カルネ村。
ナザリック勢力にとっては、転移後世界でのファーストコンタクト集落である。バハルス帝国騎士団を装ったスレイン法国兵の襲撃。これによって多数の死者を出したカルネ村は、リ・エスティーゼ王国の支配下にありながら、実質、アインズ・ウール・ゴウン寄りとなっていた。これは、ナザリック駐在所(村内の空き家を譲り受けて使用中)経由で、村民全員がアインズ・ウール・ゴウンに忠誠を誓う旨の報告がされていることから明らかだ。
報告された側のモモンガとしては「忠誠とか言われても困るんですけど?」とオロオロしたが、弐式が「現地の流儀があるんだから、無下に断るのはどうなのかな?」と言い、そもそもリ・エスティーゼ王国に対しては裏からの支配事業が進んでいる。
(考えてみれば、今更の遠慮は意味が無いものな~)
と思い至ったことで、カルネ村村民の忠誠を受け取ることにしていた。ただし、表だって王国と事を構えるのは先送りにしたい。そこで、村長を始めとした村民には、当分は今までどおり王国国民として暮らすようにと通達を出している。
それらの顛末を思い起こすモモンガは現在、弐式と甲冑フル装備のアルベド、そしてルプスレギナを引き連れて、カルネ村を徒歩移動中だ。
スレイン法国から訪問団が夜間に到着する見込みのため、先立って転移してきたのである。行き先はカルネ村の近く……森に設置したグリーンシークレットハウスということになるが、直接に転移しなかったのは夜とは言えカルネ村の様子を見たかったからだ。
(「将来的には、『表向き』でカルネ村の統治権とか……王国から貰いたいですよね?」)
(「ああ、それはいい感じですね。モモ……アインズさん。デミウルゴスが上手くやってるなら、それを『命令』でやれそうですけど。とにかくナザリックから一番近い人間の集落だし。俺はアインズさんの案に賛成です」)
モモンガと共に歩く弐式炎雷が、囁きに応じる。周囲には誰も居ないが、呼び方を変えるあたり気を遣っているのだろう。現在、モモンガの通り名はギルド長としての『アインズ・ウール・ゴウン』と、冒険者としての『モモン』の二つだ。ただ、アインズ・ウール・ゴウンとモモンが同一人物とであると知る者は、転移後世界人に幾人か居る。このため、モモンガはメインをアインズ・ウール・ゴウン、息抜き名目や資金調達名目の行動名をモモンとして使い分けることにしていた。
(モモンとして動いてるときは、もっと気楽に話しかけてくれていいんですよ~……って感じなんだけど、駄目かな?)
いっそ、アインズ・ウール・ゴウンで統一してナザリックの代表業と冒険者業をやってもいい気がしてきたが、モモンガとしては気楽に動ける『モモン』を割りと気に入っているのだ。
この思いを武人建御雷に話したところ、「いいんじゃないですか? 息抜きは大事だし、ちょっと正体の知られた遠山の金さんみたいなもんでしょ? 気にするこたねー……ですよ。なんかあったときはフォローすっから、思い切り楽しんでください」と珍妙な言い回しで言ってくれている。
(たまにユグドラシル時代みたいな感じになるんだよな~、建御雷さん)
それはそれで懐かしくも親しみがあるが、モモンガとしてはもっと弐式を相手にするようにフランクな物言いをしてほしいのである。しかし、そこを正面切って要請するのもどうかと思うので、今のところは建御雷任せとしていた。
「え? あれ? ゴウン様? それにニシキ様も……」
女性の声がする。モモンガが視線を向けると、いつの間にか弐式がモモンガの前に移動しており、二人の前方には一人の村娘が居た。
エンリ・エモットである。
彼女は寝間着(店売りの品ではなく、就寝用に使っている衣服)の上に上着を一枚羽織った姿だ。
「エンリか。若い娘さんが夜に一人歩きかね?」
「はい、いいえ、ゴウン様。ちょっとオシ……」
キョトンとした表情が見る間に赤くなる。人化しているとは言え、レベル相応に視力が強化されているモモンガとしては、顔色の変化は普通に視認できていた。
「エンリ? どうかし……」
「すみません! 何と言うか急な用がありまして! し、失礼します!」
突如、深々と一礼するや、エンリは早口で言い残して闇の中へと駆け去って行く。
「……はて?」
モモンガは首を傾げたが、少し後方……ルプスレギナと並んで歩いていたアルベドが彼に歩み寄り、そっと耳打ちした。普段の姿なら美女の耳打ちは嬉しいものだが、ガッチガチの鎧姿なので非常に物々しい気分になる。
(交際中の『彼女』なんだから、嬉しいっちゃあ嬉しいんだけど……)
そんなことを考えていたモモンガは、聞かされた内容に目を剥くこととなった。
(「アインズ様。あの方向にあるのは、村の共同トイレです」)
「え? あ、ああ~……」
驚きつつ納得いったモモンガは、特にコメントするでもなく声を出す。
(急な用って、用を足すことか……なんて、ぶくぶく茶釜さんに聞かれたら折檻されるな)
モモンガの脳内で、茶釜の「モモンガさん。……デリカシー……」というドスの利いた声が聞こえたような気がした。
ぶるるっ!
