オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第58話

「てへ! ごめん、負けちゃった!」

 

 戻って来たガガーランが、頭を掻きながら舌を出した。

 見たところ怪我などはしていない様子であり、迎え出たラキュースは、安堵しつつ胸を撫で下ろす。手合わせを観戦していたので無傷なのは知っているが、無事に戻ってくれて何よりなのだ。

 

「それにしても、ティアとティナに続いてガガーランまで……」

 

 事ここに到り、ラキュースの視線は王国最大の犯罪組織、八本指の集団……よりも、最近知ったばかりの冒険者チーム、漆黒に釘付けとなっている。最初、ティア達が弐式に敗れたときは「ティア達よりも上手の忍者が居るだなんて……」ぐらいの認識だったが、さすがにガガーランまでが敗北すると、彼女からはアダマンタイト冒険者としての余裕さが失われていた。

 

「アダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇……。でも、上には上が居るという事なのね……」

 

 乙女のみが着用できる全身鎧、無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)

 通常のブロードソードよりも大きな剣が浮遊し、敵を貫く……浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)

 そして、魔剣キリネイラム。十三英雄の一人が残した四大暗黒剣の一つ。夜空の星を思わせる漆黒の剣身、それが見た目の上の特徴だ。そこに魔力を注ぎ込むと刀身が膨れ上がり、敵へ向けての大爆発を起こすことが可能となる。

 これを使えば勝てるのではないか。

 そう思ったラキュースは、すぐに頭を振った。

 

(これは手合わせよ。暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)を使うわけには……)

 

「まだだ! まだ負けたわけじゃないぞ!」

 

 突然、イビルアイが叫んだことで、ラキュースは思考を中断する。見れば、イビルアイはガガーランに食ってかかっているようだ。

 

「この手合わせは四回やることになっている! 残るはラキュースと、最後に私だ!」

 

 身振り手振りを交えて演説するイビルアイは、ガガーランに向けてグッと拳を突き上げた。拳を突き出す……とならなかったのは、身長差が大きいからである。

 

「こう言っては何だが、ラキュースは実力もさることながら、装備も一級品だ。そして私は蒼の薔薇一の強者! ここから二連勝すれば、少なくとも引き分けには持ち込める! それに……」

 

 イビルアイはガガーランに向けていた顔を、仮面ごと六腕の方に向けた。

 

「業腹だが、あの犯罪者共も居る。少しは足しになるだろう」

 

 そう言うイビルアイは、いつもと同じ調子だ。自身を強者だと信じる心が、仲間の敗北を素直に受け入れさせない。ガガーランに対して強く述べる姿……それは、近くで見守るラキュースにとって滑稽なもののように感じられた。

 

(ここで完膚なきまでに敗北する。それで良いのかもしれないわね……)

 

「馬鹿言ってんじゃねーよ。その六腕が一緒に戦って、二回も負けてるだろうが。ちゃんと現実を見ろ」

 

「その現実を私が覆すと言ってるんだ!」

 

 ガガーランとイビルアイが口論している。

 その様子を他人事……いや、遠い世界の出来事を見る目で見たラキュースは、自身の両頬を手の平で叩き、手合わせの場へと歩き出すのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 半ばから切断された斬糸剣。

 それの柄を握ったまま溜息をつくペシュリアンを引き連れ、マルムヴィストはゼロの元へと戻って来た。

 

「ごめん、ボス~。負けちゃった~」

 

 気障な伊達男がテヘペロするが、その彼に対するゼロの返答は突き出された拳だった。

 

「フン!」

 

「うぉわ!? あぶね!」

 

 マルムヴィストは大袈裟に頭部をかばいながら後退する。ゼロが本気で踏み込んで殴っていたら、今頃頭が吹き飛んでいただろうが、本気でないのが解っているので文句を言う余裕はあった。

 

「なにすんだよぉ! 俺達、真面目に戦ってきたんだぜ!? 痛い思いしたのは俺だけだったしぃ!」

 

「だから当てなかったろうが。それに、今のは何となくムカついたからだ」

 

