放心状態の法国訪問団は、森に設置したグリーンシークレットハウスへと移動させることとなった。ナザリック内で会議をするので、その間、一晩泊まって頭を冷やしておくように……というのが、モモンガが彼らに下した命令だ。
「なお、ニグン殿については我らに同行して貰う」
「えっ!? ゴウン殿? 私……ですか?」
とぼとぼと歩き出した訪問団の中で、ニグンが立ち止まり、自らを指差した。
「レイモンさ……いえ、土の神官長の方が適任では?」
身内の人間を『様』付けで呼ぶのを憚ったのか、ニグンは途中で言い直す。その言葉を受けたモモンガは弐式と共にレイモンへと視線を向け、訪問団の面々もレイモンを見たが……。
「わた、私は……そんなつもりでは……。法国の、いや救うべき人々のために……。それもこれも他の神官長達が私を責めたりするから……。第一、野蛮な亜人共が……」
うつろな目つきでブツブツと呟いている。一部、モモンガ達の気に障る発言があったが、漆黒聖典の隊長と巨盾万壁セドランが慌てて口を塞いだので、モモンガは聞かなかったことにした。
どう見てもレイモンは交渉の場に立てる様子ではない。
(今の発言は覚えとくけどな。レイモン、減点一~……)
脳内採点表にチェックしたモモンガは、ニグンに向き直る。
「レイモン殿は体調が優れないようだ。その様子では<
そうモモンガが告げたところ、ニグンと漆黒聖典隊長は顔を見合わせる。先に口を開いたのは漆黒聖典の隊長だ。
「いや、私はレイモン様の警護をしなくてはならん。それに、カイレ様や番外席次のことも気にかかる」
番外席次については捕縛状態を解除されたのだが、その途端、弐式に飛び掛かったため、今度は殴る蹴るを一回ずつされた上に改めて捕縛されていた。ちなみに二度目の捕縛は紅の捕縛縄ではなく、それよりも上位の捕縛縄を使用している。これは課金アイテムではなく、上位モンスターからのドロップ品だ。ただし、縛り方をエディットできるでもなく、単にグルグル巻きにされるだけ。ペロロンチーノに言わせれば、性能優先で面白味のないアイテムだった。
「むーっ! むーっ!」
縛り上げられた上、猿ぐつわを噛まされた番外席次は不満そうに唸っている。その彼女は、今はセドランによって小脇に抱えられていた。
「……」
「……」
番外席次に、ニグンと隊長の険しい視線が向けられる。
(「もう勘弁して欲しい……。漆黒聖典の方で、ちゃんと言い聞かせてくれませんか?」)
(「無理を言わないでくれ。あの人が、私の言うことなんて聞くものか……」)
見た目は少女なので、この扱いは見るに堪えない。だが、番外席次を自由にしておくと、ナザリック地下大墳墓の支配者格に突っかかっていくのだ。今のところ二回(紅の捕縛縄での一回目を含む)やらかしているが、その都度、弐式によって取り押さえられている。
法国最強の存在が苦も無く捻られる様は、傍らで目の当たりにした漆黒聖典隊員の戦意を挫くに充分なものだった。
「ともかく、ここはニグン殿にお願いしたい」
自分自身、戦意を挫かれている隊長は、そのことには触れず、ニグンに向けて頭を下げる。ニグンは下げられた頭を酢を飲んだような顔で見ていたが、やがて大きな溜息をついた。
「仕方ありませんな。私が行きましょう。ただし……頑張りますが、諸々の責任に関しては負えませんぞ?」
「責任を取るのは貴方ではない……」
そう言って隊長が視線を逸らした先には、力無く歩いて行くレイモンの姿がある。傍らには番外席次を抱えたセドランが居て、その後ろを左右から陽光聖典隊員に支えられたカイレが歩いている。
(あいつら……隊長の私を置いて……。一人ぐらい残ればいいだろうに! 後で説教だ!)
