オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

64 / 133
第64話

「アインズ様ーっ! 薬草、見つけましたーっ!」

 

 生命活動を停止したザイトルクワエの樹上から、アウラが叫んでいる。アインズ……モモンガが、モモンとして請けた冒険依頼、『万病に効く薬草の採取』は、これにて達成だ。

 

「ん~……冒険者組合に薬草を引き渡してこそ達成か……。今、浮かれるわけにはいかないよな~」

 

 骸骨顔で呟くモモンガは、アウラが枝から飛び降りてくるのを見て呟く。人間がやろうものならダイナミック投身自殺だが、アウラの身体能力であれば無理なく着地できるはずだ。これは今ここに居るナザリックの者なら皆が同じである。先のザイトルクワエとの交戦中、マーレのウッドランド・ストライドで空中に転移した建御雷が、触手二本を撃破。その直後に落下した際……<飛行(フライ)>のアイテムで戦線復帰したが、あれは身体能力でアウラに劣っているのではなく、早期の戦線復帰を優先したからだ。

 

「にしてもモモンガで、アインズで、モモンか……」

 

「俳優名と、声優名と、エロゲ声優名みたいですね!」

 

 いい加減で使い分けが面倒と思っての独白だったが、横からペロロンチーノが話しかけてきたことでモモンガはガックリ肩を落とす。

 

(使い分けは面倒だけど、それぞれの名前に役割を振っちゃったんだし? 今更何ともならないとして! 今俺が言ったのは、ただの愚痴で! ペロロンチーノさんの例えは解りやすいんだけどさぁ! ……うん? ……茶釜さんが何も言ってこないな?)

 

 いつもならペロロンチーノがシモの話を振った場合、すかさず茶釜の説教が始まるのだ。それを見越してグッと堪えていたモモンガだが、ペロロンチーノのエロゲ話題が止まらないので首を傾げた。茶釜は今、何をしているのだろうか。

 目の前にペロロンチーノが居るため、視線をチラッと動かしてみたところ、ペロロンチーノの後方……ザイトルクワエ側に十数メートルのところでアルベドと会話中だった。

 

(ガールズトークかな?)

 

 見たところ険悪そうでもないし、声をかけて邪魔するのも悪いだろう。茶釜の介入が期待できないことを悟ったモモンガは、やむを得ずペロロンチーノのエロゲトークに付き合うのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「意外ねぇ……」

 

「何が……でしょうか。ぶくぶく茶釜様?」

 

 ザイトルクワエとの交戦中は、後衛を守るべく離れて行動していたぶくぶく茶釜とアルベド。だが、今は概ねモモンガの前方にて並んで立っていた。

 盾二枚を持ったピンクの粘体と、性別が判別しづらいほどゴツい重甲冑。何とも奇妙な取り合わせだ。二人は戦闘終了後も油断なく周囲を警戒していたが、茶釜がボソリと呟いたところ、アルベドが反応してきた。

 敵意無く、アウラやシャルティアが創造主以外のギルメンと会話するときのような舞い上がった声色。しかし、元の現実(リアル)にあって女優……中でも声優業で有名だった茶釜の耳は誤魔化せない。アルベドの問いかけてくる声には、ある種の違和感が混じっているのだ。

 

(これ……私の様子を探ってる?)

 

 だが、相手を探ってるのは茶釜とて同じだ。だから、僅かに感じた違和感を敢えて無視し、アルベドとの会話を継続する。

 

「なんて言うかね。アルベドなら、モモンガさんを重点的に防護しそうかな~って思ってたわけよ」

 

 アルベドがモモンガと交際しているのは知っていた。正直に言うと、先を越された感がある。そして、ちょっと悔しい。茶釜にとってモモンガ……かつての鈴木悟氏は、それなりに意識していた男性なのだ。

 

(お互いに仕事が忙しかったのと、オフで逢うには住所が遠かったし……。もっと押し込んでモノにしちゃえば良かったかなぁ……)

 

 これが弟のペロロンチーノであれば「モノにする!? エロい!」などと騒ぐのだろうが、茶釜が言うのは交際するという意味である。将来的に弟の言うような展開があるかも知れないが、まずは清いお付き合いからだ。

 そんなことを茶釜が考えていると、アルベドが重甲冑の第一装甲を解除した。そして女性としてのボディラインが見て取れる第二外装へ移行すると、ヘルムを取って小脇に抱える。ヘルムが取られると艶やかな黒髪が流れ落ちるが、その美しさは同じ女性である茶釜であっても見惚れるに充分すぎた。

 

「ぶくぶく茶釜様……」 

 

「茶釜で良いって言ったわよね? 長いんだから」

 

「では、茶釜様……」

 

