オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第8話 デミウルゴスは本気で言ってるんですかね?

 モモンガの息抜き目的の外出。

 それは彼の思うとおりには実行できなかった。

 ヘロヘロが共に居るのは良い。彼はアインズ・ウール・ゴウンのギルメンであり、大切な友人だからだ。

 ソリュシャン・イプシロンが同行してるのも、まあ良いだろう。彼女はヘロヘロが作成したNPCであり、ヘロヘロの大事な娘……を超越しつつある女性だからだ。

 しかし……デミウルゴスが同行している点について、モモンガは幾分気分を害していた。

 

(ヘロヘロさんが人化できるようになった後、人化の腕輪を貰ったのはいいけどさ。部屋を出て第一階層まで行ったところで見つかっちゃうし……)

 

 第七階層守護者のデミウルゴスが、何故ナザリックの浅階で行動していたのか。しかも、魔将を三人も連れて……である。モモンガにはサッパリ理解できなかったが、問題はデミウルゴスが護衛隊を編成しようとしたことだ。

 

(これ以上増えたら息抜きにならないだろ!)

 

 どうにか言いくるめて一人だけ同行を許可したが、その同行者が他ならぬデミウルゴスだった。

 

「しかし、ヘロヘロ様に人化の能力がおありでしたとは……」

 

 第一階層を抜けようとしたとこで、デミウルゴスが誰に言うともなく呟く。知能の高い彼が無駄な独り言をするはずがないので、これは返事を求めているのだろう。

 

「いやあ、私も知らなかったんですけどね。なんかこう、人間種になる! って思ったら、できちゃいました」 

 

 人化したヘロヘロが、歩きながら後ろ頭を掻いている。

 見れば見るほど物静かと言うか、平和な雰囲気を醸し出す青年姿であり、ヘロヘロ自身が言うには「もう少し背丈が欲しかった」とのこと。身長百六十六センチのソリュシャンより少し低いのだから、『彼女と同じ目線で』というのは達成できなかったとも言える。

 もっとも、「自分より少し背の高いソリュシャンというのも良いですね!」などと言っていたので、本人的には許容範囲なのかもしれない。ソリュシャンの方はと言うと、当然ながら気にしていない。それどころかヘロヘロが自虐的な台詞を吐くたびに、意見し、反対し、褒め称えていた。

 

「ははは。そんなに褒めても何も出ませんよ~」

 

 機嫌良さそうにしているヘロヘロの声を聞きながら、モモンガは嘆息した。

 

(満喫してるなぁ……。ヘロヘロさん)

 

 玉座の間で再会してからここまで、ヘロヘロは割と好きなように行動している。それは身勝手とは違い、その場その場で自然体に自分のやりたいようにしているのだ。

 

(こっちに来て体調がレッドやイエロー状態から、オールグリーンになったっぽいし。仕事からも解放されて……そう、色々解放されちゃったんだろうな……)

 

 そうなるとモモンガ自身はどうなのだろうか。

 彼も現実(リアル)とは違い、体調良好で仕事に追われることも無くなったため、解放感は感じている。なのに、その解放感はヘロヘロほどのものではないような気がしてならなかった。

 

(やはり……春を感じさせる女性の不在だろうか!)

 

 ギン! 

 

 暗い眼窩の中で瞳を光らせてみたが、それは正解のほんの一部でしかない。

 アンデッドとなったことによる、強制的な精神の安定化。そして精神が異形側に引っ張られているのが主な原因だ。同じ異形でも、生者であるヘロヘロとでは精神に受ける影響はかなり違う。更に言えば、ヘロヘロは人化を会得(?)したことによって、その精神の異形化が大きく低減されていた。とはいえ、影響が無くなったわけではないのだが……

 

「む、外に出たか? ……っ。これは!?」

 

 星明かりが足下を照らすのを見て、モモンガは空を仰ぎ見た。

 満天の星空が広がり、モモンガ達を照らし出している。

 圧倒されたのは星の密度だ。夜空の星というのは、これほど沢山あるものか。現実(リアル)の百年ほど前でも、すでに都市部では夜空に星を見ることは少なくなっていたと聞く。

 

(第六階層の星空も凄かったけど、それ以上だ! ブルー・プラネットさんにも見て貰いたいな!)