モモンガは身震いする。弐式からは「どうしました? アインズさんも尿意ですか?」との声が飛び、それに対して「違いますよっ!」と答えていると、話し相手たる弐式が何か感じ取ったのか、村の出口の方を見た。
「弐式さん? 来ましたか?」
「そのようで。村外周部の
弐式はドヤ顔で言うが、モモンガは「カルネ村の外周警戒に配置された影の悪魔達が、また情けなさで泣きそうな顔になるな」と思いつつ頷いた。このまま歩けば村に入ってきた訪問団と出会すことになるが、弐式の報告では立派な法衣を身に纏った男が一人、粗末な槍を持った長髪の男が一人、巨大な盾を持った男が一人に、髪が白黒ツートンの女が一人。後はニグンが陽光聖典隊員二名を連れて同行しているらしい。そして、最も注目すべきが、一行の中程で歩く老婆……金糸で龍を縫い込んだチャイナドレスの老婆の存在だ。
(「六色聖典取り纏め役のレイモンに、漆黒聖典隊長。漆黒聖典の隊員は……盾の奴が巨盾万壁で、白黒ツートンの女は番外席次って奴かな? 最強戦力投入とか殺意増し増しだな~……やる気なのかな? 最優先で警戒すべきは婆さんだと思うけど……」)
弐式の呟きを聞くにつれ、モモンガの眉間には皺が寄っていく。口はへの字を超越した富士山型になっていた。
(「ですよねぇ。一番強いのを連れて来たのも問題ですけど、傾城傾国を装備状態で出向いて来たとかマジですか? ユグドラシル時代なら、問答無用で攻撃するところですよ。……ちなみにニグンは、どんな感じなんです?」)
唯一顔見知りのニグンについて聞いてみたところ、どうやらニグンは、部下と共に肩を落として歩いているようだ。その表情は暗く、何やらブツブツ呟いているとのこと。
「……弐式さん、その呟きって分身体で聞き取れます?」
気になったモモンガは囁き声ではなく、ハッキリと発声した。何となく嫌な予感。あるいは以前、現実で感じたような胸の痛みを感じたからだ。
(……上司に無理な理由を話しても聞いて貰えず、失敗の見えた営業に行かされた記憶が……うごご……)
「オッケー。それぐらいなら簡単だし! え~……なになに……」
分身体と念話可能な弐式は、伝言のようにこめかみに指を当てたが……すぐに肩を落とした。
「に、弐式さん? どうかしましたか?」
「モモン……~ンズさん。『ケイ・セケ・コゥクを持ち出すだなんて……。なぜ解ってくれないのだ。相手は第七位階魔法をバンバン撃てるんだぞ? 下手をすれば第八位階も……。風の神官長様は解ってくれたのに……ああ、ゴウン殿に何と言って詫びれば……』だそうで……」
弐式が口真似しつつニグンの呟き内容を告げると、そのあまりの内容に、モモンガは「ぬ~わ~~」と小さく声をあげる。そして歩みを止めて頭を抱えた。
「レエブン侯とは始まりから終わりまで上手くいったのに……。こっちは頭からヤル気ですか? しかも世界級アイテムまで用意して……」
もういっそのこと、顔を合わす前に十位階魔法あたりで吹き飛ばしてしまえばいいのではないか。そう思うモモンガであったが、ニグンとその隊員らが乗り気でないらしく、一緒に粉砕するのは気の毒が過ぎる。
