オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第74話

 ナザリック地下大墳墓、第三階層。

 その最奥で、エルヤー・ウズルスが駆けている。抜いた刀を両手で持ち、大きく振りかざした姿は抜刀突撃と言って良い。スライドするかのような挙動で距離を詰める武技<縮地改>を使える彼だが、この時は相手を舐めており、普通に駆けていた。

 しかし、その相手というのがナザリックの支配者の一人、ベルリバー。大喰らいの異名を持つ魔法剣士で、一〇〇レベルのユグドラシル・プレイヤーだ。本来は六本の腕に、錫杖やメイスなども持つスタイルだが、この時は赤い剣身の両刃剣を左上段の手に持っているのみ。これはエルヤーのように相手を舐めているのではなく、彼我の戦力差を正確に把握していることによる。

 

(本当は、剣もいらないぐらいなんだけどな……)

 

 ベルリバーは、弱い者イジメをしているような気分になったものの、今更止めるわけには行かない。エルヤー・ウズルスについては、街道でワーカー隊に合流してからの言動をずっと見てきた。チームメンバーの女エルフらに対する、殴る蹴るの暴行。まったくもって見るに堪えない。ワーカーチームのナザリック侵入後は、ここまでアイテム効果で姿に音、気配まで消しながら尾行していたが……その間にも理不尽な暴力行為が幾度もあって、何度止めに入ろうと思ったか解らないくらいだ。

 異世界転移をして異形種の身体となったプレイヤーは、人間やエルフに対する同族意識などを喪失する。そうなるはずだ……と、モモンガ達から聞かされていた。実際にそういう感覚はあると、ベルリバーも認識している。しかし、身についた人化能力を行使していたので、今のところは人間寄りの感覚を維持できていた。

 

(ここにはモモンガさん達も居るしな。人づきあいする以上、人としての心は大事だよ。異形種……モンスターみたいになるのは嫌だもの。それにぃ、ゲームの悪役や……元の現実(リアル)での権力を振りかざす阿呆共みたいになるのは真っ平御免だ)

 

 こういう心根の持ち主だからこそ、元の現実(リアル)では巨大企業の不正を探っていたのだし、反政府活動を行うウルベルトにも協力していたのである。そんなベルリバーから見たエルヤーは、人として完全にアウトだった。転移後世界的に正規の手続きを踏み、対価を支払って購入した奴隷だろうが、女エルフ達に対する遇し方は見ていて吐き気がする。これがエルフではなくて、オーガやゴブリンであっても似たような気分になったろうが、天武の女エルフ達は美人揃いだ。その彼女らが殴られたりされる様を見るのは、本当に我慢がならない。

 

(俺の独りよがりの我が儘だけどさ……。気に入らないものは気に入らないんだよな~)

 

 考えているうちにエルヤーの刀が振るわれ、その切っ先が剣を持つ右上段腕の二の腕あたりに命中した。と言っても、ベルリバーがダランと下げた腕をそのままにしていたので、狙った部位に当たっただけなのだ。が、その切っ先がベルリバーを傷つけたかと言うと、掠り傷一つ付けてはいない。何故なら、くすんだ赤い肌には口があり、その牙がエルヤーの刀を咥え取っていたからだ。

 

「な、何ですか、その口は……体中に!?」

 

 エルヤーは目を剥き力一杯に刀を引く。だが、ビクともしない。

 

「ぐっ、くっ! この! 汚いですよ!」

 

「ああ、なるほど。他人様の大事な物を咥えるってのは良くなかったな」

 

 人で言う頭部付近の口にあたる位置。そこに配置された口で発声したベルリバーは、腕部の口を開いて刀を放した。これによりエルヤーは、力一杯引いていた反動で大きく後ろに仰け反る。が、そのまま武技<縮地改>を発動して距離を取った。そして刀を右手だけで持ち、空いた方の左手甲で顎下の汗を拭う。軽く背を曲げ、いつでも飛び退けるようにしているあたり、今の仕草と相まって格好良く見えていた。……が、この場で見ている者……ベルリバーや女エルフ達からの反応は皆無だ。

 

「ふ、ふふん。話が出来るモンスターだとは驚きました。その剣と鎧、値打ち物と見ましたが……それを差し出せば、帰って貰っていいですよ? 見逃してあげます」

 

