オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第6話 きっと、大丈夫よ……

 夜。

 とある森で一人の男が目を覚ましていた。

 最初の姿勢は大の字と言っていい。ムクリと躰を起こしたところ、周囲は立木で囲まれていて、藪なども見えていた。

 

(夜……だよな? 俺……こんな夜目が利いたっけ?)

 

 その後はボウッと数秒間を過ごしたが、急速に意識が覚醒し、男の表情が混乱で歪んだ。

 

「待て待て待て! ここ、何処だよ!?」

 

 ダッと立ち上がる。

 真っ暗闇の森の中。しかも開けた場所というわけでもなく、ちょっとした藪の隙間だ。

 今が夏なのかは知らないが、落ちた枯れ葉がほぼ無く、木々の枝には葉が生い茂っている。幸いなことに虫刺されなどは無いようだ。以前、自然大好きな友人から聞かされたところでは、こういった森林地帯の地面や藪にはダニが居て、噛まれると色々マズいらしい。

 それが無かったので一安心だが、月明かりが無きに等しい状況で、周辺の風景を把握……視認できるというのが、男としては異常に思えていた。

 何より異常なのは、中流よりも下の生まれな自分が、このような自然の森に足を踏み入れていること。

 

「てか、こんなのを疑似森で用意できるとか、大企業の会長様とかじゃないの? 夢……」

 

 呟きつつ頬をつねったところ、確かな痛みを感じる。

 

「じゃないのか。じゃあ、アレだ。ここはユグドラシルだ。ゲームの中だ。きっとそうに違いない」

 

 引きつったような薄ら笑いを浮かべるも、ここがユグドラシルの中であれば……と、そう思った瞬間。自身の直前までの行動が、脳内で爆発するように復帰した。

 

「うぉぉぉい! みんな何処だよ! ここマジで何処!? って、まだユグドラシル続いてんの!? ログアウトもコンソールもGMコールも、やっぱ駄目でっ! ぅん?」

 

 大騒ぎしていた男の耳に、ガサリと木の葉ずれの音が聞こえる。

 右の方向、距離にして二十メートルと言ったところか。

 

(数は……十ぐらい、いや十二か。足音が軽いから、大型のモンスターとかじゃないな……ぷっ、モンスターだってよ)

 

 歩いたことのない自然……森の中に立ち、ここがゲームの中か現実かも判別が着かない。そんな中で遠くに物音を聞き、それを足音だと判断して、モンスターだとかどうとか。

 ゲームと現実が入り交じってるような自分を笑わずにはいられない。

 

「まずは現状の確認だ」

 

 身体のあちこちを探ってみた。

 衣服は、最後に仲間達と会っていたときに着ていた物。特に防御効果など無い、アウトドア用の……ゲーム内着衣だ。

 ここで気分がユグドラシル寄りになった男は、アイテムボックスを試してみる。と、これがコンソールなんかとは違い、普通に開くことができた。

 

「お、おーっ。やっぱユグドラシルなのか? いや、ユグドラシル2だったり? でも、みんな居ないしなぁ……」

 

 ブツブツ言いつつボックス内を物色したところ、現役時代に愛用していた最強装備の内、防具類一式が揃っている。武器の方は良くて聖遺物級(レリック)だった。

 

「心細いねぇ……」

 

 先程、身体を探った……いや、頬をつねった時に気づいたのだが、この躰は人間種のものらしい。つまりは皆と居た際に使っていた人間種のアバターだ。ただし、感覚は異常なまでに生々しい。いや、現実の身体からすれば鋭すぎる。

 

(レベル一のアバターじゃないのか? よく解らないな)

 

 取りあえず武具を取り出し、装備しようとしたが……装備できません。

 そう、ゲーム内でよく表示された『装備できません』の表示が見えたような気がして、男は目を剥く。

 

「き、着られない! 武器も持てない!? レベル、やっぱり一なのか!?」

 

