「破壊と混乱?」
ツアーに問われたモモンガは、ソファに座ったまま視線を斜め上……天井に向けた。
王城の来賓用控え室と言うだけあって、木枠の彫り物や、貼り付けられた壁紙のデザインが見事だ。中世系ファンタジー世界として正解の装飾なのか……と言われると首を傾げるところであるが、自分達の他に、過去にもユグドラシル・プレイヤーが来ていたらしいので、細かい事は言うべきではないのだろう。
(破壊と混乱ねぇ……)
破壊というのは、転移後世界の全体を指して言っているのだろうか。だとしたら、そんなつもりは毛頭無いと言って良い。元の
(自然環境を破壊し尽くして、ゲームに出てくる魔界みたいに……いや、元の
最悪、行きすぎた発狂状態だと判断され、幽閉されてしまうかもしれない。
では、混乱に関しては……どうだろうか。
モモンガ達は、王国に対して裏から手を回し支配しようとしている。が、あくまでナザリック地下大墳墓の維持費を確保するためだし、支配した王国の民を酷い目に遭わせる気はないのだ。
モモンガは天井に向けていた視線を下げて、中が空っぽの甲冑……ツアーを見る。
「この自然環境が素晴らしい世界に対して、無体な事をする気はないのだが……。そもそも、ツアー殿が言う破壊と混乱とは、どういったモノなのだろうか?」
「そうだねぇ……。破壊に関しては、そのまま侵略行為……みたいなモノかな? 相手に対して慈悲なく殲滅するとか……」
ツアーの口調は変わらない。
破壊と混乱を問題としながら、『破壊』については適当な印象すら感じる。
本題は、『混乱』の方かも知れないと睨んだモモンガは、今の王国に対して行っている支配活動を、ふわっとした形で確認してみた。
「ふむ。相手国の法に抵触しない範囲内で、権力を得るというのは侵略かね?」
「侵略とは言わないだろうね。その場合で侵略になるとしたら……実権を握りきった段階で突然に手の平を返し、別の国にとって都合の良い
モモンガとしては、ナザリック地下大墳墓の維持費を引き出す代わりに、王国の政治は良いものにする予定だ。これは、ツアーの感覚ではオーケーが出ると見て良いだろう。
「なるほど、なるほど。であるならば、問題はなさそうだ。それでは『混乱』とは、どういったものなのかな?」
そうモモンガが言った瞬間。
室内の温度が、数度分ほど下がったような気がした。
冷気の発生源はツアーだ。
遠隔操作している甲冑越しに、冷たい怒りのようなものを放散している。
「この世界の在り方を勝手に変える……などだね。知っているかな? 位階魔法なんてものは、昔は存在しなかったんだよ」
「ある時に位階魔法が出現した……ということか?」
ツアーが頷いた。
モモンガは、「へえ、そんな事があるもんだな。偶然って凄い……なわけないか」と内心の独白にツッコミを入れる。ユグドラシル・プレイヤーが異世界転移して、転移先で元から位階魔法があった……ではなく、位階魔法が生えてきた。
どんな偶然があったら、そんな事が可能になるのか。
偶然ではないとしたら……。
「私に注意……釘を刺しに来て、その話題を出すということは……。位階魔法の出現に関して、プレイヤーが何かしでかしたということかな?」
「御明察だよ。世界を揺るがす強大なアイテムを使って、位階魔法を出現させたんだ。他で聞いて貰えば解るだろうけど、そのまま世界中に侵略の手を伸ばしてねぇ……ドラゴンも大勢殺されたな~」
ノンビリとした口調に変わりはないが、声に含まれる熱が急低下していく。
(ああ、かなり怒ってるな。俺も色々調べたり、タブラさんやデミウルゴスから聞いてたけど……。やらかしたのは八欲王だろうな~。転移した先の世界が中世ファンタジーっぽいからって、好き放題やり過ぎだろ?)
