陽が沈んだ。
夜の暗闇の中、金級冒険者らが松明等を設置し、馬車を中心とした拠点が炎で照らし出される。
「よし、じゃあ行くぞ?」
何となく「お前が号令をかけろ」という空気になったことで、ヘッケラン・ターマイトが小さく、しかし良く通る声で出発の合図を出した。これに対し、竜狩りのパルパトラ・オグリオン、ヘビーマッシャーのグリンガムが頷く。双方のチームメンバー、そしてヘッケランのフォーサイトのメンバーに関しては、すでにベルリバーから告げられた遺跡……ナザリック地下大墳墓側との密約が伝えられていた。
彼らは、これからナザリック側承認の下で、挑戦的探索に赴くのだ。探索域として指定されたのは第三階層までで、ナザリック側としては知られて困るような領域ではない。中には『黒棺』など、特殊な領域も存在するが、第三階層までは通路のデザインを自由に変更できるため、ワーカー隊が侵入できないよう配慮されていた。こうした状況で探索を行い、お土産用のアイテム類を入手、適度に戦闘など危ない思いをして帰って貰うのだ。
これはユグドラシル時代、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が親しい外部の知人などを招いて、疑似ダンジョンアタックを楽しんで貰うなどしていた……接待のようなものである。本来であれば、良く知らない相手にすることではないのだが、今回は特別だ。
ギルドメンバーの茶釜姉弟。この二人が転移後世界に飛ばされた時、親身になって帝都まで送り届けてくれたのがヘビーマッシャーのグリンガムであり、帝都で相談に乗ってくれたのが竜狩りのパルパトラで、路銀稼ぎの面倒を見るべく、一時的にチーム編入させてくれたのがフォーサイトのヘッケランだった。こういった恩義から、本来は殲滅排除するべき侵入者……ワーカー隊に対する友好的対応につながっている。
しかし、ナザリック側、つまりモモンガ達は全ての侵入者に好意的だったわけではない。
チーム天武、エルヤー・ウズルス。
天才剣士と知られる彼は、腕こそ一流だが、その人格は歪みきっている。奴隷市場で購入した三人のエルフ女性(森祭司、レンジャー、神官)を玩具のように弄び、気晴らしに暴行するのだ。その行いは帝都滞在中の茶釜の目にとまっており、彼の評価は底なしで低かった。以上のことからナザリック側の意向を踏まえた上で、ヘッケラン達が協議をし、エルヤーにのみ、前述の接待ないし挑戦的探索について知らせないこととしている。
そうなると、今回の探索中にエルヤーが普段どおりの言動を行った場合、ナザリック側の機嫌を損ねて死亡する可能性があった。なお、引き連れているエルフ女性らには、お目こぼしがある予定となっている。
「ふ~む、遺跡と言うよりは墓地……墳墓だな」
不自然に盛り上がった地面が外壁に達しており、その正面入口から見える光景は、今グリンガムが言ったとおり墓地そのものだ。気になるのは、入口脇に二階建ての建物があること。墳墓自体は、おどろおどろしい雰囲気を醸し出しているが、この建物も割と新しい建屋にしては雰囲気が怖い。月明かりに照らし出された悪魔の館と言ったところだろうか。それも当然で、この建物は外部の客を一時滞在させたりすることも踏まえた応接棟なのだ。しかも、タブラの趣味が加わっていて、墳墓に合わせた……怖さを感じるデザインとなっている。
なお、ベルリバーからは応接棟に立ち寄るよう言われていたので、天武以外のワーカーチームは、初めて見知ったような素振りをしつつ意見を交わし合った。
「どう見ても、遺跡……墳墓に関係ある建物。誰か居るかも知れない……」
フォーサイトのアルシェが言うと、各チームのリーダー達は顔を見合わせる。
「どうする? 挨拶でもしておくか?」
