「ヘロ……ヘイグさん。軽く捻ってやりましたね!」
戻って来たヘロヘロを弐式が出迎えている。その弐式はヘロヘロに駆け寄ると、耳元に顔を寄せて囁いた。
「でも、女の人を地面に叩きつけるとか、ちょっと手荒かったんじゃありません?」
「ははっ、俺は女性を殴ったり蹴ったりしたくないもので。足下に投げたのも、最後まで力加減を……と思ったんですけど、どうも人間相手だと……ね」
ゼロに聞かせたのと同じ説明をヘロヘロは行う。が、近寄ってきた仲間達の中にモモンガの姿が見えないのに気づき彼を探した。
「弐式さん、モモンさんは?」
「何だか気になることがあるって、今はタブラさんと<
そう言った弐式は、左の親指で肩越しに後方を示す。ヘロヘロが覗き込んだところ、確かにモモンガが居て、こめかみに指を当てているところだった。
「気になること……ですか。俺もラキュースさんと話してる内に気がついたことがあって……。モモンさんと相談したかったんですけど……」
「ヘイグさんもか……。俺と弐式も、少し気になってることがあってな……」
話に入ってきた建御雷が言うには、自分の手合わせが終わった後で弐式と観戦しながら話していたが、お互いに気になることがあったらしい。
「ちょっとした怒りとかの……感情の違和感なんだが、ヘイグさんはどうだ? ラキュースって女と話してたときに、何か感じるモノがあったようだが?」
「俺も同じですよ、タケヤンさん。でも……ほんの少しの違和感なんですよね。それこそ気のせいかもってぐらいで……」
ヘロヘロ達が感じた違和感。それは、イビルアイに対する殺意の緩やかな減衰だ。ヘイグ武器防具店でイビルアイがモモンガを貶した際、あれほど怒りが燃えあがり、イビルアイを始末しようと思ったのに、現時点では、それほどでもないのだ。
「熱しやすく冷めやすい。そんな言葉があるけどさ、なんか違うんだよな……」
弐式の呟きに、ヘロヘロも建御雷も頷く。側に居るソリュシャン達は心配そうにしているが……。
「大丈夫ですよ~」
安心させるようにヘロヘロはニッコリ笑い、その笑顔のままでモモンガを見た。今なお<
(なんの相談……なんですかねぇ。俺達のと同じ心配事……なのかな?)
◇◇◇◇
「おや、モモンガさん。ここに来て頻繁の<
茶釜と共に森の小道を行くタブラは、モモンガからの<
「特に身に覚えがないのに、精神の安定化が?」
立ち止まったタブラは、右手の『こめかみに指』はそのままで、左手指で下顎を掻く。
『どう思います? タブラさん。俺の気のせいなんでしょうか?』
「モモンガさん。喜怒哀楽以外となると、大きな不安や恐怖が精神安定化の発動条件になりそうですが、そういう感覚は無かったんですね?」
モモンガからは『はい』との答えが返ってきた。
『タブラさん。タブラさんと話していて思ったんですけど、ますます原因不明です。俺、このままで大丈夫なんですかね?』
医者でもないタブラに相談するのはどうかと、モモンガは思っているらしい。だが、タブラにしてみれば、ちょっとの異変でも相談して貰えるのはありがたいのだ。何しろ、ここは異世界で、自分達は人間ではない存在となってしまった。対外的な情報だけでなく、自分達に関する情報すらも大いに不足している。
(しかし、原因不明の精神安定化……ねぇ。アンデッドの特性だから、今居るギルメンだとモモンガさんだけの症状であり現象か……。思い当たることと言えば……)
◇◇◇◇
タブラが黙り込んでしまったことで、モモンガの不安は膨れあがりつつあった。
(タブラさんでも解らないとなると、いよいよ原因不明か? 不安だぁ~……。い、今のところ害は無いようだから、暫くは放置でもいいのかな……いいんだろうか?)
