オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第81話

「なるほど……。ナザリック地下大墳墓の戦力は強大です……か。まあ、撃退されたんだから、そう報告するだろうな」

 

 バハルス帝国、帝都アーウィンタール……皇城。

 昼前の執務室で、皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、報告書に目を通している。内容は、過日に敵国……リ・エスティーゼ王国との国境緩衝地帯に出現した、巨大墳墓の調査報告だ。皇帝の勅命であることを隠すべく、貴族の一人からの依頼という体で腕利きとされるワーカーチームを四チームも投入したが、全チームが死傷者なしで帰還したらしい。

 

「いや、一つのチーム……天武が途中で逃亡したらしいな」

 

「そうなんですかい?」

 

 執務机の前で立つ四人の騎士、帝国四騎士と称される中のリーダー格……バジウッド・ペシュメルがいかつい髭面で発言する。許可なく発言したわけだが、それほどの信頼をジルクニフから得ているのだ。同時に、ジルクニフが自身の認めた者に対して寛容ということでもある。

 

「天武のリーダーは、あのガゼフ・ストロノーフに匹敵するって噂の凄腕剣士……。それが逃げたってのは解せない話だなぁ」

 

「ふむ?」

 

 ジルクニフは、報告書に再度目を通した。

 生還した三チームの報告をまとめると、各ワーカーチームはナザリック地下大墳墓へ侵入してすぐに別行動をとり、第三階層まで到達したが、そこに天武の姿はなかったと記されている。

 

「逃亡云々はナザリック側の関係者から聞いた話……か。なるほど、相手側の証言のみでは、確かに解せない部分はあるな。だが、死んだにせよ逃げたにせよ、他の三チームが生還したのだから誤差の範囲だ。私としては、侵入したワーカーチームを全滅させられなかったことで、ナザリック側の実力が測れたように思う」

 

 冒険者として見た場合。ナザリックに差し向けたワーカーチームは、どれも上位に食い込める実力者だ。ジルクニフの想定では、ワーカー隊を全滅させられるなら、ナザリック地下大墳墓は『大いに警戒する』に値するのだが……。

 

「結論、念のために警戒は続ける。しかし、それは最優先事項ではない。私が思うに、ナザリックの強大さも、ワーカーたちが大げさに言っているだけなのではないか?」

 

 報酬額を吊り上げたいがために、依頼の難度が思っていたより高かったと主張する。それはあり得そうな事であり、冒険者と比べてアウトロー色の強いワーカーなら言いそうだ。その場に居た者達は、書記官も四騎士も、そして帝国最強の魔法詠唱者……フールーダ・パラダインも大きく頷いていた。

 

「報告のとおりであれば、良くて第三位階の使い手しかいないワーカー隊を殲滅できなかった……。その時点で、もはや見るべき点はありませんな」

 

 この落ち着きのある物言い。知らない人が見れば、逸脱者の異名にふさわしい、孤高の魔法詠唱者だ……と思うだろう。だが、この執務室に居る者達は皆が知っている。フールーダは、その実力の高さに間違いはないとしても、未知の魔法を目にした場合は、間違いばかりおこす狂人であることを……。

 

「まあ、爺が言うならば……そうなのだろう。では、決定だ。ナザリック地下大墳墓に関しては、先に述べたとおり一応の見張りを残して放置。今は、王国との戦いを優先する! 予定する戦場はカッツェ平野だ!」

 

 そう宣言したジルクニフは、皆が頭を垂れて一礼したことで満足げに頷いている。

 なお、モモンガ達が当初の予定どおり、ウルベルト化させたパンドラズ・アクター(以下、「ウルパン」という)を差し向けていた場合……おそらく、このタイミングで城の上空へ乗り込むことになっていたはずだ。ウルパンはワーカー隊によってナザリックが被った迷惑(実のところ、ワーカー隊の大部分は茶釜姉弟の恩人だったので、それほどの迷惑はない)について申し立てた上で、謝罪と賠償を要求し、脅しとして第七位階以上の魔法を一発撃って帰ってくる予定だった。