 

 自然の星空について熱く語っていたギルメンを思い出し、モモンガは胸が熱くなるのを感じていた。もっと近くで星を見たい。飛行系の魔法を……使用したかったが、魔法で創造した重鎧を着用していては無理な話だ。鎧を解除すれば良いだけの話だったが、気が急いているモモンガはアイテムを取り出す。

 小さな鳥の翼を象ったネックレス。

 そこに込められた魔法は飛行の魔法だ。が、自分一人で飛び立とうとしたモモンガはヘロヘロに目を向けた。同行しているのがデミウルゴスとソリュシャンだけであったなら、構わず飛んでいたことだろう。

 

「ヘロヘロさん。夜空の散歩と言いますか。観察……観賞ですかね。飛びたいと思うんです。飛行アイテムを持ってましたか? 飛ぶ魔法は確か使えませんよね?」

 

「もちろん、アイテムなら持ってますよ」

 

 問いかけると、ヘロヘロは同じアイテムを三つ取り出す。

 都合良く持ち合わせがあるように思えるが、単独での飛行手段を持たないヘロヘロは、こういったアイテムをアイテムボックスに常備しているのだ。

 

「はい、これはソリュシャンの分」

 

 自分の首にネックレスのチェーンを掛け、ヘロヘロはソリュシャンにもアイテムを差し出す。ソリュシャンは恐縮し遠慮していたが、「でも、これが無いと私に同行できませんよ? ……私が抱きかかえましょうか?」と言われ、慌てて受け取っていた。ヘロヘロのセリフの後半が決め手となったわけだが、居合わせた者達の反応はそれぞれ違う。

 

(ソリュシャンは恥ずかしがり屋さんなんですかね?)

 

(この人、ホントに現実(リアル)で彼女居なかったの!?)

 

(危うくヘロヘロ様のお手を煩わせるところだった……。僕として、もっと気を引き締めないと……。でも、抱き上げて欲しかったかも……)

 

(ふむ。ソリュシャンは、創造主であるヘロヘロ様との仲が良好のようだ。羨ましい限りです。……ウルベルト様……)

 

 一瞬、場が静まったが、それを破ったのはヘロヘロだった。

 

「デミウルゴスはどうします? ネックレスは、まだありますよ?」

 

「いえいえ。私は自前で飛べますので。どうぞ、お気遣いなく……」

 

 恭しく一礼すると、ヘロヘロは「なら大丈夫ですね」とネックレスを引っ込める。どうやら準備が整ったらしい。

 

「ヘロヘロさん。では……飛びます」

 

 声を掛けたモモンガがネックレスの魔法を発動させて飛び上がると、ヘロヘロ達も後を追う形で飛行する。デミウルゴスはスーツの背から濡れた皮膜の翼を出し、頭部を蛙に似た悪魔のものへと変貌させた。これがデミウルゴスの半魔形態だが、翼による飛行が可能であり、少し遅れる形となったが彼も大空へ飛び立った。

 

「凄い……」

 

 地平線が弧を描くほどに上昇したモモンガは、無限に広がる星の世界と広大な大地を目の当たりにし圧倒されている。

 

「地平線まで明るく見えている。星と月の明かりだけで……。これはこれで現実の世界とは思えないな。まるでキラキラと輝く宝石箱のようだ。そうですよね、ヘロヘロさん」

 

 少し遅れて到着したヘロヘロ。彼も、前後左右、上下に下……埋め尽くされた圧倒的な光景に口をポカンと開けていたが、モモンガに話しかけられたことで大きく頷く。

 

「ええ、本当に。ブルー・プラネットさんが熱く力説していたのも頷けます。しかし、宝石箱とは……。モモンガさんも結構な死人(しじん)ですね」

 

「今、発音がおかしくなかったですか!?」

 

 ツッコミを入れるモモンガに対し、ヘロヘロは「ふふ~ん」と機嫌良く笑いながら視線を逸らした。

 至高の御方同士が親しく語り合っている。

 長らくモモンガ一人だけだったナザリックに、至高の御方がお戻りに成られたのだ。

 この光景にデミウルゴスとソリュシャンは涙するのを禁じ得ない。

 

「まさしく詩的でございます。モモンガ様。この世界が美しいのは、至高の御方の身を飾るための宝石を宿しているからに違いないかと」

 

 恭しくお辞儀をするデミウルゴスを見て、モモンガとヘロヘロは顔を見合わせた。

 

「モモンガさん。詩人ぶりに関してはデミウルゴスの方が上ですね」

 

「今度は発音がマトモだ。う、ウォホン。そうですね、確かに……」

 

