オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第69話

「あの……アインズ様? 獣王メコン川様と……戦われるのですか?」

 

 左斜め後方からのルプスレギナによる視線。それがモモンガに突き刺さった。モモンガの感覚としては、後頭部の左側に視線を感じている。メコン川との戦闘の可能性。場合によっては戦闘になるだろうし、メコン川達の抵抗の度合いによっては……殺すところまで行くかもしれない。それをストレートに伝えて良いものかモモンガは迷ったが、すぐに奥歯を噛んで気合いを入れ直した。

 

「戦うかは状況に依るな。先程、ペロロンチーノさんも言っていただろう? メコン川さん達が洗脳されている恐れも……」

 

 そうやって説明していくのだが、ルプスレギナの曇った表情は中々晴れない。席で座ったままのギルメン達も、何事か……とモモンガ達を見てくる。更に説明を続けていると、アルベドとパンドラズ・アクターが円卓の間に転移してきた。この二人にはギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を渡してあるので、<伝言(メッセージ)>を受けるなり転移してきたらしい。モモンガが目の端での視線を向けたところ、「何事かあったのでしょうか?」とアルベドがタブラに質問しているのが見える。アルベドの後ろにはパンドラが立っているのだが、こちらは顔をモモンガの方に向けているのみだ。

 

「……というわけでな。戦うというのは最悪の事態での話だ。その場合でも、可能な限り取り押さえる方向で努力するので、ルプスレギナは心配しなくてよろしい」

 

 説明終了。後はルプスレギナが納得してくれるのを祈るばかりだが、ルプスレギナは一瞬モモンガから目を逸らした後、潤んだ瞳を向け直してきた。

 

「アインズ様! 派遣される至高の御方と同行することを、お許しください!」

 

「むう、それは……」

 

 気持ちはわかるのだが、いざ戦闘となると巻き込まれる恐れがある。ましてや発生する戦闘は一〇〇レベルプレイヤー同士の戦いだ。ルプスレギナでは耐えられないだろう。

 

(足手まといだが……)

 

 創造NPCの居ないベルリバーならともかく、獣王メコン川が相手ならルプスレギナの同行する意味合いは大きい。洗脳されている場合は精神的な揺さぶりが期待できるし、正気であれば早々に創造主と被創造NPCの対面が叶うことになる。

 

(連れては行くが、姿を隠した上で後方待機。これだな!)

 

 モモンガがよく使用する完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)。これは他者には掛けられないが、下位の姿隠し系魔法は存在するし、幾つかのアイテムを併用することで完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)に迫る効果が期待できた。そこまでやれば、魔法剣士であるベルリバーの目も誤魔化せることだろう。

 

(メコン川さんも少しは魔法を使えるけど、必要最低限のレベルだからな。問題なしだ)

 

 概ねの方針を決めたモモンガは、ルプスレギナを同行させることを提案した。勿論、先程考えた段取りを含んでの提案である。これに対し、ギルメンからの異議は無く、満場一致で採用となった。

 

「弐式さん、茶釜さん、タブラさん。ルプスレギナを頼みます」

 

 そう言ってモモンガが頭を下げると、左後方のルプスレギナが慌てた……が、右後方位置に移動していたアルベドに視線で黙らされている。

 

「任しといてよ! いざとなったら俺が分身体を山程出して、ルプスレギナの撤退のアシストをするからさ!」

 

「何か攻撃が飛んできても、私が防いでみせるしね~。ギルド一の盾役、お忘れなく~」

 

「まあ、あれですよ。モモンガさんの彼女ということは、アルベドの妹みたいなものですから? 私の娘みたいな存在でもあるでしょ? もし、手を出したら~……」

 

 弐式と茶釜が快く請け負い、最後にタブラが思うところを述べるが、それが何とも怖いのでモモンガ達は「ひえっ」と身を引いた。

 

(「……弐式よ。展開次第では、メコン川さん達……焼かれるな」)

 

(「トカゲの黒焼き風にね……」) 

 

 建御雷と弐式の囁き声が聞こえてくる。「そのままアイテムの材料にされるんじゃないか?」などといった内容も耳に届くが、同じく聞こえているはずのタブラは平然としていた。先程の発言は、何処まで本気だったのか。それを思うだけで、モモンガは腹部に手を当てたくなる。

 

(う~む。ギルメン間のピリリとした緊張感。ユグドラシル時代を思い出すなぁ……。できれば、再び味わいたくなかったけど!)

 

 この会議の間だけで、モモンガの胃はどれほどダメージを負ったことだろう。異形種化していて、胃自体は消え去っているのだが、精神的なダメージは『胃』で感じてしまうらしい。

 

(ありもしない胃で胃痛を感じるって、これ、どうなの!?)