……。
数秒の間を置いて、モモンガと弐式は顔を見合わせた。
「弐式さん。取り敢えず、話ぐらいはしてみますか?」
「ですね~。攻撃して来そうになったら、俺の分身体を数体突っ込ませて……」
それらを
「アインズさん。レイモンは殺さずに確保しましょう。ニグンに関しては、取り敢えず放置でいいですかね? レイモンとは別で、詳しい事情とか聞いてみたいし」
「弐式さんの段取りでいいと思いますよ。まあ、最初から話し合いで済めばいいんですけどね~。傾城傾国を用意してるのも、自分達より強い相手と会うための用心だと思えば解らないでもないし」
ちなみに、モモンガはモモンガ玉、弐式は幾億の刃、アルベドはギンヌンガガプ、最後にルプスレギナが山河社稷図を装備している。このことにより、モモンガ達は世界級アイテムによる攻撃を受けても、無効化できるのだ。
本来であればレベル的に劣るルプスレギナは連れて来たくなかったのだが、本人が「モモンガ様の楯になれるなら本望です!」と言い張って聞かなかったのである。もちろん、『至高の御方』としての権威を以て命令により拒絶することは可能だ。しかし、茶釜の発言によりルプスレギナの随行が確定する。
「モモンガさん。女の子の決意を無下にしちゃいけないわ。今は世界級アイテムの数に余裕があるんだから、何か一つ持たせて連れてってあげなさい。あと、ちゃんと守ってあげるのよ?」
とのことで、モモンガとしては「はい」以外の返事はあり得なかった。もっとも、モモンガに対して無理を言い、あげく至高の御方の茶釜をして「ルプスレギナを守るように」とまで言わせたことで、ルプスレギナは他の僕達から怒りないし、嫉妬の視線を受けていたのだが……。
「まあ、そういった次第だ」
弐式との相談を終えたモモンガは、クリッと愛嬌を感じる仕草でアルベドとルプスレギナを振り返る。
「取り敢えず様子見で対話をすることにした。場所は予定どおり、グリーンシークレットハウスだ。が、話の展開によってはグリーンシークレットハウスへ行く前に戦闘になるかもしれん。注意しておいてくれ」
「「承知しました! アインズ様!」」
アルベドとルプスレギナの声が綺麗に揃う。
このように、突発的な戦闘開始に対する行動案がまとまり、モモンガらは移動を再開した。なお、法国の訪問団との対話に関しては幾つかのシミュレートが事前に成されている。主にタブラとデミウルゴス、そしてアルベドによる『質問等の想定』と、それらに対する回答案の構築だ。
例えば、法国側が最優先で要求してきそうなことに、『ぷれいやー様には、神として法国に来てほしい』がある。勿論、返答は『お断り』だ。今居るギルメンの誰もが、神様扱いなどはNPCから言われてるだけで腹一杯なのに、この上、国単位で神様扱いされるなど真っ平御免なのだ。他にも幾つかの質問等が想定されたが、後は直接話してみなければわからない。
ちなみに、法国の訪問団が来る前からカルネ村周辺には高レベルモンスターが多数配置されており、モモンガらに対する言動及び態度によっては生きて帰るなどあり得ない状況にあった。これら万全の体制で待ち構えることができたのは、デミウルゴスやモモンガが差し向けた影の悪魔やハンゾウらの功績が大きい。