 言い捨てたゼロだが、「まあ、良くやった方だ」と労うと、今度はペシュリアンに目を向ける。

 

「斬糸剣は残念だったな。手合わせで武器破壊をしてきた以上、抗議する余地はあるだろう。俺が後でヘイグに言って、似た武器を値引いて売って貰うとしよう」

 

「……頼む」

 

 言葉少なにペシュリアンが言うと、ゼロは頷いて手合わせの場を向いた。

 

「次は俺で、蒼の薔薇のリーダーと一緒か。それでも、ヘイグ相手では勝ち目は無いだろうが……」

 

 口元に笑みが浮かぶ。

 

「ボス、楽しそうね?」

 

 声に振り返ると、地面に腰を下ろしたエドストレームが見上げてきていた。

 

「楽しいとも。こんなに楽しいのは久しぶりだ!」

 

 八本指の一員たる自分が蒼の薔薇のリーダーと共闘するなど、つい先日までは想像すらできなかった。そして戦う相手は……自分より強き者。

 

「ヘイグとは、もっと若い頃に出会いたかったが……。なに、俺とてまだ時間切れじゃないさ」

 

 そう言って笑うと、ゼロは手合わせの場へと歩を進める。一瞬、脳裏で六腕としては出番が最後になるデイバーノックのことがよぎった。目の端で見たところ、彼は平然と立っており、その視線は漆黒のリーダー……モモンに向けられているらしい。

 

(対戦相手が気になるか? 当然だな。しかし、漆黒のリーダーか……蒼の薔薇のイビルアイが喧嘩を売っていたが……。ヘイグよりも強いのだろうか?)

 

 興味が湧く。しかし、今はヘイグとの手合わせが先だ。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)モモンか……。ま、後日の機会に期待だな……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「さてさて、私の出番ですが。どうします? 二人と私で戦いますか? それとも順番で?」

 

 黒い胴着に身を包んだヘロヘロは、人の良さそうな笑みを浮かべながら質問した。小柄で恰幅があり、長めの黒髪を後ろで縛っている風体は、パッと見では強者に思えない。だが、その実態は形態変化により人の姿を取った……一〇〇レベルのプレイヤーなのだ。

 

「ここに居る漆黒の中じゃあ、今はヘイグ(ヘロヘロ)さんが一番強いんだよな~」

 

 弐式がボソリと呟き、人化したままの建御雷が頷く。

 

「お前とヘイグさんだけが最大レベルで、真っ正面からの近接格闘だと、ヘイグさんの方が強いからな。何しろ、モンクだし……」

 

 それらの会話は、モモンガやソリュシャン達にしか聞こえなかったが、聞いた者を笑み崩れさせるには充分だった。特にソリュシャンは常になく嬉しそうにしていたし、モモンガに到っては大きく頷いている。

 

「どうします? 私は、どちらでも良いですよ?」

 

 ヘロヘロの問いかけに対し、対戦者達は顔を見合わせていた。

 ラキュースは戸惑い顔で、ゼロは面白そうに口の端を持ち上げている。

 

「どうする? 蒼の薔薇? 俺は一人でやりたいが……助けて欲しいなら、手を貸してもいいぞ?」

 

「しょ、勝率を上げたいのなら協力するべきだわ!」

 

 ラキュースが食ってかかるが、胸を反らすゼロは小馬鹿にしたように彼女を見下ろした。

 

「その口振り、勝てそうにないのは理解できてるのか。後は面子の問題か……。アダマンタイト級冒険者も大変だな」

 

 そう言うゼロにも裏社会に生きる者としての面子はあったが、時と場合による。特に今はヘロヘロの胸を借りる気分なので、全力さえ出し切れれば良く、勝ち負けは関係なかった。

 

「口論してても始まらんか。おい、ヘイグ。俺は、この女と協力して戦うことにする。連携するとは限らんが、構わないな?」

 

 斜め下を指差しながらゼロが言うので、ヘロヘロは頷いてみせる。

 

「いいですよ~。どっちでも良かったですし」

 

「ちょっと、勝手に!?」

 

