オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第57話

「弐式さん! 凄かったですよ!」

 

「いやあ照れるなぁ、モモンさん。もっと言ってくださいよ」

 

 モモンガから声をかけられ、弐式は思わず調子に乗る。弐式としては「あんな感じで良かったかな~……。まあ悪口言った当人じゃないしね~」と、微妙な気分で戻って来たのだが、裏表のない素直な賞賛には頬が緩みっぱなしだ。

 

(って、今はハーフゴーレムになってるからホッペとか無いんだけどね~)

 

 そして、モモンガと共に観戦していた建御雷やヘロヘロ、そしてルプスレギナにソリュシャンも褒め称えてくれる。実に気分が良い。

 

「ニシキさん……」

 

 ふと声がしたので目を向けると、居並ぶ戦闘メイド(プレアデス)……今は冒険者としての装束に身を固めているが、その三人娘の真ん中にナーベラル・ガンマが立って居て弐式をジッと見ている。弐式はモモンガに歩み寄ろうとしていたが、ナーベラルと目が合うなり即座に方向転換。斜めに向きを変えて歩き、ナーベラルの前に立った。

 

「ちょ、弐式さ~ん……」

 

「モモンさん、俺が後で言っておくから……」

 

 力なく弐式を呼ぶモモンガの肩に建御雷が手を置いている。そのことに気がつかないまま、弐式はナーベラルに話しかけた。

 

「どうだった!? 蒼の薔薇との忍者とか、好き放題振り回してやったぜ!」

 

「素晴らしかったです! 可能であれば映像と音声をデータクリスタルに記録して、永久保存にしたいくらいです!」

 

「いやあ照れるなぁ、ナーベラル! もっと言っていいんだぞ!」

 

「素晴らしいです! 弐式様!」

 

 モモンガに対して言ったことを、ほぼそのままナーベラルに言う弐式。しかし、声に籠もる熱量が別方向で多い。ナーベラルもナーベラルで、抑制が利いていないのか、さん付けが様付けに戻ってしまっているようだ。

 突如、出現した桃色空間に、モモンガや残りのギルメンは呆気に取られてしまう。もっとも、NPCであるルプスレギナとソリュシャンは、感動の面持ちで弐式とナーベラルに見入っていたが……。 

 

「二人の世界に入っちゃいましたか……。ギルド長の俺としては、どうしましょうかね~。他のギルメンの目がある場所では、恋愛行為は禁止とか……ギルドルールでも新設しますかね~?」

 

「も、モモン……ガさん!?」

 

 ジト目のモモンガから出た言葉。これに反応したのは弐式ではなくヘロヘロである。

 

「そういうこと言うの、やめてもらえます!? そんなことになったら……俺がソリュシャンと、外でイチャイチャできないでしょ!」

 

「ええ~っ? いいじゃないですか。そんなのギルメンの目につかないところで……って、ああっ!?」

 

 負けじと言い返していたモモンガだが、途中で言葉を切るや頭を抱えて叫ぶ。

 

「それだと俺も、アルベドやルプスレギナと外でイチャイチャできないじゃん!?」

 

 骸骨が墓穴を掘る。

 悟の仮面未着用であれば、アンデッド・ジョークを体現できたであろうモモンガだが、その彼のローブの裾をルプスレギナが引いた。モモンガを見上げる顔は、恐る恐るといった風情ではあるものの瞳に期待の光が宿っている。

 

「あのう……外でのイチャイチャ。私は、いつでも準備万端っす!」

 

「ルプスレギナ……」

 

 お前、いつの間に近くへ来てたんだ? と言いかけたのを飲み込み、モモンガはルプスレギナの両肩に手を置いた。そして見上げてくる赤毛美女と視線を交わしつつ口を開く。

 

「ルプスレギナよ。その気持ち、嬉しく思うぞ? しかしな、弐式さんのアレは悪い見本だ。よって私的には、もう少しソフトな……」

 

「モモン……ゴホン……さん! 聞こえてますからね!?」

 