慎重に支配活動をしている自分を見習って欲しい。そうモモンガは考えていた。そして、自分が一人で転移してきたらどうなっていただろうかとも考えてみた。
ナザリック地下大墳墓と僕達。それらと自分一人だけで……。
(以前にも似たような事を考えたが、やはり、アルベドとデミウルゴスが頼りになるだろうな。そうだ、パンドラズ・アクターが居るじゃないか! あいつを呼び出して、事あるごとに相談だ。それなら、転移後世界に大きな迷惑を掛けることなくナザリックを維持していける! 完璧じゃないか! 俺はパンドラとは仲がいい! 親しくしている! きっと、そうなっていたはずだ!)
モモンガにとって、パンドラズ・アクターは他者の目に触れさせたくない黒歴史だった。しかし、話し合ってみると可愛いところがあるし、自分が創造したNPCだけあって取っつきやすい。絶対にモモンガを裏切らないというのも、重要なポイントだ。
(ふふふ、パンドラが……アルベドから守護者統括の地位を奪っていたりなんかしてな!)
モモンガ的に、高い可能性でそうなっていたであろう別時空。その楽しい妄想に浸っていると、ツアーが音を立ててヘルムを上下させた。どうやら頷いたらしい。
「で? アインズ・ウール・ゴウン殿。君達は、どうなのかな? 破壊を撒き散らし、世界を混乱させ……世の
「釘を刺しに来たと思いきや、脅しかね?」
この発言でモモンガが気を悪くしたと判断したのか、両隣で座るアルベドとデミウルゴスが殺気を発した。
「よせ、いちいち怒るほどのことではない」
モモンガには、殺気というのが感覚として理解できていない。だが、すぐ隣で座る者が身体を強張らせたかどうかぐらいは解るのだ。
(くそ~、嫌味を言うのに、身内に気を遣わなければならないとか……)
泰然自若。動じない構えで喋っているが、モモンガは内心でヒヤヒヤしていた。この場で戦うところまで行かないだろうが、仲違いした状態でツアーと別れるのは良くない。最終的に戦うかも知れないが、相手が相手……水面下で準備する期間が必要だからだ。
そのようにモモンガは考えていたが、ツアーは気の圧力を下げながら会話を再開している。
「脅しに聞こえたなら謝るよ。けど、僕は多少なりとも責任を負う立場なんだよね。しかも、相手が『ぷれいやー』とくれば、恐れるし緊張もする。警戒だってしてるのさ。その辺を解って欲しいなぁ」
「そこは理解できると言っておこう。しかし、世界を揺るがす強大なアイテムを使って……か」
そんなことができるアイテムと言えば、
(
かつて、元の
(見も知らぬ世界に放り込まれて、手元に『
『
この転移後世界は自然環境が健常である。その一点だけでも、モモンガを引き留めるに十分な魅力を有しているからだ。ましてや数多くのギルメンが居て、幸せに暮らしているともなれば、元の
元の
(たっち・みーさんは妻帯者だったな……。合流できたとして、そこを理由に元の
「そういった強大なアイテムがあったとしても、昔にしでかした連中のような真似はしないだろうな。私はね、ツアー殿。今の、この世界を気に入っているのだよ」
「今の世界か……。今の世界ってさ、歪められた後の世界なんだけどねぇ……」
ツアーの声が再び圧力を帯びた。モモンガが『今の世界を気に入ってる』と言ったのが気に入らないらしい。「お前たち、『ぷれいやー』が歪めた世界じゃないか! それを、言うに事欠いて好きだと!? 貴様が言うのか!」というところだろうか。
「それを私に言われてもな。それで? 私の回答は御期待に添えたかね? ラナー殿下との話に移っても構わないかな?」
いい加減で面倒くさい。
一瞬、ツアーに対する苛立ちがモモンガの中で浮上したが、視界の端にイビルアイが入ると、そちらに対する苛立ちに移り変わる。
(俺も思いのほか、イビルアイには腹が立っていたようで……)
内心苦笑するモモンガ。とはいえ、現時点でツアーに対する心証はマイナス寄りなため、用件が済んだなら帰って欲しいのだ。