 そうなっていたら多大な人的被害が発生し、ジルクニフはナザリックに対する認識を改めていたことだろう。フールーダも、自身の使用上限である第六位階魔法を超える魔法を目の当たりにしたことで、是非ともナザリックへ赴こうとしたはずだ。

 だが、そうはならなかったので、ジルクニフが『自分が何に対してちょっかいを出したのか』を正しく認識するのは、後日のこととなる。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 アーグランド評議国。

 そのとある場所……石壁に掛かった魔法灯があってもなお薄暗い寝床で、一頭の巨大な竜が寝そべっていた。

 ツァインドルクス=ヴァイシオン……通称、ツアー。それが彼の名だ。評議国で永久評議員を務めるも、普段はこうして寝そべっていたり、今は壁際で立たせている白銀の鎧……この鎧を操作して出歩いていたりする。そんな彼にとって目下の悩みは、最近になって出現したと思われる『ぷれいやー』のことだ。

 『ぷれいやー』とは、ツアーなど一部の実力者や賢者などが知る存在で、百年おきに異世界よりやって来る者達のことを言う。かつて世界を制覇するところまで行った八欲王なども、『ぷれいやー』だと言われている。この世界の魔法の法則をねじ曲げ、位階魔法なるものを現出させ、強大無比なアイテムを所有する……恐るべき存在だ。かつて、竜達は八欲王に立ち向かったが、そのほとんどが殺戮された。

 

(イビルアイが伝えてきた、冒険者チーム漆黒……。あのイビルアイが一方的に()されたそうだから、実力からすると『ぷれいやー』の可能性が高いよね~。いや、単にイビルアイより強いだけの人って方が、僕としても嬉しいんだけど。『ぷれいやー』だとしても、イビルアイと対戦した人物だけが『ぷれいやー』……とかなら、まだ何とか……)

 

 だが、そんなツアーの願望を裏切って、チーム漆黒にはモモン……モモンガを筆頭に、ユグドラシル・プレイヤーが複数存在する。漆黒に登録していない者も含めると、現状で十人。八欲王よりも二人多く『ぷれいやー』が存在するのだ。

 

「あ~……やだやだ。ひょっとしたら『ぷれいやー』が複数居るだとか、冗談じゃないよ。でも、放っておけないよね……。様子伺いがてら挨拶だけでもしておこうかな~……。行きたくないな~……。誰か、代わってくれないかな~……」

 

 もたげていた首を落とし、目を閉じる。

 子竜のブレスのように溜息が吹き荒れるが、そのだらしない様を見て苦言を呈する者は居ない。この部屋に居るのはツアーだけなのだから。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ワーカー隊が帰り、帝国帝都への報復訪問が無くなった。

 王国から要請された、帝国との戦いへの参戦までも日数的に余裕がある。

 そのような状況であったので、モモンガ以下のギルメン達は思い思いの日常を送っていた。

 

「ウレイ! クーデ! シシマルが迷惑してるから離れなさい」

 

 ここは帝国帝都。集合住宅のような建物の一角……フルト家では、アルシェが妹二人にお説教をしている。この日、昼過ぎの頃にシシマルこと獣王メコン川が訪問したのだが、あっという間にアルシェの妹二人に懐かれてしまったのだ。メコン川は今、来客用ソファの中央に座っている。そして、その両側にアルシェの妹二人が座ってニコニコしていた。

 

「ウレイは、お隣で座ってるだけだもん~」

 

「姉様。焼き餅は、メッ! なの」

 

「な、なな、ああ……」

 

 アルシェは四人分のティーセットを載せたトレイを持ちながら、顔を赤く染める。それら姉妹のじゃれ合いを見たメコン川は、口の端を持ち上げたが……ふとアルシェに目を向けた。

 

「な、なに?」

 

