オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第61話

「あ゛あ゛~……アイテムの精神安定化って最高よね~。頭すっきり~……」

 

「姉ちゃん、すっきりしたのは頭だけなんだろ? 肩に手を当てながら言うの止めよ~よ~。歳が……」 

 

「あ゛ぁ?」

 

 茶釜がペロロンチーノを振り返って睨みつける。

 ここはトブの大森林。ここまで色々と事案が発生したものの、リザードマン集落はもう目と鼻の先だ。……いや、すでに見えている。

 

「ふむ……」

 

 茶釜は鼻を鳴らした。現時点、茶釜とタブラは人化しているが、ペロロンチーノは鳥人形態のまま。このままリザードマンと接触して良いものだろうか。

 

「弟、あんたはどうするの? このまま私達と一緒に来る? シャルティアも一緒で構わないわよ?」 

 

 鳥人形態のペロロンチーノは現実(リアル)の時より若干背が高い。そもそも元から身長差があったのであり、茶釜は高い角度でペロロンチーノを見上げた。

 

「いやあ、俺ってば、シャルティアとナザリック内デートの予定なんだぁ。な? シャルティア?」

 

「はいでありんす! ペロロンチーノ様!」

 

 傍らに立つシャルティアが、茶釜よりも高い角度でペロロンチーノを見上げている。輝かしい笑顔は、花が咲いたと言うよりも、宝石を撒き散らしているかのごとしだ。が、その笑顔も、茶釜の側で居るアウラが微笑ましそうに見ているのに気づくと、気恥ずかしげにツンと顔を逸らすことになるのだが……。

 

「……ナザリックに合流してから、ずっと思ってたんだけど。意外だわ……」

 

「何がさ? 姉ちゃん?」 

 

 ペロロンチーノが首を傾げると、まとわりつくアウラとマーレの頭を撫でながら、茶釜は言う。ペロロンチーノは、シャルティアを作成する際に気合いを入れすぎた。言い方を変えれば、萌えの心を詰め込みすぎていた。ユグドラシル時代は、それで良かったろうが……NPC達が意思を持って動く、この転移後世界でシャルティアを見たら……。

 

「私も身に覚えがあるから解るんだけど。嬉し恥ずかし過ぎて、悶絶するかと思ってたのよね~」

 

 本当は、性癖が具現化されたことで悶絶……と言うのが正しい。そして茶釜が言ったとおり、萌えを詰め込んだのはアウラやマーレの作成でも同じである。例えばマーレのスカートの丈をミリ単位で拘ったのは後悔などなく良い思い出だ。しかし、実際に着用しているマーレを見た時は、申し訳なさと恥ずかしさで逃げたくなるほどだった。

 そういう事情から出た問いかけであり、「私はキツかったけど、お前、大丈夫なわけ?」という茶釜の思いが込められている。 

 ただ、目の前にシャルティアが居る手前、茶釜は言葉を選んでいた。

 

「嬉し恥ずかしで悶絶? そりゃあ、したさ。でもねぇ、姉ちゃん」

 

 ペロロンチーノがシャルティアと繋いでいた手を離し、シャルティアの頭の上に乗せる。

 

「ペロロンチーノ様? ふわっ!?」

 

 姉がアウラ達にしているようにシャルティアの頭を撫で、ペロロンチーノは嬉しそうに笑う。今は黄金仮面を装着しているので、表情などはわからない。だが、その口から漏れ出る声が、この上なく嬉しそうなのだ。

 

「俺が作った、一番の女の子なんだぜ? そういうのは会って話したら吹っ飛んだし、俺にとって過去の話なのさ~」

 

「ぺ、ペロロンチーノ様! 素敵でありんす!」 

 

 創造主とNPCで盛りあがっている。しかし、そんな二人を茶釜は胡散臭そうに見て言った。

 

「その話は、まあ理解……しておいてやるとして……。……あんた達、仲良くなりすぎじゃない?」

 

