オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第56話

「……っ? はいはい。こちら、タブラ・スマラグディナです」

 

 トブの大森林。リザードマン集落へ向けて歩いていたタブラは、不意に接続を求めてきた<伝言(メッセージ)>に応じた。

 

『タブラさん、どーも。俺です。今、王都外の東側街道……から離れた荒野に居ます』

 

「ヘロヘロさんですか。何かありました?」

 

 足を止めてこめかみに指当てていると、先頭を歩いていたアウラが振り返り、後ろで着いて歩いていた同じく人化中の茶釜が、マーレと共に前に回って覗き込んでくる。それら何か聞きたそうにしている面々を、掌を出すことで押しとどめたタブラは、ヘロヘロの話に聞き入った。

 

『……とまあ、そんなわけでして』

 

「なるほど。確かにギルド長は美男子ではありません。が、『冴えない顔つき』というのは、初対面にしては言い過ぎですね。喧嘩を売っていると言ってもいい……いや、喧嘩を売ってます」

 

 一通りの説明を聞いたタブラは思うところを述べる。が、その口調は言っている間にキツいものへ変わっていった。周囲で聞いている茶釜達も、誰かは知らないがギルド長……モモンガに対して失礼な物言いをしたことだけは把握できたらしい。当然ながら、アウラマーレの闇妖精姉弟らが鋭い殺気を放ち始め、茶釜などは端麗な顔を不機嫌そうに歪ませている。

 

『タブラさんは、今は人化してるんですか?』

 

「ええ、はい。人化してますが?」

 

 ヘロヘロが言うには「自分はモモンガを馬鹿にされたことで腹を立てたが、それは異形種化していることで、割り増しで腹を立てているのではないか。人化して耳にしたとしたら、今ほど腹を立てていないのではないか」と、そう思ったとのことだ。

 

「なるほど。それで私に何か別の相談があったものの、今の私が人化中なので参考意見を聞きたかったと?」

 

『……はい』

 

 伝わってくるヘロヘロの声色は重い。

 相当に腹を立てているのが伝わってくるし、このようなことで相談を持ちかけたことについて申し訳なく思っていることも理解できた。

 タブラは剣呑な表情で居る茶釜達を一瞥すると、視線を上げて森の木々の隙間から差しこむ陽光を見て目を細める。

 

「私個人の見解を言うなら、人化した状態で聞いても腹が立ちますね。ヘロヘロさんが異形種化したことで、割り増しの立腹となっているのも確かでしょうが……」

 

 タブラは<伝言(メッセージ)>向こうのヘロヘロに対して説明した。そして、それは近くに居る茶釜達に聞かせるためでもある。

 

「ヘロヘロさん。あなたは先日、『自分達は自治会や組合みたいなもので、モモンガさんは自治会長や組合長みたいなもの』と言いました。まったく、そのとおりだと思います。しかし、私としては、そこに付け足すべき要素があると思うんですよ」

 

『……と、言いますと?』

 

「私達は『必要に迫られて集団化』しただけではなく、個人と個人の友誼、そして皆との集まりに愛着を持っているということです。そして皆……ギルド長であるモモンガさんのことを慕っています」

 

『そのとおりです!』

 

 ヘロヘロの声に力がこもる。

 モモンガは周囲に気を遣ってばかりだ。たまには我が儘を言って良いぐらいだ。そんな彼に、ユグドラシル時代……そして、転移後世界でどれほど心救われたことか。

 

「私はね、ヘロヘロさん。事情があったにせよ、ナザリックを……ユグドラシルを離れたことがあります。そして、例の集合地では土下座案で皆と意気投合しましたが……いざ、異世界転移して宝物殿に飛ばされた時、『どの面を下げてモモンガさんに会えば良いんだ』と思いました。自分が情けなかったです。けどね、モモンガさんは私をただの一度も責めなかったんですよ。そして、この転移後世界で再びナザリックに受け入れてくれた……。なんと、ありがたいことか。嬉しかったことか……」

 

 話している内にタブラも感情が高ぶっていく。自分らしくないと思うが、溢れる思いは止められない。

 

