雷の正体は半魔巨人(ネフィリム)だ。人化していたとしても、その本質は異形種。その現実に、そこはとなく寂しさを覚えた建御雷は、その思いを表に出すことなく、手合わせから指導へと変わったボリスとの会話に興じ続けるのだった。

 一方、エリアスから「ゴウン殿には、忍者のお仲間もいらっしゃるとか?」と聞かれたことで、弐式炎雷も闘技場に顔を出している。彼が相手をしているのは、親衛隊で盗賊職を修めているロックマイアーだ。

 

「うへぇ!? 今のナイフ、死角から投げたのに掴み取ったりするのか!?」

 

「風切り音もあるけど、投げたナイフに気配が残る……残留思念って言うのかな。そういうのも感知の決め手になるんだよね~」

 

 ロックマイアーが投じたナイフ二本を、弐式が右手だけでジャグリングのようにしている。こちらもプレイヤー故の高レベルと特殊技能(スキル)に物を言わせているが、建御雷と違って悩んだりはしていない。仮面と忍服の下は、誰に恥じることもなくハーフゴーレムの状態だ。後で建御雷から「お前は大人げない」と説教されることになる弐式は、罠発見や解除についてロックマイアーと語り合っている。

 親衛隊メンバーと語りあっているギルメンはもう一人居て、それはタブラなのだが、相手たる親衛隊メンバーは魔法詠唱者(マジックキャスター)のルンドクヴィストだ。ルンドクヴィストは先のデモンストレーションを見て最も感じ入った人物でもある。何しろ第三位階で精一杯の彼が、第七位階魔法を目の当たりにしたのだ。興奮の次元がボリスなどとは段違いであり、その場でモモンガ達に弟子入りを申し出たほどだった。

 そのようなルンドクヴィストに対し、一歩前に出て対応したのはタブラ・スマラグディナ。一見気むずかしい風貌のタブラだが、その物腰は柔らかくフレンドリーであり、四十五歳と、さほど歳の離れていないルンドクヴィストの質問に次々と答えていく。中には「それほどの位階に到達するには、何処で修行を積んだのか?」と言った答えにくい質問もあったが、そこはさすがのタブラで、相手が納得する方向へと話を受け流していた。

 

「そんなわけで弟子は取ってないんですけど、ここで会った機会と言っては何ですが、これを進呈しましょう」

 

 そう言って手渡したのは、一冊の書物。タイトルは『第四位階への案内状』だ。

 

「こ、これは!?」

 

 興奮気味に受け取り、許可を得て開いてみたルンドクヴィストだったが、その顔は途端に強張る。文字が読めず、内容が理解できないのだ。

 

「なるほど。……ほとんど日本語ですしねぇ……。しかし、大丈夫ですよ」

 

 そう言ってタブラは笑う。

 このアイテム、所持した状態でモンスターを一定数倒すと第四位階魔法が解放されるというものなのだ。よって内容が理解できずとも効果は発揮できる。

 

(元々は、高レベル帯の戦闘に交ざれない魔法職が、一人で経験値稼ぎするための補助アイテムなのだけどね~。第三位階までしか使えない魔法職限定で、取得経験値にボーナスがつくって言う……)

 

 マメにログインして経験値を稼いでいると、ほぼ使うことのないゴミアイテムなのだが、ルンドクヴィストには有益な品となるだろう。そのアイテム効果についてタブラが色々ボカしつつ説明すると、ルンドクヴィストは目を輝かせた。

 

「だ、第四位階!? この俺……いや、私が、第四位階に到達できるのですか!?」

 

 転移後世界では、熟練した魔法詠唱者(マジックキャスター)で第三位階、英雄と呼ばれる存在で第五位階が限界位階だと言われている。第四位階と言えば、その狭間……一部の天才と呼ばれる者達の領域なのだ。

 興奮するルンドクヴィストに対し、タブラは「まあまあ」と落ち着かせにかかる。

 

「ルンドクヴィスト殿には、検証をお願いしたいのですよ」

 

「検証……ですか?」

 

 ルンドクヴィストが今一つ理解が及ばないようなので、タブラは説明を続ける。

 タブラ自身は自力で今の位階に到達したが、結果としてこのアイテムを使用しなかった。ゆえに効果は確かにあると思うが、実証はできていない……という設定で、ルンドクヴィストに検証を依頼するのだ。

 