ヘッケランが誰に言うでもなく呟くと、パルパトラとグリンガムが頷く。
「儂らの
「老公の意見に同感だ。ただし、何が居るか解らないからな。せっかく多数のチームが居るんだ、安全策として皆で踏み込んでみてはどうかな?」
二階建て建物の調査をしようという意見が多い。あらかじめ密約があるからこその判断なのだ。しかし、裏の事情を知らないエルヤーは、鼻で笑い飛ばしている。
「話にならないですね。あんな遺跡の、しかも外にあるような建物を調べて何になるんです? 我々の目的は『遺跡の調査』でしょう? あんなものは無視して、さっさと遺跡内部に入ることが大事だと、私は思いますけどね」
言い終えたところでドヤ顔をしているが、ヘッケラン達に言わせれば「こいつ、正気か?」や「話にならないのは、お前のオツムだ……」といったところだ。ベルリバー達からの情報が無かったとしても、見るからに墳墓関係の建物ではないか。それを調べないでどうする。
(本当に剣腕だけの小僧なのじゃな。呆れるわ……)
パルパトラは愛用の槍を右肩に担ぐと、空いた方の手でこめかみを掻いた。呆れるが、今は少しだけ心地よい。何しろ内心の呟きは発音の必要がないため、往年の口調のままだ。我ながら、しょうも無いと思うが、気分が良いというのは重要である。
口の端で微かに笑みを浮かべたパルパトラであったが、すぐに視線を鋭くしてエルヤーを見た。そして、彼のことを意識から外す。
(思えば妙なことになったものよ……)
本来であれば初日の探索権を、このエルヤーやヘッケランらに譲って危険箇所を調べさせるつもりだった。そして自分達は、翌日以降、幾分かの安全を確保した状態で、墳墓の探索を行うことを考えていたのである。先行したヘッケランらが大損害を被るようなら、探索自体を断念して撤退してもいい。墳墓側との密約がなければパルパトラの竜狩りは、そうなっていたはずだ。また、あの建物の調査を行うのは竜狩りの担当になるよう、他のチームリーダーらに交渉したことだろう。
(そうならなくて良かったのかの? ……終わってみなけりゃわからんか……)
小さく溜息をつき、首を横に振る。この仕草にエルヤーを馬鹿にする意図はない。だが、エルヤーはその様に受け取ったらしく、怒りで顔を歪めた。もっとも、パルパトラの方では、エルヤーに対して何も言う気が無くなっている。元からエルヤーと親しくする気が無かったし、同じ雇い主に雇われた者として、最低限の義理は果たしたからだ。このようにパルパトラは沈黙したが、今度は入れ替わるようにしてグリンガムが口を開いた。
「いい加減にせぬか、汝! 墳墓内部では別行動だろうが、今は人数が揃っているのだぞ! 怪しい建物を安全に調査をしようとは思わんのか!」
実のところ、エルヤー以外の三リーダーで、最も親身にエルヤーを説得したのがグリンガムだったと言える。彼が率いるヘビーマッシャーは、多人数の変動編制だ。今回も、休息を取ったりしている者がチームから外れており、フルメンバーでの参加ではない。そうした多数の冒険者を束ねているからこそ、集団行動の乱れには五月蠅いのである。それも相まっての説得だったが、エルヤー自身にとって不幸なことに、エルヤーには通用しなかった。
「まったく思いませんね。細々と安全を気にしないで済む実力。それがあるからこそ、私は早く中に入りたいんですよ。実力が無い皆さんは、そら、そこの建物を調べて……私の後からゆっくりとついて来ればいいでしょう」
この態度には天武以外のチームメンバーらも気を悪くする。フォーサイトのイミーナなどは食ってかかろうとしたが、その彼女の前にヘッケランが移動し背をさらした。
「いいさ、いいさ。エルヤーさんのお好きなように。俺達は後から、おっかなびっくり入って行くことにしよう」
「ちょっと! ヘッケ……」