 ラキュースが何か言っているが、もはやヘロヘロは気にしなかった。そもそも、彼にとってのラキュースは王都に来た時点からの知人であったが、今ではモモンガに喧嘩を売ったイビルアイの仲間という要素が加わっている。冒険者チームのメンバーの失言は、リーダーにも責任があるし……。

 

(イビルアイがモモンガさんを馬鹿にしたとき、すぐ謝罪するよう言わなかったのは……いただけません。あと、いまだに謝らせに来ないのも……ね)

 

 先の手合わせではガガーランが建御雷に謝罪していたが、ガガーラン自身に関しては問題ないとヘロヘロは思う。あの性格なども好印象だ。しかし、ラキュースに関しては別だった。

 

(リーダーの責任って重いんですよ? その辺は後で、少し話でもしますかね……)

 

「じゃあ、始めますか。いつでも、何処からでも掛かってきて良いですよ?」

 

 腕をダランと下げたまま、ヘロヘロは笑い……片眉を持ち上げる。ゼロから「準備しても構わないか?」との問いかけがあったが、これに対しヘロヘロは快諾している。

 

「では、遠慮なく。カァアアアアア!」

 

 ゼロが発動したのは、以前にもヘロヘロに見せたシャーマニック・アデプトの憑依特殊技能(スキル)だ。前回は、五種の獣霊を宿したが……今度は違う。

 

(パンサー)! (パンサー)! (ファルコン)! (ファルコン)! (ライノセラス)!」

 

 足の豹と背の隼を、それぞれ重ねがけしたのだ。

 

「重ねがけは身体の負担が大きくてな……痛くてたまらん」

 

 額に汗しながら言うゼロは、それでも笑みを浮かべつつヘロヘロを見る。

 

「脚力の増強と背を押す力に絞ってみた……。腕は……まあオマケだ。意味は解るな?」

 

「速度と足回り重視……。とにかく私に、一発食らわせたいってところですかね~」

 

 ラキュースに対するのとは違い、ヘロヘロの口調からは機嫌の良さが窺えた。事実、転移後世界の『猛者』が、低レベルなりに工夫しているのが見られたわけで、状況を楽しんでいるのだ。

 ヘロヘロが答えると、ゼロの笑みが濃くなる。肉食獣の形相と言っていい。

 

「わかって貰えて嬉しく思う! 蒼の薔薇! 援護は頼んだ!」

 

 言うなりゼロが駆け出した。ラキュースは「チーム名で呼ばないでってば! ああもう!」と、見る間に遠退くゼロの背に声をかけるも、半ばやけくそ気味で浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)を起動させる。

 

「射出!」

 

 発声するや、周囲で浮いていた剣群が切っ先をヘロヘロに向け……飛翔した。高速で飛ぶこともあるが、相手はヘロヘロ一人なので六本同時という数が物を言う。つまりは回避しがたい。そして、エドストレームの三日月刀(シミター)よりは機動性で劣るものの、一撃あたりの威力は大きく優越するのだ。

 これがゼロの背後より彼を避ける形で飛ぶのだから、並大抵の強者では避け切れはしない。また、防ぐなり回避するなりできても、突っ込んでくるゼロを放置するわけにはいかなかった。

 

(くくくっ! どうするヘイグ? マルムヴィスト達の戦法と似ているが、俺達はモノが違うぞ! それに……)

 

「さっき見たのと変わりないじゃないですか……」

 

 興が削げたヘロヘロは、迫り来る剣群とゼロを見る。どうやらラキュースの剣群が先に到達しそうだが……。

 

(刺さっても大したことはないんですけど、絵面的にマズいですし。ヒトじゃないことをアピールする場でもありませんしね~。弾くとしますか……)

 

 両拳を胸まで上げたヘロヘロは、飛来する『剣』を手の甲や裏拳で弾いた。それこそ常人には不可能で、ゼロならあるいは可能かもしれない防御法だったが、ヘロヘロは平然とラキュースの『剣』を弾いていく。

 

「よっ! はっ!」

 