「信用のおけない人で試すわけにはいかないですしね。ま、そういった実験を兼ねているので、無料で進呈しますよ」

 

「こ、このような貴重なアイテム……いや、本を……」

 

 ルンドクヴィストは震える手で本を抱きしめる。

 

「それを持った状態でモンスターを倒す等して……その間の使用感覚や、首尾良く第四位階に到達できた場合など。ルンドクヴィスト殿からレポートを提出して貰えるのなら、別途謝礼はしますよ。金銭か魔法(マジック)アイテムになるかは、今のところ未定ですが……」

 

「是非とも、魔法アイテムでお願いします!」

 

 鼻息荒く申し出るルンドクヴィストに、タブラは苦笑を禁じ得なかったが、それでも愛想良く話し続けるのだった。

 円形闘技場で繰り広げられる仲間(ギルメン)達とレエブン侯親衛隊の交流。これをモモンガは、離れた位置でエリアスと共に見ている。

 

「何と言いますか……。私の親衛隊……部下共が……」

 

「いえいえ、皆楽しくやっているようで。お気遣いなく」

 

 額に汗するエリアスに対し、モモンガは人化した顔をホッコリさせていた。ユグドラシル時代、ギルメンのギルド外での知人友人をナザリックに呼んだことはあるが、ギルメンが楽しそうにしているとモモンガも楽しくなってくる。こういった客なら、まさに大歓迎なのだ。

 

「時に……ゴウン殿?」

 

「なんでしょう?」

 

 隣で立つエリアスが問いかけてきたので、モモンガは相手に顔を向けた。対するエリアスは先度とは違う汗を額に浮かべながら、下から伺うようにして口を開く。

 

「正直なところ、ゴウン殿の目指すところは……何処にあるのでしょうか?」

 

「目指すところとは……。随分と曖昧な質問だ……」

 

 ゆったりと微笑みながら、モモンガはその穏やかな瞳をギルメン達からエリアスに向けた。もっとも内心では大いに焦っている。

 

(なんでそういう突っ込んだ質問を、タブラさんが離れてるときにするかなーっ!?)

 

 しかも質問内容は、ナザリックの方針に関することだ。こんな事を自分一人で答えて良いものだろうか。モモンガは悩んだが、結局、当たり障りなく真実に近いところを話すことにした。全部を話すわけにはいかない。しかし、本音を交えて言えば、相手は納得するかもしれない。そう考えたのだ。

 

「レエブン侯。私は私の友人と、その子供達が大事だ。そして皆を守っていくためにはナザリック地下大墳墓が重要であると考えている。当面は皆を護り、ナザリックを維持するために尽力することになるだろうな。その後については……わからん、としておこうか」

 

 一息で話しきり、モモンガは闘技場の上部で展開されている『夕焼けの空』を見上げた。

 

こちら(転移後世界)に来て日が浅く、考えると言えばその程度のことだ。だがな、レエブン侯……何を置いても守りたいものというのは……貴殿にも有るのではないかね?」

 

(よーし! イイ感じで締めくくったぞぉ!)

 

 一党を率いる者としては身内が大事で拠点も大事というのは、当たり障りがなくて悪くない説明だろう。それほど内情も漏洩していない感じで、これならタブラも褒めてくれるのではないだろうか。

 満足感に浸るモモンガであるが、気がつくとエリアスが小刻みに震えていた。

 

「……レエブン侯? どうかし……」

 

「そのとおりですとも! ゴウン殿!」

 

「うを……」

 

 声を掛けようとした瞬間。モモンガは目を輝かせたエリアスに詰め寄られ、軽く仰け反った。勢いに負けて少し引いたわけだが、エリアスの方は構わず続ける。

 

「守りたいもの! ええ、私にもあります! 一人息子でして、私は愛情を込めて『リーたん』と呼んでいるのですが! これがもう、目に入れても痛くないほどの愛らしさ! まさに天使!」

 

 人外の領域に達する魔法を見たせいか、あるいは、その様な強大な力を持つ者に接して緊張していたのか、妙なスイッチが入ったエリアスが興奮しつつ喋り続けている。これにはモモンガも困惑を通り越して困り果てたが、考えてみれば営業先で社長さんの自慢話に付き合うようなものだ。そう思えば……と気を取り直し、エリアスの語りに付き合い続けることとする。

