オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第5話 しょうがないですとも

 ナザリック外部。

 執事セバスと、戦闘メイド(プレアデス)のエントマは、二人連れだって夜の草原を歩いていた。

 

「ナザリックのすぐ外は毒の沼地だと聞きましたが……」

 

 そうだったとしても、セバスの身体能力では多少のダメージを受けつつも突破は可能だ。レベル一○○は伊達ではない。エントマも使役蟲の能力で飛べるから、やはり問題ではなかっただろう。

 だが、現実として目の前には草原が広がっている。それほど背は高くなく、子供が駆けずり回って遊ぶにはちょうど良い具合だ。

 ふと気配を感じて目を向けたところ、野ウサギのような小動物がセバスを見て様子をうかがっている。

 

「モンスターではなく野生動物……。ふむ。エントマ、そちらはどうですか?」

 

 同行しているエントマは、すぐ隣で歩いて居たはずだ。セバスよりは背が低いので、視認範囲は狭いだろうが、彼女の方で何か発見できたろうか。

 と、目を向けたところ、エントマの姿が無い。

 右方数メートルの一に気配を感じて視線を転じると、そこには先ほど見たような野ウサギを捕獲し、モグモグしているエントマの姿があった。

 

「セバス様ぁ。お肉おいしいですぅ」

 

 フゥ……とセバスの口から溜息が漏れ出る。

 

「エントマ。今は勤務中です。食事は決まった時間になさい」

 

「はい、セバス様! じゃあね~、お肉~」

 

 エントマは足下に野ウサギを置くと、名残惜しそうに手を振る。もっとも、身体の大部分を食害されていた野ウサギは、とうの昔に息絶えていたのだが。

 

「やれやれ……」

 

 セバスは夜空を見上げると眼を細めた。広がる星空を楽しむ心はセバスにもあったが、今はエントマに言ったように勤務中である。

 

「月も出ています。これだけ空が明るいなら上空からの探索も容易でしょう」

 

「はぁい! 空から周囲を探索しま~す!」

 

 やる気十分の返事で大変に結構。

 エントマが背から羽を出して飛び立っていくのを、二度ほど頷きながらセバスは見送った。

 

「では、私は一走り、ナザリック周辺を回るとしますか」

 

 ドン!

 

 力強く地面を蹴る。

 流れていく周囲の景色。その中で周囲の地形、立木の規模や程度。見かける動物の姿と脅威度。

 エントマと同じく夜目の利くセバスにとって、夜の闇は視界の妨げにならない。

 それぞれを注視しつつ、セバスは風のように移動していく。

 

(それにしても……ヘロヘロ様がお戻りになって本当に良かった。このことはナザリックに所属する者にとって大きな喜びでしょう。しかし……) 

 

 可能であれば自らの創造主、たっち・みーにも戻って来て欲しかった。

 そう思うことは、至高の四十一人に対して過ぎた願いかもしれない。

 

「私も、まだまだですね……」

 

 少し胸に痛みを覚えながら、セバスは駆け続けるのだった。 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「そんなに長話はできませんが……」

 

 と前置きしつつ、モモンガはヘロヘロに質問した。

 ヘロヘロは円卓の定位置で座っており、少し前に別れたときのことを思い出させる。

 少し嫌な……あるいは寂しい気分となったモモンガであるが、現時点、ヘロヘロは去らずに目の前で居るのだ。

 

(ええい。気弱になるな。俺!)

 

 自らを叱咤し、モモンガは質問の要点を言い並べていく。

 この現状をどう思うか。

 NPCらの忠誠心をどう思うか。

 ここに居て、身体生命に問題ないとしたら現実(リアル)に戻りたいか。

 

「どれもこれも気になるんですが、玉座の間で時計表示が止まったとき。ヘロヘロさんは『他の皆が来ていないのも気にかかります』と言ってましたよね? あと『前のアバター』とか。俺、ヘロヘロさんがナザリックへ帰還する直前のこととか聞きたいんですけど」

 

 なるべく詰問するようにならないよう、口調に気をつけながらモモンガは問い質した。問われた側のヘロヘロはと言うと、粘体の身体を一瞬ムクンと上に伸ばし、触腕の粘体をフリフリさせながら話しだす。

 

「そう、それです! そのあたりのことを話そうと思ってました!」

 