怒りで顔を歪めたニグンは、大きく息を吐いてから隊長に対して頷き、次いでモモンガに向き直った。
「ゴウン殿。私が行きましょう。……一つ、お手柔らかに……」
「そこは、これまでのレイモン殿や番外席次……だったか? 彼女の行動が物を言うな。まあ、そんなに悪いようにはしないからついて来たまえ。ああ、協議場所には転移して行くから……<
モモンガの前に<
ナザリック地下大墳墓内への直接転移は諸々の段取りが必要だが、タブラからの<
(第一会議室でいいんだっけな……)
ニグンを円卓の間に入れるのは、モモンガ及びギルメンらの気が向かなかったので、以前、別に用意した会議室へと転移することにしている。ギルメン達は移動済みとのことなので、今のタイミングで転移しても何ら問題はないはずだ。
◇◇◇◇
「うおっ! いや、失礼しました!」
<
ここまでモモンガと弐式、ヘロヘロの三人だけ……という体で話が運んでいたのを、一気に現状のギルメン全員を紹介することになったわけだ。このことについて、モモンガは「大丈夫なんですか?」とタブラに確認したが「大丈夫です。本当なら、レイモンを立たせてガツンと情報開示したかったんですけど……。この際、ニグンでも構わないでしょう。弐式さんが単独で番外席次ちゃんを捻ってますからね。一人相手でも駄目だったのに、七人も『ぷれいやー様』が居ると知ったら、もう何もできないでしょうよ」とのことだった。
(ニグンはともかく、責任者のレイモンの立場を我が身に置き換えたら……寒気がするな……。俺だったら、辞表だけ残して
それで逃げ切れるかは別の話であるが……。
「モモ……ごほん。アインズさんは、そっちの席です」
タブラから声がかかった。
人差し指で示されているのは、長方形の口の時に並んだ会議テーブルの……上座だ。そこに座った場合、右隣にタブラ、左隣にぶくぶく茶釜。向かって右列手前から、武人建御雷、弐式炎雷。左手前からだと、ペロロンチーノとヘロヘロが配席されていた。そしてニグンはと言うと、モモンガの対面席である。
「あのう……」
ニグンが呼びかけつつ挙手したので、モモンガ達は一斉にニグンを見た。それにより七人もの異形種の視線を浴びたニグンは大いに怯んだが、歯を食いしばって体勢を元に戻している。
「あの……ですね。本当に私で良かったのでしょうか? 土の神官長は無理でも、やはり漆黒聖典隊長も居れば良かったかと……」
「むう……」
モモンガとしては、元より面識があるニグンの方が話しやすかったのだ。が、考えてみれば今のニグンは、営業先で重役が居並ぶ場へ単身出向くようなもの。
(少しばかり……ニグンが気の毒か……)
モモンガは再考した。数で圧迫して要望を押し通すつもりだったが、それは漆黒聖典隊長が加わり、一人増えても同じことだ。そう、一人増えてもやることに変更はない。
チラリとタブラへ視線を向けると、「ギルド長のお好きなように」との発言があった。他の者達も頷いているので、好きにして良いらしい。……それはそれで、モモンガの責任感にダメージが入るのだが……。
(胃にキリキリ来るな~。今は異形種化してるから、胃とか無いんだけど!)