 結果としてエリアスの『リーたん自慢』は二十分の長きにわたり、話し終わる頃には親衛隊やギルメンらが自分達の用件を終えて、モモンガ達を見物していた。根気強くエリアスの話を聞くモモンガを、他の者達……主にギルメンらはホッコリした目で見ていたという……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「では、ゴウン殿! これにて失礼します! 必ずや良き報告をお持ちしますので!」

 

 満面の笑みを浮かべたエリアスは一礼し、馬車の中へと乗り込んでいく。その馬車の周囲を元冒険者の親衛隊が取り囲み、ナザリック外で待機していた私兵ら百名ほどが付き従いだした。

 見送るのは、モモンガとタブラ。そして彼らの後方で立つアルベドとデミウルゴスの四人。その姿が小さくなり、更にはナザリック地下大墳墓周辺にある『以前には存在しなかった丘陵地帯』にさしかかったところで、馬車内のエリアスは肩の力を抜いた。

 

「悪くはない感触だったな。……後は努力と運次第だが……」

 

「努力と運……ですか?」

 

 対面で座る親衛隊リーダー……ボリス・アクセルソンは首を傾げる。ボリスの膝上には武人建御雷から土産として持たされた長剣が一振り置かれていた。建御雷にしてみればユグドラシル時代のドロップ品で、特に思い入れがあるわけではない。だが、オリハルコン素体にアダマンタイトコーティング、使用者の筋力と魔法耐久力を五パーセント上昇させる効果……。それは、この世界にあっては相当に強力なものだ。ボリスに言わせれば「お伽噺クラスの神剣」であった。その剣の鞘を大事そうに撫でながらボリスが言うので、エリアスは苦笑しつつ言う。

 

「今日、あの地に出向いたのは地権交渉のためだった。何しろ王国の領地を勝手に占有しているのだからな。だが、ザナック王子は非常に気を遣っておられる。くれぐれも失礼の無いように……と。だから、私は考えた。名目上は地権交渉であるが、私に期待されているのは、あの地に居る者達を見極め、理解することだと……」

 

「……理解は出来ましたか? 私的には……色々と体感できたのですが……」

 

 少し稽古を付けて貰ったが、建御雷の強さはボリスの寿命が千年延びて、その延びた分を修行漬けにしたとしても届く領域ではないように思えた。その様な高き存在に稽古をつけて貰い、なおかつ超兵器とでも言うべき剣を譲られたのだ。出発前ならエリアスの言ったことは理解できなかったろうが、今のボリスなら何となくわかる。

 しかし、エリアスは笑みを浮かべながら首を横に振った。

 

「理解は及ばなかった……と言っておこうか。私では、あの者……いや、あの方達の力を測るには知恵も経験も力も不足している。……あの第三王女なら、あるいは……いや、ともかく理解は出来なかった……ということだ。ただ、絶対に敵に回すべきではない存在というのはわかる。そして、今のところ、友好的で居てくれるということもな」

 

 これがもし、自分以外の貴族などが地権交渉に赴いていたなら、どうなっていたか……。例えば、魔法詠唱者(マジックキャスター)を軽んじるタイプで、貴族第一主義のような者がナザリックに行ったとしたら……。

 

 ブルルッ……。

 

 寒気を感じたエリアスは『今回は発生しなかった事態』を頭から振り払う。

 

「そこで努力と運の話に戻るが……。そういった強大な力を持つ者達が、いつまで王国に対して敵対しないで居てくれるだろうか。このまま、ずっと……友好的で居てくれると思うか?」

 

「それは……。何とも……」

 

 ありえない。そう断言することができず、ボリスは顔を歪めた。個人的に武人建御雷という男には、大きな尊敬の念を持っている。が、今のエリアスの言葉を否定し切ることができないのだ。

 即答できず口籠もるボリスを見て、エリアスは大きく頷いた。

 

「私もボリスと同じだ。私が見たゴウン殿の人となりは、親しみやすく何処か一般人……いや、こう言ったら失礼だが、平民のような雰囲気を感じたな。だが、それもまた彼の人となりだろう。無理している雰囲気も窺えたが……好感を持てる範囲ではあった」

 

 しかし……だ。個人的な好感とは別に、強大な勢力には一定の注意を払うべきだろう。機嫌を損ねでもしたら、最良の友人が最悪の敵になりかねない。

 