 ナーベラルとハグしている弐式から声が飛ぶ。これに対しモモンガがプイと顔をそらしているが、一連の状況を見ていた建御雷は疲れたように溜息をついた。

 

「まったく、いつもどおりで騒がしいったら……。え~と、俺の出番は次だったっけ?」

 

「はい。タケヤン様」

 

 確認混じりの呟きに、ソリュシャンが応じている。盗賊職の装束や装備を身につけているが、その美しさには一点の曇りもない。ヘロヘロを見るでもなく、きちんと自分に向いて話しかけてきた彼女を、建御雷はマジマジと見返した。

 

「教えてくれて助かるが……。お前さん、ヘイグ(ヘロヘロ)さんのところに行ってなくていいのか?」

 

「衣装は替われど(わたくし)はメイドですので。特にお呼びが掛かっていない今は、至高の御方にお仕えするべきかと……」

 

「うを……」

 

 後に武人建御雷は語る。

 そう言って微笑んだソリュシャンは、メイド服着用でないにも拘らずメイドに見えた……と。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「すまねぇ、ボス。まるで相手にならなかった……」

 

 すっかりしょげたサキュロントが身を小さくして戻って来た。蒼の薔薇のティア達と同様、身体の各所に擦り傷を負っているが、程度としてはティア達よりも軽傷である。ツバでも付けておけば治るようなものだ。

 一緒に戻って来たエドストレームに至っては、ほとんど無傷。これは手合わせ目的であることと、六腕に関して特に悪感情を抱いていない弐式が、女相手ということで基本的に手を出さなかったことによる。

 

「私の三日月刀(シミター)も、まるで役立たず。世の中には強い奴が居るものねぇ。……自信、無くしちゃうわ」

 

「相手が悪かったんだ。気にするな」

 

 エドストレーム自身は自嘲気味に言ったのだが、いつもなら怒鳴りつけてくるであろうゼロが慰めるようなことを言うので驚いた。

 

「……あ、ああ、ボスはヘイグ達の強さを知ってるんだっけ?」

 

「ヘイグには、本気の拳を片手で止められたからな」

 

 それについては事前に聞かされていた六腕メンバーだが、最初に聞いた時はゼロの似合わない冗談かと思っていたのである。ところが、実際に戦ってみると想像を超えてヘイグ達……いや、冒険者チーム漆黒が強すぎる。自分達のボスであるゼロの言は、嘘偽りないものだったのだ。

 そうなると、出番の残っているペシュリアンやマルムヴィストの顔色が悪くなる。次に出る漆黒メンバーはタケヤンという男らしいが、さっき見たニシキぐらい強いとなると、ガガーランを加えた三人がかりでも勝てる自信はなかった。

 

「俺とペシュリアンは不戦敗ってことには~……」

 

「駄目だ」

 

 怖ず怖ずと手を挙げたマルムヴィストの提案を、ゼロが一蹴する。

 

「せっかく自分より強い奴と、命の心配なく戦えるんだ。胸を借りる気持ちで、全力で戦ってこい」

 

「う~……やっぱり?」

 

 マルムヴィストは顔の横まで挙げていた手を下ろした。これ以上ごねたらゼロに殴られかねないので、覚悟を決めるが、共に戦うことになるペシュリアンに声をかけている。

 

「お前も俺も災難だな?」

 

「俺はボスの言うとおりだと思う。正直言って怖いが……。またとない機会だからな、精一杯闘い抜く……」

 

 全身甲冑のペシュリアンは、その表情が見えない。しかし、平坦な口調からは少しだが覚悟のようなものが感じ取れた。

 

「そうか、そうか。お前は、そういう奴だったな。わかったよ、俺も最後まで付き合うわ~」

 

 今度こそ諦めのついたマルムヴィストは、腰に下げた愛用のレイピア……薔薇の棘を鞘越しにポンポン叩くと、同僚たるペシュリアンと共に歩き出す。それはまるで散歩に出るような、気負いのない歩みだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 武人建御雷。彼は当人が思う分には、武人と呼ばれるほどの武人ではない。