「……はあ?」

 

 エルヤーの言いぐさを聞いたベルリバーは、呆気に取られる。たった今、斬撃を口一つで防がれた男が言う台詞だろうか。それとも、ベルリバーが把握できていない実力を、エルヤーが隠し持っているのか……。

 

(聞いた話じゃ、建御雷さんの子分の……ブレインって奴と、どっこいのレベルらしいんだけどな~)

 

 レベル五〇を超えていないのは確実で、エルヤーの何を持ち出してもベルリバーに勝つのは無理だと判断できる。ベルリバーは、溜息をつくとエルヤーに話しかけた。

 

「エルヤーだったか? 侵入してから、ずっと観察してたが……。お前、ひどいもんだな」

 

「なにぃ?」

 

 いきなりの駄目出しに、エルヤーの顔が怒りで歪む。

 

「お前、チームリーダーだってのに、連れの女の子を怒鳴りつけるのは当たり前……殴る蹴るで言うこと聞かせるとか。男の風上にも置けない奴だって話さ」

 

 ベルリバーにとって、権力で無理を通し、好き放題するというのは唾棄すべき行いだ。喧嘩相手や戦争相手にするならまだしも、仲間の女性に対して行われるそれは、絶対に見過ごせない。

 

(こんなの、たっちさんやウルベルトさんが見たら興奮して暴れてたかもな……)

 

 言いたいことを言って「俺が言いたいのは、そういうことだ」とエルヤーを指差す。しかし、エルヤーは一瞬呆気にとられた後で吹き出した。

 

「お、女の子っ!? これは奴隷、それもエルフですよ!?」

 

「これって、おま……」

 

 エルヤーの言いたいこと、そして吹き出した理由は何となく想像が付く。しかし、美人女性を三人掴まえて『これ』呼ばわりというのは、ベルリバーの想像を超えていた。それまで保っていた、元の現実(リアル)での社会人としての忍耐……それが弾け飛ぶのを感じる。

 

「……モモンガさん」

 

 ベルリバーは右上段の手指をこめかみに当てると、<伝言(メッセージ)>を発動した。

 

「モモンガさん。事前に確認しましたが……もう一度だけ聞きます。こいつ、殺していいんですよね? いや、俺の好きにしていいんでしたっけ?」

 

『他のチームも見放しているようですし、問題なしです。あの、ベルリバーさん? 暴走……してないですよね?』

 

「大丈夫ですよ……」

 

 脳内で聞こえるモモンガの声が不安そうなので、ベルリバーは一言のみ返事をする。その後で頭が冷えるのを感じたが、その冷えた頭で得た情報を再確認してみた。

 

(エルヤーにとっての女エルフ……奴隷は、一応、正当な対価を支払って入手した資産だ。しかし、エルフの様な『人間ではない』奴隷は、物扱いする主が居たとして、嫌な目で見られることはあっても、それを止める奴はそうそう居ない。なぜなら主の所有物……資産だからだ。人が所有物で、資産ねぇ……馬鹿じゃねぇの?)

 

 とは言え、それを気に入らないからと、エルヤーを殺して奴隷解放しても良いのだろうか。ベルリバーの思う筋論では、駄目なような気がする。しかし、外部で通りすがりに見かけただけならともかく、ここはナザリック地下大墳墓。自分達の領域だ。それも排除すべき侵入者として、エルヤーはベルリバーの前に立っている。態度も悪いし攻撃的でもあった。

 

(うん、やっぱ好きにしていいよな)

 

「モモンガさん。殺すとこまでやった時は……死体の回収を頼みます」

 

 このままバッサリ斬り殺しても良いが、エルヤーには他の死に方をさせてみたい気もする。ベルリバーは左上段腕で持つ剣を握りしめた。と、ここで戦いの高揚感以外の感覚が彼の内側から湧き出してきた。

 

(腹が減ってきたな……。こんな空腹になるほど、飯食ってから時間経ってたっけ? 獲物が目の前に居るからって……獲物!? エルヤーは人間だろ!?)