「そんなモモンガさんを軽んじるような発言は、当然ながら許せませんとも。そもそも、ギルドの長を馬鹿にするということは、私達、ギルメン全員に喧嘩を売ったということです。冴えない顔? 言った奴の面皮を引っ剥がしてやりたいですね」

 

 そこまで言い放ったタブラが気がついた時、茶釜が何度も頷き、アウラとマーレが感動のあまり涙ぐんでいるのが見えた。

 

「……ああ、少し感情的になってしまったようですね」

 

『いえ、タブラさんの本音が聞けて嬉しかったです。まったく同感ですし、そのままモモンガさんに伝えたいくらいですよ~』

 

 ヘロヘロの声が弾んでいる。そのことが余計にタブラを気恥ずかしくさせていた。

 

「それは勘弁してください。で? もう一つ、私に用件があるのでしょう?」

 

『ははは、お見通しでしたっけ? 相談内容も読まれてるでしょうが……一応、聞いて貰いましょう』

 

 ヘロヘロの相談内容とは、蒼の薔薇のイビルアイに対する懲罰……もとい、お仕置きについてだ。 

 

『言われた時は殺意が湧いたんですが……。こうして話してると殺すほどのことじゃないんじゃないか……と思う一方で、やはり何か痛い目に遭わせた方が良いんじゃないか? とも思うわけです』

 

 ところが、ナザリック側のメンバー構成からして、イビルアイの相手をするのはモモンガである。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)には魔法詠唱者(マジックキャスター)ですしね~。でも、モモンガさんが自分を悪く言われたからと言って、見た目小さな女の子を痛い目に遭わせると思いますか?』

 

「思いませんね。渋い顔はするでしょうが、接待プレイをしそうです。現実(リアル)では営業職だったそうですし」

 

 話し合っているうちに、タブラもイビルアイを殺処分する気は薄まってきていた。とは言うものの、予定どおりにモモンガに任せたら当たり障りのない対応をする可能性が高い。それはそれで悪くはないのだろうが、イビルアイの言動を知るギルメンやNPCにとってはストレスが溜まるのだ。

 

「ヘロヘロさんの用件は、私がモモンガさんと交代して、イビルアイをギッタンギッタンに叩きのめすことだったのでしょうが……。それだと、モモンガさんの凄さが伝わりませんねぇ。特にイビルアイに……」

 

『ん~……やはり、問題はそこですか……』

 

 モモンガに任せると手緩い対応となり、交代したタブラがイビルアイを叩きのめしても、それではモモンガの凄さが伝わらない。 

 実に悩ましい問題だが、数秒ほど考え込んだタブラがポンと手を打った。

 

「こうなったら、ギルメンとNPCをダシにしましょう」

 

 モモンガ自身は気にしていないだろうが、居合わせたギルメンやNPCは激しく立腹している。このことをモモンガに訴え、少し厳しめでイビルアイと手合わせして貰うのだ。

 

「居合わせてるナザリック勢の全員が頭に来ているとなれば、モモンガさんも動かざるを得ないでしょう。……こういうやり方は、あまり好きじゃないのですけど」

 

『ですね~。ギルド長は……もう少し自分に自信と、皆のトップに立っているという自覚を……と言いたいですけど。まあ、しょうがないですよ。モモンガさんは、あのモモンガさんで居るのが一番いいと思いますから』

 

 一組織のトップ、為政者、国王……色々と呼び名はあるだろうが、そのどれになるとしてもモモンガは穴が多い。恐らく転移後世界での王族や政治家と比べても、例えば国を豊かにするとか言った能力では大きく劣るはずだ。何故なら、彼は一般人なのだから。だが、そういった足りない部分はギルメンで補っていけば良いし、転移後世界で人材を募っても良い。

 重要なことは、ヘロヘロが言ったとおり、モモンガらしいモモンガのことを皆が好いていると言うことだ。それで今は充分だとヘロヘロとタブラは思う。

 

「ヘロヘロさんの言うとおりです。とはいえ、我々のストレス的なアレやコレやで、ときどき頑張って貰うことにはなるのですが……」

 