だが、これが自分だけの問題でなかったとしたらどうだろう。例えば伝染病のようなもので、他のギルメンにも波及するとしたら……。
『モモンガさん……』
「はい! タブラさん!」
不意にタブラが呼びかけてきたので、モモンガは声高に返事をする。これは六腕や蒼の薔薇にも聞こえたようで、各リーダーと合流した双方は、皆がモモンガの方を見ていた。
『喜怒哀楽の他に、細分化して不満、恐怖と言った負の感情。しかし、それら以外にも一つ……アンデッドが精神安定化を発生させる事態に、心当たりがあります』
「と、言いますと!?」
まったく心当たりの無いモモンガは、食いつくようにタブラを急かした。しかし、続くタブラの言葉を聞いたモモンガは、恐怖によって精神安定化を発動することとなる。
『気が変になった時……。つまり、発狂しかけたときですよ』
「えっ? ……ふう……。ええええ!? ふう……」
二度目の精神安定化は驚きによるものだ。
『ああ、なるほど。それで私達も……モモンガさんはアンデッドだから……真っ先に……』
「ちょっと! 一人で納得してないで!」
『ああ、すみません。思うところを説明しますと……』
タブラの推察は、次のようなものとなる。
モモンガを始めとするギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のユグドラシル・プレイヤーは、基本的に異形種だ。異形種の状態が長いと精神まで異形種化してしまうため、時折人化してバランスを取っているわけだが、それでも精神的には不安定な部分がある。
『情緒不安定とでも言うんですかね。そこへ精神的な揺さぶりが掛かると、極端な方へ振れ切ってしまうと……』
「精神的な揺さぶり……ですか。我々が、何らかの精神攻撃を受けたということですか?」
モモンガの近くでは、弐式達が今の発言を聞いて肩を揺らしたり、腕組みしていた腕を解いたりしているが、タブラとの会話に集中するモモンガは気づいていない。
『違いますよ、モモンガさん。ほら、ヘロヘロさんの店で、イビルアイって人がモモンガさんのことを悪く言ったでしょう? あれです』
「ああ、あれですか……。……あんなことで……ですか?」
モモンガには良く解らない。
冴えない顔だと言われたが、他人から言われて良い気はしないものの、間違った評価ではないと思っているからだ。
『モモンガさん。重要なことなんですよ、私達にとってはね。ただ、さっきの話であったように精神的に不安定ですから。ちょっとのことでも極端な反応を示してしまうわけです』
人化すると時間経過と共に精神異常の度合いは減衰していくが、そこには個人差があるし、例えば一気に激怒状態となった際には、自制が利かずに相手を殺傷してしまうことも……。
「恐ろしいですね。けど、随分と詳しいように聞こえますが?」
『そりゃあ、ヘロヘロさんから相談を受けたとき、私も感情的になりましたからね。人化していたにも関わらず……』
タブラが『人化状態』で感情を爆発させたと聞いて、モモンガは事の重大さをようやく感じ取る。
(あのタブラさんが……。じゃあ、ヘロヘロさんや弐式さん達が……本当に発狂しかけてたってことか!? た、大変じゃないか!)