 防具や金属部でなく、素手で弾いているにも関わらず、金属同士の激突音が生じていた。観戦する六腕の面々にしてみれば、自分達のボスであるゼロならやりかねないことを、見た目強そうでもないヘロヘロがしている事実に驚きを隠せない。

 

「ほ、本当に強かったのか……。タケヤンの仲間だもんな……」

 

 マルムヴィストが掠れた声を漏らす中、剣を弾くヘロヘロにゼロが到達しようとしていた。

 

「もらったぞ! ヘイグ!」

 

 ゼロが握った右拳を、曲げた肘ごと後ろへ引く。両手でラキュースの剣を払っているヘロヘロには、その一撃に対処する術はないようにゼロは思った。が、ゼロの目指す目標……ヘロヘロは、剣群を打ち払いながらニヤリと笑う。

 

(この剣は威力不足です。もっと数を増やすかしないと、囮にもなりませんよ~)

 

 その意味では、建御雷の意識を逸らすことに成功したマルムヴィストは良くやったと言える。

 迫るゼロを蹴るか殴るか。どちらにしようか考えたヘロヘロは、蹴飛ばすことにして足に力を入れたが……。

 

「フッ!」

 

 間近に迫ったゼロが笑みを浮かべるや、その姿は大きくブレた。

 

「ふはっ! 残像とは……古典的ですよ!」

 

 強化された速度と足回りにより、残像を残して背後に回る。それがゼロの策だったのだろうが、たっち・みーから古典特撮や漫画知識を半ば強制的に叩き込まれていたヘロヘロからすれば、すべてお見通しなのだ。改造人間にされた仮面バイク乗りのドラマを強引に視聴させられたのは、楽しくも辛い思い出だが、こういう時は感謝してもいいとヘロヘロは思う。

 

「ほっ!」

 

 背後に回ったであろうゼロを張り倒すべく、握った拳を振り抜いた。かのように見えたヘロヘロだが、その腕の動きを途中で止めると、肩越しに振り返っていた首を戻して前を見る。

 

「何だと!?」

 

 そこでは……最初に見えた残像の位置で、急停止しているゼロの姿があった。

 

「気づいていたのか!?」

 

「残像を残して背後へ……と思わせて、強化した足腰と更なる加速で正面に戻る。上手くいけば私の後ろ頭を殴れたんでしょうけどね~……。惜しかったですね?」

 

 そう言ってヘロヘロが笑うと、ゼロは歯噛みしつつ再起動したが、その拳が突き出されるよりも先に、彼の腹部にはヘロヘロの拳が突き刺さる。

 

「おぐぅ!?」

 

 ゼロが腹部を押さえて悶絶すると、ヘロヘロは少し間合いの遠いラキュースを振り返った。

 

「剣を飛ばしながら、あなたも斬り込んでくる……とかでも良かったんですけどねぇ」

 

 ラキュースの元へと剣群が戻るのを見つつヘロヘロは言ったが、ふと視線を下げ、再び上げたところで、それまで浮かべていた笑みを引っ込める。

 

「一対一の手合わせになりそうですが、その前に蒼の薔薇のリーダーである貴女に聞きたいことがあります」

 

「何……かしら?」

 

 戻って来た剣群を周囲で浮遊させたラキュースが、両手で剣を構えながら聞き返してきた。

 

「つまり……ですね」

 

 イビルアイがモモンガに失礼な態度を取ったとき、何故、リーダーのラキュースが止めようとしなかったのか。そして、今なおイビルアイから謝罪がないのは、どういう了見か。

 薄く目を開いて言うヘロヘロは、その笑っていない視線でラキュースを射貫く。対するラキュースは口惜しげに唇を噛んだが、魔剣の切っ先を下ろしヘロヘロから目を逸らした。

 

「最初の質問、それは……私の増長から来たものよ。王国のアダマンタイト級とか言われて、調子づいてたのね。イビルアイは、いつもあの調子なのだけど……」

 

「普段、イビルアイの物言いに直面する人は、あなた方に言い返すことをしなかった……ですか? そりゃあそうでしょう、アダマンタイト級冒険者に喧嘩を売る者は居ないでしょうしね。ただねぇ、そうやって黙ってた人達も怒っていたんだと思いますよ?」

