オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第75話

「それで……エルフ達に懐かれたというわけですね?」

 

「懐かれたと言うか、何と言うか……」

 

 モモンガが確認すると、円卓の自席に腰を下ろしたベルリバーは頭を掻いた。今のベルリバーは異形種化した状態であり、タブラ・スマラグディナが近くで立って、興味深げにあちこちを観察している。

 

「タブラさん……。そんなに見ても何も出ないですから……」

 

「いや~、興味深いもので。暴食でしたか? 精神安定系のアイテム効果を貫通して、異形種としての特性が表に出るとは……」

 

 ベルリバーは先程、第一階層の最奥にてエルヤー・ウズルス率いるワーカーチーム……天武と交戦した。交戦と言っても、ベルリバーが一方的にエルヤーを叩きのめしたという内容だ。戦闘後、エルヤーは負傷によって身動きの取れないまま、影の悪魔(シャドウデーモン)らが、何処かへ運び去っている。

 そのエルヤーとの戦いの中で、ベルリバーは種族特性の『暴食』が表面化し、人であるエルヤーを『獲物』または『食料』として認識したらしい。

 

「新たに精神安定系のアイテムを装備して、それで人化したら収まる程度なんだけど……」

 

 ベルリバーが肩を落として溜息をついた。

 他のユグドラシル・プレイヤーが全て同様か定かではないが、少なくともギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンらは、異形種化すると精神が急速に異形種寄りとなる。いわゆる異形種ゲージが溜まっていくのだ。言動や思考に影響が出たあたり、ベルリバーの場合は異形種ゲージが振り切っていたのかもしれない。これを聞かされたモモンガ達は大いに焦ったが、試しにグレードの高い精神安定系アイテムを持たせたところ、ベルリバーの精神異形種化は緩やかなものとなっている。ちなみに、ベルリバーへのアイテム提供者はタブラだ。同じアイテムは他の幾人かも所有していたが、最初に提供を申し出たのがタブラだったのである。

 

「モモンガさん? モモンガさんの『アンデッド特性で人間種に親近感が湧かない』症状も興味深いですが、ベルリバーさんの種族特性『暴食』が食欲を通じて精神に影響を及ぼすというのも、また興味深い。『暴食』とは、そういったものでしたっけ?」

 

 そう聞いてくるタブラに対し、モモンガは「俺の記憶では違いますね」と答えた。モモンガが知るベルリバーの種族特性『暴食』は、ユグドラシルにおいては全身の口での噛みつきによる、防御効果と攻撃効果があること。噛みつき攻撃で与えたダメージ分だけ、HPが回復すること。口一つにつき、第六位階までの魔法を一回分ストックでき、一発から全弾発射まで撃ち分けることができたことだ。後者に関しては、第六位階とは言え数十発の魔法を同時発射可能となり、やりようによっては高レベルプレイヤーにも通じる。

 

「種族的にMPは多くなかったはずで、口を全部使う魔法攻撃となると、ある程度は戦闘前にチャージしておかないと無理でしたっけ。そうですよね? ベルリバーさん?」

 

「そんなことまで良く覚えてますね、モモンガさん。そうです、そのあたりの仕様は異世界転移しても変わらない感じかな~。ユグドラシルだと、そこまでして第六位階を数撃ちしても、本格的な魔法職には防がれることが多かったですけどね。見た目の派手さ重視だったかな~」

 

 そもそもベルリバーは魔法剣士としてビルドしていたが、『剣も使える魔法使い』ではなく、『魔法も使える剣士』といったスタイルを確立していた。つまりは剣士寄りであり、一歩間違えば器用貧乏になりかねない。だが、そこは一緒に組むギルメン、それが魔法職か戦士職かで立ち回りを上手く変えている。

 

「そうでした、そうでした。思い出すなぁ……ベルリバーさんとのPVP……」

 

 斜向かい側の席で座る樹人……ブルー・プラネットが苦笑した。

 ギルメン同士で模擬戦をする機会は多かったが、相手方にベルリバーが混ざっていると、ウルベルトによる強力な魔法攻撃の合間に飛び込んで斬りつけてきたり、たっち・みーが馬鹿げた剣技で立ちふさがる……その影から、ちょこちょこと魔法攻撃してきたりして、実に迷惑だった。

 

「引退前にやったPVPだと、俺のこと、ちまちまと<火球(ファイアーボール)>で燃やそうとしてましたっけね~。建御雷さんの後ろから……。大して効かないんだけど、気が散るったらなかったですよ」