何らかの対応が必要だと感じ、慌ててタブラに聞くも……『これは精神安定系の補助アイテムで対応可能でしょう』とのことだ。
『今のところ、ふとしたことで正気に戻るレベルのようですし。結局のところは病気……いや、種族的なペナルティからくる状態異常みたいなもの……なのかもしれませんね』
「なるほど! アイテムで対応できる可能性がある分、状況は悪くないと思いたいですが……。って、俺はどうなるんです!?」
そう、この<
『モモンガさんなら大丈夫ですよ。それこそ、その精神安定化がありますし。私達は定期的に異形種化したり人化したりしてますからね。モモンガさんの場合は、人化してるときに変になってても、異形種化すれば精神が安定化されるわけです。ずっと人のままで居るわけじゃないでしょうし、それで解決ですね』
他のギルメンの場合、異形種化した状態で気が変になったなら危険だが、その場合でも、誰かが止めるだろうし。今こうして気がついたのだから、これからアイテム等で正気を保てば良いだけのこと……と、タブラは言う。
「じゃあ……さっきの俺の精神安定化は……」
『状況を聞くに、徐々に狂う方向で精神が傾いてたのが、一定値を超えたので安定化されたんじゃないですか? モモンガさんは、イビルアイさんに怒ってたわけじゃないんでしょ? ヘロヘロさん達、ギルメンの雰囲気に当てられてたんですかね~』
確証は無いですけれど、とタブラは言うが、言われてみると頷ける部分が多い。ギルメンが三人集まって、モモンガの悪口を聞いただけで怒り心頭に発し……というのは怒りすぎだと思っていたが……。
「みんなが俺のことで怒ってたので、嬉しく感じてましたが……。そこでもう危なくなってたのか……。おっかないなぁ……。じゃあ、ちょっとした悪口で皆が怒ったのも、今聞いた話が原因だったんですね~……」
『いや、それは違うと思いますよ?』
「は?」
話が終わりかけたと思ったらタブラが否定する。いったい何が違うと言うのか。
『今回の私達の暴走は、種族的なものや体質的なことに大きな要因がありました。ですが、モモンガさん。あなたは私達のギルド長であり、大切な友人です。その事実には一点の曇りもありません』
だから……と、タブラは続けた。
『この先、別の誰かがモモンガさんを馬鹿にするようなことがあったら……。それを見聞きしたギルメンは怒るでしょうね。精神安定系のアイテムを装備していようが、今日のように……』
「……何と言うか……コメントしがたいです」
人と異形種の間で揺れ動く精神。それを安定させるアイテムを装備したとしても、まだ怒ると言うのか。モモンガは一笑に付したかったが、友人の友を思う心を笑うことはできない。かと言って、素直に肯定するには重すぎる。故に『コメントしがたい』のだ。
(うわ~……タブラさんの声、弐式さん達には聞こえてないはずなんだけど。みんなの視線が痛い……)
モモンガの声だけでも、おぼろげながら会話内容が『見えて』いるのだろう。ギルメンらとNPC達からの視線を浴びながらモモンガは言葉に詰まった。が、その彼の聴覚に、タブラの次なる言葉が伝わってくる。
『理解できませんか? じゃあ、立場を入れ替えて考えてみることです。モモンガさん。あなた、ヘロヘロさんの店でイビルアイさんに馬鹿にされたのが……自分でなく、ヘロヘロさんや弐式さんだったら。どうしてました?』
「どうしてた……って、そりゃあ……」
モモンガは、言われたとおりのシチュエーションを脳内で思い描いてみた。
場所は、ヘロヘロの武器防具店。
イビルアイが、その仮面を向けているのは自分ではなく……弐式炎雷で、少女あるいは老婆のような声で彼女が言うのだ。
「お前がニシキか。冴えない顔だ」
……ビキィ……。
悟の仮面の下、異形種化しているにも関わらず、こめかみの血管が膨れる感覚が生じ……。
「ふう……」
モモンガの精神が安定化された。
ちょっと想像しただけで安定化されるのは困りものだが、長年心の拠り所だったギルメンを侮辱されたとあっては、頭に血が上るのも仕方なし。
『モモンガさん、今、精神が安定化されました?』
「されましたね。ええ、タブラさんの言いたいことが理解できましたよ。これは腹が立ちます。これからの手合わせに向けて気合いが入った感じです」
こめかみに指を当てたままでイビルアイに目を向けると、視線の先でイビルアイがラキュースに対して何か訴えかけている姿が見えた。声までは聞こえないが、どうせ碌でもないことを口走っているのだろう。
「それで……この後、俺はイビルアイをブチのめせばいいんですね?」
<
「んん~……何と言いますか、どうして良いのか解らなくなってきましたよ」
