オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第52話

 夜が明けた。

 グリーンシークレットハウスにて宿泊していた法国の訪問団一行は、タブラ・スマラグディナの<転移門(ゲート)>により、カルネ村の外……街道寄りの小道へ移動している。この後は、法国へ帰国するだけなのだが、一行を率いるのは土の神官長レイモンではない。陽光聖典隊長のニグン・グリッド・ルーインだ。

 

(なんで私が……)

 

 ニグンが口の中でブツブツ言っているが、不満に思うのも無理はない。本来のリーダーであるレイモンが、茫然自失の状態から復帰していないこと。ニグンよりも上位者であるカイレも体調を崩しがちで、自分とほぼ同格の漆黒聖典隊長が「帰路のモンスター等の対処は任せて欲しい」と述べて、総指揮をニグンに委ねてしまったのだ。

 

(上役二人を引率しての外部行動とか、勘弁して欲しいのだが……)

 

 帰るまでの全責任が自分の肩に乗ってくるかと思うと、ひたすら気が重くなる。やはり漆黒聖典隊長と、二人で指揮統率したいところだ。しかし、一隊を率いる者が二人居るのは、指揮系統の混乱を招き危険である。やはり自分が頑張るしかない。

 ナザリックとの交渉が一段落し、ようやく……いや、一時的に肩の荷が下りたと思ったところにこれだ。ニグンの口から重い溜息が漏れる。

 一方、モモンガは、ニグンに負けず劣らずの重い気分で居た。

 今、彼はタブラと武人建御雷と共にニグンらの見送りに来ているのだが、これからの彼には一つ仕事があった。それは意気消沈して帰るニグンらに対し、とどめの一撃を入れるような行為だ。

 身体が異形種、心は概ね人のまま。そして根本的な在り方としては異形種。こんな身体になった上に、ここはゲーム世界だったユグドラシルとは違う。人が生き死にする現実なのだ。つまり……。

 

(そんな仲悪いでもない人に、魔王ロールで追い込みかけるとか……。俺の営業テク的に駄目だろう? いや、マジで……)

 

 と、モモンガの根っこの部分で、鈴木悟が悲鳴をあげていたのである。

 しかし、今は異形種化しているため、本能と言うべき部分では「やるべき事をやって何が悪い?」という思いもあった。それらがせめぎ合い、吐き気を催す方向で気分が悪くなるのだが……。

 

(……安定化されたか……)

 

 アンデッド特有の精神安定化が発生し、モモンガは気を取り直す。加えて異形種化したままであることが、彼の中の鈴木悟を精神の隅へと追いやっていた。

 

(弐式さんが言ってたっけ。異形種化しているままの時間が長いと、精神の『異形種ゲージ』が溜まって、人としての心が希薄になるって……)

 

 ところが人化したままだと、本質的には異形種なのだから、それはそれでストレスが溜まる。なんとも面倒な話だ。

 こうやって人の心が無くなることを気にしながら、この先を生きていくことになるのか。いっそのこと、このまま異形種に……死の支配者(オーバーロード)であることに染まりきった方が楽なのではないか……。

 

(いけない、いけない。死の支配者(オーバーロード)の身体に引っ張られすぎだ……)

 

 戻ったら人化して、スパリゾート・ナザリックで一風呂浴びるか。

 そんなことを考えたモモンガは、出発しようとしているニグンを呼び止めた。

 

「おっと、そうだ。ニグン殿。一つ言い忘れていたことがあった」

 

「と、仰いますと?」

 

 少し離れた位置に居たニグンは、朝の陽光を浴びながら振り返る。訓練された笑顔だが、その左眉と口の端がひくついているのをモモンガは見逃さなかった。「まだ何かあるんですか?」と言いたげだが、続くモモンガの言葉を聞いてニグンの顔の引きつり具合が酷くなる。

 

「クレマンティーヌという女性を知っているかね?」

 

 ……ざわり……。

 

 ニグンの周囲が騒がしくなった。

 大声あげての騒ぎではないが「漆黒聖典の裏切り者!」や「なぜ知ってるんだ! まさか……」といった囁き声が伝わってくる。本人達は囁き声のつもりだろうが、聴力の強化されているモモンガ達には、しっかりと聞き取れていた。

 

「んっ! ごほん!」

 