 レベルは一より上だろうが、聖遺物級(レリック)すら装備できない低レベル。それを認識し、男は大いに焦った。

 このまま強めのモンスターと遭遇したら、一方的に殺されてしまう。

 そう思ったら、今度は「ここがユグドラシルじゃありませんように」などと考えてしまうのだが、現実は男の都合に合わせて入れ替わったりはしてくれない。

 彼の耳に、ある音が聞こえてきた。先に聞き取った多くの足音。それが接近してくるのだ。

 

(まずいな……)

 

 今の状態でのエンカウント(遭遇)など真っ平御免と、男は迫る音から離れようとする。

 

 ガササッ!

 

「あっ……」

 

 藪を突っ切ろうとして音がした。

 その途端、足音の接近速度が上がる。気づかれたのだ。

 

「やっべ! さっき騒いでたときは気づかなかったくせによ!」

 

 毒づきながらも駆け出す。しかし、夜目が利くとは言え、生い茂った藪の中では思うように身動きが取れない。身体能力はレベル一よりもあり、跳ねたり藪を突き抜けたりと、そこそこに動けているが、問題なのはスキルが足りないことだ。

 かつては出来ていたはずの『地形効果低減』、『隠密移動』などができず、感覚が狂っていることも相まって足音は急速に迫りつつあった。

 そして……。

 

 ガササッ!

 

『ギイイイイッ!』

 

『ギャギャギャ!』

 

 藪を突っ切って飛び出してくるもの。

 それは粗末な短剣に、薄汚れた使い古しの革鎧。ある者は小型の円形盾を装備している。

 ユグドラシルではよく見かけたモンスター……ゴブリンだ。

 次々に飛び出してきており、数はやはり十程度。感じ取った十二という数は恐らく間違っていないだろう。

 しかし、今はそんなことより応戦しなければならない。

 男はアイテムボックスから、装備できる短剣に革鎧を探し出し、瞬着した。

 予めアイテムボックス内で登録をかけていれば、このようなことが可能になるのだが、元々これらの弱いアイテムを登録していたわけではない。手早くボックス内登録をかけ、装備したのだ。

 引退してから数年経つが、感覚は鈍っていないようだった。

 

「とはいえ、こりゃ……キツい!」

 

 身体能力の感覚を上手く掴めていない上に装備は貧弱。加えて多勢に無勢だ。

 

 最初の数体を斬り倒すも、相手の手数が多すぎて男は一気に押されていく。

 

 やがて……ゴブリンの刃が男に到達した。

 

 ざくっ!

 

(いった)ぁあああああっ! 畜生! (いて)ぇええ!」

 

 突かれたのは右肩より少し下。切っ先が少し潜り込んだ程度だが、感じたことの無い傷みに男は悶絶する。そして傷みのあまり短剣を握る力がゆるんで……。

 

 ガギン!

 

 ゴブリンの攻撃で短剣が弾き飛ばされた。

 やべ! 次の武器を出さなきゃ! 怪我とか治さないと! ポーション!

 刹那。仏教の時間概念で、七五分の一秒とされる。その短い間に様々な考えが浮かび消え、男の目には迫る新たな刃が映っていた。

 このままでは死を免れることはできないだろう。

 だが、何もしないで殺されるわけにはいかなかった。

 

「う、うおおおおお!」

 

 怪我した方の腕……右腕を、顔面をかばうようにして掲げる。更に痛い思いをするだろうが、その隙に新たな武器を左手に出し、反撃を……。

 

 ガキュイイイイン!