 茶釜とペロロンチーノは、異世界転移してからそれなりの日数が経過している。だが、ナザリックに合流を果たしてからだと日が浅い。それはつまり、ペロロンチーノとシャルティアは、『再会』してから日が浅いと言うことになるのだ。ところが、茶釜の見立てでは、二人は初々しいカップルのように見えている。いくら何でも関係の発展が早すぎではないだろうか……。

 

(まさか、でも……ひょっとして……)

 

「弟……。ひょっとして、シャルティアと……何かした?」

 

「ううっ!?」

 

 ペロロンチーノが身を翻すようにして呻く。何か返事をしたわけではないが、この仕草だけで茶釜には全て理解できた。

 弟は……シャルティアと深い関係になっている。

 

(ストレートに言えば、やっちゃった……だ)

 

 元の現実(リアル)で手を出せば、お巡りさんに逮捕連行(ドナドナ)されること請け合いの少女、シャルティア・ブラッドフォールンと……弟がベッドイン。

 茶釜のこめかみに血管が浮く。

 異形種化していれば、さぞかし淫猥な見た目になったことだろう。だが、今は人化中だ。精神安定系のアイテムだって装備している。それはアンデッドの精神安定のような即効性を持たないが、精神の異常値を徐々に平常ラインへと戻す効果を持っていた。従って、茶釜の精神は怒りで爆発しそうになったのが徐々に沈静化されていく。

 

(でも、これ……アイテム効果だけじゃないわよねぇ……)

 

 浮かんだ血管を人差し指で押さえながら、茶釜は目を閉じ考えた。

 ここは元の現実(リアル)ではないから、法律関係は無効だ。転移後世界の法的に、シャルティアの外見年齢はどうかと思うのだが、それもまあナザリックの者には無関係だろう。そもそもシャルティアは人間ではないし、弟も今となっては人間ではない。そして創造主と製作NPCという間柄でもある。

 

(諸々オーケーか……。当人らが合意してるなら……良いのかしら……ねぇ?)

 

 空気を読まなかったり、場を弁えなかったり、他人に失礼あるいは不快な性的言動。これらは許すべきでないが、愛し合う二人に姉がちょっかい出すのも無粋な話だろう。

 茶釜は目を開くと、不安そうにしているペロロンチーノを見た。ペロロンチーノが「うひっ」と情けない声を出して半歩後退するが、その彼にシャルティアが縋りついている。

 

「……なんかムカつくけど。いいわよ、別に……」

 

「へっ?」

 

 殴られる! ……と、腕で頭部を守ろうとしたペロロンチーノが窺うような視線を向けてくるが、茶釜は両手を腰に当てて鼻を鳴らした。 

 

「お互い好き合って交際してるんでしょ? だったら、そのまま付き合えばいいじゃない。姉の私なんか関係なく」

 

「姉ちゃん……」

 

 認められたと理解したペロロンチーノが、仮面で見えないながらも徐々に笑顔になっていく。しかし、茶釜は釘を刺すことを忘れなかった。姉として、弟とシャルティアとの交際に文句は言わないが、シャルティアを泣かせるようなことをしたら、一女性としては黙っていない。

 

「きっつい説教と折檻が待ってるからね? シャルティア以外の女に手を出すなんて絶対に駄目よ? ラノベじゃないんだから、ハーレム駄目! 絶対!」

 

「うぐっ……。マジモン異世界で、エロモンスターを探す夢が……」

 

 素直に「わかったよ、姉ちゃん」とでも言っておけばいいものを、弟の不用意な発言により、茶釜は目つきを鋭くした。

 

「あぁん? 何か言ったかしら?」

 

「い、いいえ、何でも……そうだ!」

 