裏の事情は知っているが、エルヤーの態度には我慢ならない。だが、肩越しに向けられるヘッケランの視線に、イミーナは身をすくませた。イミーナが黙ると、ヘッケランはエルヤーに向き直った。
「ああ、待たせて済まないな。エルヤー。先に入って、危ないモンスターなんかはバッサバッサと斬り伏せてくれてると凄く嬉しい。期待してるぜ?」
人の良さそうな笑顔でヘッケランが言うと、少し身構えていたエルヤーは、引きつった笑みと共に胸を反らす。
「そうさせて貰いましょう。ただし、露払いをさせられる以上、入手した金品は私の所有物とします。後で文句を言わないでくださいね。さ、行きますよ」
好き放題言った後で、エルヤーはエルフ達を連れて墳墓へ踏み込んで行った。足取り軽く、意気揚々と去って行く彼の後ろ姿は、見ていて非常に滑稽だと言える。
「行ったか……。皆と合わせてる方が、絶対にお得なんだけどなぁ。ま、人それぞれの人生ってやつだな」
そう言ったのは、ヘッケラン達の後方で立つベルリバーとメコン川のうち、メコン川の方だ。メコン川は口の端を持ち上げると、肩越しに背後……応接棟を親指で示した。
「さて、皆さん。中に入ろうか。エルヤーが先に行ってくれたので、簡単な打合せもできそうだしな。……まあ、大人数でも大丈夫なんだが、取り敢えずリーダー方だけで入ってくれるか?」
◇◇◇◇
入ってすぐの場所は、ヘッケラン達に言わせると冒険者組合の受付に似ている。広い部屋に長いカウンターがあり、カウンター上に一つ、床には二つ、鉢植えが置かれて植物が植えられていた。天井を見上げれば、凝った水晶細工の……シャンデリアのような物が飾られていて、魔法光を放っている。背後の出口以外では、部屋の右側とカウンタのー奥に扉が見えた。そして、カウンターの奥に女性が一人、手前側の丸椅子には男女が一人ずつ座っている。奥の眼鏡をかけたメイド風の女性は初見だが、手前の男女についてヘッケラン達は見覚えがあった。
「かぜっちとニシキ!?」
「は~い、ヘッケラン。相変わらずイイ男ね~。帝都では世話になったわ。おじいちゃんに、グリンガムもね。感謝してる~」
丸椅子から立ち上がって一礼するのは、背に二枚の大盾を背負った女性、かぜっち……こと、ぶくぶく茶釜だ。長身でスタイルが良く、かなりの美人ではあるが、カウンター奥のメイド女性と似ている事にヘッケランは気づいていた。
(遺跡……じゃなかった、この墳墓の関係者ってのは本当だったのか。てか、奥のメイドさんは双子の姉妹か何かか?)
油断なく観察していると、今度は忍者服の弐式が座ったまま振り返り、面をまくりながら口を開く。
「は~い、ヘッケラン。相変わらずイイ男ね~。帝都では世話になったわ。おじいちゃんに、グリンガムもね。感謝してる~」
茶釜のセリフを丸ごと真似ており、ヘッケランは脱力した。と、茶釜が手を伸ばして弐式の耳をひねる。
「いっ!? 痛だだだだだっ!? ちゃ、かぜっちさん!? 痛いですから!」
「しょうもないことを言うからよ。ったく!」
弐式の耳から手を離し、茶釜は呆れ顔で弐式を見た。
「それにしても、仕事柄わかるんだけど……口調の真似が完璧ね~」
「そこはそれ、忍者スキルがあるからさ」
ちなみに、口調の真似だけでなく、声色もコピーできるのだとか。そこを敢えて地声で真似たのは、弐式なりのこだわりらしい。
「あ~、あの、いいかな?」
ヘッケランは、茶釜達が『ここで何をしているのか』を聞いてみた。聞かれた側の茶釜達は互いに視線を交わし合ったが、代表して茶釜が人懐っこそうな笑みを浮かべている。
「ヘッケラン達が遺跡と呼んでる、ここ……ナザリック地下大墳墓っていうのが正式名称なんだけど。そのナザリック側からのお目付役ってところかしら」
基本的にワーカーチームに同行し、困ったときには助言するのが役目だ。
