オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第70話

 ナザリック地下大墳墓、第九階層の円卓。

 そこには獣王メコン川とベルリバーへの接触隊……に加わらなかったギルメン達が居り、固唾を呑んで遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を注視している。

 本来、遠隔視の鏡は音声を送信できないが、そこは<伝言(メッセージ)>の運用で解決していた。具体的には、現場に派遣した影の悪魔(シャドウ・デーモン)と、円卓の間に配置した影の悪魔(シャドウ・デーモン)で<伝言(メッセージ)>を使用し、実況を口頭伝達しているのだ。将来的には、<伝言(メッセージ)>を組み込んだ送受信機的アイテムを開発、それを後付けした遠隔視の鏡同士にて映像付き会話を実現する。そういった事をタブラが考案して、試作品を幾つか完成させていたが、今のところ完成品と呼べる品はできていなかった。

 

「『……は? ルプスレギナが、モモンガさんと交際中?』」

 

 円卓の間にて、モモンガの対面に備え付けられた遠隔視の鏡。その右脇で立つ影の悪魔(シャドウ・デーモン)の語りは平坦で棒読みに近い。だが、画面に映し出されたメコン川は、ルプスレギナを抱きしめながら人化するも、その顔からは特徴的な笑みが消えていた。いつも口の端のどちらかを持ち上げる……そんな笑みを浮かべているのに、今はそれがない。これはユグドラシル時代の彼を知る者なら解ることだったが、メコン川が怒っている証拠だった。

 

「『タブラさん、それってどういう……。ああ、ルプスレギナに聞いた方が早いのか……。ルプスレギナ? タブラさんの言ってることに修正点はあるか?』」

 

 円卓の遠隔視の鏡。その脇で立つ影の悪魔(シャドウ・デーモン)は、タブラのことを『タブラさん』と発音している。これは<伝言(メッセージ)>で伝達される台詞をそのまま発声しているからだが、当初は「恐れ多いことです!」と恐縮していた。しかし、モモンガ達から、「見聞きしたことを正しく伝えるのも忠義だ」と諭されたことで、今は張りきって伝達係を務めている。モモンガ達としては大いに役立ってくれているので、後で褒美でも渡すべきだと考えたのだが、今はルプスレギナの返答に注目するべきだろう。

 画面上、メコン川によって抱きしめられたままのルプスレギナは、その顔を上げて怖ず怖ずとではあるが口を開いた。

 

「『いえ、特には……。あ、アインズ様と交際してるのは、ぶくぶく茶釜様とアルベド様も居て……』」

 

 ガタン! と音高く、モモンガが立ち上がる。

 遠隔視の鏡には、触腕状にした粘体で頭部を押さえる茶釜が映っており、建御雷に言われて影の悪魔(シャドウ・デーモン)が画面移動させると、メコン川が茶釜を見ていた。

 

「『茶釜さん。アインズというのは?』」

 

「『ええと、モモンガさんがね。ギルメンを探し出すための宣伝材料って感じで~、アインズ・ウール・ゴウンを名乗ってるのよ。対外的にね』」

 

「『アルベドってのは、タブラさんのNPCだったと思いますけど。アルベドと一緒に茶釜さんもモモンガさんと交際してるんですか? ルプスレギナが交際中なのに?』」

 

 先に述べたように、影の悪魔(シャドウ・デーモン)の口調はメコン川の口調を再現していない。棒読みのままだ。しかし、遠隔視の鏡ではピンクの肉棒……もとい茶釜が、ジリジリと後退しているのが見えていた。メコン川は怒鳴ったりはしていないようだが、現場での圧力は相当なものらしい。

 

「『いや、メコン川さん……あのな……』」

 

 弐式分身体が身振り手振りを交えた説明を行うが、それは「最初がアルベドで、次にルプスレギナ。最後に茶釜さんの順で……」というものだったので、メコン川の怒りを鎮火させる効果は薄かったようだ。しかし、新たに得た情報で少し思うところがあったのか、メコン川は数秒ほど黙った……が、すぐにタブラを見ている。