 言い直したアルベドは、胸に手を当てて思うところを述べる。

 確かに、一人の女としてはモモンガを重点的に護りたいという気持ちがあった。他の至高の御方に対して不敬だとは思うが、この気持ちに嘘はつけない。ただ、先のザイトルクワエとの戦いは、アルベドにとってナザリックとしての戦いだ。ならば、自分の果たすべき事は、戦場に配置された守護者統括として戦うこと。

 

「己の全能力を駆使して、背後の皆を護ること。それこそが至高の御方の御期待に添うことだと判断いたしました」

 

「ぬっ……。一〇〇点満点の回答な上に、自分の思いまで乗っけてくるとは……」

 

 茶釜は思った。手強い……と。

 この先、自分がモモンガを諦めないとしたら、その前に立ちはだかるのはアルベドと、ルプスレギナだ。カルネ村のエンリや、冒険者のニニャなどは愛人枠だろうから、きちんとした結婚式を挙げて本妻になるのは、先の二人だろう。 

 今から、そこに割り込む余地はあるだろうか。

 見込みはあると睨んだ茶釜であったが、まずは本妻格のアルベドと仲良くしておきたいと考えた。無論、ルプスレギナとも親交を深めるつもりだ。

 

(上手く立ち回ってモモンガさんの一番を狙えれば御の字だけど。……当面は、第三夫人ぐらいに食い込めれば……。第三夫人ね~……日本人の感覚だとアレだけど、ここは異世界なんだし~、問題ないか~)

 

 一瞬、脳裏で弟の「姉ちゃん、リアルハーレムだな!」という声が聞こえたような気がしたが、茶釜は無視した。

 

「ふ~む……むん!」

 

 気合い一発、茶釜は人化する。

 人間種としての茶釜の容姿は、二十代前半まで若返っているが、基本的に元の現実(リアル)での姿だ。アルベドよりも背が高く、スラッとしている。胸のサイズはアルベドやルプスレギナにも負けていない。黒髪を肩の辺りで切り揃えているので、マニッシュとでも言うのだろうか、少し男性的な雰囲気を醸し出している。

 実を言うとゲームのユグドラシルにおいて、一人称が『僕』であったギルメン……やまいこ。彼女の現実(リアル)の姿として、男性ギルメンからイメージされていたのが、この茶釜の実像なのだ。しかし、オフ会で会ってみると茶釜は前述のとおり。やまいこは……お淑やかな妙齢の女性だったので、モモンガを始めとした男性ギルメンは大いに驚いたものだ。

 

「俺! やまいこさんは姉ちゃんみたいな、スパルタンな感じだと思ってた!」

 

 などと口走ったペロロンチーノが、やまいこからグーで頭を殴られていた光景を茶釜はしっかりと覚えていた。

 

(私から見ても、やまちゃんは小柄な和風美人だったものね~。学生時代はポニーテールの元気っ()だったそうだけど) 

 

 ちなみに、やまいこが「僕と違うタイプ~」と言って、茶釜をモデルに作成したのがユリ・アルファだったりする。もっとも、少しきつめの茶釜に対して、ユリは柔和な顔立ちなのだが……。 

 

「さて……と」

 

 プレートアーマー装備の女戦士となった茶釜は、正面で立つアルベドを見た。異形種化していた先程までと違い、今では茶釜の方が背が高くなっている。

 

「モモンガさんと交際中……だったわね? ルプスレギナも一緒だそうだけど?」

 

「そのとおりでございますが……」

 

 アルベドは微笑みながら返すが、相手が茶釜ではなくシャルティアだったとしたら、「そのとおりだけど、何かしら?」と煽るように言ったに違いない。だが、茶釜はギルメンで、アルベドにとっては『至高の御方』の一人なのだ。女として愛するのはモモンガ一人であるにしても、茶釜も敬愛すべき存在なのである。

 先程から茶釜が気にしている探ってくるような違和感。それさえ無視すれば、アルベドの口調や物腰は、一点の曇りもない忠誠心と敬愛で満ちていた。  

 

(アレよね~。モモンガさんや弐式さんが言ってた『死ねと言ったら喜んで死ぬ』タイプの忠誠心よね~……。それでモモンガさんに叱られたって聞いたけど)

 

 その点についてアルベドは反省しているらしいが、高すぎる忠誠心に変わりはない。茶釜の趣味ではないが、今ここでベッドに誘ったとしたら……アルベドは喜んで茶釜の部屋までついて来ることだろう。

 そんな盲目的な忠誠心は御免被りたい。しかし、そうあれと生み出された彼女らに、強く言って改めさせるのもどうかと茶釜は思う。

 そういった考えを溜息で塗りつぶし、茶釜は笑顔でアルベドに言い放った。

 