 肩の力を抜いたギルメンとの語らい。これに気をよくしたモモンガは、魔王ロールで一発語りたくなった。意識して声のトーンを落とすと、ヘロヘロ、そしてデミウルゴスらを見回して口を開く。

 

「こんな星々が私達の身を飾るためか……。確かにそうかも知れないな。私達がこの地に来たのは、誰も手に入れていない宝石箱を手にするためやも知れないか」

 

 モモンガは手の平を上方にかざした。

 視界を遮る形で星々が見えなくなる。そのまま握りしめたが、それで星々が手に収まるはずもない。子供のお遊びのような行為に、モモンガは鼻を鳴らしたが……。

 

「いや、ナザリック地下大墳墓を……アインズ・ウール・ゴウンを飾るためにこそ相応しい。そう思ってしまうな……」

 

「魅力的なお言葉です」

 

 デミウルゴスは言う。

 モモンガ達が望むのであれば、ナザリックの全軍を持って宝石箱のすべてを手に入れると。それを至高の御方に捧げられるのなら、それに勝る喜びは無いと。

 

「おお。大きく出ましたね。ソリュシャンはどう思いますか?」

 

「デミウルゴス様の仰るとおりかと……」

 

 ソリュシャンはヘロヘロに微笑む。カルマ値は悪に全振りしているはずだが、その表情はどう見ても『優しげなお姉さん』にしか見えなかった。

 

(みんな、ノリがいいな~。デミウルゴスは、悪魔ロールが好きだったウルベルトさんの作成NPCだし。こういう会話は好きなのかも知れないな)

 

 ウンウンと頷いたモモンガは、魔王ロールのまま苦笑する。

 

「この星々を手に入れる。眼下の地表も含めて……か。それだと世界征服ではないか。まだどのような存在が居るのかもわからない現状では夢想でしかないな。我々が取るに足らない、ちっぽけな存在でしかない。そういう事もある。だが……」

 

 現実的な話として、世界征服を実現するのは不可能だとモモンガは思っていた。

 第一、世界征服したとして、どうやって治めていくのだろうか。反乱だってあるかも知れないし。都市の維持管理や税金の問題なんか、考えただけで頭が痛くなる。

 しかし、この場で思ったり言うだけなら誰にも迷惑はかからない。多少恥ずかしいことを言っても、近くに居るのは三人だけで、いずれも身内だ。

 

「そうだな。ウルベルトさん。るし★ふぁーさん。ばりあぶる・たりすまんさん。ベルリバーさん……か」

 

「ああ、その四人。ユグドラシルで世界一つぐらい征服してやろうって言ってたメンバーですね」

 

 ヘロヘロが懐かしげに細い眼を更に細めている。

 結局、できませんでしたけどね……と笑う彼に、モモンガは頷いて見せた。

 

「ヘロヘロさん。もし可能なら、この世界で世界征服をやってみるのも面白いかもしれませんね」

 

「え~? やるんですか? モモンガさんがさっき言ってたみたいに、解らないことは沢山あって先行きは不透明ですよ? それに統治なんか私達には、とてもとても……」

 

 やはりヘロヘロも、モモンガと同様の『世界征服が無理で面倒』という結論に到達しているらしい。彼が顔前でパタパタ手を振ると、モモンガは笑い出し、ヘロヘロもまた笑い出した。

 たわい無い、友人同士の和やかな談笑だ。

 だが、それがデミウルゴスの発した言葉でピタリと止まることとなる。

 

「征服後の統治機構の構築。その他の些事は私めにお任せを。アルベドもおりますれば、問題は無いかと……」

 

 カエル悪魔の顔でニッコリ微笑むデミウルゴス。

 その彼をモモンガ達は一瞥し、身を寄せて囁きあった。今のヘロヘロは小柄ではあるが人間種形態であり、飛行魔法を調整すればモモンガがかがむ必要は無い。

 

(「ヘロヘロさん。デミウルゴスは本気で言ってるんですかね?」)

 

(「どうも本気のようですよ? ほら尻尾、嬉しそうに振ってるじゃないですか」)

 

 チラリと振り返ると、デミウルゴスの長い尾がブンブン振られている様が、モモンガの目に飛び込んできた。

 

(「うあー……」)

 

 驚愕。しかし、瞬時に精神の安定化が起こり、モモンガは冷静になる。

 

(「でも実際、世界征服とか無理でしょ? ヘロヘロさんも、そう思いますよね?」)

 

(「俺達だけじゃ無理ですよ。ぷにっと萌えさんやタブラさんとか……ギルドの頭脳派が居れば、多少は……とは思いますが。でも……デミウルゴスなら、ある程度いけるんじゃないですか?)

