オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

86 / 119
第86話

「ん? 一般の入場列に並ばなくて良いのか?」

 

 ヤルダバオト仮面着用のデミウルゴスが、貴族用の受付門へ誘導していくので、モモンガは首を傾げた。ブリジット……アルベドは「当然よね~」などと呟いているので、これで良いらしいのだが……。

 

(見るからに冒険者っぽい風体の俺とアルベドが……デミウルゴスも居るけど、三人連れで馬車が並んでる方へ歩いて行くもんだから。一般列からの視線が痛いったら……)

 

 よく見ると、列をなす貴族用の馬車、その窓からも視線が飛んできている。

 これはナザリック地下大墳墓で、僕達から向けられる敬愛や忠誠の視線ではない。好奇心からの視線だ。

 

(悪目立ちしてるってことじゃないかーっ! ど、どうしたらいいんだ~~~っ!)

 

 顔だけは平然としているが、額を伝って落ちる汗は滝のごとし。

 ここでモモンガが、絶望のオーラⅠでも発していたら、周囲の人間達は恐怖のあまり視線を向けるどころではなくなっていただろう。だが、今のモモンガは人化中、アンデッドの種族スキルは使用できない。

 

(このままでは、俺の胃に……胃に穴が!)

 

 ここはポーションでも飲むしかないのか。しかし、精神的苦痛から生じる胃の痛みを、ポーションでどうにかできるのか。いや、元の現実(リアル)では胃薬があったから、ポーションで何とかなるのでは。

 とりとめも無く考え続けていると、何やら前方が騒がしい。モモンガが視線を向けると、貴族用の通用門から誰か出てきたようだ。細身で長身、金髪の男性。きらびやかだが下品ではない衣服を身に纏っている。それが兵からの言葉に耳を傾けるや、モモンガ達を見て歩き出した。いや、小走りに近いと言っていい。

 

(俺達に用か? 周囲の兵が……いや、一番前の馬車から顔出してる貴族が驚いてるな。……ひょっとして、かなり偉い人? って、レエブン侯じゃないか!?)

 

 モモンガは胃痛が更に酷くなったような気がする。

 

(なんで偉い人が外に出てくるんだよ? 営業の俺には、担当レベルで十分でしょ!? あ、今の俺って、組織のトップだったわ……。ギルメンの取り纏め役って、そんなに偉い人だったのか……。知らなかったな~……。あははは……)

 

 内心で現実逃避しても、時間は流れていく。

 部下を二人連れたエリアス・ブラント・デイル・レエブン……エリアスが、現実逃避している間にモモンガ達の前まで到達していた。

 

「王城へ、ようこそ! アインズ・ウール・ゴウン殿!」

 

「ああ……レエブン侯。今、列に並んでいるところで……。あっ……」

 

 モモンガは自分が、そして随行のアルベドが冒険者装束であることを思い出す。ここへ来るまで冒険者として行動していたのは、軍勢を連れての移動でない以上、目立たない格好が良いだろうと考えたからだ。

 

(出発前にアルベドが、「その方が気が楽だよ……とタブラ様が……」って、言ってたのもあるけどな……)

 

 加えて言えば、モモンガ自身が『一般入場者』の列に並ぶつもりだったこともある。

 ナザリックの代表とはいえ、自分は一般人であるという感覚が抜けていないのだ。

 

「ゴウン殿? どうか……なさいましたか? 中へ御案内しますが?」

 

 怪訝そうにエリアスが問うので、モモンガはバツの悪い思いで笑みを浮かべた。

 

「いやなに、目立たないよう冒険者の格好で来たのだが、城に入ってから着替えようと思っていたのでな。……あの貴族用の通用門から入れば良いのかな? と言うか、並ばなくて良いのかね?」

 

 言いながら「しどろもどろだな……」と思うが、エリアスは「並ぶかどうか」という質問が気になったらしい。ハッと気づいたような顔になると、瞬時に接客の顔に戻って言う。

 

「え、ええ。そのとおりです。ゴウン殿を、お待たせするわけにはいきませんので。これより、謁見前の控え室に御案内します。着替えなどは、そこで……」

 

 控え室を用意と言うが、モモンガとしては門をくぐって人目が減ったら、装備スロットから設定した装備に変更するだけのことだ。なお、今回使用するつもりの装備は、神器級(ゴッズ)ではない。今装備している、冒険者活動用より上等な……聖遺物級(レリック)のものだ。

 

(神器級のフル装備だと、両肩の骨アーマーがね~……。この顔と合わないと言うか……)