(弐式さんと建御雷さんが言ってたけど、情報収集の組織は確かに必要だな~)
これまで、モモンガとしてはギルメンで複数班をつくり、冒険者として情報収集するぐらいしかしてこなかった。だが、やはり本格的な情報部門は必要だろう。
(弐式さんを部門の長……頭目とか頭領とかって呼んだ方が喜びそうだけど……とにかく責任者にして、誰か賢い系のNPCを補佐に付けるか。追加のハンゾウとかは……召喚費用はギルド持ちだよな……)
ギルドの資金としては、何事もなければ向こう千年ぐらいはナザリック地下大墳墓を維持できる程の貯蓄があった。これはデミウルゴスやアルベドによって確認済みで、当面は多少の出費ではビクともしないことになる。しかし、資金は使えば減るので増やすことを考えなければならない。
(そのための王国支配で、税の徴収……あるいは、帳簿を細工して横流しとか……。その辺はデミウルゴスに……)
「……」
思考を中断したモモンガは、声にならない呻き声を口の中で噛み殺した。
何でもかんでもデミウルゴス。果たしてそれで良いのか。
そう思ってしまったのである。弐式の副官につけるとして、他に誰か適任は……となると、最初に思い当たるのはアルベドなのだが、アルベドはアルベドで、ナザリック地下大墳墓の内政を任せている。一大組織を、その施設ごと管理しつつ回しているのだ。そんな彼女に、新たな肩書きを載せるのは気の毒だとモモンガは思う。
(やはり……奴か……)
パンドラズ・アクター。モモンガが作成した一〇〇レベルのドッペルゲンガーは、これまでの長きにわたってモモンガの『黒歴史』又は『若さの恥部の証』のような存在であった。異世界転移をし、NPCが意思を持って動き出してからは、その気持ちもより一層強まっていたが……。
(一緒に風呂入ったりして話してみると、これが凄いんだよな。丁寧な物腰、相手が人間であっても変わらない態度。本音のところは不明だけど、総じて人格者っぽいし)
モモンガは人格者と評したが、どちらかと言えば『場の空気を読んでの対応力が極めて高い』と言うべきだろう。至高の御方……モモンガを始めとしたギルメンらの意図するところを汲んで、その上で意見したり相談に乗ったりする。これはアルベドやデミウルゴスには現時点では不可能なことだ。
(今のアルベドは……ちょっとやれそうな気もするけど。やっぱりパンドラかな~)
その上で賢さがトップクラスときては、パンドラを活用しない手はなかった。
とはいえ、悩ましい点もある。
パンドラが黒歴史すぎるので人目にさらしたくな……もとい、優秀すぎるので、何をやらせたものか迷ってしまうのだ。
(内政面の代打起用……は、アルベドには前にも言ったけど、これはいいな。けど、いきなりやるとアルベドのメンツに関わるし……。取り敢えず弐式さんの補佐にして、忍者部隊? とかが上手く回り出したら、別の僕と交代させて宝物殿の領域守護者に戻す……。後は必要に応じて、他のNPCのヘルプに回す……特にアルベドの。そんな感じでいいよな?)