 咳払い。

 それはニグンが発したもので、直後に彼が左右……肩越しに背後までを振り向くと、それで訪問団の騒ぎは静まった。ちなみに顔色を変えて囁き合っていた中には、漆黒聖典隊長と巨盾万壁セドランも含まれており、ニグンは苦虫を噛みつぶしたような顔となる。その顔を気合いと根性で笑顔に戻し、ニグンは口を開いた。

 

「ゴウン様。クレマンティーヌは……我が国の者に相違ありません。その女は重大な犯罪者でして、国を挙げて捜索中なのですが……。ここで名を出されたとなると……身柄は確保されているのでしょうか?」

 

「察しが良くて助かる。ふとしたことから彼女を雇うことになったのだよ。今ではナザリックの現地人従業員として良くやってくれている。知ってはいるだろうが、彼女は優秀なのでな」

 

 機嫌良く説明するモモンガに対し、ニグンの笑顔は再び引きつり出す。

 クレマンティーヌの性格や性癖は聞き及んでいるので、最初は彼女が粗相をしでかし、その件で法国が責められていると思ったのだ。ところが、そのクレマンティーヌは驚くべき事に、ナザリック地下大墳墓で『ぷれいやー様』に仕えているという。

 つまり、クレマンティーヌのせいで法国が更なる危機にさらされる恐れは無いが、一方で国を揺るがす犯罪人を、その居場所が知れているのに手を出しがたくなったということになるのだ。

 

「……クレマンティーヌ……殿を、我が国にお引き渡しいただくというのは?」  

 

「聞けない話だ」

 

 無理と思いつつ聞いたニグンを、モモンガは突っぱねる。

 

「言ったとおり、今の彼女はナザリックの一員なのでな。私には部下を守る義務がある。そのようなわけで、諸々目を瞑っていただけるとありがたい」

 

 モモンガとしては、威厳があると思っている声色と喋り方だ。実に重々しい。しかし、傍らで聞く建御雷とタブラの二人からは、次のような呟きが聞こえてくる。

 

(「犯罪者か知らんが、俺んところで雇ってるんだから四の五の文句を言うなってか? 打ち合わせどおりだけど、魔王ロールで言うとえげつないな」) 

 

(「いやあ、様になってますねぇ。さすがはモモンガさんですよ。まさに魔王様!」)

 

 これらギルメンの囁き声も、やはりモモンガには聞き取れている。

 

(まったく、もう。それじゃ俺が悪者みたいじゃないですか。えげつないのは理解できるけど!)

 

「それと、もう一人……ロンデスという法国の元騎士が居てな。勝手に退職したそうだが……。彼もまたクレマンティーヌと共に、ナザリック入りしている。彼に関しても、よろしく目を瞑って欲しい」

 

 内心でギルメンに抗議しながらも、言うべきことは言う。

 クレマンティーヌのことで押され気味のニグンに対し、モモンガは更にロンデスのことを盛り込んだ。ニグンはと言うと、クレマンティーヌだけでも頭が痛いところへロンデスまで加わり呆気に取られている。

 

(ロンデス? ああ……以前、ゴウン様が第七位階魔法のデモンストレーションをする直前に、我らに向かって助言した男か……)

 

 思い返せば、『ぷれいやー様』に捕獲された状態で、彼らに不利益な情報を叫ぶとは見上げた根性だった。あのときはニグンも一杯一杯だったので気が回らなかったが、今となっては陽光聖典の隊員に見習わせたいぐらいである。

 ニグンは目を閉じて顔の角度を上げると、口の端に笑みを浮かべた。が、すぐに笑みを引っ込め、への字口とし、鼻で大きく息を吐き出した。

 

「わかりました。彼女らに関して、法国は今後関知しないこととしましょう」 

 

「ニグン殿!?」

 

 驚きの声を発したのは漆黒聖典隊長。が、その彼を首だけ回して振り返ったニグンは、目力のみで黙らせた。この一連の流れをモモンガは黙って見ていたが、向き直ったニグンに対して問いかけている。

 

「早々に理解を得られて嬉しいが……。構わないのかね? 本国へ持ち帰って、検討の後に返答するべきでは?」

 

 気を遣った部分もあるが、不思議に思ったモモンガは率直に聞いてみた。すると、ニグンはニヤリと笑って肩をすくめる。

 