 

「え~っ? ユグドラシルの時は、フレンドリー・ファイアの規制があったから良いじゃないですか~。味方同士だとダメージが入らなかったんだし~」

 

 ベルリバーとブルー・プラネットが思い出話にふけりかけたところで、モモンガが骨の手をパンと打つ。どんな理屈でその音が出るのかは、モモンガにも把握できていない。

 

「さて、話題を元に戻しますか。ベルリバーさんが、三人の女性エルフと仲が良くなった件です」

 

「うっ……そこまで戻るんですね?」

 

 ベルリバーは渋面になったものの怒りはしなかった。

 エルヤーが連れていた三人の女エルフ達は、ベルリバーの部屋に入ったあたりまでは怯えていたが、ベルリバーが人化すると落ち着きを取り戻したらしい。

 

「ヘロヘロさんのところのメイドを呼んで、お茶と茶菓子を出したりしましてね。身の上話を聞いたりしているうちに、彼女らの耳が気になったんです」

 

 ファンタジーRPG等で知られるエルフと言えば、耳が尖っていることでも有名だ。古典小説では、耳は少し尖っているだけだったそうだが、一時期、アンテナのごとく長い耳が流行ったこともあるらしい。転移後世界のエルフは、その『一時期の流行』に近い程度には耳が長い。……本来であれば……。

 

「奴隷にされるとですね、耳を半分ほど切り落とされるということで……。信じられますか? 女の子の耳をですよ? いやまあ、男エルフでも酷い話ですけど」

 

 話を聞き続けるにしても、その切られた耳が目につくため、ベルリバーはペストーニャを呼んで治癒させたのだそうだ。耳の切断面は塞がっていたが、高位の治癒魔法だったため問題なく完治。すると、エルフ達は涙を流して喜び、ベルリバーに忠誠を誓ったらしい。

 

「忠誠を誓うなら、治癒をしたペストーニャで良いじゃないかと思うんですけど……。エルヤーを倒したことと……治癒魔法の使い手を紹介したってことで……その、俺が対象になったそうでして……」

 

 言っているうちにベルリバーの口調がたどたどしくなるが、対するモモンガらギルメン(モモンガの他はタブラとヘロヘロ、ブルー・プラネット)はニヤニヤしている。

 

「それで、当人達はどうしたいんですか~? 忠誠を誓うということは、ツアレニーニャさんのようにナザリックで働くということでしょうか?」

 

 そうヘロヘロが聞くのだが、やはりナザリックへ就職することになるだろうとベルリバーは言っている。戦闘職としてはレベルが低すぎるので、メイド業務が最適かもしれない。

 

「ベルリバーさんの専属メイドですか……。しかも美人エルフが三人……。ベルリバーさんには忠誠を誓っていると?」

 

 モモンガの呟きを聞き、ベルリバー以外のギルメンが顔を見合わせた。そして、ブルー・プラネットが困ったように頭を振る。

 

「後でウルベルトさんが合流したら、嫌な顔をされそうですね」

 

「えっ? 何でですか!?」

 

 ベルリバーが狼狽えた。元の現実(リアル)における活動の都合上、ベルリバーはウルベルトとよく会っていたが、仲は悪くない方だと思っている。今の話でウルベルトの機嫌を損ねる要素があったかどうか……考えたが良くわからないらしい。

 一方、モモンガには思い当たることがあった。

 

「なるほど、そうか。……仲の良い異性が数人……。俺も危ないかも……」

 

 額に汗する感覚のモモンガは、ベルリバーが腕組みをし、全身各所の口で「う~ん」と唸っているのを見ていたが、その視界の隅ではデミウルゴスの姿を捉えている。

 

(あっ、デミウルゴスが興味深そうにしてる……)

 

 モモンガの正面、壁掛けの遠隔視の鏡が並ぶ……その左端で、デミウルゴスが尻尾を振りながらモモンガ達を見ているのだ。どうやら創造主であるウルベルトの名が出たので、興味を持ったらしい。

 

(と言うより、創造主の話なら何でも聞きたいって感じなんだろうな~)

 

