オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第68話

「ふぇえええっ!? 茶釜様、あ、アインズ様と……お付き合いするんですかぁ!?」 

 

 ナザリック地下大墳墓、第六階層の巨大樹……の内部に備え付けられた茶釜の私室。そこは壁こそ巨大樹内をくり抜いたままだが、ピンク色のカーペットの他、木製のテーブルや座椅子が用意され、奥にはベッドやクローゼットまである。今は茶釜とアウラ姉弟の三人が使用中で、声をあげたのはマーレ・ベロ・フィオーレだ。アウラの弟だが、相も変わらず裾の短いスカートを着用……つまりは女装をしている。ナザリックへの合流を果たしたとき、茶釜は己の萌えの極致たるマーレを見て逃げたくなったが……今ではすっかり慣れていた。その気弱な仕草、磨き抜かれた美貌、そしてギリギリのスカート。いずれも素晴らしく、ギルメンの誰に対しても、茶釜は胸を張って言うことができる。「女装少年は至高だ」と……。

 そんなマーレが、テーブル向こうで驚いているのを見た茶釜は、ピンクの粘体を振るわせた。

 

「そうなのよ~。思いが叶って、私、幸せ~っ。あ、そうそう、アウラも……アウラは、交際の予約を取り付けたんだったわね?」

 

 茶釜が粘体の一部を持ち上げ、人差し指を立てるような仕草をする。話を振られたアウラはマーレの隣りで座っていたが、モジモジしつつ頬を赤く染めた。

 

「えへへ……。お、大人になるまで待たなくちゃ……ですけどね」

 

 そう言うアウラは、茶釜を見て話をしようとするものの恥ずかしさのあまり、幾度か目線を外してしまう。至高の存在から目を逸らす。その行為は本来、ナザリックの僕にとっては不敬に当たるものだ。しかし、この場でアウラを咎める者は居ない。目線を外された茶釜が、真っ赤になっているアウラを見てニヨニヨしているからだ。つまるところ、これは創造主と被創造物の恋バナなのであり、実に和やかな雰囲気であった。

 ……いや、一人だけ頬を膨らませている者が居る。

 マーレだ。彼はテーブルに視線を向けながら、その目に涙を溜めていた。

 

「僕だけ……。……何だか……嫌な気持ちになりそうで……。嫌です……」

 

 ブツブツ呟いているが、出た言葉の内容が意味不明だ。何より、表情が暗くなっているのが怖い。これで室内の雰囲気が一気に重くなったが、最初に反応したのは姉のアウラだった。座椅子に座っていた状態から、膝を立てて腰を浮かせる。

 

「マーレ、あんたねぇ……」

 

 恐らくは普段の調子で説教しようとしたのだろう。しかし、そのアウラを茶釜が止めた。姉が弟を叱り飛ばす。それは自分がアウラ達に設定した結果だが、今は駄目だと判断したのだ。

 

(私が愚弟を叱るのはいいんだけど。アウラとマーレが実際にやってるのを見ると……ねえ?)

 

 実のところ、この問題は深刻ではない。例えば、シャルティアはペロロンチーノによって『アウラと仲が悪い』と設定されているが、その設定に従って仲が悪いように振る舞っているだけであって、心の底から嫌っているわけではないのだ。それと同じで、茶釜から「もう少し優しくしてあげなさい」と言われれば、多少は改善するだろう。

 

「マーレ? 何か思うところがあるなら、我慢せずに言っていいのよ?」

 

「ぶくぶく茶釜様……」

 

 茶釜の名に関しては、茶釜自身が「長いから茶釜でいい」と言っている。これは武人建御雷やタブラ・スマラグディナも同様だ。この二名と比べて名が短い部類の弐式炎雷ですら、「弐式でいい」と宣言している。モモンガにしたところで、アインズ・ウール・ゴウンを名乗ってはいるが、身内にはアインズと呼ばせていた。にもかかわらず、茶釜のフルネームを呼んだのは、マーレの思いの深さゆえであった。