「降参して帰りたいって時には、私達に声を掛けてくれればいいから~」
「なあ、かぜっち?」
明るく言う茶釜に対し、グリンガムが困り顔で話しかけた。
帝都で受けた恩を返す。
ベルリバーやメコン川達から聞かされているし、それはそれで良いのだが、いささかサービスが過ぎるのではないか。こうも好意的だと妙に勘ぐってしまうのだ。やはり何か裏でもあるのではないか……と。
そこをグリンガムはストレートに聞いたが、茶釜……ナザリック側が正直に言う筋合いはない。お人好しは言い過ぎにしても、焦ったが故の馬鹿な質問ではあった。パルパトラが肩と白髪眉を落とし、ヘッケランが「あちゃー」と言いたげな顔になる。
一方、茶釜はキョトンとした顔になると、その表情のままで回答した。
「裏? お礼目的以外でってことなら、一応あるわよ?」
この一言にヘッケラン達は身構えるが、茶釜は「そんな構えなくていいのに」と話を続けている。
茶釜が語る、お礼目的以外の裏というのは次のようなものだ。
ナザリック地下大墳墓は表層こそ墓地だが、その実態は一大地下要塞である。この地に転移してきて、各所が無事機能するか試験をしたいのだが、丁度良くワーカー隊が向かってきた。本来であれば外に出て叩き潰すか、引き込んで磨り潰すかなのだが、ワーカー隊のほとんどが茶釜達の知人であり恩人である。そこで連絡を取って、行動の選択をさせたのだ。
「そのまま、何もせずに帰ってもいいし、美味しい御飯を食べて帰ってもいい。ヘッケラン達が選んだ三つ目については……お土産を渡して終わりってのは大盤振る舞いが過ぎるから、ナザリックの迎撃態勢のチェックを手伝って貰う感じで、報酬も兼ねて……というところかしらね。仕事として依頼しても良かったんだけど、今は事情が事情でしょ?」
侵入者……そして挑戦者として入ってくれる方が都合が良い。ワーカー隊にしても、本来の目的は『遺跡』の情報を持ち帰ることなのだから。
また、事前に説明したとおり、多少の怪我人や死人が出ても治癒や蘇生はする。とは言え、ナザリック側も試験やチェック目的で動くので、少しは怖い思いをするかも知れない。
「それに見合った物は用意してるつもり。例えば~」
茶釜は背に手を回す振りをして、アイテムボックスから一振りの短剣を取り出した。それは、剣身が半透明な水晶で出来ており、薄らと白いオーラが立ち上っている。込められた魔力量は微妙だが、転移後世界の武器としては破格の性能だ。これを見たヘッケラン達は目を見開いた。
「こいつは凄ぇ……。魔剣ってやつか?」
「こう言っては何だが、売れば大金になりそうだぞ。ヘッケラン」
「それも魅力
リーダー三人の目が眩んでいる。その様子を見て苦笑した茶釜は、掲げた剣に気合いを込めた。すると、剣身が伸びて長剣ほどの長さとなる。
「とまあ、短剣として使用できるし、長剣にも変化するのよ。おまけに魔法剣だから、威力は高いし……ゴーストなんかも斬れちゃうわね」
更に言えば、立ち上るオーラのエフェクトをオフにすることも可能だ。
「こういったアイテム類を、何カ所かに配置してあるの。それが迷宮の試験運用に付き合って貰う報酬ってわけね。諸事情で金貨とかは置かないけど、良い物を用意してあるから、上手く探し出してゲットしてね~。……で、今からでも、御飯を食べて帰るコースに変更してもいいんだけど……どうする?」
コース変更をする者は誰も居ない。サンプルとして見せられた魔法剣に、皆が心奪われていたのだ。ナザリックとしては、ユグドラシルで売却したとしたら、二束三文にしかならないゴミアイテムなのだが、喜んで頂けているようで何よりである。
(アイテムのチョイス……ブレインやクレマンティーヌ、カジットに相談して良かったわ~。そうそう、デイバーノックにも礼を言っておかなくちゃね!)