 

 アンデッドにも効く胃薬。そんなものが宝物殿にあっただろうか。あるいは人化して上級ポーションでも飲めば、この胃痛から解放されるのだろうか。尽きない悩みではあるが、モモンガは頭を振って強引に忘れると、遅れて入ってきたデミウルゴスも交えて派遣メンバーを再検討するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 一〇〇レベルプレイヤーとの戦闘を前提に、派遣チームを組む。

 そうなると、呼ばれはしたもののアルベドは純然たる戦闘者ではない。居残りのギルメン組と共に、ナザリック地下大墳墓の指揮に回ることになるだろう。デミウルゴスとパンドラが交互に発言し、弐式達が撤退するとなったときの支援態勢について提案していく中、アルベドは音も無く移動してルプスレギナの隣に立った。そして、ルプスレギナの頭部に口を寄せて囁く。それは、すぐ目の前のモモンガにも聞こえないくらいの小さな声だ。

 

(「ベルリバー様と……貴女の創造主様の、獣王メコン川様……。お戻りになったのね……。おめでとう、ルプスレギナ。貴女だけでなく、ナザリックの僕にとって至上の喜びだわ」)

 

(「はい! ありがとうございます! 凄く嬉しいです!」)

 

 声を大きくするわけにはいかない。だが、表情は最大限に輝いている。そんなルプスレギナに、アルベドはフワリと微笑んで見せた。

 

(「先程、タブラ様が仰ってたけれど、貴女と私でアインズ様の伴侶となったら、(わたくし)達は姉妹のような間柄になるのよね。(わたくし)が姉……なのかしら? 姉としては、今回のこと応援してるわ」)

 

(「あ、ありがとう……ございます」)

 

 いつになくアルベドが優しい。そう感じたのか、ルプスレギナが口ごもる。もっとも、アルベド側としては当然の接し方なのだ。こうして『他の恋人』に対して友好的に振る舞うことで、モモンガや他の至高の御方に対する心証アップを狙える。勿論、恋人つながりの姉妹として、ルプスレギナには親愛の情もあるのだから……。

 

(優しさも全部が嘘ではないわよね~。色々とやらかしそうだから、目を離せないのが困りものだけど……)

 

 アルベドにとってのルプスレギナは、手のかかる妹と言ったところだろうか。戦闘メイド(プレアデス)では長女格のユリ・アルファ。彼女の気苦労が、少しは理解できたような気がする。

 

(「あのう、アルベド様?」)

 

(「何かしら?」)

 

 幾分おどおどした視線。それがほんの少し高い位置から向けられ、アルベドは笑顔で応じた。ルプスレギナは言う、「姉として接していただけるのは嬉しいっすけど。それで、その……守護者統括としては……どうなんでしょうか?」と。素の口調が、途中で丁寧なものに変わっているが、それだけに不安ということだろう。身内としてではなく仕事上はどうなのか……。この質問に対する回答は、アルベドの中で既に決まっている。

 アルベドは……ニッコリと微笑んだ。

 

(「至高の御方に対して~、強く誓願するだなんて~……万死に値するわぁ~」)

 

 歌うように言っているが、内容は大いに厳しい。ルプスレギナは声も無く顔を引きつらせた。そこにアルベドが追撃をかける。口調は朗らかなままなのだが、それがまた怖さを倍増させていた。

 

(「本当なら 餓食狐蟲王(がしょくこちゅうおう)に頼んで、下腹を重点的に『別荘化』して貰うところよ。発言には気をつけることね?」)

 

 餓食狐蟲王は、ナザリック地下大墳墓の第六階層……蟲毒の大穴にて領域守護者を務める者だ。五大最悪の一柱で『外見最悪』としても知られている。寄生虫の芽殖孤虫(がしょくこちゅう)をモチーフとしており、主に拷問から一歩以上踏み出した『永く続く苦しみ』を担当するNPCだ。彼によって『巣』にされると、対象者は体重が増えるという……。想像以上、もしくは想像どおりのレベルでアルベドを怒らせていたと知り、ルプスレギナは身を震わせた。

 

(「と言うか、さっきの発言を聞いたのがシャルティアで、他に誰も居ない状態だったら……あなた、危なかったわよ? 至高の御方や(わたくし)が居たら、庇うこともできるけど……。本当に気をつけなさいね?」)

 

 重ねて注意を受け、ルプスレギナはカクカクと頷く。

 これだけ言えば当分は大丈夫だろう。そう判断したアルベドは、元の立ち位置へ戻った。横目で確認すると、ルプスレギナは心臓を掴まれたような顔で息を呑んでいる。

 