「先の御要望と比べた場合、比較的に軽い案件です。軽視すべきではありませんがね。どうせ持ち帰ったところで、ゴウン様を説得できるお話など持って来られませんし……。であるならば、ここで早々に快諾するのが双方に有益と考えたまでです」

 

「なるほど。確かにそうだ」

 

 モモンガとしては、ナザリックの一員となったクレマンティーヌらを見放す選択肢はない。だから、この場で快諾して貰うのはニグンの言ったとおり都合が良いのだ。

 

「しかし、そこまで詳細に説明しなくとも良いのではないかな? もっと駆け引きをするべきと思わなかったのだろうか?」

 

 ニグンの狙いは読めているが、それでもモモンガは聞いてみる。会話の流れと言うか、ニグンと話している内に発生した『やりとりの空気』が、何となく小気味良かったからだ。

 対するニグンは、カラカラと笑ってモモンガを見返した。

 

「なぁに……つまり、こういうことです。ここで一つか二つ、ゴウン様に譲歩……おっと、協力して好印象を稼いでおこうと……。すべては法国のためです」

 

「はっ、ははは、はははははっ! ……抑制されたか……」

 

 あけすけな物言いにモモンガは笑いが止まらなかったが、精神の高揚が一定値に達したのか一瞬で素に戻る。だが、胸の奥には先程の高揚感が残っている。

 

(なんだ、ニグンは随分と変わったな。ガゼフ襲撃の時に見たのとは大違いだ。男子三日会わざれば刮目してみよ……だったか? 一皮剥けたと言うか……とにかく変わった)

 

 その原因となると、主にモモンガらの真の姿を知ったことや、レイモンや漆黒聖典隊長が交渉の役に立っていないことが挙げられるかも知れない。想像を超える難局にさらされ続けて、開き直ったのもあるだろう。

 

(俺にとっては、好ましい変化ではあるな)

 

 二度ほど頷いたモモンガは、心の採点表でニグンに加点すると、打合せにはなかった一言を述べた。

 

「なるほどなるほど。……気に入ったぞ、ニグン殿。この先、転職する気があったらナザリックに来るといい。我らは優秀な人材を求めているのでな」

 

 この発言にニグンらは驚愕したが、モモンガの両側で立つタブラと建御雷は「さすがモモンガさんだ」や「あそこでサラッとあのセリフが出るあたり、本物の魔王様ですよね~」といった調子で御満悦である。それらを聞き取り肩をすくめたモモンガは、ニグン達に別れを告げると、タブラ達と共に<転移門(ゲート)>でナザリックへと戻るのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ニグン殿……」

 

 朝日の下、街道を行く法国の訪問団。その中で先頭を行くニグンに、漆黒聖典隊長……隊長が話しかけている。疲れが見える表情だが、真剣そのものだ。

 

「クレマンティーヌと、もう一人の脱走者についてですが……あれで良かったのですか?」

 

 後ろから聞かれたニグンは、見えはしないが左後方の隊長に向けて瞳を寄せると、前方を見直しながら返事をする。

 

「ゴウン様に言ったとおりだ。他の要求の方が判断に困る。……どうせ、ナザリック側の良いように呑むしかないだろうが……。そこはクレマンティーヌらの件とて変わらん。であるならば、放置して問題なさそうなクレマンティーヌらについては、あの場で快諾した方が、ナザリックの心証は良くなろう。そういうことだ。どのみち、情報に関しては全て吸い出された後だろうし……。と言うより、ゴウン様に説明した際には、貴殿も聞いていただろう?」

 

 二人の会話は、モモンガらと対面する前と後で立ち位置が変わっていた。

 どちらも聖典の隊長なので地位的には同格なのだが、以前は、ニグンの方が一歩引き、隊長も普通に受け入れていた。それは単純に、個々の戦闘力に大きな差があるためだ。しかし、今ではニグンが普通に振る舞っているのに対し、隊長は敬語を使っている。これはニグンにとっては不可解なことだったが、隊長としては「『ぷれいやー様』達と対等に交渉をし、あまつさえ勧誘までされた」と、ニグンに対する評価が著しく上昇していたのが原因であった。

 

「それは、そうですが……」

 