忍者系の召喚モンスターには色々と種類があるので、パンドラの後任は弐式に選抜して貰うとして……などと考えていると、いつの間にやら村の入口近くに到達していた。入口から村の外……少し離れた場所で、法国の訪問団らしき者達の姿が見えている。今は夜なので、街灯もない転移後世界では月明かりだけが頼り……法国の訪問団はランタン等を使用しているが……モモンガ達は夜目が利くので何の問題もない。
(そう言えば、エンリは照明器具の類いを持ってなかったな……。……慣れた家から共同トイレまでの道のりだし、月明かりだけで十分か……)
「んっ、ゴホン。法国の訪問団の方々とお見受けするが……」
言いつつモモンガが後列のニグンに目を向けたところ、ニグンは泣きそうな顔で目を逸らした。モモンガに対し、何か言うようなことはないらしい。
以前、ニグン率いる陽光聖典と交戦した際、すでに捕虜となっていたロンデスが身の危険を顧みずにニグンらへ助言したことがある。そのときと状況が似ているので、ニグンとロンデスの違いが気になるところだ。
(あのときのロンデスと、今のニグンでは立場が違うしな~。でも、勤め人って本当に難儀だ~……)
駄目な上司ってマジたまらんもの~……と思いつつ、モモンガは相手方の返事を待つ。
訪問団側は、レイモンが「如何にも! 我らは、スレイン法国より派遣されし者!」と答えた後、漆黒聖典隊長らしき男と言葉を交わし、後方からニグンを呼びつけているようだ。
(「アインズさん。ニグンが『あれが、アインズ・ウール・ゴウンという男か?』って聞かれてる~」)
弐式から耳打ちされて、そういう確認は必要だろうと理解したモモンガは、レイモンが次の行動に出るまで待つことにする。そして1分近く待った後に、訪問団がモモンガへ向けて移動を再開、ある程度の距離が詰まったところで、レイモンが隊長を伴って進み出てきた。
「お待たせしたな。改めて自己紹介させていただく。私はレイモン・ザーグ・ローランサン。スレイン法国の特務部隊……六色聖典の取り纏め役を任されている。こっちは漆黒聖典の隊長だ。……すでに御承知のことかもしれんがな」
六色聖典は、スレイン法国では神官長直轄の特殊工作部隊群だ。そこをボカしたいのか紹介を省きたいのか、レイモンは特務部隊と説明する。
「ふむ……なるほど。すでに承知とは、何のことか解りかねるが……」
一方、モモンガは、レイモンが「どうせ、何かしら調べてんだろ?」的なことを言ったので惚けてから自己紹介をした。
「私はアインズ・ウール・ゴウン。ナザリック地下大墳墓のギルド長……そちらで言うところの、取り纏め役を任されている。隣に居るのは、同じ支配者の弐式。後ろに居る二人は護衛だ。名前については必要に応じて紹介するとしよう」
そして森の方を見て、話す場所を変えることを提案する。
「村人を起こすのは気の毒、いや迷惑なのでな。当方としては、他人の安眠を妨害するようなことにはならないよう注意を払いたいが……どうかな?」
「まったくもって同感だ。さて、案内をしていただくとして……その前に確認しなければならないことがある」
レイモンは真っ直ぐモモンガを見ながら……一瞬、生唾を飲み込み……確認したいことを口に出した。
「あなた方は、『ぷれいやー様』なのだろうか?」
「……ユグドラシルのプレイヤーか? という意味であれば、そうだな」
モモンガが答えると、訪問団の面々がざわつきだした。
「やはり! 『ぷれいやー様』なのか!?」
「でもよ、カイレ様。そのように思える力は感じねーぞ?」
そういう巨盾万壁に、傾城傾国を着た老婆……カイレが「軽々に侮るでない! 巧妙に隠しておられるかもしれんではないか!」と叱りつけている。それらはレイモンが肩越しに振り返ったことで静まったが、弐式は前の方……レイモンの後方で立つ白黒頭髪の少女、番外席次の視線が気になっていた。
(値踏みしてる目つきだな~。なんつうか、交渉とかどうでも良くて……喧嘩したがってるっぽい?)
異世界転移してから、鍛え上げた一〇〇レベルプレイヤーとしての能力が身に染みついているらしく、弐式は鋭い洞察力によって番外席次の思惑を読み取っている。
そう、まさに弐式が睨んだとおり、番外席次はモモンガらと戦いたがっていた。
(あの魔法詠唱者と忍者、どちらの方が強いんだろう? でも、強さは感じないな~。……ま、闘えばわかるよね?)