 

 いつの間にか目の前の剣士を『食料』だと認識していた事に、ベルリバーは寒気を覚える。そして空腹を感じるのは腹部だけではない。全身各所の口が「何か喰わせろ」と騒ぎ立てているのだ。それらの欲求、食の催促はベルリバーの脳を激しく揺さぶっていた。

 

(う~お~……やべ~、やべ~って。おっかねぇ!? これが異形種ゲージが溜まるってやつか? 俺の種族だと、こんな感じになるんだな~。自重、自重。さて……と)

 

『ベルリバーさん?』

 

「ああ、いえ、何でもないです。じゃあ、通話を切りますね」

 

 モモンガの声に努めて朗らかに答えたベルリバーは、様子を窺っているエルヤーに話しかけた。これから言うことは、最後通告であり、人としてのベルリバーが果たす……最後の義理立てのようなものだ。更に言えば、エルヤーを食料として認識したことでショックを受け、血なまぐさい行動から逃れようとしたのもある。

 

「待たせたな。さっき試して解ったろうが、お前の腕前じゃあ俺は倒せない。今日までの行いを反省して、そこのエルフの娘らに対する扱いを良くすると言うのなら……まあ、このまま帰ってくれてもいいかな?」

 

 おそらく無駄だろうと思いつつ言うが、案の定、無駄だった。エルヤーは左手に持った刀の切っ先を下ろすと、肩を上下に揺する勢いで笑い出したのである。

 

「へほっ!? はっはっひゃ! これは傑作だ。私の実力を見切ったつもりで居るとは……口が利けると言っても所詮はモンスターですか。それに、何です? 奴隷共の待遇を良くしろとか……アレですか? たまに奴隷共が可哀想だとか、口出ししてくる馬鹿が居ますけど、まさかモンスターがねぇ……。言っておきますが、この三人は私の『お古』ですよ? いえ、惜しんでるわけじゃなくて、他の男の使い古しなんて願い下げでしょ? 帝国の帝都でやってる奴隷市で、新品を買った方が良いんじゃないですか? もっとも……」

 

 そこまでベラベラ喋っていたエルヤーの表情が、嘲りの愉悦で歪む。

 

「その化け物然としたなりで、帝都を歩けるとは思えませんけどねぇ! 逆に捕獲されて見世物小屋に入れられるのがオチですよ! あははははっ!」

 

 エルヤーは「言ってやった!」的な達成感でもあるのか、ご機嫌な様子だ。一方、ベルリバーは怒るより先に呆れ、今は冷たい目でエルヤーをジッと見ている。

 

(人が仏心……と、気分転換の気まぐれで逃がしてやるって言ってんのに……。何処までボンクラなんだ……)

 

 そこに<伝言(メッセージ)>が飛んできた。無言で右手の指をこめかみへ当てると、モモンガの声が脳内で鳴り響く。

 

『ベルリバーさん! もう我慢できません! 今からヘロヘロさん達とで行きますから!』

 

「一人で大丈夫です」

 

 一言言って<伝言(メッセージ)>を切ったベルリバーは、顔をしかめた。どうやらモモンガの笑って済ませるレベルを超えたらしい。

 

(俺相手の悪口とは言え、あの気の良いギルド長を怒らせるなんて……。あ~……ギルメンの事だと、モモンガさんは怒るか……)

 

 ベルリバーは、おもむろに一歩前に出た。事ここに至って、エルヤーを生かして帰す気は毛頭ない。ここまで感じていた、『仲間のワーカーチームに見捨てられ、密約に交ぜて貰えない』ことに関しての気の毒さも、今では綺麗さっぱり消し飛んでいる。

 

「俺は魔法剣士だ」

 

 そう切り出すと、一歩進んだベルリバーを見て身構えていたエルヤーが片眉を上げた。

 

「自己紹介ですか?」

 

「これから起こることの事前説明さ。と言っても、お前なんかは剣だけで十分、魔法を使う必要もないって話なんだが。言っておくけど、実力の計りそこないや自惚れじゃないぞ? お前と違ってな」

 

 エルヤーの額に血管の筋が浮く。ベルリバーは、街道移動中のエルヤーを見ているので解っていたが、やはり煽り耐性がない。と言うよりも、煽った相手から反撃されることに対して耐性がないと言うべきか。

 

「まず、お前の最強の技を先に出させてやろう。エルフの()らから支援魔法とか、かけて貰ってもいいぞ? で、それを歯牙にもかけない俺は、お前の身体のあちこちを斬って最後に倒す。そこで死んだ方がマシかもしれんが、死ななかったら……もっと酷い目に遭う。そういう段取りだ。わかったか?」