「いや、冒険者……じゃなかった、ワーカーをやってるときの服装と違うから、なんか新鮮だな~……と」

 

 今のアルシェは、いわゆる部屋着姿だ。白いブラウスに赤い紐ネクタイ、濃紺のスカート。いかにも『お嬢様』といった雰囲気で、よく似合っているとメコン川は思う。

 

「よく似合ってる」

 

 思うだけでなく口にも出してみた。相手が年下の女性なので、精神的に余裕があるのだ。

 

「そ、そう?」

 

 言葉少なに反応するアルシェだが、口元がほころんでいるので嬉しいとは思っているらしい。が、その嬉しそうな表情も、ウレイリカの情報漏洩によって凍りつくこととなる。

 

「姉様、とっておきを褒められて『ごまんえつ』だね~」

 

「ちょっ!? 何言ってるの~っ!」

 

「ごま……えつって、な~に?」

 

 慌てるアルシェをよそにクーデリカが聞くと、ウレイリカは得意げに胸を張った。

 

「母様が教えてくれたの。思ったとおりになって嬉しいときの様子なんだって」

 

「そうなんだ~? 姉様、『ごまんえん』なんだね~」

 

「違う~。『ごまんえつ』なの~っ!」

 

 この一連の様子をメコン川は「五万円か~。アルシェの何が五万円なんだろうな~」等と考えながら聞き流している。だが、震える手でトレイからティーカップを降ろしているアルシェを見ると真っ赤な顔で涙目になっているので、さすがに気の毒だと思った。

 

「さあさあ、お茶の時間だ。俺はアルシェと話があるから、お茶を飲んだら部屋で勉強でもしてきな……いや、してきなさい」

 

 お子様には退場願う。当然ながら、幼い妹たちは抗議したが、アルシェが諭したことで渋々ながら部屋を出て行った。もっとも、室外の廊下には護衛と称して付いて来たルプスレギナが居たので、妹達は退屈しない時を過ごすこととなる。

 

(優しいお姉さんとして接するように言いつけてあるから、大丈夫だろ)

 

 自分で作っておいて何だが、ルプスレギナのカルマを極悪に設定したのは悪ノリが過ぎたとメコン川は反省している。生きて動いてる彼女を見ると、もう少し普通に設定できなかったのか……と思うのだ。

 

(だが、そんな風に思うのは今を生きてるルプスレギナに失礼ってもんだし。まあ、指示したら控えめにはしてくれるから良いんだけど……。それとは別で、モモンガさんと交際し始めてから「自分を抑えるのが余り苦にならない」とか言ってるんだよな~、ルプスレギナが……。おのれ、モモンガさんめ。やるじゃねーか)

 

 異世界転移した今となっては、NPC達の設定を改変するのは容易なことではない。しかし、モモンガは交際してからの僅かな期間で、ルプスレギナを変えつつあるのだ。

 

(ラブか? ラブラブだと、ああなるのか!? んっ?)

 

 気がつくとアルシェが対面側に座っていて、ジッとメコン川を見ている。

 

「シシマル、何か考えごと?」

 

「いや? 俺の友達が最近、女と上手くやってるので感心してただけさ」 

 

 嘘は言っていない。だが、『女と上手くやってる』のあたりで、一瞬、アルシェの目が泳いだ。これは、メコン川が男女交際についての話題を持ち出したので、「良い機会が到来!?」とか「攻めるべきっ!? いや、慎重に事を進めた方が……」などと思ったことによる。

 

「そ、そうなの? ……あ、ええと、今日は父様と母様の様子について教えてくれるって……」 

 

「うん、それだ」

 

 メコン川は頷いた。今日、フルト家を訪問した目的がそれなのだ。現在、アルシェの両親は王国の犯罪組織、八本指に預けられて矯正中である。帝国貴族としての地位と名誉を復活させ、皇帝ジルクニフにフルト家の価値を認めさせる……という不可能事。これを諦めさせた上で、現実に開眼させ、働いて食べていけるようにするのだ。