 にもかかわらず、パンドラの模倣能力を使ってエロいことするかどうかといった、そういう話題を振っていたのだ。モモンガは額に手を当てたくなったが、グッと堪えてヘロヘロの話に耳を傾ける。

 

「どこから話しますかね。え~……実は俺、モモンガさんと円卓の間で別れた後、アバターを削除しちゃったんですが。その直後に弐式炎雷さんからメールで呼び出されまして」

 

「弐式さんにっ!? でも、アバターを削除したって……」

 

 驚くモモンガに対し、ヘロヘロは粘体を細く伸ばすと頭頂部をつついた。どうやらテヘペロを表現したいらしい。

 

(うわ~……ムカつく)

 

 可愛さ表現の手法としては逆効果だったようだ。ありもしない下唇を突き出したい気分のモモンガだったが、ヘロヘロは気にすることなく説明を再開している。

 

「まあ何ですか。気持ち的に踏ん切りをつけようとしてバッサリ削除したんですよね~。で、結局はモモンガさんに謝りたくて悶々としてたわけで……」

 

 弐式のメールにより、複数のギルメンが集合して居ると知ったヘロヘロは、取り急ぎ人間種の男性アバターを作成して現地へ向かった。

 

「そこには弐式さんを始め、大勢のギルメンが居ました」

 

 弐式炎雷は、アインズ・ウール・ゴウンにあってザ・ニンジャの異名で知られたギルメンだ。モモンガにとって、ギルメン内で仲が良かった方の人物でもある。ただし、ユグドラシル最終日に向けたお誘いメールについて、(弐式)からは返信して貰えなかった。

 これもまたモモンガの気を重くさせる思い出だが、今重要なのはヘロヘロの話だ。

 

「弐式さん、モモンガさんに申し訳なくて顔向けできない……と言うか、合わせる顔が無いって言って。他の人を集めて相談してたらしいんです」

 

「合わせる顔が無いだなんて、そんな……」

 

 気にしなくて良いのに……とモモンガは思う。同時に、最終日に来なかったギルメンらも、心に思うところがあったと知り得て、なにやら嬉しいような気分を味わっていた。

 そして、集まっていた面々の名を聞くにつれ、モモンガのテンションは急速に上昇していく。

 たっち・みー、ウルベルト・アレイン・オードル、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、やまいこ、武人建御雷、タブラ・スマラグディナ、獣王メコン川、ホワイトブリム。

 パッと目に付いただけでも、これだけのメンバーが集まっていたとヘロヘロは言うのだ。

 

「あと何人か居たような……。そうそう、集会呼びかけ人(言い出しっぺ)の弐式炎雷さんも居ましたね」

 

「それだけの面子で最終日に押しかけてくれたら。俺は興奮のあまり、卒倒していたかもしれませんねぇ」

 

 興奮状態が沈静化したモモンガは、しみじみ思う。

 だが……今聞いたのは、かなり重要な情報だ。

 

「そこへ呼ばれたヘロヘロさんが、ナザリックに飛ばされたということはですよ? 他の人も似たような状態になってる可能性があるということです。ナザリックに来てる気配が無いのは気になりますが……」

 

「ええ。そこは俺も考えました。それで、モモンガさんに提案したいのですが……」

 

 暫くの間、現状把握に努めつつ、ナザリック地下大墳墓の外も含めて調査し……ギルメンを探してみないか。

 このヘロヘロの申し出に対しモモンガは即答かつ快諾した。

 そして更に話を詰めようとしたところ、先に述べた質問事項について聞いていないことを思い出す。

 

「この件については、他にも話を詰めたいですけどね。例えば、ヘロヘロさんがギルメン現役時代のアバターになってることや、アバターごと削除したギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を何故か持っていたこととか」

 

「もちろんです。そう言えば、弐式さんからチラッと聞いたんですが。最終日の三日前や未来の日付から、ログインすらせずに来てた人も居たそうなんです。たっちさんや、茶釜さんなんかですけど」

 

 さらには、集合地で会話している内、時間認識や問題意識が曖昧になったり、会話がループしたりといった当時の状況をヘロヘロが語る。

 これらの現象について、弐式から聞かされたヘロヘロは大いに驚いたらしい。だが、ユグドラシル終了までに時間が無かったことと、たっち・みーらがウダウダと堂々巡りの議論をしていたこと。これを目の当たりにしたことで激昂し、皆をナザリックに誘う大演説を打ったのだ。

 以上のことを聞かされたモモンガはヘロヘロの行動に感激したが、同時に聞いた話の内容に驚愕もしている。

 

(なんなの? そのカオスすぎる状況!? 俺、この話を中断して守護者らと会ってていいのか!?)