「本国に帰還した後、神官長様らが先の約定を反故にする可能性はあるが……いや、ないか。私の判断を是とするはずだ。そもそもだな、あそこでクレマンティーヌらに拘って、ゴウン様らの機嫌を損ねる方が問題だったと、私は思うぞ?」

 

 例え少しでも心証を良くし、本命の要求に関してナザリック側から譲歩を引き出す。公式謝罪とケイ・セケ・コゥクを引き渡すことについては拒めないだろうが、慰謝料などは減額交渉が期待できる。神として降臨いただくのは無理としても、その内に気が変わって法国に足を運ぶぐらいはあるかもしれない。

 それらが叶うのであれば、クレマンティーヌらも役に立つというものだ。

 

「まるで『神官長』のような見解ないし、物言いに聞こえますが?」

 

「勘弁して欲しい。私は陽光聖典の隊長を務めるまでが限界の男だ。……これ以上、責任を重くされてはたまらん……」

 

 最後に本音を付け加えたニグンは口を尖らせたが、それを見た隊長はキョトンとしたような表情の後に、意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「先程、ゴウン殿から勧誘を受けたようですが……。『ぷれいやー様』の僕……羨ましい話です」

 

「ありがたい話だと思うが……。立場上、おいそれと飛びつくわけにはいかん」

 

 互いに冗談の範疇で済ませようとしているので、口調は軽いものとなる。ニヤリと笑って返したニグンは、徐々に頭上へ昇りつつある太陽を見上げた。

 

(あの高き場所を行く陽光は不変だ。私も陽光聖典としてそうありたかったが……)

 

 変わる時が来たのか、変わっても良いのか……。

 肩越しに振り返ると、漆黒聖典隊長が「本当に羨ましい話だ。私も精進せねば……」などとブツブツ呟いている。更に後方では陽光聖典隊員に支えられるカイレと、同じくセドランによって支えられるレイモンの姿が見えた。レイモンは、うつろな目つきで何事か呟いているようだが、傍らのセドランが渋い顔をしているところを見ると、ろくでもないことを呟いているのだろう。

 

(転職……か)

 

 モモンガの言っていた言葉が脳内で再生された。

 

「それも……いいのかもしれんな……」

 

 誰に言うでもなく呟き、ニグンは空を見上げる。自分の隊の象徴たる太陽は、変わらずそこにあった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「とまあ、そういうわけで法国との交渉は概ね上手くいった感じです」

 

 トブの大森林を歩くタコ頭の異形……タブラ・スマラグディナは、先頭を歩くアウラ・ベラ・フィオーラに説明している。

 本日は、ニグン達が帰った翌日にあたり、トブの大森林の奥地で発見されたリザードマン集落へ遊びに……ではなく調査に赴くのだ。参加メンバーは武人建御雷とタブラ。そこに……。

 

「へえぇえ! さすがは至高の御方です! 不可能なことなんてありませんね!」

 

 肩越しに振り返り、瞳をキラキラさせているアウラを加えた三名……のはずだったが、アウラの弟、マーレ・ベロ・フィオーレ。そしてアウラとマーレの創造主である、ぶくぶく茶釜が同行している。当初はアウラだけの出向を了承していた茶釜だが、「暇だから、私とマーレも行く!」と言ってついて来たのだ。建御雷とタブラ側で特に断る理由もなく、ギルド長のモモンガが了承したことで、今回の派遣メンバーが決定したのである。

 

「う~ん……」

 

 ズルズルと森の小道を這うピンクの肉棒、茶釜が首を傾げたような素振りを見せた。その声が聞こえた建御雷が、鞘に収めた大太刀を肩に担いだままで振り返る。

 

「茶釜さ~ん? 何かあったっすか?」

 

「いえね、建御雷さん。粘体の身体で、舗装もしてない森の小道を歩いてるでしょ? 徐々に削れて無くなる~……とか、おろし金でおろされたみたいに痛い~……とか。そういうのがあるかと思ったんだけど、特に何にも無いのが不思議だな~って」 

 

 この疑問に、建御雷の左隣を歩いていたタブラが答えた。

 

「物理ダメージとして通ってないからじゃないですか?」

 

「でも、全力疾走して転んだりすると痛い思いをするじゃない?」 

 