 要するに、町道場の師範代ぐらいの自己評価なのだ。

 だから、NPC達から『至高の御方』あるいは『武人』建御雷様などと持ち上げられると気恥ずかしくなってしまう。何故なら、転移後世界はユグドラシルのようなゲームではなく、現実なのだから。

 そんな彼にしてみれば、鍛え上げることによって強さを得たゼロやガガーランなどは尊敬に値する人物だと言えるだろう。

 

(ガガーラン、空間斬ペシュリアン、千殺マルムヴィストか……)

 

 これから対戦する相手の名前を指折り数えてみたが、その中ではガガーランが問題だ。彼女の仲間であるイビルアイが、モモンガを指して『冴えない顔』と言い放った場には建御雷も居合わせている。その際、自分を含めたギルメンの中で、建御雷のみが人化しており、人化してからの時間経過が短いこともあって、弐式が言うところの『異形種ゲージ』が溜まっていなかった。だから、完全にではないが、建御雷の精神は現実(リアル)での建御雷のそれに近かったはずだ。しかし……建御雷は大いに腹を立てたのである。

 

(モモンガさんのこと、何も知らねーでよ……)

 

 気分的にはイビルアイを斬り殺す、あるいは蹴飛ばすぐらいはしたかったが……今では拳骨を頭に落としてやりたいぐらいだろうか。そうなった理由の一つには、子供の口汚さ相手に、一々頭へ血を上らせるのも馬鹿らしいこと。もう一つは、自分が直接にイビルアイの相手をしないこと。最後にガガーラン達が前に出たことで、彼女らに意識が向き、イビルアイ関連では頭が冷えてきたことなどが挙げられる。

 

(まあ、いいやな。モモンガさんなら、上手い落としどころにはまるよう……イビルアイをシメてくれるだろうぜ)

 

 建御雷は、抜き身の大太刀を肩に乗せて前に出た。

 今の彼は人化中だが、モモンガやヘロヘロのレベル三〇と違い、レベル五〇台の強さを発揮できる。今のところ、合流ギルメンでは建御雷のみが、人化中にレベル五〇で戦えるのだ。これはタブラの推測によると、個人差……ということらしいが、それも確定した話ではない。だが、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』にあって前衛を務める建御雷にしてみれば、人化中でのレベルが高いことは実に有り難いことだった。さらに、装備を伝説(レジェンド)級で統一しており、それら装備効果もあって戦闘力はレベル六〇以上に達している。

 転移後世界の大抵の強者が相手でも、必ずやモモンガを守り抜けるだろう。もっとも、今の状態で対応できない相手が出現したら、その場合は異形種化し、アイテムボックスから最強装備を取り出して戦うまでのことだ。

 

(さて『試合』だ。相手に集中しなくちゃな……。マルムヴィストは、まあいいとして……)

 

 ガガーランはイビルアイ関連で興味があったが、ペシュリアンに関しては彼の異名が気になっている。

 空間斬。

 離れた敵に対し、まるで空間を飛び越えて斬り裂くような倒し方をするらしい。もっともそれは、ウルミあるいは斬糸剣と呼ばれる武器によるもので、高速で振るうことによって音速の域にまで達した……鞭状の斬撃から来るものだ。建御雷はデミウルゴス情報で知っていたが、それはそれで興味があると思ったのである。

 

(最初は、たっちさんの技に似た感じかと思ったけど、違ってガックリ来たんだよな~……。でも、そういう事を体術とかで出来るってのは凄いからな。勉強させてもらうとしよう)

 

 考えながら歩いて行くと、やがて距離が詰まって足が止まった。見ればガガーラン達も三人が横並びになって建御雷を待っている。

 

「すまねぇな。待たせちまったか?」

 

 ぶっきらぼうな謝罪だが、これに対し三人中では中央で立つマルムヴィストが応じた。

 

「気にすることはないさ、あんたの方が強そうだし? 俺達は出迎えるぐらいで丁度いい……ってね。だよな? 蒼の薔薇の人?」

 