 

 とはいえ、この場で話し合っててすぐに正解が導き出せるとも思えない。まずは、階層守護者らに顔を合わせ、改めてヘロヘロの帰還を告げて、次は今後の行動方針とか……。

 

(あ~……駄目だ。ちょっと息抜きしたいな……。ナザリックの外とかどうなってるのかな……。ふう……)

 

 現実逃避したい気持ちをちょっぴり引き締め、モモンガはヘロヘロに提案する。

 

「重要すぎる情報ばかりで、俺、頭が沸騰しそうですよ。しかし、今は時間がありません。階層守護者らと会う約束がありますから。ヘロヘロさん、他のことについてはどうでしょう?」

 

「まず現状についてですが。ソリュシャンに垢バン相当の行為をして問題なかったので、やはりユグドラシル2ではないと思いますね。新規ゲームになったからと言って規制が緩くなるとは思えませんし。確定じゃないですけど、ここは当面『よくある異世界転移系のお話』に乗っかった……ぐらいの認識でいいんじゃないですか? 他に適当な説明ができませんしね」

 

 セバスの話を聞いたら、また変わるかもしれませんけど……とヘロヘロは付け加える。

 次にNPCらの忠誠心。これについてヘロヘロは、ソリュシャンと(会っても居ない)一般メイド達は問題ないだろうと豪語した。

 

「自信たっぷりですねぇ。さっき、たぶんとか言ってたくせに。でも、俺が見た感じだと、アルベドにセバス。そして戦闘メイド(プレアデス)は大丈夫そうですね」

 

 この後に会う予定の階層守護者などは、どうだろうか。

 階層守護者。いや、ナザリックNPCの中には、モモンガやヘロヘロにとって天敵だったり分が悪い者が存在する。階層守護者はレベル一○○揃いだし、その他にも高レベルの者が揃っているため、敵意があって戦闘にでもなろうものなら、モモンガとヘロヘロの二人では対処しきれない。

 

「ペロロンチーノさんのシャルティア。戦いたくないですねぇ。階層守護者の中で総合トップの戦闘力に、対アンデッド戦向き。俺と相性悪すぎなんですよね……てか、まともにやり合ったら勝てません」

 

「それを言ったら、俺はウルベルトさんのデミウルゴスが苦手かもですね。炎系の魔法やスキルがありますし。彼、頭が超絶良い設定でしょ?」

 

 ヘロヘロはスライム種なので、炎系の攻撃が苦手だ。アイテムで対策はできるが、頭の良いデミウルゴスが相手だと、カバーしきれない部分を狙われるだろう。それどころか、どうにかして炎系攻撃を通してくる可能性すらある。自分がジュッとやられることを想像したのか、ヘロヘロは黒い粘体の身体を震わせた。が、そこにモモンガからの追撃が入る。

 

「ヘロヘロさん。第七階層の領域守護者を忘れてますよ……」

 

「ああ、紅蓮(ぐれん)ですか。居ましたね~……」

 

 紅蓮はナザリック地下大墳墓、第七階層の溶岩の川に住む超巨大奈落(アビサル)スライムだ。レベルは九○とヘロヘロのレベル一○○よりも低いが、これまたヘロヘロとは相性が悪い。モモンガとてアンデッドであるから、炎系攻撃は弱点に入るのだが……。

 

「モモンガさんは、魔法で遠距離攻撃ができますからねぇ……」

 

 近接戦闘が主体のヘロヘロとしては、間合いを取った戦いは苦手だ。相手に大打撃を与えたいなら近寄って戦うしかない。

 

「ああ、なんだか背筋が寒くなってきました。燃やされるって話なのに」

 

 アイテムや装備に物を言わせて、第七階層外で戦えば何とか……と思うが、やはりヘロヘロにとって、紅蓮は戦いたくない相手だった。 

 

 はああ~ああ。

 

 二重の溜息が円卓の間を流れていく。

 

「……と、そろそろ時間かな。もう少し余裕がありそうですけど、第六階層に移動しましょう。その前に装備はどうします? 俺は今、最強装備ですが……」

 