 デミウルゴスも混ぜて雑談に興じるべきだろうか。

 そう考えたモモンガは、すぐに脳内で却下している。

 何故なら、ウルベルトに嫌な顔をされる理由とは、ベルリバーが『良い仲の異性が三人』という、モテない男から見れば恵まれた状況にあるからだ。いわゆるリア充だからである。ウルベルト・アレイン・オードルという男は、リア充をこよなく嫌っていた。たっち・みーとは反りが合わないところが多かったが、たっちが恵まれた家庭に、結婚生活、社会的に上の地位にあるといった勝ち組であったのも、ウルベルトがたっちを嫌っていた大きな要因である。これはリア充を前にした時、特に何も思わない者からすれば馬鹿な話だ。

 そのようなウルベルトの面目を潰しかねない事情を、デミウルゴスに聞かせて良いかとなると……やはり駄目だろう。

 

(それとだ……。俺は、ウルベルトさんからリア充への文句を直接聞いてたけど、他のギルメンの誰が知ってるとか知らないとかまで把握してないんだよな~。……大抵のギルメンは知ってたかも? どうだったっけ? ここに居るメンバーは知ってたはずだけど……)

 

 ユグドラシルでのウルベルトが「たっちの野郎、恵まれてるからってお高くとまりやがって」や「ちっ、リア充ですか。虫酸が走りますね!」等と口走っていたのは、よく見られた光景だ。しかし、だからと言ってギルメン全員が知っている前提で話すことはできない。今のうちに確認しておくべきだろう。

 

(あと、デミウルゴスに聞かせるのは、やはりアウトだ。ウルベルトさんにケチをつける? なんか違うな。文句を言いたいわけでもないし……。……そう、ウルベルトさんに対する夢は、可能な限り長く見せてやろうとか……そんな感じか!)

 

 モモンガは軽く咳払いすると、各ギルメンを手招きで呼び寄せた。そして皆が席を立って円卓を周り込んでくると、デミウルゴス、更にアルベドにルプスレギナといった僕達に指示を出す。

 

「今から少し、内密の話をする。ギルメ……ええと、至高の存在同士の重要な議題だ。念のために盗聴防止のアイテムを使用するが、暫く待つように」

 

 各僕が「承知しました。アインズ様!」と一礼するのを確認し、モモンガはギルメン達とで小さな円陣を組んだ。

 

(「アイテムまで使うとは尋常じゃないですね。さっきの話……それほどの問題なんですか?」)

 

 ベルリバーがグッと顔を寄せてくる。露出している肌の各所に口があって、ガチガチ歯を鳴らしているため非常に怖い。ウルベルトを困らせるかもしれないとなれば、気になるのだろう。

 

(「ベルリバーさん、忘れたんですか? ウルベルトさんってリア充が大嫌いじゃないですか」)

 

 ベルリバーもそうだが、モモンガも小声だ。盗聴防止アイテムを使用しているので、普通に話しても良いのだが、同じ室内の見えるところにデミウルゴス達が居るので、これは気分の問題である。

 

(「へっ? あ、あ~っ……そう言えば、そうでしたね!」)

 

 モモンガの説明でベルリバーは納得したようだが、その彼がチラリとデミウルゴスを見た。タブラにヘロヘロ、ブルー・プラネットもデミウルゴスを見る。次に口を開いたのは、モモンガに向き直ったブルー・プラネットだ。

 

(「モモンガさん、『実はな、ウルベルトさんって、他の恵まれた幸せ者が妬ましくて大っ嫌いなんだ』……って、デミウルゴスに聞かせたら、どうなると思います?」)

 

(「そりゃあ……」)

 

 モモンガは言葉に詰まったが、代わってタブラが答える。

 

(「あまりの情けなさに発狂して暴走するかもだね」)

 

(「そこまで行くんすか!?」)

 

 声の裏返っているベルリバーに、モモンガ達は頷いて肯定した。

 ナザリックのNPC……(しもべ)達の忠誠心は高い。青天井と言っても良い。それ故に、外部の者と諍いが発生したりするのだが、それはさておき、この忠誠心は自らの創造主が対象になると更に跳ね上がる。まさに神として崇め奉るほどなのだ。その創造主自身が、製作NPCの期待や敬愛を損ない穢すようなことをしたらどうなるか。あるいは、そのような事実があると知ったら製作NPCはどうなるか。

 

(「大方は、『それも創造主様の美徳だ!』となるだろうけど。まあ、一周……いや、感覚的な物言いになるけど二周回って発狂する可能性がある……のかな? ないのかな? う~ん、考えてみたけど未知数だよねぇ」)

 

 そう言ってタブラが笑うのだが、聞かされているモモンガ達としては笑い事ではない。

 