 

「それで……成果は上がってる?」

 

「う~ん。それがな~……」

 

 メコン川は、六腕のサキュロントから聞かされた報告を思い出し、渋い顔をする。

 母親の方は、割と上手く行っているのだ。

 八本指の麻薬取扱部門……現在では医薬品製造部門にて、経理の事務員として働いているとのことで、当初は本人の世間知らずなところが悪く出ていたらしい。しかし、助けてくれる者が居ない中で、同僚に叱責され、粘り強く指導を受けた結果、一通りの事務仕事が出来るようになったとのことだ。

 

「元は貴族だから、読み書きは出来るわけだしな。頭の回転も悪くなかったそうで、計算事もこなすらしい。このまま仕事に慣れたら、普通に雇っても良いんだとか……」

 

 更には、我慢や客観的な物の見方も身についてきたそうで、ゆくゆくはフルト家からの通いで働ける可能性もあるらしい。

 

「母様が……。凄い……」

 

 親としての母を慕ってはいたのだろう。だが、労働者としての評価は、アルシェの中で相当低かったようだ。感動して瞳をキラキラさせている。 

 そして、そんなアルシェの感動を叩き壊すことになるのが、父親に関する報告だ。

 

「で……だ。親父さんの方は……良くない感じなんだな~」

 

 妻と同じ職場では良くないと、引き離す目的で奴隷部門……こちらは闇の職業斡旋所となっていた……で、妻と同様に経理事務を担当している。しかし、未だに貴族気分が抜けないので、同僚やお目付役は頭を抱えているらしい。

 

「仕事も覚えられないし……と言うか、覚える気が無いそうでな~。『私は、いっさい何もしないぞ!』と椅子に座り込んで腕組みして、そっぽ向いてるそうだ。出された飯は、当然のように食ってるらしいけどな……」

 

「と、父様……。自分が何処で働かされてるのか、まるで解ってない……」

 

 アルシェが額に手を当てて呻いた。見ているだけで気の毒になるが、メコン川は更に気の毒になる情報をアルシェに聞かせなければならない。アルシェの父は、厳しく物を言われたぐらいでは素直にならないのだ。つまりは心が折れないのである。それは貴族としてのプライドと、都合の悪い現実を見ない生き方に原因があった。

 

「六腕からな、いや、八本指で俺達に距離が近いのが連中ってだけなんだが……その六腕から連絡があって……」 

 

 アルシェ父に対する待遇と指導を、もう少し厳しくしたい……と。

 

「シシマルの大将。あの親父、口で言うだけで何とかするの……無理ですぜ……」

 

 面目の無さからか、渋面で言ったサキュロントの様子は今でも思い出せる。無理なことを頼んでしまったな……と申し訳なく思う一方、両親の矯正を引き受けておいて、この有様だ。

 

(面目ないのは俺も同じか……)

 

 自分が情けなくて落ち込むが、しかし、この思いを口に出すわけにはいかない。何処でナザリックの(しもべ)が聞いているかわからないのだ。至高の御方の気持ちを暗くさせている存在を、僕達が許すとは思えない。罰を受ける覚悟でアルシェ父を誅殺する恐れがあった。死んだところで、高位の蘇生魔法であればレベルが低くとも生き返るのだが、それで済む話でもない。

 なので、次の段階として待遇と指導を厳しくするのである。

 アルシェはテーブル上のティーカップ……ほとんど中身が減っていないそれをジッと見つめていたが、やがて手を伸ばして取り上げると、一気に飲み干した。そして、一息吐きながらティーカップを戻すと、力のこもった目でメコン川を見る。

 

「後々まで残るような怪我をさせたりしない?」

 

「そこは大丈夫だ。厳しくと言っても、拷問のようなことはしないように言ってあるからな」

 

 二人は暫し見つめ合っていたが、やがてアルシェが頭を下げた。

 