(さっきの話、無理があるのだけど……。気がついていないみたいねぇ)

 

 『聞いたのがシャルティアで、他に誰も居なければ』という、この前提が既におかしいのだ。この場合だと、その場にはルプスレギナとシャルティアと、他にもう一人……ルプスレギナから誓願された至高の御方が居るはず。アルベドが思うに、多少の誓願なら今居る至高の御方で目くじらを立てるような人物は居ない。それがモモンガだろうとペロロンチーノだろうと、誰であっても聞くだけは聞いてくれるだろう。勿論、シャルティアが居合わせて激昂したとしても宥めてくれるはずだ。

 

(そもそも、至高の御方に対して、軽々しく誓願なんてするべきではないのだけどね)

 

 そう声に出さず呟くと、アルベドは反省している様子のルプスレギナを見て、小さく舌を出すのだった。 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「そんなわけで……やって参りました! ワーカー隊は、ほら目の前! 遮蔽物がない街道で、ここに居る我々に、まったく気づいていません! 呑気な様子です!」 

 

 先頭の弐式が、しゃがみながら後方のメンバーに振り向き囁く。その囁きぶりを立ったまま見守るギルメンら……中でもタブラは、元の現実(リアル)換算で言えば一〇〇年以上前に存在したテレビ番組のことを思い出していた。

 

(ギルメンの誰かが、最古図書館にデータを入れてたんだっけ。女性芸能人の寝起きを観察するとか……。そのコーナー・レポーターの囁きに似てる~)

 

 囁いてると言っても、それなりに大きな声である。だが、数十メートル程先で居るワーカー達は気づく様子がなかった。それもそのはず、弐式は特殊技能(スキル)で完全に姿を消していたし、声も特殊技能(スキル)によって仲間にしか聞こえない。タブラに茶釜、お供として付けられたパンドラズ・アクター達も、魔法やアイテムの効果でほぼ完全に姿を消しているのだ。ちなみにパンドラは、必要に応じてウルベルトに擬態……使用可能な高位の攻撃魔法をバラ撒いて撤退の補助を行う役割だ。

 

「パンドラズ・アクター。連れ出しちゃって、ゴメンね~。アルベドの代行は終わったんだから、宝物殿に戻りたかったでしょ? それとも、モモンガさんのお付きの方が良かった?」

 

 茶釜(異形種化中)が、自分の右隣で身を潜めているパンドラに言うと、黄色い軍服姿のパンドラは首を横に振った。

 

「至高の御方の御命令っとあらば! このパンドラズ・アクター。全身全霊を掛けて遂行する所存。ぶくぶく茶釜様には、どうかお気遣い、んん! 無きよう願いまっす!」

 

 モモンガから『身内相手の芝居がかった物言い禁止令』が出ているので、パンドラの口調がいささか硬い。しかし、節々でテンションが高いため、色々と台無しである。もっとも、合流したギルメンらは当初こそパンドラを見て面白がっていたが、『オーバーアクションとハイテンションを芸風にしている』と考えた結果……。

 

(黒歴史と思うほどヒドくないんじゃないの? モモンガさん?)

 

 と思うようになっていた。

 ナザリックの僕達は人間蔑視が強く、基本的に沸点が低い。ところが、このパンドラズ・アクターは比較的温厚だ。そして知能は高く、能力は汎用性に富む。相談すれば話を聞いてくれるし、ある意味、ナザリックではトップクラスに頼れる僕なのだ。

 

「ああ、居ますね。ベルリバーさんと獣王メコン川さん」

 

 タブラの呟きにより、皆の視線が馬車二台を中心とした拠点に向けられる。現在、護衛の金級冒険者らが周囲を警戒し、ワーカー隊の各チームは、馬車外で思い思いに休息を取っているようだ。何人かは馬車の荷台に居るようだが、ベルリバーとメコン川に関しては馬車の外に居る。

 ベルリバーは槍使いの老人と手合わせ中で、メコン川は遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で見た時と同じ、魔法詠唱者(マジックキャスター)の少女と馬車の近くで立ち話に興じていた。

 

「獣王メコン川様……」

 

 ギルメン三人は「さあ、どう接触しようか?」と、割りと気楽な構えで居るのだが、誓願してまで同行したルプスレギナは真剣である。何しろ、この後の展開によっては創造主である獣王メコン川と戦闘になるのだ。生きた心地がしないという言葉は、今のルプスレギナのためにあると言って良い。このルプスレギナの呟きによって、一気に気が引き締まったギルメン達。中でも弐式は、軽く咳払いをして行動開始を告げる。