 話を振った相手は同僚のペシュリアンでなく、本来なら敵対関係にあるガガーランだ。

 聞かれたガガーランは下唇を持ち上げると、マルムヴィスト側の片眉も上げてニカッと笑う。 

 

「そうともさ。俺達は精々、胸を借りるつもりでやらせてもらう。それとな……」

 

 冗談めかして言っていたガガーランは、その表情を引き締めると建御雷に向けて頭を下げた。

 

「店でのことだ。イビルアイが、モモンさんに失礼なことを言って悪かった。勘弁してやってほしい」

 

「む? ……そうか」

 

 言葉短く返した建御雷だが、内心では焦っている。自分達の中では、イビルアイに対して厳しめの対応をするのは確定事項なのだ。何より、モモンガ自身が方針に納得しているらしい。

 

(このタイミングで謝られてもな~……)

 

 今の謝罪で、建御雷から蒼の薔薇……それもイビルアイに対する怒りはほぼ霧散したが、この後のイビルアイの言動次第では怒りがぶり返す可能性もある。だが、結局のところはモモンガがどうしたいかだ。

 チラッと振り返ったところ、モモンガがヘロヘロ達と一緒に応援している姿が見える。弐式がナーベラルの肩を抱いて応援している姿は見ててイラッとしたが、今はモモンガだ。遠目にも普通にしているようだが、彼は予定どおりイビルアイを痛い目に遭わせるだろうか。

 

(殺すようなことはしないと言っていたが、上手くやってくれよ? モモンガさん……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「さて、始めるとするか……」

 

 建御雷は右手に持った大太刀の切っ先を下げると、対面側……左からガガーラン、マルムヴィスト、ペシュリアンの順番で見た。両翼に重装甲の戦士を置いて、真ん中に軽装剣士のマルムヴィスト。それで良いのか……と首を傾げていると、マルムヴィストの方から声がかかった。

 

「俺が真ん中なのが不思議かい? でもなぁ、あんたら……俺のことも調べてあるんだろ?」

 

「ああ、それなりにな。数多くの手法で相手を殺す……引き出しの多いところから『千殺』……だったっけ?」

 

 これもまたデミウルゴス情報だが、覚えていた建御雷は要点だけを掻い摘まんで言ってみせる。するとマルムヴィストは、金糸刺繍を施した上着を揺すりながら笑いだした。

 

「ふはははっ。あんたらのような強者に知ってもらえてるとは光栄だ。なら、わかるだろ? これは手合わせだ。毒とかを使うわけにはいかないわけで……一剣士としてお相手する」

 

 鞘を鳴らしてレイピアを抜き、マルムヴィストは切っ先を建御雷に向ける。その姿は犯罪組織の幹部ではなく、まるで物語に登場する凄腕の剣士のように見えた。事実、マルムヴィストは凄腕なのだが、この場合は『真っ当な剣士』に見えていたのである。

 

「クククッ……」

 

 笑い声を発したのは建御雷ではない。マルムヴィストの右隣で立つガガーランだ。その彼女を建御雷が見て、中央のマルムヴィストにペシュリアンまでが加わって見上げる視線を向けたが、ガガーランは横目でマルムヴィストを見つつ口を開く。

 

「なんだなんだ、ヤクザの大幹部様と思いきや……立派な戦闘者っぽいこと言うじゃねーの。どうだい? 今晩、俺と寝てみっか? 童貞じゃなくても歓迎するぜ?」

 

「……遠慮する……」

 

 引きつり顔で答えたマルムヴィストはガガーランから距離を取ろうとしたが、その方向にはペシュリアンが居て動けない。と言うよりも、迫ったマルムヴィストの背を鬱陶しく感じたのか、ペシュリアンがマルムヴィストの背を押し返した。

 

「おい、こら!? 押すな!」 

 

「こっちの台詞だ……。……タケヤン殿? マルムヴィストの話が途中で途切れたが、俺達の陣形……理解しているのだろう?」

 

 ヘルムのスリットからの眼光が建御雷を射貫く。それを平然と受け流しながら、建御雷は空いた方の左手で自分の顎を掴み、首を傾げてみせた。

 