「……では、よろしくお願いします。多少痛い思いをしても、人並み程度になるのが父のためだから……」

 

「……了解した」

 

 ここまで娘に言わせるって、親として本当に駄目だな……と、メコン川は思う。実の娘に性的暴行を加えたり、博打に狂ったり、癇癪起こして周囲の人間に迷惑をかけたり。駄目な親も様々だが、アルシェ父の駄目さ加減も相当なものだ。

 

(俺達に関わることがなくて、あのまま借金漬けの放蕩生活を続けてたらどうなってたんだろうな。借金の(かた)に娘を売ったりとか? ハハッ、まさかな。いくら何でも、そんな事はしないだろう?)

 

 あり得たかも知れない展開を予想したメコン川は、自分の想像力の豊かさに呆れて頭を振った。彼の感覚において、親が子を売ることなどあってはならない事。ましてや、アルシェの家は両親さえ無駄づかいしなければ、何とかなる……少なくとも娘を売るようなことはしないで済むからだ。

 

(俺と知り合った時点で詰んでたっぽいけどな……。アルシェの稼ぎがなかったら、ヤバかったんだろうな~。やめやめ、現にフルト家はマシになりつつあるんだから、つまらんこと考えるのは止めだ……)

 

「さて……と。伝えたい話は以上で、アルシェも了解してくれたから……俺の用件は終わりなんだが……。アルシェは何か予定はあるか? 無ければ昼飯でも奢るぞ?」

 

 面白くない用件でアルシェの気分を害したかもしれない。そういう思いから来るフォローだが、一人で外食する気分でもないのだ。ナザリックに戻って転移後世界レベルで言えば極上の料理を楽しむのもありだが、ここはアルシェと食べに行くのが、メコン川自身にとって精神衛生上プラスになるはずだった。

 一方、アルシェはというと、先程までの暗かったり厳しかったりした表情が嘘のように瞳を輝かせている。

 

「それは素晴らしい提案。是非、お願いした……」

 

「外で、お昼御飯だって!」

 

「姉様、ずる~い!」

 

 扉の向こうで妹二人の声がした。ずるい呼ばわりをしたのはウレイリカの方だろう。

 メコン川が見ている前で、顰めっ面を赤くしたアルシェが立ち上がる。そのままツカツカと扉に歩み寄ったアルシェは、無言で扉を開けた。出現したのは、突然扉が開いたことで固まっているクーデリカとウレイリカ。そして彼女らのすぐ後ろで立つルプスレギナだ。妹二人は、無言で睨んでくるアルシェを見て引きつった顔をしているが、ルプスレギナも口をへの字に曲げたメコン川から睨まれて引きつった顔をしている。

 

「ウレイにクーデ? 盗み聞きをするのは貴族でなくても恥ずかしい行為。シシマルに言うべき事があるでしょ?」

 

「「シシマルさん。姉様、ごめんなさい……」」

 

 二人揃って二回に分けて頭を下げる姿、まさしく天使だ。

 では、内面を天使とは真逆の方に設定された駄犬……ルプスレギナはと言うと、メコン川から掌を上にした右の人差し指でクイクイと招かれ入室。そのままソファの間際へと移動した。メコン川は座ったまま、両膝に両肘を置き、組んだ手で口元を覆っていたが……左脇で立つルプスレギナを()めつける。

 

「妹二人を連れてきた目的は……なんだ?」

 

 言葉少なだが口調には苛立ちが含まれており、それがルプスレギナを怯えさせた。ルプスレギナは床とメコン川を交互に見ながら言い訳を開始する。

 

「あの……ですね。あの子達が、『姉様達の所へ行きたい』って言うものですから……」

 

「ふ~ん? そういう事だったのか、なるほどな……。で、お前自身の狙いは?」

 

 確かに言いそうだと納得しながら、メコン川はルプスレギナの本心を聞いた。至高の御方から質問された以上、ナザリックの僕は嘘偽りなく回答しなければならない。

 