「そうならないようにする努力は必要だ。が、私達の手から『水』が漏れることもあるだろう。阿呆な貴族が独自にゴウン殿達……ナザリックにちょっかいを出したりなどな。今のうちに対策を講じておかなければならない。完璧を期すべきだ。だが、それでも……」

 

 エリアスの口から大きな溜息が出た。

 

「それでも運の要素が強い。いやはや、私達の手に余る不測の事態など、起こって欲しくはないが……やはり運を期待してしまうな。マメにナザリックに顔を出して、彼らの協力を仰ぎつつ、王国上層部の愚かな部分を締めあげなければ……」

 

「レエブン侯……」

 

 主の口から出る『覚悟』の大きさに、ボリスは言葉も出ない。しかし、その小さな呟きを耳にしたエリアスは、ボリスに目を戻した。

 

「そんな顔をするな。さっきも言ったろう? 今日会って話し、個人的に思った限りでは、ゴウン殿らは良き隣人だ。彼らの力に期待しつつ、彼らを裏切らないよう努力しようじゃないか。そして自分達に運があるよう、神に祈るとしよう」

 

 そう言って笑いかけるエリアスの顔からは、ここ暫くの間、貼り付いていた心労などが綺麗さっぱり消えて無くなっている。

 そして、そんな彼らの会話を、隠形した上で馬車屋根に張り付いていたハンゾウがすべて聞き取っており、ナザリックへ報告するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「と、そんなわけで、レエブン侯は協力的になってくれたようです」

 

 ギルメン会議と言うことで、アルベドらNPCを排した円卓の間。

 そこでハンゾウからの伝言(メッセージ)を受けたモモンガは、エリアスらの会話内容を皆に伝えていた。各席に座したギルメン達は、総じて「おおっ!」と喜びの声をあげている。

 ちなみに、今はモモンガを始めとして全員が異形種の姿だ。これはストレス発散のためで、モモンガ達は人化をしている時間が長いと異形種としての本性が抑圧される……それを発散するべく、弐式が言うところの『ゲージ減らし』を行っているのだ。

 

「接待成功ですね! さすがはモモンガさんだ!」

 

「はっはっはっ。ペロロンチーノさん、皆さんが頑張ったおかげですよ」

 

 親衛隊の稽古等に付き合ったのは建御雷と弐式、そしてタブラだが、他のメンバーが控えていてくれたことは、モモンガにとって大いに頼もしかった。この一大試練を切り抜けられたのは、決して自分の力だけではなく、ギルメン達の存在が大きかったことにある。何はともあれ、事は大きな成果を得て終了した。めでたしめでたし。

 

死の支配者(オーバーロード)、最大の試練……完!) 

 

 すべて終えた気になったモモンガは、大いなる達成感を抱きながら目を閉じ……。

 

「次は、法国の訪問団ですね!」

 

「ぐふうっ!?」

 

 ペロロンチーノの心ないセリフによって大きくむせた。

 そう、王国の訪問者たるレエブン侯らは帰ったが、暫くすると法国の訪問団がやってくる。当然ながら、モモンガはギルド長として前に出なければならない。

 

「うううう……ふう……」

 

 精神の安定化が生じて、取りあえず平静には戻った。だが、悩みは尽きない。次に来る法国訪問団は、その危険度においてエリアスらとは比べ物にならないからだ。

 潜入させたハンゾウや、ナザリックに居るクレマンティーヌの情報などを合わせると、ガゼフよりも強いというクレマンティーヌ……よりも随分と強い『番外席次』という存在や、他にも六大神の血を引くという神人が居るとのこと。更には強力な武具の存在も確認されている。

 

「まあ、モモンガさんの心労も解るけどな……。あれだっけ? 世界級(ワールド)アイテムっぽいのがあるんだよな? それも傾城傾国らしいのが~」

 

 机上で両肘を突き、組んだ手指に顎を乗せる。そういった姿勢で脱力しているのは弐式だ。彼の呟きを聞いて、ギルメン間から「ああ~……」という声が漏れ出た。

 世界級(ワールド)アイテム『傾城傾国』は、チャイナドレス風の着用アイテムであり、その効果は精神支配というもの。本来なら精神支配を受けないはずのアンデッドにも効果が及び、モモンガなどが攻撃された場合は問答無用で支配されることだろう。

 

「確かに厄介です」

 

 弐式の後を継ぐ形で口を開いたのはタブラだ。

 