 その後暫く、タブラと茶釜の物理ダメージ論議は続く。それが正しいかどうかはともかく、二人の行き着いた結論とは……。

 

「普通にしてる分には平気で、必要以上に力を入れて、意識しないところで転んだりするとダメージが通る……ですかねぇ」

 

「それって地面で自分を殴ってる感じ? 不思議な仕様よね~……。そう思わない? マーレ?」

 

 完全に解決したとは言えないが、茶釜はマーレに話を振る。茶釜の隣を歩いていたマーレは、杖を抱きしめながら答えた。 

 

「よ、よくわからないですけど、至高の御方が凄いのは間違いないです!」

 

「あはは~。ありがと~……てか、マジ可愛いな! こんちくしょー!」

 

 困ったように笑った茶釜が、粘体を触腕状に伸ばしてマーレの頭を撫で回す。途端にマーレは溶けそうな表情となり、その尖った耳を水平……次いで下方へと下げた。

 

「はうあう~。茶釜様! そんなにしていただいたら、僕~……」

 

「ふははは! ()い奴め! く~……理想の弟的少年だわ~~」

 

(あんたの『理想の弟的少年』ってのは、ミニスカ履いてるのかよ……)

 

 そういった感想が口から出かけたものの、建御雷はグッと堪えている。ユグドラシル時代、アウラやマーレの服装についてツッコミを入れた者は、例外なく激しい攻撃……もとい口撃にあって撃沈されていたのだ。今の茶釜は肉体が異形種のそれなので、色々な『圧』が増している。どれほどのダメージを受けるかわからないとあっては、まさに触らぬ神に祟りなしだった。

 ともかく、後方で創造主(茶釜)創造NPC(マーレ)がイチャイチャしている。歩きながら聞く建御雷とタブラとしては苦笑を禁じ得ない。

 

「ホント、仲がいいな。茶釜さんのところは」

 

「そもそも、ギルメンで製作NPCと仲が悪い人って、そんなに居ませんしね~」

 

 そうやって男共が呟いてる間にも茶釜はマーレを抱え上げ、頭の上に座らせている。

 

「ああ~、最っ高に楽しぃ~っ!」

 

 茶釜自身、アウラやマーレを作成するにあたっては『やりすぎた感』があった。そのため、実際に動いてるアウラ達と会う機会があったら、恥ずかしさの余り逃げるかも知れないと思っていたのである。しかし、現実に会ってみると、これがアウラもマーレも果てしなく可愛いのだ。その上、自分のことを無条件で慕ってくれている。

 

(こんなワンダホーで、パライソなことがあって良いのかしら!? もう絶対に現実(リアル)に戻りたくないわ~)

 

 これが嘘偽りの無い、茶釜の本心だった。

 どうせ現実(リアル)に戻ったところで、人生は詰んでいた。茶釜姉弟には戻る選択肢はない。ならば、こっちの世界で幸せに過ごせるなら万々歳ではないか。

 

「うにゅう……。羨ましい……」

 

 そんなマーレとのスキンシップが続く一方で、アウラが不満そうにしている。彼女はチラチラと後方を振り返り、茶釜達の様子を窺っていた。当然、その仕草は建御雷に見えており、彼らに気を遣わせることとなる。

 

「アウラ?」

 

「は、はい! 建御雷様!」

 

 ビクリと肩を揺らしたアウラが、すぐ後ろの建御雷を見た。と言っても、左肩越しで茶釜を見ていたところなので、その視線を上げれば建御雷の顔に行きあたる。ちなみに、ぶくぶく茶釜や武人建御雷、それにタブラ・スマラグディナ等、名前の長いギルメンらはNPC達が律儀に全読みしてくるので、名前のみや省略して呼ぶことを許可していた。NPCらは恐れ多い、あるいは不敬だと遠慮したものの「親しみ重視だ!」とモモンガが命じたことで従っている。

 

「リザードマンの集落には、この小道を道なりに進めばいいんだよな?」

 

「は、はい! 途中で枝分かれすることもないので、それで大丈夫です!」

 

 元々、トブの大森林の調査を命じられていただけあって、アウラは自信たっぷりに胸を叩いて見せた。

 

「じゃあ、茶釜さんのところへ行って良し!」

 

「え、ええ!? あ、あの……あたし、何か粗相をしましたか?」

 