 

「じゃあ、俺が分身体を出してメコン川さんに接触してみるよ。上手く行ったらベルリバーさんを呼んで貰って、街道外の林で話し合おう」

 

 弐式が言うのは、街道脇に見えるちょっとした規模の林だ。都市間の街道ではよく見られる光景で、林や森の中には水場があることが多い。そして、こういった場所にはモンスターが潜んでおり、街道移動する商隊を襲撃したりするのだ。弐式が会談の場とした茂みにもゴブリンやオーガーが居たのだが、事前に『処理済み』である。

 

「ニンニン!」

 

 弐式が印を組んで呟くと、彼の右隣に同じ姿勢でしゃがむ弐式が出現した。これが弐式の分身体である。本体よりは格段に戦闘力が落ちるものの、分身体ごとに弐式の人格が宿っていて後で記憶を統合することも可能だ。

 

「弐式さん、今の掛け声……必要なの?」

 

「き、気分の問題なんですよ、茶釜さん。ですよね? タブラさ~ん?」

 

 ジト目で見てくる茶釜の視線が痛い。言い訳しつつ弐式がタブラに救いを求めると、タブラは幾度か頷いてから茶釜に向き直った。

 

「肩の力を抜くという意味では必要だと思いますね。この後で戦闘になっても大丈夫なよう、準備はしてあるんですから。ここは気にしない方向で……」

 

「タブラさんが、そう言うなら……」

 

 あっさり納得する茶釜だが、この展開に弐式は衝撃を受けている。

 

「「馬鹿な……。俺が言い訳したときは納得してなさそうだったのに……」」

 

 弐式は、分身体と二人で落ち込んだ。

 弐式とタブラに対する、茶釜の対応差。これは普段の言動による印象差が大きいことによる。タブラも弐式も興が乗ると暴走したりするが、年の功もあってかタブラの方が信頼度が高いのだ。加えて言えば茶釜にとって、タブラと弐式はペロロンチーノ寄りのポジションであり、弐式の方が一歩……いや数歩分、ペロロンチーノ寄りと認識されている。

 

(手の掛かる弟ポジと、手の掛かる年長者。……そりゃあ、タブラさんの話に耳を傾けるわよ。ま、丁度いいタイミングだったしね)

 

「言ってみただけだから。気にしないの」

 

「む~……まあ、いいですけど~」

 

 若干口を尖らせているが、女性ギルメンと親しく会話するのは嫌ではない。しかも、相手は女性芸能人だ。今となっては、その肩書きに意味はないが、それでも弐式にとって茶釜は親切にしたい……仲良くしていたい異性であった。

 

(でも最近、モモンガさんと付き合いだしたらしいんだよね~……)

 

 気にしていた女性が遠のいたわけで、何となく口惜しい気がする。とはいえ嫉妬にまみれるほどではない。一夫多妻路線をひた走るモモンガだが、彼のことも嫌いではないし、友人としては建御雷と並んで最高の人物だからだ。それに、自分にはナーベラルが居る。ユグドラシル時代は、表情を動かすことも発声することもない、ただのゲームキャラだった。なのに今は怒って泣いて、そして微笑みかけてくれる。それも自分の理想を追求した女性キャラ……女性がだ。

 

(ナーベラルを思い出すだけで、幸せ気分になるとか……俺も安上がりだな~)

 

 少し考え込んで気が晴れた弐式は、分身体と顔を見合わせる。

 

「じゃ、行ってくるよ。本体の俺!」

 

「気をつけてな~、分身体の俺~」

 

 弐式同士で俺俺言い合っている様は、知らない者が見ればややこしい。しかし、同行している者達は初めて見るものではないので、特に驚いたりはしなかった。ともあれ、弐式分身体は鼻歌でも歌いそうな足取りで歩を進めていく。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「竜()突き!」

 

 竜狩りのリーダー、パルパトラ・オグリオンが武技を発動した。八〇歳の老人だが、使用した武技は四〇年以上前に彼が編み出したものだ。今では多くの冒険者達に使用されているが、さすがは元祖、その技のキレは見物している請負人達を唸らせるものがある。だが、凄まじい速さで繰り出される二段突きを、ベルリバーは最低限の動きで回避した。これを見た請負人らが、パルパトラの攻撃時よりも大きくどよめいている。

 

「う~わ、今の見たか? ()けた先に二段目を入れたのに……バリルベさん、スルッと躱したぞ?」

 

「ヘッケラン。汝なら今の動き……できるか?」

 

「無理言うなよ。躱して踏み込んだところへだぞ? 刺さるって」

 