 

 言い終えたベルリバーは、エルヤーの反応を待ったが、エルヤーは歯茎を剥き出しにして歯を食いしばり、唇を震わせている。そして、戦い慣れしていない者が見たら卒倒しそうな視線をベルリバーに向けながら吐き捨てた。

 

「よ~く理解できました。あなたが身の程知らずの愚か者だということがね! お前達! 何をボサッとしている! 支援魔法を寄越せ!」

 

 エルヤーが、ベルリバーから目を離さないまま叫ぶと、後方のエルフ達は怖ず怖ずと手を伸ばし、魔法を発動させる。エルヤーが言ったとおりで、肉体能力上昇等の支援魔法ばかりだ。魔法の種類に関しては先程よりも多い。ワーカーチーム天武の最強技と言ったところだろうか。肉体強化魔法の効果のせいか、体格が一回り大きくなったように見えるエルヤーが得意げに叫んだ。

 

「先手を譲ると言いましたね!? しかも最強の技を出せと!? 私という強者を見て、恐れを感じない無神経を! 死んだ後で後悔することです! 武技! <能力向上>! <能力超向上>!」

 

「へ~……武技って、能力向上ってのもあるんだ? 字面どおりだとしたら、覚えたいもんだな~」

 

 この時点のベルリバーは、ブレインやクレマンティーヌの存在は聞かされていたが、誰がどのような武技を使うかまでは知り得ていない。しかし、ブレイン達は転移後世界の基準では強者らしいので、<能力向上>について知ってるかもと、ベルリバーは当たりをつけている。後日、クレマンティーヌが<能力超向上>まで会得していると確認したベルリバーは、彼女から教えを請うことになるのだが……。

 

「<縮地改>!」

 

「おっ?」

 

 考え込んでいる間にエルヤーが仕掛けてきた。 

 スライドするかのごとく距離を詰める武技、<縮地>。それが、左右への動きも可能となったのが<縮地改>だ。ヘビの様な動きで攪乱しつつ、常人では瞬間移動と感じるほどの速度で距離を詰めてくる。突き出された切っ先は、装甲がない頭部を標的としている……が、ベルリバーからすればスローモーションだ。頭を右に傾けて、切っ先をスルリと躱そうとする。しかし……。

 

(……おい。まだ顔の近くにも来ないのかよ。……トロくせぇな)

 

 支援魔法を受けたエルヤーが、渾身の力を込めて繰り出した突き。それが中々に到達しない。咄嗟に高速思考へ移っていたベルリバーは苛ついたが、ここで口の端を持ち上げている。それはメコン川のニヒルな笑みに似ているものの、大きく違う点があった。

 

(そうだな。この人でなし野郎の、泣きっ面を見てやるか)

 

 相手をいたぶりたい。

 そういった感覚が、今の笑みには込められているのだ。これは普段のベルリバーからすると有り得ない思考だが、それほどまでに異形種化による精神の異形化が進行していると言える。

 

(って、だ~っ! またか!? 精神安定化のアイテム、役に立ってないんじゃないか!? 自重! 本っ当に自重だ! 俺!)

 

 歯を食いしばって剣を振るうと、エルヤーの刀は刀身が数センチ単位でバラバラになり、足下の石畳に落ちていった。

 

「あっ、ええっ!?」

 

 ブーツ底の鋲で火花を散らしながらエルヤーが急停止する。ほんの数センチの刀身を残すのみとなった刀と、足下に散らばる鉄片。それらを交互に見る仕草が滑稽極まる。

 

「い、今の一瞬で、何回斬りつけたと……」

 

「あ~、いかん。いかんな~」

 

 ブツブツ呟きながらベルリバーは前に出た。押されるようにエルヤーが後退するが、ベルリバーは相手が後退した分だけ歩を進めていく。

 

「転移してから思ってたけど……。俺、メコさん達と比べたら変になるの早くね?」

 

 言いつつ剣を振るうと、エルヤーの左上腕がスッパリ裂けた。切断したわけではないし傷も浅いが、当然痛みを感じるわけで、エルヤーは「ひぎぃ!?」という情けない声をあげている。  

 