 

 しかし今回、蒼の薔薇を上回る強者、冒険者チーム漆黒がイビルアイの言動に腹を立てた。そして、いつものことだと苦笑するに留めたラキュースの対応が、今のこの状況を招いたと言える。

 

「私達、漆黒じゃなくとも、そのうち別の……あなた達よりも強い誰かが怒って、同じ事になってたでしょうけどね。そうそう、もう一つの質問。まだ答えて貰ってませんが?」

 

「それは……」

 

 こういう状況になってしまった以上、遅きに失している。だが、今からでもイビルアイに謝らせるべきではないか。ガガーランは建御雷に謝っていたが、それはイビルアイの代わりに謝っただけのことだ。今ここでラキュースが頭を下げても同じだろう。

 

「リーダーのラキュースさんとしては、どう思ってるんですかねぇ?」

 

「……すみませんでした。ヘイグさん。蒼の薔薇のリーダーとして心から謝罪させていただきます」

 

 ヘロヘロの問いかけに対し、ラキュースが頭を下げる。ただ、それはラキュースが蒼の薔薇を代表して頭を下げただけのことだ。イビルアイ個人による謝罪に関しては関係がなく、ここまでの話の流れを無視した行為でもある。

 ゆえにヘロヘロは奥歯を噛みしめ、一歩踏み出そうとしたが、その彼に頭を上げたラキュースが訴えかけた。

 

「ヘイグさん! イビルアイを……叱っていただけませんか!?」

 

「はあ!?」

 

 ここまで不機嫌で通していたヘロヘロだが、この一言には目を丸くする。

 

「冗談……で言ってるんじゃないんですよね? それ、私がやることですか? 蒼の薔薇の……内々の話でしょ?」

 

「馬鹿を言ってるのは承知してます。でも……私達じゃ駄目なんです……」

 

 情けなさそうに、そして泣きそうな顔でラキュースは言った。

 蒼の薔薇で一番の強者。それはラキュースではなく、イビルアイなのだと。その実力差はイビルアイと他の全員が戦ったとしても、イビルアイが勝利するほどである。

 

「そんな私が、私達が言ったとしても、彼女は……あの子は素直に受け入れないでしょう。叱ることの出来る人物に心当たりはあるのですが、今はここには居ませんので……。どうか……」

 

「はあ……。何なんですか、もう……」

 

 六腕のついでに蒼の薔薇の相手をして、イビルアイの件でシメてやるつもりだった。なのに、妙な方向に話が進みつつある。ヘロヘロは顔を右手で覆ったが、指の隙間から蒼の薔薇を一瞥した。

 

(全員女性で、全員金髪……。特にラキュースさんは俺の好みに近いし……。まあ、たまには大柄でゴツイ系のメイドさんが居ても……)

 

 現実逃避ではない。

 金髪と女性。そして美人。欲を言えば、巨乳過ぎない程度に胸が大きければ良い。

 そういったヘロヘロの思考が、話の落としどころとして蒼の薔薇に関する『メリット』を探っていたのだ。

 

(いや、実際にメイド勧誘するわけじゃないですけど、妄想ぐらいしないと気が落ち着かないんですよ~)

 

「……すう、ふう……」

 

 鼻で大きく呼吸したヘロヘロは、顔から手を離してラキュースに視線を戻した。

 

「いいでしょう。この後のイビルアイさんの態度にもよると思いますが、モモンさんや他の皆さんには私から話をしてあげてもいいです。それにイビルアイさんに関しては……モモンさんに頼んでみましょう。魔法詠唱者(マジックキャスター)同士ですしね……」

 

「あ、ありがとうござ……」

 

 礼を言おうとするラキュースを、ヘロヘロが掌を突き出すことで止める。

 