 溜息交じりにタブラが言うと、<伝言(メッセージ)>向こうのヘロヘロが小さく笑い出す。他の者に聞こえるのを気にしているのだろうが、トブの大森林に居るタブラは誰憚ることなく笑った。

 

「ハハハハッ。それでは話は決まりですね。モモンガさんの説得はヘロヘロさんにお願いします。私の名前を使ってくれて構いませんし、渋るようでしたら私に<伝言(メッセージ)>してください。説得役を交代します。それでも駄目なときは……」

 

 茶釜とアウラにマーレ。三人の視線が集まる中、タブラは目の前には居ないヘロヘロに対して肩をすくめてみせる。

 

「モモンガさんの好きなようにして貰いましょう。それはそれで、まあ……いいじゃないですか」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「本当だった! ここは王都東街道の南側荒野だ!」

 

 赤いマントを翻し、イビルアイが空から降りてきた。

 モモンガの<転移門(ゲート)>で移動した後、蒼の薔薇も六腕も大遠距離の転移魔法に驚愕していたが、イビルアイが幻術の類ではないかと疑い、飛行の魔法で上空から確認していたのだ。結果として北側に街道、西側に王都が確認できたので、こうして降りてきたのだが……イビルアイは何やら不機嫌そうである。

 

「大した力を持っているようだが……それだけに怪しいな……」

 

 少し離れて居並ぶ蒼の薔薇と六腕。その蒼の薔薇の中へ降り立ったイビルアイは、クルリとモモンガに向き直って呟いた。当然ながら、悟の仮面の下で異形種化しているモモンガには聞き取れている。

 

(え~……実力は認めてくれたっぽいのに、今度は怪しまれちゃうの? 面倒くさいなぁ……)

 

 モモンガはウンザリし出したが、同行している建御雷と弐式、そしてルプスレギナ、ナーベラル、ソリュシャンと言ったNPC組は良い気がしない。しかも、人化している建御雷は渋面になった程度だが、他の者達はギルド長に、そして至高の御方に対して無礼な目を向けられていることで、怒りゲージがドンドン溜まっている状態にあった。

 そうした状況の中、「ちょっと<伝言(メッセージ)>をしてきます」と離れていたヘロヘロが戻って来る。人化……ではなく、人に形態変化中のヘロヘロは、息を切らせ……るフリをしつつ駆けてきたが、場の雰囲気を感じ取って首を傾げた。

 

「モモンガさん? 何かありましたか?」

 

「え? ああ、少し……。それで<伝言(メッセージ)>の用件は終わったんですか?」

 

 友人が相手なので気分を入れ替えたモモンガは、ヘロヘロが頷いたのを見ると、今あったことを説明した。すると、ほへーっと聞いていたヘロヘロの表情が見る間に厳しくなっていく。

 

「え? あれ?」

 

「そうですか……ちょっと目を離した隙に……」

 

 ヘロヘロの糸目が微かに開き、いつもより大きく瞳が見えていた。目が笑っていない……という表現は良く聞くが、今のヘロヘロはまさにそれだ。加えて言うなら、顔全体も笑っていない。

 

「あ、あの……ヘロヘロ……さん?」

 

「モモンガさん、ちょっと……」

 

 ヘロヘロが手招きするので、モモンガは人差し指で自分の顔を指差し、彼についていく。弐式達はともかく、蒼の薔薇や六腕には聞こえない位置まで移動すると、ヘロヘロは思うところを述べてきた。

 曰く、イビルアイという少女の態度は目に余る。それにモモンガを馬鹿にされたことで、ギルメンやNPC達の苛立ちが大きい。ここは一つ、イビルアイを痛い目に遭わせるべきだ。

 

「と、思うのですが。どうでしょう、モモンガさん?」

 

「なるほど、そういうことですか。先程の<伝言(メッセージ)>、ひょっとして……そのことで誰かと相談を?」

 

 ヘロヘロが頷く。

 モモンガは暫し何も言わなかったが、やがて『冴えない風貌の青年』の顔で眉をひそめた。

 

「そうですか……。気を遣わせてしまったようですね……」

 

 顔を伏せ口惜しげに言うも……すぐに表情を明るくして後ろ頭を掻く。

 

「俺、自分のことなら悪く言われても我慢できるもので……」

 