「そうだな。この手合わせの形式だと、マルムヴィストは剣士として戦うしかない。だが、得物はレイピアだ。振り回して当てても有効打は期待できないから、やはり突きにかかるしかないな。その突きに専念するために、両脇を重装甲の戦士で固める。……俺がマルムヴィストの突きに気を取られていると、ペシュリアンやガガーランの攻撃が飛んでくるわけで……つまり、マルムヴィストを活かすべく、三人束で突撃してくるわけだな」

 

「御明察……。単純明快、解りやすい戦法だ。だがな、相手の戦い方を把握できてるのと、それに対応できるかは別問題だ……」

 

 ペシュリアンが腰に差した剣を引き抜く。鈴のような音が聞こえたかと思うと、抜かれた鍔元からは糸のような物が垂れ下がっていた。

 

「知っているだろうが、俺の剣は空間を斬り裂く。果たして見切れるかな?」

 

「見切れると思うぞ?」

 

 ここまでマルムヴィストやガガーラン、それにペシュリアンが良い雰囲気を作ってきたのだが、建御雷のあっけらかんとした物言いが場を硬直させる。

 

「う、え? 見切れるだと?」

 

「ああ、そう言った。俺の友人には、本当に空間を斬っちまう人が居てな。それと比べたら……。まあなんだ、そこに及ばなくても名前は格好良いのを付けたいものな。わかるぜ?」

 

 建御雷の脳裏をよぎったのは白銀の騎士、たっち・みーの姿だ。ユグドラシル時代、何度挑戦しても彼には勝てなかった。現実(リアル)にあって、たっちは警察官。職業柄、武術は修めているだろうし日頃から鍛えてもいただろう。だが、その点においては実家道場の師範だった建御雷に分があるはずだ。なのに一度たりとも勝てていない。現実とゲームは違うだろうが、建御雷は納得がいかなかった。

 

(使えるモノは何でも使って勝つ。心も、技も、身体も、すべてが道具だ! だから、俺は足りないものを補うべく、最強の刀作りに邁進した!)

 

 それでも勝つことができなかったのは口惜しい限りだが、建御雷は自分のやり方を後悔していない。それどころか、転移後世界でも繰り返そうとしていた。

 

(たっちさんよ。俺は武技を覚えたぜ? まずは斬撃ってやつだ。そしてこれからもドンドン覚えていく。武器だって凄いのを作るんだ。だからよ、早くこっちに来て合流するんだな。次に会ったときは、俺の方が強くなってる可能性が高いんだから!)

 

「どうやら、お喋りでも強さは一流のようだぜ……」

 

「うん?」

 

 煽り言葉で建御雷が我に返ると、ガガーランが肉食獣のような笑みを浮かべつつ刺突戦鎚を構えている。今のは喧嘩を売っているのではなく、テンションが上がってきたことによるものらしい。見れば、マルムヴィストも表情が険しくなり、抜いたレイピアの切っ先を建御雷に向けていた。ペシュリアンに至っては斬糸剣を持った手をピクピク小刻みに動かしており、いつでも攻撃できる態勢にある。

 

「行くぜ! 野郎ども!」

 

 空気を振るわす怒声と共にガガーランが駆け出した。おう! という声は挙がらない。一瞬遅れたもののマルムヴィストがガガーランを追い越し、矢のような速さで駆けて行く。ただし、自分以外の者との距離は測っているようで、突出しすぎていないのが彼の冷静さを示していた。左翼側ではペシュリアンも駆けているが、こちらは全身鎧でありながら少なくともガガーランには遅れていない。恐らく、そう長く走れるわけではないだろうが、タケヤン(建御雷)との間合いさえ詰められれば充分だ。後は彼の斬糸剣が物を言うだろう。

 綿密な打ち合わせなどしていなかったが、一流の戦士達にとっては、その場の空気の読み合いで連繋することは可能なのだ。 

 対する建御雷は、どうであったか。

 微動だにしていない。迫り来る三人の戦士を待ち構えるのみだ。これが同格の一〇〇レベルプレイヤー三人が相手だとしたら、敗北の可能性は高かったが、ガガーラン達のレベルは低い。その動きは人化した状態の建御雷から見ても遅いものだった。

 

(ナザリックで鍛えたら、もうちょい見られる感じにはなるか?)