 

「『タブラさんは、自分のNPCがモモンガさんと交際してるのは容認しているようですけど。後から交際相手を増やすことについては、どうなんですか? アルベドが蔑ろにされているとは思いませんか?』」

 

 現在、アルベドはメコン川の居る現地には居ないし、円卓の間にも居ない。パンドラズ・アクターから引き継ぎを受けた後は、ナザリック地下大墳墓の守護者統括として業務に復帰しているはずだ。この場に彼女が居たら、どんな顔をしただろうか。モモンガは一瞬、そんなことを考えたが、遠隔視の鏡に映るタブラは、その人化した中年男性の顔に苦笑を浮かべた。

 

「『私のアルベドは、そもそもモモンガさんの嫁にするつもりで作製しましたから。それに、元の現実(リアル)の法律が適用されるわけではないですし。奥さんの五人や十人、居ても良いんじゃないですか? ああ、念のために言っておきますけど、アルベドやルプスレギナ達は仲良くやってますよ? ねえ、茶釜さん?』」

 

 この長いセリフを、影の悪魔(シャドウ・デーモン)は、ほんの少し遅れる程度で伝達している。しかも、間に現地の影の悪魔(シャドウ・デーモン)も入っているというのにだ。そのことに感心するものの、立ち上がったモモンガは微動だにせず、遠隔視の鏡に見入っていた。そして、次のメコン川の台詞が聞こえた瞬間。<転移門(ゲート)>を発動させて、暗黒環へと飛び込んだのである。

 

「『茶釜さんは……モモンガさんの味方か……。彼女だもんな……。……オーケー、わかりました。今からナザリックへ行って、あの骨を組み立て前の骨格標本にしてきます』」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ねえ、アルシェ?」

 

 ワーカー隊の拠点。その馬車の近くで立つアルシェに、同じフォーサイトのメンバーである、イミーナが話しかけた。半森妖精(ハーフエルフ)の彼女は、特徴的な尖った耳をひくつかせると、ニヤニヤしつつアルシェに寄り添う。

 

シシマル(メコン川)さんのこと、気に入った? モンスターの襲撃があったとき、助けて貰ってたものねぇ?」

 

「……そんなことはない……」 

 

 言葉短く答えるアルシェだが、その頬は薄く紅潮していた。普段は動かない表情も、今は視線が落ち着かず左右に振れている。本人が小柄なせいもあってか、身の丈に近いサイズ比の杖を握りしめると、アルシェは最終的に視線を落とした。

 

「チーム外の冒険者だけど、今は集団行動中。手の届く範囲で仲間が危なかったら、助けることだってあると思う」   

 

 この拠点地へ到着するまでの間、ワーカー隊は幾度かの襲撃を受けている。相手は野盗やモンスターであり、イミーナが語った一幕は最後の襲撃で発生した。出現したのはゴブリンと狼の混成集団だったが、冒険者達の警戒網をくぐり抜けた一頭の狼が、後衛であるアルシェに襲いかかったのである。この時、アルシェは前衛として戦うヘッケランの援護のため、三発の<魔法の矢(マジック・アロー)>を撃ち出していたが、その撃ち終わりに飛びかかられたことで咄嗟に対応ができなかった。杖と腕で顔前付近をかばったが、狼側では防御のない場所を噛めば良いので、ダメージは免れない。だが、そこへ駆けつけたのがシシマルことメコン川だった。アルシェ達の感覚では重量がある甲冑……それを着込んでいるにも関わらず、風のように前線から戻ってくると、手に持った刀で狼を切り裂いたのだ。

 

「もうちっと、仲間のレンジャーの近くに居た方がいいな」 

 

 そう言って血振りをするメコン川にアルシェは礼を言ったが、メコン川は口端の笑みを深めただけで、何も言わず前線へと戻って行ったのである。その後ろ姿が、アルシェの脳裏に焼きついて消えないのだ。

 