「私もモモンガさんに告白していいかな? 願いが成就したら、第三夫人あたりに収まりたいんだけど?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 茶釜から声をかけられたとき。

 アルベドは天にも昇るような気持ちだった。

 彼女にとって至高の御方は、一人の例外もなく敬愛し、己の全てを投げ打ってでも奉仕すべき存在である。中でもモモンガは最愛の殿方で、幸せこの上ないことに『恋人』として交際中だ。

 そして現状、ナザリック地下大墳墓に戻ったギルメンの中で、ぶくぶく茶釜は唯一の……女性である。アルベドからすれば同性で、おこがましいながら親近感も感じていた。しかし、全身全霊をかけて忠誠を誓う存在であるにも関わらず、茶釜を見ていると胸がざわめくのだ。

 

(何なのかしら? これは……不安?)

 

 至高の御方に対して不安を感じるなど、万死に値する。自害してしまいたいほどの激情が胸を埋めていくが……いったい何が不安なのか。アルベドは極短い時間ながら考察してみた。そして、ナザリックのNPCとしては高く設定された彼女の知能が、不安の正体についての解答を導き出す。

 

(ぶくぶく茶釜様が……(わたくし)のライバルに!?)

 

 結論から述べると、そういうことになるのだ。

 考えてみれば、至高の御方は続々とナザリックに帰還しているが、その中で女性は茶釜一人だけ。殿方の至高の御方であれば、同じ至高の存在で女性の茶釜に心が傾くのは……アルベドにしてみれば当然のように思えた。そして逆に考えると、茶釜がモモンガに心奪われることもあり得る。なぜ他の弐式炎雷などではなくモモンガの名が出るかと言うと、アルベドにとって最も注目すべき男性の至高の御方だからだ。 

 つまり、茶釜がモモンガに惚れ……もとい、恋をし、モモンガもまた茶釜に恋をする。しかも至高の御方同士なのだから、実にお似合いだ。

 

(けれど、そうなると……(わたくし)達はどうなるの?)

 

 現状、アルベドはモモンガの恋人である。ルプスレギナも同じだが、モモンガがアルベドとルプスレギナに序列を付けるとしたら、第一位はアルベドになるだろう。だが、そこへ茶釜が加わるとどうなるか。 

 

(茶釜様が第一で、(わたくし)が第二位……かしらね。……いいえ、まだまだ考察が甘いわ……)

 

 最悪の場合、妻は茶釜一人として、アルベドやルプスレギナとの婚約は取りやめになる可能性がある。そもそも、交際しているだけで婚約にすら到っていないのだ。

 アルベドは胃に穴が開きそうなほどの心痛を感じたが、それを精神力と、モモンガ関連の思考であるから『精神の停滞化』で抑え込む。そうして、あくまで表面上は平静を保っていたわけだが、会話の中で茶釜がとんでもないことを言い出した。

 

「私もモモンガさんに告白していいかな? 願いが成就したら、第三夫人あたりに収まりたいんだけど?」

 

 アルベドの精神が、またもや停滞化する。

 すぐさま再起動したものの脳内は混乱したままだ。

 今、茶釜は何と言ったのか。

 モモンガに告白して良いか。

 それは至高の御方の意思なので、どうこう言う資格は自分には無い……とアルベドは思う。

 しかし『茶釜が第三夫人』とは、どういう事なのか。アルベドとルプスレギナが第一夫人と第二夫人で良いのか。そんなことが許されるのか。

 アルベドの混乱は続く。

 ギャグ漫画であれば、アルベドの顔を汗がダラダラ伝い落ち、唇は横一文字を保てずに波形に……そして目はグルグルと渦巻いていただろう。だが、これは漫画などではなく現実だ。ゆえにアルベドの顔は、大汗はともかく瞳の焦点が定まらず、口元は震えているという悲壮な状態となっていた。

 

「ちょっと……大丈夫なの?」

 

 心配になったらしい茶釜が声をかけてくるが、至高の御方に気遣わせるなど万死……いや、このまま黙っているのも不敬極まる失態だ。アルベドは奥歯を噛みしめると、微笑みながら茶釜を見返した。

 

「いえ、何でもありません。失礼いたしました。ところで……その、第三夫人とは……いったい……」

 

「言葉どおりの意味だけど?」

 

 茶釜は言う。

 自分はモモンガに惹かれているが、今ある彼の交際関係について肯定する気はあっても否定する気は無い。その関係性を壊したいとも思わない。後から出てきた自分は、もしもモモンガが許容してくれるなら、第三夫人の位置に納まりたいが……アルベドやルプスレギナには認めて欲しい。