 

 さっき聞いたような金属音が聞こえた。 

 違っているのは弾き飛ばされたのが男の武器ではなく、迫っていたゴブリンの短剣であること。

 そして男は気づく。

 防御として掲げた自分の腕。衣服の袖から伸びている腕が、人間種のモノでは無くなっていることに……。

 

「おおっ!」

 

 雄叫びと共にアイテムボックスから装備を呼び出した。

 武器は忍者刀で聖遺物級(レリック)。防具一式は、現役時に愛用していた最強装備。

 瞬間。先程までとは比べ物にならない速度で男は動いた。

 ……。

 一秒。もしくはその半分。

 たったそれだけの時間で、生きているゴブリンは居なくなっていた。すべて地面に倒れ伏し、首から血を流している。

 男は、聖遺物級(レリック)の忍者刀を腰に差すと、両手を持ち上げクルリと掌を上に向けた。

 その手は人間種のものでは無くなっている。

 

「ハーフゴーレムの手……か」

 

 それはユグドラシルで冒険していた頃、何度となく見た手だった。

 

「む、む……むん! ふん!」

 

 思い立ち、何度か気合いを入れると、ハーフゴーレムの手が人間種のものに変わる。

 

(人間種との外装入れ替えができるようになってる……。ゲーム内の職業(忍者)柄、課金したスキルで人間種に変えることはできたけど。これはもっと人間寄り……いや、人間そのものか。人化アイテムなんて持ってなかったのに……)

 

「って、痛たたたたっ!」

 

 暫く興奮状態で忘れていた腕の痛み。これが今になってぶり返してきた。

 慌ててアイテムボックスから低位の赤ポーションを取り出し、傷に振りかける。刺し傷は……あっと言う間に治った。驚いたのは服に開いた穴も修復されたこと。

 

「魔法の薬って(すげ)ぇ……」

 

 元どおりになった腕を空いた方の手で擦りながら、男は考える。

 先程、防御に回した腕がゴブリンの攻撃を弾いたようだが、あれは咄嗟にハーフゴーレム化したことで腕が硬化したおかげだろう。種族特性で低位の刺突を防いだと言ったところか。

 

(低レベルの人間種になっても武器防具が解除されないのは……)

 

 これはゲームルールが適用されているかも知れないと男は判断する。

 低レベルでは装備するのは無理でも、元々装備した状態で低レベル化した場合は、高レベル武装であっても解除されない。

 そんなルールというか、システムの穴があったような気がする。

 

(善と悪のプレイヤーはパーティーを組めないが、ダンジョンで合流すればパーティーを組める。そのまま町に出ることも可能……なんて昔のゲームの話を、タブラさんから聞いたことがあったっけ)

 

 タブラ・スマラグディナは「ユグドラシルの装備に関する裏技も、それに類するものだよ。いや、運営もわかってるね」と言って笑っていた。

 それが、そのまま適用されているのだろうか。

 

「ユグドラシル2……にしちゃ、プレイヤーに痛みを覚えさせるとかやりすぎだし。今となっちゃ、この仕様も俺だけだったりとか? いや~、わかんね~。わかんなさすぎる」

 

 ともかく、最強武装を装備できるようになったのはありがたい。ハーフゴーレム時はレベル一○○に戻っているようだ。

 防具の防御力は紙程度だが、それでもアダマンタイトぐらいはあったはず。

 

(やっぱ紙だよな……。アダマンタイトとか柔らかすぎるし)

 

 普通に防御力が備わった別の防具もアイテムボックスにはあったが、この着慣れた……最強の紙防具で行こうと男は思う。

 

「なんてったって俺は『忍者』だ。これを着てなきゃ格好つかないものな!」

 

 とにかく森の外に出よう。ここがどこだか確認したいし、はぐれた仲間を見つけなくてはならない。

 ある程度の身の安全を確保したと認識し、男はハーフゴーレム化すると明るい気分で森の中を歩き出した。

 先程までとは違い、職業スキルで藪なんかはスイスイと擦り抜けていく。音すらしないのだから、知らない者が見たら驚くことだろう。

 その男。ユグドラシルにおけるプレイヤー名を……弐式炎雷(にしきえんらい)という。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓。第九階層。

 そのやたら広い通路の壁に手をつくモモンガは、絞り出すように語りかけた。

 