 

 アルベドや他の僕達には別な意見があるだろうが、とにかくモモンガは、自分の本来の顔には似合わないと思っている。

 その他、魔法詠唱者(マジックキャスター)のイメージ及び武装として『杖』が必要だから、モモンガは道中、冒険者活動用の杖を持っていた。この現地レベルで言えば破格に上等な杖も、装備チェンジ後は宝石をあしらった聖遺物級(レリック)に持ち替えとなる。

 

「では、こちらへどうぞ……」

 

 エリアスに案内されるまま、貴族用の通用門へと向かい……背後で門が閉じるや装備チェンジ。モモンガの装備が格段に上質なものとなった。先に述べたとおり、上から下まで聖遺物級(レリック)である。 

 これにはエリアスも、部下の二人……どうやら戦士らしい……も驚いていたが、より驚いたのは女戦士ブリジットが、守護者統括アルベドの姿になったことだろう。ブリジットがアルベドであることはデミウルゴス経由で通達済みだったが、実際に見ると……見た目の点で驚くらしい。

 

「ふう。ハーフヘルムとは言え、頭を押さえつけられているようで窮屈なのよね。あと、腰回りも……」

 

 腰の黒翼をパタパタさせているので、普段の姿に戻ったのが快適なのだろう。

 

「おおおおお……」

 

 解き放たれた天上の美貌に、エリアスと部下の二人は見入っている。更に言えば、門内で行動する兵士なども見入っていた。

 

「そして、俺達は空気か……」

 

「ですね……」

 

 モモンガはホッとしながら、デミウルゴスは憮然としながら呟く。モモンガは、必要以上に注目を浴びなくて良いので安堵したのだが、デミウルゴスは「アルベド(あなた)がアインズ様より目立ってどうするんですか!」と立腹しているのだ。

 

「……アルベド」 

 

 周囲に一般人や冒険者が居ない。なので偽名のブリジットではなく、本名をデミウルゴスは口に出した。その苛立ち混じりの声を聞いたアルベドは、自身の失態に気づき、モモンガのところまで二、三歩の距離だが小走りに寄ってくる。

 

「……ふう……。も、申し訳ありません! アインズ様! 守護者統括の(わたくし)が、アインズ様よりも目立ってしまうなど……」

 

 停滞化が発生したのか、アルベドはキビキビと謝罪した。もっとも、モモンガとしては「いいぞ、もっとやれ!」状態だったので、多少ガッカリしながら謝罪を受け入れている。

 

「ああ、うむ。気にすることはないぞ? ええと……あれだ、つまらない注目は浴びたくはないのでな」

 

 そう言ってしまってから、モモンガは「しまった!」と後悔した。アルベドが「つまらない注目を浴びていた」と言ったも同然だからだ。

 

(ひょっとして嫌味に聞こえた!? 上司の俺より目立ちやがって! ……みたいな感じで!? 違う、違うんだ~っ! 今のは魔王ロールが入ってただけで、他意はないんだーっ!)

 

「はううう……。アインズ様、お優しいです……」

 

「はっ?」

 

 実際に頭を抱えるわけに行かず、表面上は平然と……しかし、内心で苦悩していたモモンガは、突然の『優しい』発言に硬直する。見れば、アルベドはウルウルした瞳でモモンガを見つめていた。

 

(わたくし)の失態を、その様に……。いえ、聞き流して頂ければ幸いです。それでは、ヤルダバオト? 控え室とやらに案内して貰いましょうか?」

 

「……承知しました……」

 

 やれやれとでも言いたげなデミウルゴスが、指で眼鏡位置をなお……そうとして、仮面に指を当て、溜息をつく。

 

「それでは、レエブン侯?」

 

「承知しました、ヤルダバオト殿!」

 

 エリアスがデミウルゴスに一礼し、部下の男達に何事かを言いつけた。

 一人は、モモンガ……アインズ・ウール・ゴウンの入城を報告するために走り出し、もう一人はエリアスと共に、モモンガ達を案内していく。

 

(お城、お城か……)

 

 モモンガは一瞬だけ青空を見上げると、見上げたままの視線を正面でそびえ立つ王城……ロ・レンテ城に向けた。

 

「営業先の……本社だ……」

 

「……?」

 

 アルベドには解らないようだが、元営業職のモモンガとしては重要事項である。

 ここから先、王国の支配に向けて上手く舵取りできるかは、モモンガの手腕にかかっているのだ。

 