「俺だけ何かあるのか? そういやモモンガさんも、アンデッドだからヘロヘロさんより状態が悪くなるの早いとか言ってたし~……。種族特性に関係が……あ~……」

 

 思い当たることがあったので、ベルリバーはエルヤーの右足の甲に剣を突き立て、すぐさま引き抜いた。これにより、エルヤーは石畳に足を縫い止められこそしなかったが、後退する速度が目に見えて低下する。

 

「痛い、痛いいいいっ!? お前達! 何をしてる! 回復を寄こせっ!?」

 

 先に斬られた左上腕部の傷を刀を持ったままの手で押さえながら、エルヤーが叫ぶ。しかし、エルフ達は魔法を行使しない。青い髪の神官と金髪の森祭司。回復魔法の使い手が二人居て、二人ともが何の支援も行わないのだ。それどころか、命令されたのに返事すらしようとしない。エルヤーが鼻水垂らした泣き顔で振り向くと、後方の女エルフ達は……ニヤニヤと笑っていた。主であるエルヤーが負傷し、助けを求めているのにである。

 

「お、お前達……」

 

「暴食か~……この口が沢山の身体って、メリットもあるけどデメリットもあるものな~」

 

 言い終わりに剣を振るい、それによってエルヤーの背には斜めの切れ込みが入った。背骨に損傷を与えない程度の傷なのだが、エルヤーは今度こそ刀を放り出し、背に手を回しながら石畳上を転げ回る。

 

「いぎぃいいい! あぎぃいい!」

 

 その様子を興味なさげに、しかし一応は確認しつつ、ベルリバーは左上段腕で持った剣を肩に担いだ。そして、右手で指折り数えだす。

 

「精神の異形種ゲージと、発狂ゲージだっけ? そこに俺の種族デメリットが乗っかるのか……。うわ、精神安定化のアイテム、マジで今持ってる一つだけだと足りなさそう!」

 

 似たような状態のアンデッド……モモンガは、精神安定効果のある指輪一つで事足りているらしい。この差は何なのか。アンデッドと生者の差だろうか。

 

「これは検証が必要ですね!」

 

 タブラのウキウキ声が聞こえたような気がしたが、<伝言(メッセージ)>は来ていないので幻聴だろう。ベルリバーは軽く頭を振り、注意を女エルフ達に向けた。エルフらはニヤニヤしていたが、ベルリバーの注意が自分達に向けられたと察したらしく、三人で身を寄せ合って震えている。倒れてのたうっているエルヤーに対し、もはや『仲間』としての行動に出る気はないようだ。ベルリバーは、続いて泣き叫んでいるエルヤーを見て、左足太股にも切れ込みを入れる。さらには右手……こちらは手首から先を斬り飛ばした。

 

「お~い、そこのエルフ達。もう勝負ついた感じだけど、どうする? 君らだけで俺と戦うか~? それとも、これを持って帰る? 俺は、どっちでもいいよ~?」

 

 ベルリバーとしては、女性エルフらに対する扱いが気に入らなかっただけで、彼女らを殺すなどとは考えていない。ただ、エルヤーが駄目になっている現状、彼女ら自身に身の振り方を考えさせようと思ったのだ。

 

(綺麗な女の人がヒドイ目に遭ってるのを助けたい。そう思う気持ち、あるんだよな~……異形種化してても人の感覚が残ってて一安心だ)

 

 精神安定系のアイテムは今一つ頼りないが、それでも持っていなければ、今この瞬間に感じている気持ちもどうなっていたかわからない。一方、女エルフ達はと言うと、互いに顔を見合わせ、ベルリバーを見た。三人を代表してか、青髪の神官が口を開く。

 

「あ、あの……よろしければ、ウズルスの処分をお願いできますか?」

 

 恐る恐るといった風ではあるが、はっきりとエルヤーの処分を申し出てきた。他の二人は……とベルリバーが見たところ、同意するように頷いている。

 

「構わないのか? チームの仲間で主人なんだろう?」

 

「確かに同じチームですが、『仲間』なんかじゃないですし、『主人』としては最低です!」

 

 神官の顔が、嫌悪混じりの怒りで歪んだ。つまりは、それほどの扱いを受けてきたということなのだ。敢えて追及しないことにしたベルリバーは、「そうか」とだけ呟いてエルヤーを見た。