「戦闘中に助けられるのだったら、ヘッケランに助けて貰ったこともあるし……」

 

「ヘッケランは私のだから、あげないわよ?」

 

「違う、そういうことじゃない」

 

 冗談交じりのツッコミにマジレスしたアルシェは、メコン川が入って行った林の藪を見る。後を追いかけて二人きりになって、再び話してみたい気もするが……。彼の林へ行った用件が用件だけに、追いかけて林に入るのは憚られた。

 

「なんだろう……。シシマルを見てると、少しだけ胸がドキドキする……」

 

 我知らず声に出しており、それを聞いたイミーナが「春だ! アルシェに春が!」と呟くも……。

 

「動悸が激しい……。これはシシマルに関連した何らかの病……。気をつけないと……」

 

 続くアルシェの独り言を聞いて肩を落とし、イミーナはヘッケランの元へと歩いて行く。その後ろ姿を見てアルシェは悪戯っぽく微笑み、再び熱の籠もった瞳で林の方を見続けるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 今、モモンガの目の前に獣王メコン川が居る。

 元の現実(リアル)では、オフ会で見たことのある『人』としての姿だ。それが南蛮具足胴と呼ばれる甲冑を着込んでいる姿は、コスプレをしているような錯覚に囚われるが、メコン川自身は結構な男前なので似合っている。死の支配者(オーバーロード)の姿で現場到着したモモンガは、<転移門(ゲート)>を閉じると、タブラと茶釜そして弐式の姿を確認してからメコン川に向き直った。

 メコン川が怒っているのは、モモンガの交際相手の中に自身が作製したNPCのルプスレギナが含まれていることだ。そして、ルプスレギナ一人だけでなく、茶釜自身とタブラ作製のアルベド、この二人と同時交際していることも気に入らないのだろう。この場には茶釜とタブラが居たが、二人を頼るわけには行かないとモモンガは思っている。これは、モモンガが一人で解決すべき事だからだ。

 

(とにかく、まずは人化だ)

 

 表情が出ない死の支配者(オーバーロード)のままでは、釈明や謝罪をするには失礼にあたる。そう考えたモモンガは、アイテム効果により人化した。それにより鈴木悟が出現するのだが、完全装備が似合わない。モモンガに恋する女性達には別の意見があるだろうが、モモンガ自身、自分はハンサムや色男ではないという認識なのだ。そこで冒険者モモンとして活動する際の装備に切り替え、モモンガはメコン川に対して口を開いた。

 

「お久しぶりです。獣王メコン川さん……」

 

「ああ、久しぶりだな。モモンガさん……」

 

 異世界転移後、モモンガはヘロヘロを始めとして数人のギルメンと合流を果たしてきた。しかし、その中にあって今のメコン川の声は、合流時の顔合わせとしては硬く冷たいものである。それがモモンガの心を鋭く突き刺すのだが、非難されるだけのことはしたという自覚があるので、甘んじて受け止めていた。どちらかと言えば、タブラや茶釜が何か言おうとした様子であり、モモンガは視線を向けることで二人の行動を制していた。

 

「メコン川さん、それで……ですね」

 

「うん、まあ……どうにかして、さっきの会話聞いてたか? だったら話は早いな……」

 

 メコン川がルプスレギナを離し、彼女を後方に置くようにして進み出る。互いの距離は五メートル弱、メコン川がその気になれば一瞬で間合いを詰められるだろう。

 

「ルプスレギナについて、俺に言うべき事があるんじゃないか?」

 

「……」

 

 いきなりの本題である。モモンガは唇を一舐めして湿らせると、一息吸ってからメコン川の眼を見返した。

 

「異世界転移してからですけど……。ルプスレギナさんとは、お付き合いさせて頂いてます」

 

「制作者の俺に、一言も無しで?」

 

 鋭い指摘がモモンガの胸をえぐる。

 しかし、これは言った方のメコン川も渋い顔をした。ルプスレギナが意思を持って動き出したのは、異世界転移してからだというのは理解できる。メコン川の不在時に、モモンガとルプスレギナが男女の仲になったとして、合流していないメコン川に一言有るべきだった……というのは、少しばかり言いがかりのような気がしたからだ。