(緊張するな~。出発前、デミウルゴスから「アインズ様の、お望みのままにしていただければ幸いです!」とか言われたときは、胃に清浄投擲槍の直撃をくらった気になったけど……)

 

 小用を足すと言って離れ、ぷにっと萌えに<伝言(メッセージ)>で相談したところ、彼の見解では、ほとんどの根回しはデミウルゴスが済ませているはず……とのこと。

 

『出来レースって奴ですかね? モモンガさんが普通に頑張れば、何てことはない様になってるはずです。あ、でもデミウルゴスの主目的を考えると、イベント要素が付加されてるのかな? まあ、ちょっとしたスパイスですね!』

 

 その『ちょっとしたスパイス』が何なのか、ぷにっと萌えは教えてくれなかった。

 

『だって、デミウルゴスの仕込みを、ここで話すわけには……。って、タブラさんも言ってるし。とにかく頑張って!』

 

 その言葉を最後に<伝言(メッセージ)>は切られている。

 どうやら、ぷにっと萌えは自分の見解をタブラに聞かせて、チェックして貰っていたらしい。

 

(軍事方面では自分、人の観察ではタブラさん……。得意分野の違いだって、ぷにっと萌えさんは言ってたっけ。しかし……)

 

 モモンガは帰還報告会でのぷにっと萌えの言葉を思い出した。

 

(デミウルゴスに勝てる気がしないとか、よく言うよな~。俺じゃ理解できないデミウルゴスの行動を、読み取ってる感じだし……)

 

 それが出来るのは、デミウルゴスの超理解力の足を引っ張る、『人間蔑視と傲慢』から生じる隙を突いているだけ……と、ぷにっと萌えは言うだろう。タブラと相談していることも大きい。しかし、デミウルゴスの考え等を読んでいるのは確かなのだ。

 やはり、ぷにっと萌えは凄い。

 『軍師』の帰還を実感できたようで、モモンガは気分良く城の中へと入って行くのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 そして、謁見の間。

 国王……ランポッサ三世が座する玉座の前で、モモンガは跪いている。

 両脇には貴族が並んでいて、レエブン侯の姿も確認できた。彼が居ると言うことは、その周辺に居るのが六大貴族らしい。玉座の近くには王国戦士長のガゼフ・ストロノーフがおり、モモンガを見て機嫌良さそうに微笑んでいた。モモンガも知った顔、それも好感を抱いている人間を見たことで口元が弛んでいる。 

 しかし、その笑みも王の周辺に注意を向けたところで、横一文字に引き締められた。

 玉座の向かって右方に、三人の人物が居る。

 男性二人に、女性一人。この三人の立つ場所は、王の傍らでこそないものの、同じ高さ。明らかに他の貴族とは地位が違う。そしてモモンガは、事前にデミウルゴスから渡された資料……似顔絵等により、この三人について把握できていた。

 

(王様から、向かって右……やたら体格の良い男が、第一王子のバルブロ。真ん中で居る小太りの青年が第二王子のザナック。一番端で居る、とんでもないレベルの美少女が第三王女ラナー……だったかな? 他に第二王女が居るはずだけど……そう言えば、資料に無かった気が……)

 

 バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフは、剣腕こそなかなかのものだが、貴族至上主義で平民のことを重く考えない。それ故かどうか領地を持たされておらず、為政者としての実力は未知数だ。弟妹に対しては、頭脳面で自分が劣ると認識しているようだが……肉親の情は薄い。

 ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフは、兄のバルブロとは対照的に武に秀でていない。代わりに頭脳面で優れ、国を思う心も王族に相応しいレベルで備えている。兄に対してはともかく、妹に関しては自身を上回る知謀に脅威を感じ、不気味に思っているものの……親族として気にかけている部分があった。

 ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフについては、デミウルゴスが『特筆すべき』と評するほどの知謀の持ち主である。その分、人として欠けたり歪んだ部分を持つが、デミウルゴスやアルベドは些細なことだと認識していた。子飼いの兵士、クライムに懸想(執着レベル)しており、彼とは(飼い主と犬の関係的に)添い遂げたいと考えている。

 報告書を読んだだけの感想で言えば、モモンガとしてはザナックあたりと仲良くできれば良いな……と考えていた。一人の男としては、ラナーの美貌に気が向くのだが、美人は間に合っているし、精神的に怖い部分があるのでは関わり合いになりたくないのである。

 

「陛下……」

 

「ああ、うむ。そうか……」

 

 侍従、あるいは宰相のような存在か、一人の老人がランポッサ三世の傍らに寄り、耳打ちした。ランポッサ三世が気怠げに頷き、老人は離れて行ったが……。

 

(今のお爺さん、誰だっけ? 重要な人?)