黙っていれば結構な美少女なのだが、その目はトロンとして潤み、平たく言えば欲情の眼差しでモモンガと弐式を交互に見ている。母親がエルフの国王に拉致されて孕まされ、対法国用の兵器になろうとしたところを、法国によって奪い返されたのが彼女であったが、幼少期の教育により性格及び性癖が歪みきっているのだ。今の彼女にとって、自分を打ち負かせるほどの強者の子を孕むこと。それが至上の目的となっていた。
……ぞくっ……。
モモンガと弐式は同時に寒気を感じたが、その原因がわからず首を傾げる。弐式は番外席次を見ていたものの、そのような思惑によって視線を向けられているとは想像ができなかった。ただ、アルベドとルプスレギナが何となく察したようで、番外席次に向けて剣呑な目を向けている。
(「ルプスレギナ。あの白黒小娘、油断がならないわ……」)
(「はいっす、アルベド様。あれは色んな意味で敵です!」)
女の勘、恐るべしだ。
それらの状況にまで気が回らないモモンガは、肩越しに振り返って番外席次らを見ているレイモンをジッと見る。
(タブラさんが言うには、自分達が『プレイヤー』であるかどうか。これは正直に答えて良い……だったな)
転移後世界の位階魔法の程度は低く、ニグンの目の前でモモンガが第七位階魔法を使用した以上、ユグドラシルプレイヤーである可能性を気にされるのは当然の流れだ。重要なのは、それを聞いた法国側がどういった行動に出るかである。
と、そう説明したタブラを、モモンガは交渉の場に呼びたかった。だが、ニグンから伝わった情報の中に居ないタブラが、ここで顔を出すのは控えた方が良い……と、そうタブラ自身が判断したのである。
「ニグンが知っているギルメンは、モモンガさんと弐式さん、それにヘロヘロさんの三人ですからね。いずれは他のギルメンのことも知れ渡るでしょうが、今のところは三人だけだと思わせておいた方がいいです。そうそう、ヘロヘロさんにはナザリックで待機して貰って、事前情報より一人少ないことで油断を誘いましょうか」
(タブラさんも、エグいこと考えるな……)
モモンガがタブラの説明を思い出していると、案の定、レイモンが首を傾げた。
「支配者……の方は、もう一人いらっしゃるのではなかったかな?」
「彼か……。彼は所用で外出中だ」
モモンガに同行せず待機となったヘロヘロは、今はナザリック地下大墳墓の円卓の間に居て、他のギルメンらと共に交渉模様を見ている。勿論、音声付きだ。遠隔視の鏡改、様々である。
事前の打ち合わせでは、<
そうとは知らないレイモンは、その表情こそ大きく動かなかったが……。
……チッ……。
(うん?)
レイモンの口元から生じた音を、モモンガが聞き取る。
(今の、舌打ちか? 俺って今は人化中で、
モモンガこと鈴木悟は、元は営業マンだ。営業先で嫌味を言われたり煽られたりはしょっちゅうであり、このレイモンのような態度を取られたからといって直ちに言い返したりはしない。しかし……。
(『三人全員』が居なかったのが、そんなに不満か? けど態度には気をつけた方がいいぞ~? 俺が即反撃しないことと、舌打ちを聞かされたことで機嫌が悪くなるのは別問題なんだからな~?)
笑顔……営業スマイルを維持しつつ、モモンガはレイモンに対する評価を数段落としていた。ちなみに、レイモンの舌打ちは弐式は勿論、アルベドやルプスレギナにも聞こえており、モモンガとほぼ同じ感覚と判断の弐式はともかく、アルベド達が攻撃行動に移らないのは、モモンガ達の顔を潰さないが為である。
(はあっはあっ! 我慢、我慢するのよ! 私ぃ~っ!)
(うにゅあああ! ぶっ殺したいっす~っ! でも私は、少し前のナーちゃんとは違うっすよ~っ! でも! でも! くきぃいいいい!)
彼女らの忍耐も、すぐに限界を迎えそうだ。
アルベドは本来の鎧フル装備により、性別が判別しがたい見た目の上、ヘルムによって顔が隠れている。そのため、ヘルムの下では般若面のごとき形相となっていた。そういった意味では、アルベド以上に忍耐を強いられているのがルプスレギナである。何しろ顔を隠す物が無いため、煮えたぎる憤りを顔に出して発散することができないのだ。
(くううう、笑顔、笑顔~っ。自分が出来るメイドなのが辛すぎるっす~っ!)