数秒間、思い悩んだモモンガはニグンに選ばせることにした。
「自分一人で不安と言うなら、今からでも漆黒聖典隊長を呼んでもかまわないぞ。<
「うっ……」
聞き入れられると思っていなかったのか、ニグンは声を詰まらせる。しかし、モモンガの視線を受け止めると、覚悟を決めたかのような顔で頷いた。
「……気弱なところを御覧に入れて、申し訳ありません。やはり、私一人でお話を伺いたいかと思います」
「そうか……」
大した根性だ……と、モモンガは思う。
今、ニグンの前に居るのは、
(ニグン……加点一だな……)
ニグンに対する評価を、レイモンとは真逆の方向に改め……モモンガは本題へと入って行く。
「席について貰ったことだし、始めるとしようか」
ただし、最初に述べるのは苦情だ。
「今回、貴国の訪問団が……レイモン殿が言っていたような用件で来られるとは、我々は想像もしていなかったわけだが……。ニグン殿、『今度、正式にお邪魔します』と言っておきながら、戦備を整え、戦うつもりで乗り込んでくるというのは実に失礼な話だ。そうは思わないかね?」
前半部の時点でニグンの表情が強張り、後半部の問いかけで彼の広い額に汗が浮き出る。
「それはその……なんと申しますか……。不幸な行き違いが……」
精一杯の愛想笑いを浮かべるも、浮き出た汗は滝のように流れ落ち、顎先からしたたり落ちていた。注目すべきは、彼のこめかみであり、プックリと血管の筋が浮いている。
(レイモン様め……。私の忠告を聞かずに好き放題やった挙げ句、私が尻ぬぐいか……。帰ったら最高神官長様に訴えてやる。……絶対にだ……)
その内心はモモンガ達には伝わらなかったが、事の経緯は概ね把握できているので『誰に対して腹を立てているのか』については確認するまでもない。ただ一つ、モモンガらが思うのは『気の毒』ということだ。しかし、気の毒だからと言って手心を加える気は毛頭なかった。
「そのような言い訳が通用するとでも? 何なら我ら全員で、法国へ『お邪魔します』と言って出向き、したい放題暴れても良いのだが……」
「ま、ままま、待っていただきたい! ゴウン殿! いや、様! 今回のことは、一部の限られた者が、暴走した結果でございます! 法国の民に落ち度はなく、そのことを御考慮いただきたく! ……っ!」
モモンガが突き出した右掌。それによりニグンの弁明が途切れる。
「わかってるとも。だから、そう声を張り上げなくともよろしい。今のは例え話だ。一般の国民に落ち度が無いことも理解している。だがな、ニグン殿……」
机上で両肘をついたモモンガは、手指を組み合わせてニグンに問いかけた。
訪問団を率いる責任者、しかも神官長という重い立場にある者が、出迎えた訪問先のトップに対し暴言を浴びせ、捕縛行動にまで出た。これは大問題だ。
「ナザリック地下大墳墓は国家ではない。しかし、貴国が訪問団を派遣したからには、交渉が発生する……一勢力ないし組織ではないだろうか? そうなると……かかる失礼な振る舞いに対し、先に述べた『例え話』が現実味を帯びてくるわけだ。我々にも面目というものがあるのでな。だが、そうならないためにも、貴国は我らに対する誠意を見せるべきだ。……そうは思わないかね?」
少し前の問いかけと同じ締めくくり方。しかし、今放ったモモンガの声色には隠しきれない……いや、隠すつもりもない険がこもっている。
「ご、ごもっともですが……」
ニグンが手の甲で額の汗を拭いながら、申し開きをした。
このような重大な案件を、自分一人で決定は出来かねる。一度、本国へ持ち帰って協議の上で、改めて返答したい。
そのようなことをニグンが身振り手振りを交えつつ述べた。言い終えた後、肩で息をしているのが彼の緊張の度合いを示している。
「……ふむ。当方は、それで構わない」
「おおっ!」
ニグンが喜色満面となった。が、その顔は汗でまみれているので、いささか暑苦しい。
「本来であればレイモン殿と話すべきことであるが、彼は体調が優れない様子。ニグン殿を指名したのは面識があったからだ。こう言っては何だが、話しやすいからな。そもそも、今ここで返事等を求める気はないのだよ。では、我らからの要求を述べさせて貰うとしよう」