(「賭けの要素がある以上、多少は大丈夫でも……やっぱり不安だよ。モモンガさん、どうにかなりませんか?」)

 

 ベルリバーから話を振られたモモンガは「うん゛~……」と、トイレで踏ん張るような声を出した。

 ウルベルト・アレイン・オードルという男は知恵が回るし、魔法詠唱者(マジックキャスター)としても腕前は天下一品。面倒見が良くて他人への配慮もできるという、男前のバーゲンセールのような男だ。ただ一つ、元の現実(リアル)における上流階層の人々に対して、激しい妬みや劣等感を持っている点を除けば……だが。

 

(「どうにかって言われましてもねぇ……。そう言えば……ウルベルトさんの困ったアレな部分。ギルメンで知らない人って居ましたっけ?」)

 

 モモンガが聞くとタブラ達は顔を見合わせたが、皆の意見を総合したところ、ほぼ全員が知っていたのではないかという結論が出た。

 

(「たっちさん本人に対しても色々言ってましたしね~。そうなるとぉ~……合流してくるギルメンに、可能な限りウルベルトさんのアレ……発作ですか? それをデミウルゴスに黙っておくよう話を通すんですか~? 何だか手間ですね~」)

 

 面倒くさそうに言うヘロヘロに反応こそしなかったが、モモンガも同意見である。それに、ギルメンだけが黙っていれば良いという問題ではないのだ。

 

(「ここでデミウルゴスに黙ってたとして……ウルベルトさんが合流したらどうします? その日のうちに、デミウルゴスが把握しちゃうんじゃないですか?」)

 

 このベルリバーの意見が最大の問題点となる。合流を果たしたウルベルトがやらかしてしまえば……いや、そうでなくともナザリック随一の知恵者であるデミウルゴスが早々に把握するかも知れない。

 モモンガ達は考え込んだが、暫くしてヘロヘロが顔をあげる。

 

(「皆さん……。この転移後世界の基準で言えば、ナザリック地下大墳墓って、かなり恵まれてますよね? 各種店舗は揃ってるし、スパリゾートはあるし、食事は美味しいし、難攻不落の要塞だから安全だし~」)

 

 維持費がかかるのが難点だが、確かにヘロヘロの言うとおりだ。だが、それがどうしたと言うのだろうか。ギルメンにとっては、言われるでもなく当然の事実だ。

 皆が怪訝そうにしているのを見たヘロヘロが、「ふふふ……」と笑う。

 

(「ウルベルトさんがナザリックに合流したら、それはもうリア充と言って良いんじゃないでしょうか?」)

 

 ヘロヘロ以外、モモンガ達の脳裏に電流が走った。特にモモンガは、ギルメン中では最初期に異世界転移してきただけあって、思うところが多い。

 

(「確かに! ナザリック地下大墳墓で住むということは勝ち組ですね。そう言えば、エ・ランテルで食べた食事は……元の現実(リアル)での食事の百倍美味かったけど、ナザリックの食事は遙か上を行くしな~」)

 

(「そうですよね~。食が満たされて幸せって重要ですよね~」)

 

 モモンガと共に転移してきたヘロヘロも、同じ体験をしただけあって大きく頷いていた。その後、幾度かの脱線を挟みながら、モモンガ達はウルベルトについて語り合っている。そこから導き出された答えは、次のようなものだ。

 

『まあ、大丈夫だろう。ナザリック地下大墳墓の力を信じ、ウルベルトさんの心が癒やされることを期待しようじゃないか! ウルベルトさんに幸あれ!』

 

 後日、この時の相談内容が合流を果たしたウルベルトの耳に入り、モモンガ、タブラ、ヘロヘロ、ブルー・プラネット、ベルリバーの五名は、第六階層の闘技場に呼び出され……「なんて失礼なことを相談してるんですか! それにですね! 俺のリア充嫌いは、もっと奥が深いんです!」という怒声と共に、<火球(ファイアボール)>の雨を降らされることとなる。この時、キャーキャー言いながら逃げ惑うモモンガ達を、たっち・みーが観客席で見物しており、「ウルベルトさんって、可愛いところがありますよね?」と隣で座る茶釜に言うのだが、<火球(ファイアボール)>の爆裂音の中で聞きとがめたウルベルトが、「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ! たっちぃ!」と激昂する一幕も発生した。この一連の事件は、ギルメン間で長く語り継がれるエピソードとなるのだった。なお、デミウルゴスは特に発狂するでもなく、ウルベルトを敬愛したままだったという。