『モモンガさんらしい……とは、混乱させた私が言うことではないのですが。本当に好きなようにやって良いと思いますよ? フォローは、私らギルメンがやりますので……』
好きにせよと言われても、やはり困ってしまう。モモンガは顔を伏せて足下を見ていたが、やがて顔を上げた。
「取りあえず……当初の予定どおり、手合わせでイビルアイを完封します。今後のこともありますから……お手柔らかな感じになりますかね。このまま何事もなければ……ですが」
◇◇◇◇
「しかし、ラキュースまで敗北するとはな……」
モモンガが声をあげたので一瞬視線を転じていたイビルアイは、顔ごとラキュースに向き直る。戻って来た当初、ラキュースは主に背中の打撲が酷くて歩くこともままならない状態だったが、今ではポーションを飲んだことで回復している。それでも少し辛そうにしているのが痛々しいが、ラキュースは追加のポーションを拒んでいた。自分で回復魔法を使えるし、暫くは反省のために痛い思いをしておきたい……と、そう主張するのである。
「私の精進が足りなかった結果よ。何より、漆黒の人達は強すぎるわ……。私達、蒼の薔薇よりもね……」
「そ、それはラキュース自身が負けたから、そう思うのだろう! 私が一矢報いてやるさ!」
威勢良く言い放つイビルアイ。しかし、彼女に向けられる仲間達の視線は冷ややかなものだ。それもそうだろう、手合わせに参加すること自体は良いにしても、自分達が六腕よりも割り増しで痛い思いをしているのは、イビルアイが原因なのだから。
「あのなぁ……」
ティアとティナの隣りで腰を下ろしていたガガーランが、鼻で溜息をつきながら頭を掻く。
「オメーには、もう付ける薬がねーや。モモンに揉んで貰って、少しは反省しろい」
「なっ!? ガガーラン!?」
驚いたようにガガーランを見たイビルアイは、ティアとティナを見たが、双子の忍者は揃って視線を逸らすのみ。こういう時、普段の彼女らであればガガーランに追随し「ガガーランの言うとおり」「イビルアイには反省が必要」などと言うはずだが、それすら無いあたり、ティア達も腹に据えかねているのだろう。
最後に、すぐ側で立つラキュースを見上げたが、彼女は冷たくイビルアイを見下ろすのみだ。
仲間達と共に居るはずが、味方が一人も居ない。
イビルアイは少し怯んだ。が、今日まで培ってきた『強者としての矜持』が彼女の判断を狂わせる。
「わかった、もういい! お前達はここで、私がモモンを叩きのめすところを見ているんだな!」
そう言い捨てると、イビルアイは赤いマントを翻し、手合わせの場へと歩を進めるのだった。
◇◇◇◇
手合わせの場にモモンガが立つ。
装備は最強の
(みんな、心配しすぎだよ……。とはいえ、油断は禁物! 気を引き締めなくちゃ!)
実力差は動かないが、イビルアイの立ち回りによっては苦戦する可能性もある。そもそも、モモンガは三回戦う内の初戦は落として良い主義だが、ユグドラシルでのPVP感覚で居ると、足をすくわれるかもしれない。
(第一、この一戦きりだものな。それに今は、転移後世界こそが
気になるのは対戦相手たるイビルアイの戦法だ。
(その想定外に、俺が何処まで対応できるか……だな)
「おい……」
「うん?」
少し離れたところで立つイビルアイが、声をかけてきた。タブラとの会話直後であり、また、文句でも言うつもりか……とモモンガは目を細める。しかし、そんな彼の目の前で、イビルアイは頭を下げた。
「モモン……殿、だったな。ヘイグの店では失礼なことを言った。遅くなったが詫びさせて貰う」
「……その謝罪を受け入れましょう」
元々、モモンガは怒っていなかった。だから、イビルアイが謝るのであれば、しつこく根に持つこともない。だが、彼女が頭を下げたからこそ言っておかねばならないことがある。モモンガは、仮面越しながらホッとした様子を感じさせるイビルアイに向けて口を開いた。
「とはいえ、私はチーム漆黒のリーダーでして。怒ってくれた仲間に対して、行動で示し……いや、行動を見せなければなりません。それなりに力をお見せすることになりますが、よろしいですか?」
「無論だ」
イビルアイは、その平坦に近い胸を張って言う。
自分が謝罪したのは、失礼な言動の為に仲間に迷惑をかけ、今さっき叱られたからだ。それに仲間の顔を立てるという意味合いもある。が、それと手合わせとは別の話だ。
「私は蒼の薔薇で一番強い。一勝を得るため、全力で手合わせしよう!」
「え? ああ、はい……」
イビルアイは鼻息荒くして言うが、対するモモンガの反応は薄い。
(謝罪したから水に流しても良いかな……って思ったけどさ。こいつ、俺のこと煽ってるのか?)
