「じゃあ、今回見聞きしたことを、そのまま報告していいんだな?」
ナザリック地下大墳墓、正門脇の受付棟。転移後世界感覚で立派と言える二階建ての建物前に、ワーカー隊が朝日を浴びつつ勢揃いしていた。ダンジョンアタックで階層移動する都度、取得アイテムの大半を
質問したヘッケランも、その表情はニヤけている。
「構わない。ただ、今回のような対応は特殊事例だということは忘れずに報告しておいて欲しい。今後の不幸な出会いを避けるためにな」
そうモモンガが言うと「心得たぜ!」とヘッケランが応じた。今回、ヘッケラン達が死人を出さずに第三階層まで突破……転移後世界の感覚で言う高品質の武具や魔法アイテムなどを大量入手できた理由。それは、異世界転移して間もない頃の茶釜姉弟に対し、ヘッケラン達が親切に接したからだ。
「依頼を受ける前に、かぜっち達と知り合ってなかったらと思うと寒気がするな……」
しみじみと呟いたのはグリンガムだったが、現にかぜっち……茶釜らと接していなかったエルヤー・ウズルスは戻っていない。彼が連れていたエルフ達に関しては、高位の治癒魔法を使ったらしく、全員が欠損した耳を元に戻して『見送り側』で控えている。
「時に……ウ
相変わらず濁点を発音できないパルパトラ・オグリオンが確認してきた。一応、生死ぐらいは知っておきたいのだろう。帝国のワーカーの溜まり場に行ったとき、他の者達に聞かれるだろうからだ。
「我も知っておきたいな。いちいち『知らん』でとおすより、何らかの答えを用意できれば、五月蠅く聞いてくる者の数は減ることだろう」
グリンガムもパルパトラの質問に乗ってきたので、モモンガは骨剥き出しの下顎を掴み、思わせぶりに視線を逸らしてみせる。
「ああ、あの男か……。死んだ……という事にしておこう」
エルヤー・ウズルスは死んだ。
事実だが、少しばかり事情が複雑になっている。
その事情とは、竜狩りが第三階層を突破したすぐ後のことだ。モモンガ……そしてタブラと建御雷は、麻痺させたままのエルヤーに会いに行った。エルヤーはフォーサイトなどの他チームと違い、紛れもなくナザリックの敵。ワーカー隊に関する予定、その大方が終わったことで、残ったエルヤーの処遇を決めようとしたのである。
しかし、エルヤーを放り込んだ第三階層玄室。そこで転がる彼を見たとき……モモンガ達は「こいつ、どうしたもんかな?」と首を傾げてしまった。エルヤー・ウズルスという男は、転移後世界の基準では天才剣士として知られている。名声だけでも使い道はあるし、武技を多数取得しているとあっては、良い具合のサンプルにもなるだろう。早い話が、殺すのはもったいないのでは……ということだ。
「彼を雇い入れてみますかね?」
そう発言したのはタブラだったが、聞かれたモモンガと建御雷は良い顔をしていない。何故なら、エルヤーには人格面での問題がある。ベルリバーと対戦した際のエルヤーの態度を思い出しただけで、モモンガ達は苛立ちを覚えるのだ。
そこで三人で相談した結果、エルヤーを奴隷雇用とする案が出る。例えば武技教官等として働かせ、功績の蓄積によっては、ブレインやクレマンティーヌと同じ扱いにしても良いのでは……というものだ。他のギルメンに<
エルヤーにとっては奴隷からの再スタートとなるが、恐らく最大にして最後のチャンス、幸運イベントになるはずだ。だが、そうはならなかった。
治癒を施したエルヤーに方針を告げたところ、話を聞いたエルヤーは、高い鼻を上に向けるや引きつった顔で笑い飛ばしたのである。
「ハ、ハハハハッ! 馬鹿を言ってはいけません! 誰が化け物の奴隷になど! 武技っ! <縮地>!」
言い終えるなり高速移動の武技を発動し、エルヤーは開け放たれたままだった出口から飛び出して行った。この時の縮地は、エルヤーにとって渾身の発動であり、彼の人生でも他に例がないほどの速度を発揮している。もっとも、それでも建御雷などからすれば遅すぎなのだが……。