「さっきの聞きましたか。ヘロヘロさん」

 

「ええ、聞きましたとも」

 

 すぐ隣りで居るヘロヘロは、モモンガと同様、壁に手をついて項垂れている。もっとも、こちらは粘体を触腕状に伸ばしているのだが。

 

「『捕らえどころ無き武具を食らう至高の御身』ですよ? ここまで高尚と言うか、持ち上げられた呼ばれ方なんて生まれて初めてですよ」

 

「俺なんか『端倪(たんげい)すべからざる』でしたか。たんげいって何なんでしょうね? タブラさんから聞いた、お侍かボクシングのトレーナーですかね」

 

 ハアアアアア……。

 

 果てしなく重い溜息が、二重奏となって通路に消えて行く。 

 セバスの報告を受けた後、モモンガはアルベドや階層守護者らに『自分達(モモンガ&ヘロヘロ)のことをどう思うか』と聞いてみた。

 返ってきたのは、雲の上どころか天国を通り越して、宇宙に旅立とうとでも言わんばかりに美化し持ち上げた讃辞の数々である。

 中身が一般人であるモモンガ達にとって、それは関わりない他人に向けられた言葉のようにしか思えなかった。居たたまれない気分になった二人は、幾つかの指示を与えた後、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)にて転移。この場に避難して来たのである。

 

「ん、まあ、ナザリックの運営の実務なんかはアルベドとデミウルゴスに振れましたし。当分は……腰を据えて仲間達を探すとしましょう」

 

「ですね~。そう言えばモモンガさん」

 

 モモンガに顔を向けたヘロヘロは、先程の円形闘技場でのことを質問する。

 あの時、モモンガは他のギルメンが同様に転移して来ている可能性について、アルベド達に語らなかった。

 

「知らせておいた方が、仲間の探索も気合いを入れて手伝ってくれるんじゃないですか?」

 

「ですが、ヘロヘロさんも見たでしょう。あのアルベド達の忠誠っぷりを……」

 

 そこに自分の創造主が来るかも知れないなどと言ったら、舞い上がって手が付けられなくなるのではないか。下手すると、勝手にナザリック外へ飛び出し、創造主を見つけるまで戻ってこないのではないか。そこをモモンガは心配したのだ。

 

「NPCが居なくなってナザリックが機能不全に陥ったりとか……」

 

「それは……恐ろしいですねぇ」

 

 身振り手振りを交え、目の前の骸骨が恐ろしげに語る。それを聞き、ヘロヘロは身震いした。

 最悪、ナザリック地下大墳墓がギルドホームとして維持できなくなって崩壊したとする。その場合、NPC達は大丈夫なのだろうか。ギルドホームのNPC作成レベルを基に創造された者などは、ギルド崩壊と共に消滅したりはしないか。

 考えただけでも恐ろしい。

 ナザリックの外は、セバスの話では自然溢れる世界だという。今のところ、脅威となる生物も発見できていない。

 生きていくぐらいなら何とかなるだろうが……。

 

「せっかくあるギルドホーム。無くすわけにはいきませんよね。当然、NPC達もですけど」

 

 ヘロヘロの言葉に力がこもっていく。

 それを感じ取ったモモンガは、朗らかに言った。

 

「様子を見て話すとしましょう。急いては事を何とやらです。取りあえず……」

 

 モモンガは通路を見回す。今、この場には自分とヘロヘロしか居ない。

 

「外でも見に行きませんか? 俺達には息抜きが必要でしょう。絶対に……」

 

「そうですね。セバスが見た星空とやら、俺も見てみたいですし」

 

 合意は成された。後は行動あるのみだ。

 ナザリック外縁部まではギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で飛ぶとして、外に出て一発で僕達に発見されるのはまずい。

 記憶するところでは、モモンガの自室隣りに衣装部屋(ドレスルーム)(雑多な装備を放り込んでおく場所として使用されていた)などがあったはずで、そこで適当な装備を調達し、変装してから外へ行くこととする。