 

「……茶釜様」

 

 茶釜の名を呼び直したマーレは、ポツリポツリと語り出す。

 姉のアウラだけモモンガと交際予定を立てて、不公平な気がしたこと。

 茶釜が交際したことで、不敬ながら『茶釜を取られた気がした』こと。

 自分だけ取り残されたような気になったこと。

 そして……茶釜と姉が、自分から遠ざかったような気分になったこと。

 端的に言えば、寂しくなったこと

 これらを述べたマーレは、顔を歪ませるや……ビャアアアと泣き出した。

 

「むう……これは……」

 

 茶釜とアウラは顔を見合わせる。怒ってはいない。不快でもない。込みあげてくる気持ちは……。

 

(なに、この可愛い生き物!?)

 

 というものであった。

 茶釜とアウラの萌心に火が着いたわけだが、マーレをこのままにはしておけない。

 要するに、マーレは嫉妬しているのだ。更には寂しがっている。ならば、ここは『親』である茶釜が、一肌脱がなければならないだろう。 

 

「マーレ? 寂しがることはないのよ? 私は、もう何処にも消えたりしないから」

 

 仕事や遊びで何処かには行くのだろうから、茶釜は敢えて『消える』という言葉を使用した。かつて茶釜達がユグドラシルを引退したとき……当時のNPC達は話すことはできなかったが、朧気ながら記憶があってギルメン達は『姿を隠した』という扱いになっていたらしい。そうなると、やはり『消える』という言葉が適切だ。

 マーレは、『消える』という言葉に強く反応し、縋るような瞳を茶釜に向けてくる。

 

「マーレ、こう考えてみなさい。あなた達にとって、私は母親みたいなものよ」

 

 恐れ多いとマーレが慌てるが、それを制して茶釜は話を続けた。

 母親である茶釜がモモンガと交際し、将来的に結婚したとしたらどうだろうか。アウラとマーレにとって、モモンガは父親のような存在になるのではないか。

 

「あ、アインズ様が、おと……父上に!?」

 

 一瞬、言葉を選んだのが妙に可愛らしい。そして、マーレの隣りで座るアウラも目を丸くしている。彼女の表情が驚きに染まりだしたのは、茶釜による『母親』発言のあたりからだが、それほどに今話している内容は衝撃的だったようだ。

 

「そうよ。だから寂しがる必要はないわけ」

 

 気がつくと、マーレの顔からは『暗いもの』が消えている。宥めることに成功した茶釜は嬉しくなったが、今度はアウラが複雑な表情になっているので「ん?」と彼女に視線を向けた。

 

「アウラ、どうかしたの?」

 

「え? いえ、その……ですね」

 

 座椅子に腰を下ろしたままのアウラは、腕組みして考え込んでいたが、茶釜に話しかけられて苦笑する。茶釜とモモンガが結婚して、モモンガがアウラ達にとっての父親的存在になったとしよう。その場合、およそ百年先でモモンガに再度告白しようとするアウラは、果たしてどうなるのだろうか。

 

「父親に……交際を申し込む感じになるんでしょうか?」

 

 創造主と被創造物は縁戚関係ではない間柄だが、今の話の流れだと、こういう心配事が浮上するのである。しかし、茶釜は粘体を持ち上げて、人差し指を振るような仕草をして見せた。

 

「よく考えてみなさい。ヘロヘロさんはソリュシャンと良い感じだし、弐式さんもナーベラルと良い感じでしょ? 創造主と良い仲になって悪いってことは無いわけよ」

 

「な、なるほど! それもそうですね! さすがは茶釜様!」

 

 これにて一件落着。

 茶釜とアウラ達は互いに笑顔となるが、その笑顔の下でマーレがある思いを抱いていることに、茶釜はまるで気がついていなかった。

 

(そうなんだ? 創造主様と(しもべ)が、恋人同士になっても変じゃないんだ? じゃあ、じゃあ……(ぼく)、茶釜様のお婿さんになれる?)