「あ~……そうですねぇ。そう言えば私、先に円卓の間でモモンガさんと別れた後、キャラ削除とか含めて引退手続きをやった例の話ですけど。自分がギルメン時代に持ってた最強装備を何故か今持ってるんですよね。アイテムボックスを確認したら、その他もろもろのアイテムと一緒に入ってました。自室に放り込んでた最強装備……今頃どうなっているやら」

 

「また随分と謎の深い話が……」

 

 この状況にあって、割と重要な部類の情報だ。

 ヘロヘロの最強装備は自室から消えているのだろうか。それとも、室内収納したまま……だった場合は、一組増えているのだろうか。

 詳しく聞きたいし調べたいが、第六階層で階層守護者らと会う約束があるし、戻って来たセバスの報告も聞かなければならない。

 

「と、取り敢えず、ヘロヘロさんの装備の件はどうしますか?」

 

「そうですね~。俺の装備のことですし、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で部屋に行って確認して来ますよ。見るだけなら時間もかかりませんしね」

 

 そう言ってヘロヘロが椅子から飛び降りる。

 そして、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使って転移……という時に、モモンガは質問が一つ残っていることに気がついた。

 

「ヘロヘロさん? ヘロヘロさんは現実(リアル)に戻りたいですか? 俺は居続けられるものなら、このナザリックに留まりたいんですけど。家族とか居ませんしね」

 

 何気なく言った風だが、その内容は重い。

 聞かれたヘロヘロは、ゆっくり振り返ると肩(?)を揺らして笑った、

 

「はっはっはっ。動いて喋って忠誠を誓ってくれる理想の塊(ソリュシャン)が居るんですよ? 現実(リアル)に戻りたいか? ありえませんとも。俺は独立してて一人暮らしですし。まだ確認できてませんが、衣食住に不安が無ければ……もう残留決定ですね」

 

「そうですか。そうですよね!」

 

 拳をギュッと握ってモモンガは破顔する。

 条件付きであるがヘロヘロは残ってくれるのだ。その条件もナザリック地下大墳墓の機能や構造を思うにクリアできるだろう。もうナザリックで、この自分以外はNPCしか居なかった寂しい拠点で、ずっと一人で居ることはないのだ。

 それは言葉では言い表せないほど、モモンガにとって嬉しいことだった。

 ただ……とヘロヘロは、モモンガを見上げる。

 

現実(リアル)に残してきた仕事は多少気になります。けど、まあ……しょうがないですよね」

 

「俺だって現実(リアル)で予定はありましたよ。四時起きだったかな。でもまあ、フフッ。しょうがないですとも」

 

 あははうふふ。

 

 俺達、仕事を放り出してやったぜ。ざまぁみろブラック会社。

 ……ごめんなさい、同僚の皆さん。

 変なテンションとなったモモンガ達は、ヘロヘロの確認が終わる……自室からは最強装備が消えていた……のを待って円卓の間で再集結。ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)により、二人で第六階層へと転移するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 第六階層、そこは巨大な円形闘技場である。

 外には広大な森林地帯が存在し、上方にはギルメンの一人、ブルー・プラネットが心血注いで作成した『空』がある。時間によって昼夜が入れ替わるという優れものだ。

 

「そう言えば、ブルー・プラネットさんは集合メンバーに居たんですか?」

 

 見上げた夜空の光景から、関連ギルメン(ブルー・プラネット)を思い出したモモンガはヘロヘロに聞いてみた。返答は「見かけた」とのこと。

 

「離れたところで『うおおおおん! モモンガさんに何て言って謝ればぁ!』って頭を抱えて叫んでました」

 

「ブルプラさんもですか……」

 

 円卓の間で聞いたときも『モモンガさんに顔向けできないギルメンの集い』になっていたようだとモモンガは思ったものだが……。

 

(これは思った以上の有様だったようだ。嬉しいけど、なんだか逆にこっちが申し訳ないよ~)

 

 ギルメンらと再会できたら、自分側からのフォローが必要かもしれない。

 そんなことをモモンガが考えていると、正面方向の高所から「モモンガ様~っ! って、ヘロヘロ様ぁっ!?」と、彼らを呼ぶ声がした。

 この第六階層を守護しているのは、ぶくぶく茶釜が作成したダークエルフ姉弟。姉のアウラ・ベラ・フィオーラと、弟のマーレ・ベロ・フィオーレだったはず。

 モモンガとヘロヘロが視線を上げると、白いスーツを着た小柄な少女が居て……。

 