「あ~あ、逃げちまいやんの。第三階層までは今は閉鎖してるから、俺達の許可が無けりゃ出られないってのにな」
建御雷が、「どれ、引っ捕まえてくるか……」と歩き出そうとする。モモンガも似たような感覚だったので「やれやれ」と肩をすくめたが、あることを思い出して叫んだ。
「って、マズいです! この玄室から出たら、エルヤーが死んじゃいますよ!?」
それを聞いた建御雷が「え? なんで? トラップとか痛い思いしても死ぬほどじゃないんだろ?」と振り返ったが、これにタブラが反応する。
「ああ、そうだった。この玄室って、ワーカーチームを通さない予定の区画だったね」
「……つまり?」
建御雷が聞くので、モモンガとタブラは顔を見合わせ……揃って建御雷を見直した。
「「この辺一帯は、通路トラップが通常配置のままで……」」
「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!」
モモンガ達が言い終えるまえに、エルヤーの絶叫が発生する。聞こえ具合からして、そう離れていない位置のようだ。
「さっそく引っかかったのか、面倒くせぇ……」
「あはは、たぶん死んでますよね~」
うんざり気味の建御雷と話し合いながらモモンガは歩き出す。背後ではタブラが歩き出した気配がするので、そのままモモンガは玄室から出た。今回のダンジョン・アタックでは、ワーカー達を通す区画に気合いを入れたことで、それ以外は手入れがされていない。あちこちで通路が寸断されていたりするわけだが、エルヤーを放り込んであった玄室からは、左右に一本道が続くのみ。それも数百メートルほどで行き止まりなのだ。ただし、モモンガ達が言ったように罠の配置は事前に配置したままなので、殺傷力の高い物が多い。その結果……。
「あ~あ、やっぱり死んでますね~……」
モモンガが呟く。
暫く行った先で、通路の床、壁、天井、上下左右斜めと、あらゆる方向から飛び出した槍により刺し止められた……エルヤー・ウズルスが居た。実に七本もの槍で貫かれており、飛び退こうとでもしたのか両足は床から浮いた状態になっている。見開かれた目に光はなく、表情は『絶叫』というタイトルを付けて良いぐらいの有様だ。これに建御雷がズカズカと歩み寄り、エルヤーの死に顔を覗き込む。
「実際、絶叫してたものなぁ。で、モモンガさん、こいつ……どうします?」
「どうするって……」
この場合の「どうする」とは、奴隷として雇用する云々ではなく、蘇生するかどうかという意味だ。しかし、蘇生させたところで、先程のように反抗的な態度なのは変わらないだろう。モモンガは後ろで立つタブラを振り返った。
「俺的には、もう死なせたままで良いんじゃないかと思うんですけど。タブラさんは、どう思います?」
「う~ん。私達の言うことを聞かないんじゃねぇ。吸血鬼化とかさせて、ナザリックの僕にするとかなら、忠誠を誓ってくれそうだけど……」
「普段の素行がアレで、負けた後でもあんな態度で、こんな自爆するような阿呆を僕にっすか? 俺ぁ嫌だなぁ……」
タブラの呟きに対し、建御雷が首を横に振った。建御雷の主張に関しては、モモンガも全く同感である。
「俺は建御雷さんに賛成ですね。武技の使い手で、転移後世界基準で強いのって言ったらブレインとクレマンティーヌが居るじゃないですか。無理に僕にしなくても……ああでも、エルフ達が言ってましたけど、縮地とかはエルヤーのオリジナルでしたっけ? そこはレアっぽくて惜しい気もしますけど……」
「モモンガさん。そんなこと言わないでくださいよ。俺も惜しい気分になっちゃうでしょ?」
建御雷が文句を言いながら最後に苦笑するので、モモンガは肩をすくめてみせた。