 腰を下ろして語り合うのはヘッケランとグリンガムだ。パルパトラに先駆けてバリルベ……ベルリバーと対戦したものの二人纏めてあしらわれ、もはや悔しいという気持ちすら湧いてこない。二人の敗北を見たパルパトラが「()ぉれ。儂も一手揉ん()貰うとしようかの?」と対戦を申し出たが、ヘッケラン達はパルパトラの敗北を確信している。二人合わせて一撃もベルリバーに入れられなかったし、その強さは大いに感じ取っていたからだ。

 

「恐ろしいの。(かんか)えられん反応をしよる……」

 

 高齢により前歯のほとんどを喪失。そのことで濁点を発声できないパルパトラが、左手で額の汗を拭った。

 

「お主、儂の(うこ)きを読ん()か? それとも、見てから余裕()回避しとるのかの?」

 

「さて、どっちですかねぇ」

 

 ベルリバーは(とぼ)ける。本当は後者なのだが、それだと技術的には負けていると認めることになり……言いたくなかったのだ。

 

(レベル差で、余裕の対応ができてるけど……。この爺さん、PVPでの立ち回りとか上手くて参考になるわ~)

 

 このようにパルパトラの腕前を認めているので、ベルリバーは一気に終わらせるのではなく、手加減しつつ手合わせを引き延ばしていた。

 一方、獣王メコン川は、馬車の近くにて歓談中である。相手は左隣で立つフォーサイトの一員、アルシェ。魔法詠唱者(マジックキャスター)であり、本当なら魔法剣士のベルリバーと話が合うはずだが、どういうわけか剣士色の濃いメコン川と話すことが多かった。

 

「俺なんかと話してて面白いかい? 魔法は少し使える程度だし、本当はこっちが専門でね?」

 

 腰に差した刀を人差し指で突きながら言うと、アルシェは首を横に振る。

 

「あなたの話は凄く面白い。剣士から見た魔法詠唱者(マジックキャスター)の戦い方など、大いに参考になる。それに話しやすいし……」

 

 そう言うアルシェが小さく微笑むと、メコン川は口の端に笑みを浮かべたまま、刀の柄を突いていた指で頭を掻いた。

 

「んん~。俺、そんな話しやすそうに見えっかね? ほら、これ?」

 

 頭から離した右手。その人差し指が次に向かったのは、メコン川の口元……左端だ。

 

「こ~んなニヤけた、軽薄そうな男。こんなのと親しくしない方が良いんじゃないのかぁ? 若い娘さんがさぁ?」

 

 メコン川の人化した姿は、元の現実(リアル)で『人』だったときの姿と同じである。第三者から見るとニヒルに見える笑みだが、メコン川自身は『自分はヘラヘラしている』という認識だった。だからアルシェのような、中高生ぐらいの女の子に懐かれるのが良くわからない。

 

「軽薄そうな男がニヤついてるのは、チーム内で見慣れてる。それに、貴方の笑みは悪くない。か、格好いいと、思う……」

 

 最後に少し噛んで言い終えたアルシェは、少し頬赤くして俯いた。その反応を流せるほど鈍くないメコン川は、鼻の頭を掻くと、こちらもアルシェから目を逸らす。

 

「そうなのかなぁ?」

 

「……いい雰囲気のところ悪いけど……」

 

 声がした。

 それは頭上、少し斜め後ろ……馬車の幌上からのものだ。

 

(こんな近くまで!? 声をかけられるまで気配が掴めなかったぞ!? それに、今の声は……)

 

 聞き覚えがある声だ。

 メコン川は一歩進み出ると、キョトンとするアルシェが見守る前で、可能な限り自然な動作で背後を振り返る。どのくらい自然だったかと言うと、向き直りつつアルシェの前に立つのだ。これなら、進み出たその場で向きを変えるより自然である。

 

(あっ……あ~……)

 

 向きを変えながら視線で一瞬……馬車幌の上部を見たメコン川は、弐式炎雷の姿を確認した。本当なら声をあげるなりしたかったが、弐式分身体が人差し指を口元に当てているのを見て、小さく頷いている。

 

(アルシェが気がついてないってことは、俺にだけ見せて、声も届かせてるってわけか……)

 

 取りあえずアルシェらワーカーを巻き込む気がないと悟り、メコン川は弐式に気づかないフリをした。

 

シシマル(メコン川)? どうかした?」

 

「悪いな、アルシェ。話途中なんだが、その……アレだ。催しちまってな。向こうの茂みに行ってくるわ……」

 