 

 創造主と僕間の交際については大丈夫だろう。結婚することも問題ではない。だが、茶釜にはモモンガという交際相手が居て、結婚も視野に入れている。ここに婿候補として割り込むのは考えもの……と思うところだが、マーレには問題ないように思えていた。

 至高の存在であるモモンガが、複数の交際相手……妻を得ようとしているのだ。ならば同格の茶釜が、複数の夫や婿を得てもかまわないではないか。もちろん、茶釜の気持ちが大事であるから無理強いはできない。するつもりもない。そこまで考えたマーレは、「えへへへへ!」と朗らかに笑う顔の下で、密かに決意を固めるのだった。

 

(茶釜様! 僕、頑張ります!)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「アインズ様。これからの御予定はありますでしょうか?」

 

 そうモモンガに問いかけてくるのは、ルプスレギナだ。彼女は今、ナザリック地下大墳墓……第九階層の通路を行く死の支配者(オーバーロード)、モモンガの隣で歩いている。ピクニックの後で一度ナザリックへ戻ったのだが、まずアルベドが、代行を務めていたパンドラと交代するべく守護者統括業務に戻り、続いて茶釜とアウラが第六階層へ移動。結果としてルプスレギナだけが残ったのである。本来であれば、ルプスレギナも戦闘メイド(プレアデス)としての任務に戻るところだが、アルベドと茶釜によってモモンガに付き従うよう指示されていたのだ。その際、茶釜から「専属メイドってところかしらねぇ」と言われ、テンションを上げていた姿がモモンガの記憶に新しい。

 

「予定か……」

 

 モモンガは異形種化したことで、剥き出しになっているアゴ骨に指を当てた。

 デミウルゴスからの報告では、帝国の手の者……ワーカー隊はナザリックからすぐの地点まで来ているらしい。ならばと、外に出ていた者を呼び寄せ、万全の態勢で待ち構えることにしたのだ。

 もっとも、相手が危険だからという理由での全員対応ではない。差し向けられたワーカーチームの面々は、ほとんどが異世界転移してすぐの茶釜姉弟が世話になった人物達であり、一部を除いて接待対応することが決定されている。具体的にはユグドラシル時代、外部の知人友人らに体験版的なダンジョンアタックを楽しんで貰ったときの手法を使うのだ。第三階層までの迷路を満喫して貰ったり、第六階層に転移させてPVPするなどである。ただ、調子に乗って何度も押しかけられては困るので、少しは怖い思いをして貰わなければならない。その上で、彼らと面識のある茶釜姉弟が、ナザリックの関係者であると明かすなどして、平和的にお帰りいただくという寸法だ。

 

(茶釜さん達のカミングアウトについては、タイミングが早まるかもな~)

 

 茶釜姉弟がナザリック関係者だと明かす件については、弐式から情報の出し過ぎではないかとの意見が出ている。しかし、茶釜が「大方は無事に帰す前提だし? 今後も付き合いがあると思うのよね。だったら、あの人達の口からナザリックや皆に向けての悪口なんて聞きたくないし~」と言ったことで、弐式は意見を引っ込めていた。

 

「予定ならば、まずは来客の『歓迎』に向けての準備だな」

 

 表層部の墓地にある金目の物品を回収。さらに、第一から第三階層までを自由に通路改編できるよう、ペロロンチーノ及びシャルティアと打ち合わせを行う。最後に第六階層でのPVPだが……。

 

「冒険者チーム漆黒として活動していない建御雷さんとタブラさん。それにブルー・プラネットさんが出ると言ったところか」

 

「む~、私達は出番が無いんですね」

 

 ルプスレギナが口を尖らせている。彼女としては、たとえ『お客さん扱い』であっても、ナザリックに乗り込んでくる者の前に立ちはだかりたいという気持ちがあるのだ。これは他のNPC達も同じのようで、アルベドやデミウルゴス経由で迎撃隊に加わりたいと申し出る者が続出している。とはいえ、アルベド達から「茶釜様達が恩を受けた相手」と聞かされるや、皆畏まって申し出を取り下げていた。