「『ナイスアイデアっす! 今行ったら、二人がムフフな事になってるかもっすから、みんなで聞きに行くっす~っ!』って……」

 

「このやろ~……」

 

 ソファから立ち上がったメコン川は、立ち尽くすルプスレギナに寄ると拳を握り込んで……ルプスレギナの両こめかみに当てた。

 

「い、痛だだだだだだっ!? 痛いっす~~~っ!」

 

「俺は別にしても、アルシェに迷惑で……妹さんらの教育に悪いだろうが! 俺は、お前を、そんな風に創造した覚えは~……めっちゃあるけど……。少しは自重しろ!」

 

「申し訳ありません! 獣お……ぎゃーっ!?」

 

 ルプスレギナのこめかみに加わる圧力が増す。

 

「お前な~……今、何を口走ろうとしたんだ? モモンガさんから聞いた話じゃ、割とまともな感じだったのにな~……。なんで突然、駄目になったんだ?」

 

 そう、モモンガが見ているルプスレギナは、割と『まとも』だ。当初は点数稼ぎのために『まとも』を演じている部分があったが、モモンガと交際しだしてからは、嫌われたくないという思いから『まとも』に振る舞うのが苦ではなくなってきている。

 その情報を先程思い出したばかりなのに……とメコン川は嘆息したが、このルプスレギナ駄犬化には理由があった。モモンガは恋愛対象で交際相手だが、メコン川はその立場も揺るぎない創造主様である。ルプスレギナとしては無限に湧き上がる敬愛心と、言い方は悪いが依存心をメコン川に向けており、早い話が甘えているのだ。はしゃいで困らせ、かまって貰ってお仕置きされる。それが彼女としては(モモンガとの関係とは別枠で)無上の喜びなのだ。

 ナザリックに合流してから日の浅いメコン川にはピンとこない話であったが、後日、茶釜から説教と共に教えられたことで、メコン川は「ある程度の許容と躾が必要ねぇ……。ルプーの見た目が、二十代の女性ってのがな~。俺が躾するとかマジかよ……」と肩を落とすことになる。やはり、もっと真面目で有能な設定にしておけば良かったんだ。と後悔はするが、かつてウキウキしながら作成した理想形なので、それほど嫌な気分でもないメコン川であった。

 だが、それはほんの少し未来でのこと。メコン川は、「怒ってないから」とルプスレギナを安心させてから頭を掻いた。

 

「まあ、なんとかするしかないな……。俺は創造主様だものな……」 

 

  

◇◇◇◇

 

 

「じゃあ、俺の修行の成果を見ててくださいよ~」

 

 ナザリック地下大墳墓、第六階層の闘技場。時間設定は外部と同じなので、今は青空の下である。

 そこでは異形種化したヘロヘロが居て、粘体を伸ばした触腕で手を振ってるような動作をしていた。少し離れたところではモモンガ、武人建御雷、弐式炎雷、タブラ・スマラグディナがヘロヘロの『修行の成果』を見物中。僕としては、パンドラズ・アクターとアルベド、ソリュシャンとコキュートスとナーベラルが居る。このうち、コキュートスは大振りな刀……斬神刀皇を構えてヘロヘロの前で立っていた。

 

「デハ、ヘロヘロ様。始メマス!」 

 

「はい、ど~ぞ」

 

 ノンビリした口調でヘロヘロが言うや、コキュートスが斬神刀皇を振り上げる。そして、それを見たヘロヘロが叫んだ。

 

「武技っ! <要塞>っ!」

 

 直後、ヘロヘロの身体……黒い粘体に斬神刀皇が直撃する。しかし、ヘロヘロに何らダメージを与えることなく弾き返された。

 いわゆる、ギルメンによる武技の実地演習だったのだが、見事成功である。モモンガ達が「お~っ!」と声をあげて拍手する中、ヘロヘロは照れくさそうにしながらズルズル戻って来た。

 