 

 ヘロヘロが完全否定しなかったことでモモンガは目を剥いたが、相手の真意を知るべく続きを促した。

 

(「私、思うんですよね~。今のところ、ナザリック内に私達以外のギルメンは居ないみたいですが、ひょっとしたら外には居るかも知れないじゃないですか。私みたいにナザリック内に遅れて飛ばされることもあるかもですけど」)

 

(「セバスに少し外を歩かせましたが……。本格的にナザリック外を探すことは重要……急務だと?」)

 

 モモンガの問いにヘロヘロは頷く。

 どのみち、外を調べるのは必要だ。セバスの報告では村があったそうだし、まずはそこを調べて情報を得よう。そして、どんどん探索範囲を広げるのだ。

 

(「その村とか……ひょっとしたら都市なんかがあれば、そこに手を伸ばしてギルメンを探したりできるかも知れません……」)

 

(「なるほど……。悪くは無いですね……。ヘロヘロさんの言うとおりだ」)

 

 それに収入の見込める都市を支配下におければ、ナザリックの資金問題が解決する可能性がある。維持費が不足してギルドホーム消滅……という事態は絶対に回避しなければならない。

 

(「世界征服はともかく、ナザリックの勢力拡大は必要でしょう。ヘロヘロさん。俺、ある程度はデミウルゴスに任せたいと思うのですが?」)

 

(「モモンガさんの意見に賛成です。デミウルゴスには後でジックリ話をして……そう、打ち合わせが必要でしょうね」)

 

 村や都市、他勢力を支配下に置くにしても、やり方というものがあるだろう。

 こっちの世界で余所のギルドのプレイヤーが居たとして、彼らに目を付けられるのは良くないことだ。ゲームではないのだから、悪党ぶりは控えめにした方がいいだろう。少なくとも、文句を付けられないよう心がけるべきだとモモンガ達は判断する。

 大体の方針を決めたモモンガとヘロヘロは、不思議そうな顔で待機しているデミウルゴス達を見た。

 

「デミウルゴスよ。世界征服に関しては、たとえやるにしても慎重に事を進めるべきだと思う。まずは手近なところから手を伸ばそうではないか。後で、打ち合わせたいことがあるのだが……構わないか?」

 

「もちろんでございます。モモンガ様」

 

 胸に腕を当てるようにしてデミウルゴスがお辞儀する。

 

「おや? あれはマーレの<大地の大波(アースサージ)>ですかね?」

 

 ヘロヘロの声を聞き視線を下げたところ、ナザリックに向かって大規模な津波が押し寄せていた。津波と言っても水ではなく土。そして地形そのものである。

 転移後のナザリック地下大墳墓は、平坦な草原地帯に出現していた。

 ユグドラシル時代であれば、毒の沼地などの地形効果で防衛力強化が期待できたが、草原ではそうもいかない。そこでモモンガはマーレに命じて、ナザリック周辺を起伏の激しい丘陵地帯に変貌させた。それが今まさに行われているのだろう。

 

「マーレの陣中見舞いに行くか……。ヘロヘロさんも来ます?」

 

「ええ。その後は……少しお腹が空きましたので、食事にしたいですねぇ。ソリュシャン、引っ張り回して申し訳ないですけど、御一緒願えますか?」

 

「願うだなんて滅相もない! ついて来いと、御命令くださいますよう」

 

 慌てるソリュシャンを見て、モモンガ達は苦笑した。

 忠誠心、マジで重い。

 そう思わずには居られない。だが、今の彼らにとってナザリック地下大墳墓と所属するNPCらは重要な拠点であり協力者だ。しかもNPCらの多くはギルメンの子供でもある。

 自分達で慣れるしかないのかも……そう思いつつ、モモンガとヘロヘロはナザリック外壁上で立つマーレの元へと降下していくのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ふっ! ほっ! はっ! くっ、この鏡め!」

 

「ほいほいほい。上手くいきませんね~」

 

 モモンガの執務室で、椅子に座したモモンガ、そして傍らで立つヘロヘロが珍妙な身振り手振りをしている。

 ちなみにヘロヘロは古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)の形態であり、モモンガは……人間種の姿となっていた。