 

「……戦闘メイド(プレアデス)では、ユリやシズに出番があったかな。ルプスレギナの場合は、私と外に出てチームを組むことが多いから……出ない方が良いだろうな」

 

「そうですか……。でも、アインズ様と一緒……ニヒヒ……」

 

 それまでメイドとして振る舞っていたのが、急に崩した笑い声となったのでモモンガは足を止めてルプスレギナを見た。

 

「そう言えば、先程までの口調は久しぶりに聞いた気がするな」

 

「それは何と言いますか……」

 

 ルプスレギナが言うには、場所柄を弁えているとのこと。モモンガからは素の口調の方が好みだと聞かされているが、それを通すには他の僕達の視線が痛いのだ。そして素の口調は、楽は楽なのだが……ナザリックの僕として生まれた以上、ルプスレギナには『至高の御方』に傅きたいという欲求があるらしい。

 

「真面目なのと、気楽にしているの。自分は、どちらも気に入ってるんですけどね」

 

「ふむ……。ある意味で少し俺達と似ているな……」

 

 モモンガ達は、異形種であり続けると精神が異形の方向へ引き寄せられる……と同時に、大いに発散ができた。一方、人化することで一気に人の心を取り戻せるが……本性である『異形』が封じられることでストレスが溜まり、徐々に異形種の精神に引き寄せられる。そこで異形種化して、ストレス発散し……の繰り返しだ。こまめに人化と異形種化を繰り返してバランスを取りたいところだが、どちらかで居続けられないことで今度は『発狂ゲージ』が蓄積される。この発狂ゲージは精神安定系のアイテムで解消できるため、今のところモモンガ達は精神的に落ち着いていた。

 そのことを思い出してモモンガは納得する。自分達の体質と、ルプスレギナの感じるストレスの有様が似ている気がしたからだ。が、ルプスレギナはキョトンとしている。よく解らないのだろう。

 

(さっきまでは美人……って感じがしてたのに、今は可愛い感じだな……)

 

 考えてみれば、アルベドや茶釜にも『出来る女性』と『可愛らしい女性』の二面性があるようだとモモンガは思った。そして、それは彼女らに限ったことではなく、すべての女性が同じなのではないか……と最近になって思うのだ。今のルプスレギナの変化を見ただけでも、モモンガは思いを新たにしている。

 

(けど、それは俺が気づいてなかっただけで、当たり前のことだったのかもな……)

 

 自分の童貞さ加減は根が深い。

 そう思うと情けない限りだが、これから自分の『男』を磨けば良いだけのこと。磨き上げられる自信は無いが、やる気が無いよりマシだろう。

 

「ま、いいか。いいとも、ルプスレギナ。俺は砕けたお前も、メイドのお前も好きだからな……」

 

 そう言ってルプスレギナの頭に手を載せたモモンガは、すぐに手を離すと再び歩き出した。後方にはルプスレギナが一人残される。放置されたのではなく、動けずに居たのだ。

 真っ赤になったルプスレギナは、震える手で帽子越しに頭を押さえている。モモンガの手は既に無いが、先程の感触はまだ残っていた。

 

「あ、アインズ様……。今の一言と頭ポンは強烈すぎっす。破壊力ヤバいっす……」

 

 周囲にギルメンが居たら、「モモンガさん……あれ素でやってるのか?」と驚愕したであろうシーンだが、モモンガ本人は(まさ)しく素でやっているので自分が何をしたか気がついていない。

 ルプスレギナは、溶け落ちそうな腰に力を入れて歩き出したが、モモンガに追いつくよりも先にモモンガが歩みを止めた。

 

「ヘロヘロさん? どうかしましたか?」

 

 <伝言(メッセージ)>がヘロヘロから届いたことで、モモンガは歩みを止めたのだが、どうもヘロヘロの様子がおかしい。

 

『も、ももも、モモンガさん! 大変、大変なんですよ!』

 