この日、モモンガのイビルアイに対する心証は変動が激しい。最初『冴えない顔だ』とか言われたときは、取引先の失礼な対応だ……ぐらいにしか思っていなかった。タブラの例え話で弐式が馬鹿にされたところを想像したときは、大いに腹が立ったものだ。つい今しがた、頭を下げて謝罪されたときには怒りが和らいだりもしている。しかし、その謝罪の動機が『モモンに対して申し訳ないから』ではなく、仲間に叱られたから……そして仲間の面子の為というのは如何なものだろう。
そこには、モモンガに対しての『申し訳なさ』の要素が微塵も感じられないのだ。
(仲間の為の行動……それで頑張るって言うなら、俺も同じだろうけど。やらかした側の人が言うと、やっぱり腹が立つな……)
こうして、イビルアイとの手合わせに対し、モモンガは僅かばかりの『苛立ち』を込めて応じることとなる。無論、蒼の薔薇との今後を鑑み、殺すところまではやらないつもりだが、ある意味、イビルアイは自分の死刑執行命令書にサインしたも同然の状況だった。
「ふふふっ。私を他のメンバーと同じと思うなよ?」
イビルアイは、まるで気がついていない。自分の姿が傍目に滑稽極まるもので、モモンガの怒りの火に油を注いでいることを……。今の彼女が何を口に出しても、すでに怒っているモモンガにとっては燃料の追加投入なのだ。
(こんにゃろう……)
据わった目で下唇を突き出したモモンガは、蒼の薔薇に目を向けた。ラキュースがモモンガに対してペコペコと頭を下げており、その近くで顔……主に目の辺りを右手の平で覆ったガガーランが頭を振っているのが見える。
(ん、ん~……まあ……殺しはしないと思いますよ? たぶん……)
イビルアイは別として、彼女のチームメンバーに対しては気の毒だと思う気持ちが、モモンガにはあった。続いて肩越しに振り返ってヘロヘロ達を見ると、人化しているヘロヘロが困り顔で苦笑し、建御雷が何とも言えない顰めっ面をしている。弐式に関しては面を下ろしているので表情は見えないが、腕組みをしたまま首を左右に振っているので、どうやら呆れているらしい。なお、ルプスレギナを始めとしたプレアデス組は、怒り心頭に発した状態で、モモンガか他のギルメンが命令すれば、イビルアイに飛びかかるであろう状態だった。
最後に……モモンガはイビルアイの後方、六腕のメンバー寄りの位置で立つデイバーノックを見た。
「デイバーノックさんは、イビルアイさんの後でいいんですよね? 何でしたら、二人一緒でも構わないんですけど」
「いや、俺はイビルアイの後でいい」
武器戦闘などでは寸止めもあり得るが、一度撃ち出した魔法は手加減が難しい。今まで連繋したこともないイビルアイと一緒に戦ったところで、上手く機能する自信もないし、順番を後に回して見学させて貰いたいとのことだ。
「貴殿のお仲間の実力を見るに、俺とモモン殿では力の差は同じく大きいだろう。どちらかと言えば、手合わせよりも
「そうですか……。それが貴方の望みなら……」
何となく心洗われたような気分となったモモンガは、ここ暫く眉間に寄せていたシワを解放した。これは自分が担当することになった対戦相手二名の内、イビルアイが余りにも余りな人物だったので、対照的にデイバーノックが出来た人物に思えたことによる。
(魔法を教えるとか、俺には出来ないと思うんだけど……。何かレベルアップに使えるアイテムを貸してあげても良いかな~)