 

 モモンガにしてみれば、もはや周囲の人間の着ている服がどれもこれも同じように見えてしまう。緊張していることもあるが、元営業職であるのに顔の判別だってついていない。事前に予習してきた人物以外は『へのへのもへじ顔』にしか見えないのだ。 

 

(あ~、早く終わらせて帰りたい。気分転換に、王都冒険者組合で依頼でも見繕って、アルベドと冒険に出かけるのもいいかもな~)

 

 人は……本意ではない仕事の場に放り込まれると、事の最初から帰りたくなるという……。

 今のモモンガが、まさにその状態であったが、そんな彼にランポッサ三世が声をかけた。

 

「面を上げよ。そなたが、噂に聞くアインズ・ウール・ゴウンか?」

 

「はっ、お初に御意を得ます。カルネ村の北東にて、勝手ながら住みついております……魔法詠唱者のアインズ・ウール・ゴウンと申します。本日は、帝国との戦いの前に御挨拶に伺った次第です」

 

(面を上げよか……。何だか新鮮だな~)

 

 普段はナザリックの(しもべ)に対して言っている言葉を、自分が言われる。そこに面白味を感じたモモンガは、メコン川ばりに口の端を持ち上げそうになるのを堪えていた。

 一方、モモンガの右後方のアルベドと、左後方のデミウルゴスは、双方が激しい怒りを堪えるのに難儀している。その我慢は、にやけ顔になるのを軽く堪えただけのモモンガと違い、途轍もない労力を二人に課していた。

 

(うぎぎぎ! ……ふう……。も、モモンガ様に対して……ふう……。お、おも……面を上げよ、ですってぇええええ!? ……ふう……。一億回の惨殺刑でも足りないわね!)

 

(私が計画して、アインズ様とは打ち合わせ済みの……下からの口上。それは良いのです、アインズ様が御納得の上ですから……。ですが! アインズ様に対して、お、おも……面を上げよ、とは……。想定内とはいえ忌々しい! 私が守護する第七階層で、溶岩風呂での湯治させたいくらいです! ああ、ウルベルト様! 私に平常心をお与え下さい!)

 

 この怒りっぷりで、顔には出していないのだから大したものである。

 ただ、二人の我慢をモモンガは把握していた。

 出立前、タブラから「基本、ポーズとはいえ下手に出ることになるし、相手は上から物を言うけれど。それって、アルベド達の精神的負担が大きいと思うんだよ。だから、早めに切り上げてやってね」と言われていたからである。

 

(おお、やばい雰囲気が背後から……。言われて注意してたから気づけたけど、やはり早めに切り上げるべきだな。うん……)

 

 本日の予定は、謁見の間での挨拶と、帝国との戦いの後の……報酬について確認するのだ。その過程で、魔法詠唱者としての実力を披露する必要があるとも、タブラ達からは言われている。

 

(また、デモンストレーションか~。何回目なんだろうな~。<転移門(ゲート)>で王都近くの街道に移動して、魔法を幾つかブッ放せばいいんだよな?)

 

 王国では魔法詠唱者の地位が低く、貴族間で蔓延る常識としては『手品師』扱いだとか……。魔法が実在しない元の現実(リアル)なら話は別だが、この転移後世界では馬鹿な考えだとしか、モモンガには思えない。

 

「ふん、連れている女の美貌は大したものだが、所詮は手品師よ……」

 

「魔法使い如きに、我らを呼び集めるとは……。陛下も御歳を召されましたな」

 

「あのような下賤の詐欺師に、領地と爵位を与えようなどと……。正気の沙汰とは思えませぬ……」

 

 中堅層の貴族らが(さえず)っており、人化中とはいえ聴覚が強化されたモモンガには全て聞き取れていた。

 

(お~、予想どおりの反応! しっかし、自分達の王様……社長が呼んだ客に、聞こえるように悪口言うとか正気か? 王様に恥かかせてるんだけど、そこを理解できてないのか? 回り回って自分達の値打ちも下げてるんだけど……。あと、国の評価も落ちてるか……)

 

 腹が立つよりも心配してしまう。もっとも、貴族達にしてみれば、自分の発言で自分が恥をかくという思考は埒外なので、言い終えた後は皆が得意げな顔をしていた。ただ、中堅貴族は人数が多いため、モモンガに対する悪口は絶えない。このままではアルベド達の忍耐に限界突破が生じるので、そろそろ誰かが叱責するなどして欲しいのだが……。