 

(俺が合流できる可能性があるとは思ってただろうけど……。それがいつになるかは解ってなかったわけだしな)

 

 やむを得なかった。仕方なかった。運命の巡り合わせが悪かった。

 そういった思いが浮かぶも、メコン川は納得するには到っていない。何しろ、自分の理想を詰めこんで作成した女性NPCが、実在女性として動いていると言うのに、そのことを知ったときには、もうモモンガと交際していたのだ。確かに『出遅れた感』はあるが、何も無しで引っ込むわけには行かなかった。ルプスレギナの気持ちを大事にしたい……という思いは確かにあって、メコン川の心の隅で大きくなりつつある。しかし、モモンガを一発なりともブン殴らなければ収まりがつかないのだ。

 そして、ベルリバーと一緒に異世界転移してから知ったことだが、この世界ではユグドラシルの魔法が有効である。蘇生の魔法が存在するとも聞いた。ならば……。

 

「モモンガさん。さっきの会話、聞いてたんだろ? 俺が……あんたのことを、組み立て前の骨格標本みたいにしてやる。そう言ったのも聞いていたか?」

 

「ええ、聞いていました……」

 

 確認されたモモンガは、殺されるかもしれないと覚悟を決める。落ち着いて考えてみれば、実在女性になったとはいえ、ルプスレギナはNPCだ。その彼女絡みの色恋、その揉め事で殺す殺される。そこまで行くのは尋常ではない。弐式が言うところの『発狂ゲージ』が溜まっているのではないか。

 

(その心配は確かにある。だが……だけどなぁ……メコン川さんの腹立ちも、もっともだ。俺だって、アルベドやルプスレギナや、茶釜さんに手出しする奴が居たら、ブッ殺したいと思うし……)

 

 と、このように、モモンガはモモンガで覚悟を決めていたのだが、メコン川の方はどうだったかと言うと、話している内に頭がかなり冷えだしている。無論、モモンガを殴りでもしなければ気が済まない程度の怒りはあったが、それとて殴ればスッキリするとメコン川は思っていたのだ。だから、次に口から出る言葉に、そこまで剣呑な内容が盛り込まれることは無かった。無いはずだった。

 

「じゃあ、その覚悟が……」

 

 あるのなら一発ブン殴らせろ。そう続けようとしたところ、メコン川の前にルプスレギナが回り込んだ。モモンガに背を向ける形で……ということは、メコン川の前に立ちはだかる形で立っている。

 両手を横に拡げるルプスレギナは、その目に涙を浮かべながら叫んだ。

 

「獣王メコン川様! 私が身の程知らずにも告白したのが悪いんです! お二方が仲違いされる原因が私なら、今ここで自害しますので! どうか!」

 

 ……。

 場が静まりかえる。

 モモンガやタブラに茶釜などは、「あちゃあ、ここで始まったか……」ぐらいにしか思わず、手で顔を押さえたり肩を落とすなどしていた。しかし、メコン川には衝撃的だったようで、手前のルプスレギナと、その後方のモモンガの顔を何度か視線移動させ、ルプスレギナを指差しながら口をパクパクさせている。それが数秒ほど続いたが、やがてメコン川は、眉間に皺を寄せつつルプスレギナに言った。

 

「俺は、モモンガさんと話がある。仲違いとかじゃないから、暫くここで居ろ。いいな?」

 

 言い終えるとメコン川は、手を下ろしたルプスレギナの左側を回り込むように移動し、モモンガの前までやって来た。そしてモモンガの左肩を掴むと、その場でグルンと一八〇度回す。メコン川自身も半歩ほど進んでいるので、二人してルプスレギナに背を向けた状態だ。

 

(「モモンガさん! 今のルプスレギナのアレ! 何なんですか! 俺とモモンガさんが喧嘩しそうになって、それが自分絡みだから自害って……自殺でしょっ!?」)