エルヤー本人はともかく、彼が会得しているオリジナル武技は確かに惜しい。これに関してはモモンガと建御雷の意見が一致した形だ。その後も暫く、串刺しにされたエルヤーの死体の前で三人は協議を続けている。皆、人間の死体が目の前にあっても、特に気にしている様子はない。この辺は異形種化しているだけのことはあるな……と、モモンガは考えていた。
(俺だって、あ~……人間の死体だな~……ぐらいにしか思わないし)
アンデッド化した今でも人間に対し、元の
結論、レベルダウンしてかまわないので簡易に蘇生させ、<
「そうなりましたか。じゃあ、俺の方から今の案で各ギルメンと調整してみます。ですが……それにしても……」
モモンガがクククッと笑いを堪えながら言うと、タブラ達がモモンガを見る。
「お二人とも、エルヤーを雇用するとかってのは無くなってるんですね?」
「だってよぉ、モモンガさん。さっきも言ったけど、あの態度で、この結末だろ? やっぱり阿呆は駄目だわ」
「あれですよ。入社試験は合格しそうだったんですけど、先にやった採用面接でアウトって感じ?」
それぞれに言い終えたところで、高身長の建御雷と、それより低いタブラが斜めのラインで視線を交わした。そして……。
「「いえ~い」」
エルヤーに関しての意見が合って、それで気を良くしたのか二人でハイタッチしている。仲が良くて大変に結構だ。モモンガは朗らかな気持ちで頷くと、七本の槍で刺されたままのエルヤーに目をやった。
(今のハイタッチを見られただけでも、この男がナザリックに来た価値はあったな)
◇◇◇◇
お昼までもう暫くかかる……といった陽光を浴びながら、ワーカー隊が帰って行く。
各チームの面々は総じて喜色満面であり、あれを売って金に換えよう等と話し合っては瞳をキラキラさせていた。幾人かの
各リーダーにしても、『三〇歳若返るポーション(注:タブラの試作品)』を入手したパルパトラが、だらしない顔で笑み崩れていたし、オリハルコンの斧の他、防具一式を深紅のオリハルコン製で揃えたグリンガムが、宙に舞い上がりそうになっていたのも印象深い。ヘッケランも入手したオリハルコンの双剣を腰に下げ、鞘の上からポンポンと叩いてはニヤニヤしていた。
中でもモモンガ達の注目を集めたのは、フォーサイトの女
「メコさん、アルシェちゃんに残ってもらうように言わなくて良かったのか? タレント持ちってのもポイント高いし」
「そういうのじゃないから。あとタレントとか、どうでもいい」
「でも、メコン川さん。アルシェちゃんは可愛いですよね?」
「そこは弐式さんに同意するけど、と言うか……二人とも、いい加減にしてくんない?」
右肩側にベルリバー、左肩側に弐式と挟まれる形で、さすがのメコン川も笑みを引っ込めてうんざりしているようだ。そのメコン川が救いを求めるように視線を向けてくるので、モモンガは咳払いをして皆の注目を集める。
「ともあれ接待ダンジョン・アタックが無事に終わって良かったじゃないですか。ここで解散してもいいんですけど……。やることが……残ってますよね?」
見え見えの話題転換だが、解散前にやることが残っているのは事実だ。
全員の視線が、異形種化したペロロンチーノと人化した茶釜に向かう。
「さ~て、ワーカー隊の皆さんも帰ったことだし? お姉ちゃんとお話しましょうか? 円卓で……みんなの見ている前で……」
笑顔が怖すぎで、見ているモモンガ達も半歩後退するほどだ。それを目の前でやられているペロロンチーノは、その身を震わせるや茶釜の前で正座する。
「ごめんなさい! 姉ちゃん、俺が悪かったよ! 許して!」
「何が……悪かったのかしら?」
周囲の空気が重くなった。
魔法効果ではない、殺気でもない、威圧でもない。
口調と声に込めた感情。それだけで茶釜は居並ぶ一〇〇レベルプレイヤー達に重圧感を覚えさせている。
(
モモンガが隣のパンドラズ・アクターに目を向けると、彼は膝をつきこそしないが、立ったまま変なポーズでビクンビクンと痙攣していた。