 

(王様は……駄目か。何だか口をモゴモゴさせているし……。息子さん達は……。ウワァ、第一王子がニヤニヤしてるじゃん。駄目だこりゃ。第二王子が渋い顔しているのが救いっちゃあ、救いかな~)

 

 貴族達の物言いが、何処までデミウルゴスの仕込みかはモモンガには解らない。しかし、『アドリブ』だった場合は、後で酷い目にあうんじゃないか……と、他人事ながら心配していると、力の籠もった声が謁見の間の空気を震わせた。

 

「皆、口を慎め! ゴウン殿は陛下が招待した客人であるぞ!」

 

 ランポッサ三世ではない。エリアスの声でもない。

 その声は貴族派閥の筆頭として知られる、ボウロロープ侯が発したものだ。つまり、王家の権力低下を望む派閥のリーダーが、王の呼んだ客の肩を持った図式であり、それまで囀っていた貴族らは目を丸くして口をつぐんでいた。視線を転じると、ランポッサ三世も驚いているし、第一王子バルブロなどは口を大きく開けて驚愕している。

 

(え~と、第一王子……バルブロ王子の奥さんって、ボウロロープ侯の娘さんだっけ? じゃあ、バルブロ王子は貴族派閥寄りってことだから、そりゃ驚くか……)

 

「ゴウンよ、皆が失礼をしたな。私からも詫びさせて貰おう……。すまなかった……」

 

 玉座から立ち上がるでもない、頭を下げるでもない。

 ランポッサ三世は言葉のみで謝罪したが、上に立つ者が過剰に下手に出ては舐められる。そのことをモモンガは(ユグドラシル時代の他ギルドとの交流で)知っていたので、相手方の事情に一定の理解をした。

 

「いえ、陛下の御言葉、もったいなく……。では……」

 

 自分は、庶民育ちも良いところなので、畏まった喋り方をしていると口の筋肉がつりそうだ。営業トークなら何とかなるだろうが、それをここで使うわけにはいかない、ましてや魔王ロールも論外である。

 可能な限り言葉を選びながら、モモンガは話を続けた。

 来たる帝国との戦いでは、魔法詠唱者としての力を尽くし戦うこと。その戦果によっては、爵位と領地を約束して貰っていることを心より感謝している……と、その様なことを述べている。

 総じて、ランポッサ三世に対する敬意が見て取れる態度(モモンガにしてみれば、営業先の社長さんと話してる感覚なので、当然の態度)であり、居並ぶ貴族達も満足した様子だ。……訂正しなければならない、貴族派閥に属する中堅貴族達は、面白くなさそうにしている。

 

(自分達の代表格……六大貴族の中の……貴族派閥の人達が、大人しくしてるのにねぇ……)

 

 デミウルゴスの話では、六大貴族のどうしようもないメンバーに関しては『王派閥か貴族派閥であるかを問わず教育済み』だそうで、帝国に情報を売るなどしていたブルムラシュー侯(王派閥)、内政力が壊滅的に駄目なリットン伯(貴族派閥)については、後日に長子等へ代替わりさせるつもりらしい。

 その意味ではボウロロープ侯も危なかったそうだが、指揮官としての能力がガゼフより上なので、保留になったのだとか……。 

 

(……で、バルブロ第一王子が、今も俺のこと、キッツい目で睨んでるんですけどっ!?)

 

 社長さんの息子で重役。そのポジションであるバルブロに嫌われているのは、営業活動中の身として辛いのだが、ここだけデミウルゴスが手抜かりをしたのだろうか。

 

(まさか、これがぷにっと萌えさんの言ってたスパイス要素だとか? ひょっとして中堅貴族の人達も!?)

 

 だとしたら、そんなスパイス要素はモモンガ的に不要なのだが……。

 バルブロ達については、何処かで攻略できる目があるのだろうか。そういった事を意識の隅で考えつつ、モモンガは説明を終えた。

 

「ゴウンよ。つまり、そなたは、この場に居る我らを……魔法で遠く離れた荒野へ転移させることが可能だというのか? そして、その場で第六位階を超える魔法を見せてくれると?」

 

「そのとおりでございます」

 

 モモンガが肯定したので、ランポッサ三世は信じられないと言いたげに首を横に振ったが、王子達を見るとラナーはニコニコしたままであり、ザナックは目を見開いて驚いている。バルブロに関しては……。

 