モモンガは、ニグンに見えるように掌を差し出すと、指折りしながら要求を述べ始めた。それに伴い、ニグンの表情は徐々に強張っていくことになる。
一つ、スレイン法国はナザリック地下大墳墓に対し公式に謝罪すること。
一つ、ナザリック所属のプレイヤーは、スレイン法国で神となる気はない。
一つ、
「あとは慰謝料も欲しいが、それこそ誠意の見せどころだな。大まかには、こんなところだが……。いやあ、寛大過ぎたかな? 少し心配になってしまったぞ」
「は? いえ、その……」
からから笑うモモンガに対し、ニグンの顔色は悪い。顔面蒼白を通り越して、土気色に見えるほどだ。
(慰謝料は……何とか捻出できるだろう。他の要求については……)
まず、公式の謝罪。
公式と言うからには、他国にも知らしめなければならない。スレイン法国の威信が揺らぐこと間違いないが、このことについては厳しいながらも何とかなるだろう。
しかし、二番目と三番目は大問題だ。
せっかく降臨した『ぷれいやー様』を神として誘い、奉ることができない。しかも、断られているのだ。この要求を持ち帰った場合、本国の神官長ら……いや、最高神官長が納得するとは思えなかった。だが、それはニグンが責任を負うことではないだろう。今ここでゴネたりしたら、機嫌を損ねたゴウン……モモンガ達が、先に述べたとおりのことを本国で実行するだろうからだ。
(素直に持ち帰って報告するしかないな。怒り心頭に発した最高神官長様から、レイモン様が激しく糾弾されるだろうが……)
その結果、死をもって償わされる可能性があるが、そのこともニグンが関知するところではない。訪問団の責任者が追うべき『責任』だからだ。
そして、残る一つ、『ケイ・セケ・コゥクを引き渡す』。これが、最も揉める案件となるだろう。『ぷれいやー様』らが神としてスレイン法国に来ないのも大問題だが、彼らは現にナザリック地下大墳墓に居る。この先の努力と誠意を見せることで関係修復ができれば、まだ望みはある……ようにニグンには思えた。
だが、『ぷれいやー様』相手にも通用するであろう、ケイ・セケ・コゥク。この超重要アイテムの引渡しは、何としても回避するべきだ。
(とは言え、困難極まる……。いや、渡すしかあるまい……)
その気になれば、モモンガ達は力尽くで強奪することも可能なのだ。それをせずに、『引渡しを要求するだけ』というのは、これこそ法国側の誠意を確認しに来ているのではないか。そういった裏の目論見があることを考慮すると、最高神官長もケイ・セケ・コゥクの引き渡しに応じる以外の選択肢はないだろう。
と、そのような事を考え纏めたニグンは、額……いや顔全体の汗を拭いながら口を開いた。
「ゴウン様。お考えを拝聴し、私は考えました。考えましたが……難しくあります。あ、いえ、今のは私自身の感想でして……」
感想と言っているが、面談した自分が『難しい』と言った事実。それを残したいのだ。モモンガも、ニグンの思惑は理解できるので頷いている。
「そうだろうとも。では、カルネ村近郊の
ニグンの顔に再び明るいものが見えた。が、それも続くモモンガの言葉で掻き消える。
「延長した場合は、要求が増えたりするかもしれんな。それと、敢えて言っておくが、時間稼ぎをしようとは思わないことだ。我々の我慢にも限度というものがある。突然、我慢の限界が来て法国へ行き、第七位階魔法を乱発して鬱憤晴らしをするかもしれない。まあ、期日までに返答があれば良いだけのことだ」
「はは、はいいい! 承知しました!」
ニグンは首振り人形のようにガクガク頷いている。が、ふと思い当たったかのように挙手した。
「ご、ゴウン様? 先程の要求ですが、法国側で受け入れられない場合は……」
「その場合は、先の訪問団が『単なる侵攻部隊だった』ということになる。つまりは、宣戦布告なしで攻撃を受けたわけだ。無論、ナザリック地下大墳墓は、敵対勢力に対して全力を挙げての攻勢に出るだろう。ああ、何だったか、『ぷれいやー様』か? それが七人束にしての大暴れとなると、千年先まで残る伝説になるな。ニグン殿は、伝説の立会人になるというわけだ。……生き残れたらの話ではあるが」