 不安そうになるアウラであるが、対する建御雷は左手の平をヒラヒラ振って否定する。

 

「ちげーよ。このまま歩いてて目的地に着くなら、当面は道案内とか要らないだろ? 後ろへ行って、茶釜さんに甘えて来いって言ってんだよ」

 

「で、でも、道案内の任務が……」

 

「それはもう達成できてますよ。アウラ、御苦労でしたね。茶釜さんやモモンガさんも、きっと褒めてくれるでしょう」 

 

 アウラは任務と言いつつ、明らかに迷っていた。が、説得にタブラも加わったことで、一度目を閉じてから朗らかな笑顔で建御雷達を見直している。

 

「わかりました! お言葉に甘えさせていただきます!」

 

「おう! 茶釜さんには、俺達から……おっ?」

 

 言いつつ建御雷が振り返ると、茶釜が触腕状にした粘体でサムズアップをしているのが見えた。器用なことしてるな……と思いつつ、建御雷はアウラを送り出す。

 

「まあなんだ、茶釜さんは解ってくれてるから問題ない。ほれ、行ってこい」

 

「は、はい!」

 

 元気良く返事したアウラが、タタタと後方へ駆けて行く。その後ろ姿を見送った建御雷は、前方に向き直って移動を再開した。

 

「ああいうコミュニケーションも良いもんっすね。うちはNPCがコキュートスなんで、男友達か弟分みたいな感じになるんすわ。暑苦しいのは嫌いじゃないですけど、ちょっと羨ましいかな……」

 

「私のところは、アルベドは嫁に出したので、ルベドとニグレドとのコミュニケーションですかね~……。ルベドは、ちょっと難しい子なんですけど……」

 

 ニグレドは、情報収集特化型の優れたNPCである。面皮を剥がされた……デザインの少女で、タブラ作成の三姉妹では長女の位置づけだ。彼女の部屋に入るには、あるアイテムと儀式が必要になるが、それはタブラの悪乗りの産物で……ニグレド本人は、至って(限定的ながら)心の優しい少女なのだ。

 三女ルベドに関しては、ナザリックに幾つかある秘密要素の一つで、個としてはナザリック最強のNPCである。その強さの一例を挙げると、肉弾戦においてはアルベドやコキュートス、セバスを上回るほどだ。

 

「難しい子って……。ルベドは確か……タイマンだと、たっちさんでも勝てないんじゃなかったっけ?」

 

「まあ、相性の問題ですけどね。私的には、対策アイテムを取り揃えて、バフ盛りして、更に作戦があれば……たっちさんなら勝てそうな気がしますけど。ただ、一対一は本当に厳しいですね。ルベドと戦うとして、ナザリックに居るのが……例えばモモンガさんだけだったら、完全装備であっても当然勝てません。もう第八階層のあれらと、世界級(ワールド)アイテムを併用するぐらいしかないでしょうね」

 

 モモンガ一人で……とタブラが話したのは、ナザリック地下大墳墓には、ギルメンがモモンガのみの時期があったからだ。異世界転移前、ヘロヘロが行動を起こさなければ、モモンガは一人で転移した可能性が高く、建御雷には寒気を覚える例え話として聞こえていた。

 

「おっかねぇな……。モモンガさんだけで転移しなくて良かったぜ……」

 

「一対一の戦いを前提とするから、そう思ってしまうんですよ。今の状況であれば、ルベドの対処は可能です」

 

 タンクとして、ぶくぶく茶釜。

 アタッカーとして、武人建御雷と弐式炎雷。

 後衛にはタブラ・スマラグディナとペロロンチーノ。そして、モモンガである。

 

回復役(ヒーラー)が居ないのが惜しいですけど、ある程度はポーションで代用できますしね。これだけ居たらルベドに勝ち目はありません。こっちには世界級(ワールド)アイテムだってありますから。最悪、第八階層に戦地を移動させる手も……。とまあ、そういった話は置いておくとして……私には娘二人が残ってますけど、茶釜さんみたいにできるかと言われると微妙かな~……」

 

 こういう時は、凝った設定が裏目に出た感じになるが、タブラに悔いはない。そして、それは建御雷も同様だ。

 

「それで良いってことで造ったから、自分のNPC(コキュートス)に文句は無いんですけどねぇ」

 