 ヘロヘロが異形化しているのは、人化したままで居ると『ある種のストレス』のようなものが生じて、異形化せずには居られないからだ。このストレス状態は維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)を使用しても解消できない。

 ヘロヘロは「人間種で居ると、それはそれで気楽なんですけど。あくまでも基本は異形種……ということなんですかね~」と言っていたが、それほど気にしていない様子でもあった。

 そして、モモンガが人化している理由。

 こちらはヘロヘロから譲渡された人化の腕輪による人化だ。ヘロヘロのようにストレスの問題はあるが、今は人化していたい気分なのである。

 あの星空での一件の後。モモンガ達は、ナザリック地下大墳墓を隠蔽するべく奮闘中のマーレを訪ねた。

 恐縮することしきりの彼に、褒美としてギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を与え、直後に合流したアルベドにも指輪を渡している。

 問題は、その後だ。

 事前にヘロヘロが言っていたように、モモンガ、そしてソリュシャンも加えた三人で食堂へ向かった……ソリュシャンだけギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を持っていないため、モモンガの転移門(ゲート)で飛んだ……ところ。その場に居合わせた一般メイドらが、ヘロヘロを見て大歓声をあげたのである。

 それも当然、ヘロヘロが作成したNPCはソリュシャンだけでなく、一般メイドの三分の一も作成に関与していた。それも彼が主導で。つまり、ヘロヘロは彼女らの創造主でもあるのだ。

 モモンガは後日、この時の様子を次のように語っている。

 

「メイドの涙で、食堂が水没系トラップになるかと思った」

 

 無論、誇張だ。しかし、居合わせたモモンガにしてみれば誇張でも何でもなく、ただ呆然と状況を見守るしかない。この混乱は駆けつけたメイド長……ペストーニャ・S・ワンコによってメイドらが追い散らされる約半時間後まで続いた。

 そして、ようやく食事となったが、モモンガは骨なので食事ができない。人化したままのヘロヘロが料理をパクつく様を傍観するしかないのだ。

 

(人化……いいな。ちょっと……ちょっとだけなら……)

 

 メイドらが再び集結し、ソリュシャンを筆頭としてヘロヘロの食事の世話をしている。実に、甲斐甲斐しい。人数が多いのでハーレム状態である。その光景を見ていると、能力値やスキルのデメリット。そんなものが如何ほどの障害になるのか。そういう思いがモモンガの中で充満し……気がつくと人化の腕輪を装着していた。

 

「でまあ、ナザリック食堂の料理の美味さに俺も開眼して、爆食してたわけですが……」

 

 その最中に登場したセバスにより、モモンガとヘロヘロは二人纏めて説教されることとなる。

 説教のお題は『至高の御方が少ない護衛で外に出ることの危険性』について。

 白髪白髭、筋骨隆々たる体躯の老紳士。これが創造主のたっち・みーばりの迫力で説教するのだ。あまりの怖さにモモンガ達は正座せざるを得なかったほどである。

 半時間ほど続いた説教が終わった後、モモンガ達は外部調査をする前段階と称して、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の試験運用を始めたのだった。

 そして現在に到る。ソリュシャンは通常業務に戻したので、今室内に居るのはモモンガ達とセバスのみだ。

 

「このアイテムが。こんなに使いにくかったとは……」

 

「ユグドラシルじゃ妨害されやすいわ、音は聞こえないわ、屋内は覗けないわで微妙アイテムだったんですけど。その上、使いにくいときましてはね~……おっ?」

 

 ヘロヘロが画面が動いたのを見て、声をあげる。

 

「お? おおっ?」

 

 触手を動かす度に遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の画面が動いた。拡大縮小も思いのままだ。

 

「やった! やりましたよ!」

 

「え? マジですか!? って、俺もできた!」

 

 ヘロヘロの動作を真似たモモンガも鏡の操作を掴む。

 触れずに少し離れた位置からの、タッチパネル操作をするような心持ち。それが操作するためのコツだったのだ。

 

「いや~、できましたね。あれですか、残業八時間目のプログラマーが突然、物事上手く行った……みたいな気分?」

 

「やなこと思い出させないでくださいよ……」

 

 僅かにブスッとした声で言うヘロヘロは、練習がてら画面をスイスイ移動させていくが、そこでふとセバスの報告内容を思い出す。

 