「馬鹿も休み休みに言え! いや、むしろ馬鹿を言うな! ここに居る全員を、遠く離れた場所に転移!? できるわけがない! そして第六位階を超えた位階などと、大言するにも程があろう! 我らは、子供向けのおとぎ話を聞きに来たのではないぞ!」

 

 苛立ちを隠そうともしない。

 父親が、それも国王が話をしているというのに割り込んでくるなど、常識的に考えてあり得ないのだが、バルブロはまったくの自然体で怒鳴っていた。つまり、この割り込み発言が許されると信じて疑っていないのである。

 

(レエブン侯が顔面蒼白だ……。義理の親父さんの、ボウロロープ侯は……あ~あ、怒ってるぞ~。……第一王子様、大丈夫なのか?) 

 

 モモンガが視線を向けた先では、ボウロロープ侯が苦虫を噛み潰したような顔になっており、「娘をやるんじゃなかった……」と小さく呟いている。王派閥側では白髪の老人……ウロヴァーナ辺境伯が、嘆息しつつ首を横に振っていた。

 

「あの……バルブロ殿下……。今は、陛下がお話し中ですので……」

 

 控えめな声で美青年……六大貴族中で最も歳の若いペスペア侯(王派閥)が苦言を呈しているが、彼自身は貴族達に推薦される次期国王候補。そのペスペア侯の発言が、王位継承のライバルであるバルブロとしては面白くなかったのだろう。適当に言い訳でもすれば格好がついたかもしれないのに「ふん!」と鼻を鳴らして顔を横に向けている。

 

(なんか、不快を通り越して痛々しい……)

 

 そして相手にするだけ時間の無駄と判断したモモンガは、一連のやり取りには触れず、ランポッサ三世に進言した。

 

「……陛下。(わたくし)めの魔法能力につきまして、やはり実証が必要と思われますので……。さっそく、<転移門(ゲート)>にて皆様と移動したいのですが……」 

 

「ふむ……。愚息の為に気を遣わせてしまい、すまないな」

 

 ランポッサ三世が、まず謝罪する。それで居合わせた貴族達がざわめくのだが、それを視線で黙らせた彼は話を続けた。

 

「さっそく、そう……さっそく、そうしたいのだが、ここに居る者達の中には、いきなり荒野へ出向くには服装を変えた方が良い者もおるだろう。暫し休憩を挟み、再びこの場で集合し……それから……というのはどうかな?」

 

「仰せのままに……」

 

 それもそうか……と、モモンガは思う。同時に、その休憩の時間の中で、色々と相談したいんだろうな……とも考えていた。

 

(御提案につきましては後日に回答させていただきます……的なことを言われなかっただけマシか~。訪問した日にデモンストレーションができるなんて、ラッキーだよ!)

 

 元営業職として手応えを感じたモモンガは、アルベドとデミウルゴスを連れて機嫌良く謁見の間を出て行く。そして、その後ろ姿をランポッサ三世がジッと見つめていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「さて、ゴウンはあのように言っていたが……。皆の意見を聞きたい」

 

 モモンガに言ったまま皆を着替えに行かせるのではなく、ランポッサ三世は貴族達から意見を聞き出そうとしている。多くの貴族は、「ここが自分の存在感を示す機会!」と考えたようで、口々に発言した。ほとんどの者は、モモンガを「手品師風情が大言を吐きおって!」と憤っていたが、ランポッサ三世と六大貴族は白けた目で反モモンガ派の貴族を見ている。

 実のところ、ランポッサ三世は意見を聞きたかったのではなく、デモンストレーション前の貴族達の反応を見たかったのだ。

 

(ゴウンの魔法で度肝を抜かれてからだと、本質が見えない……か。ウロヴァーナ辺境伯とボウロロープ侯……派閥別の者が意見を一致させたのには驚いたが……。確かに、そのとおりではあるな……)

 

 モモンガのデモンストレーションにかこつけて貴族にふるいを掛ける。

 これはウロヴァーナ辺境伯ら、二人からの進言を事前に受けたことによるが、見もしないモモンガの実力を貶す貴族達の愚かさは、ランポッサ三世を大きく失望させていた。

 

(貴族……貴族か。この者達の、いったい何が(とうと)いのだろうか……)

 

 今日まで、各派閥に配慮して放置していたが、ここは大ナタを振るうべきではないか。彼の帝国の鮮血帝を見習うべきではないか。そうランポッサ三世は考え始めていた。

 