「すぐに思いつく対策としては、こちらも世界級(ワールド)アイテムを持つことですかね。影響力を相殺できますから。ただ、今なら全員に行き渡るだけのアイテム数がありますが、今後、ギルメンが増えるとそうはいきませんね」

 

 いずれは誰か一人に世界級(ワールド)アイテムを持たせ、相手が世界級(ワールド)アイテムを使いそうになったら、単身前に出て攻撃効果を引き受ける……という手段をとる時が来るだろう。

 

「と言っても、事前の情報収集さえ怠らなければ対処は可能でしょうけど」

 

「それだよ、タブラさん! 情報収集は大事! 忍者の仕事だ!」

 

 弐式が手指から顎を離し、身を浮かす。その隣では建御雷が二度三度と頷いていた。

 

「この際、そういう情報部隊は必要だな。影の悪魔(シャドウ・デーモン)も居るし、ハンゾウだって居る。同系列のカシンコジやフウマを用意してもいいな」

 

「おお! わかってくれるか! 建やん!」

 

 侍と忍者で大盛り上がりをしている。二人が「何だろう、特撮であったよな! 霞谷七人衆(かすみだにしちにんしゅう)とか!」や「それは仮面の忍者に出てたな! よく覚えてるじゃないか、弐式!」等と騒いでいるのを見ていると、モモンガは一人追い込まれていたのが馬鹿らしくなってきた。

 

(……法国の人達が来たら、さっきのレエブン侯を相手してたみたいすればいいか……。油断はしないけど! それにしても忍者の情報部隊ねぇ……。諜報部隊って言うのかな? 王国とか法国の社会の裏とか、もっと調べたりできるかも? ……社会の裏と言えば、あのゼロって人はどうしてるかなぁ……)

 

 闘鬼ゼロのことは、ヘロヘロから聞いている。リ・エスティーゼ王国王都に巣くう犯罪組織、八本指の幹部の一人ということだ。俺に任せとけと胸を叩いたらしい彼は、今頃、上手くやっているだろうか。

 

(ヘロヘロさんは影の悪魔(シャドウ・デーモン)を張り付けたとか言ってたっけ……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

 話の流れから、モモンガはゼロという男のことを気にしていたが、当のゼロは激怒していた。

 

「何を考えてるんだ、コッコドールの奴は! この俺が弱腰だと!? 戦って勝てない相手に弱腰で何が悪い!」

 

 ダン!

 

 と拳を叩きつけたのは、麻薬部門の長、ヒルマ・シュグネウスの屋敷の客間……その中央に置かれたテーブルだ。高級品ゆえ、腕自慢の一撃に耐えるようには作られていないが、そこはゼロが力加減をしたので壊れずに済んでいる。対面側で座る妙齢の美女、ヒルマはピクリと片眉を上げると、キセルから口を離して煙を吐いた。

 

「壊さないでおくれよ? それ、高いテーブルなんだからさ」

 

「わかってる!」

 

 ソファに硬い尻を沈め直したゼロは、鼻息荒く答えてから腕を組む。 

 ヘイグ(ヘロヘロ)と別れた後、ゼロは配下の腕利き……六腕を全員連れて、奴隷部門の長、コッコドールの元へと顔を出した。その用件はヘイグ(ヘロヘロ)の部下であるセバスが連れ去った(保護した)、廃棄予定の女の件。これに目を瞑るようにとの交渉だ。ゼロとしては事情の説明をし、自分の顔に免じて勘弁して欲しいことを告げ、その上で適正な金銭も差し出したのである。これ以上ないほどの誠意を見せ、コッコドールのメンツにも配慮したわけだが、それでもコッコドール的に思うところはあったらしい。

 

「……まあイイけど。あんたも弱腰になったものよねぇ。そのお爺さん達に、弱味でも握られてるの?」

 

 そう言われて、普段使わない愛想笑いのための表情筋がつりそうになったが、何とか堪えることにゼロは成功した。ただ、そのまま自分の隠れ家へ戻るには腸が煮えすぎたので、気晴らしも兼ねてヒルマの屋敷を訪問したのだ。

 

「で? その連中……本当に、あんたが言うほど強いわけ? そこに居る、六腕の人達で何とかなるんじゃないの?」

 