「けどね、あなた方は知っておくべきだと思うんですよ。私達は皆、モモンさんの友人ですし、大なり小なり借りや恩がある。尊敬もしてるし慕ってもいるんです。そのモモンさんを正面切って貶す人が居たとしたら、そんなの許せませんよね? アレを耳にしたとき、衝動的にイビルアイさんを殺してしまうところでしたよ。ああ、でも……言ってて解ってきたこともあります。ああ、なるほど。そういうことだったのか……。このことを皆に……モモン……ガさんに伝えなくちゃ……」

 

 一人呟くヘロヘロは構えを取った。

 

 現実(リアル)での彼に、武術経験などは何もない。だが、ユグドラシル時代に修得した修行僧(モンク)特殊技能(スキル)があることで、戦いに必要な動作を身体が覚えているのだ。

 

「……急用を思い出しました。いえ、思い当たりました。なので、手早く終わらせるとしましょうか。ですが、あなたにもケジメは必要です。……私……俺にも必要なのかな……」

 

 言い終わりに苦笑する。しかし、その笑みをすぐに引っ込め、ヘロヘロは手招きした。先手は譲る。そういうジェスチャーだが、上手く伝わったらしく、ラキュースが前に出た。

 

「胸を……お借りします! 射出!」

 

 浮遊する剣群が飛翔し、後を追ってラキュースが駆ける。

 やっていることは先程から何も変わっていない。いや、ゼロが居ない分、勝ち目が薄くなっていた。が、ラキュースは気にしない。

 胸を借りる。

 ただ、それだけを念頭に彼女は駆けていた。

 迎え撃つヘロヘロは、大物めいた笑みを浮かべている。そこには現実(リアル)での一プログラマーではない、ユグドラシルにおける古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)、ヘロヘロの姿があった。

 

(今はヒトに形態変化してますけどねぇ!)

 

 飛来する剣群を殴って払って弾き飛ばす。ここまでの展開も変わりがない。

 このままだと、ラキュースはゼロのように殴られて悶絶し、それで終わりになるだろう。しかし、ラキュースは魔剣キリネイラムを振るいながら叫んでいた。

 

「全力です! 超技!  暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)!」

 

 その破壊力ゆえ使わないと決めていた技。それが超至近距離にて発動する。今の立ち位置なら、ヘロヘロの後方には誰も居ない。広範囲の爆発であっても、被害を被るのはヘロヘロ一人だ。

 

(勝てた?)

 

「いやあ、格好いい技ですねぇ」

 

 前方を薙ぎ払う爆風に、勝利を確認しようとしたラキュース。その耳元で声がした。

 

「ヘイグッ!?」

 

「そのとおり!」

 

 強化されたゼロすら遠く及ばない速度で回り込んでいたヘロヘロは、ラキュースの肩とベルトを掴むや一気に頭上へと抱え上げる。そしてジタバタ藻掻くラキュースを、背中から地面に叩きつけた。

 

「がはぁ!?」

 

 ギャグ漫画のごとく、人型にメリ込んだりはしない。充分に手加減はしたので骨も折れてはいないはずだ。だが、背中を強打したことでラキュースは肺の空気を吐き出し、後ろ手に背を押さえながら転がり回った。

 

「あが、ががが! うぎ……」

 

「ふむ。そんなに痛かったですかね? もう少し手加減の度合いを……」

 

 呟くヘロヘロだが、近寄ってくる気配に気づいて視線を向けると、そこには左手で腹部を押さえたゼロが居る。

 

「女には優しいな……と言おうと思ったんだが、容赦がないな。何も、俺と同じぐらいの痛い思いをさせなくてもいいんじゃないのか?」

 

「妥当なところですよ。それに、私は美人の女性を殴ったり蹴ったりする趣味はありませんしね」

 

 その代わりに、ぶん投げたわけだ。

 ゼロは苦笑しながら頭髪の無い後頭部を掻いたが、後方の仲間を肩越しに振り返る。

 

「俺のところで残ってるのはデイバーノックか。そっちはモモンって奴……じゃなかった人で、蒼の薔薇はイビルアイ……だな」

 

 ゼロは、イビルアイがモモンにケチを付けた場に居合わせていた。

 

「殺しは……しないんだろう?」

 