 自分達的には名案であり、モモンガとヘロヘロは、そそくさと衣装部屋を目指すのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガ達が去った後の円形闘技場。

 そこではアルベドと階層守護者、そしてセバスにエントマが残り雑談を交わしていた。

 当初の話題は、ほぼ共通している。

 それは、モモンガが大層恐ろしかったことだ。

 緊張したモモンガが絶望のオーラを出したことによるが、(モモンガ)はスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを装備して能力が強化されていた。このことにより、一○○レベルNPCらにも効果が通ったのである。なお、エントマには杖補正無しでも効果はあったろうが、彼女は階層守護者より後方に位置したセバス。その彼の後ろで居たため、同じように怖い思いをしただけで済んでいる。

 

「あれが支配者としての器をお見せになられたモモンガ様なのね」

 

 アルベドの恍惚とした言葉に皆が頷いた。デミウルゴスなどが、敢えて実力をお見せになられたのだと評し、皆が納得する中、アウラがポツリと漏らす。

 

「ヘロヘロ様がお戻りになられて凄く嬉しいけど。ぶくぶく茶釜様もお戻りになって欲しかったな……」

 

「お、お姉ちゃん、ヘロヘロ様に対して不敬だよぅ」

 

 弟のマーレが諫め、アウラは「わかってるけど……」と言い口を尖らせた。

 この場に居た誰もが、マーレが言ったとおり不敬だと思う。

 仮に戻って来たのが自分の創造主で、忠誠を誓ったすぐ後に「誰々も戻って来て欲しかった」などと言われたら。自分は言った者を殺すかもしれない。

 それにだ、万が一ヘロヘロの耳に入ったら、アウラは処罰……死を賜る可能性があった。

 実際には、モモンガらが聞いたとしても「まったく同感。早く仲間に会いたいな……」で終わるだろう。しかし、ナザリックのNPCらは、そうは思わないのだ。

 一瞬、冷たいような怒りのような感情が湧き上がり、次いで寂寥感と自己嫌悪の感情が場を満たしていく。

 

「ん、コホン。それで、皆はこれからどうするね? 私は影の悪魔(シャドウ・デーモン)を用意しておこうと思うのだが……」

 

 話題転換を図ったデミウルゴスが口を開くと、皆の視線が彼に集まる。

 

「ドウイウ事ダ。デミウルゴス?」

 

 軋むような音声……コキュートスが問いかけると、デミウルゴスは人差し指でメガネ位置を直しながら説明した。

 セバスが発見した村。これについてモモンガは「暫く様子を見る。指示を待て」と言った。とはいえ、言われたまま待ち続けるというのは怠け者の考えだ。

 

「隠密能力に長けた僕を……まあ、村の周囲に配置しようかと思ってね」

 

 直接に村に手を出すわけでなく、あくまで様子見。

 そしてモモンガが村に対して行動に出る場合は、速やかに現地で僕が助力できるようにする。これがデミウルゴスの狙いだった。

 

「流石ダナ。ナザリック一ノ知恵者ナダケハアル」

 

「それほどの事でもないよ。ところで……シャルティア。君、どうかしたのかね。さっきから蹲っているが……」

 

 デミウルゴスが言いつつシャルティアを見、それに釣られて他の者が視線を移動させると、そこには確かに蹲ったシャルティア・ブラッドフォールンが居た。

 どうやら股間を押さえているようだが……。

 

「いえその、モモンガ様の偉大な気を当てられて……。股間、いえ下着が少しマズいことになっているんでありんす」

 

 どうしようもねーな、こいつ……的な溜息が居合わせた者の口から漏れ出た。

 

「はしたないわね……」

 

 そう言ったのは、冷たい目でシャルティアを見る……アルベド。

 当然ながら、怒り心頭に発したシャルティアが食ってかかっていく。

 