そこまで言い終えたモモンガはニグンを見たが、震えながら聞いていたニグンは暫くたってから、その肩を落とすのだった。
◇◇◇◇
「と、あんな感じで良かったですかね? 弐式さんは、どう思います?」
「うん、そうそう。建やん、もうちょっと高めで……。ええ、モモンガさん。俺的には良かったと思いますよ。うん、なかなかイイ感じだ!」
茫然自失に近いニグンを、デミウルゴスとシャルティアに送らせ、再びギルメンだけとなった会議室。そこで肩の荷が下りた心持ちのモモンガが言うと、聞かれた弐式は作業しつつ答え、両手を腰に当てて大きく頷いた。
会議室で何の作業をしていたのか。
それはグルグル巻きのペロロンチーノを、会議室の天井から逆さ吊りにする作業だ。
暴走した番外席次を捕縛する一幕で、弐式はペロロンチーノの過去の悪戯により恥を掻かされた。その、お仕置きを行うのである。
「に、弐式さん!? 俺、もう姉ちゃんに折檻されましたから!」
「何言ってるんですか。ニグンの前に出る手前、ボコボコになった顔じゃマズいからってポーションで治したんでしょ? 俺の分は、まだ残ってますからね~」
頭を下にして吊られたペロロンチーノ。彼の訴えを、弐式は鼻で笑い飛ばした。
「た、建御雷しゃん! 建御雷さんからも何とか言ってください!」
弐式が聞く耳持たないので、今度は吊り下げの手伝いをしていた建御雷に救いを求める。しかし、ここで助けるようなら最初から手伝いなどしていない。
「まあ、諦めて
紅の捕縛縄の捕縛形態スロット。そこに仕込まれた亀甲巾着縛り……それは、ユグドラシル時代に発動していたとしたら、いわゆる垢バンとなる可能性が高い危険なものだった。
事の次第を知って肝が冷えた弐式の憤りは、建御雷も良く理解できており、この件に関してペロロンチーノを擁護する気は一切なかった。
「さ~て、ペロロンさんの防御を抜ける程度の
「ちょ、ちょ~っ!? 建御雷さんが俺のことを揺らしてるんですけど!? それで腕前を信用とかぁ~~っ!?」
絞められる鶏のような悲鳴にあるとおり、建御雷がペロロンチーノを強めに押している。これにより、逆さ吊りのペロロンチーノは振り子のごとく左右に揺れ出した。
「じゃあ、一本目! いきますよ~っ」
左手に九本、右手に一本。それぞれ苦無の切っ先を持った弐式が言う。
ペロロンチーノの運命……いや命は、まさに風前の灯火だった。
彼に救いは無いのだろうか。さっき折檻したばかりの茶釜は無理として、タブラやヘロヘロはどうだろうか。
揺れる視界の中、ペロロンチーノは見た。
タブラとヘロヘロが笑いを堪えている様を……。
(味方が居ない! 駄目だ! 俺、死んじゃう! たぶん蘇生できるけど、マジで死ぬの嫌ぁああ~っ!)
揺れてる程度で弐式の手元は狂わないだろうが、的になった者としては平静ではいられない。恐怖のあまり声の出ないペロロンチーノが、内心で悲鳴をあげた……そのとき。
「あの、弐式さん?」
一人の声が場の空気を止め、弐式が声の主を振り返った。
「モモンガさん……」
「も、モモンガさん!?」
意外そうな弐式の声と、ペロロンチーノの喜びの声が重なる。同時に、他のギルメンらの視線がモモンガに集まった。ともかく、ペロロンチーノにとっては最後の救いである。ギルド長であり、皆の信頼も厚いモモンガなら、弐式を説得できるはずだ。
揺れの収まってきたペロロンチーノが期待の眼差しを向ける中、モモンガは
「目隠しするのを忘れてますよ?」
「あ、これはどうも!」
「ギャーーーーーッ!?」
差し出された赤い布を弐式が受け取り、ペロロンチーノは今度こそ生声での悲鳴をあげる。
そうして再び建御雷によって揺らされたペロロンチーノは、目隠しした弐式が、実は、ちょっとチクッとするだけのジョークアイテムである苦無を投じる様を、十回に渡って目撃する羽目になるのだった。