 

 先程までの怒った姿も滅多に見られないものだが、今のように目を剥いて驚いているメコン川というのも珍しい。その驚く気持ちが十分理解できるモモンガは、小さく溜息をついてメコン川を見た。

 

(「メコン川さん。動き出したNPC達の忠誠心って凄いんです。ちょっと注意されたら自害するって言うし。俺達、ギルメンの思うところを理解できないと自害するって言うし。俺達に不快な思いをさせたと自分で判断したら、それでまた自害するって言うし……」)

 

 正直に言って、回りくどい脅迫じゃないか……と思うことがある。弐式もナーベラルを叱責したことがあるそうだが、自害をちらつかせるスタイルにイラッと来たのだとか……。

 

(「NPC達は大真面目なんでしょうけどね~。ああ、でも、NPC達……ルプスレギナの今のアレだって、割とマシな感じになってるんですよ?」)

 

(「今のアレでか!?」) 

 

 更に目を剥いたメコン川が、肩越しに振り返ってルプスレギナを見ている。モモンガの立ち位置からだと、大して姿勢を変えることなくルプスレギナが見えていたが、彼女は下顎の近くで祈るように手を組んでおり、心配そうにしている姿が確認できた。

 

(「……モモンガさん」)

 

 やがて、メコン川がモモンガに向き直り……口を開く。

 

(「ここは異世界だ。現実(リアル)での常識は通用しない。タブラさんが言ったとおり、恋人や嫁さんが何人居たって別に構わないだろう。ただな……ルプスレギナのことを大事にする。その気持ちはあるんだろうな?」)

 

(「御言葉ですが、愚問です。ルプスレギナに限らず、誰一人として蔑ろにするつもりはありませんよ」)

 

 モモンガはメコン川と視線を合わせながら、きっぱりと返答した。一人の男としてハーレム状態を喜ぶ気持ちは当然ある。だが、交際を始めた以上、全力で恋人達を大事にするという気持ちもまた当然あるのだ。鼻の下を伸ばしているばかりではないのである。

 そのモモンガの視線を、メコン川は真っ向から受け止めていたが、やがて小さく溜息をつくと視線を逸らせた。

 

(「ちょっと、ルプスレギナと話してくる……」)

 

 そのままモモンガと目を合わせることなく、メコン川はルプスレギナへ向けて歩き出す。彼の表情は角度的にモモンガから見えなくなったが、何やら呟いているのは聞き取れていた。

 

「あ~あ、自害とかマジかよ。……こんな事になるんだったらな~……モモンガさんからメール貰ったときに、ナザリックへ行ってれば……何とかなったのかな~。後悔することばっかりだ……」 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ルプスレギナ……」

 

 メコン川は、ルプスレギナの前に立つと彼女の名を呼んだ。「はい」と不安そうな返事があったが、その表情も綺麗だとメコン川は思う。さすがに自分の萌えを集約したキャラだ。戻ってくるまでに愚痴めいたことを呟いたが、やはりモモンガに譲るのは惜しい気がする。しかし、大事なのはルプスレギナの気持ちではないだろうか。

 

(このまま連れ去って、二人で隠れて……ってのは、俺の趣味じゃないしなぁ……)

 

 もし実行したとしたら、ルプスレギナを記憶改竄や洗脳でもしない限り、彼女の浮かない顔を見ながら過ごすことになるだろう。記憶改竄等をしても、メコン川の心には重いモノが残り続けるはずだ。

 

(俺自身の記憶も弄れば、二人で幸せに過ごせるか? いや、それはそれで地獄だな……)

 

 結局はルプスレギナ次第……なのだろう。

 

「ルプスレギナ。モモンガさんのこと、愛してるんだな?」

 

「はい」

 

 即答だ。しかも、それまで不安そうにしていたのが嬉しそう、かつ誇らしげに答えている。メコン川は一瞬怯んだが、奥歯を噛んでから質問を続けた。

 