 

「<麻痺(パラライズ)>」

 

 かけた魔法は、転移後世界でも知られている程度の位階魔法だが、全身各所を負傷しているエルヤーには気を張って抵抗することなどできない。あっさりと麻痺状態になり、小刻みに震えるのみとなる。元々、ベルリバーの攻撃によって四肢を負傷し、身動きができなかったのだが、喚き続けられるのは鬱陶しいと感じたのだ。

 

「まあ、なんだな。日頃の行いのツケってやつか? 良い勉強になっただろ? まあ、学べたとしても後日に活かす機会はないだろうけどな」

 

 エルヤーが目だけで睨んできたが、それが彼にできる限界でもある。ベルリバーは鼻で笑い飛ばすと、エルフ達に歩み寄った。エルフ達は少し怯えたようだが、エルヤーの速さを歯牙にも掛けなかった戦いぶりを目の当たりにしたせいか、逃げる様子はない。

 

「じゃあ、あそこで転がってるウズルスは俺達の方で処分しておく。君らは、どうする? このまま第三階層の最奥を目指すか?」

 

「わかりません……」

 

 青髪の神官は所々つっかえながら答えた。彼女たちはエルヤーの命ずるまま、彼に同行していた。自分達では、何も判断できない……と。

 

「先程の戦い……で、ウズルスを見捨てたのは、彼から逃れられること……彼が酷い目にあうことの喜びが……大きかったからだと思います。でも、自分達では生きている彼に手を出すことはできないんです。その……怖くて……」

 

 エルヤーに買われ、振るわれ続けてきた暴力。そして陵辱によって心折られて、主体的な判断力が摩耗しているのだ。

 

(なるほど……)

 

 石畳上で転がるエルヤーを目の端で捉え、ベルリバーは思う。こいつ……新たな情報が入る度に屑度が上昇するな……と。そんな屑は取りあえず放置し、ベルリバーはエルフ達のことを再考した。本来、エルヤーをブチのめすか殺すことができたら、ベルリバーとしては満足なのだ。虐げられていたエルフ達も、自由の身となって思い思いの行動を取るはず。万事めでたし。そうなるはずだった。だが、今聞いた話だとエルフ達は、この先どうして良いか解らないらしい。

 

(外に出て数日も経ったら、気持ちが落ち着くんじゃないか? でも、その前に野盗とかに捕まってしまうか、変な奴に騙されそうかも……。……駄目だ、心配だ……)

 

 目の前に居る三人がムサいオッサン揃いなら、もう少し心配の度合いが小さかったかも知れないが、美人三人と来ては……。

 

(ペロロンさんのことを悪く言えないか? いや、俺のは下心だけじゃなくてな~……)

 

 理論武装を図ろうとするが、そういう事に頭を使うのも面倒な気がする。最終的にベルリバーは、難しく考えることをやめた。

 

(もうイイや。俺の責任で面倒見ちまおう)

 

 第九階層には空き部屋があったはずだし、それが駄目なら、茶釜に頼み込んで第六階層の森林に住まわせる手もある。そう言えば、ナザリックの外に来客応対用の建物もあった。

 

「君ら、暫くここに居ろ。それがいいと……俺は思うんだが……」

 

 暫く……そう、暫くは自分やブルー・プラネットらで作った温泉にでも浸かって、ノンビリする。そのうち気も楽になって、前に向かって歩いて行けるだろう。

 

(適当すぎるかな? でもな~、俺って一度思い込んだら、後先考えるの面倒なんだよ。危ない思いして巨大企業の情報探ってたけど、保身のこととか考えるの面倒だったし……)

 

 ユグドラシルのゲーム中は、割と考えて行動していたが、あれは周囲にかかる迷惑を考慮していただけだ。楽しく遊ぶためのゲームで、友人に不快な思いをさせるなど、ベルリバーの良心が許さない。ただ、自分一人の事となると、あまり後先考えなくなる。それは悪い癖だとメコン川にはよく言われたが、結局のところ、転移後世界に来た後も性根に変わりはないとベルリバーは思っていた。

 

(生き方や性格なんて、そうそう変えられないしな……)

 

「っと、そうだ。こういう事はモモンガさんに相談しないと!」

 