「ああ、やっぱり……」

 

 脱力した感のあるヘロヘロが肩を落とすので、事情を聞いてみたところ、モモンガが今のようなことを言うのは予想できたので、一時はモモンガとタブラを交代させることを考えていたらしい。

 

「むう。そこまで……でしたか?」

 

「そこまでなんですよ。モモンガさん」

 

 徐々にヘロヘロの、いや、ギルメンやNPC達の心情が飲み込めてきたモモンガは、さすがに真面目な顔となった。イビルアイについては適当に相手するつもりだったが、身内のことを思えば少し厳しめで対応しなくてはならないだろう。

 ただ、それには絶妙な力加減が必要だ。

 

「おおむね賛成なんですけどね、ヘロヘロさん。地元名士の蒼の薔薇と敵対するのは良くありませんし、子供相手に乱暴したのでは、たっちさんが合流したときに気を悪くされるでしょう? あ、やまいこさんやウルベルトさんも良い顔はしないかな?」

 

 その後、ヘロヘロと相談を続けた結果、イビルアイには……いや、蒼の薔薇も六腕も『手合わせ』で対応することとなる。蒼の薔薇には厳しめだが、殺すのは無しだ。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)枠は、イビルアイの他は六腕のデイバーノックですか。連戦になるのかな、それとも二人同時に相手するか……。どっちの方がいいかな……」

 

 モモンガは少し悩んだが、イビルアイと先に手合わせすることにしている。対イビルアイ戦を見せつけることで、デイバーノックの戦意が砕けることを期待したのだ。無論、デイバーノックがモモンガとの手合わせを望むのなら、断ることなく受けるつもりである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「おい、サキュロント……」

 

 離れた場所で仲間の元へ戻るイビルアイの姿、それを腕組みしながら見ていたゼロは、部下の名を呼んだ。彼の後方で並ぶ六腕の一人、サキュロントは呼ばれたことで返事をする。

 

「何だ、ボス?」

 

「そう言えば、お前に用件を言いつけてあったな」

 

 最近、八本指の議長が、幾人かの部門長と結託して行動している。それを麻薬取扱部門のヒルマが知り、不安を感じているのだ。議長達は何を考え、何を隠しているのか。ゼロは、サキュロントに調査を命じてあったのだが……。

 

「お前は、すぐに戻って来たな……。いや、蒼の薔薇と鉢合わせたので、報告は聞けずに居たが……。……何があった? 本部に戻らなかったのか?」

 

「いや、それがな……ボス……」 

 

 サキュロントが言うには、ゼロと別れた直後、警備部門における部下がサキュロントの前に姿を現したらしい。

 

「子飼いの連中で、色々と調べさせててな……。そいつの報告によると議長達は……どうやら『別の組織』と手を組もうとしているらしい」

 

「別の組織だと? 手を組むと言うことは互角ないし、場合によっては向こうが格上か。そんな組織が、この国にあるのか? それとも別の国か?」

 

 サキュロントが言ったとおりの組織が存在するなら、今までゼロの耳に入ってこなかったのは不可解だ。公的機関なら知っているはずだし、裏社会の組織なら、もっと以前に八本指と利害関係で対立しているだろうからだ。

 

「相手組織の詳細は不明だ。一つ解ったことはあるんだが……。それよりな……どうも議長は、その『組織』の武力を俺達、警備部門より上に見ているらしい。警備部門に話を通さなかったのは、俺達が反発するのを警戒したからだとか……」

 

「チッ……」

 

 ゼロは、舌打ちのみで苛立ちを紛らわせる。怒声を発したいが、周囲に漆黒や蒼の薔薇が居るのだ。無闇に騒ぎ立てるわけにはいかない。

 

「それが本当なら油断ならんな。ヒルマのところに話が行かなかった理由は?」

 

「何でも、相手『組織』が、麻薬の取り扱いに関して注文を付けているらしい。運営形態を変えるとかで検討中なんだそうだ」

 

 どういう注文で、どういう風に運営形態を変えたいのかは不明とのこと。いずれの情報にしても確証は無いが、今のところは聞いた内容だけで充分だ。

 