ちょっとだけ機嫌が良くなったが、その『御機嫌ゲージ』も、イビルアイへ目を戻した途端に上昇が止まる。本日の不快度発生源なのだから仕方ないが、そのイビルアイがデイバーノックに対し「ふん。ヤクザ者にしては腰抜けな奴め」などと喧嘩を売っているので、せっかく上昇していたモモンガの機嫌は減少に転じていた。
「何だか、やる前から疲れるんだが……。さっさと始めますか」
こうして微妙な空気の中、モモンガとイビルアイの手合わせが始まる。
が、最初の数秒間は互いに何もしないままだ。先に焦れたイビルアイが、握った両拳を上下させて抗議する。
「何をしている? さっさと掛かって来ないか!」
「え?」
言われたモモンガは首を傾げた。先手は『格下』であるイビルアイに譲るつもりだったのである。それを説明すると、イビルアイは猛然と噛みついてきた。
「馬鹿を言うな! 私を舐めるのもいい加減にしろ! いつでも掛かって来ていいんだからな!」
「はあ……。……ああ、そうですか。じゃあ、先手を頂いても? アイテムとか使っていいですかね? あと、召喚魔法とか使いますけど、いいですか?」
もはや疲れた様子を隠そうともしないモモンガが申し出ると、イビルアイはカラカラ笑いながら了承する。
「フッ、好きにするがいい。どうせ、ちょっと強い悪魔か天使を召喚できる程度だろうがな」
怒鳴っているうちに普段の調子が戻って来たのだろう。尊大な態度でイビルアイが言うのを見ていると、モモンガは別の意味でやる気を無くしていた。
元々、戦闘経験を活かした魔法の組み立てで、イビルアイを翻弄。例えば、イビルアイと同じか似た魔法を使って完封し、実力の差を思い知らせる……と言った展開を考えていたのだ。しかし、今のモモンガは違う。
(もう、どうでもいいや。ドカンと派手にやるか……)
モモンガは、アイテムボックスから適当にガントレット……イルアングライベルという増力効果のある物を取り出すと、両手に装着。さらに嫉妬マスクを取り出して装着した。この嫉妬マスクを装着する瞬間、モモンガは悟の仮面をアイテムボックスへと収納している。
その結果、ここに一〇〇レベルプレイヤー、モモンガが出現したのだ。
顔を上げたとき、嫉妬マスクを装着したと知ったギルメンらは吹きだしたが、その笑いをすぐに引っ込めている。モモンガが、装備の質はともかくとして、全力で戦うつもりで居ることを悟ったからだ。
「モモンさん、位階魔法の制限を度外視するつもりですね~」
「嫉妬マスクの下は……
ヘロヘロと弐式の囁き合う声が聞こえてくる。
言われてるほど怒っていない……つもりのモモンガだが、位階制限を無視する気でいるのは確かだ。
「じゃあ、イビルアイさん。御言葉に甘えて召喚魔法を使いますね? もうちょっとだけ、時間を頂けますか?」
「面倒くさい男だ。早くしろ!」
イビルアイの『厚意』からくる言葉に、モモンガは黙って頷く。
そして黙ったまま……。
……超位魔法を発動した。
次の瞬間、モモンガを中心として、半径五メートルほどの立体魔法陣が出現する。蒼く光る魔法陣は、紋様や魔法文字が目まぐるしく移動し、更には強烈な魔力波動を放出していた。
これを見た六腕や蒼の薔薇の面々は、体感できる魔力波動に顔色を変えて硬直する。
当然ながら、最も近くで魔力波動を浴びることとなったイビルアイは、硬直するだけでは済んでいない。
「ぐあああ!? な、ななななっ!?」
吹き飛ばされそうになりながらも何とか踏みとどまり、魔法陣の中でたたずむモモンガに叫んでいる。
「お、おいぃい!? 何だ、それは! いったい何位階の魔法なんだ!?」
「え? 何位階でしたっけかね~? 忘れちゃいました」