「どうです? 俺の武技も、なかなかのものでしょ?」

 

「いやあ、最高! やわらかスライムがカッチカチですもん!」

 

 弐式が興奮しているが、彼自身もクレマンティーヌから流水加速を教わっている。修得までは時間が掛かりそうだが、ただでさえ素早い弐式が流水加速を使えるようになったら、どうなるのか……。モモンガ達は「手に負えないことになるな」とか「たっちさん相手でも、タイマンで勝てるんじゃないか?」と話し合っており、それを聞いた弐式は練習に熱を上げていた。

 

「茶釜さんも<盾突撃>や<盾打撃>を練習してるんだっけな?」

 

 建御雷が呟いたとおり、茶釜もまた武技を学んでいる。

 盾での打撃などは、ユグドラシル時代にもスキルとして存在しており、両手に盾を構えるスタイルの茶釜は、勿論、それらのスキルを修得していた。では、スキルの<盾打撃>と、武技の<盾打撃>。二つを同時発動したらどうなるか。まだ実証していないが、大きな攻撃力向上が期待されるだろう。

 しかし、気になる点もある。建御雷やヘロヘロは、武技で消費する集中力……その疲れ具合は、ブレインやクレマンティーヌからの情報と比べると、大して変わらないと感じていた。

 

「効果はプレイヤーが使う武技の方が上っぽいのは、やはりレベルが高いから……なのかな?」

 

 以上のことから、一度に発動できる武技の回数は、個人の精神的頑健差による……とタブラは考察している。修行して鍛えたブレイン達とでは、精神的な頑健さは負けるだろうが……ともかくスキルと武技の重ね掛けは大丈夫なようで、茶釜や弐式の武技修得が待たれるところだ。 

 

「武技って言うのは面白いですね~。MP消費しないで技が出せるんだから」

 

「でもよぉ、ヘロヘロさん。やっぱ集中力を消費するってのは、注意が必要だと……俺は思うんだわ」

 

 コキュートスと共に戻ったヘロヘロが、ソリュシャンから受け取ったタオルで顔(?)を拭きながら言うので、建御雷は唸るように話しかけた。もっとも、「粘体の何をタオルで拭いてるんだ?」と思ってもいたりもするのだが……。

 

「元の現実(リアル)で武道をやってた経験からすると、突き一つ、蹴りの一発でも体力と一緒に精神力を削るものなんだ。それを思うと武技を乱発するのは駄目だろうぜ? こりゃあ、なにか修行でもして精神的に鍛えないといけないかもな。ブレインやクレマンティーヌに聞いてみるか?」

 

「あ~、そこは納得ですね~。あ、ソリュシャン。タオル、どうもありがとうです~」

 

「もったいない、御言葉です……」

 

 返却されたタオルを受け取り、ソリュシャンが優雅に一礼した。ナザリックに戻っているので、今の彼女は専用のメイド服姿。ニコニコしていて、普段の表情として設定された死んだ目つきも嬉しそうだ。が、内心ではヘロヘロの体液が付着したタオルを、宝物として保管しようと考えていたりする。この行動予定を口に出すとヘロヘロ達が引くのが解っているため、敢えて黙っているのだ。  

 

(これは……ヘロヘロ様が使用されたタオルを、私が一時的に保管するだけ……)

 

 なお、その一時的な期間が、どれほどの長さになるのかは未定である。

 

「うん?」

 

 一瞬、ソリュシャンが悪そうな笑みを浮かべたのでヘロヘロは首を傾げ、下から顔を覗き込んだ。しかし、ソリュシャンは「何か?」と言いたげな表情でニッコリ微笑んだため、「気のせいですね~」と建御雷らとの会話に戻っている。

 

「……平和だな~。……平和なのかな?」

 

 ヘロヘロとソリュシャンの様子を見ていたモモンガが呟いた。それは苦笑交じりであったが、胸中は大いなる満足で埋め尽くされている。ヘロヘロ達のことだけではない。弐式や建御雷らが、このナザリックで和気藹々としているのだ。これらの光景こそ、ユグドラシルの最後の数年間、モモンガが求めてやまないものだった。