「どうしたんですか!? そんなに慌てて!?」

 

 現状、ナザリック大墳墓には合流済みのギルメンが全員集まっている。総勢で八人だ。一〇〇レベルの階層守護者だって居るし、その他の戦力も強大。大抵の敵が押し寄せたところで、すぐに押し切られるということはないはずだが……。

 

(思い当たるのは、帝国派遣のワーカー隊か……)

 

 ただ、それは戦力的に問題とならない。ただ近くに来ている侵入予定者というだけのことだ。あるいは、そのワーカー隊に何らかのイレギュラーが生じたのかとモモンガは考えたが、ヘロヘロの声が誰かと話し合っている様子だったので耳を澄ませる。

 

『え? あ、はい、聞いてみます! モモンガさん! ルプスレギナは、そこに居ますか!?』

 

「え? ええ、一緒ですが?」

 

 返事しつつ後方を見ると、異常を察したのか険しい表情のルプスレギナが駆けてくるところだった。

 

「ヘロヘロさん、ルプスレギナに関係あることなんですね?」

 

『とにかく二人で円卓まで来てください! 大至急です!』

 

 <伝言(メッセージ)>が途切れる。モモンガは、こめかみに指を当てたまま口を開閉したが、手を下ろしてルプスレギナに向き直った。

 

「円卓に行くぞ? どうやら、お前にも関係があるらしい」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓内は、階層間の転移ができない。とはいえ、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使用すれば、玉座の間以外は転移可能となる。モモンガは、ルプスレギナに指輪を貸し出そうとしたが、同じフロアなら転移は可能であることを思いだし、<転移門(ゲート)>を発動させて移動した。<転移門(ゲート)>の暗黒環を抜けると、そこは円卓であり、すでにモモンガ以外のギルメンが揃っている。全員が異形種化しており、壁……モモンガの席の対面側に設置された遠隔視の鏡を凝視していた。室内にNPCは誰も居らず、モモンガと共に転移して来たルプスレギナのみとなるらしい。

 

「ヘロヘロさん? いったい何があったんですか?」

 

 席に着いている古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)に話しかけると、ヘロヘロがモモンガを振り向く。

 

「ナザリックに戻ってた弐式さんが、分身体を出して調べてたんですけどね……。あれを見てください」

 

 見るように言われたのは遠隔視の鏡だ。そこには野営の準備をするワーカー隊の姿が映し出されていた。まだ昼を過ぎて少したった時間帯なので、拠点としての野営準備をしているのだろう。恐らく、今日の夜にはナザリックに侵入してくるものと思われる。しかし、ヘロヘロが見ろと言いたかったのは、そういう事ではなく、今映し出されている人物だ。

 双剣の男と、戦斧を持つ小男。その二人をサーベル一本で軽くあしらっている人物。その気むずかしそうな顔に、モモンガは見覚えがあった。元の現実(リアル)ではオフ会で見た顔だ。

 

「べ、ベルリバーさん!?」

 

「彼だけじゃないですよ」

 

 ブルー・プラネットが言うと、操作役のタブラが遠隔視の鏡の視点を変える。次に映し出されたのは、魔法詠唱者(マジックキャスター)と思われる金髪の少女と話す……ニヒルな男性剣士だ。

 

「こっちは獣王メコン川さんですか……。あっ……」

 

 気がつくと隣で立つルプスレギナが、滂沱(ぼうだ)のごとく涙を流していた。

 

「獣王……メコン川様……。獣王メコン川様! 私です! ルプスレギナ・ベータです! お待ちしていました! 心配してました! ずっと、貴方様に何かあったのではと! 獣王メコン川様ぁ!」

 

「落ち着け! ルプスレギナ!」

 

 遠隔視の鏡に駆け寄ろうとしたルプスレギナを抱き留め、彼女の耳元でモモンガが叫ぶ。

 

「遠隔視の鏡に駆け寄ってどうする! メコン川さんは外に居るのだぞ!」

 

「う……あ……」

 