 向こうというのは、幌上部で弐式が指差している街道外の茂みだ。そして、そこには茶釜達やルプスレギナも潜んでいる。無論、メコン川は茂みの中に誰が居るか等知らなかったが、とにかく、ユグドラシル時代の友人……の姿をした人物について行くことにした。

 

(ベルリバーさんは、爺様と手合わせしてるしな。後で良いか……。罠だとしても、二人纏めてどうにかされるよりは……)

 

 幌上部から飛び降りた弐式分身体について行くが、アルシェに手を振りながらベルリバーに目をやると、パルパトラの槍を躱しながら視線を向けてきている。メコン川は口端の笑みを濃くし、ベルリバーに向けて<伝言(メッセージ)>を飛ばした。

 

「ベルリバーさん。返事はしなくていいから聞いてくれ。今な、弐式炎雷さんと会ってる」

 

 それまで視線だけ向けてきていたベルリバーが、顔ごとメコン川を見ているのが確認できる。平静を装っているのか、元より落ち着いたままなのか、表情自体に変わりはないように見えているが……。

 

「よそ見とは余裕じゃ(しゃ)の!」

 

 気を悪くしたらしいパルパトラが突きかかった。だが、見もせずステップで躱すあたりは流石のレベル差と言える。メコン川は、ベルリバーがパルパトラに向き直るのを確認してから、<伝言(メッセージ)>での会話を再開した。

 

「弐式さんが本物かは解らない。本物なら再度連絡するし、違ってて戦闘になったら派手に暴れるから、助っ人に来てくれ。以上だ」

 

『了……』

 

 短いが返事が聞こえる。それを聞いてメコン川は<伝言(メッセージ)>を打ち切ったが、その彼に弐式分身体が近づいてくる。歩くことは中断していないので、メコン川の右隣で歩く形だ。

 

「俺が偽者かも知れないとは……警戒してますね?」

 

「そりゃあ、こんな見も知らない異世界だ。知ってる顔だからって安心はしてられない。俺がヘマすると、ベルさんに迷惑がかかるからな……」

 

 ……。

 そのまま数歩、二人は黙って歩き続ける。再び口を開いたのはメコン川の方が先だった。

 

「そっちに何人居る?」

 

「まだ言えない。悪いけど、こっちもメコン川さん達を警戒してるからさ」

 

「ほ~う? 俺達のことを警戒? そっちが俺達を疑う理由ってのがあるわけか……」

 

 メコン川が、弐式に対して警戒心を抱いているのは、ユグドラシルの集合地で見た弐式と目の前の弐式が、同じ人物かどうか判断できないからだ。会話しながら、自分達と同じ理由で警戒しているのか……とも考えたが、どうも弐式の様子がおかしい。

 

「弐式さん。さっきから、ワーカー隊をチラ見してるな。連中に何かあるのかって……あ、ああ~、『遺跡』ってのはもしかして……」

 

 ワーカー隊の行動目的が、王国に出現した『謎の遺跡』の調査だとは聞いている。そして、そのワーカー隊を気にする弐式。これらの要素から、メコン川は一つの考えに行きあたっていた。

 

「ナザリック地下大墳墓も転移して来ている?」

 

「……正解」

 

 言葉少なに、弐式分身体が答える。マーレの活躍によって多少の偽装は施しているが、ワーカー隊……帝国に位置が知られた状態では、気休め程度の効果にしかならないだろう。どのみち王国側にも所在地は知れている。だから、これぐらいは教えても問題はないというのが弐式の判断だった。

 

「時にメコン川さん? 人化できるようになってるようだけど、自力? それともアイテムの効果? あと、探知阻害のアイテムなんかは持ってるの?」

 

「人化は自力だな。探知阻害のアイテムは持ってる。ベルさんも同じだ。装備に関しちゃあ二線級の物しかないな」

 

 メコン川とベルリバーでは、ベルリバーが一式分多く装備を持っていたり、メコン川はポーション類を多く持っていると言った具合で、統一性がなかった。ましてや、ユグドラシルでの集合地に居たときには持っていなかったポーションやアイテムも有ったりと、不可解な要素は多い。

 そういった事を話し合っている内に林へ到達したので、メコン川は弐式の後に続いて茂みの中へと入って行った。ガサガサと藪などを掻き分けて広い場所に出ると、そこには見慣れた異形……タブラ・スマラグディナと、ぶくぶく茶釜が居る。

 

「タブラさんと茶釜さんか」

 

「お久しぶりですねぇ。獣王メコン川さん」

 

 待っていたメンバーの中で、タブラが手を振って挨拶するが、メコン川は少し考えてからタブラに話しかけた。

 