「そう邪険にしないで欲しいね。じゃあ、ゴウン殿の意思は確認できたとして……。最後に二つ聞きたい」
「なにかな?」
「まず……今、そっちに『ぷれいやー』は何人居るのだろうか?」
室内が静まりかえった。
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の現有ギルメンと言えば、モモンガ、ヘロヘロ、タブラ・スマラグディナ、弐式炎雷、武人建御雷、ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノ、ブルー・プラネット、獣王メコン川、ベルリバー、やまいこ、ぷにっと萌え。総勢十二人である。この人数を過小に伝えるか、過大に伝えるか。あるいは、そのままの人数で伝えるか。本来なら、モモンガは大いに迷ったことだろう。ギルメンの人数に関する情報は、戦略的な重要性が高いからだ。
だが、このツアーの質問は想定内である。そして、ぷにっと萌えやタブラからは次のように答えて良いと、モモンガは言われていた。
「私を含めて十二人だな……。それが、どうかしたかね?」
「じゅ、十二人!? それは……イビルアイから聞いていたよりも、随分と多いんだけど……」
ツアーが、イビルアイに向けてヘルムを回すと、イビルアイは身振り手振りを交えながら、「わ、私は! この目で見て、確認した人数を言っただけだぞ!」と弁解する。
「君を疑ってるわけじゃないよ。でも、十二人……かあ……」
遠隔操作している甲冑越しであるが、ツアーの声は間違いなく震えていた……。
◇◇◇◇
「ふふふ、驚いてる驚いてる……」
ナザリック地下大墳墓の円卓では、解毒処理して酔いの抜けたギルメン達が、異形種化したまま再び席につき、
笑って呟いたのは、タブラだ。
「あのツアーって人……ドラゴンでしたっけ? どう判断するかなぁ。本当のギルメン数を十二人以下と見るか、それ以上と見るか。あるいは言葉どおりに受け止めるか……。ぷにっと萌えさんは、どう思います?」
呟きから、ぷにっと萌えに対する問いかけに移行したので、ギルメン達の視線はぷにっと萌えに集中する。
「タブラさんも予想はできてるでしょうに……。そうですね……」
ぷにっと萌えは、緑のツタや草皮によって小柄な魔法使いに見える姿で頷いた。
「俺の見立てでは、少ない人数に見積もるでしょうね。あのツアーは、『ぷれいやー』を恐れているようですし、確証のない人数情報を聞かされたなら、願望が混じった判断をするでしょうよ。『ゴウンは人数を水増しして、ハッタリを言ってるに違いない!』って感じにね。そうだなぁ、ギルメン数を十人か九人ぐらいだと考えるかな……。『ぷれいやー』への恐れと警戒が、俺達の思う以上だったら……八欲王より少ない、六人か七人ってところですかね」
おお……とギルメン達が
(今くれてやった情報でやりたいのは、ツアーを精神的に揺さぶることだし)
法国から伝わった情報では、ツアーは評議国において竜王と称される存在である。その彼が『ぷれいやー』に対して恐れを抱き動揺するなら、評議国それ自体も大きく揺れるだろう。破れかぶれになって戦いを挑んでくる可能性もあるが、ぷにっと萌えの考えでは、その可能性は限りなく低かった。
(モモンガさんが正直に話した、ナザリックの現有ギルメン……十二人。これが八欲王より多いってことが、ツアーを悩ませるだろうしね~)
かつて転移後世界に存在した、ユグドラシル・プレイヤーの集団……と思われる八欲王。最終的には壊滅したらしいが、八人かそこらのプレイヤーによって、ツアー達は散々な目に遭わされたらしい。八欲王の全員が一〇〇レベルのプレイヤーだったとしても、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンだって全員が一〇〇レベルだ。しかも、ナザリック側が人数で上回っている。