 ともかく、ウルベルトに関する異性交遊関連でのリア充問題は、今のところ大丈夫だとモモンガ達は判断した。獣王メコン川がアルシェと良い関係になったり、モモンガが複数人を恋人にしていたりと、リア充が増えつつあるナザリックで、一つの問題が解決した形である。……実際には、まるで解決していなかったのは前述したとおりなのだが……。

 

「まあ、ヘロヘロさんのところが、異性交遊系のリア充としては最も大規模ですからね。おかげで俺達には、ウルベルトさんの嫉妬パワーの矛先が向かないかもですけど」

 

「怖いこと言わないでくださいよ~、モモンガさん。ああ~、ホワイトブリムさんか、ク・ドゥ・グラースさん、早く合流しないかな~」

 

 一般メイドを作成した立ち位置で、ヘロヘロは多くのメイドに創造主だと認識されている。口に出してはいないが、ソリュシャン以外の一般メイドの何人かに手を出しており、同じくメイド作成に関わった二人のギルメンの合流を心から願っていた。

 一通りの相談を終えたモモンガ達は、盗聴防止アイテムの効果を停止させ、各自の席へ戻るが……そこへデミウルゴスが報告する。

 

「アインズ様。第一階層の最奥へ、ヘビーマッシャーが突入しております」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガ達がウルベルトについて話し合っていた頃。

 武人建御雷とコキュートスのコンビは、待機する玄室へ突入してきたヘビーマッシャーの面々を出迎えていた。

 建御雷の甲冑は、コキュートスらに懇願されての最高装備。大太刀は使い潰して構わない聖遺物級(レリック)となっている。傍らで一歩下がって控えているコキュートスは、こちらは斬神刀皇の名を持つ刀等、四本の腕すべてに武器を持つという完全装備だ。建御雷からは「なあ? 相手の実力からすると、やりすぎじゃないのか?」と問われ、「武人建御雷様ト(くつわ)ヲ並ベル栄誉ニ(アズ)カリマシテハ、最強装備以外アリ得マセヌ!(フンスッ!)」と鼻息荒いことこの上ない。

 

「ん~……改めて言っとくけどな、殺すのは無しだぞ? 大怪我も駄目。わかってるよな?」

 

「無論デゴザイマス! ソモソモ、私ガ本気ヲ出スホドノ相手デハ……」

 

「そういうことを『客』の前で言わない。……と、ヘビーマッシャーの皆さん方。待たせて済まなかったな」

 

 建御雷は「武人建御雷様ガ謝罪サレルヨウナコトハ!」とコキュートスが騒いでいるのを聞き流しながら、グリンガムに話しかけた。

 

「俺達が第一階層最奥の守護者、あ~……俺が武人建御雷、こっちがコキュートスと言う。よろしくな?」

 

 偽名らしきものを考えていたが、先程からコキュートスが建御雷のフルネームを連呼している。もはや隠す意味もないかと諦め、建御雷は説明を続けた。

 

「ここでは俺達を相手に戦って貰う。死人が出ないよう気をつけるから安心してくれ。とは言え、殴ったり蹴ったり、刀を振ったりするから……それなりの怪我はするかもな。ああ、治癒のポーションは多めに用意してあるから、そこも安心だ」

 

 ここまで説明が進むと、グリンガムが黙ったまま手を挙げる。

 

「はい、そこのリーダー……っぽい人」

 

「貴殿らと戦うという話だが……。俺達に同行しているニシキ……殿は、どうされるのか?」

 

 仕事用の仰々しい口調で、グリンガムが建御雷に聞いた。

 各ワーカーチームには、ナザリックからのお目付役が付いて同行している。フォーサイトには獣王メコン川。竜狩りには、ぶくぶく茶釜。『特別待遇』だった天武には、監視役としてベルリバー。そして、グリンガムのヘビーマッシャーには、弐式炎雷が同行している。

 

「『ニシキ』については今までと同じだ。ワーカーチームの戦闘で、基本的に手助けはしない。そうだな? 弐式?」

 

 通り名と本名が、一部だけでも発音が同じだと便利だ。そう思いながら建御雷が呼びかけると、壁に寄りかかって腕組みをしていた弐式が手を振る。

 

「そだよ~。たけや……建御雷さ~……ん」

 

「なんだよ、その間延びした呼び方……」

 