「ちなみに、モモンガさんの何処が良かったんだ?」

 

「ナザリックに、ずっと居てくれたことです。私達のことを気にかけての事ではなかったのは理解してます。でも、本当に嬉しくて……」 

 

「ぐっ……」

 

 メコン川がナザリックを離れた理由は、何となく……だ。強いて言えば、たっち・みーやウルベルト、建御雷や弐式と言った主要メンバーが引退し、寂しくなったのもあった。モモンガがギルド長を務める状態に変化はなかったが、彼を中心としたギルメンが櫛の歯が欠けるが如く減っていく。そんな様を見続けるのが……何となく……耐えられなかったのだ。

 

(気がついたら、モモンガさんにサヨナラして引退してたもんな~……)

 

 のめり込む気持ちが薄れたら止め時。ゲームを止める時というのは、得てしてそういうものだとメコン川は思う。あの頃に、NPC達が実在化することを予期していたら、あるいは引退せずに残留を……。

 

(そんなこと思いつけるはずないか……)

 

 結局のところ、ユグドラシルがサービス終了する日まで、ナザリックを愛し続けたモモンガがルプスレギナに愛された。ただ、それだけのことなのだ。

 

(うん?)

 

 ふと、タブラの視線に気づいた。隣にはモモンガの現恋人の一人である茶釜も居るが、彼女とは違う視線をタブラは向けてきている。

 

(なるほど……。アルベドは自分にとって娘のようなもの……か)

 

 メコン川にとってのルプスレギナは、娘と呼ぶには年格好が近い。だが、自らの手で作成したのだから、そういう意味では娘なのかもしれない。

 

「はああああああああああああ……」

 

 重く、そして長い溜息が出た。

 それは、自分の中に溜まった『良くない何か』を吐き出すかのような溜息だ。良くない何かには未練も含まれているとメコン川は思う。メコン川は口の端を上げると、ルプスレギナの頭を帽子越しに撫でつけた。

 そして、モモンガに向き直って言う。

 

「モモンガさん。後で俺とPVPしよう。今……と言いたいけど、色々と忙しいだろ? ああ、死ぬまでやるとかじゃなくて、ライフが残り一割とか二割まで減ったら負けって感じかなぁ……」

 

 背後のルプスレギナが息を呑んだ。それを感知したメコン川は、後ろ手に掌を突き出して黙らせると、なおも話を続ける。

 

「俺のルプスレギナに、俺に無断で手を出したんだから受けてくれるよな? あと勝敗の結果について条件があるんだが、これも呑んで貰うぞ? 絶対にな」

 

「PVPするのは受け入れます。それで、勝敗の結果について条件とは?」

 

 モモンガは生唾を飲んだ様子だ。改めて覚悟を決めた表情であり、それが驚きの表情に変わることを思うと、メコン川は何やら愉快な気分になってきた。

 

「まず、俺が負けたら、モモンガさんとルプスレギナの交際を認めてやろう。そして、俺が勝った場合は……モモンガさんとルプスレギナの交際を認めてやってもいい」

「はい……。……はい?」

 

 真剣な表情で答えたモモンガが、間の抜けた顔で聞き返してくる。近くで居る茶釜にタブラ、弐式分身体も呆気に取られた様子だ。

 

「あの、メコン川さん?」

 

「なんです? モモンガさん?」

 

 モモンガの発音が妙にぎごちない。大いに笑えるが、メコン川は澄まし顔で聞き返した。

 

「じゃあ、PVPをやって……俺が勝っても負けても、ルプスレギナとのことは認めてくれるんですか?」

 

「そう言ったつもりですが?」

 

 そうなるとPVPをやる意味は何なのか。そこをモモンガは確認してきたが、メコン川は「言わせるなよ」と呟いてから鼻で笑った。

 

「そこはそれ、せめて一発ブン殴らないと気が済まないからです。ただ、交際を認める前提である以上、無抵抗のモモンガさんを殴るのも気が引けますから、PVPしましょうと……。解ってもらえますか?」

 

「はい……。はい! わかります!」

 

 言っているうちに嬉しくなったのだろう、弾む声でモモンガが話を合わせてくる。その様子を見守っていた茶釜達の視線……これが心なしか温かいものになったので、メコン川は照れを感じていた。

 

(小芝居するのって小っ恥ずかしいねぇ。……ん?)