 エロゲーマスターに電流走る。

 ナザリックのギルメンには、その辺のラノベ主人公など目ではないハーレム男が居るではないか。古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)、ヘロヘロ。戦闘メイド(プレアデス)ソリュシャン・イプシロンを筆頭に、一般メイドの三分の一を作製した……ナザリック、メイド好き三人衆の一人だ。今のヘロヘロこそ、ナザリック一の輝けるハーレム男と言って過言ではない。

 彼の存在が、この状況を打破するのでは……。

 ペロロンチーノは両拳をグッと握って持ち上げると、黄金鎧のエフェクトを煌めかせながら訴えかけた。 

 

「ね、姉ちゃん! ヘロヘロさんは一〇人以上のメイドさんと仲良くしてるんだよ!? 俺だって少しぐらい……」

 

「よそはよそ! うちはうち!」

 

 弟が繰り出してきた逆転の一打……それを茶釜は一刀両断にする。しかし、怯んだペロロンチーノが次のようなことを口走ったことで、茶釜は片眉を上げた。

 

「モモンガさんも……いや、あの人は現時点で二人か。ヘロヘロさんと比べてインパクトがな~……」

 

「モモンガさん?」

 

 モモンガは現時点で二人……。

 何のことかと暫し考えた茶釜だったが、すぐにアルベドとルプスレギナのことに思い当たる。モモンガは現在、アルベドとルプスレギナの両名と交際中なのだ。小耳に挟んだところでは、転移後世界にも何人か仲良くしている女性が居るとか……。

 

「……ふむ。モモンガさんね……。ま、いいかぁ」

 

 一つ頷き、茶釜はペロロンチーノを見る。

 

「もう元の現実(リアル)じゃなくて、異世界なんだし? モテる男はハーレム作るのもありよね!」

 

「さっきと言ってることが真逆!?」

 

 何だか解らないうちに姉が意見を翻したので、ペロロンチーノは驚愕したが、同時に今の発言の問題点にも気がついた。

 

「てゆうか、なんでヘロヘロさんの時は駄目で、モモンガさんだと態度が変わるんだよぅ!」

 

「う、うっさい黙れ、弟! アイテムも貰ったし、用は済んだんだから速やかにナザリックへ帰還! ほれ、とっとと帰る! シャルティア! かまわないからナザリックで風呂(スパリゾートナザリック)にでも沈めてきて!」

 

 強引に会話を打ちきり、創造主ではないながらシャルティアに指示を出す。シャルティアとしては、本来ならペロロンチーノの意向が優先されるはずだが、この時は茶釜の指示を受け入れていた。嬉々として……。

 

「承知しましたでありんす! ささ、ペロロンチーノ様、こちらへ!」

 

「ええええ!? 嬉しいけど、姉ちゃん横暴だぁああっ!」

 

 絞められる前の鶏のような声を残し、ペロロンチーノが<転移門(ゲート)>の暗黒環に姿を消した。

 

「ふう、行ったか……。精々、煩悩とか洗い流して……真人間になるんだぞ? あ、今は鳥か……」

 

「ペロロンチーノさんの扱いがヒドい……って、ユグドラシルの時と変わりない感じですけど」

 

 それまで傍観していたタブラが話しかけてきたので、茶釜は愛嬌を増量してクリンッと振り返る。

 

「てへっ! 放置してて御免ね! タブラさん~」

 

「いえ、構いませんが。でも、ペロロンチーノさんが女性と交際するのに、それほど干渉しませんでしたね? 相手は見た目の年齢が……ええと、少女然としたシャルティアですけど……良かったんですか?」

 

 問いかけるタブラだが、その表情は笑っている。心配していない……ということは、からかいあるいは弄っているのだ。そう判断した茶釜は、現実(リアル)とは法律が違ってること、自分達は異形種であること等を述べて質問を受け流す。  

 

「なるほどね……。そういう事にしておきますか……」

 

 しかし、タブラの方が上手だったようで、気になる点のあった茶釜は話題を継続することにした。ツカツカと歩み寄り、上体を前に倒すと……斜め上に向けてタブラへ視線を送る。

 