 ツッコミを入れるが、理由は解っていた。武人建御雷の冒険者名が『タケヤン』で、弐式だけが使用する建御雷の呼び方が『建やん』だからだ。弐式の方で配慮したようなのだが、言っている最中に思い出したのか妙な呼び方になったのである。

 

(冒険者名……通り名を、もうちょっと真面目に考えるべきだったな……)

 

「なるほど。それと、もう一つあるんだが……」 

 

 建御雷と弐式のやりとりが一段落ついたと見たのか、グリンガムが再び口を開いた。彼らからすれば、建御雷とコキュートスのコンビは見るからに勝てそうにない。これは負けることが前提の勝負なのだろうか……と。対する建御雷は苦笑しながら肩をすくめた。

 

「実力差が理解できてるあたり、なかなかだ。俺に関しちゃ探知阻害のアイテムを使ってるってのにな……。ああ、コキュートスが強そうに見え……思えるわけか。なるほどな~……。と、すまんすまん。無論、そういった嫌がらせのような勝負じゃない。おい、コキュートス。アレを……」

 

「ハイッ! 武人建御雷様!」

 

 事前に決めた段取りどおり、コキュートスがアイテムボックスから巨大な砂時計を取り出す。下に砂が溜まりきったそれが石畳上に置かれるのを確認し、建御雷はグリンガムに向き直った。

 

「砂が落ちきるのに一日かかりそうな見た目だが、実は十分ほどで砂は落ちきる。それまでに、ヘビーマッシャーのメンバーが諦めず戦い続けること。それがヘビーマッシャーの勝利条件だ」

 

「途中で戦わなくなったり、諦めた場合は……どうなる?」

 

 緊張している様子のグリンガムが聞くので、建御雷は「そこで戦闘終了だな。やる気が無い感じでダラダラしていると、俺の判断で終了だ」と答えている。

 

「その終わり方でも怪我とかは治癒するし、それまでに獲得したアイテム類は持って帰っていい」

 

 ヘビーマッシャーのメンバーが表情を明るくした。

 

「あんな物凄いのと戦うとか、死なない前提でも勘弁だぜ。よくわからんけど、鎧を着た方は……もっと強いんだろ? ここは降参の一手だな」

 

「なあ、グリンガム? 今まで手に入れたお宝だけで満足して帰ろう。な? そうしようや」

 

 戦士と盗賊がグリンガムの説得にかかる。魔術師と神官も頷いているが、その様子を「ほほ~ん」と見やりながら、建御雷は誰に言うでもなく呟いた。ただし、呟きと表現するには声が大きい。

 

「聞いた話なんだが、第二階層からは魔法の巻物(スクロール)が増えるんだそうだ。第三位階は当たり前、第四位階や第五位階なんてのもあるんだとよ~。もちろん、信仰系の巻物(スクロール)だってあるだろうな。おっと……上限が第四位階までだが、使った奴の使用可能位階を一位階上げる魔法書があるとか何とか……」

 

「「グリンガム!」」

 

 魔術師と神官がグリンガムに駆け寄り、両側から肩を掴んだ。

 

「な、なんだ!? どうした汝ら……というか、お前ら!?」 

 

「い、位階! 使える位階が一つ上がるんだぞ!? 絶対に入手して、自分達で……いや、俺達のどっちかに使わせてくれ! 第三っ! 第三位階が目の前に!」

 

 狼狽えるグリンガムの前で、魔術師が杖をフリフリ、空いた方の手をワキワキ開閉しながら騒ぐ。と、その彼の前に神官が進み出た。

 

「いや待て! 第四位階が上限で……ということは、頑張って第三位階を使えるようになるまで待てば、第四位階が狙えるってことじゃないか?」

 

「お前、天才かよ!」

 

 魔力系と信仰系の使い手らが盛り上がっており、戦士と盗賊は呆気に取られていたが、その二人も「武具だって、総ミスリル製が増えるし、たまにオリハルコン製も混ざるんだったかな?」という建御雷の声を聞くと、同じくグリンガムの肩を掴むことになる。

 

「痛たたたっ! 四人がかりで俺を揺さぶるな! わかった、わかったから!」

 

「ああ、すまん。つい興奮しちゃって……」 

 

 魔術師が手を離すと、他の三人も手を離した。グリンガムは駄々っ子を見るような顔でメンバーを見ていたが、やがて大きな溜息をつく。

 

「まあ、しゃあないか。美味しい話だものな! しかも、死ぬことはないって話だし。……やってみるか!」

 