モモンガは下アゴの右部分に人差し指を当て、カクンと首を傾げて見せた。その馬鹿にしたような……もとい、馬鹿にした態度を見たイビルアイは、魔法発動を阻止するべく行動に移ろうとしたが……。
「え? なんですか? 召喚魔法を使わせてくれるんじゃなかったんですか?」
「ぐ、ぐぬう……」
モモンガの至極もっともな突っ込みを受け、その場で踏みとどまっている。
そうして両者睨み合うと言うよりは、歯ぎしりするイビルアイと、鼻歌混じりで時間経過を待つモモンガ……といった構図のまま、超位魔法の発動準備時間が経過した。
「む? 時間か。それじゃ、行きますよ~」
のんびりした口調で告げたモモンガは、グッと握った拳を持ち上げる。
「<
閃光と共に出現したのは、獅子顔の六天使だ。広げた一対と体を包む一対の四枚翼を有しており、身につけた光り輝く鎧は、ラキュースやゼロが見た印象では、如何なる攻撃をも跳ね返すように思えた。武装は目の紋様を施された盾と、穂先が炎に包まれた槍である。
その正体は、
「じゃあ、君達。そこの……」
モモンガは、突き出した人差し指をイビルアイに向けた。イビルアイが肩を揺らして後退するが、そんなことは知ったことではない。
「赤フードに仮面の人をボコボコにしてやって。あ、殺さないようにね?」
「「「「「「御意!」」」」」」
モモンガに対し傅いていた六天使。それらが一斉に立ち上がり、身体ごとイビルアイに向き直る。
「ううっ!」
イビルアイは更に一歩後退したが……おもむろに右手の平を突き出すと、第四位階魔法の
「ふうん、第四位階魔法か。じゃあ、良くて第五位階までかな? それでは天使達よ。やってしまいなさい」
値踏みするように言うモモンガの命令に応じ、六天使が動き出した。彼らはイビルアイを囲むように移動し、オロオロしている彼女に対して攻撃を開始する。
その後の展開は、まさに一方的だった。
イビルアイは、<
挙げ句、槍で突かれるでもなく素手で掴み取られると、アタック、トス、レシーブといったバレーボールのテクニックで打ち上げられたり、叩きつけられたりしたのである。以前、森の賢王と呼ばれるハムスケが、モモンガと弐式らによって似たような目にあわされたのだが、観戦した弐式が「ハムスケの時よりヒドい」とコメントしたほどの酷い有様となった。
そして、最後の一撃……。
「ナイアガラドライブショット!」
いつの間にか、バレーからサッカーに移行していた
この時点でイビルアイは声も出せなくなっており、弾丸のように地面へ激突すると、大きく跳ねた後に地面に転がって動かなくなった。
手合わせ終了である。
見方によれば、ただの集団リンチであったが、これはモモンガの先手を許し、使用魔法が発動するまで待つことになったイビルアイの自業自得である。
「ううむ。ちょっとやり過ぎたかな?」
モモンガはフードの上から頭を掻くと、
「主命により、お届け物である」
「え? あ、はい。御丁寧にどうも……」
猫のように首根っこを掴まれたイビルアイが、
「ね、ねえ? イビルアイ? 大丈夫? 死んでないわよね?」
実のところ、イビルアイはアンデッドであり、既に死んでいるのだが……この際細かいことを言っている場合ではない。数回揺さぶると、イビルアイは顔を持ち上げ、左右を確認した。そして近くに
「ううう! ごめんなさい、ごめんなさい! もう生意気なこと言ったりしませんから……」
「イビルアイ……」