 そういった意味なのだ。

 確かに言葉どおりの意味だろうが、アルベドにとっては容認しがたい。ナザリックの僕として生み出された際に備わった……精神の根深いところにあるものが許してくれないのだ。

 

「……茶釜様。(わたくし)の容認ということでしたら。お気に……」

 

「アルベド。私はね、一人の女性として聞いてるの。今は……三人か、その三人全員でモモンガさんと結婚するところまで行ったら、姉妹みたいな関係になるかもだし? 根回し……じゃなかった、仲とか良くしておきたいじゃん? でもまあ、すぐに答えを出さなくてもいいわ。今話したのは、スジを通しておきたかったからだもの。モモンガさんの気持ちも変わるかもしれないわけだしね~」

 

 冗談めかして茶釜が言うが、アルベドにとっては冗談では済まされない。

 少なくとも、この場ですぐに返事して良いようなことでないのは理解できる。

 

「茶釜様。返答と致しましては、何一つとして不服ありません……となります。これは確定事項です。しかしながら、一女性としての御質問……とのことですので、数日ほど、お時間を頂けますでしょうか?」

 

 茶釜の口振りから、アルベドとルプスレギナがモモンガと交際すること……その先に婚約や婚姻があることを認めてくれているのは解る。事実、そう言っている。その上で、モモンガに接近する『後発の女性』として、アルベドに話を通しに来てくれているわけだ。もったいないと思うし、涙が出そうになるほど嬉しい。

 それでも、今ここで茶釜の言葉に飛びつくのは、アルベドの女としての矜持が許さなかった。

 

「……このことはルプスレギナと相談してもよろしいでしょうか?」

 

「どうぞ。と言うより、相談しておいてね? 私からも話しておくけど」

 

 そう言って茶釜は肩の高さで手を振り、モモンガの所へ歩いて行く。その後ろ姿を、アルベドは暫し見つめ続けるのだった。 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 採取した『万病に効く薬草』を冒険者組合へ届けるのは、後日のこととなった。

 冒険者組合の依頼には、ある程度の期間が見込まれているのだ。一日や二日遅れたとしても問題ではない。どちらかと言えば、依頼を請けるなり<転移門(ゲート)>で近くまで移動、即日発見して提出……では不審に思われるだろう。少し時間をおくぐらいで丁度良いのである。

 そう理屈づけたモモンガだが、結局のところ、合流を果たしたブルー・プラネットのことが最優先なだけだ。そして、それは現状のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の総意でもあった。

 そうした判断の下、ナザリック地下大墳墓へ帰還したモモンガ達は、真っ先に第六階層の円形闘技場に向かっている。そこで精神安定系の魔法や、呪い解除のアイテムなどをブルー・プラネットに対して試すのだ。異世界転移後のギルメンで、初の完全発狂者ということもあり、半ば人体実験じみている。モモンガを始めとして、ギルメンの誰も良い気がしなかったが必要なことだと割り切っていた。

 

「アインズ様。すべて完了しました……わん」

 

 NPCの中で唯一、ペストーニャだけが呼ばれて、ブルー・プラネットの治療にあたっていたが、それが終わったので報告と共に一礼している。

 

「さて……」

 

 回復及び治癒。

 その他の呪い解除など、一通りの処置が終わったところで、モモンガは頑張ってくれたNPC……ペストーニャに下がるよう指示を出した。

 

「御苦労だったな。後の事は、私達に任せておくが良い」

 

「はい。承知しました。……敢えて進言することをお許し頂きたいのですが? ……わん」

 

 犬頭のメイド長が下がることなく発言する。ブルー・プラネットに向き直りかけていたモモンガ、その他のギルメンらの視線が一斉にペストーニャに向けられた。

 

「……許可する」

 

 本当はNPCの居ない状況にしたいのだが、ペストーニャは数多くのNPCの中で、トップクラスの人格者だ。しかも有能である。そんな彼女の進言を強く拒むのは気が引けた。

 

(それもあるけど、ここには茶釜さんが居るしな~……。聞く耳持たないで追っ払ったりしたら、凄いお説教をされるのが目に見えてるし!)