 ニヤリと笑うグリンガムの言葉に、メンバー達が快哉を叫んだ。

 その様子を見る建御雷は、ウンウンと頷いている。

 

「死なないにしても、痛い目には遭うかもなんだが……。一攫千金や、お宝狙いで虎口へ飛び込むか……。挑戦者ってのは、そうでないとな。いや、転移後世界だと、冒険者だったか……」 

 

「シカシ、建御雷様。命ノ危険ガ無イトイウノハ、少々ヌルイノデハ?」

 

 コキュートスの指摘はもっともだが、今回の侵入対応は基本的に『接待』だ。本来であれば、茶釜姉弟の恩人達に対して怪我などさせたくはないのである。それを諸々協議して、『演習』目的で、模擬戦の相手として雇う……という体裁を取っているのだ。そこは僕達も知っているはずだが、どうにも収まりがつかないらしい。

 

「ま、茶釜さんらの恩人達だしな。テストに付き合ってくれてるんだから、手心加えるってのは大事だぜ? それにだ……」

 

 どうせ、この転移後世界には長居するつもりなんだし、侵入者は今回のワーカー隊だけでは終わらないだろう。つまらない小物も多いだろうが、中には骨のある奴だって居るはずだ。

 

「一〇〇レベルの俺達を、強さ以外で楽しませてくれるような奴とかな……。そういう奴らを相手に、もたつくとかしてたら失礼ってもんだろ? だから、俺達には演習や練習が必要なのさ」

 

 これはモモンガも言っていたことだが、ユグドラシル・プレイヤーの強さが一〇〇レベルを上限としているなら、レベル以外の部分で強くならなければならない。もはやゲームではないのだから、頭だけでなく身体を使っての戦い方にも磨きをかけるべきだ。武技を学んでいるのも、強さの向上を睨んでのことである。

 

「俺達は、もっと強くならなくちゃ……」

 

 そう呟く建御雷の視線は、誰をも捉えず……宙に向けられていた。そこにコキュートスの、彼に似つかわしくない遠慮がちな声がかかる。

 

「ソレハ……タッチ・ミー様ト戦ウタメデショウカ?」

 

 建御雷が幾度もたっち・みーに戦いを挑んでいたことは、ナザリックに所属する者ならば皆が知っている。建御雷が敗北を重ねていたこともだ。建御雷にとっては面白くない質問だったはずだが、彼はカラカラと笑い飛ばしている。

 

「そう、それもある。たっちさんにはタイマンで勝ったことがないからな。今も勝てる気はしねぇが……こいつは男の子の意地ってやつさ。もちろん、ナザリックのために強くなるってのもあるがな! この話、前にもしたか? まあいいか!」

 

 そう笑ってグリンガム達に向けて進み出る建御雷の背を、コキュートスはジッと見続けていた。蟲王の表情は変化しない。だが、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で見るモモンガ達や、同じ玄室で居る冒険者達にはハッキリと解っていた。コキュートスが感動によって打ち震えていることに……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 第一階層最奥の間。

 そこでの第一戦は、武人建御雷とコキュートス。そしてグリンガム率いるヘビーマッシャーとの戦いとなった。もっとも、純粋な闘争という意味では端から勝負は決まっている。ヘビーマッシャーの何を持ち出しても建御雷達に敵うわけがないのだ。しかし、ヘビーマッシャーは建御雷達に立ち向かい続けている。それは勝利条件が『十分間戦い続けること』と設定されているからだ。ただし、ダラダラと逃げに徹していると、建御雷の判断で終了……失格扱いとなるため、ヘビーマッシャーは戦い続けなければならない。

 

「よっしゃ! 腕一本いただき! って、おわぁああああああ!?」

 

 煙幕玉を投げた盗賊が、コキュートスの背後から縄を投げて腕を絡め取った。そして膂力で負けて振り回されている。それを見た魔術師が、<衝撃波(ショック・ウェーブ)>をコキュートスの顔目がけて連発したが、せっかくの煙幕を吹き飛ばして盗賊に怒鳴りつけられていた。

 一方、グリンガムと戦士に神官、この三人は建御雷を取り囲んでいる。

 

「俺達の武器では傷一つ付かんそうだ。遠慮の必要がないから、思いっきりやれ!」

 

「「うぉおおおおおお!」」

 