(これまでは不可能だった。儂の優柔不断と、落ち込んだ王家の力では無理だった。しかし、ゴウンの力がレエブン侯から聞いたほどであるのなら。そして先程、ゴウン自らが言ったほどであるのなら! 可能となるやもしれんな……)

 

 無能な貴族、有害な貴族。

 それらを排除することを実行に移す……。

 昨日までの自分なら考えるだけで終わらせていたことを、ランポッサ三世は真剣に考えている。

 

(それらが成功し、帝国との戦いに勝利したなら……。ゴウンの功績は巨大過ぎるものとなろう。大貴族の一人となるのは確約済みだが……。……褒美と称して、ラナーを嫁がせても良いやもしれんな……)

 

 権威や家柄ではなく、確固たる武力と本当の功績を有する者には、それなりの対応が必要。

 例えば、ペスペア侯の妻はランポッサ三世の長女であるが、それと同じ事をするだけだ……。

 

「クククッ……。愚かしいな……」

 

 ランポッサ三世は、誰にも聞こえないよう口の中で呟く。

 

「儂は国王として低脳だが、人の親としては屑の極みだ……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「お前達……その、大丈夫か?」

 

 控え室に案内されたモモンガは、アルベド達を見て声をかけた。

 デミウルゴスは(モモンガの許可を得た上で)備え付けの椅子にどっかと腰を下ろし、両膝に手を乗せて俯いている。

 

「ふふ、ふふふ……我慢、我慢ですよ。我慢するのです、私……。いやあ、事前に思考実験したのですが、これほどに精神的に来るものだったとは……。人間の愚かさを侮っていました……。今からでも皆殺しにできませんかねぇ……」

 

 何やら物騒なことを呟き続けており、その内容はモモンガを戦慄させた。 

 あのデミウルゴスが、自らの構築したシナリオどおり事が進んでいるのに、精神的ダメージを受けているのだ。

 そしてアルベドは……。

 

「くきぃ~っ! あの第一王子、アインズ様に対して、あの……ふう……。考えてみれば、第一王子って不要なのではないかしら? 八つ裂きにしてアインズ様の前……ふう……八つ裂きでは足りないから、ニューロニストに預けた方が……」

 

 精神の停滞化を繰り返しているにもかかわらず、徐々に発言が過激になっていくのが恐ろしい。

 何より今声をかけたのに、二人とも反応してくれない。そのナザリックの(しもべ)としてはあり得ない事実が、より一層の恐ろしさをモモンガに感じさせている。

 

(た、助けて~っ! タブラさん! ウルベルトさ~~~ん!!)

 

 ジリジリと壁に向けて後退しながら、モモンガは救援を要請した。相手は二人の創造主達だ。もっとも、<伝言(メッセージ)>を使用していないので、心の中で叫んだだけなのだが……。

 

『大丈夫ですって。そのまま頑張って! ……ぷぷっ……』

 

『モモンガさん。俺、合流してないから助けるとか無理ですよ』

 

 <伝言(メッセージ)>めいた幻聴に、モモンガは肩を落としてしまう。

 

(俺の幻聴なのに、タブラさんが笑ってた気がするし!)

 

 このまま、この状態のアルベド達を連れて、デモンストレーションをしなければならないのだろうか。

 

(駄目だ! 俺の胃に……胃に穴が開いてしまう! と言うか発狂しちゃう!)

 

 それを避けるためには(しもべ)ではなく、同じ立場の……ギルメンを呼ぶべきではないか。そう、必要なのは、対等な立場の相談相手。今すぐに<伝言(メッセージ)>で誰かを呼んで……。

 

(でも、それをしたら、デミウルゴス達の顔を潰しちゃうな……)

 

 そんなことを考え、モモンガは躊躇する。デミウルゴスもアルベドも、モモンガが命じれば面目などは度外視で従うだろうが、不甲斐ない自分自身を責めるだろう。

 

(営業先で行動を共にする上司に、「もういい。邪魔だから、君だけ先に帰れ」とか言われる感じか……。状況と失態の大きさによっては、帰りの駅のホームで飛び込み自殺してしまいそう……)

 

 モモンガの考える理想の上司像としては、そんな事態はあってはならないものだ。だからモモンガは、「辛いなら帰れ」や「他の人を呼ぶから」等とは言わなかった。

 

「すまないな。アルベド、デミウルゴス……」

 

 そう呟くと、二人の(しもべ)が瞬時に顔を上げる。

 

「何を!? アインズ様が謝罪されるようなことは一切ありません!」

 