 

(いや~……この感動、何度でも味わえて……たまんないな~)

 

「モモンガさんは……この後は外出の予定でしたっけ?」

 

 タブラが聞くので、モモンガはこの後の予定を思い出す。

 

「ええと、カルネ村でブルー・プラネットさんが試験的に農場をつくったので、それを見に行きます。そうそう、茶釜さんも一緒に来るんでした。『私も、ブルプラさんの畑とか見た~い』って……」

 

「ほほう……。茶釜さんが……。モモンガさんと一緒にカルネ村へ……」

 

 タブラはタコに似た頭部を傾けたが、やがて元の角度に戻して大きく頷いた。

 

「いいんじゃないですか? 私も今度、見に行こうかと思います」

 

「何でしたら、タブラさんも一緒に行きますか?」

 

「おっと、アルベドと映画を見る予定がありましてね……」

 

 残念なことに予定があると言われ、モモンガは特に気にするでもなく引き下がっている。だが、タブラは内心で安堵していた。

 

(モモンガさんは気がついてないみたいだけど、茶釜さんがカルネ村へ行く本当の目的って……エンリという女性に会うためだよね~。まあ、いびったり殺したりってのは無いだろうけど、ピリピリした場面に居合わせたくないし……。映像で見る分には良いかも……なんだけどね~)

 

 彼氏の『外妻』を検分に行くであろう茶釜。

 それに気がついていないモモンガ。

 この組合せはタブラ的にゾクゾクするものだ。しかし、巻き込まれて面倒くさい思いをするのは嫌なのだ。それに、アルベドと一緒に映画鑑賞する予定があるのは嘘ではない。

 

(『ローマの休日』を一緒に見て、私の解説を聞きたいとか……。これはモモンガさんとシチュエーション・プレイと言うか、そういう趣向のデートをしたいという事なんだろうね~。これは……気合いを入れてアドバイスしてあげなければね! ……視聴後にね!)

 

 以前、タブラはモモンガに対して「父親風を吹かすようなことはない」と言ったものの、タブラにとってのアルベドは、紛れもなく娘的存在だ。モモンガと良い仲の女性は、他にルプスレギナやニニャなどが存在するが、そんな彼女らに負けないよう、アルベドを応援しようと密かに気合いを込めるのだった。

 

 




 ジルクニフに関しては前話の最後あたりで、大方こんな感じになると書いたのですが、やはりキャラに喋らせた方が……出番があった方が良いと思ったので、こんな感じになりました。

 ツアーに関しては、14巻を読み返して「戦うとなったら性格がキツいな~」と思ったのですが、『ぷれいやー』が二人以上存在する可能性により、ああいう方針にして貰いました。
 そう言えば、弐式さんならツアーの前に気がつかれずに立てたりするんですかね? 弐式さんならやれそうかも?

 感想でアルシェの出番について御要望があったので、ギルメンの日常でピックアップしてみました。順調に関係を構築中です。
 ちなみにアルシェパパがどうなるかと言うと、『パタリロ 警察長官』で画像検索して頂ければ……。なお、アルシェパパには、件の警察長官みたいな格好良い正体はありません。

 ギルメンの日常については、いきなりカッツェ平野で暴れさせても話を巻きすぎてる感じがするので入れてみました。
 次回は、久しぶりでエンリが登場する予定。
 ニニャは出ないかもです。
 今、6月12日 午前10時過ぎ。
 かなり蒸し蒸ししてきました。朝6時ぐらいから書いてましたが、限界が訪れつつあるようで……。
 早く部屋を片付けないと……。
 2階建て家屋の2階でエアコン死んだら、マジヤバい……。
 最近は1階で寝てます。エアコンもあるし。

<誤字報告>
D.D.D.さん、はなまる市場さん、佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます

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