「いやあ、そういうつもりは実は少しあったんですけど。まあ色々と、ちょっと……」

 

 言葉を濁しつつ、ヘロヘロはゼロと別れてモモンガ達の元へと向かった。ラキュースは放置だ。すぐに息も整うだろうから、仲間の元には自分で歩いて帰って貰う。そんな腹づもりだったが、手合わせが終わったと見たガガーラン達がラキュースに駆け寄るのが見えた。

 

(じゃあ、大丈夫ですね。そんなことより……)

 

 モモンガに確認しなければならないことがある。いや、モモンガだけではない。建御雷と弐式にもだ。

 ヘロヘロは小走りに、モモンガ達の元へと移動するのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 時間は少し遡る。

 具体的には、ヘロヘロがラキュースに対し「モモンには借りや恩があるし、慕っている」と聞かせているあたりだ。

 

「ヘロヘロさん……」

 

 モモンガは皆が慕ってくれているのは、時折ギルメン達の口から出ることもあるので知っていたつもりだ。だが、改めて……しかも他人相手に語っているところを見ると胸が熱くなる。

 熱く……。

 

「ふう……。……あれ?」

 

 モモンガは首を傾げた。

 今の現象は、最近慣れてきたアンデッドの精神安定化だ。とはいえ、今の安定化にモモンガは違和感を感じている。

 

(今、そんなに感情が昂ぶっていたか?)

 

 大きな喜びで安定化、大きな怒りで安定化、大きな悲しみで安定化、大きく楽しんだことで安定化。喜怒哀楽で感情が昂ぶると、精神の安定が発生する。今のモモンガは悟の仮面の下で異形種化しているため、精神安定化は変わらずに発動するのだが……。

 

「あれ? んん?」

 

 ヘロヘロの発言に感動していたのは確かである。しかし、モモンガが思う精神安定化の発動までは余裕があったはずなのだ。

 

「モモンさん、どうかした?」

 

 しきりに首を傾げていると、弐式が声をかけてくる。声を掛けるだけでなく彼は近くまで来ており、建御雷やソリュシャン達もついて来ていた。

 

「いや、気のせいだと思うんですけど……」

 

 モモンガは、今起こったことを話してみる。聞かされた弐式達も、これには首を傾げており、心当たりはないようだ。

 

「わっかんね~。モモンさん、こういう時はタブラさんだよ。相談してみたら?」

 

「それもそうですね」

 

 弐式の提案に素直に従うことにしたモモンガは、こめかみに指を当てると<伝言(メッセージ)>を発動させる。

 通信相手は、トブの大森林でリザードマン集落を目指す、タブラ・スマラグディナだ。

 




今回、ちょっと少なめです。
何と言うか、行間に効果音とか入れないと調子悪い。(笑
どうも合間にドカバキ音を入れることで、書き進めるリズムを取っていたようでして、思うように書き進めませんでした。
ひょっとしたら、いつもと文体が違うかも。
効果音が好きなだけじゃなかったと自覚して自分でも驚きです。

ちょっとリハビリに『超戦艦空母 長門改』でも読み返してみるかな……。
ガガーン、ガガーン、ガガーン、ダダダダダダ!
……ふう。魚雷抱えた艦攻で急降下攻撃するシーンは、いつ見ても最高だぜ。

アンケートの方も、好きなようにやって良いとの声が大半だったようで、次回からは元からの書き方に戻したいと思います。

戦闘中に、ヘロヘロさんがとあることに気づいていますが、元々の予定では、今話の終盤であったようにモモンガさんが一人で気づく感じでした。

書いてる最中に予定が変わるのは、よくある感じなのです。

<誤字報告>
ARlAさん、macheさん、リリマルさん、D.D.D.さん
戦人さん、佐藤東沙さん、前後方不敗さん、ken2kaさん
ホイミソさん

毎度ありがとうございます

一太郎から本文を転写する際、文頭の一マス空ける部分が、なぜか半角スペース×2で広がっており、転写後に空欄が消失する……というのが多発しています。
一応、投稿の前後でチェックしているのですが……。
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