「ヘロヘロ様! お戻りになってたんですかっ!?」

 

 と驚愕していた。

 そして現実(リアル)の観点からすれば、投身自殺できそうな高低差を軽く飛び降り、もの凄い勢いで駆けてくる。

 次いで姿を見せた弟のマーレも、アウラと似たようなリアクションを見せた後にモモンガらの元までやって来た。もっともこちらは、おどおどしたキャラ設定ゆえか、飛び降りる際にかなり危なっかしげだったのだが。

 

「茶釜さんと一緒に居るときに見たことがあるから、二人とも、お久しぶり……ですかね。それにしてもアウラ達の服装……。やはり男女逆転してるんですね。似合ってますよ」

 

「はい! ぶくぶく茶釜様から、この服を着なさい……って頂いた服ですから!」

 

 元気良く返事をするアウラは実に嬉しそうだ。モジモジしているマーレも嬉しそうに「えへへ」と笑っている。これは茶釜から服を貰ったことが嬉しいのもあるが、ギルメン……至高の御方二人が、茶釜を話題に出し、かつ服を褒めたことが嬉しいのだ。

 姉弟の様子を微笑ましく見守っていたモモンガは、ヘロヘロを見て話しかける。

 

「これもまた茶釜さんの二人に対する拘りなんでしょうね。そうそう、茶釜さんの拘りが凄くて、衣装デザインしたホワイトブリムさんが泣いてましたっけ」

 

「それを言い出すと、私も、ソリュシャンの外装には拘りましたから、茶釜さんのことは言えません」

 

 NPCの前なので、一人称が『私』になったヘロヘロが朗らかに笑った。これを聞き、モモンガは幾度か頷いている。

 

(俺もパンドラズ・アクター作成時には、他のギルメンが引くほど拘ったからな~。俺も茶釜さんのことは言えないか)

 

「モモンガ様、ヘロヘロ様! 今日は、どういった御用件でしょうか!」

 

 モモンガとヘロヘロが語る至高の御方(ホワイトブリム)のエピソード。これを瞳をキラキラさせながら聞き入っていたアウラだが、会話が途切れた頃合いを見てモモンガらに尋ねかけてきた。

 

「ん? ああ、ヘロヘロさんが戻ってきたのでな。このことを階層守護者らに伝え、他に色々と指示を出そうと言うわけだ。ここを集合場所とさせて貰ったが、かまわなかったか? すまないな、先にアルベドから伝言(メッセージ)をさせれば良かったな」

 

 モモンガが事後ながら断りを入れ、対応のまずさを謝ったところ、アウラは目を丸くして驚き顔を横に振った。更に手を振るという動作も追加している。 

 

「『すまない』だなんて滅相もないです。ナザリック地下大墳墓のすべては至高の御方のためにあるんですから、どうぞ御自由に!」

 

「そ、そうか……」

 

 鷹揚に頷くモモンガは、改めてNPCらの忠誠心の高さを知った思いだった。

 

(「ヘロヘロさん。この後、階層守護者が集まるんですが。みんな、こんな感じなんですかね……」)

 

(「モモンガさん、頑張って!」)

 

(「何を他人事みたいに言っちゃってるんです? ヘロヘロさんにも背負って貰いますからね!」)

 

 ええ~……という気怠げな声が聞こえてきたが、モモンガは無視した。アインズ・ウール・ゴウンに関する問題はギルメンで分かち合うべきだからだ。

 その後、もう数分ほど余裕があり、モモンガはアウラに命じて藁束などの標的を用意させ、火球(ファイアーボール)を叩き込んだりと実験を行う。これにはヘロヘロも参加し、酸攻撃の程度を調べたりと二人で時間を潰した。

 なお、フレンドリーファイアを解禁されていることが、このときに発覚している。

 更に円卓の間から持ち出してきたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。このギルド武器の性能を試そうとしたところで、何者かが転移門(ゲート)により姿を現した。

 小柄な少女。銀髪にボールガウンドレス、はち切れんばかりの胸。そして、浮かべた表情は絶世の美貌。

 ギルメン、爆撃の翼王ことペロロンチーノが作成したNPC。第一から第三までの階層を守護する……真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)。シャルティア・ブラッドフォールンだ。