(更に言えば、八欲王と戦った時よりもドラゴンの数が減ってるとか、強いドラゴンの多くが死んだとか……。ナザリック側に有利な要素があるしね。まあ、油断は禁物だけど、評議国と戦ってナザリック側が負ける事はないだろうな……)
極端な話、ナザリックに居るギルメンが、例えばモモンガ一人だけであっても何とかなると、ぷにっと萌えは睨んでいる。
「それに、ですよ? この転移後世界には、我々のようにナザリックのギルメンが転移してきてます。聞いた話では、短い期間で続々と合流できてるようですし、時間の経過と共に評議国との戦力差は広がっていくことでしょう。ツアーを始めとした評議国の上層部が悩み、うだうだと議論して時間を潰してくれれれば、言うことなしですねぇ。無論……」
ぷにっと萌えは、居合わせたギルメン達の顔を見回した。
「……破れかぶれで戦いを仕掛けてきたとしても、受けて立つまでのことですが」
この言葉を聞いたギルメン達の顔に影が差し、眼光のみが怪しく光り出す。口元などは三日月型だ。中には、ヘロヘロのように人化しないと表情が出ない者が居るし、弐式のように面を装着している者だって居る。が、醸し出す雰囲気は、明らかに悪い笑みを浮かべているものだ。
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』として強大な敵を迎え撃つ。
これは彼らの闘争心を掻き立てるに充分すぎるシチュエーションであった。
「ただ、一つ気になること……懸念事項があるんですよ」
中々に悪い雰囲気であったが、ぷにっと萌えが一言漏らすや、円卓は一瞬で空気が引き締まる。
「いえね、王国でやったデモンストレーション。一番の目的は、遠くに居るかもしれないギルメンに対し、我々の存在を知らしめることですが……。強力な魔法を使ったことで、それを知った帝国が怖じ気づくのではないか……とね。戦い自体が無くなる可能性があります。まあ、モモンガさんの魔法の後は、建御雷さん達の突撃を予定してたので、その分の情報が表に出ないなら、それはそれで良いんですけど」
ナザリックのギルメン的には大暴れの場が無くなるかもしれないので不満だ。しかし、死人の数が減るのであれば、それはきっと悪いことではないのだろう。そう判断したギルメン達は、互いに頷き合い……再び酒瓶に手を伸ばすのだった。
◇◇◇◇
「人数については解ったよ。本当かどうか解らないけど……。じゃあ、残る質問をさせて貰うとしようかな」
残った質問。それは、近日中に発生するであろう帝国との戦いにおいて、モモンガ達が王国に加勢する際……。
「君は、どの位階までの魔法を使うつもりなのだろうか?」
「第十位階の魔法だな。ちなみに<
カラカラと笑いながらモモンガは言うが、ツアーは本体の方で冷や汗を流している。
(隕石を降らせる魔法って、八欲王達が使ってたアレだっけ? あんな魔法を人間の国同士の戦いで使うとか……)
ツアーの感覚では、そういった高位階魔法を使うのは止めてほしいのだが、言ったところでモモンガが止めないだろうというのも予想できている。
(もう……ゴウン達の実力を測れれば良いかな~)
ツアーは半ば諦めて溜息をついた。
ラナーから聞いた話では、モモンガが大きい魔法を使用した後に、ナザリック勢が帝国軍に向けて突撃するらしい。その後の残敵掃討は王国軍の受け持ちだ。つまりはモモンガ以外の『ぷれいやー』の戦いをぶりを見られるわけで、ここで苦言を呈してモモンガの機嫌を損ねる必要はないとツアーは判断している。
(どうせ、その戦い……ゴウンの魔法や、他の『ぷれいやー』を相手にして死ぬのは、大抵が人間だしね……)
多くの種族が集う評議国。その代表者の一人たるツアーにとって、亜人を迫害する事の多い人間には、それほどの親しみを感じていない。中にはガゼフやラナー、それに今、ツアーの本体前で立つ老婆のように、見どころのある人間は存在するが……。
「わかったよ。君達と帝国との戦いを見るのは……別に構わないのだろう?」
「構わないとも。大いに我らの力を知って欲しい。今後の付き合いに良い影響が出るはずだ」