「デミウルゴスの言うとおりです! (わたくし)達が到らないばかりに!」

 

 二人の申し立てを、モモンガは掌を突き出すことで制した。

 

「あの人間共の物言いが、お前達にとって耐え難いものである事は知っている。だがな、解っていたことではないか、アルベド。予定どおりの展開ではないか、デミウルゴス。……気にしないのが無理なら、せめて私を見ていろ。なに、荒野で魔法を使うだけだ。元より、それは『俺の仕事』なのだからな……。デモンストレーションの相手は愚か者が多いが……身内の見物人が居れば、張り合いも出るというものだ……」

 

 言っている間に魔王ロールが交じりだしたが、モモンガは最後まで言ってのけた。これで二人は解ってくれるだろうか……そんな不安が脳裏をよぎるが……。 

 

「何と言う、慈悲深い……。このデミウルゴス、アインズ様の勇姿から目を離すことなどありえません!」

 

 椅子から離れ、跪いたデミウルゴスが言う。

 

「アインズ様……」

 

 アルベドも、デミウルゴスの右隣へ移動し跪いた。

 

(わたくし)も、デミウルゴスと同様にございます。加えて……ふう……愛しい御方の姿を目に焼き付けたいと存じます!」

 

「そ、そうか……。二人とも、よろしく頼む……」

 

 二人からの「はっ!」という声を聞きながら、モモンガは、アルベドの下げたままの頭を見つめている。

 

(今、精神の停滞化が発動したよな? にも関わらず『愛しい御方の』……か。普通の反応だと思いたいけど、声のテンションが高かったし! いやまあ、許容範囲ではあるし、嬉しいな~って思える感じだったけどさ! ……停滞化が発動しなかったら、何を口走ってたんだぁ?) 

 

 サキュバスの本能に由来するようなことを言っていたのだろうか。

 

 ……ぞくり……。

 

 背筋に冷たいモノを感じる。

 ほんのチョッピリだが、「アルベドの設定を改編して良かったかもしれない」と、モモンガは思うのだった……。

 




 今回、あまり盛り上がりが無かった感じです。
 次回は、デモストレーション回になるので、準備段階なのかな。

 スパイス的なイベント要素を重視した結果、自分達に高負荷のストレスが生じたデミウルゴス。
 ウルベルトさんが見たら「何やってんの、お前?」と言われるかもです。……言われますね。で、「モモンガさんなら、多少の失態は大目に見てくれるから、もっとこう威圧するんだよ! ビビらせちまえ!」とかやり出すのです。で、モモンガさんが胃痛のために倒れそうになって、後で怒ったたっちさん……いや、茶釜さんの前でウルベルトさんが正座させられるまでがセット。
 現時点でウルベルトさんが居たら、こんな感じになってたと思います。
 パンドラが同行してるか、事前にパンドラも交えて計画内容をチェックしていれば、マシだったかもですね~。

 デミウルゴスが仕込んだスパイス要素は、バルブロと中堅貴族派の貴族達。
 デミウルゴスには監視対象とされています。モモンガさんの魔法を見て大人しくなれば良いんですけど、その後の素行によってはニューロニスト預かりか体重が増えるコース確定です。

 ボウロロープ侯はデミウルゴスの教育を受けた一人です。
 恐怖の部分もありますが、基本的には強大な力に心酔してる状態。

 そう言えばペスペア侯が死なない場合、彼が次期国王になるんですかね。派閥に関係なく次期国王に推されてるとか、相当なものですよ。ん~……ラナーあたりの婿になって……って感じ?
 ランポッサ三世は、実力次第ではモモンガさんにラナーを嫁がせる気……いや、考え中なので、その手は駄目か~……。
 なお、モモンガさんのハーレム要員を増やすよう囁きかける、手指のパッシブスキルは健在なのですが、ラナーに関しては気合いと根性でクライム君に回したいと考えております。

 王城に出向いたモモンガさんは、基本的に営業気分です。
 自分一人だけが転移していた場合の、『仲間と造りあげたナザリック』の何もかもを背負って気張っている状態……というわけではありませんので。
 ナザリックの代表ではあっても、一人で背負い込んでるわけではないってところですかね。
 困ったら<伝言(メッセージ)>で相談できるギルメンが居るというのは、大きいのです。

 アルベドの変調に関しては、実は変調でも何でもなくて、『精神停滞化』の間隙を縫って、サキュバスの本性がチラッと出ているだけです。『精神停滞化』の設定は用意しましたが、清楚なだけのアルベドはアルベドじゃない……と考えました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。