「パンドラよ。辛いなら宝物殿に帰っていいんだぞ?」
「い、いいえ、いいえ! アインズ様っ! 随行の任を果たっすべくっ! ん
立ったまま身悶えする軍服姿の埴輪顔は、正直言って気持ちが悪い。
(その目障りな動き、やめて欲しいな~……。だけど……なんか慣れてきてる気がして、複雑な気分~……)
肩を落として溜息をつく
(この場で長時間説教されるのが無くなっただけで、この後のアレが無くなるわけじゃないんだよな~……)
茶釜がどのような説教と折檻を用意しているか……。
先に<
そうしてNPCなどの
(ワーカーも帰ったし、俺の玄室守護者役が終わったら……パンドラの随行任務も終了だものな。それに、この後の展開は見せたくないし……。暫くギルメンと話し合ってるから、宝物殿でアイテムの手入れを頼む……って言ったらパンドラの奴、喜んでたな~……)
マジックアイテムを磨くのが好き。
その様に設定を作り、彼を創造したのだ。異形種化しているモモンガに目蓋はないが、気持ち的に目を閉ざすと、鼻歌交じりでアイテムを磨くパンドラズ・アクターの姿が思い浮かぶ。暫し、自分の創造したNPCへ思いを馳せていたかったが、残念なことにペロロンチーノの引きつった声が鼓膜を揺さぶってきた。
「ね、姉ちゃん!? ここって真実の部屋じゃん!? 円卓に行くんじゃなかったのっ!?」
両脇を締め、両手の平を上に向けたペロロンチーノが茶釜に訴えている。だが、今居るギルメン中、一人だけ人化している茶釜は薄く笑って弟を見た。
「だって、行き先が真実の部屋だ……って言ってたら、あんた騒いだでしょ? 『嘘も方便』というやつかしらね~」
「そのことわざ、『良い事をするために小さな悪さは許される』とかだろ! 誤用だーっ!」
必死で叫ぶが、その様子を離れて見ていたタブラが「『滞りなく事を運ぶために、嘘が必要』という意味もあるから、誤用じゃないよ~」と注釈を入れた。そのタブラにペロロンチーノが「い、今は解釈の正しさなんか、どうでもいいんですっ!」と噛みつくも、茶釜の咳払いによってタブラに向いた顔を、姉へ向け直すことになる。
「う……あ、ヒッ……」
「ぅ
地獄の底から聞こえてくる……とでも言うのだろうか。モモンガに渡した腕輪時計の「お兄ちゃん!」と呼びかけてくる声からは、想像もつかない重低音だ。しかも、ビブラートを利かせているので大変に恐ろしい。
部屋の中央に居る姉弟と違って、モモンガや他のギルメンは壁際に居るのだが、気がつくと背が壁に接する状態となっていた。
(「も、モモンガさん? そう言えば私、映画を観る予定があったんですよ。意思を持ったトマトが人を殺すって話の……」)
言いながらタブラが<
(「逃げようとしたって駄目ですよ、タブラさん!」)
かく言うモモンガも、こんな事に同席したくはない。だが、今回はペロロンチーノのエロ罠が
「なぁ? なんで毛が生えたり、服を脱がせるような罠を仕込んだ? あ? ここはユグドラシルの……ゲームの中じゃないって理解してるよな? なぁ?」
「いや、その……」
この真実の部屋においても、ペロロンチーノは説教が始まった際に正座の姿勢を取っている。しかし、彼の視線は時折、正面の姉ではなく部屋の奥に向けられた。この部屋は拷問部屋なのだから、そこかしこに拷問台があったり、飾りとして鉄の処女が置かれていたり、壁にはペンチや鞭などの拷問具が掛けられていたりする。その中で、ペロロンチーノが最も気になったのが……大鍋だ。その人一人沈められそうな大鍋は、火に掛けられて油が煮立っているように見える。ニューロニスト達は、モモンガ達が使用するからと言われて部屋を出たはずで、そうなると煮えたぎった油は何のための用意なのだろうか。もしかして、この後使う予定でもあるのだろうか。そして、誰に対して使うのか……。
(も、もも、もしかして……俺?)