 

 ペロロンチーノが叱られている様は何度となく目撃している。あの勢いで叱られるぐらいなら、少し気が急いていても話ぐらいは聞いておくべきだろう。

 一方、そういったモモンガの内心など想像できないペストーニャであるが、今が緊急の時だというのは理解できていた。

 

「手短に申し上げます。アルベド様やシャルティア様など、戦える僕をお呼びになるべきです。……わん」

 

「却下だ。そのことについては、既に話は終わっていただろう?」

 

 茶釜の説教に怯えたモモンガだが、結局は突っぱねている。言ったとおり、その件については話は済んでいるからだ。円形闘技場にペストーニャを呼んだ際、その場にギルメンしか居ないことで、ペストーニャが今と同じことを言い、モモンガが皆と相談して今と同じ回答をしたのである。

 理由は、ブルー・プラネットが発狂したままで、また彼と戦うことになった場合。その模様を僕達に見せたくなかったのだ。トブの大森林にてアルベド達には見せているので今更な話だが、それを反省したことにより却下したのである。

 二度目の進言も却下されたペストーニャは項垂れたが、モモンガが追い払うように手を振ると、再び一礼してから去って行った。特に指示はしていないが、元の配置に戻ったのだろう。

 

「少し、キツく言いすぎましたかね?」

 

 ペストーニャを見送ったモモンガがギルメン達を見ると「そのとおり、言い過ぎだ~」「ギルド長、マジで鬼~」といった心ない言葉が弐式とペロロンチーノから浴びせられた。が、すぐさま茶釜と建御雷の殴打により黙らされている。もっとも、弐式がゲンコツでボカリとやられたのに対し、ペロロンチーノは盾で張り倒されたのだが……。

 

「姉ちゃん……ツッコミが暴力的すぎる……」

 

 頭を押さえたペロロンチーノが抗議するも、茶釜は鼻を鳴らしたのみでブループラネットを見た。

 

「目を覚ましそうかしら? まだ発狂したままだったら、もう一度取り押さえて……次は流れ星の指輪(シューティングスター)の出番よね?」

 

 茶釜の呟きを聞き、モモンガは頷く。

 モモンガが所有する課金アイテム、流れ星の指輪(シューティングスター)。使用回数はフルカウントの三回分残っているが、その内の一回分を消費することで、<星に願いを(ウイッシュ・アポン・ア・スター)>を発動させるのだ。この魔法は、ユグドラシルにあっては経験値を消費して願い事を叶える……二〇〇以上の選択肢から選択する魔法だった。だが、今のところは未検証であり、どのように発動するかは解っていない。

 

(だが、ユグドラシル時代に見た選択肢の中には、状態異常を消し去るものがあったはずだ。これに賭けるしかない。それでも駄目なときは……)

 

 ブルー・プラネットに死んで貰うのだ。

 その後に蘇生させて、状態異常……すなわち『発狂』が解消されているかを確認する。

 それでも駄目なときは……。

 モモンガは頭を振って不吉な想定を振り払う。

 

(まずは今だ。今のペストーニャの治療で元に戻っていれば、何の問題もない!)

 

 願望混じりだが気合いを入れ直したモモンガは、仰向けに寝かされている木人……ブループラネットを見た。遠目に見れば人が倒れているように見えるが、近くで見ると荒削りのマネキン人形のようだ。

 と、そのブルー・プラネットが目を開けた。

 木彫りの人面が稼働するので気持ち悪いが、彼の場合はモデルとなった顔が濃いので濃さの方が先に来る。思わず苦笑しそうになったモモンガであるが、自分を守るように茶釜と建御雷が動いたのを見て気を引き締めた。

 左前に盾を構えた茶釜、右前に大太刀を担いだ建御雷。その間から覗き込むようにして、モモンガはブルー・プラネットに話しかける。

 

「ブルー・プラネットさん? 俺のことが解りますか? モモンガです」

 

 ここで「わかりますよ」と返されたとしても、まだ安心はできない。何故なら、トブの大森林で発狂状態のブルー・プラネットと戦ったとき。彼は弐式のことを、弐式本人だと認識しながら攻撃してきたのだ。

 茶釜と建御雷の構えに力が入る。

 そして戦闘態勢に入っているのは二人だけではない。ブルー・プラネットを挟んだモモンガの向かい側、そこにはヘロヘロが居て、いつでも強酸攻撃ができるように待機しているのだ。その隣では弐式も居て、彼の場合は捕縛用の縄を取り出し待機している。更にはモモンガから見て右にタブラ、左にはペロロンチーノが離れて配置されており、いつでも長距離からの魔法や爆撃を飛ばせるようになっていた。

 つまり、ブルー・プラネットが発狂状態のままであっても瞬殺可能なのだ。

 

「ううっ……うっ!?」

 

 ブルー・プラネットが一声呻く。そして上体を起こすと、被ったままのフェドーラ帽の位置を直してからモモンガを見上げた。

 

「モモンガさん……俺、どうなってたんですか?」

 

 モモンガ達は一瞬、周囲のギルメンと視線を交わし合う。これはトブの大森林で戦っていたときの記憶が無いということなのだろうか。判断に迷うところだが、この反応は想定内だ。

 

(皆で相談済みだからな!)