なお、ペロロンチーノは恐怖のあまり、天井から下ろされたときに聞かされるまで本物の苦無だと思い込んでいたという……。
◇◇◇◇
弐式による仕置き、終了。
改めて会議室のテーブルに着いたモモンガ達は、頭に数本の苦無を生やしたペロロンチーノがスンスンと鼻を鳴らす中、会議を再開した。
「弐式さんには聞きましたけど、他の皆さんはどうです? 割りと打合せどおり、ニグンと話せたと思うんですけど?」
モモンガの確認に対し、最初に発言したのはタブラだ。
「ほぼ満点です。あそこまで圧迫しておけば、要求は受け入れられるでしょう」
「ほぼ……ですか。やはり、到らなかった点が?」
心配になってモモンガが確認したところ、クレマンティーヌとロンデスのことについて言い忘れている点を挙げられた。
「ああ~……」
思わず頭を抱える。
本来であれば、ニグンにクレマンティーヌ達のことを伝え、今ではナザリックで雇用した従業員なので手出し無用……と釘を刺す予定だった。モモンガは、モモンガなりに必死に対応していたが、このことについては言い漏らしたのだ。
やはり自分は、ギルド長として失格だ。
モモンガは、暗い闇に吸い込まれていくような落下感を覚えていたが、その彼をタブラの明るい声が引き戻す。
「大丈夫ですよ。と言うか気にしないでください、モモンガさん。ニグン相手の時は、私も知ってて黙ってましたし……」
「と、言いますと?」
気がついてたなら、その場で言って欲しかった。そう思うモモンガの声には恨みがましさが宿るが、それもタブラの説明を聞いて霧散する。
「この後、レイモン達は帰るんですよね? せっかくだから見送ってあげましょう。で、その際に言うんですよ。クレマンティーヌとロンデスのことを……。いい感じで死体蹴り……おっと、追い打ちができると思いませんか?」
「ううっ……」
モモンガの重い気分は確かに霧散した。ただ、その一方で少し引いた。
そこまで法国を追い込むのか……と思ってしまったのだ。
(受け入れがたい要求三つに、オマケで脱走者に対する手出し無用通達か……。しかも帰り際に……。レイモンはどうでもいいけど、ニグンの胃に穴が開くんじゃないか?)
見れば、同席しているギルメン達も少し引いている様子である。会議室に微妙な……なんとも言えない空気が漂ったが、それを咳払いと共に建御雷が打破する。
「ま、なんだな。連中が要求を蹴ったら、法国へ乗り込んで暴れるだけだしな」
建御雷の口調は楽しそうだ。彼にしてみれば、
「弐式が一緒だから大丈夫だと思ったし、実際、大丈夫だったけどな。でもよ、乗り込んで来た奴がモモンガさんに喧嘩売る様子ってのは、やっぱ見ててイラッと来るんだわ」
振り上げた拳の行き場がない。そういう表現がある。しかし、この場合の建御雷は、拳を振り上げる理由と機会はあったが、それをグッと堪えた状態なのだ。法国で暴れられるなら、それは丁度良いストレス発散なのである。
「ハハハ、何と言いますか……。どうも……」
喜んで良いのやら、NPC達に聞かれなくて良かったと思うべきか。モモンガが苦笑していると、今度は弐式が挙手した。
「取り敢えず、法国関連は相手の返事待ちって事かな? じゃあ、この後は暫くどうしましょう?」
この後、暫く……。
モモンガの脳裏に浮かんだ今後の予定は、バハルス帝国から差し向けられたワーカーチームに対応することだ。ただし、そのチームの大半は茶釜姉弟が世話になった者達なので、基本的に接待対応となる。
その他では、建御雷とタブラが、トブの大森林にあるリザードマン集落を覗きに行くという予定もあったはずだ。
「確か、コキュートスも一緒に行くんでしたっけ? 建御雷さん?」
「おう、そうだよ。それとモモンガさん? 茶釜さんの許可が貰えたらなんだけど、アウラを貸して欲しいな……」
森を移動するなら、闇妖精であるアウラが居ると心強い。建御雷は言いながらモモンガから茶釜に視線をスライドさせたが、これに対して茶釜が「オッケー。いいわよん!」と愛嬌たっぷりに了承している。もっとも、その姿はピンクの肉棒のままなので、身を揺すって話をすると淫猥な事この上なかったが……。