「はぁ? 至高の御方のお一人であり、超美形なモモンガ様から、あれほどの力の波動……御褒美をいただけたのよ? それで濡りんせん方が頭おかしいわ。清純に作られたのではなく、単に不感症なんではないの? ねぇ、大口ゴリラ」

 

 大口ゴリラとは、アルベドの真の姿を揶揄した言葉だ。

 本来、そう本来の製作設定のアルベドなら、売り言葉に買い言葉でシャルティアとの見苦しい舌戦に転じていたことだろう。

 事実、そうなりかけた。

 

(ヤツメウナギ……)

 

 こちらもまたシャルティアの真の姿を揶揄した言葉。だが、モモンガを引き合いに出した口論に際し、頭に血が上った瞬間。アルベドの激昂にはブレーキがかかった。

 

「……っ。違うのよ、シャルティア」

 

「へっ?」

 

 諭すように話しかけてきたアルベドを、シャルティアは珍妙な生き物を前にしたような目で見る。

 近くに居たアウラは驚きの視線を向け、デミウルゴスは「ほう?」と一声漏らして様子を見守り、セバスやコキュートスも興味深げにアルベドを見ていた。

 

「確かに貴女の言うとおりだわ。モモンガ様の力を浴びて、女なら感じずには居られない。でもね、そうやって感じたことを表に出して、人前で股間を押さえ蹲る。その様な姿を、モモンガ様はお喜びになるかしら? いえ、好みの女性のする仕草として認識されるかしら?」

 

「ううっ……」

 

 静かに、そして反論の余地もない言葉選び。何も言えなくなったシャルティアは呻くのみだ。その姿をジッと見たアルベドは、不意に表情を和らげ微笑みかける。

 

「少しずつ、改めていけばいいの。モモンガ様に見て頂けるよう、そしてペロロンチーノ様に恥じないよう。淑女におなりなさい。そうすれば望みが叶う道も開けるというものよ」

 

「そ、そんなこと……言われなくとも理解しているでありんす!」

 

 フンと顔を背け、シャルティアは転移門(ゲート)を使用して姿を消した。口振りは怒っていた。だが、最後に見た顔は照れているようにも見えた。

 

「アルベド、やるねぇ……。あのシャルティアを言い負かすなんて」

 

 頭の後ろで手を組んだアウラが歩み寄ってくる。隣り、いや斜め後ろを着いて歩くマーレは長い杖を抱えながら、尊敬するような眼差しを向けていた。

 

「言い負かすだなんて。(わたくし)は誠意を持ってお話ししただけよ」

 

「果たして、そうですかね」

 

 デミウルゴスがククッと笑いながら会話に混ざってくる。

 彼は言った。会話の流れ、そして組み立てとしては誠意を基本としたのだろうが、あくまでも計算ずくでシャルティアを言いくるめたのではないか。何処まで本気の言葉だったのか、興味があるものだ……と。

 

「御想像にお任せするわ」

 

 そう言って余裕ありげにアルベドは微笑んで見せた。

 アウラとマーレが「おお」だの「ほえええ」だのと感嘆の声をあげ、デミウルゴスは「ふむ、そうしておきましょうか」と鼻を鳴らしている。

 その後、アルベドは守護者統括としての責に基づき、今後の計画についての議論を始めた。シャルティアは一足先に戻ってしまったが、そこまで大事なことを話すつもりはない。せいぜい、注意事項を述べておくぐらいで、彼女には後で話してもいいだろう。

 皆に指示を出す中、アルベドは先程のシャルティアとの会話。そこにおける自分を思い返していた。

 どうも、自分らしくなかったと思う。

 自分はサキュバスだ。狙った獲物……もとい、愛すべき男性であるモモンガを、横から狙う泥棒猫(シャルティア)に対し、本来なら冷静では居られないはずだ。自分で思い出すと、顔を羞恥で顰めたくなるほど口汚くシャルティアを罵り、相手の低次元な土俵に立って舌戦を繰り広げたことだろう。

 何故、そうならなかったか。

 

(モモンガ様に変えられたから……かしら?)