 

 モモンガは一息吸うと、ブルー・プラネットとの会話を継続した。

 

「ブルー・プラネットさん。ザイトルクワエは、貴方のお嫁さんだったそうですね?」

 

 ブルー・プラネットの肩がビクリと揺れる。

 この瞬間、それまで心配そうにしていたモモンガ達の表情が変化した。それは不機嫌と悪戯心が混じった、ある種複雑なものだ。

 モモンガは質問を続ける。

 

「何でしたっけ? 樹高が一〇〇メートルを超えて、しかも動く! いやあ、ブルー・プラネットさんの萌えポイントがそうだったとは意外でしたよ~」

 

「うっ……ぐふう……」

 

 徐々にブルー・プラネットの視線が下がり、ついには俯いてしまった。

 もはや記憶欠落等の異常が無いことは明白である。だが、まだ甘い。モモンガは先の戦闘でも最も気になっていたことを指摘する。

 

「弐式さんを、弐式さんだと解った上で『取りあえず死ね!』はマジで無いわ~……と思うんですが。どうでしょう?」

 

「ううっ!」

 

 ブルー・プラネットの顔が上を向き、大きく歪んでいるのが見えた。さすがにモモンガは胸に痛みを覚えたが、精神異常の状態にあったとは言えギルメン相手に『死ね』と言ったのである。目が覚めたとき、最初にしらばっくれようとしたのも減点要素だ。

 

(そもそも喧嘩や売り言葉に買い言葉というのじゃなくて、本当に殺そうとしてたんだもんな~……。それを『どうなってたんですか?』とか……ねえ?)

 

 しかたのない部分は認めつつも、モモンガは敢えて心を鬼にしてブルー・プラネットの反応を待った。

 待つこと数秒……。

 ブルー・プラネットが周囲を見回し、モモンガとは反対側に弐式が居るのを確認すると、真剣な眼差しで弐式と視線を合わせた。その顔立ちは相変わらず濃いままだが、トブの大森林で戦ったときとは明らかに印象が違う。落ち着きを感じさせる瞳、そして全体的な『静』の佇まい。それが濃い顔立ちをダンディな容貌へと変化させているのだ。

 

「弐式炎雷さん……」

 

「は、はい……」

 

 気がつくと正座の姿勢に移行しているブルー・プラネットに対し、弐式が構えを揺らす。そんな彼に対し、ブルー・プラネットはフェドーラ帽を取って脇に置いた。そして流れるような動作で頭を下げたのである。  

 

「先程は、大変失礼な物言いをしてすみませんでした。更には命を奪うような行為に及びまして……本当に申し訳ありませんでした」

 

 土下座。

 それは異世界転移後、複数のギルメンがモモンガに対して行った……謝罪の表明だ。幾人かは照れ隠しの意味もあって巫山戯ていたり、建御雷のように気持ちが乗りすぎて割腹自決しかけた者も居る。だが、今行われたブルー・プラネットの土下座は、これまでモモンガが見たギルメンの中では、最も真摯な気持ちが込められているように思えた。

 

「え? あ、ああ……その何と言うか……。どういたしまして?」

 

 弐式がギクシャクした身振りと共に、何とも締まらない返事をしている。無理もない。普段はギルメンが合流する度に、どうやってモモンガに対する土下座を成功させるかを考えているのだ。その自分が土下座されているのだから、あたふたしたくもなるだろう。

 

「そして……」

 

 闘技場の地面に額を擦りつけていたブルー・プラネットは、頭を上げて周囲のギルメンを見回すと、もう一言「皆さん。迷惑をかけてすみませんでした」と謝罪した。

 トブの大森林でモモンガ達と戦ったブルー・プラネット。

 あの時の彼は発狂していた。正気ではなかった。

 ゆえにこの時、闘技場で目覚めて皆に謝罪した時こそが、異世界転移後の彼にとって初めてのギルド『アインズ・ウール・ゴウン』への合流及び帰還を果たした瞬間だと言えるだろう。

 正座したまま、申し訳なさそうに微笑むブルー・プラネット。彼を見たモモンガは、そう思うのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「というわけで、帰還の儀式は終了しました。ここからはNPCも居ないことですし、気楽な雰囲気でやっていきましょうか!」

 

 円卓でギルド長の席に座ったモモンガは、骸骨顔で朗らかに宣言した。

 各自席に着いたギルメン達が、一人を除いて「うおー」だとか「いえ~」だとかノリの良い歓声をあげている。ちなみに例外たる一人とはブルー・プラネットだ。

 先程まで、モモンガ達は玉座の間で帰還の儀式を行っていた。そう、主立ったNPC達が揃った前で、ブルー・プラネットの帰還を宣言したのである。アルベドやシャルティアなど、トブの大森林でブルー・プラネットを見た者も居たが、申し訳なさそうに頭を掻くブルー・プラネットに対し、誰もが笑顔で彼の帰還を祝福していた。そうして儀式が終わり、アルベドらを元の配置に戻したところで、モモンガはギルメン達と共に円卓の間へ移動したのである。