モモンガは本心から言ったのだが、同席している者達には脅しにしか聞こえていない。ツアーは乾いた声で笑い、イビルアイは声も出ない状態である。
その後、ラナーとモモンガの対談に移行しかけたが、ラナーが「私個人の、重要なお話になりますので。申し訳ないのですが……」と、ツアー及びイビルアイ、そしてクライムの退室を希望した。ツアーは用件が済んでいたので、ラナーさえ良ければ帰りたいと思っていたし、そこはイビルアイも同様だ。クライムのみは頑強に反対したが、ラナーが頼み込む形でようやく退室に同意している。
「さて……お待たせしました」
「それほど待ったわけではないが……。それで重要な話とは何かね?」
一国の王女が、護衛を全て排して話したいこと。
その一点だけで緊張するに値する。
モモンガからすれば、『ぷれいやー』を嫌う感情をにじませるツアーの方が、余程やりやすい相手だった。
生唾を飲み下す思いでモモンガが待っていると、ラナーはニッコリ微笑む。
「
「……あの、王女殿下?」
モモンガは「はぁ?」といった驚きの声を出さなかった自分を、褒めたい気持ちで一杯だった。そもそも、モモンガは帝国との戦いで功績を挙げ、王国貴族になろうとしている。つまり、雇われるのはモモンガ達の方で、ラナーは雇う側なのだ。
「現時点で、私は王国の……まあ民のようなものですから。ラナー殿下は、その……要望とか通達とか、命令などすれば良いのではないですか?」
「いえいえ、強大な力を持つ方に対して、私が自分自身を売り込んでいるというお話ですので……」
ラナーは言う。
帝国最強、そして人類最強の
「王国の貴族のほとんどは、
王女として表向きには無理だが、個人としてならモモンガ達のために尽力できる。
「非才の身ですが……知恵働きの方面でしたら、お力になれるかと……」
非才の身とは謙遜も良いところだ。しかし、アルベド達から高く評価されるラナーの知謀。これを取り込めるとしたら、ナザリックにとって大きな益になるだろう。問題は、モモンガが『ナザリックの僕らが思うほど偉大な人物』ではないことがバレる可能性が高いことだ。だが、ナザリック側にはアルベドやデミウルゴス、ぷにっと萌えやタブラなど知恵者が揃っている。
(そもそも、俺が何てことない凡人だってバレたところで、別に構わないしな。今のナザリックにはタブラさんや、ぷにっと萌えさんが居る。そもそも、だいたいのギルメンは俺なんかより凄いんだ。知恵者枠ならパンドラだって居るぞ? そう考えたら気楽なもんだよ)
仲間達の存在がモモンガの気を大きくし、そして軽くしていた。
「なるほど……。ラナー殿下のお気持ちは解りました。それで、雇われたいとのことですが……。その対価として、我らは何を支払えば良いのでしょうか? 金貨……などではないのでしょう?」
「さあ、何だと思われますか?」
悪戯っぽく微笑みながらラナーが言うので、モモンガは「ふむ」と唸る。
相手は王族なのだから、金銭ではないのは当然だろう。それ以外となると、ラナーが先程から持ち上げている魔法関連だろうか。ラナー自身が、高位階の魔法を習得するのは難しい……いや、ナザリック所有のアイテム次第では可能だが、彼女が望むこととは違っているのはモモンガにも読み取れる。
「何かしらの……魔法のアイテムをお望みなのかな?」
◇◇◇◇
「ああ、疲れた。どっと疲れたよ……」
言葉どおりの疲れを声に滲ませながら、ツアーが呟いた。
控え室を退室した後は、イビルアイと共に王城の通路を歩いているのだが、その辺の窓から外に出て飛んで帰らないあたり、イビルアイに愚痴を言いたいのだろう。
イビルアイにしてみれば、ツアーの本体前に居るらしい死者使いの老婆……リグリット・ベルスー・カウラウが聞き役に回って欲しいのだが、ツアーはイビルアイに話そうとしている。
「あのな、ツアー。疲れたのは同意するが……。私の方こそ疲れたぞ。ゴウン達の嫌悪感を私に集めて、お前はシレッと話をしていたのだからな」