瞬間、ペロロンチーノの全身から汗が噴き出した。その発汗量たるや、竜狩りの相手をしていた際の……茶釜の怒りの視線に気づいたときの比ではない。
「おら、黙ってないで何か言えってのよ」
「は、ははは、はいいいいっ! 女の子が罠にかかれば面白そうだと思いました!」
絞められる鶏のような声で返事したところ、茶釜は腰に手を当てて溜息をついた。
「今度という今度はね、お姉ちゃん……あんたには愛想が尽きたわ。ゲームの中ではっちゃけたり、空気を読まない下ネタで他人の気を悪くさせたり、そういうのとは次元が違うのよね……。まさか……まさか、本物の人間相手に猥褻な行為をするたぁなぁ……」
言い終わりで再び声が重くなる。更には巻き舌効果も加わって、受付棟の前で聞いた時よりも一段と凄味が増しているようだ。最初、モモンガ達は一定の間隔を空けて立っていたが、今では皆で寄り添うように移動している。
(「モモンガさん、笑ってくれていいぜ? 俺、怖くて小便ちびりそうだ……」)
(「俺だって怖いですよ、建御雷さん。人化してたら、もう漏らしてます」)
モモンガは右方向、タブラの向こうで居る建御雷に返事したが、その思いは他のギルメンも同じのようだ。
「う、うううう……」
「う~、じゃなくてな。ああもう、何も話せないなら、それはそれで腹が立ってきた~。……なあ? お前のやらかした事で、ナザリックの皆に迷惑かかってるんだからさ。何かしろよ。役に立つことやってみろって話だ」
ペロロンチーノの前に立つ茶釜……大盾二枚を背負った板金鎧の女戦士……が、上半身を前傾させて、正座中の鳥人に顔を近づける。
「や、やや、役に立つこと?」
ペロロンチーノの声は完全に上擦っており、それを聞いた茶釜は大きく頷いた。
「モモンガさんのデバフ魔法の実験台。体を張って役に立つところを示したら、説教は勘弁してやる」
「そ、そうなの!? お安い御用だよ、姉ちゃん! モモンガさん! 俺の事、好きにして!」
弾けるように立ち上がり、ペロロンチーノはモモンガに対して叫ぶ。実は、この一連の会話の流れ。これはペロロンチーノを除外して、皆で打ち合わせたものなのだ。この後の事も予定が組まれているが、まるで気がついていないペロロンチーノは『救いの神を見る眼差し』でモモンガを見ている。
「誤解を招くような言い方には気をつけて欲しいんですけどね~……。はあ~……。……じゃ、行きますよ? ペロロンチーノさん?」
レプリカのスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをアイテムボックスから取り出し、モモンガは魔法を次々に発動させていく。
「抵抗とかすんなよ~?」
「ううう、わかってるよう~」
姉の念押しに対し、ペロロンチーノが返事をしているが、モモンガは構わず魔法を発動させ続けた。その結果、普通なら楽に抵抗できるはずの低位階デバフ魔法まで纏めてくらい、ペロロンチーノは一〇〇レベルプレイヤーにあるまじき弱体化を実現してしまう。
「はい、終わりましたよ」
「ありがとう! モモンガさん! 姉ちゃん! これで、説教は終わりだよね!?」
モモンガ達、ギルメンらの視線が処刑場の死刑囚を見るものに変わっているが、ペロロンチーノは喜びに声を震わせながら確認した。対する茶釜は胸の下で腕組みすると、右手を上げて顎下に人差し指の甲を当てる。
「ああ、終わりだな。……説教は」
「……はっ?」
一言発して硬直したペロロンチーノの姿を、モモンガは当分忘れられないだろうなと思った。
数秒の後、再起動したペロロンチーノは、さすがに気色ばんで茶釜に抗議する。
「さっき言ってたじゃん! 説教を終わりにするって! これ以上、何があるって言うんだよぉ!」
「決まってるだろ? 折檻よ、折檻」
「せっ……」
絶句したペロロンチーノが、モモンガを見て、次いで壁際のギルメン達を順に視線で確認して行った。ギルメン側の反応は様々である。
並んで立つベルリバーとメコン川が目を逸らし、建御雷が重い溜息をついて俯いた。弐式はパンと手を合わせて「ごめん」と謝り、タブラとブルー・プラネットがわざとらしく口笛を吹いている。そしてモモンガは……「すみません、ペロロンチーノさん! 俺には、もうこうするしか……」と言い訳しながら後ずさっていた。それらギルメン達の姿に、立ったままのペロロンチーノはワナワナと拳を震わせる。