 エルフ達に待つよう言い、ベルリバーは<伝言(メッセージ)>を始める。

 

「モモンガさ~ん……。御相談がありまして~……」

 

 第一声から腰が低い。それもそのはず、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は、社会人かつ異形種限定のギルド。外部の者を引き入れる……例えば今回のようなケースだと、社会人の件は大丈夫だとして、エルフは異形種枠でないためアウトなのだ。ゲーム時代のギルドルールを異世界転移後でも厳守するとは思わないが、ルールはルール。他のギルメンに、それもギルド長のモモンガには相談しておくべきだろう。

 

(断られたら、カルネ村ってところへ行って貰うしかないかな……)

 

 考えてみれば、それが一番のような気もするが、では何故、ナザリックでの預かりを最初に考えたのか。ベルリバーは、モモンガからの応答を待ちながら「あれ?」と小首を傾げた。

 

(……精神疲労のリハビリには最適だろうけど……。……あ~、外の人にナザリックを自慢したいとかあったかな……。うわ、俺、ガキ臭い……。いや、どうなんだ?)

 

 かつては引退して後にしたナザリックだが、その内部の作成には大きく関与している。それを外部の人間に見せびらかしたいという気持ちは確かにあった。そういった気持ちは、自分だけでなく他のギルメンにも大なり小なりあるはずで……自分だけが子供っぽいのではない。そう開き直っていたところへ、モモンガからの応答があった。

 

『御相談とは何ですか~。ベルリバーさ~ん』

 

 声が笑っている。

 ベルリバーは「そういや、見てるんだっけ……」と口の中で呟いてから、天武のエルフ達を引き取る。あるいは、暫くナザリックで滞在させられないか相談してみた。

 

「やまいこさんの妹さんの、あけみちゃんの例もあるし……。難しいとは思うんだけど……」

 

 ギルメンのやまいこ。彼女の妹がエルフでアバターを作成しており、それを理由にギルド入りできなかった事例がある。それを持ち出した上で、曲げて頼めないか……と言いかけたが、それより先にモモンガが『ベルリバーさんが責任持ってくれるなら構いませんよ』と言ってきた。

 

「え? いいんですか? でも、ギルドルールは……それに、他のギルメンの意見も聞かないと……」

 

『もうゲームじゃなくて現実ですし、臨機応変ですよ。他のギルメンの了承という事でしたら、さっきベルリバーさんがエルフ達を誘ってるときに、俺が<伝言(メッセージ)>して協議しておきました。全員一致でエルフ達の受け入れに賛成です。さっきも言ったとおり、ベルリバーさんに責任持って貰いますけど』

 

 例えば、費用の発生する部分はベルリバー持ちということだ。

 ベルリバーは呆気に取られていたが、やがて一息ついてから礼を述べる。

 

「ありがとう、モモンガさん。しかし、行動が早いですね……」

 

『いや~……ギルメンの春が立て続けとあっては、ギルド長として尽力せざるを……』

 

「いや、そんなんじゃないですから」

 

 こんにゃろう、変な気の回し方を……と抗議しかけるも、ベルリバーは思い止まる。今、モモンガは気になる事を言った。ギルメンの春が立て続け、とは何のことか。ベルリバーに関しては気の回しすぎだと思うが、自分の他にも誰か『春』……異性関係で何かあった者が居るのだろうか。

 

「モモンガさん? 俺の事は誤解ですけど、他に誰か……何かあった人が居るんですか?」

 

『メコン川さんですよ』

 

「メコさんが!?」

 

 驚きつつ確認すると、友人のメコン川がフォーサイトの魔法詠唱者(マジックキャスター)、アルシェと良い雰囲気らしい。街道移動中、妙に懐かれているなと思っていたが、まさかそんな事になっているとは。

 

「そうですか。ルプーがモモンガさんの方へ行っちゃったので、心配してましたが……」

 

『うぐっ!?』

 

 ギルド長の呻き声が、妙に心地よく聞こえる。そのことで幾分気が晴れたベルリバーは、エルフ達に目を向けつつ話を続けた。

 

「まあ、ともかく……エルフ達の件については礼を言いますよ。まずは、お客さん待遇って事で……第九階層に部屋を用意してあげていいですかね?」

 