「……タブラさん、何だか察しが良くない?」

 

「これでも元妻帯者でして。女性の口振りから察するのは、割と慣れが……」

 

「ぶくぶく茶釜様! リザードマンが、こっちに来ます!」

 

 アウラからの警告が飛んだ。

 見れば、集落の方から一人のリザードマンが歩いてくる。

 茶混じりの黒いウロコ、胸には『亡』の字に似た紋様が施されているのが特徴だ。

 

「あ~……集落近くで騒いでたから気づかれましたか」

 

 タブラが呟くと、茶釜から離れたアウラがタブラの前に立つ。至高の御方達を守る……という気迫が漲っているが、その彼女の肩にタブラは手を置いた。

 

「まずは話してみるとしましょう。周囲にはアウラのお友達(モンスター)が居るので心配ありませんし」

 

「タブラ様……。はい! そうします!」

 

 一瞬、キョトンとしたアウラが、すぐ嬉しそうにはにかむ。タブラは、後方の茶釜を肩越しに振り返った。

 

「茶釜さん、大変です。アウラが可愛すぎで……」

 

「ぬふふ。そうでしょう、そうでしょう。アウラとマーレは可愛いんです」

 

「お話中、すまないが……」

 

 すぐ近くまで来ていたリザードマンが、遠慮がちに話しかけてくる。氷で出来たような扇型の剣を背負っているが、彼が歴戦の戦士であるなら、すぐさま抜いて斬りかかってくることだろう。

 

「この先の集落に何か用だろうか? 俺はザリュース・シャシャ。旅をしていて、集落で逗留中の身だ」

 

「これは御丁寧に、どうも。私はタブラ・スマラグディナ。長いのでタブラで結構です。後ろの女性は……ぶくぶく茶釜。茶釜さんって呼んで貰っていいですよね?」

 

 確認したところ茶釜からは「おっけ! かまわないわよん!」と快諾されている。続いてアウラとマーレを紹介した後、タブラは来訪した目的を述べた。

 

「実は私達、森の向こうで拠点を構えていまして。近くの森に何があるか……と調査をしていたのです。平たく言えば探検ですね」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 王国王都、ヘイグ武器防具店前。

 

「では、私達はこれで……」

 

 そう言ってラキュースが背を向け、蒼の薔薇は立ち去ろうとしている。

 イビルアイを対象とした質問タイムが終了したわけだが、ラキュースや他のチームメンバーにも色々と聞けたので収穫は大きい。

 ティアとティナなどは「ニシキ……さんは、イジャニーヤと関係があるのか?」等と自分達から話を振っており、転移後世界の忍者組織ないし暗殺組織の存在を知れたことで、これもまた大きな収穫となった。 

 

(「おっと、そうだ。一つ聞くことがあるのを忘れていた」)

 

(「なんです? モモンさん?」)

 

 小さく呟いたのだが、聞き取ったニシキが左肩後方から顔を寄せてくる。

 

(「タブラさんと<伝言(メッセージ)>で話したんですけど。イビルアイが人間じゃないかも……って。ほら、六腕のデイバーノックと似た感じで……」)

 

 転移後世界の存在としては強者であることと、諸々の関連性から、アンデッドないしは人間より強力な存在ではないのか……と睨んでいることをモモンガは説明した。

 

(「俺の正体が……だってこと、教えちゃマズいですかね?」)

 

(「モモンガさん、マズいでしょう。それで信頼は得られるかもしれませんが、いずれ漏れる事だとしても一気に情報漏洩しすぎです。……遠回しに探りを入れて、後は影の悪魔(シャドウ・デーモン)……は心許ないから、ハンゾウで探ってみては?」)

 

 弐式の提案を聞いてヘロヘロや建御雷を見ると、二人とも頷いている。

 方針が決定したことで、モモンガは去りゆく蒼の薔薇……中でもラキュースに声を掛けた。

 