 建御雷は、言いながら左手の指で頬を掻いた。

 

「でも可愛い系のNPCと仲良くするってのは、やっぱイイ感じに思えるなぁ。隣の芝生は青く見えるってやつですか?」

 

「そうかもしれませんね。っと、そろそろ到着かな? はい、皆さん……と言っても建御雷さんと茶釜さ~ん? 打ち合わせどおり、ここからは人化して行きますよ~?」

 

 タブラが呼びかけ、建御雷らが頷く。

 相手はリザードマンなので、人間相手ほど気を遣う必要はないだろうが、それでも種類違いの異形がゾロゾロ姿を現したのでは驚くだろう。そこで人化だ。タブラ達が人の姿となれば、同行している護衛は闇妖精のアウラとマーレ。概ねはヒト種の一行にしか見えないだろう。多少はリザードマン達も安心して接してくれるのではないか……というのがタブラとモモンガの狙いだった。

 

(人間やエルフだから安心する……じゃなくて、異形種よりはマシなはず……か。モモンガさんの発想だけど。相変わらずのバランス感覚と言うか、さすがと言うか……)

 

 端から異形種の姿で押しかけるつもりだったタブラであるが、時折、自分の予想や想像を超えた判断力を示すモモンガについて一人感心するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 法国の訪問団が帰ったので、ギルメンの一部は遊びに出かけたりしていたが、留守番組の中で一際幸せに溺れている者が居る。

 ペロロンチーノだ。

 現在、彼は自室にて自身の作成NPC……シャルティア・ブラッドフォールンと共に居るのだが、自室は自室でも、場所は寝室だった。

 そう、ベッド上なのだ。

 彼は今、シャルティアとの性的な行為を終え、事後の余韻に浸っていたのである。ちなみに、いたしていた際は人化していたが、事が終えた後は幸せと嬉しさと歓喜と高揚感と、愛しさと切なさと、心強さが雨のように降り注ぎ、感極まって異形種化している。

 

「幸せだな~……」

 

 天井を見上げつつ、ペロロンチーノは呟いた。直後、寄り添って寝息を立てているシャルティアを起こさないよう、嘴に手をあてる。だが、溢れ出る幸福感に達成感も加わってきたことで、彼は脳内で快哉をあげた。  

 

(やった! 俺はやったぞ! ついに『卒業』だ! すっごい気持ち良かったし! 俺は、俺は、やればできる子なんですよ! モモンガさーーーーん!)

 

 こんなことで名前を出されたと知ったら、さぞかしモモンガは困惑しただろうが、幸いにしてペロロンチーノの脳内絶叫を聞き取る者は居ない。

 

「ホントに幸せだな~。理想の女の子と本当に……できるだなんて。なにしろ、法律とか気にしなくていいんだもんな~」

 

(こんなワンダホーで、パライソなことがあって良いんだろうか? もう絶対に現実(リアル)に戻りたくないわ~)

 

 奇しくも姉弟で同じようなことを考えている。もっとも、シチュエーションについては天と地ほども開きがあるのだが……。

 

「そう言えば今度、アルシェちゃんがナザリックに来るんだっけ? 格好いいところを見せたら、仲良くなれたりするかなぁ……」

 

 バハルス帝国が差し向けてくるワーカーチームには、ペロロンチーノらが異世界転移の直後で世話になった者が多くおり、その中にチーム『フォーサイト』のアルシェ・イーブ・リイル・フルトが居た。シャルティアよりは一回り大柄だが、総じて小柄の範疇であり、ペロロンチーノにとってはストライクゾーン内の少女である。

 

(シャルティアの背格好や銀髪は至高だけど。アルシェちゃんの金髪や髪型もいいよね! それと気が強そうで、頑張ってる感じが最高に萌えだし! ……って、ん?)