「ひどいです! 見損ないましたよ、皆さん! 姉ちゃんの味方だったんですね! ……ぐうっ!?」
モモンガ達をなじる声が途中で途切れた。茶釜がペロロンチーノの向こう
「
「喚くな愚弟。お前が悪いんであって、モモンガさん達に見損なった部分なんかない。それとな、みんなと私の彼氏を悪く言うな」
口調は怖いままだが、最後の部分で『私の彼氏』という言葉が出たため、壁際のギルメン達は、途端にニヤニヤしながらモモンガに視線を集めた。
「モモンガさん、そういや茶釜さんと付き合ってるんだったな」
「そんな話もあったな~。改めて聞かされると驚くわ。本当にマジだったのか……」
ベルリバーとメコン川の囁き合う声が聞こえ、モモンガは頬が熱くなるのを感じている。ヘロヘロなどは「モモンガハーレムは、何処まで行くんでしょうね~。安心してメイドさん達と仲良くできるから、俺は大助かりなんですけどね~」などと言って、粘体の身体を上下させていた。
(ぐうっ。ヘロヘロさんめ……。俺の交際関係がアレだからって、自分も好き放題……)
異世界転移した当初、ヘロヘロはソリュシャンらNPCに手を出すことについて、外聞を気にしたらしい。しきりに同類を作るべく、モモンガに対して積極的にNPCに手を出すよう言っていた。それは後に合流した弐式炎雷が、自身の創造NPCであるナーベラル・ガンマと仲良くしだした事で矛先が変わった様に思えていたのだが……。どうやら、モモンガが交際女性の数を増やしたことにより、当初のように都合良く利用することを考えたらしい。
唇を噛む思いのモモンガは、ヘロヘロを睨んだが、自分とヘロヘロでは異性交遊に関して大きな違いがある事も理解している。
(ヘロヘロさんが、自身の創造NPCにしか手を出してないのに対し、俺はタブラさんとメコン川さんのNPC、ギルメンの茶釜さんに、外部ではニニャとエンリだものな~。最後の二人は……そ、外妻枠だけどな!)
自分の方が女性に対して不誠実かもしれない。そういう思いが強くなり、モモンガは肩を落としつつペロロンチーノを注視するのだった。
◇◇◇◇
茶釜からなじられ終えたペロロンチーノが、真実の部屋の奥へと引きずられていく。そこにある大鍋では油が煮えたぎっており、近づいただけで強い熱気が感じられた。
「ね、姉ちゃん! 本気なの!? さっき、片栗粉をかけられて……これじゃあ唐揚げの準備じゃないかぁ!?」
「そうそう、今回の折檻は唐揚げの刑よ。色々考えたんだけど、アンケートを採ったら、唐揚げが良いって決まっちゃってね~」
喚く鳥人の首後ろや肩を持って歩く茶釜は、機嫌良さそうに笑って言う。これを聞いたペロロンチーノは「アンケートって、モモンガさん達に!? ひどい! みんなで俺の事を弄ぶ気なんだ! 同人誌みたいに!」などと、訳のわからないことを供述……もとい叫んでいるが、それで茶釜が止まるわけではない。
「さ~、楽しい油風呂の時間よ~。デバフ増し増しだから、ちゃんと熱く感じるはずよ~。日本男児の根性が試される時かしらねぇ~」
「こ、殺されるぅ! 誰か助けてーっ! シャルティアぁああああ!?」
階層守護者最強とされる自身の創造NPCの名を叫ぶが、この真実の部屋にNPCは一人も呼ばれてはいない。特にシャルティアに関しては、ダンジョン・アタックで使用した第三階層までの後片付けを命じてあるため、今は一生懸命に作業していることだろう。
そんな中、静々と進み出る者が居た。
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長、モモンガである。
皆の注目が彼に集まり、茶釜も手を止めるが、ペロロンチーノにとっては救いの神のように見えていた。
「モモンガさん?」
「モモンガさん!!」
怪訝そうに呟く茶釜と、半泣きのペロロンチーノの声が重なる。そんな二人の前に進み出たモモンガは、チラッとペロロンチーノを見てから茶釜と視線を交わした。
「茶釜さん。鍋への鳥肉投入は俺達も手伝います」
「あら、助かるわ。さすが、ダーリン!」