そういった背後の気配を、モモンガは察することができない。しかし、忍者特殊技能増し増しの弐式は、生唾を飲む思いで囁いた。
「アインズさん。後ろ、やべぇ……」
「え? あ、あ~……」
言われて初めて気づく、狂気じみた怒りのオーラ。モモンガは、部下へ……そして恋人らに対する配慮が足りないと、自らを叱咤しながらレイモンを見返した。
「私の友人が同席できないのが御不満かな?」
「……耳が良いな。……もう、かまわんか……」
これまで、ギリギリで礼儀を保っていたレイモンの口調が変わる。目つきも厳しい。
「皆の者! 私は見た! そして認識した! この者達は、『ぷれいやー様』にあらず! 何ら強き力も感じないことこそが、その証拠!」
そうレイモンが叫ぶや否や、巨盾万壁がレイモンの前に出て鏡のような巨大な盾を構え、同じく進み出た隊長が巨盾万壁の左脇で粗末な槍を構える。
……しかし、隊長達の顔色が優れない。
「『ぷれいやー様』じゃないって、ホントかな? どう思う、隊長?」
「彼らから強さは感じない。どちらかと言えば、後ろに居る二人の方が強者に思える。だが、我らの後ろで居るニグンが死にものぐるいで帰還し、血相を変えて『ぷれいやー様』発見の報告をした事実がな……」
所属隊は違えど、ニグンは陽光聖典の隊長だ。更に言えば、彼の職務に対する熱心な姿勢は、漆黒聖典隊長も良く知っている。そのニグンが、アインズ・ウール・ゴウンについて報告してきた際の様子は、隊長も伝え聞いていた。今言ったとおり、カルネ村近郊から法国までの距離を走り抜き、息も絶え絶えになっての報告だったという。そこに偽りがあるとは思えない。
故に、レイモンが『ぷれいやー様にあらず』と断じた後も、こうして守りを固めるだけで隊長や攻撃に移ることができなかった。
(そうだ。確かに強さは感じない。しかし、見て感じただけで、『ぷれいやー様』ではないと判断して良いのか? もっと聞き取りをするなどして、それから判断すれば良いのではないか? レイモン様は……何をお考えなのだ?)
前に出て防御姿勢を取ったまま、隊長は背後の六色聖典纏め役……土の神官長、レイモン・ザーグ・ローランサンの様子を窺うのだった。
◇◇◇◇
実のところ、レイモンは焦っていた。
現在、人類国家は亜人種によって押されている。このまま何もしないで居ては滅びが待つだけだ。いや、亜人から侵攻を受けている聖王国の例を見るに、滅ぶだけならまだ良い方で、下手をすれば食肉としての運命が待っている。そんな状況下にあって、スレイン法国は人類の護り手たる大任を背負っていたのだ。
中でも六色聖典は、亜人集落を殲滅するなど、抵抗勢力の先鋒として働いているのだが……レイモンが取り纏め役となってから、どうも業績が芳しくない。いや、どちらかと言えば不祥事や損害を被る事件が多発している。
不祥事で言えば、漆黒聖典の第九席次だったクレマンティーヌの脱走だ。漆黒聖典の内情を知り、人類最強クラスである戦士の脱走は大きな痛手となる。元漆黒聖典隊員であるレイモンにとって、これは面目丸潰れの事件でもあった。
損害を被った事件となると、陽光聖典隊長のニグンを監視していた土の巫女姫が、突如発生した大爆発で死亡したことが挙げられる。その際、法国本国には聖典部隊がある程度残っており、その取り纏め役であるレイモンは「いったい何してたんだ? 各聖典部隊に、しっかりやるよう言えよ」的に他の神官長から嫌味を言われていた。更には最高神官長から「諸々、上手くやって貰わねば困るのだが?」と小言を受ける有様だ。
この頃から、レイモンは精神的に追い込まれていくことになる。
自分より有能な者が居れば、纏め役を譲るのは
そういった事情で鬱な気分に悩まされるレイモンだったが、土の巫女が死亡した件を神官会議に掛け、「破滅(厄災)の竜王の復活だ!」と判断することに成功する。「あんな事ができるのは破滅(厄災)の竜王ぐらいのものだ!」という強引な論法だが、それぐらいしか思い当たらない……と他の神官長が納得した。いや、納得させたのである。