「ラキュースさん、一つ聞き忘れていたことがありまして」

 

「……なんでしょう?」

 

 ラキュースが振り返ったので、他のメンバーも一斉に振り返る。

 

「六腕のデイバーノックさん。あの方は、ああいう種族の方でしたが。ラキュースさんは、どう思われましたか? 彼が人間社会の中に紛れ込む。このことについて……」

 

「モモンさん……」

 

 この瞬間、ラキュースがチラリとイビルアイに視線を向けたことを、モモンガは見逃さなかった。

 

「私は……デイバーノックの行いを肯定しません。ですが、彼の種族に関しては……話せて……意思疎通ができれば、人の世に居ても良いのでは……。そう考えています。では……」

 

 そう言ってラキュースは背を向け直し、今度こそメンバーらと共に去って行く。

 その背を見送りながら、モモンガはイビルアイのアンデッド説を強く認識していた。

 

「当たり……ですかね?」

 

「ですね。じゃあ、俺の自腹でハンゾウを召喚して貰って、イビルアイを調べてみますか……」

 

 弐式が自分自身に親指を向けて言うので、モモンガは頷いたが、ここで誰からか<伝言(メッセージ)>の糸が伸びてくる。

 

「誰かな? はい、モモンですが……」

 

『あのう……モモンガ様? アルベドですが……』

 

「うっ!?」

 

 それは、エ・ランテル冒険者組合の組合長、プルトン・アインザックとの対話の場に残していったアルベドからの<伝言(メッセージ)>だった。

 冒険者ネームのブリジットではなく本名を口に出しているということは、別の場所……それも人目に付かない場所に移動したということなのだろう。

 

『組合長とは話を終えまして。特に問題点や、新たな情報は得られなかったように思います。それで、その……ご指示のとおり、酒場宿で部屋を取って待機しているのですが……』

 

 放置時間が長くなったため、不安になって<伝言(メッセージ)>してきたらしい。可愛い……と思う一方、申し訳ないという気持ちがモモンガの中で増大していく。しかも今は人化中なので、彼の焦りは大量の汗と引きつった表情という形で大きく出ていた。

 心配そうにしている弐式達に説明したところ「それはマズい! 長引かせて悪かった。すぐに戻ってやるべき」ということになったので、一度、ヘロヘロの店に戻り、<転移門(ゲート)>を使用することとしている。

 

「アルベド、すまなかった! 弐式さんを帝都へ送って、建御雷さんをトブの森へ送ったら、すぐにアルベドのところへ行く。すまないな、もう少しだけ待っていてくれ!」

 

『すぐに私のところへ!? はうう、何と言うパワーワー……ド、ふう……お待ちしていますわ! モモンガ様!』

 

 この言葉を最後に、アルベドとの<伝言(メッセージ)>が終了した。

 モモンガは一息ついて手の甲で額の汗を拭うが、ヘロヘロ達、ギルメンのニヨニヨした笑いが気になったので皆を店内に追い立てる。

 

「さあさあ、お客さんは帰ったので元の配置に戻りますよ! 特に変更はないですねっ?」

 

 基本的にはアルベドに告げた配置となるだろうが、念のためにモモンガは聞いてみた。

 ギルメン達は特に反応なし。NPC達も特には……いや、腕が一本上がっている。

 

「ルプスレギナは何か意見があるのか?」

 

「はい。あのう、アル……じゃなかったブリジットさんとのデートも一段落したと思いますので、私はエ・ランテルに行きたいかな~……と」

 

 上目遣いで窺うように言うルプスレギナ。その彼女をソリュシャンが横目で睨み、ナーベラルにいたっては、「よしなさい! 至高の御方に要求を述べるだなんて!」と肩を掴んで揺さぶっている。ルプスレギナの頭部はガックンガックン揺れているが、申し出を引っ込める気はないようだ。

 

「かまわんが……」

 