「ぎゃああああああああああ!?」
救いの神と思えた友人。だが、
絶叫するペロロンチーノは、姉とモモンガ、そしてワラワラ集まってきたギルメン達によって、煮えたぎる油の中へ投じられる。
その様は……正しく『唐揚げ』の調理だった。
◇◇◇◇
「熱っ!? 熱ぃいいいいい!? 全身火傷しちゃううううう!?」
真実の部屋の油鍋……ではなく石畳上で、ペロロンチーノが七転八倒している。
ギルメンの手によって、油鍋に投じられたのではなかったのか。
実は今、彼は幻覚の中で油風呂を味わっているのだ。
「お~、効いてる効いてる。さすが、無抵抗でデバフ魔法を受けただけのことはありますねぇ」
感心した様子でブルー・プラネットがペロロンチーノを覗き込んでいる。その隣では、弐式が楽しげにしながらペロロンチーノを見て、次いでモモンガを見た。
「デバフ系魔法を乱発してる中に、幻覚系魔法を織り交ぜておくだなんて……。さすがですね、モモンガさん」
「はっはっはっ、抵抗しないよう頑張ってるペロロンチーノさんは気がつかなかったみたいですけどね~。ものごっつ強化しましたから、数日間は悪夢でうなされますよ。後遺症ってやつですね!」
ペロロンチーノの折檻内容については、<
「とまあ、魔法切れした後に覚醒しても、かなり強い『現実感』が残りますけど。これはこれで……ここまでやって良かったんですかね?」
皆で決めたことだったが、さすがに気になったモモンガが確認すると、茶釜はケラケラ笑いながら頷いている。
「本当に油風呂に沈められなかったんだから、逆にありがたいと思ってくれなくちゃ! でも、今後も何かやらかすとしたら……本当に唐揚げにした方が良いのかもね~……」
そう言って溜息をつく茶釜の顔は、苦虫を噛み潰したようだ。ギルメン達も「どうしたもんかな」と顔を見合わせていたが、モモンガは「そうならないと良いんだけど……無理かなぁ」と考えている。茶釜の言う『今後のやらかし』に対し、ペロロンチーノに取り返しの付かないレベルの折檻が……と思うと寒気を覚えるが、そうならないようにフォローだけはしようと決心する。そのモモンガの足下では、幻覚を見たままのペロロンチーノがのたうち回っていた。
「たぁ~すけて~っ! 俺、熱いの嫌なんですぅ~っ! お熱いのは、シャルティアとムフフしてるだけで十分だから~~っ!」
……。
妙に余裕が感じられる悲鳴。
それを聞いたモモンガ達は、一斉に大きな溜息をつく。
また、こんな事があるのかもな……と。
エルヤーですが、本人の過失による事故死となりました。
ブレイン達が既に雇用されている以上、オリジナル武技なんかはモモンガさんの興味を引くと思った感じです。原作ではスルーでしたが。
で、他のチームメンバーよりは扱いがキツいんですけど、上手くやればブレインと似たポジションになる……可能性は高かったんですが、脱走して罠で事故死しました。結果としてナザリック穏健派三人からも愛想を尽かされることに。
最後に決めた方針のとおりにならなかった、あるいは黒棺行きにならなかったのは、後日に合流するたっちさんや、やまいこさんを気にしたことによります。
まあ、野盗なんかは散々殺したりしてますし、殺意を持って刃を向けてきたエルヤーなんか、殺して大丈夫なんでしょうが、拷問とか惨たらしく……には中々持って行きにくかった感じです。今回、一番書き抜くのに時間がかかりました。
唐揚げに関しては、本文のようなVR式の折檻になりました。
熱した油で痛手を与えるにはデバフ……と思ったのが発端でして。VR式なら遠慮なく酷い目に遭わせられるという結論に至りました。
茶釜さんがメタいこと言ってますけど、お遊び的な感じですね。読者に向けてウインクして貰おうかと10分ほど考え込んでました。
幻覚魔法が発動してからの会話は、タブラさんの開発による不思議アイテムで会話関与した感じになってますが、まあ細かいことは置いてノリで
……ということにしておいていただければ。
<誤字報告>
佐藤東沙さん
毎度ありがとうございます
うお~、そろそろメッセージで忠告頂いた、矛盾箇所とか手入れしなくちゃ~
あと、今更気がついたんですけど、投稿文量が多いほど、誤字等チェックに時間がかかるという……