 藻掻いていたルプスレギナが急激に力を喪失した。ガクリと項垂れた姿は見る者の心を痛くさせる。『戻って来た』創造主を目の当たりにしたNPCの衝撃とは、それほどに大きなものなのだ。

 

「落ち着いたか? ルプスレギナ?」

 

 動きを止めたものの、今度は特に反応しなくなったルプスレギナ。その彼女をモモンガは覗き込むが、俯いたルプスレギナから次のような言葉が発せられ、彼は硬直する。

 

「アインズ様……。おっぱい掴んでるっす……」

 

「なっ!? ……ふう」

 

「「「「「「「なにぃいいいいいいい!?」」」」」」」

 

 驚愕したモモンガは精神の安定化を生じさせたが、そこから復帰するよりも先に、居合わせたギルメン全員が絶叫した。

 

「も、モモンガさん! それは事案ですよ! じあ、へぶっ!?」

 

「事案云々は、お前が言えたことかぁ!」

 

 黄金仮面に両手を当て、ペロロンチーノが立ち上がろうとした……が、すぐさま茶釜によって張り倒されている。

 

「モモンガさん達、仲が良いですね~。俺もソリュシャンの胸とか触ってみようかな~。あ、弐式さんのところは、どうなんですか?」

 

「ボチボチですよ。ヘロヘロさん。そうだな~、俺もナーベラルとデートしたいかな~。でへへ……」

 

 一方、ヘロへロと弐式がテーブル越しに語り合っているが、弐式の隣りで座る建御雷は、我関せずとばかりに腕を組んで瞑目していた。残るギルメンは、タブラとブルー・プラネットであるが……。

 

「タブラさん……。ひょっとして録画してますか?」

 

「もちろんですよ。『思い出に残るナザリックの情景』とでも言いますかね~。後で合流する人達にも見せなくちゃ。さしあたり、ベルリバーさんとメコン川さんかな~」

 

 愉快そうにタブラが肩を揺すり、それを見たブルー・プラネットは帽子のひさしを下げようとした。が、樹人であるため動かないことを思い出し……溜息をつく。

 

(その分、俺のアレが見られる機会が減るならな……。それはそれで都合がいいか……)

 

「なっ……あっ……」

 

 これら様々な反応を示すギルメンらを前に、モモンガは呆然となった。だが再び精神の安定化が発生し……そのことで我に返ったモモンガは、サッとルプスレギナから身を離している。

 

「す、すまないな。皆の目がある場でするべき行為ではなかった。謝罪させてもらおう」

 

「謝罪なんてとんでもない! アインズ様なら、いつでも触っていただいて大丈夫です!」

 

 ルプスレギナが自身の双丘を持ち上げて言うので、モモンガは精神安定化を発生させた。

 

(うっ! ふう……)

 

 もちろん、今のルプスレギナの発言は室内のギルメンに聞こえている。ペロロンチーノや弐式は叫びかけた……が、「へっくしょーい!」と、わざとらしいクシャミによって場が一気に静まりかえった。

 

「う~い。あんまり騒がしいもんだからクシャミが出ちった。ごめんね!」

 

 おどけた口調で言う茶釜だが、その発する威圧感は恐ろしく怖い。腰を浮かしていたペロロンチーノと弐式が座り直し、モモンガはそそくさと自分の席……ギルド長の席へと移動している。なお、ルプスレギナはモモンガの席の左斜め後ろで待機だ。ギルメンの空き席に座るように言っても聞いてくれないので、魔法で椅子を出そうとしたが、これも謝絶されている。

 

「こういう時、メイドは立っているものなんです」

 

「そ、そうか……」

 

 飲食不要となるアイテムを装備しているから、立ち疲れすらしない。休みなしで働き続けることが可能なのだが、それはどうかとモモンガは思う。しかし、今は画面に映るメコン川達のことが優先だ。

 

「それで……あの二人は、あそこで何をしてるんですかね?」

 