 

 背後に迫る気配。それが誰のものなのか解っているので、メコン川は鎧等の防具をアイテムボックスに収納する。直後、背に柔らかいものが当たり、細い腕が胸に回された。

 

「ありがとうございます! 獣王メコン川様! 大好きっすーっ!」

 

「はっはっはっ! もっと胸を当ててくれていいんだぞっ?」

 

「大サービスで、ギュッと行くっすーっ!」

 

 ルプスレギナの言葉どおり、大きな胸が背中に押し当てられる。キャラ作成時にはニヤニヤしながら設定したことだったが、あの設定は間違いではなかったとメコン川は思う。超絶美人女性のハグと胸の感触を楽しみながら、「やっぱりモモンガさんにやるには惜しいかな?」と口の中で呟くメコン川であったが、泣きながら喜ぶルプスレギナを見ると、「まあいいか……」と思い直すのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「とまあ、そういうわけでして。俺達ナザリック側は、ワーカー隊の皆さんに、接待プレイをしようとしてるところなんです」

 

 モモンガは、ワーカー隊に対するナザリック側の姿勢と行動予定を説明している。相手は獣王メコン川と……ベルリバーだ。メコン川との話が概ねまとまったので、モモンガは現状の説明をしようとしたのだが、メコン川の戻りが遅いので様子を見に来たベルリバーと、そのまま合流を果たしたのである。

 

「メコさん、何の連絡もしてこなかったからな……。弐式さんと会ってるって言うから、結構気にしてたのに……」

 

 説明を聞き終えたベルリバーが、不機嫌そうにメコン川を睨んだ。言われたメコン川は苦笑しながら頭を掻く。

 

「悪い。ちょっと込み入った話になってたもんでさ……」

 

 込み入った話とは、モモンガとルプスレギナの交際のことだ。後でPVPすることにはなったが、一応、モモンガとメコン川の間で話はついている。その辺りの事情も聞いたベルリバーは、改めてモモンガを見た。

 

「久しぶりで会ったが、相変わらずギルメンに振り回されてるな。モモンガさん」

 

「いえ、メコン川さんの件は、俺が悪いですから……」

 

 そう言ってモモンガが恐縮すると、ベルリバーは表情を和らげる。彼が普段気難しげにしているのは、基本的に対人関係で自分が粗相をしていないか気にしているからだ。それだけコミュニケーション能力に自信がないのだが、「俺は悩み多き年頃なんだよ」とは本人の言である。

 

「メコさんは、ナザリックに行くつもりのようだけど。俺も、当面は世話になりたいかな……。何せ、行く当てがないもので……」

 

 再び表情を硬くしたベルリバーがナザリック入りを申し出るが、モモンガ達の方では拒絶する気は微塵もない。ただ、今の台詞には気になる部分があった。「当面は世話になりたい」ということは、ずっとナザリック地下大墳墓に居るわけではないのだろうか。そこをモモンガが確認すると、ベルリバーは「そうだ」と言う。

 

「ユグドラシルを引退したのは、メコさんと同じで気力や意欲が削げたところにあるんだが……。こっちの世界は好きだな。ずっと居たいよ? でも……今の俺は、現実(リアル)にやり残してきたことがあるんだ」

 

 ナザリックを拠点としつつ、元の現実(リアル)に戻れる手立てを探りたいとのことだ。ただし、理想的なのは元の現実(リアル)と今居る世界を出入り可能とすることで、一方通行のような仕様ならば少し考えたいともベルリバーは説明している。

 