「よく調べてくれた。……そして手際が良い。前から本部を探っていたのか?」

 

 ゼロは普段、部下を戦闘力だけで判断する。しかし、今回のサキュロントの働きは見事だ。言われたサキュロントも、満更でないのか口元に笑みを浮かべた。

 

「警備部門のためには、余所のことを知っておく必要があるんでな。本部だって、俺達から見りゃあ『余所様』さ。っと、そうそう……相手組織のことで解ったことなんだが……」

 

「一つあると言っていたな。何が解った?」

 

 ゼロが確認すると、サキュロントは少し自慢げに笑う。

 

「議長に接触してる奴の名前さ」 

 

「名前?」

 

 サキュロントが腕を広げ、肩をすくめた。

 

「ヤルダって言うらしい。手下の一人が、議長の口から漏れた言葉を聞き取ったんだとか。まあ、本名か偽名か、全部聞き取れたのか……色々と微妙だがな」 

 

「ヤルダ……。ふん、名前か……」

 

 聞き覚えはないが、情報は情報だ。ゼロは引き続き調査を進めるようサキュロントに言うと、その視線をモモンガ達……漆黒へと向けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 かくして時は昼を過ぎ、荒野では手合わせが始まろうとしている。

 ヘイグ武器防具店……ナザリック陣営、蒼の薔薇、六腕。三グループが三角形の頂点に位置する形で距離を取り、布陣していた。布陣と言っても、各グループごとに集合しているだけなのだが、彼らの視線は各頂点からの中心地点に向けられている。

 そこでは弐式炎雷と、蒼の薔薇の忍者……ティナとティア、そして六腕の踊る三日月刀(シミター)ことエドストレーム、更には幻魔サキュロントが戦闘中だった。

 三勢力が同時に出ていることになるが、実質的に一対四の形式である。何故なら、これはナザリック側(一応、ヘイグ武器防具店の店主一党……冒険者チーム漆黒ということになっている)と他勢力の手合わせだからだ。ちなみに、デモンストレーションの件に関しては、蒼の薔薇と六腕の双方から断られ、全員が手合わせを望んでいる。いや、一部訂正しなければならない。六腕のサキュロントのみは「ええ? 腕前を見せて貰うだけでいいじゃないか」と言いかけたようだが、言い終わる前にゼロから睨まれて黙り込んでいた。その彼も、直後にイビルアイから「怖じ気づいたのなら帰っていいんだぞ?」と煽られたことで、やる気にはなったようだが……。

 

(うおお!? なぜだ!? なぜ、こっちを見てるんだ!?)

 

 結果として、手合わせの一番手として投入されることになったサキュロントは、ヘイグ武器防具店店主の仲間という忍者(弐式)に驚愕している。

 一対四を提案したのは弐式だったが、指名を受けた四人の中で一番最初に突っかかったのがサキュロントだった。四人がかりで来いと言われて気を悪くしたのは皆同じである。ただ、蒼の薔薇の二人と六腕の二人、その中で最も堪え性のなかったサキュロントが先駆けただけなのだ。

 しかし、感情任せの無策だったわけではない。真正面から斬りかかる……フリをして幻影と交代。自身は透明化して、弐式の背後に回り込んだのである。これは走る音にアイテム等での欺瞞があり、生半可なことではサキュロント本体を見抜けはしないだろう。下手をすればゼロやガガーランとて背後に立つことを許しかねない技術だった。

 が、それも弐式には通用しない。

 事の最初から弐式の視線はサキュロントに向けられており、背後に回る頃には身体ごと向き直っている有様だった。

 

「ううっ……」

 

 サキュロントが隠し身を解くと、それと同時に弐式の正面……今では背後に迫っていた幻影も消える。剣の切っ先を下げたサキュロントは、一、二歩後退した。その彼に対し、弐式は下げていた腕を組んでみせる。

 

「俺の目を誤魔化すには、随分とレベル……練度が足りないな」

 

「お、おお、俺が練度不足だとぉ!? 俺は六腕の一人、幻魔サキュロントだぞ!」

 

 怒りで気を持ち直したサキュロントが剣の切っ先を上げて激昂するも、弐式は動じずに答えた。

 

「それがどうし……ああ、しまった!」

 

 弐式は暗く重くしていた声を明るくし、自身の後頭部を掌でポンと叩く。

 

「悪い悪い。俺達が腹立ててるのは六腕の方じゃなかったわ。ごめんな~。ちょっとイラッとしてたもんだからさ~」

 

「な、何を訳のわからないことを……」

 

「お喋りしてんじゃないよ! サキュロント!」

 

 ビュゴッ!