「セバス。発見した村は南西十キロでしたか?」

 

「はい。ヘロヘロ様。その地点からですと、もう少し西に進んだ場所かと……」

 

 二人の会話を聞いていたモモンガは「こっちですかね?」と画面操作をした。数回手を振ると、確かに村が見えてくる。戸数から言って百人規模で住民が居ると思われるが……。

 

「これは、何をしてると思います? ヘロヘロさん?」

 

 武装した騎士のような男達が村中を駆け巡り、村人に危害……いや、殺害しているようだ。手には剣を持ち、それを思うさま振るっている。

 

「どちらも人間種のようですが。イベントや、祭り……ではないですよね?」

 

「恐らくは襲撃かと思われます。ですが……」

 

 ヘロヘロの呟きに答えたセバスであったが、少し考え込むような素振りを見せ、それがモモンガ達の注意を引く。

 

「どうした、セバス? 何か思い当たることでもあるのか? 言ってみろ」

 

「はい。実は……」

 

 セバスの説明によると、第六階層で『忠誠の儀』が終わり、モモンガとヘロヘロが姿を消した後のことだ。デミウルゴスが影の悪魔(シャドウ・デーモン)を発見した村に向けて差し向けたと言う。

 

「私達が村に出向く際、有事に支援活動を迅速に行うため……か」

 

影の悪魔(シャドウ・デーモン)なら発見されにくいでしょうから。適役ですね~」

 

 言いつつモモンガ達は、デミウルゴスの用意周到さにおののいていた。その一方で、この事態発生に際し、デミウルゴスが何の報告もしてこないことが気になる。

 

(セバスは知らなさそう。直接に聞けばいいか……。魔法、便利だもんな)

 

 モモンガは、こめかみに指を当てると伝言(メッセージ)を発動した。

 

「デミウルゴス……」

 

(『これは、モモンガ様。どのような御用件でしょうか?』)

 

 今何をしていたかは不明だが、デミウルゴスはすぐさま用件を聞いてくる。なのでモモンガは遠慮なく聞いた。

 

「セバスが発見した村に影の悪魔(シャドウ・デーモン)を差し向けているそうだな」

 

(『……そのとおりでございます。影の悪魔(シャドウ・デーモン)らが何かしでかしましたか?』)

 

 何かしでかした……のではなく、何もしてないのが問題なのだ。

 モモンガは「村が襲撃されているようだが、その事態発生につき、何も報告が無いのは何故か?」を聞いてみる。

 

(『そ、それは! その……』)

 

 途端にデミウルゴスの舌の回りが悪くなった。詳しく聞いてみると、下等な人間種同士であるし、数の増減が多少あったところで支障は無いと判断したらしい。

 

(マジか、こいつ……)

 

 モモンガは呆れた。呆れたが、チラッと遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の画面に目をやって考えた。

 何人かが惨殺される……現実(リアル)で居た頃なら、目を背けるか卒倒しそうなシーンが繰り広げられている。

 

(んん? 俺も……大したことないな……と思ってるぞ? 今、人間種なのに!? じ、人化を解いたらどうなるんだ?)

 

 モモンガは一瞬だけ死の支配者(オーバーロード)に戻ってみた。

 ……。

 精神の安定化が発生し、衝撃を受けた心が穏やか……いや、平坦なものへと変わる。

 モモンガは再度人化すると、生唾を飲み込んでからデミウルゴスに伝えた。

 

「ご苦労だったな、デミウルゴス。しかし、言っておく。得た情報を重視するかどうかは私達が決めることだ。いや、そうではないな。監視役を配したなら、ともかく情報は報告すべきだ。以後は、よろしく頼む」

 

 一方的に言って伝言(メッセージ)を切ると、モモンガは隣で立ち、様子を見守っていたヘロヘロに向き直る。 

 

「ヘロヘロさん。一度、人化して見てください。この光景、どう思われますか?」

 

「ちょっと待ってください」

 

 ヘロヘロはニュミンと伸び上がり、例の道着を着用した人間種の姿に変わった。そして下顎に手を当て、無精髭を擦りながら画面を観察する。そして言った。

 

「モモンガさん。大変です。人が殺されまくってるのに、あまり衝撃がないです。今、人化してるのに……。映画の戦闘シーンで人が死んでる……ぐらいの感覚しかないですね」

 

 なのに、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)のときは、野生動物の記録映像で、捕食シーンを見てるぐらいの感覚しかなかったと言う。