 

 そういった感想が浮かぶほどの余裕を持ちながら、建御雷は行動に出る。

 まず、突出してくるマルムヴィストだ。彼の切っ先は建御雷の顔面を狙っている。どうやら手合わせだというのに本気で突き込んで来ているようで……これは建御雷としては好ましい行為だった。何故なら実力の差が大きい以上、殺すつもりで攻撃しなければ話にならない。もっとも、そこまでやっても建御雷との差は埋まらないのであるが……。

 

(避けて……いや、ガントレットで払っとくか……)

 

 毒は使っていないと言っていたが、それは嘘で使っているかもしれない。所持アイテムの効果で毒耐性は得ているが、やはり毒を受けるのは気分的に良くないのだ。とはいえ、刀で払うのは、それはそれで一手損するような気がする。そこで建御雷は、マルムヴィストのレイピアを左手のガントレットで打ち払った。

 

「腕でかよ!?」

 

 大太刀で対応すると思っていたらしく、マルムヴィストが目を丸くするが、その彼を喧嘩キックで吹き飛ばしつつ、建御雷は左右に気を配る。最初に攻撃の気配が近づいたのは、向かって右……ペシュリアンからだ。噂の空間斬……斬糸剣の切っ先が渦を巻くように迫ってくる。それが目指しているのは、ヘルムを装着していないため剥き出しとなっている建御雷の頭部だ。

 

(と見せかけて……刀だな)

 

 チラッと見た左側では、刺突戦鎚を振りかぶったガガーランの姿が見えている。が、建御雷の注意はペシュリアンの斬糸剣に向けられていた。磨き上げられた技と言うのだろうか、頭部を狙っていた斬糸剣の切っ先が急カーブを描き、建御雷の大太刀に進路変更する。そして、そのまま大太刀を絡め取った。

 

「剣を止めたぞ! 蒼の薔薇!」

 

「よっしゃあああああ!」

 

 ギチギチという金属音が聞こえ、ペシュリアンが力一杯に斬糸剣を引く。ガガーランの攻撃に対し、大太刀での対処をさせないつもりのようだ。こうなると建御雷は大太刀を放棄して後退するか、空いた方の左手でガガーランに対抗するしかない。だが、普通はガガーランが持つ巨大な刺突戦鎚を腕一本では止められないのだ。

 

((勝った!))

 

 刹那、ガガーランとペシュリアンは同時に勝利を確信したが、建御雷はニンマリと笑っている。

 

「狙いは良かったが……」  

 

 ガラスコップを指で弾いたような音がした。

 

「なっ!?」

 

 ペシュリアンが目を剥く前で、斬糸剣が切断され、先端部側が宙を舞う。そして振り抜かれた大太刀は、ガガーランの刺突戦鎚を跳ね上げ……そのまま弧を描いてガガーランの首元にあてがわれた。

 

「斬糸剣で俺の刀を止めきれない。そんな事態も想定しておくべきだったな」

 

「無茶言うない。鋼の糸で縛られた剣で、そのまま切り抜けてくるとか想定できるもんか。……降参だ」

 

 ガガーランが苦笑しつつ両手を挙げると、ペシュリアンも長さが半減した斬糸剣の鍔元を見ながら頷いた。

 

「ええ~? 何だよ、お前ら負けちゃったのかぁ?」

 

 ガガーラン達の後方から、最初に蹴飛ばされたマルムヴィストが歩いて来る。腹部を手で押さえているが、内臓破裂などはしていない様子だ。

 

「せっかく俺が、身体を張って囮になったってのに……」

 

 つまり、最初からマルムヴィストは主戦力ではなく、最後にガガーランの攻撃を当てさせるための囮だった。ペシュリアンによる戦法の解説も、すべてデタラメだったのである。

 