 

 女性……エドストレームの声と共に、四本の三日月刀(シミター)が飛ぶ。舞踊(ダンス)の魔法が付与されており、敵対象者を自動追尾にて攻撃する武器だ。常人が使用すれば一撃離脱を繰り返すだけだが、エドストレームの優れた空間把握能力と脳の柔軟性があれば、千変万化……まさに踊るがごとき攻撃が可能となる。その三日月刀(シミター)が前後左右、弐式の胴体を狙って突進するも、弐式は右手一本ですべて受け止めた。

 

「はあっ!?」

 

 弐式の背後、離れた位置に居たエドストレームが、三日月刀(シミター)を差し向けたポーズのままで目を丸くする。かなり強いとゼロから聞かされていたので、この一撃では倒せないだろうとは思っていた。だが、四本すべて掴み取られるとは思わなかったのだ。しかも弐式は、右手だけしか使っていない。

 

「ど、どういう体術してるのさ! わっ!?」

 

 驚きを口に出したが、言い終わる頃には弐式が目の前に居た。

 思わず身をかばうように腕を上げ、上体を後方に反らすエドストレームに対し、弐式は自分の下顎を掴んで興味深げに覗き込む。

 

「な、なにさ!?」

 

「近くで見ると美人さんだねぇ。ペロロンさんやヘロ……ヘイグさんらの好みからは外れるかもだけど、俺の好み的には~……」

 

 髪が黒くないのと、肌の色でナーベラルが上だけど……銀髪褐色肌も、これはこれで個性的だ。

 などと頷く弐式に、エドストレームは頬を紅潮させつつ眼光を鋭くする。手合わせの最中に余裕を見せられたのと、からかわれたと思ったことで頭に血が上ったのだが……そこに介入する影が二つ。

 

(手合わせ中に気を抜きすぎ)

 

 ティナが弐式の後方に出現し、次いでティアがエドストレームの後方より、彼女の頭越しで跳躍する。後方のティナには手を出しにくいし、ティアを攻撃するにはエドストレームが邪魔だ。そして、どちらか一方に対応すれば、片方に対して手が回らなくなる。

 普通の相手なら、これで勝負は決し、ティア達の攻撃を受けた弐式は荒野に倒れ伏すはずだった。しかしながら弐式は、転移後世界の強者基準で言えば『普通の相手』ではない。

 後方から突きかかってきたティナの攻撃を腕ごと右腋で挟み取り、上方のティアに対しては振り下ろされる苦無を躱しつつ、左手で胸ぐらを掴みあげた。

 

「ぐっ! 離せっ!」

 

 挟まれた腕がビクともしないことで、ティナは弐式の背を蹴ろうとする。が、その頭上からティアが降ってきた。

 

「あぐぁ!?」

 

「ぐぎっ!」

 

 最初の声は、ほぼ不意打ち状態となったティナのもの。後者は、投げ落とされる際に歯を食いしばっていたティアの声だ。ティアの方がダメージは少なかったようだが、あくまで比較してである。頭と頭で衝突したのだから、すぐには次の行動に移れない。そこへ半身だけ振り向く形となった弐式の蹴りが飛んできた。

 

 ドカァ!