 その目的は合流ギルメンが一人増えたので、現況確認を兼ねたブルー・プラネットへの説明と、もう一つの目的を行うべく……ギルメン会議をするためだ。

 そわそわと居心地悪そうにしているブルー・プラネットに向け、モモンガは途中でタブラや弐式など他のギルメンのコメントも挟みつつ、現況の説明をする。説明の内容はギルメン各自の転移時点や前後の経緯、転移後世界におけるギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の行動目的。他、各班の動向などだ。

 それらは滞りなく進行し、ブルー・プラネットも幾つかの質問をしている。中でも、ザイトルクワエから採取した種子や、モモンガが冒険者組合の依頼によって採取した『万病に効く薬草』を第六階層で研究及び栽培する件については、諸手を挙げて賛成していた。

 こうしてブルー・プラネット以外……モモンガ達にとって前段となる現況説明が終了し、次の話題に移ることとなる。

 

「では、次の議題として……ギルメンが発狂した場合について……ですが。タブラさん、お願いします」 

 

「了解です。ギルド長」

 

 微かに震えた声で言うタブラが、アイテムボックスから幾つかのアイテムを取り出した。同時に弐式と建御雷が席を立ち、円卓の間の下座……モモンガの対面側の壁にスクリーンを設置する。これらはデータクリスタルに録画した映像や音声を視聴するための機材一式だ。

 この時点で、ブルー・プラネットが目に見えて動揺しだしているが、タブラは腹筋の動揺を気合いで抑え込みつつ機器を操作した。

 円卓の間の照明が落ち、暗闇が支配する空間となる。そしてスクリーンに映像が映し出された。

 場所はトブの大森林で、ザイトルクワエの枝葉が密集している付近。大きく張り出した枝上で……ブルー・プラネットが仁王立ちになっている。

 

「まずは、これを見ていただきましょう」

 

 タブラが機器操作すると、映像上のブルー・プラネットが動き出した。

 

『うひゃほぉおおお! 愛おしすぎるんだぜぇえええ! いぇあああああ!』

 

 タブラが機器を操作し、映像上のブルー・プラネットが動きを止める。

 

「え~、このように……発狂しきると、普段絶対に言わないようなことも平気で口走るという症状が……」

 

「ちょっとぉおおおおおおおおお!?」

 

 明かりが投射映像によるものしかない円卓の間に、ブルー・プラネットの悲鳴が響き渡った。上に向けた掌を胸の左右でワキワキさせながら、ブルー・プラネットは訴える。

 

「謝りましたよね!? 闘技場で俺、謝りましたよね!? めっちゃイイ雰囲気でしたよね!?」

 

「ブルー・プラネットさん。これは必要なことなんですよ」

 

 諭すように言うタブラの声は、もはや誰が聞いても笑いを堪えているのが解るほど震えていた。その声に乗る形で建御雷も発言している。

 

「まあまあ、ブルー・プラネットさん。いいじゃね~か。俺達もまあ、何だ。それなりに苦労というか一仕事したんだからよ。発狂とかってのは原因究明とか研究すべきだし? ギルメン同士で相談し合うべきじゃね~かな~……と思うんだわ」

 

 もっともらしいことを言っているが、建御雷は笑いながら言っているので説得力は大いに欠けていた。

 そうした中、茶釜が粘体を触腕状にして挙手する。

 

「ギルド長~……映画が止まってますけど~」

 

「今、映画って言いました!?」

 

 ブルー・プラネットが目を剥くが、モモンガは大きく頷いてタブラに続行を指示した。記録映像はタブラによってチャプター分けされているらしく、一瞬、映像が暗転したかと思うと次なるシーンに移行する。と言っても、枝上のブルー・プラネットに変化はないようだが……。

 

『樹高一〇〇メートル以上、しかも動く! 彼女ほど俺の嫁に相応しい存在は、他にありえませんよ!』

 

「嫌ぁあああああああっ!?」

 

 モモンガは、野太い声による『絹を裂くような悲鳴』というのを生まれて初めて聞くこととなった。その後も新たな映像音声が披露される度にブルー・プラネットが悲鳴をあげ……三〇分が経過。

 映写アイテムが停止して照明が戻った円卓の間には、力なく突っ伏すブルー・プラネットの姿があった。

 

「あの~……ブルー・プラネットさん?」

 