 

「ああ、愛しの我が君。……そしてヘロヘロ様。お久しぶりでございます」

 

 ウットリした表情でモモンガ達に一礼する。

 

「おや、シャルティアは驚きませんね?」

 

「アルベドから聞いていたんでしょう。(モモンガ)がアウラとマーレ以外に連絡取るよう言いましたから。それで合っているかな、シャルティア?」

 

 輝かんばかりの笑顔でいるシャルティアは「ハイでありんす!」と元気良く返事をした。アウラもマーレも非常に美しい容姿だが、シャルティアもまた美しい。

 友人……ぶくぶく茶釜とペロロンチーノの気合いの入れぶりを目の当たりにした思いであり、モモンガ達は顔を見合わせて笑った。

 

(俺とヘロヘロさんでアウラ達みたいな反応になるなら、他のギルメン……しかも創造主が来たら、とんでもない大騒ぎになるよな~。ヘロヘロさん&ソリュシャンの時は凄かった……と言うか、パンツ見せてたし。ま、お祭りのイベントみたいなものとしておくか)

 

 その後、第四階層守護者である蟲王コキュートス。第七階層守護者のデミウルゴス。守護者統括のアルベドが揃い、モモンガとヘロヘロの前に整列した。

 そして唱和されるモモンガらに対する忠誠の誓い。

 モモンガは……歓喜した。

 ヘロヘロが戻って来てくれたし、他にも幾人かのギルメンが同じ状況となっている可能性がある。ギルメンらを探すには人手が必要で、ナザリックのNPCらが力を貸してくれるなら、これは大いに心強い。

 

「素晴らしい!」

 

 魔王ロールを素で出し、モモンガは叫んだ。

 

「お前達が居れば、我らの望みは間違いなく叶うと確信した!」

 

「モモンガさんの言うとおりです。皆さんを頼りにしてますよ」

 

 ヘロヘロも同じ思いだったらしく、声を張り上げることはしないが喜色混じりの口調で言い、居並ぶ者達を見回した。

 二人の感想は世辞でも何でもなく混じりっけ無しの賞賛であり、アルベドを始めとしたNPCらが歓喜の表情を浮かべている。が、モモンガが話を続けたことで、その表情は一瞬にして引き締まった。

 

「現在、ナザリックは原因不明の異常事態の中にある。GMコ……ゴホン、外部の運え……いや、知人と連絡がつかなかったりなどだな。異常事態の影響範囲がどれほどのものかも判明していない。今はセバスを、エントマと共に外に出して探索させているが……」

 

 そこまで言ったところで伝言(メッセージ)が入る。

 モモンガは極自然に指をこめかみに当て、声に出して問いかけた。

 

「セバスか?」

 

(『はい。モモンガ様。周辺の探索を一通り終えました。残念ながら、行動中の知的生命体の発見はできませんでした。脅威度の低い野生動物を見かけた程度です』)

 

「ふむ、野生動物。そうか。で、外の様子はどうだ?」

 

(『それが……』)

 

 セバスの報告を聞き、モモンガの下顎が数センチばかり降下する。

 

「草原? 毒の沼地じゃなくてか? 空は? なにかこう、異常なことはないのか? 天空城が浮かんでるとか……」

 

(『いえ、夜空があるだけにございます。ただ……』)

 

 上空から探索したエントマの報告によれば、ナザリック地下大墳墓から南西に十キロほど離れた森の先。そこに小さな村があるとのこと。

 

「村? 調査はしたのか?」

 

(『いえ、指定された探索範囲外でしたので。エントマが虫を飛ばし、視認できたところで彼女の虫から報告がありました。私はエントマより発見報告があった時点で、モモンガ様に指示を仰ぐべく報告した次第にございます』)

 

 なお、伝言(メッセージ)についてはエントマを呼び戻して、巻物を使わせ、会話をセバスが行っているとのこと。

 この報告を聞いたモモンガは大きく頷いた。

 仮にセバスが独断でエントマを差し向けて村を調査しても、問題は無かったかもしれない。現時点で得られる情報も増えたことだろう。しかし、そこが他のプレイヤーの拠点だった場合、面倒なことになる恐れがあった。

 