王国の犯罪組織、八本指。今では、ナザリックの支配下にあり、主に王国裏社会の統制を担っている。その警備部門の幹部、六腕の一人であり、不死王の異名で知られたエルダー・リッチ……それがデイバーノックだ。人間社会に溶け込めるアンデッドで、転移後世界においては希少な存在である。主にモモンガとタブラが興味を示し、ナザリックまで呼びつけては聞き取りなどしてデータ収集を行っていた。そんなデイバーノックに対する報酬は、最古図書館での魔法書閲覧。それだけで良いのかとモモンガが確認したが、デイバーノックは充分だと言い放っている。以後、彼はナザリックに呼ばれての用事が済んだら、数日は泊まり込んで最古図書館に入り浸っていた。閲覧できる書籍には制限がかかっているのだが、モモンガ達からすれば低レベルの物でも、デイバーノックにとっては神話の書籍に見えるらしい。当人が幸せそうで何よりだが、時折、六腕からの呼び出しによって泣く泣く王都に戻っているようだ。
(六腕というか、八本指から退職したがってるのよね~)
最古図書館の司書長相手に愚痴を言ってるとかで、その情報は、モモンガを始めとしたギルメンの耳にも入っていた。ナザリックとしても、転移後世界の一般常識を知り、対話可能なアンデッド。そのデイバーノックから来る(ナザリックの僕には期待できない)自由な見解や意見。それらは是非とも欲しい。なので、デイバーノックの口からナザリックへの転職の話が出たら、基本的に雇い入れる方向で動くよう、ギルメン間では話がまとまっていた。
「かぜっち」
茶釜がデイバーノックのことを考えているうちに、ヘッケラン達の方で話がまとまったらしい。ヘッケランが不敵な笑みを浮かべながら茶釜を見ている。
「最初はな、疑ってたんだ。話が上手すぎるってな。しかし、かぜっちやペロン、ニシキにバリルベとシシマル。短い付き合いだが人柄は、概ねだが理解したつもりだ。信じるぜ! そして、お宝には期待させてもらおう!」
「こうなったら腹をくくるしかない。恩着せがましいことを言うものではないが、かぜっち達の心意気をありがたく受け取りたいと我は思う」
「稼
グリンガムも、そしてパルパトラも、完全な乗り気となって笑みを浮かべていた。これを受けて茶釜もニッコリ微笑む。
「話は決まりね! じゃあ、さっそく第一階層に降りるわよ~っ!」
心弾むのを隠さず茶釜が拳を突き上げた。しかし、今ひとつヘッケラン達のノリがよろしくない。互いに顔を見合わせているのだ。
「うん? どうかした?」
「あのな、かぜっちよ」
戸惑いながら話し出したのは、グリンガム。彼が言うには、今すぐ出たらエルヤーに追いついてしまうのではないか。そうなると、ナザリック側のお目付役が同行していることについて、何か勘ぐられるのではないか……という、至極もっともな心配があるとのこと。だが、心配御無用と茶釜は笑い飛ばす。
「その辺の配慮に抜かりはないから、気にしないでいいわよ~」
第三階層までの迷宮は、通路の組み替えが自由自在なのだ。エルヤーは後続のヘッケラン達と出会うことなく、奥へ奥へと突き進むことになる。
「とは言え、俺はエルヤーについて行かなくちゃな……」
そう呟き、ベルリバーが応接棟の出口に向かった。彼は密約に参加していないエルヤーに対し、姿を隠して監視を行うことになっている。ベルリバー自身は<完全不可知化>を使用できないものの、そこはアイテム類で補う予定だ。
そうしてベルリバーが一人出て行くと、残った者達も揃って応接棟を出た。その後は、ナザリック地下大墳墓……その第一階層を目指すこととなる。
◇◇◇◇
「第一階層に入りましたね」
「ええ、始まりましたね」
モモンガは楽しそうに頷いた。
「ギルメン多数が居る状況でのナザリック侵入は久しぶりです。しかも、互いに合意の上で……ですから、肩の力を抜いて楽しめそうですよ」
「私やペロロンチーノさんが考案した、アレやアレなトラップも試せますしね! いや~、垢バンが無いって最高ですね!」
続けてタブラが発言し、円卓にはモモンガ達の悪そうな笑いが木霊する。アルベドやアウラも追従して笑っているが、これはモモンガ達が上機嫌なので嬉しくなっているのが笑いの大部分を占めているらしい。
現在、モモンガの対面側の壁付近には、遠隔視の鏡が四基据え付けられている。モモンガ一人だけの頃は、使っても一基だけだった。だが、今回のワーカー隊に対応するには一基だけでは不便だと、ギルメンの私物を持ち出し……三基を追加で用意したのだ。しかも、ナザリック内ということで、第三階層までの各所に音声送受信のアイテムを配置し、それぞれの鏡からは音声が伝わるという拘りようである。