「その埋め合わせは、ちゃんとすると言ってるじゃないか」
以前、モモンガ達を怒らせたイビルアイ。わざわざ、彼女を同席させた理由とは、ツアーがモモンガとの会談の場に(表向きラナーの護衛として)同席できるようにするためだ。……と、モモンガには説明したのだが、実は違う。
元から嫌われているイビルアイを同席させることで、ツアー自身がある程度強く出ても、モモンガから悪く思われないように……というのが真の狙いだ。事実、モモンガは良い気こそしていなかったが、イビルアイに対する悪感情の方が大きいことで、ツアーに対しては今すぐどうこうという考えには到っていない。
「ん、まあ……ツアーに同席して欲しいと相談したのは私だからな。ああいう風に利用されることも事前には聞かされていたし。しかし……自分より強い者に煙たがられながら、他人の会話に同席する。それが、あんなに精神的に来るものがあるとはな……」
イビルアイはアンデッドである。幾つか事情があって、特殊なアンデッドではあるが、精神的な疲労に関しては生者よりも耐性があった。にもかかわらず精神的疲労を感じるというのは、それだけモモンガからプレッシャーを感じていたということだろう。
「それで? ツアーとしては、どうする気なんだ?」
「どうするも何も、見学させて貰うだけさ……」
十二人居るという『ぷれいやー』が何人出てくるかはわからない。だが、それぞれの戦い方や強さを知っておくのは、後々の役に立つはずだ。
「……でもねぇ、八欲王より人数が多いというのが本当なら、もうどうしようもないよ……」
「ツアーでも、そう思うほどなのか!?」
信じられないといった口調で、イビルアイがツアーを見上げた。
「……本当に『ぷれいやー』が十二人も居て、八欲王よりも多いのならね……」
「……と言うと?」
イビルアイの問いかけに対し、ツアーは右手の平を出して沈黙を要求する。
「『盗聴防止』の魔法を使ったよ。そういうアイテムを持たせているのでね。では、会話の続きといこうか……」
通路の一角、柱の陰で立ち止まったツアーは、自分の思うところを語り出した。
「いくら何でも、『ぷれいやー』が十二人も居るわけないよ。あの八欲王だって八人だよ?」
「十二人という人数がハッタリだと言うのか? では、ツアーは何人だと思っているんだ?」
「……そうだねぇ……」
ツアーは甲冑の腕を操作し、腕組みしつつ右手でヘルムの顎部分に手を当てる。
ツアーの(モモンガと対面した後の)感覚的で言えば、一人の『ぷれいやー』にだって勝てるかどうか怪しい。
(やりように寄るのかな~……。けど、イビルアイが見ただけでも、
この時点で、ツアーには戦ってナザリック陣営を排除する選択肢はなかった。
(いや、いやいや! 『ぷれいやー』は、実はゴウンだけで……他のニシキなどは、すべて従属神というのはどうだろう?)
従属神とは、『ぷれいやー』に従う神の如き者として、ツアーなど、一部の存在には認識されている存在だ。これは、ナザリックで言うところのNPCにあたる。
アインズ・ウール・ゴウンは、申告した十二人に足りない数を従属神で水増ししている。ゴウン以外の者は、全員が従属神ではないか……。
そう思い込みたい一心で、ツアーはナザリック陣営の戦力を過小評価しようとしていた。
無論、ツアーは愚かなドラゴンではないから、願望に基づく状況判断は危険だと認識している。しかし、『ぷれいやー』の恐ろしさを知っていることで、どうしても過小評価に判断が傾いていくのだ。
だが、今想定したように、
ツアーは、本体の方で大きな溜息をつく。
(どのみち勝てないよね~……。『ぷれいやー』一人に、従属神が数人以上とか……冗談じゃないよ……)
◇◇◇◇
「何と言うか……。あの王女様、想像以上に闇が深かったな~……」
レエブン侯との打合せを終えたモモンガは、<
(俺、一国の王族とか、ドラゴンの王様と話をしたもんな~……人化したままで。よくもまあ、胃に穴が開かなかったものだよ! ほんと!)