 皆に話しかけるが、モモンガの目は弐式に向けられている。ギルドでトップクラスの探索役、弐式炎雷。最初に二人を発見したのが彼なら、他にも知っていることがあるだろう。

 

「皆さんは、弐式さんから話を聞いた後ですか?」

 

 続けて問うと、弐式以外の者が首を横に振る。弐式の説明によると、メコン川達を発見した際、弐式本体の近くには建御雷が居て「皆を集めるんだ!」と主張した。それにより、まずは手分けしてギルメン全員に招集を掛けたのだ。従って、他の者達も集まったばかりで何も聞いていないのである。ちなみにヘロヘロは、建御雷からの要請でモモンガに<伝言(メッセージ)>をしたらしい。

 

「モモンガさん。俺の分身体が、メコン川さん達を発見したところまでは話したよな?」

 

 弐式は、二人を発見したが接触はしていないとのこと。後は<伝言(メッセージ)>を試したものの、繋がらなかったらしい。接触しなかった理由は、建御雷にギルメン招集を優先させられたこともあるが、メコン川達がナザリックに侵入しようとする者達と同行していることも大きかった。何故、行動を共にしているのか。

 

「はい! メコン川さん達は誰かに操られてて、ナザリックに侵入しようとしている!」

 

 ペロロンチーノが挙手しつつ意見を述べる。その可能性は考慮するべきだろう。かつて、ユグドラシルには洗脳系アイテムが存在した。クレマンティーヌ情報によると法国にも存在する(しかも世界級(ワールド)アイテムであるらしい)そうだから、洗脳の可能性は大いにある。実のところ、モモンガ達は洗脳系世界級(ワールド)アイテムの対策として世界級(ワールド)アイテムの携帯を考えたことがあった。しかし、今ならまだしも、ギルメン数が増えていけばギルド所有の世界級(ワールド)アイテムの数は足りなくなる。そうなると、外出する人数を絞るしかない。だが……これまで方針決定を先送りにしていたのだ。先送りにしていた理由は、建御雷の「やられるときは、どんなに警戒しててもやられるもんだ。いちいちビビっててどうする」という主張が通ったことによる。

 

「なるほど、洗脳ですか。そうかもしれませんね。そうでないとしても、今後は対策を講じておくべきでしょう」

 

 そう言ってモモンガが建御雷に視線を送ると、建御雷は面白くなさそうに視線を逸らした。それを見たモモンガは胃のあたりで痛みを覚えたが、何もしないわけにはいかない。最低でも洗脳系アイテム……それも世界級(ワールド)アイテムの攻撃を受けても大丈夫なようにしておくべきだろう。

 

(洗脳攻撃の対策に絞るなら、身代わりアイテムを持っておけば良いだけの話だから……。世界級(ワールド)アイテムを携帯するほどじゃないんだけど……。それでも心配は尽きないな……)

 

 単体狙い撃ちの洗脳攻撃なら、たとえ世界級(ワールド)アイテムが相手でも身代わりで充分だ。しかし、ユグドラシルにおける世界級(ワールド)アイテムは二〇〇種ある。世界級(ワールド)アイテム以外で対抗できる世界級(ワールド)アイテムの方が、数は少ないのだ。すべてに対応するには、やはり世界級(ワールド)アイテムの個人携帯しか手はないだろう。

 

(……建御雷さんが言ったように、ある程度諦めて行動するしかないか?)

 

 ユグドラシル時代は、そうしていた。誰かが洗脳されたとしても、敵ごと倒してしまえば後で蘇生させるだけの話だからだ。しかし、それを『ユグドラシル世界が現実化した』ような転移後世界でもできるかと言うと、かなり難しい。ゲームとは違って本当に命が掛かっているからだ。

 

(一度にナザリック外へ出る人数を絞るか、ある程度は仕方ないとして諦めるか……)

 

 モモンガとしては前者を採用したいが、他のギルメンが外で楽しくやっている間、ナザリック地下大墳墓で居るというのも精神的によろしくない。遊戯施設などは存在するが、やはり居残ることによるストレスは皆無ではないのだ。