 現在、ゼロの右隣にマルムヴィスト、左隣にエドストレームが座り、後方に用意させた椅子にはペシュリアン、デイバーノック、サキュロントが腰を下ろしていた。不死王の二つ名を持つデイバーノックは、その名のとおりアンデッド……エルダーリッチであり、椅子は不要と断りかけたのだが「一人だけ立ってないで座れ」とゼロに言われたため、後列の中央で腰を下ろしている。

 一人一人がアダマンタイト級冒険者に匹敵すると言われた猛者。大抵の強者が相手ならば、ゼロも含めた六人がかりで倒せるはずなのだ。

 

「無理だ。メイドに勝てそうになかったし、ヘイグ(ヘロヘロ)にも俺の力は通用しなかった。一緒に居た老人も……落ち着いた目で見れば、メイド以上の強者だったように思う。……あの場に居た人数で、徒党ないし組織の総員でないとしたら……」

 

 そう言ってからゼロが重い息を吐くと、他の六腕達は顔を見合わせた。ゼロの言うことを疑うわけではないが、それほどの強者、いや組織が存在するのだろうか。

 

「……ちっ」

 

 背後の戸惑いが気配となって伝わる。ゼロは舌打ちをしたが、その彼にヒルマが再び煙を吐きつつ話しかけた。

 

「そう言えばさ、ゼロ。最近、議長と他何人かの長の様子がおかしいんだよ。あんた、何か知ってる?」

 

「議長と、他の? いや……小耳に挟んだぐらいで、詳しくは知らんが?」

 

 ゼロは首を傾げる。ヒルマが言うには、議長と他の……具体的には、密輸部門、窃盗部門、金融部門、賭博部門の長らが、こそこそと何かしている様子らしい。

 

「何かやってると聞いてはいたが、議長と各部門の半分か……」

 

「そうなんだよ。なんかこう、仲間外れにされてるみたいでさ……。気味が悪いったら……」

 

 ヒルマは表情を変えていない。だが、伝わる気配でゼロは見抜いていた。高級娼婦から成り上がった一筋縄ではいかない女。その彼女(ヒルマ)が怯えているのだ。

 

「気味が悪いと言うよりも、きな臭いな……。どうもこれは……身の振り方を考えた方が良いかもしれん」

 

「どういうことだい?」

 

 縋るように聞いてくるヒルマに対し、ゼロは「これは俺の勘だが……」と前置きした上で自分の考えを述べた。 

 

「議長が部門の半分の長らと何かしているんだろう? そして俺達には話が回ってこない。ひょっとして、俺達に知られるとマズいことを企んでるんじゃないか? 最近は、どうも景気が良くないしな。このまま組織(八本指)の金回りが悪くなるとすれば……例えば……」

 

 例えば、不要な部門を切り捨てるかどうかと言った企みだ。しかし、それはおかしいとヒルマが反論する。

 

「コッコドールの奴隷売買部門は落ち目だから、切り捨てがあるかもしれないけど。それにしたって規模縮小したり、他の仕事をさせたりできるじゃないか。それなりに人数の居る各部門を消すなんて、手間と金がかかりすぎだよ。第一、あたしの麻薬取引部門は儲かってる。ゼロの警備部門は、用心棒や貴族の護衛で引く手あまただろ? それを……複数部門まとめて切り捨てだなんて……」

 

 合理的でない。

 割に合わない。

 組織が成り立たない。

 それまでやっていた裏仕事はどうするのか。

 幾つも思い浮かぶが、ゼロが言った『切り捨て』を否定しきるほどの強い根拠にはならない。現に組織全体の景気は悪いのだ。

 

(方針転換して、国から目を付けられやすい部門業から手を引くとか? え? なに? それを言い出したら、奴隷部門や麻薬取引部門なんて、いの一番に切り捨て対象だし……)

 

 ヒルマは寒気が一層増したような気分となり、美しい顔を青ざめさせた。

 今の考えだと、ゼロの警備部門には切り捨てを逃れられる目があるのだが、混乱しているヒルマは気がつかないでいる。

 

「ぜ、ゼロ……」

 

「そう怯えるな。切り捨て云々については、俺の単なる思いつきだ。そうと決まったわけじゃない。だがまあ、楽観はできんな。俺達抜きで議長らが何か企んでるのは間違いないのだろう? ならば、俺達は俺達で行動に出るまでだ」

 