「悪ぃ悪ぃ。タケヤンが強すぎでさぁ……。貸し一つってことで、なんなら今晩、身体で払ってもいいぜ?」

 

「だから遠慮するって言ってんだろ!?」

 

 さすがに気色ばんで怒鳴っているマルムヴィスト。その彼の近くでペシュリアンが「これ、特注品なんだがな……」と呟いている。

 その様子を見ながら、建御雷は大太刀を鞘に収めた。

 

「とりあえず、こんなものかな……」

 

 自分は役割を上手く達成したと思う。ヘロヘロもモモンガも、きっと上手くやるだろう。後は、イビルアイ自身の問題だが、こればかりは彼女が何とかするしかない。

 イビルアイが、これ以上余計なことを言って新たな墓穴を掘削しないよう、建御雷はほんの少しだけ祈るのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 建御雷が勝利したのを見たモモンガは、満足感と共に大きく頷いている。

 

「さすがは建御雷さんだ。次はヘロ……ヘイグさんですけど、頑張ってくださいね! 応援してますから!」

 

「はっはっはっ!」

 

 人間形態のヘロヘロは、腹をポンポン叩きながら胸を反らして笑った。

 

「レベル差が大きいですし、今の俺は全力戦闘が可能ですからね。負ける要素がありませんよ」

 

「と、デカいフラグを構築しつつ、ヘイグ氏は戦地へと赴くのであった……」

 

 右後方からの声に、ヘロヘロはキッと振り向く。

 

「弐式さん、変なモノローグ入れないでくれませんか?」

 

「油断しちゃいけないってことですよ。相手は蒼の薔薇と六腕のリーダーなんでしょ?」

 

 確かにそうだが、ヘロヘロが言ったとおりレベル差は大きい。ヘロヘロの勝利は動かないようにモモンガは思った。だが、先程の建御雷の一戦を見るに、相手方も相応の工夫を凝らすことだろう。やはり油断はしてはいけないように思える。

 

「ヘイグさん。気をつけてくださいね?」

 

「うっ……わかりました。気をつけます……」

 

 モモンガに心配をかけたのでは、さすがのヘロヘロも気楽では居られない。弛んでいた表情が幾分か引き締まるが、それもソリュシャンと目が合うまでだった。

 

「ヘイグ様……。ご武運をお祈りしています」

 

 ナザリックのNPCとしては、万が一の敗戦すら心配していないのだろうが、敢えてそう言ったことで、ヘロヘロの戦意は大いに高まることとなる。

 

「任せてください! 弐式さんや建御か……タケヤンさんみたいに、格好良く勝ってきますから!」

 

 道着の上から胸を叩き、ヘロヘロが肩で風を切りながら歩き出した。蒼の薔薇と六腕からは、それぞれラキュースとゼロが出ているようだ。

 

「建やん。どう思う?」

 

「え? 大丈夫だろ? 変な油断さえしなければ……」

 

 言ってる二人は「これも、フラグみたいな会話だよな……」と思いつつ、ヘロヘロの背を見送っている。

 そしてモモンガは……。

 

(ヘロヘロさん、頑張って!)

 

 勝算多く、負けは無いであろう戦いに出向いたヘロヘロを、友人として、そしてギルド長として真剣に応援するのだった。




 たくさん感想を頂いたので頑張って書きました。
 日曜だけで書いたことになります。

 効果音に関しては、まあボチボチ書いていきます。
 演出上、行間にあった方が格好いいと思うときはガンガン使っていきますので。

<誤字報告>

ARlAさん、佐藤東沙さん、前後方不敗さん、戦人さん、ken2kaさん、ホイミソさん、macheさん

毎度ありがとうございます
56話は、眠気と疲れ目の限界に達してた状態だったので、ここ数話内では一番誤字が多かったです
目を開いてるとボロボロ涙出てくるんですよ~

そして57話は、翌日が月曜という中で書いたので、読み返しが足りてないと思います
……どうなんでしょうねぇ、自分の目で見た感じでは誤字は無いように思うんですけど
いつものように沢山あるんだろうな……あ、また涙出てきた……
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