 

 落下中で逆向きだったティアの腹部に弐式の足刀が突き刺さる。蹴られた身体は後方へ飛ぶが、すぐ後ろに居たティナが身体で受け止める羽目になり、二人まとめて十メートル以上は飛ばされることとなった。

 

「うわ……」

 

 容赦ない蹴りにエドストレームが声をあげたので、弐式は彼女に向き直る。

 

「そうそう、三日月刀(シミター)は返しておくから。まだ見せたいことがあったら、ドンドンやってね~」

 

 そう言って弐式は、腰帯にさした三日月刀(シミター)四本をエドストレームの足下へ置いた。当然、隙だらけとなるが、エドストレームは攻撃できていない。頭上にはまだ二本の三日月刀(シミター)が滞空していたものの、ついさっき四方からの攻撃を止められたばかりなのだ。二本の三日月刀(シミター)で何ができると言うのか。

 動けないエドストレームであったが、中腰になっている弐式の背後に迫る者が居た。

 最初に突っかけ、幻術を看破された後は放置されていたサキュロントである。

 先程と同じく隠し身であったが、音を立てず這いつくばるようにしての移動接敵だ。全身全霊をかけた背後取りである。しかし……。

 

「ああ、わかってるから」

 

「ぶぎょ!?」

 

 頭を上げながら一歩後退した弐式は、その足でサキュロントの顔面を踏んだ。カエルのような声と共にサキュロントが姿を現し、剣を取り落として突っ伏す。顔面を蹴り砕かれるとか鼻血を出すとか、そういったダメージは無い。ただ上から顔を踏まれたので悶絶したのだ。

 

「さあて、続きと行きますか……」

 

 そう呟いた弐式は今度はエドストレームを放置して、ティナとティアの方へ向かう。彼にとって、念入りに相手したいのは蒼の薔薇の方なのだから……。

 

(直接ムカついてるのはイビルアイってのだけだけどぉ~。俺的には発散したいものがあるんだよね~)

 

 その後、弐式はサキュロントとエドストレームに関しては軽くいなすだけとしたが、ティアとティナに関しては厳しめの対応を続行している。殴ったり蹴ったり、あるときは投げ飛ばしたり。大怪我はさせないものの、一方的にボコボコにしたのだ。最終的に姉妹揃って大の字となったティア達が降参し、合間を縫って攻撃していたが何一つ通用しなかったサキュロントとエドストレームらが負けを認めたことで、弐式の出番は終わったのである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「お帰りなさい。残念……だったわね?」

 

 よろけながら戻って来たティアとティナを見て、ラキュースは安堵しつつ声をかけた。二人は擦り傷だらけだったが、見たところ大きな傷は一つとしてない。これならポーション瓶一つで回復できそうだ。

 が、ティアとティナは並んで頬を膨らませている。

 

「相手にならなかった……」

 

「同じ忍者なのに実力が違いすぎる。悔しさも感じないぐらい何も通用しなかった」

 

 それほどなのか……と聞きたいが、ラキュース達は離れて一部始終を見ていたのだ。少なくとも、ラキュースが見た限りではティア達が手を抜いていたようには見えなかった。

 

「ヘイグと、その一党……。いえ、冒険者チーム漆黒……。想像を超える強者だという事ね……」

 

 ラキュースは軽く握った拳を口元に当てて考えている。

 それほど強いのであれば少しは噂になりそうなものだが、チーム漆黒については聞いたことがないのだ。もっとも、つい先日、モモンガとアルベドがエ・ランテルでのアンデッド騒動において活躍している。なので、さほど時を置かず、王都にはチーム漆黒の噂が届くことになるのだが……。

 

「次は俺か……。おっかないねぇ……」 

 

 かすれた太い声。深紅の鎧に身を包んだ女戦士、ガガーランが愛用の刺突戦鎚(ウォーピック)……鉄砕き(フェルアイアン)を一振りしつつ言った。

 

 ブォン!

 

 巨大な刺突戦鎚による風圧で、ラキュースの前髪が揺れる。

 大柄なガガーランの体躯と、その膂力から繰り出される攻撃は頼もしいが、眼前のヘイグ達を見ていると、いつものような安心感が生まれない。

 次はガガーランが言ったように、彼女の番で、六腕からは空間斬ペシュリアンと千殺マルムヴィストが出ることになっている。

 

「俺達の相手になるってのは、あのタケヤンって男らしいが……。童貞じゃなさそうにしても、弐式ってのと同じくらい強いとしたら勝ち目ねーな……。ラキュースはゼロと組んで、ヘイグとやるんだっけ?」

 