「そういうことをしなくても、遠隔視の鏡を使うだけで通話可能にしたいんですけどね~」
「あまのまひとつさんかウルベルトさんが合流したら、一気に完成形に持ち込めそうですね!」
タブラのぼやきにモモンガが反応すると、タブラとヘロヘロが笑み崩れた。それぞれブレイン・イーターと古き漆黒の粘体なのだが、何となく雰囲気で伝わってくる。
「とは言え、お二人頼みというのも少々情けないので、もう少し頑張ってみますか……」
フッフッフッと笑いながらタブラが言い、それを受けてモモンガとヘロヘロも笑った。と、ここで遠隔視の鏡の一つにてイベントが発生する。弐式が同行するヘビーマッシャーが、第一階層で徘徊するよう配置されたモンスターと遭遇したのだ。
◇◇◇◇
「……第一階層だったか? 地面の下なのに、そこそこ明るいな」
先頭を行く盗賊……の後ろに続くグリンガムが、周囲を見回しながら呟く。通路の奥へは数メートル先まで見通せていた。松明やランタンを用意しなくて済むのでありがたいが、これはこれで不気味だ。見も知らぬ初挑戦のダンジョン。不安を増加させる一因ではあるのだが……。
「ああ、通路が明るいのは、明るさを調節できるからだよ。やろうと思えば眩しいくらいに明るくできるんだぜ?」
最後尾を歩く弐式が得意げに説明するので、雰囲気が台無しである。肩の力が抜けることおびただしいが、一応は有益な情報なのでグリンガムらは特に文句を言わない。と、先頭の盗賊が、何者かの気配を感じて歩くのを止めた。
「歩く音だ。カシャカシャ……って、これ……スケルトンか?」
言っているうちに口調が拍子抜けしたものへと変わっていく。盗賊の言ったとおりスケルトンが出るなら、緊張することはない。斬撃や刺突に耐性があるモンスターではあるが、そこさえ注意すれば殴ったり蹴ったりで倒すことができる雑魚モンスターなのだ。グリンガムら、ヘビーマッシャーの面々は顔を見合わせている。そして、グリンガムが弐式を見た。
「ニシキよ? これが俺達が戦うモンスターか? ただのスケルトンだぞ?」
グリンガムの顔は悪い冗談でも聞いたかのように笑っているが、弐式が「どんどん強くなるから期待していいよ?」と言うと、笑顔のまま顔を引きつらせた。
「時間経過で強くなったりするかもしれないから、慎重すぎるのも良くないかもな~」
「そ、そうなのかぁ!?」
雇い主や同業者に舐められないよう、仰々しい物言いをするグリンガムだが、第一階層に入ったあたりで素の口調に戻している。今の裏返った声などは、完全に素の口調だ。一方、弐式は「さあ?」と肩をすくめてみせた。
「俺、モンスターの配置の担当じゃないし。でも、担当者については知ってるからさ。それぐらいはするかも」
死んでも蘇生するから、気にしないで……と弐式が親指を立てるものの、よく知らない相手の『蘇生の約束』など、あてにはできない。グリンガム達は、暗闇の向こうからスケルトンが姿を見せると雄叫びをあげて挑みかかった。スケルトンを強敵と見たのではなく、弐式が言った『時間経過によるモンスターの強化』を気にしたのだ。早くモンスターを倒せば、その浮いた時間を探索に割ける。その算段から来る速攻だった。結果としてヘビーマッシャーは、出現した五体のスケルトンを粉砕。少し進んだ先の玄室では、ゾンビとスケルトンによる混成部隊との戦闘も発生したが、これも危なげなく撃破した。連勝である。だが、喜んではいられない。弐式の言うとおりならば、時間に余裕は無いからだ。
「いきなり強くなってるじゃないか……。先が思いやられるぞ……」
盗賊だけに任せるのではなく、グリンガムもブツブツ言いながら、玄室の探索を開始している……と、盗賊が声をあげた。
「グリンガム……。木箱だ……」
「おう……」
ガランとした部屋の隅に、大きさとしては数十センチ四方の木箱が置かれている。鍵穴があるところを見ると、施錠されているらしい。面妖なのは、木箱のすぐ後ろ……石壁の腰高のあたりに、羊皮紙が貼られていることだ。盗賊が片眉を上げ、書かれている文字を読んでいく。
「ああ、何々? 『玄室撃破おめでとう。今回のお土産箱は……効果抜群、治癒ポーションを人数分だ。ただし、箱には罠がある。怪我しないタイプだから頑張るように』だとさ……」
盗賊の報告を聞き、グリンガムの眉がひん曲がった。こんな巫山戯たダンジョンは初めてだ。だが、事情や経緯を思い出せば、腕試し感覚で楽しめば良いのではないか……とも思う。
(いや、駄目だ! 出てきたモンスターは今のところ大したことないが、本物だ。この先、何が出てくるかもわからん。気を弛めるべきじゃない!)