 その一言でソリュシャンがスッと視線を前に戻し、ルプスレギナが瞳を輝かせる。ナーベラルはルプスレギナの肩から手を離し、モモンガに一礼していた。

 彼女らに対して一つ頷いたモモンガは、口の中で下唇の裏側を軽く噛む。

 

(けど、ルプスレギナを連れて戻るのは、確かにマズいかも知れないなぁ……)

 

 デート中の女性を待たせておいて、他の女性を連れて戻って来るというのは、モモンガの観点からすれば大変外道な行いだ。

 

(「確か、冒険者の名声稼ぎを兼ねた……デート中だったろ? アルベドが居るところへルプーを連れてくとか、モモンガさん。マジ、パネェ……」)

 

(「弐式も、そう思うか。俺には真似できねーわ。さすがはモモンガさんだ」)

 

(「俺もソリュシャンと……取りあえず王都をブラブラ歩いてみますかね~」)

 

 弐式が、建御雷が、ヘロヘロが何か言っているようだが、モモンガは「あーあー、聞こえない!」の精神で無視をする。足早に店内へと戻り、こめかみに指を当てて<伝言(メッセージ)>を飛ばした。もちろん、相手はアルベドだ。

 

「アルベド、さっきの今で申し訳ないが。相談がある」

 

『モモンガ様!? ……っ……はい、何なりと』

 

 喜色にまみれたアルベドの声が、一瞬で落ち着いたものとなる。

 アルベドは、天にも昇るような思いでモモンガの話を聞いていたが、事がルプスレギナに触れ出すと、幾分か声色に陰りが感じられるようになった。

 そしてモモンガは、「ルプスレギナが申し出た」ではなく「弐式さんに預けているルプスレギナを呼び戻したい」と話したのである。これはルプスレギナを呼び戻すことを彼女の責任にする……のではなく、あくまでにモモンガ自身の判断によるものだと言いたかったのだが……。

 

(俺の発案じゃなくて、ルプスレギナが戻りたいと申し出たこと……勘づかれたかな?)

 

 モモンガは汗が頬を伝い落ちるのを感じながら、アルベドの声を待つのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 アルベドはモモンガが心配したとおり、ルプスレギナ自身がモモンガ班への帰班を申し出たと気づいている。現在のモモンガ班の行動目的が名声稼ぎ……にデートを兼ねている以上、一定の成果を挙げない内は、モモンガが他の『女』をパーティーに加えるとは考えにくい。もっと他の、重要な異常があるのなら話は別だが……。

 

(やってくれるわね、あの小娘……)

 

 というルプスレギナへの思いは当然あった。しかし、その苛立ちはすぐに沈静化する。これは設定替えによる精神停滞化ではない。高く設定されたアルベドの頭脳が、ある打算を弾きだしたのだ。

 

(これは……チャンスよ。お優しいモモンガ様は、(わたくし)の居る場所にルプスレギナを連れてくるにあたって、お心を痛めているに違いないもの。(わたくし)が気を悪くするのではないか……と)

 

 しかし、それこそがアルベドの狙い目だ。

 <転移門(ゲート)>から出てきたルプスレギナを、敢えて快く出迎える。共に行動している間も、辛く当たったりはしない。むしろ、彼女と協力するべきだ。

 

(そんな(わたくし)を見て、モモンガ様の心証が向上すること間違いなし! ルプスレギナに貸しも作れるわで、まさに一石二鳥よ!)