そのモモンガの隣を歩くのは異形種化した獣王メコン川で、<
「俺達も、遠隔視の鏡改で見てたけどさ……。愛するクライムと永遠に愛し合いたいから、何かこうイイ感じの種族に生まれ変わらせてください。ってのはな~……みんな、ドン引きだったよ。ああ、タブラさんは、『限られた情報から、そこまで想定している!?』って、大はしゃぎで解説してたけど……」
「タブラさ~~ん……」
ここには居ないが、これから向かう円卓に居るであろうタブラに、モモンガは力無く呼びかけた。タコ顔の異形が、爆笑しながらアレはこうだとか、この時のラナーの感情はどうだったか……とか解説している様が容易に想像できる。
「それで? モモンガさん的には、どうすんのよ? 王女様の願い、かなえてやるのか?」
「ん~……」
右隣のメコン川が獅子顔を寄せて覗き込んでくると、モモンガは唸った。ギルメン達の了承が必要だが、ラナーの希望を叶えられるアイテムというのはあるし、彼女の功績次第では渡してやっても良いだろう。
「クライムという少年に関しては、大変な女性に好かれているという点で思うところはあるんですけどね~」
「クライムの方で王女様に憧れてるってのが、せめてもの救いか~……」
もういいや、他人の色恋に踏み込みたくない。
そういった認識がモモンガとメコン川の間で生まれ、会話が途切れる。続いてやってくるのは気まずい雰囲気だが、これを
「そう言えばメコン川さん。先日、ダンジョンアタックしてきた中の……アルシェというお嬢さんと親しくなったそうですが……」
「うん? 親しい……のか? 親しいのかもな……」
歩き続けるメコン川は、斜め上を見ながら下顎の右を指で掻く。左側の口の端を持ち上げる癖はいつも通りだが、異形種化してやると肉食獣が牙を剥いているようにしか見えない。
メコン川がアルシェと出会ったのは、帝国貴族からの依頼でナザリックに向かっていたワーカー隊と、ナザリックに向けて移動中だったメコン川とベルリバーが遭遇したのが最初だ。道中で生じたモンスター等の襲撃、その際にアルシェをかばった辺りから慕われだし、彼女の両親の更生に向けて口を
それはちゃんと認識しているメコン川であったし、アルシェに対しても悪い気はしていないのだが……。
「歳の差が……なぁ」
「親子ほど離れてるとまでは言えませんけど、オジサンと少女ですからねぇ……」
モモンガは笑ったが、エンリやニニャと自分の年齢差を考えると、そう笑ってもいられない。
(俺……よく考えたら凄いことしてるんじゃないか?)
第六位階が上限とか言われている界隈で、第十位階魔法をブッ放すのも凄いが、それと別なところで……複数の少女と交際するというのは凄い。
少なくとも、元の
「アルベドは、どう思う?」
モモンガは歩きながら、肩越しでアルベドを見る。
「ああ、ええと……男女の交際で、男の方が随分年上という話なのだが……」
「ちょっ!? モモンガさん!? それを女の人……しかも、恋人に聞くのかぁ!?」
メコン川が目を剥いている。モモンガ自身、「しまった!」と思うが、内心ではメコン川の事情にかこつけてエンリやニニャの事を確認したいのだ。果たして、設定年齢と実年齢については定かではないが、おそらく二十代設定のアルベドはどう思うだろうか。
「……アインズ様?」
アルベドはスウッと目を細めて確認してきた。
「獣王メコン川様のお話……ですよね?」
「う、うむ。至高の御方とか、そういうのは無しにしての話でもある」
まじめくさって魔王ロールをしているが、要は恋愛相談である。しかも、相手はサキュバスだ。
「そう……ですね。アインズ様、世の中には年上でないと駄目、年下でなければ嫌だ……という好みの問題があります。
「着実なって……。俺、好感度の蓄積とかしてたっけっ!? 俺の知らない何かがあったの!?」
メコン川が自分を指差している。呆気に取られた白獅子顔というのは中々見られるものではないが、モモンガは敢えて無視してアルベドに続きを促した。
「好感度の蓄積によって、『頼りになる年上の男性』という対象になったことでしょう。その後は、両親の一件で相談に乗ったこともあって好意が確定したようですが。以上のことから年齢差に関しては、もはや問題ではありません。獣王メコン川様が悩まれることは、何も無いように思えますね」
「ふむ、なるほど……」
隣でメコン川が少しホッとした様子で居るが、モモンガはチラ見したのみで『自分の場合』について考えてみる。
(ふむ。女性側の好感度さえ高ければ、年齢差は問題ではないか……。他人から、どう見えるのかも気になるけど、アルベドの様子からすると、当人同士の問題として考えて良さそうかな……。他人のつまらない目などは気にする必要もないと……)
何となく気が楽になったが、自分の隣にエンリ、あるいはニニャ……その配置で町を歩く姿を想像すると、やっぱり気恥ずかしい。アルベドやルプスレギナに置き換えると、それほどではないのだから……やはり、自分の中で年齢差問題は燻っているようだ。
(俺が慣れるしかないのかなぁ……。しかし、好感度ねぇ。ペロロンチーノさんが聞いたら、色々語り出しそうだ……。あと、タブラさんも……)
タブラのことを思い浮かべたところで、モモンガは再度アルベドを振り返る。
「参考になったぞ、アルベドよ。その、すまなかったな……色々と……」
「もったいないお言葉です。……お気遣いなく……」
モモンガが礼を言うと、アルベドはフワリと微笑んだ。
恋人に対し、直接的にではないにせよ、他の女性のことを聞くのはどうかとモモンガは思う。これを問題視せずに応じ、謝罪を受け入れてくれたことは……モモンガにとって、アルベドに対する大きな借りだ。
(何かで報いてあげないとな~……。贈り物とか? う~ん、何が良いんだろう? タブラさんに相談してみるかな?)