これで派遣した漆黒聖典が何らかの成果を挙げるか、重要な情報を持ち帰るかすれば、レイモンの評価にも繋がったはずだ。彼の精神的不安定さも、少しはマシなものとなったことだろう。以前の、そう六色聖典の取り纏め役に選ばれたときの出来る男に戻れたはずなのだ。ところが、そうなる前にニグンが帰還し、土の巫女姫の死亡にはアインズ・ウール・ゴウンが関係するという報告がなされたのである。結果として、派遣した漆黒聖典は帰還することとなった。つまり、派遣したことによる成果はなし。
そこでレイモンは、次なる手として訪問団を派遣し、アインズ・ウール・ゴウンという魔法詠唱者……ニグンの報告を信じるならば『ぷれいやー』と思しき人物に接触を図ることにした。基本的には『友好的な接触』だ。土の巫女の死亡に関しては、アインズ・ウール・ゴウンに原因があるようだが、そこは事故として譲歩しなければならない。
(それも、相手が真実『ぷれいやー』であるならば……だ)
六大神と同格の存在であるならば、友好的接触は当然だとレイモンも思う。しかし、『ぷれいやー』ではなく、単なる強者であった場合ならばどうか。その時は、法国に対して大損害を与えたことを後悔させなければならない。
そして、レイモンが見たところ、アインズ・ウール・ゴウン一党の支配者として出てきた二人には、何の脅威も感じなかったのである。その辺の一般人の方が、まだ強そうに感じるかもしれない。
そう思った瞬間、レイモンの中で『現場方針』が確定した。
『ぷれいやー』に対する友好的接触ではなく、法国に仇なす者の討伐ないし捕縛。しかも、相手は土の巫女姫殺害犯なのだ。これこそ大きな成果と言えるだろう。
(更に言えば、六色聖典取り纏め役の私、自らが出向いての陣頭指揮だ。これで他の神官長共から五月蠅く言われることはないはず。法国の敵も消えるわけで、万々歳だ)
レイモンの見立てが間違っていなければ、思い描いたとおりに成果を得て、本国への凱旋ができたことだろう。傾きかけた立場も持ち直したに違いない。だが、今この時点、彼……レイモンが居る場所では、彼が見抜けていないことがあった。
それは、今まさに捕縛しようとしている相手、アインズ・ウール・ゴウンと弐式炎雷が、ただの強者ではなく、探知阻害のアイテムを装備した一〇〇レベルプレイヤーという事実である。
当然と言うべきか、この後の展開がレイモンの期待どおりに運ぶはずは有り得ないのだった。
タイミング良く目撃された方が居るかもですが
今回、一度投稿してから削除して、投稿し直しています
詳細は活動報告で~
レイモンを下げすぎかな~っと思ったのですが
本文のような状態になりました
誰も彼も話のわかる人物だったら、盛り上がりに欠けるかな……と
正直言って、自分の仕事状況を反映したりしています(笑
自分が似たような行動を取ったら確実にクビが飛びますけど
レイモンは本来、超出来る人なのですが、背負った責任の重さと、ここ最近の諸々が合わさって精神的にヤバいのです
これがもし、ニグンが戻らず、巫女姫死亡の真相が伝わらないで、出向いた漆黒聖典が正体不明の吸血鬼にでくわし、カイレとか巨盾万壁が殺されて撤退……とか
レイモンの責任を問うどころの状況ではなくなってたら、原作の展開になってたかもしれません
つまり……ニグンが生きて戻ったのがいけなかったんだよ!
な、なんだってー!
というわけでレイモンの願望は達成ならず、ですね
そうそう評価でコメントついてると、めっちゃ嬉しいです
読んでますよ~
次話に向けてブーストかかるんですわ~
<誤字報告>
yu-さん、憲彦さん、佐藤東沙さん、サキクさん
毎度ありがとうございます
ちなみにセリフに関しては、変な言い回しをしてることがありますが
余程の誤字でなければ、口調優先で変なままにしてることがあったりします