現実(リアル)で、やり残したことはあると言ったよな? 心残りだってあるさ。けど、こっちの世界は凄い。天国みたいだ……。空気が綺麗で空は青い。草木もあるし……信じられるか? 川が干上がらず、綺麗な水が流れてて……そのまま飲めるんだぜ? ま、生水は沸かした方がいいんだろうけど、今の俺達は頑丈だからさ」 

 

 転移後世界の素晴らしさは、ベルリバーの『やり残したこと』に対する気持ちを揺らがせるほどの衝撃だった。だから、責任感や使命感から元の現実(リアル)への帰還を目指したいが、それが一方通行の帰還であるなら転移後世界に残りたい。

 

「往復可能でなくて、一方通行の帰還方法が判明ないし確立されて……それが残るだけかも知れないけどな」

 

 そう言ってベルリバーが肩をすくめると、モモンガは大きく頷いてみせた。

 

「一度、ギルメン会議で話し合いたいと思いますが、俺としては反対はしないですね」

 

 ギルメンそれぞれに事情や思い、それに現実(リアル)へ残してきたものがある。モモンガを始めとして、多くのギルメンは転移後世界での残留を希望していたが、中にはベルリバーのように現実(リアル)へ戻りたい者も居るだろう。そういった帰還を希望するギルメンの意思を、モモンガは否定しない。むしろ協力したいと考えていたほどだ。

 

「俺は個人の意思は尊重しますからね。それがギルメンなら、力の及ぶ限り手助けしますとも。ただ、その……引き留めたい気持ちも、あるんですけどね……」 

 

「わかってるよ、モモンガさん。俺が言ってるのは、やり残してきたことに対するケジメみたいなものさ。さっきも言ったように、こっちに戻って来られないような帰還方法しかないなら、現実(リアル)に戻る気はないんだしな」

 

 ベルリバーは、極親しい者にしか見せない笑みを浮かべる。

 つまり、往復可能な帰還方法であれば、事さえ済めばナザリックに戻ってくると言うことだ。それが理解できたモモンガは、満面の笑みを浮かべた。

 

「なるほど、そうですか。ともあれ、お二人の合流を歓迎しますよ! 獣王メコン川さん! ベルリバーさん!」

 




メコン川さんに偏り過ぎちゃったかな……と思うのですが
ベルリバーさんはベルリバーさんで色々ある予定です
状況が状況なので実行していませんが、土下座イベントも考えています
ここのところ実行したギルメンは出てませんが、
さて、どうなるかな……
土下座しない人が増えると、ヘロヘロさんや弐式さんがドンドン気まずくなるんですけど
まあ、大きな問題ではないですね(笑

アルシェがメコン川を慕うシーンを挟んでみました。
ルプー取られて気の毒……とか、モモンガさんの引き立て役みたいに終わるのもどうか……と思ったので、
同行中のワーカーからアルシェに白羽の矢……みたいな
ゆくゆくは他作家さんのところで見かけたように、種族替えとかして寿命延ばしたりするのかな~

今回書いてみて思ったのは、割りと上手い感じでメコン川さんのイベントを消化できたかな……と言うこと。
後回しにしてたら、メコン川さんがベルリバーさんを巻き込んで完全にワーカー側についたりとか
そんなことも考えてたので、今回で終わらせて良かったと思います。
先にも述べましたが、おかげでベルリバーさんの出番が減ってますけど
これでいいのだ……たぶん。

おっと、そろそろペロロンチーノさんの『姉とモモンガさんの交際』に関する反応とか書いてみたいですね。
時系列的には、もう知ってるんですけど。

さて、次週は3月最後の投稿になるかな~
年度末ってのは何度体験してもヤバいですし、今年度は初めての職場ですしね~


<誤字報告>
D.D.D.さん、ARlAさん、サマリオンさん

毎度ありがとうございます

それと評価&コメ、ありがとうございます。
10点使いきりと言うことで9点入れて頂いた方も居まして、その気持ちだけで
次の話を書くキー打ちの速度が上昇します。
今後は、評価コメに関してのレスも、それとなくしていくつもりです。


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