「タブラさん。さっき、弐式さんから聞いたんだけど。俺達みたく、人化できるようになってるか? だったら、今ここで人化して欲しいんだが……」

 

「あ~、なるほど。それは良い考えだね」

 

 タブラが快諾する。メコン川は、自分の狙いをタブラが読み取ってくれたことに感謝した。ここへ来るまでの弐式との会話で、弐式が本人だと大まかに把握できている。口調と声が、ユグドラシル集合地で聞いたものと同じだからだ。後は、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の外部の者に知られていない情報を確認するだけ。例えば、タブラの素顔などである。

 

(拒否されたら面倒くさいことになったかもだが、タブラさんは流石だな……)

 

 そう考えている間にタブラが人化し、オフ会で見たことのある中年男性が目の前に出現した。芸能人である茶釜は別として、タブラや弐式は一般人。外部に顔と名前は知られていない。

 

「ギルド外に友人知人は居るだろうが……。これはまあ、なるほど。本物か……」

 

 このやり取りを見ていた茶釜も人化して見せ、メコン川はタブラ達が本物であると言う確信を強める。そんなメコン川に、今度はタブラが質問してきた。ナザリック地下大墳墓の調査を目的としたワーカー隊。そこにメコン川とベルリバーが加わっているのは、何か理由があるのか……という質問内容だ。この質問に対し、メコン川は包み隠すことなく話している。

 

「路銀稼ぎだよ。俺達は、『遺跡』がナザリック地下大墳墓だとは知らなかったからな。ワーカー隊に便乗して『遺跡』へ入って、金目の物を漁ろうとしてたんだ。が、ナザリックだって言うなら、俺達の私室があるはずで……モモンガさんが中のアイテムとか売ってなけりゃ、当面の資金に問題はないのかな?」

 

 当然と言うべきか、モモンガはギルメン達の私室には手を付けていない。メコン川やベルリバーの私室内は、引退時のままとなっている。

 

「そもそも、王国で活躍してるって言う『チーム漆黒』に会いに行こうとしてたんだが……。伝わってるチームメンバーの名前からすると、モモンガさん達も転移してるわけか……。あ、それとな……」

 

 メコン川は、漆黒メンバーの名前にルプスレギナの名があったことを思い出していた。ルプスレギナという名の人物が、メコン川の作製した戦闘メイド(プレアデス)……ルプスレギナ・ベータのことだとしたら……。彼の記憶するところでは、NPCはナザリック地下大墳墓から出せなかったはず。

 

「何か課金アイテムでもやりくりして、外に出したのか? いや、ユグドラシル仕様のままなら無理だよな? ギルメンの誰かが、ルプーの名を使って行動しているとかか?」

 

 最後の推測で行くと、モモンガという人物も、別なギルメンが偽名として使用している可能性がある。それ自体は上手い手だとメコン川は思うが、NPCのナザリック外運用に関しては確認しておきたかった。

 このメコン川の質問を聞き、人化しているタブラと茶釜が顔を見合わせ、次いで弐式分身体を見る。弐式分身体が無言で頷くと……タブラは、自分達の後方の茂みに向けて声をかけた。

 

「ルプスレギナ。出てきて構わないよ」

 

「あん?」

 

 メコン川は首を傾げたが、タブラの後方で茂みがガサリと音を立てたことで、そちらに意識を集中する。が、その集中も、出てきた人物を見て一瞬途切れた。個別デザインのメイド服に赤い頭髪、褐色肌。自分の好みを反映させた美貌と大きな胸。それは(まさ)しく戦闘メイド(プレアデス)、ルプスレギナ・ベータである。

 

「本当にルプスレギナか……。ナザリックの外で、しかも普通に動いてるとか……。おっと……」

 

 人化したままでは解らないかもしれない。そんな意識が働いたことで、メコン川は異形種化した。出現したのは、甲冑こそ南蛮胴具足風のままだが、頭部が白獅子の獣人……獣王メコン川、その異形種としての姿だ。

 

「獣王メコン川様ぁ!」

 

 異形種化が完了するなりルプスレギナが駆け出し、メコン川の胸に飛び込んでいく。それを抱き留めながら、メコン川は、モモンガであれば精神安定化が起こったであろう感動を覚えていた。

 

「うおお、マジか。ルプスレギナを抱きしめられる日が来ようとはな~。……異世界転移って凄ぇ……」

 

 獣王メコン川がルプスレギナを抱きしめる。

 この光景を目の当たりにした弐式分身体と茶釜にタブラは、互いに顔を見合わせた。

 実に感動的な場面なのだが……。

 

(「ねぇ、弐式さん? ルプスレギナって……メコン川さんにとって、どういうポジションだった? 娘? 恋人?」)