 

 気がつくとシャルティアが目を覚ましており、胸元から上目遣いに見ていた。よく見ると、頬が小さく膨らんでいる。

 

「え? あれ? 起こしちゃった? ごめんね? ……何か怒ってる?」

 

 途惑い気味に聞くと、シャルティアはペロロンチーノの胸板……の羽毛に人差し指を差し込み、くすぐるようにして『の』の字を書き出す。

 

「ペロロンチーノ様……。こういう時に他の女の名を口に出すのは、マナー違反だと思うんでりありんすぇ」

 

「うっ……ごめんなさい……」

 

 反論の余地がなく、ペロロンチーノがシュンとしたところ、それを見たシャルティアが慌ててフォローを始めた。

 

「いえ! ペロロンチーノ様が謝られることは何一つありません! 私の口が過ぎたからで……ぶふっ!?」

 

 余程慌てたのか似非郭言葉が消えている。その縋るように言うシャルティアの声が、途中で遮られた。ペロロンチーノが抱きしめたことで、その小さな顔を胸板の羽毛に埋められたのだ。数秒たってペロロンチーノの腕の力がゆるみ、シャルティアが顔をあげると、ペロロンチーノは笑いながら彼女の頭を撫でつける。

 

「今のは俺が悪かったから、俺が謝る……で、()~の。でもまあ、シャルティアは俺の特別で一番だけど、他の女の子に目移りしちゃうこともあるって……その、ごめんね?」

 

「いいえ!」

 

 仰向けになったペロロンチーノの胸板上で、シャルティアが躰を起こした。その際、平坦に近い胸が見えたが、言うまでもなくペロロンチーノの視線は釘付けである。

 

「特別で一番! その御言葉を頂けただけで、妾は世界一の果報者でありんす!」

 

「お、おう! 一日に一回の『妾』を、ここで!? そ、そう言って貰えると、俺も嬉しいよ!」

 

 慌ててシャルティアの瞳に視線を戻したペロロンチーノであるが、心の中では首を傾げていた。

 嫌われることを恐れているのもあったろうが、ほぼ無条件のイエスマン。

 これはペロロンチーノにとって『理想の女の子による理想の反応』のはずだ。しかし、実際にされると何やらマズいことをしている気分になる。

 

(うう……本当に、こんな感じで良いのかなぁ……)

 

 一人の女の子を『こんな感じ』に設定してしまった。そのことを後悔するのは簡単だが、それはシャルティアに対して失礼ではないだろうか。自分は責任を取るべきではないだろうか。いや、抱いたこと等に関しては責任を取るつもりだが、創造主としての責任は……。

 

「やっべ……。普通に現実の女の子と交際するより、難しい感じになってきた……」

 

「……?」

 

 徐々に事の重大さが飲み込めてきたペロロンチーノである。一方、抱きしられめながら頭を撫でられるシャルティアは、一瞬キョトンとしたものの、すぐに嬉しそうにペロロンチーノの胸へ顔を埋めるのだった。

 




 ニグン、法国離脱の恐れあり。
 実際、どう動くのかは未定です。

 ルベドに関しては迷ったのですが、充分な対策をすれば、たっち・みーさん単独でも勝算がある……ような扱いとしました。
 一原作読者としては、たっちさんの強さに幻想を抱いてるものでして。
 『第八階層のあれら』と世界級(ワールド)アイテムの併用に、たっちさんの強さが見合うかどうか……というのも激しく気になりますが……。
 ちなみに、たっちさんが聞いたら「無理に決まってるじゃないですか。私を殺す気ですか?」とか言うと思います。でも、そこを引っ繰り返して欲しいんですよね~。
 最終的に「最強の『個』」という部分に注目し、ギルメン複数なら勝利可能。色々と盛り盛りにしたたっちさんなら勝てる……みたいなイメージとなりました。
 どっちのパターンでも、実際にヤルとなったら世界級(ワールド)アイテムを装備するでしょうけど。

 ペロロンチーノさん、一皮剥ける! 
 本当は「モモンガさーーーん!」のあたりに「読者の皆さん、見てますかーーっ!」とか入れたかったのですが、断念しました。 
 あと、言うまでもなく、イビルアイもペロロンさんのロックオン対象。
 今のところ、蒼の薔薇はラキュースが出たぐらいですけど、ペロロンさんの目に入ったらイビルアイは……。
 書いたときの、お楽しみと言ったところでしょうか。

<誤字報告>
satakeさん

毎度ありがとうございます

そう言えば今回の第52話で、「正 関知」「誤 感知」という誤字があったのですが、
実は、投稿前のチェック中に気がついてまして
間違いなく目に止まっていました
……が、「?」と違和感を感じたものの、何がおかしいのか解らずスルー

……書き上がりの精神状態、ヤベー……
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