 グリンガムの指示を受け戦士が長剣を、神官が錫杖型のメイスを振るって建御雷に挑みかかった。グリンガムも同じだ。片刃だが肉厚の斧を振りかぶり、建御雷目がけて振り下ろす。三方向からのタイミングを合わせた攻撃だ。しかし……。

 

「おおっと、危ない、危ない」

 

 戯けたように言う建御雷は、軽いステップと共にグリンガム達の攻撃を躱していく。スルスルと避ける様は、まるで忍者……弐式炎雷のようだ。

 

「こういうのは得意じゃないんだが、まあアレだ。……レベル……強さの差がな~」

 

 これは先程のコキュートスと違い、馬鹿にしているのではない。

 残念だと思っているのだ。

 悪気はないのだが、口調から伝わってくる真意がグリンガム達のプライドを刺激し、三人の男に歯茎を剥かせる。

 

「言ってくれるじゃねぇか! 改めて全力戦闘だ! 野郎共、たたんじまえ!」

 

「おう! って何だか、寸劇のチンピラみたいだな~」

 

「それを言うな~っ!」

 

 戦士のぼやきを大声で黙らせ、グリンガムは建御雷の正面から突進した。

 ……。

 そして、十分が経過する。

 

「は~い、時間で~す。お疲れ~」

 

 大太刀を肩に担いで立つのは……武人建御雷。

 結局のところ、ヘビーマッシャーは建御雷達と時間いっぱい戦い続けた。これにて第一階層クリアとなる。

 今、建御雷の足下にはグリンガムと、戦士、神官が大の字になって転がっていた。息も絶え絶えの状態であり、そこかしこに切り傷を負っているが、大怪我と呼べるほどのものはない。コキュートスの方はと見ると、こちらは盗賊と魔術師をお手玉のように放っているところだった。

 

「ムッ? モウ終ワリデスカ?」

 

 言われて気づいたようで、落下してくる盗賊達の衣類を掴んで石畳への激突を防ぐ。そして、丁重に二人を降ろした。しかし、その場でうずくまる盗賊と魔術師は……。

 

「うぉええええええっ!」

 

 ビチャビチャビチャ……と胃の内容物を吐瀉する。それを見てコキュートスが冷気の息を吐いた。

 

「オノレ、栄エアルナザリックノ地ニ……痴レ者共ガッ!」

 

「いや、あんな事されたら吐くだろ?」

 

 呆れ口調で呟くと、建御雷は指をこめかみに当てて<伝言(メッセージ)>を発動、「モモ……アインズさ~ん。終わったぜ~」と呼びかけるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「第一階層を最初にクリアしたのはヘビーマッシャーですか……」

 

 大昔の映画主人公……冒険考古学者風の樹人、ブルー・プラネットが遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を見て言う。映し出された映像は、赤く塗られた角ヘルムを建御雷から渡されて、グリンガムが喜んでいるシーンだ。第一階層へ出かける前の建御雷が言っていたことだが、グリンガム用に甲冑一式を用意しており、第三階層最奥を突破できれば一式揃うらしい。

 

「三チームのリーダーでは、グリンガムが一番イケイケで親分肌ですからね~。建御雷さん、気に入ったのかもしれませんね~」

 

 ブレインのような『己をたたき上げる、ただそれだけに凝り固まった』様な男も好みだが、豪快に突き進んでいくタイプの男にも好感を覚えるのだろう。ブルー・プラネットに続くヘロヘロの言葉に皆が頷いた。

 

「さぁて、俺も出るとしますかね~」

 

 そう言いつつ、モモンガは席を立っている。

 第一階層を突破したチームが出た以上、第二階層最奥で待機するギルメンの出番なのだ。そう、第二階層最奥の守護者とは他でもないモモンガであった。

 




前回、書き忘れましたが

ベルリバーさんの『暴食』に関するアレとかコレとかは、
一切合切捏造ですので。

ウルベルトさんとたっちさんを出してみました。
これで合流確定ですね。
ある意味ネタバレですが、ギルメン合流を同じように書いててもアレなので
たまには良いかな……と思います。
ちなみに、闘技場へ呼び出されたモモンガさん達ですが
書いてて『イチャイチャしてるな~』とニヤニヤしてました。

建御雷さんが、『前にも言ったっけ?』と言ってるアレは、書いてる私が忘れていることによります。
ボロが出る前に最終回まで全力疾走せねば……。

次話に関しては、少し書き進めているのですが
どうなるかな……また二週間後になったり?

<誤字報告>
D.D.D.さん、Paradisaeaさん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます

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