声の調子から、それなりに余裕があることを知ったラキュースは、安心して表情を和らげた。イビルアイの素顔を知る身としては、実年齢は別にしても少女を集団で殴る蹴るした行為について不満に思うが、一連の展開を見ているために文句を言うこともできない。
(良い薬になったと思うべき……なのかしらね。それにしても、あの六体の天使を召喚した魔法。あれは何位階の魔法だったのかしら? 私は聞いたこともないのだけれど……)
モモンが、バハルス帝国のフールーダ・パラダインと同等の使い手だとしたら、使用可能な最高位階は、人類の到達点として知られる第六位階魔法だ。しかし、第六位階の魔法でさっき見た天使を六体も召喚できるのだろうか……。
(まさか……もっと上の位階魔法なんじゃ……)
ともあれ、蒼の薔薇の出番は終了だ。
残りは六腕の不死王……デイバーノックだけなのだが……。
「見ていて思ったが、やっぱり勝てそうにない。手合わせは辞退させて貰おう。……後で魔法について相談に乗っていただきたいが、よろしいかな?」
「ええ、かまいませんが……」
イビルアイが相手の時とは違い、それなりに愛想の良くなったモモンガが、デイバーノックの申し出を受け入れている。
こうして、六腕と蒼の薔薇を相手とした手合わせは終了した。
六腕にとっては、被害少なく実りは大きい結果で終わっている。高みを知れたし、チーム漆黒……その実態は一〇〇レベルのユグドラシルプレイヤーの集団と、終始友好的で居られたからだ。
一方で蒼の薔薇は悲惨の一言に尽きる。イビルアイの失言に始まり、手合わせの度に敗北。それだけなら六腕と同じだが、最後には事の発端たるイビルアイが完膚なきまでに叩きのめされてしまった。しかも、チーム漆黒からの心証は良くない。
イビルアイ以外のメンバーに関しては、心証最悪と言うほどではないだろうが、チームメンバーにイビルアイが居ることで、今後、漆黒とはギクシャクした関係になる可能性が高いと思われる。
「ハア……。先が思いやられるわ……」
溜息をついたラキュースは、六腕側でデイバーノックが「戦わず終わって、すまない」とゼロに頭を下げており、ゼロが「あんなの相手にできないからな。まあ仕方がない」と笑って許している姿を見……もう一度溜息をつくのだった。
おそらく年内最後の投稿になります。
とまあ、今回の第59話のような次第でして
モモンガさんを始めとしたギルメンには、精神的に爆弾を抱えていただきました。
一応、アイテムで解消できるようなことになってますが、この先のトラブルの種になるかどうかは未定です。
と言うか、低評価コメで随分と評判が悪いので、これで解消になるかもしれません。(笑
いや~……調整平均が下がる下がる(笑
やはり説明不足でしたか? 自分の筆力では、今のところこれ以上上手く書けませんでして。申し訳ないです。
イビルアイに関しては殺さないように苦心しました。
まあ、あんな感じですかね。
ナイアガラドライブショットに関しては、グーグルとかで画像検索していただければ……。スターダスト11で画像検索しても良いかもしれません。
あの勢いで、イビルアイは地面に叩きつけられたんですね~……。
次話以降は、トブの大森林におけるタブラ&茶釜をメインで書き進めたいと思います。
基本的にモモンガさんは全話顔出しさせる予定なので、何処かで出番があると思います。
それでは皆さん、良いお年を~。
<誤字報告>
macheさん、ARlAさん、戦人さん、サマリオンさん、佐藤東沙さん
毎度ありがとうございます
今回、投稿直前のチェックでは幾つかの誤字を修正しているのですが、まだ有るのかな……。