 ヘロヘロの顔が大きく引きつってる。

 彼の感想が自分と違うこと。そして、ある意味で同じであると知り、モモンガは小さく頷く。

 

(俺なんか、骨の時は『木の枝が風で揺れてるのを見た』ぐらいの感覚だったものな。ところが人化してから見ると、人化したヘロヘロさんと同じぐらいの感覚になる……これは……)

 

 死の支配者(オーバーロード)古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)では、感覚が違うのだろうか。アンデッドと生者だから、違って当然なのかも知れないが……。

 

(俺もヘロヘロさんも、元は人間なのに……)

 

 やはり、人化しても完全に異形種としての本性感覚からは逃れられない。いや、それが普通なのだとさえ思ってしまう。だが、それで良いのだろうか。

 

「ヘロヘロさん。このまま私達、内面まで異形種になったりしますかね? そうなったとして……それで皆に顔を合わせられるんでしょうか? いや、他の人達(ギルメン)は大丈夫なんですかね……」

 

「わかりません。それに、皆が皆、私達と同じになるとは限りませんし……」

 

 モモンガの問いに答えつつ、ヘロヘロは画面に近い方の目を微かに見開く。

 

「これからは、人化の時間を長く取るのがいいかも知れませんね。異形化は『異形ストレス』の解消が必要ですから、そっちも必要ですが……」

 

「ヘロヘロさんの言うとおりです。検証は必要でしょう……」

 

 大気汚染も体調不良も無い世界に来たと思ったのに、面倒なことが我が身で起こっている。何もかも思いどおり……なんて都合の良いことはないのだ。

 二人で話し合ってる内にも、画面内での殺戮ショーは続く。今は男と女、それに娘が二人……家族のような一組が、騎士に襲われており、男が残って他を逃がしていた。

 モモンガとヘロヘロは人化を解いて見ていたが、今度は人化していたときよりも無関心であることに戦慄を覚える。

 

「お助けになりますか?」

 

 後方からの声を聞き、その声の内容を認識したモモンガ達は、ビクリと体を揺らした。

 セバスが……ジッと二人を見ている。

 彼は『助けに行け』と言ったわけではない。画面内の光景を見て、どうするかを聞いただけだ。ただ、第一声が『助けるかどうか』を問うあたり、彼の創造主を連想させるには十分だった。

 

(たっちさんに似ている……)

 

 モモンガは、ギルメン……たっち・みーにより救われ、アインズ・ウール・ゴウンの前身、ナインズ・オウン・ゴールに誘われたことを思い出していた。彼の救いが無ければ、モモンガはユグドラシルを引退していたことだろう。

 ヘロヘロを見ると、モモンガと同じ思いだったようで、画面を逃げた妻や娘達の方へ移動させながら頷いていた。

 今は、画面上で女性三人が殺されようとしている。

 

「行きましょう。ヘロヘロさん!」

 

「ええ、ここで助けに行かないと、後でたっちさんに叱られてしまいます! って、えっ?」

 

 良いシーンだったが、ヘロヘロが最後に噛んだ。古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)の体躯を若干膨らませるようにして画面に釘付けになっている。

 

(いったい何が……)

 

 釣られるように画面を見たモモンガは、瞬時に精神の動揺が限界突破し、同時に精神安定化により落ち着いた。だが、胸は高鳴りっぱなしだ。

 画面内では、一人の忍者が女達の前に立ち、騎士らを殴って蹴って倒していたからである。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 弐式炎雷です……誰もマイクを取ったりしない?

 ゴホン! カルネ村が襲撃を受け、俺は騎士みたいなのを千切っては投げする大活躍!

 そして現れる、死の支配者(オーバーロード)古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第9話

 

 弐式『俺です! 弐式炎雷です!』

 

 弐式「俺です! 弐式炎雷です!」

 モモンガ「二回も言った……」

 ヘロヘロ「予告当番が嬉しかったんですかね~」

 

 




誤発注ではなく、規模縮小の正式発注。
なお、拡大解釈される恐れは消えていません。

ところで、人事異動の関係で四月から通勤距離が倍になります。
勤務時間は四時間増しぐらいかな。
四時起き確定とか、鈴木悟さんに一歩近づいてるやん。やったー。(虚ろ眼)
土日には書けると思うので、そう間隔は開かないと思いますが。

<誤字報告>

あんころ(餅)さま、ありがとうございました。めっちゃ助かります。

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