 

 そうと決まれば話は早い。

 アルベドは、モモンガからは見えていないにも関わらず、花の咲いたがごとき笑顔で天井を見上げた。

 

「モモンガ様? (わたくし)は、ルプスレギナの帰班を歓迎します。その方がチーム漆黒……モモンガ『様』班の戦力増強になりますし」

 

『そうか、そう言ってくれるか!』

 

 モモンガの明るい声。それを聞くだけでアルベドは股間が熱くなるが、その劣情を最近慣れてきた精神停滞化で抑え込み、胸の熱さへと変換。努めて平静に、そして理解のある女性を演じつつ……アルベドは空いた方の手を胸に当てた。 

 

「はい。ルプスレギナの帰班について現状、何一つ問題はありません」

 

 が、ここでアルベドの声のトーンが一段と艶を帯びる。

 

「……よろしければ、二人同時に夜伽を命じられても?」

 

『そ、それは、また後日のこととする! 暫くしたら、そっちへ行くので待つように!』

 

 <伝言(メッセージ)>が途切れた。

 ベッドに腰掛けていたアルベドは、ヘルムを外して脇に置くと、両腰の脇で手を突いてから……小さく苦笑した。

 

「ちょっと……焦っちゃったかしらね?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ザリュースにあてがわれている仮住居。

 そこに通された茶釜は、ザリュースに勧められるままタブラと並んで腰を下ろした。背負っていた大盾二枚は邪魔なので外し、自分の後ろに置く。アイテムボックスに収納することも考えたが、わざわざ注目されることはしなくて良い。ただ、後ろで座るアウラとマーレが一枚ずつ、大盾を分けて抱えている様は……チラッと見ただけだが大層可愛いかった。

 

「では、集落に対して敵対行動を取るわけではないのだな?」

 

「ええ、そちらから手を出さない限りは……」

 

 タブラがザリュースの問いに答えている。茶釜はと言うと、物珍しげに木の枝や蔓で作られた住居内を見回していた。一人で住んでいると言うだけあって、内部は一室のみ。何か飾っているわけでもなく、ひたすら殺風景だ。

 

「飾り気が無いかな? 人間のお嬢さん」

 

「へっ? いや、リザードマンの家って初めてだから……何となく……」

 

 不意にザリュースに話しかけられた茶釜は、気恥ずかしく感じて頭を掻いたが、ザリュースは「気にすることはない」と言って笑った。

 

「何しろ俺は旅の途中で、ここは借家だ。変に手を入れるわけにはいかないのでな」

 

 ザリュースは、実は集落出身のリザードマンであり、暫く旅に出ていたのが、最近になって戻って来たらしい。

 

「へえ。じゃあ、また旅に出たり?」

 

「まあ、そんなところだ。ただ、その前に一仕事終えていかねばならないが……」

 

 魚の養殖。 

 それがザリュースが言う『一仕事』だ。  

 トブの大森林は広いが、集落の食を賄うには不向きと来ている。何しろリザードマンが好んで食するのは魚なのだから。その魚は近くの湖で獲れるものの、年々漁獲量が減っていた。

 

「食えば減る。当然だな。そこで、俺が旅先で人間から教わった『養殖』だ。養殖を知っているか?」

 

「ええ、まあ。多少は……」

 

 曖昧にだが茶釜が返事をすると、ザリュースは嬉しそうに笑った。

 

「やはり知っていたか。人間の知恵だものな。俺は生け簀を作り、魚の養殖を始めた。湖には魚を食べる水棲のモンスターが居るし、空から魚を食べに来るモンスターだって居る。それらから魚を守りつつ、餌をやって数を増やすんだ」

 

 そうすることでリザードマンの集落からは、餓死する者が居なくなり、他の集落と食料を巡って争うこともなくなる。

 

「立派ねぇ……尊敬するわ……」

 

 ハアと溜息が出た茶釜だが、隣りで話を聞いているタブラにそっと耳打ちした。

 

(「面白くて良い話が聞けたんだけど。タブラさんは、魚の養殖とか詳しいかしら?」)

 

(「いいえ、残念ながら」)

 

 人化して、中年男性の魔法詠唱者(マジックキャスター)の姿をしたタブラは、首を横に振ったが、すぐに思いついたことがあるらしく、人差し指を立てて見せた。

 

(「ナザリックで、そういう事に詳しい人となると……ブルー・プラネットさんですかね」)