「組むってわけじゃないけど……。そっか、私、二対一でヘイグと手合わせするのね……」

 

 卑怯だとかを言いたいわけではない。

 先程、チームメンバーのティアとティナが、六腕の二人とで挑んだにも関わらず、ニシキという男に敗北したのだ。続くガガーランは、タケヤンとは三対一で戦うのだが、ラキュースの場合では更に一人減ることとなる。相手に対して数で勝っているのは間違いないのに、自分の順番では数的に不利になるような気がしてしかたがなかった。

 

「憂鬱よね~。手合わせなんて申し出るんじゃなかったかしら? それにしても、ヘイグのお仲間達……私達に対して当たりが厳しくない?」

 

 先に手合わせしたティア達は、大怪我こそしなかったが一方的に叩きのめされていた。六腕の二人に関しては軽くいなされるだけだったのにである。

 

「まるで、私達に対して怒っているようだわ……」

 

「まるでも何も、怒ってるだろ? イビルアイが余計なこと言ったからじゃないのかぁ?」

 

 ブンブンと素振りしているガガーランが、その目をラキュースからイビルアイに転じた。腰を下ろして項垂れていたティアとティナも顔を上げてイビルアイを見る。最後にラキュースが視線を向けると、イビルアイは狼狽えたように皆を見回した。

 

「わ、私が何を言ったと言うんだ!?」

 

「言ったろーがよ。モモンって言う魔法詠唱者(マジックキャスター)の顔を見て『冴えない』だとかケチつけてたろ? あれでヘイグ達の目つきが変わったんだぜ? 聞いた話じゃ、ヘイグは冒険者チーム漆黒のメンバーで、そのリーダーがモモンって言うじゃないか。おめーはな、相手さんのリーダーに失礼なことを言ったんだよ。仲間としちゃ腹が立って当たり前だろ? それぐらい解れよな……」

 

「ぐっ……。だが、私は……」

 

 咎められたイビルアイは呻くのみだ。が、その彼女を一瞥したラキュースは溜息をついてガガーランを見た。

 

「ガガーランの言うとおりだと思うわ……」

 

「ラキュース! お前まで!?」

 

 見捨てられた様な気分になったのか、イビルアイは悲鳴のような声を出す。それに対し、ラキュースは黙って頭を振った。

 

「貴方だけの責任じゃないわ。イビルアイが、いつものイビルアイ過ぎて……。その場でヘイグ……いえ、モモンさんに謝らなかった私の落ち度でもあるのよ。アダマンタイト級だのと持ち上げられて、少し傲慢になっていたのかしらね……」

 

「ラキュース……」

 

 ここ数年、強気で誇り高く振る舞っていたラキュース。その彼女の気弱な声に、イビルアイは力なく俯くのみだ。

 

「ま、俺は俺でケジメつけるつもりだったが……。これがその機会ってやつだ。とにかく、やるしかねーさ!」

 

 話は終わりだとばかりにガガーランが言い、前に出る。

 

「手合わせする以上、俺は……こいつを振るうだけだしな!」

 

 そうして歩み出すと、六腕側からもペシュリアンとマルムヴィストが進み出ているのが見えた。

 

(犯罪者と組んで戦うだなんて、笑える話になったもんだ……)

 

 ガガーランは分厚い唇を笑みの形に曲げ、左手に持った鉄砕きを肩に担ぐ。そして右腕を横に伸ばすと、後方のラキュース達に向けて親指を立ててみせた。

 

「じゃあ、ちょっくら行ってくる! 見ててくれよ!」

 




む~ん。
最初の予定どおり、イビルアイに関してはモモンガさんにお任せに。
5行ぐらいで纏められたかもですが、ヘロヘロさんとタブラさんとの会話とか、入れたかったものでして。

12月13日の1時半過ぎぐらいで書き上がったのですが、読み返しと誤字チェックしてると疲れ目で涙が出てくるという……。


<誤字報告>
誤字報告機能は本当に便利ですね~

macheさん、ARlAさん、D.D.D.さん、佐藤東沙さん、はなまる市場さん

毎度ありがとうございます

それと評価つけてくださってる方々もありがとうございます。
コメント読んでますよ~。
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