「なるほど、そうか。お前の判断は正しい。わからないことがあれば可能な限り、早い段階で相談をするべきだ。報告、連絡、相談は重要。お前の創造主たる、たっち・みーさんも、そこは(仕事柄)きっちりしていたからな。……たまに暴走してたけど。いや、御苦労だった。私は第六階層の闘技場で階層守護者らを集めて居る。お前達は今、何処に居るのだ?」

 

(『ナザリックの正面、すぐの地点でございます。エントマも同様です』)

 

 モモンガは頷く。

 

「よろしい。では、急ぎ第六階層闘技場の私が居るところまで来るのだ。皆に今の報告をして欲しいのでな」

 

(『承知しました、モモンガ様。では失礼いたします』)

 

 セバスからの伝言(メッセージ)が終了した。

 考えてみればシャルティアが居るのだから、転移門(ゲート)で迎えに行かせれば良かったかとモモンガは今更ながら思う

 転移門(ゲート)でないなら、他のナザリック内の転移方法としてはギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使用するしかない。

 残る移動手段は徒歩によるものだ。今回のセバスの場合だと転移門(ゲート)を使えないわけだから、第一階層から入って第六階層まで通過してくることになる。

 各階層守護者らはここで揃っているが、必要に応じた伝言(メッセージ)等による伝達で、問題なく通過してくるだろう。そもそも、セバスはナザリックの執事であるから、彼を知らない者はナザリックに居ないはずだ。

 また、モモンガは気づいていなかったが、(モモンガ)の命令であると言われて、セバスの通行を邪魔する者など、やはりナザリック内には存在しない。

 一方で、全階層を徒歩移動というのは時間の無駄だとモモンガは考えていた。

 

(主立った者にはギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を渡した方がいいかもしれない。けど、今は外の様子が問題だ。毒の沼地が草原になってるだってぇ!?)

 

 モモンガは様子を見守っていた皆を……ヘロヘロを含めて見回し告げる。

 

「今、セバスから連絡が入った。詳しい報告は戻って来てからさせるが、それによるとナザリックの外は草原になっているそうだ。ふん。私の記憶違いでなければ、毒の沼地だったのにな」

 

 鼻で笑い飛ばすような喋り方をしているが、内心は大いに焦っていた。その焦りを解消すべく、モモンガはヘロヘロに話しかける。 

 

「ヘロヘロさん。外の様子が変わってるそうです。やはり、本当に『別の場所』ということも……」

 

「円卓の間でも話してましたが、アレですね。異世界転移ってやつですかね。ナザリックごと飛んだようで途轍もない話ですが。それはそれでマシな状況だと思いたいですね。さて、この先どうしますか……」

 

「そう……ですね」

 

 やはり相談相手が居るというのは大きい。魔王ロールを維持しながらでも、口に出して相談し思案ができる。

 モモンガはフムと唸ってから、下顎を指先でつまんだ。

 

(ヘロヘロさんは期待感もあって異世界転移としたいようだが。本当に、本当に異世界なのか? 一度、外に出て確認してみないとな……)

 

「このナザリック地下大墳墓を丸ごとどうこうするというのは、世界級(ワールド)アイテムを使えば可能かもしれないが。それをされた気配は無い。アルベド、それに階層守護者達よ。なにか心当たりはあるか?」

 

 問うてみたものの、否の返事があるのみ。

 アルベドらはモモンガの役に立てず恐縮することしきりであったが、モモンガとヘロヘロが気にしなくて良いと告げたことで、安心したようだ。特にアルベドなどは、その大きな胸を撫で下ろしている。

 

(「見ましたか? 撫で下ろす手の動きが大きくカーブしてましたよ? さすがはサキュバス。いちいち仕草が性的ですよね~。胸が大きいし。ここ重要。モモンガさん、あんな美人に好かれて良かったですね!」)

 

(「いや~、嬉しいっちゃあ嬉しいですけどね。……うん、嬉しいかな」)

 

 モモンガはヘロヘロの感想を聞き、それに同意した。

 アルベドはモモンガ達を敬っている。彼ら二人を並べた場合、ヘロヘロが言ったようにモモンガの方に好意を抱いているようだ。少なくとも、恋愛弱者のモモンガにも意識できる程度にはアプローチをしていた。

 ただし、彼女(アルベド)はガツガツとは攻めてこない。

 シャルティアも『死体愛好癖(ネクロフィリア)』という製作設定があってか、積極的過ぎるレベルでモモンガに迫ってくるのだが……。

 