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』きっての自然愛好家。現実(リアル)で水質汚染等、自然破壊に心痛めていた男である。せめてユグドラシルでは……とナザリック地下大墳墓の第六階層にて大森林や、ギルメンの誰もが見惚れた夜空を彼は作り出していた。

 ちなみに、異世界転移前、『モモンガさんに対して申し訳ないギルメンの集い』に参加していた一人でもあり、今ここに茶釜達が居ることを思えば、合流できる可能性の高いギルメンでもある。

 

「そっか~。でも、今はまだ居ないものね~」

 

「でも、最古図書館なら養殖の解説本なんかが有るんじゃないですか? ブルー・プラネットさんなら、データとか入れてそうですし」

 

「何の話だ?」

 

 声を潜めることをやめて話しだした茶釜達の会話に、ザリュースが割り込んできた。茶釜の後ろでアウラとマーレが良い顔をしていないが、そこは敢えてスルーしながら茶釜は説明する。

 

「私達の拠点にね、魚の養殖に関して詳しい資料があったかも……って。もし良かったら協力してもいいんだけど?」

 

 こういった事を勝手に決めて良いものか、悩む部分もあった。しかし、タブラが「その程度の情報なら、信頼を得るための必要経費じゃないですか? 私としても、転移後世界で養殖が上手くいくか興味がありますし。モモンガさんや他のメンバーには、一緒に話をしますから……。まあ、誰も反対しないと思いますけどね」と述べたことで、茶釜の心は決まった。

 後日、タブラの言ったとおり、ギルメン会議にてリザードマン集落への協力が決定される。もちろん、ただ単に力を貸すだけでなく、養殖が上手くいったら魚の一部をナザリックに提供すること。たまに建御雷等が遊びに行って、ザリュースや他のリザードマンと稽古したりするなども決められていた。

 少し離れた場所に、他のリザードマン集落もあるとのことだが、そちらに関しては当分の間は不干渉。相手方から接触してきた場合は、その際の言動による。これは当然の対応のように思えるが、わざわざ話し合って決められたのは……蒼の薔薇のイビルアイを想定したのが原因だ。端から喧嘩を売ってくるような相手に、こちらから愛想良くする必要はないとギルメン一致で決まったものである。

 それだけ、イビルアイがモモンガに対して行った言動はギルメンの不興を買っており、一応の制裁は加えたものの、まだ尾を引いている部分があったということだ。

 何にせよ、リザードマン集落の見物に行く……というタブラと茶釜の行動により、結果としてリザードマン達の食糧事情は劇的に改善されることとなった。最古図書館には養殖に関する資料があったし、湖の水質に関してはマーレのドルイド魔法が大いに役立ったのである。

 しかし、そうなるまでの間に幾つかの事件や出会いがあり、その中の事件というのが……トブの大森林奥地に封印されていた魔樹、ザイトルクワエとの遭遇だった。

 




新年、あけましておめでとうございます

去年の1月26日に第1話を投稿しましたが、年を越すとは思いませんでした。(笑

今のところ、感想等で登場リクエストあったのは、ぷにっと萌えさんかな。
基本的に『モモンガさんに対して申し訳ないギルメンの集い』に出てた人なら、登場する目はあります。
設定上、見た目がハッキリ解ってる人なら……と言いたいんですけど、ブルプラさんやメコン川さんは、容姿の設定がないんですよね。
メコン川さんに関してはライオン丸で行こうと思いますが、ブルプラさんは……尊敬すべき先達SSを参考にさせて貰うかも知れません。未定ですが……。

今年の年末頃は、どうなってますかね~。
まだ『集う至高の御方』が続いてたりして。


<誤字報告>
阿久祢子さん、yomi読みonlyさん、化蛇さん、佐藤東沙さん、クウヤさん

毎度ありがとうございます

あ、そうそう、八本指本部の調査に出かけたサキュロントが、いつの間にか手合わせの場に同行してますが
阿久祢子さんの御指摘により、56話で一部書き足しています。

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