 問題は、具体的にどうするか……である。

 本部に乗り込んで議長を問い質すか。警備部門の戦闘力であれば可能だが、それをやって「実は何事もなかった」となれば大問題だ。そこで幻魔サキュロントを本部に差し向け、議長らについて調べさせる。尻尾でも掴めればしめたもの。真実、ゼロ達を切り捨てにかかっているのなら組織離脱を計ればいいし、何事もなければ、それに越したことはない。

 

「サキュロントから報告が来るまでの間、俺達はヘイグ(ヘロヘロ)に会いに行く。奴との約束を果たせるし、そのまま相談を持ちかけて味方につけてもいい」

 

 どれほどの手勢がヘイグ(ヘロヘロ)の元に居るかは未確認だが、ヘイグ(ヘロヘロ)達だけでも味方になってくれれば、八本指を丸ごと敵に回したとしても生き残る目はある。

 

(味方が駄目でも、よその国に逃げる手助けぐらいは期待できるか? 金か宝石でも手土産にして頼み込むのも手だな……)

 

 聞けばヘイグ(ヘロヘロ)は王都で拠点を構えて間が無いらしい、なんでも武器防具を扱う店を開き、冒険者稼業の傍らで経営するのだとか。その資金提供をするとなれば、少しは相談に乗ってくれるのではないだろうか。 

 

「では、早速だが、俺はヘイグ(ヘロヘロ)に会ってくる。ヒルマは普通にしていろ」

 

「あ、ああ……わかったよ……」

 

 落ち着かない様子のヒルマに一言残し、ゼロは六腕を率いて屋敷を出た。そして外に出るや、サキュロントに対し、本部へ行くよう命令する。

 

「議長らが何をしているか。なぜ幾つかの部門の長には話を通さないのか。そのあたりを調べてくれ……」

 

「了解したぜ、ボス。けど、本当に俺達の切り捨てなんてあり得るのか?」

 

 目深に被ったフードの下から不安そうな声が漏れ出た。六腕の中では戦闘力において下位の男だが、もう少し肝が据わっていても良いのでは……とゼロは思う。

 

「ヒルマにも言ったが、俺の思いつきの発言に過ぎん。だが、議長の企みから省かれてるというのも良くない気分だろう? そこを確認するんだ」

 

 ここまで言うと、少し安心したのかサキュロントは素早く路地裏へと消えて行った。その背を見送ったゼロは面白くなさげに鼻を鳴らしたが、すぐに口元を笑みの形に歪めている。

 

(どうも……オカマ野郎(コッコドール)の愚痴を言いに寄っただけなんだが、妙なことになった。八本指に居続けるか、オサラバするか……。さて……)

 

 犯罪組織の一親分で居るのは気分が良かったが、それももう長くないのかもしれない。しかし、自分には鍛え上げた腕っ節と、裏社会を渡ってきた経験がある。場合によっては、ヒルマも連れて組織抜けすれば、よそで一旗揚げることも可能だろう。

 

(それにヘイグ(ヘロヘロ)だ。俺が求めた強者……。奴と共に居れば、俺は更なる高みを目指せる気がする)

 

 アダマンタイト級冒険者の実力を有する……と噂される六腕だが、では実際に戦ってみろと言われれば些か自信がない。ゼロ個人にしても、王国のアダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇。例えば、あのチームの戦士ガガーランと戦って勝てるだろうか。

 

(客観的に考えれば、分が悪いな……)

 

 だが、今は勝てずとも精進し続ければ勝てるかもしれないではないか。

 

「フフッ、くくくっ……」

 

 出会ったばかりの強者ヘイグ(ヘロヘロ)の存在に活路を見いだしたゼロは、ヘイグ(ヘロヘロ)の拠点へと向けて歩き続けるのだった。 

 




レエブン侯とゼロ達と法国訪問団。
全者共にハッピーエンドになるかは未定です。

なんかもう、ほとんどの原作キャラがハッピーで良いんじゃないかと思うんですけど、どうでしょう?
もちろん悲惨枠というのはありますけど。

<誤字報告>
食べるの大好きさん、対艦ヘリ骸龍さん、佐藤東沙さん
冥﨑梓さん、kubiwatukiさん、戦人さん

毎度ありがとうございます

毎度と言えば、書き上がりで最後に誤字報告について打ち込んでるんですけど
この頃になると疲れ目になってるのか涙がボロボロ出てくるという
また誤字あるんだろうな~……
ちなみに今回は当初の執筆時に2回、「」とかの間を1行あける時点で2回、次話投稿画面で1回読み返しています
もう目が限界……

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