軽く頭を振ったグリンガムは、戸惑っている盗賊に歩み寄り肩を叩いた。
「罠があると教えてくれてるんだ。怪我はしないそうだが、そこは注意をして取りかかってくれ……」
「了解だ。任せてくれ!」
そう言って胸を叩き、盗賊が木箱の前でしゃがみ込む。グリンガムと神官、魔術師は後退して出口のあたりで待機だ。弐式はと言うと、ヘビーマッシャーとは少し離れたところで石壁に寄りかかり、腕を組んでいた。当然と言えば当然だが、罠の解除を手伝う様子はない。
そして、数分後……。
「あっ……」
聞きたくない盗賊の声と共に、木箱から白い煙が噴出した。その白煙は、猛烈な勢いで玄室内に充満していく。
「みんな! 玄室から出るんだ!」
グリンガムの指示が飛び、メンバー三人が彼と共に出口に殺到した。だが、入口の扉は固く閉ざされている。
「開かない! 開かないぞ!? グリンガム!」
「よし! どいてろぉ!」
神官の悲鳴を受け、グリンガムが前に出た。盾を背に回し、両手で持った斧を振り上げる。本来であれば盗賊に解錠させるのだが、今は時間が無い。
「うりゃああああ!」
ガツン。
そんな音がしたものの、グリンガムの斧は切っ先すら扉に入っていない。いや、掠り傷もつけてはいない。見た目は木製の扉なのに、常軌を逸した頑丈さである。
「くっ!? でい! おりゃ! ふんお!」
血相を変えたグリンガムが斧を振り回すも、やはり扉はビクともしない。その内、白煙が迫ってきて、グリンガム達は煙を吸引することとなった。
「ぐうう!? ふひっ!? ふひゃは!? ぐはははははは!?」
グリンガムが斧を取り落とし、肩を揺すりながら笑い出す。彼だけではない、盗賊や神官、それに魔術師も笑い出している。
「に、ニシキ!? これは、いったい……」
早くも息も絶え絶えであるグリンガムが聞くと、弐式は<
「笑いガスだってさ? 効果は暫く続くけど、ちょっと休憩って感じでいいんじゃないの?」
「けひっ! ひゃははは! な、なんで、おめ、お前だけ平気なんだ!?」
「ええ~? 俺、忍者だもん。これぐらい平気~」
「ふざけるな~~~っ!! きゃぁあああはははははっ!」
自らを指差して忍者アピールする弐式を、グリンガムは怒鳴りつけた……が、そのまま床に崩れ落ちると、笑いの地獄に埋もれていく。
そして、約十分後。
笑いガスの効果がピタリと切れ、ヘビーマッシャーは全身全霊の笑いから解放された。四人共が玄室の床で大の字になり、未だに痙攣する腹筋を手で押さえている。もっともグリンガムや神官、それに盗賊などは鎧着用なので、直接腹に手を当てることは不可能だ。だが、それでも腹部に手を当てずにはいられなかった。
「ぐぬううう。腹筋に甚大な被害を受けたぞ……」
何とかして身体を起こしたグリンガムに、弐式が「手に入れたポーションを使えば?」と声を掛けたが、グリンガムは「そんな、もったいない事ができるか!」と拒否している。
更に数分が経過し、何とか行動が可能になったところで、グリンガムらはヨロヨロと立ち上がった。最初に取った行動は、入手した治癒ポーションの確認だ。木箱の中には薬瓶が四本。ただし、透明な瓶の中身は、グリンガム達が知る青色ではなく赤色となっている。
「赤い色? 誰か、見たり聞いたりしたことはあるか?」
「いや……」
グリンガムの問いに対し、神官が首を横に振った。
毒かも、という疑念が湧き上がるが、ここは普通のダンジョンではない。自分達にはダンジョン管理者の一人が同行しているのだ。瓶を一つ手に取ったグリンガムは、仲間三人と顔を見合わせていたが、やがて少し離れたところで立つ弐式を見た。
「効能について質問をしても?」