「俺の方は、王都で八本指関連の揉め事ですかね~」
ヘロヘロがフルフル粘体を振るわせながら言う。
冒険者チームとしてのヘロヘロ班は、班員のセバスがニニャの姉……ツアレニーニャ・ベイロンを保護したことで、現地の闇組織、八本指と揉めていた。直接の相手は奴隷売買部門だが、ここでヘロヘロと知り合っていた警備部門の長、ゼロが登場する。ゼロはヘロヘロの強さに感じ入り、協力的であったため、ツアレの件については自分が話をつけると請け負ったのだ。
「彼に付けた
ゼロにはナザリックのことを教えていないが、場合によっては雇っても良いのではないか……とヘロヘロが提案する。
「ゼロ……とは、どんな男でしたっけ?」
「
「ほう、ブレインと似ている?」
モモンガの問いにヘロヘロが答えたところで、建御雷が食いついた。
「そいつは面白そうだ。モモンガさん、前科者を雇うにあたって何か縛りはありましたか?」
「今のところは何も……」
モモンガは首を横に振る。
ロンデスにも言ったが、前科は問わないのだ。ただし、前の職場のノリで犯罪に手を染められても困る。あと、裏切りは許さない。
その点についてモモンガが言うと、建御雷は胸を叩いて見せた。
「任せてくれ! 俺が、きっちり仕込んでやるからよ!」
「建やんは、ほんと腕自慢の奴が好きだよな。ゼロと言えば……六腕って腕利き集団のボス格って聞いたけど、他にどんな奴が居るんだっけ?」
弐式は誰に聞くとも無く発言したが、この質問にはタブラが答えている。
「デミウルゴスの報告では……」
幻魔、サキュロント。幻影魔法を駆使する軽戦士。
千殺、マルムヴィスト。致死毒を仕込んだ特注のレイピアを使う剣士。
踊る
不死王、デイバーノック。人と意思疎通が可能なエルダーリッチ。
空間斬、ペシュリアン。極細の剣を鞭の如く振るう戦士。
「最後に闘鬼ゼロ。
「聞いてるだけでウキウキしてくるな。レベル的に大したことないんだろうけど、それぞれに個性があっていいじゃないか! 異世界の特殊戦闘職みたいな感じか? いや~、楽しみだ!」
建御雷の興味と興奮は、タブラの説明を聞いた後も右肩上がりのままだ。
そして、ここで挙手した者が居た。先程、弐式によってキツいお仕置きをされたペロロンチーノである。
「モモンガさん? ゼロって人を含めて全員採用となりますかね? 俺的にはエドストレームって人が気になるかな~」
「立ち直り早いな、ペロロンさん。苦無は……もう抜いていいから……」
溜息交じりで弐式が言い、ペロロンチーノが「あ、そうですか? じゃあ、遠慮なく……」と頭部や肩の苦無を抜いていく。弐式の腕前は確かで、揺れる的に目隠しをしたぐらいでは、事故としてのクリティカルすら出なかった。が、軽傷で済んだペロロンチーノが苦無を刺したままだったので、弐式の方で気を遣う羽目になったらしい。
その様子を苦笑しつつ見ていたモモンガは、咳払いをしてから真面目な声色で答えた。
「ペロロンチーノさん。それは本人達の意思と、あとは行動によりますね」
そう言いつつ、モモンガは今一度自分の考えを確認する。能力があってナザリックの役に立つなら、転移後世界の現地協力者や従業員として扱うのは吝かではない。ブレインやクレマンティーヌらの例を見るに、余程問題のある者でなければギルメン達も反対はしないはずだ。NPC達については……我慢はしてくれるだろう。
「建御雷さんも言いましたけど。強さはともかく個性的ですし、裏社会のプロともなれば、抱え込みたくはありますね!」
予定が入ったり消えたりで、ちょっと早めの投稿となりました。
レイモンがブツブツ独り言言ってるのは、銀英伝の旧OVAでレベロ議長が「それもこれもヤンが~」と言ってたのをイメージしました。
<誤字報告>
ネムイデスさん、佐藤東沙さん
毎度ありがとうございます
今回、セルフ誤字チェックはそれなりにやったつもりなんですけど
節々、自分でも『何じゃこりゃ?』と言いたくなるような誤字があって、いつにも増して自信がなかったりします