 さすがに心配になったモモンガが声をかけるも、ブルー・プラネットからは返事がない。

 ただの朽ち木のようだ……。

 「やりすぎたか?」とモモンガ達は思うのだが、トブの大森林におけるブルー・プラネットの言動を思い出すと「これぐらいは良いか?」とも思う。

 

「え~と……映像の検証は、これぐらいにしておきますか」

 

 モモンガが言うと、ブルー・プラネット以外のギルメンらが頷いた。

 結局のところ、解ったことは少ない。

 今回のケースでは異形種化したままで、おそらく『人化できない時間』が長期化したことで発狂ゲージが溜まりきり、発狂するに到ったこと。趣味や嗜好に向けてのタガが外れ、ギルメンに対する攻撃を躊躇わなくなるなどの精神状態が確認された。

 

「ああ、それと、発狂中の記憶はバッチリあるのが解ったよな? 建やん?」 

 

「んだんだ、ブルー・プラネットさんは誤魔化そうとしてたみたいだけどな」

 

 弐式の言葉に頷く建御雷が「誤魔化そうと」と述べたところで、机上に突っ伏したブルー・プラネットの肩が揺れた。どうやら意識はあるらしい。

 

「じゃあ話は終わりですね! モモンガさん、この後みんなで風呂にでも行きませんか?」

 

 席を立ってペロロンチーノが言うと、場の空気は一気に明るくなった。和を重んじる男のムード作りは、実に効果が大きい。

 

「そうですね! ひとっ風呂浴びて、サッパリするとしましょうか! ブルー・プラネットさんも、御一緒に、どうですか?」

 

 助けられた気分になったモモンガは了承し、そしてブルー・プラネットに呼びかけている。ブルー・プラネットはと言うと「うう~、わかりました~」と躰を起こしているが、茶釜から「そう言えば、女湯のカランの温度設定。あれをやったのブルー・プラネットさん? すんごく冷たかったんだけど?」と質問を受け、弾けるように首を横に振った。

 

 

「ち、違いますよ! スパリゾートナザリックの最終調整は、るし★ふぁーさんとベルリバーさんがやったんです! 俺が担当したのもジャングル風呂がメインで……」

 

「ふ~ん、そうなの……。……合流しそうなのはベルリバーさんか……。会ったら問い詰めないと……」

 

 言ってるうちに茶釜の声にはドスが利きだしており、モモンガら男性陣は震えあがった。この寒さを何とかするには風呂……そう、風呂に行かなくては。心が一つにまとまったモモンガ達は、先程までのことを忘れて円卓の間を出ている。

 茶釜については、ユリ・アルファなど女性NPCを誘っての女湯行きだが、モモンガ達はギルメン男性のみでの入浴となった。途中、ブルー・プラネット関連の重い話になったものの……最終的には、皆で大いに風呂場ではしゃいでいる。その際、幾人かがマナーを逸脱した行為に及び、るし★ふぁーが密かに設置したレオ・ゴーレムが起動……戦闘となるのだが、ギルメン複数が居合わせたことで難なく撃破。可能性は低いがるし★ふぁーが合流したら皆でシメようと誓い合い、総じて楽しい入浴となったのである。

 




 第64話の投稿となりました。
 ブルプラさんに関しては、あんな感じになりましたが楽しんで頂けましたでしょうか?
 活動報告で書いた『日曜の午前中から再度書き始める』的な部分は、『採取した『万病に効く薬草』を冒険者組合へ届けるのは、後日のこととなった。』あたりから先です。
 本当は早く円卓の間でのシーンを書きたかったのですが、何と言いますか、ザイトルクワエ戦からいきなり円卓の間でのアレ……となると、どうにもしっくり来ない感じでして。闘技場での土下座シーンを入れることとなりました。
 ギルメン合流時に土下座関係のシーンを入れてきましたが、マンネリ化しないように捻った結果、今回のようになった次第です。

 今回は捏造設定多いです。
 円卓の間での映写機アイテムは勿論のこと、茶釜&やまいこの現実(リアル)での姿を、通常のイメージとは入れ替えてみました。茶釜さんが見た目ボーイッシュで、やまいこさんがお淑やかな感じですかね。
 ユリ・アルファの外見モデル元が茶釜の現実(リアル)の容姿というのも、もちろん捏造です。
一応、DVD特典のプロローグとか読み返したんですけど、他で二人の容姿がはっきりしてる設定がありましたら、申し訳ないですが本作では今のままで行きたいと思います。


<誤字報告>

みえるさん、yomi読みonlyさん、佐藤東沙さん、狐のコンさん

毎度ありがとうございます

みえるさん、合計17回(感想掲示板で+1回)の御指摘ありがとうございます。

誤字……誤字が無くならない~……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。