 

 異常事態が発生する前。一人で玉座の間に居たモモンガは、アルベドの奥深くにまで手を伸ばし、『在るべき彼女』を変えようとした。だが、モモンガは何も言わない。モモンガ自身、アルベドに手を加えた認識を持っていない様子だ。ならば、自分はモモンガから何もされていないのだろうか。

 いや、そんなことはない……とアルベドは思う。

 確かに自分は変わったのだ。変えられたのだ。

 ただ、それがどんな変化を自分にもたらしたのか、それがアルベドには把握できない。

 

(俯瞰して考えた場合。先程のシャルティアへの対応は悪くなかったわ。彼女に意識改革を促すことができたし)

 

 これでシャルティアが大人しくなれば万々歳だ。色々とやりやすくなることだろう。

 それにシャルティアが首尾良く『淑女』になったとしても、アルベドの優位は揺らがない。何故ならモモンガ様の好みは大人の女性。アルベドのような年齢の女性だと思われる。

 

(しかも、私はモモンガ様の好みに合致している……はず。だって、あのとき清楚な美人って仰ってくださったもの)

 

 アルベドは、玉座の間におけるモモンガの独白を聞き逃してはいなかった。

 このまま、感情のままに暴走することなく、モモンガの理想とする女性像を演じきる。ないしは精進を重ねて理想の女性像に到達できれば。自分はシャルティアの先を行き続けるだろう。正妃の座は堅いとさえ思っている。

 自分に与えられた変化が何なのかは今なお不明だ。

 しかし、それは悪いものではないだろう。事実、今のところは上手くいっている。

 

(きっと、大丈夫よ……)

 

 皆に指示を出し続けながら、アルベドは小さく微笑むのだった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 ヘロヘロです~。

 

 俺の本来の背丈はね、まあそう高いわけじゃなくて。

 ソリュシャンと同じくらいかな~。ヒールの分、負けてるかな~。

 でも、スライム体型よりは背が高くてですね! 甦れ! 本来の背丈!

 そこで俺はアイテムを……。

 え? 俺のことしか喋ってない? カルネ村の忍者?

 でも、もう尺が……。

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第7話

 

 ヘロヘロ『これ、どういうことなんでしょう?』

 

 弐式「そりゃ、こっちの台詞ですよ……」

 

 

 

 

 




日曜に仕事が無かったので早く書き進められたのだ!
あと感想頂けたので、ブースト入りました。

<捏造ポイント>
・弐式さんの最強防具の硬度がアダマンタイト級
 アダマンタイトが柔らかいとか、最高でアダマンタイトとかマジ?みたいな描写が見受けられるので、現地勢の攻撃を止められ、かつプレイヤーには紙装甲と言われるとしたら……アダマンタイトがイイ感じかな……と思いました。エントマのメイド服でガガーランの鎧より上位らしいですし。本作の設定でも戦闘メイドの服より下の硬度なのか……。
 今後に、別の材質であることが判明した場合、本作ではこうです……という感じで御了承くださいませ。

・ナザリックが消滅したらNPCに消滅の危険性
 特典小説でNPC作成レベルとかありましたので。実際にNPCが消えるかと言えば、私的には消えないんじゃないかと思います。

・装備していた高レベル装備は、人化でレベルが落ちても装備したまま
 完全な捏造設定です。本作中ではタブラさんの話で聞いた……と本文で書いてますが、弐式さんは別の話題で聞いたことと混同しています。つまりは、弐式さん本人が考察していた中の『自分だけのオリジナル要素』が正解ということになります。このことが作中で発覚するかどうかは未定。タブラさんが来たら聞いて確認するシーンがあるかもしれません。

<誤字脱字>
忠犬友の会様、御指摘ありがとうございました

その他 2020.02.02 誤字修正

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