 

「んっ?」

 

 気がつくと、皆の視線がモモンガに集まっている。どうしたのかと思い、視線を巡らせれば……タブラが挙手していた。

 

「あ、これは気がつかなくて! タブラさん、どうぞ!」

 

 慌てて発言を促すと、タブラが挙げていた手を下ろす。

 

「モモンガさん。一人で悩むことはないですよ。ギルメンは私や他にも居るんだから、気軽に相談してくださいね? さて、ペロロンチーノさんの意見も踏まえてのことなんだけど。私としては、やはり接触を試みたいところだね。それが手っ取り早いし……」 

 

 タブラの提案によると、弐式の分身体を使用するのが安心確実とのことだ。

 

「弐式さんは、下手に接触してメコン川さん達が暴発するのを危惧したんでしょうけど。私としては、まずは接触することが必要だと思うね」

 

 接触したことで、メコン川とベルリバーが敵に回ったとしよう。彼らが本物か偽物か……という問題もあるが、本物だとしても今居るギルメン全員でかかれば苦もなく倒せる。接触した結果、敵意もなく正気であり……ナザリックに合流するのが目的だと判明すれば、それはそれで万事めでたしだ。

 このタブラの意見を受けたモモンガは、弐式分身体による接触について他の意見を求めたが、特に反対意見は出なかった。こうして、タブラの意見が採用され、弐式分身体による接触が行われることとなる。

 

「念のために二人か三人、ギルメンにはナザリックに残って貰いましょう。そして、出向くギルメンには世界級(ワールド)アイテムを携帯して貰います。ただし、世界級(ワールド)アイテム以外での攻撃が予想されますので、様子がおかしいと思ったら即時撤退ということで……」

 

 モモンガの取り纏めに皆が頷いた。そして、外に出てメコン川達の元へ向かうのは、弐式、茶釜、タブラの三人となる。モモンガも加わりたかったが、外に出たメンバーに何かあったとき、残った者を取り纏めてもらわなければと……他のギルメン全員の反対にあって却下されていた。

 そうして大筋で話がまとまり、アルベドとデミウルゴス、それにパンドラを呼んで詳細な打ち合わせを行おうとしたところ……ルプスレギナが発言する。ギルメン同士の会話に口を挟むのは、ナザリックの僕として有り得ない行動だが、この時のルプスレギナは構わずに口を開いていた。

 

「あの……アインズ様? 獣王メコン川様と……戦われるのですか?」

 




 日曜の1日で書きました。
 正確には朝8時に書き始めて、休憩等を挟みつつ19時ぐらいに書き上がり……でしょうか。今から数回ほど読み返す(誤字チェック)ので、投稿できるのは20時くらいかな~。それでも無くならない誤字……うごご……。

 次回あたりから、2週間に一度の投稿になるかもしれません。たぶん、そうなります。
 4月以降は、もっと厳しくなるかも。
 異動時ですが残留したらしたで忙しいし、異動してたら更に忙しいし。
 今、半グレ系のクレーマーに絡まれてるのもあるかも……。

 さて、マーレが不穏な感じです。将来的には茶釜さんのお婿さんに収まって貰いたいですが、本編で茶釜サンにアタックするかは未定です。
 冒頭の第六階層でのシーンは当初書く予定はありませんでした。
 しかし、ここで書いておかないと、茶釜さんの『交際報告』が遅れるか、サラッと流してしまう感じになるので、敢えて挿入しました。これがなかったらメコン川さん達に接触するところまで書いていたかもですね。

 メコン川さん達の発見についてですが。
 当初は、思わぬ進撃速度で階層踏破されたことで、焦ったモモンガさん達が侵入メンバーを確認したところ……という感じで発見されることを考えていました。しかし、間近まで来たら弐式さんが調べに行くだろうと思ったので、本文のような展開になっています。


<誤字報告>
ARlA さん、リリマルさん

 毎度ありがとうございます。

 今回、特に自信が無いです……。
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