 駄目なら外部の建物か、それも駄目となると結局はカルネ村行きだが、モモンガは構わないと言う。どうやらナザリックを見せびらかしたいという気持ちは、モモンガにもあったようで、ベルリバーの推察は当たっていたようだ。

 

『単に保護するだけならともかく……いや、ゴホンゴホン。何でもないですとも!』

 

「だから俺は違うって……ああ、もういいです。彼女らがナザリックに居たいって事になったら、このまま自分の部屋に行って……適当な空き部屋に案内するかな。そうでなかったら、ええと……カルネ村ってところに連れて行きますね! あと、エルヤーの回収もよろしく! それじゃ!」

 

 バツの悪い事、この上ない。<伝言(メッセージ)>を切ったベルリバーは「んも~」とムクれたが、寄り添うようにして様子を窺っているエルフ達に向き直った。

 

「一応、ここの親分には話を通したけど。どうするんだっけ? ここに留まって俺の……ええい、俺の世話になるか? それとも外の何処かへ行くか? 返事は……」

 

 そこまで言ってから、ベルリバーは頭を抱えた。

 勝手に話を進めて返事を急かすというのは、彼の趣味ではない。頭頂部を上段両腕でワキワキ揉みながら、ベルリバーは言う。

 

「もう、取りあえず俺の部屋に行くか……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ベルリバーさん狼狽えてましたね~。まあ、人間じゃないからって奴隷にするだの暴行するだのとか、気分が悪いですから。あれで良かったんじゃないですか?」

 

 ブルー・プラネットが遠隔視の鏡を見ながら、呟いている。まったく同感だとモモンガは思った。

 

「あのエルフらに関してはベルリバーさんに一任で良いでしょう。部屋に連れて行くと言ってましたが……」

 

 この先、エルフ達がナザリックの客で在り続けるかどうかは、それこそベルリバー任せだ。ベルリバー自身も言っていたが、エルフ達が望むのであれば、カルネ村に行かせても良いし、何処か好きなところへ行ってくれてもかまわない。

 

「後で、ベルリバーさんから報告があるでしょう。さて……残るワーカーチームは三つになりましたね」

 

 モモンガは、話題を他のワーカーチームの現状に変えた。現在、円卓の壁に備え付けられた遠隔視の鏡四基のうち、ワーカーチームが映っているのは三基だ。

 

「天武が脱落したとなると、第一階層の最奥に一番近いのは……どのチームでしたっけ?」

 

「ヘビーマッシャーでございます。ヘロヘロ様」

 

 ヘロヘロの呟きに答えたのは、四基並んだ遠隔視……その鏡の向かって左端で立つデミウルゴス。恭しく一礼したデミウルゴスは、各ワーカーチームの現在地について解説を始める。

 

「現在、ヘビーマッシャーはリーダーの意向により、駆け足に近い速度で移動中です。ジョーク罠が多く、殺傷能力がある罠の場合は事前告知がある事で、多少乱暴に進んでも大丈夫と判断したようです」

 

「フッフッフッ。第二階層からは本気罠が増えるのだがな……。まあ一部の罠は、やはり事前告知するけど」

 

「そして、他の二チームですが……」

 

 モモンガが呟き終えるのを待ち、デミウルゴスが解説を再開した。次に名前が挙がったのはパルパトラの竜狩り。このチームは堅実に玄室を一つ一つ攻略しているので、ドアを蹴破って入って行くヘビーマッシャーよりは進行速度が遅い。それはフォーサイトも同じなのだが、通路操作によって二つのチームが合流しないよう調整がされていた。

 

「なるほど。次の第一階層最奥への突入は、ヘビーマッシャーか。……建御雷さんは?」

 

「ベルリバー様が移動しましたので、すでに最奥部にて待機済みでございます」

 

 つまりは予定どおりに進捗中ということだ。

 今回の迎撃計画、第一階層最奥で防衛するのは本来、ベルリバーの役回りではない。エルフ達の扱いにキレかけた彼が、モモンガ達に<伝言(メッセージ)>で頼み込み、第一階層最奥の広間を借りてエルヤーを始末しただけの事。真の防衛役は、凍河の支配者コキュートス。そして、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のザ・サムライこと、武人建御雷なのだ。 

 




今回仕事で色々ありすぎて大不調……。
諸々、後で手を入れます。
第75話は二週間後かも知れません。
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