 

(「げっ!? そういや、そういう問題もあったっけな……。いや、俺は聞いたことないんだよ。茶釜さんが知らないってんなら……タブラさんは?」)

 

(「私も聞いたことはないかな。……確認してみましょうか?」)

 

 三人で囁き合う。

 せっかくのギルメンとの合流で、そういった事を気にする必要があるのだろうか。実はある。何故なら、目の前でメコン川に抱きしめられているルプスレギナは、ギルド長のモモンガと交際中だからだ。娘か恋人か、どちらになるかで揉め事が起こる。

 

(「いや、どっちの場合でも、メコン川さん次第で揉め事になるよな……」)

 

(「そうですね~。でもね、弐式さん……。聞いておくべき事なんですよ……」)

 

 明らかに気が乗らない様子のタブラは、泣いているルプスレギナを抱きしめたままのメコン川に話しかけた。

 

「メコン川さん? 後でベルリバーさんとも、お話ししたいんですけど。その前に……ルプスレギナって、メコン川さんの娘さん的な存在でしたか? ああ、いえ、私のところのアルベドが娘ポジでして……」

 

「ん? 俺ですか?」

 

 メコン川の獅子顔が、ブレイン・イーター……タブラの方を向く。メコン川は暫し瞑目していたが、やがて照れの入った笑顔でタブラを見直した。

 

「弐式さんとこの、ナーベラルみたいな感じですかね!」

 

 そう彼が言った瞬間、腕の中のルプスレギナがビクリと身体を揺らし、タブラ達の顔からは血の気が引いていく。茶釜の異形種形態は粘体なのだが、それでも『顔面に相当する感覚』で上から下に向けて冷たくなるのを感じていた。弐式とナーベラルの関係性と同じということは、メコン川にとってのルプスレギナは、恋人ポジションの認識ということになる。

 

(((誰がメコン川さんに、モモンガさんとルプーの交際の話をする?)))

 

 タブラ達三人は、げんなりした視線を交わし合った。

 明るく軽く話せる弐式。

 普段の立場の強さと、女性であることからメコン川の『遠慮』を期待できる茶釜。

 趣味にさえ走らなければ、大抵のギルメンを説得できるタブラ。

 誰が話しても良さそうだし、メコン川が激昂しない可能性だってある。だが、三人とも、自分が説明役になるのは嫌だった。抱きしめてる恋人にしたい女性が、実は友人と交際中である……などと、そんな説明をしたい者など存在しないのだ。しかし、グズグズしては居られない。話すのが後になるほど、最初に対面したタブラ達の立場が悪くなるだろう。つまり、「何で最初に会ったときに話してくれなかったんですかねぇ?」とメコン川から問い詰められるかもしれないのである。

 

「メコン川さん。実は……ですね」

 

 最終的に説明役になった者。それは、タブラ・スマラグディナだった。

 後日、弐式炎雷は次のように語っている。

 趣味話を語るときの百分の一も軽快さがなく、肩を落としたタブラの後ろ姿。それは、ユグドラシル時代を含めても初めて見る姿だった……と。

 




 ルプスレギナをメコン川さんの娘にするか恋人枠にするか。
 かなり迷いました。
娘ポジなら、難なく合流してワーカー隊のダンジョンアタックに持ち込めたと思うんですけど、何もかも円満解決じゃあ面白くないかな~……と。物語を書いてる以上、山あり谷ありじゃないと盛りあがらない感じがしましたもので。

 久々にピンチ展開を書いてますが、感想返信では中々に伏線とかの解説がし難い感じでして……。暴れん坊将軍で言う「処刑テーマ」や、水戸黄門の印籠が出るようなあたりまで、お待ち頂ければ幸いです……。

 メコン川さんとベルリバーさんは、元の現実(リアル)では付き合いの長い友人という本作設定で書いています。弐式&建御雷とは、違った感じの間柄が描写できれば……と思います。

 今回、あんまりお笑い要素が無いな~……。
 展開上、こういう時もあるということで……。
 と思って後書き書いてたら、冒頭で『スターどっきり』ネタを入れてたのを忘れてました。1998年頃までやってたそうですが、御存知ない方は『スターどっきり 寝起き』で動画検索すると、当時の番組内容が見られるかもしれません。
 

<誤字報告>
D.D.D.さん、ARlAさん、グラスリーフさん、トマス二世さん、冥﨑梓さん、nicom@n@さん

毎度ありがとうございます
台詞に関しては、喋りの口調を重視してますので、文法的におかしい場合でもそのままにしていることがあります。わざと崩してることもあったり。

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