(その都度、アルベドが窘めるんだよな。やんわりと。種族設定がサキュバスだし、シャルティアと張り合う形で面倒なことになるかと思ったんだけど……)

 

 アルベドがその高い知性を活かし、理論的かつ穏便に宥めるため、シャルティアは言い負かされて大人しくなる。そういった光景を、すでにモモンガは三回ほど見ていた。

 ちなみに、アウラもモモンガに好意を抱いてる様子はあったが、こちらは恋愛のレベルに到っていないのか、その自覚あるいは認識に到ってないのか、女性としてアプローチしてくることは今のところない。

 つまり、自分のことを好いてる女性が複数居るにしては、現状、モモンガの周辺は平穏そのものだった。そして、それはアルベドの気遣いや配慮に寄るところが大きいと言える。

 

(アルベドか……。『出来るお姉さん』って感じで良いよな。マジで……)

 

 玉座の間でアルベドが初めて声を発してからこっち、モモンガの彼女に対する好感度は上昇し続けていた。別に舞い上がっているわけではないが、近くに居る際、つい視線が向く程度には意識してしまう。

 

(見た目が完璧に俺好みだし……。おっ?)

 

 セバスとエントマが円形闘技場に姿を現した。 

 

「遅くなりました。モモンガ様」

 

 遅くなったとセバスは言うが、モモンガが想定したよりもかなり早い。どれほどの速さで各階層を駆け抜けてきたんだとモモンガは思ったが、聞けば第一階層にある転移罠を経由し、一気に第六階層へと飛んだとのこと。

 

(なるほど。いい手だ。飛んだ先で敵に待ち伏せされてリンチ殺されるってわけじゃないからな。罠も使いようだ)

 

 NPCらがナザリック地下大墳墓の構造を上手く活用していると知り、モモンガは大いに感心した。 

 

「いや、御苦労だったな。セバス。早速だが、報告を頼む」

 

「はっ。承知しました」

 

 一礼したセバスが、ナザリック外で見た光景を報告していく。

 その内容は、モモンガが事前に伝言(メッセージ)で聞かされたものと変わりなかったが、モモンガとヘロヘロとしては現状の再確認として大いに役立った。

 

「モモンガさん。毒の沼地が無くなったのは、ちょっと惜しいですね」

 

「あれはナザリック外の『地形』でしたから、無料(タダ)の防衛設備で、実にイイ感じだったんですけどね」

 

 無くなったものは仕方がない。

 ナザリックの力を以ってすれば、あの毒の沼地を再現することが可能かもしれないが、やはり自分の目で見てからのことになるだろう。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 今回は、(わたくし)、アルベドよ。

 

 カルネ村近くの森で、何やら異変が生じたみたい。

 あの辺はデミウルゴスが警戒して居るみたいだし、彼に任せておくとして……。

 シャルティアが興奮するから、なだめるのが大変。

 でも、(わたくし)、こんな風に彼女を諭せたかしら?

 (わたくし)の中で何かが変わってる?

 これって……。

 

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第7話

 

 アルベド『きっと、大丈夫よ……』

 

 




<モモンガさんに対して顔向けできない人々の集い>
 最も遅れて現地到着したヘロヘロさん。
 キレて演説始めるまでの時間は短かったはず(に思える描写)で、混乱模様なんて状況含めて知らないんじゃないか。と思ったんですが、弐式さんに聞いたという体でモモンガさんに対し説明させることにしました。
 セリフ外で記載した『時間認識がおかしい』とかの部分は、後で別のギルメンに語らせようかとも思ったのですが、一纏めにした方がスッキリするかな……と。
 あと、該当シーンの話で書き足そうともしたのですが、説明文が増えるのもどうかと思ったので、今回のような形になりました。


<アルベドに対するモモンガの態度について>
 本作のモモンガさんは、『アルベドの設定を改変した』自覚が第5話時点でありません。
 後の話で御本人が自覚する……ことがあるかも。
 ですが、入力中のヘロヘロさん出現に驚き、無意識に文面途中で入力確定した後、入力画面を閉じたこと。これによりモモンガさんの中では『設定変えようとしたけど途中で止めた』認識になっています。
 まあ、今のところは……ですが。

<誤字修正>
改行ミス修正 2020.2.1 
脱字修正   2020.2.1(2回目)

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