「それぐらいなら……良いかな?」
弐式は少し考えたが、すぐに自分の判断で情報開示を始める。
「ええとだな、良く知られてる青色ポーションよりも効果は上だ。即効性で、飲んでも掛けても効き目が出る。あと、劣化しない」
「劣化しないだと!?」
グリンガム達は、グリンガムが持つ薬瓶を見直す。手に握られた薬瓶の中で、赤い液体が揺れていた。見た目には血液にしか見えないのだ。だが、それは通常のポーションよりも上の効果を有するらしい。
「おお……」
グリンガム達の胸に、小さなものであったが達成感が生じた。
「くくくっ。これで多少の怪我をしても大丈夫だな。その場で戦線復帰できるぞ!?」
「それだけじゃないぜ、グリンガム! 都市の薬師に売ったら、高く買い取ってくれそうだ!」
盗賊が声をあげ、グリンガムらは「それがあったか!?」と、どよめいた。
「よぉし! この調子で第三階層とやらまで突き進む! 老公やヘッケラン達に負けるんじゃねぇぞ、お前ら!」
瞳に金貨が浮かんでそうな顔つきのグリンガムが叫び、チームメンバーが「おう!」と答える。その様子を、弐式は何度も頷きながら見ていた。
(見ていると初心を思い出すな~。俺も、そろそろ冒険者組合で依頼受けて冒険したいかも……)
正直、接待ダンジョンアタックに関しては、ワーカー隊の扱いを決めた頃は大盤振る舞いかな……と思ってたのですが、ワーカーらに事情を説明したことで割りと良い感じで話が組めたかなと思います。
やはり茶釜さんとの縁があったことと、ガイドさん役に茶釜さんも出たことが大きかったかな~と。
ちなみにエルヤー以外では、グリンガムが割りと危ない感じでした。会話の流れによっては、弐式さんを無視して暴走したりしたかもなのです。危うく、二次創作なのに黒棺行きになるところでした。
あとパルパトラの台詞のルビ打ちがキツい。(笑
アニメ準拠で普通に喋らせれば良かった……。
茶釜さんがサンプルとして見せた短剣は、原作でアインザックがモモンガさんから貰った短剣をモデルにしています。本作版の方がチョッピリ性能は上なのですが、白っぽい見た目とオーラの点で、原作の物より人気と取引価格は下という設定。
垢バン無いのでエロトラップの制限は無い……のですけど、アルシェやイミーナが、その対象になるかは未定です。感想の反応次第かな~……。
しかしですね、エロトラップが女性ワーカー相手に発動すると、色んな意味でタブラさんやペロロンチーノさんが危ないのです。……主にペロロンさんの命が危ないのかな~。
ワーカー編は、場所がナザリック内なので、ギルメンの集中運用が描きやすく、書いてて楽しいです。とはいえ、ダラダラ続けても良くないので、それぞれに見せ場を設けるぐらいで留めようかとも考えています。
次の土日は27日と28日か……。
投稿できるかなぁ……。
とか言って、キー打ちのノリが良かったので、73話については、一部書き進めてたりするんですけど。
今日明日の雨で職場呼び出しがあるかもなので、この土日での進捗は厳しいかな……。
それとコメントで御指摘頂いたので、タグと『あらすじ』にハーレムについて記載しています。たまに恋愛要素を盛り込んでるだけで、そんなにハーレムを意識した書き方はしてないつもりだったのですが。
……人化するとかも、タグに書いておいた方がいいですかね?
<誤字報告>
Othuyegさん、Mr.ランターンさん、D.D.D.さん、佐藤東沙さん
毎度ありがとうございます
今回の72話は、忙しい中で書いたせいか、2箇所も『戦闘を行く盗賊』とか書いてまして。もう眼が~……書き上がり時は、いつも疲れ目で涙が出るんですな……。