そんなことを考えているうちに、円卓の前に到着する。アルベドが前に出て扉を開けようとしたが、それよりも先に内側から扉が開け放たれた。
「モモンガさん! おっ疲れさまーーーーっ!」
「うわっと!? 弐式さん!?」
飛び出てきた弐式が抱きついてくる。酒臭く、酔っ払っている様子から見ても面の下では人化しているらしい。その彼を首にぶら下げ、驚いたまま歩を進めると、円卓からは次々にギルメンが出てきた。
「モモンガさん! これから食堂で二次会をやるんですよ!」
ペロロンチーノが、両手に一本ずつ持った酒瓶を掲げて言う。
モモンガがツアーと話をしていた辺りでは皆素面だったのだが、ラナーと話し出したところから再び飲み出したらしい。後で茶釜に聞いたところでは、「最初は軽く飲みながら聞いてたんだけど~、なんかもう、途中からガンガン飲んでないと聞いてられない感じでさ~」とのことだった。
モモンガに語った茶釜はゲッソリしており、ラナーのクライムに対する思いは、ギルメン達にとって衝撃的だったらしい。
「さあ、モモンガさん。俺達の
「えっ? 何、その最終回みたいな言い方!?」
続いて姿を見せたのは建御雷だが、戸惑うモモンガの左肩を掴んで一八〇度回すと、そのまま背中を押し始める。
「み、皆さん! もう随分と飲んだんじゃないですか!?」
「だって、モモンガさんは飲んでないじゃな~い!」
背中を押す手が増える。建御雷と同じ
「やっぱり、モモンガさんが居ないと盛り上がらないし!」
「やまいこさん、俺が居ても盛り上がら……うわわ! 二人で押さないでくださいよぅ!」
どんどん押されていくモモンガの背を見て、ペロロンチーノがベルリバーと顔を見合わせる。
「ややや! ベルリバーさん! モモンガさんが拉致されていきますよ!」
「なんてこった! 誘拐事件ですよ! ペロロンチーノさん!」
酒が入っている者同士で「追跡だーっ!」とモモンガの後を追って駆け出した。
拉致も何も、食堂に行くことは解っているので、あくまでノリなのだ。
その後を、茶釜やブルー・プラネット、ぷにっと萌えにタブラなど、残りのギルメンがゾロゾロとついて行く。
ナザリック地下大墳墓における飲み会は、まだまだ続きそうであった。
◇◇◇◇
「陛下!
「本当に勝手だぞ……。いったい何があった? 爺?」
バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、目の前で息を荒くしている老人に向けて溜息をつき、羽根ペンを置いた。ここは皇帝の執務室であり、そこへ駆け込んできたのは宮廷魔術師のフールーダ・パラダイン。大陸に居る人間種としては四人居る逸脱者……英雄の領域を超えた『逸脱者』と呼ばれる者の一人だ。
白で埋め尽くされた長髪に、これまた白しかない長い髭。
顔に刻まれた数多の皺は、フールーダが長い年月を生きてきたことの証である。だが、彼は第六位階魔法と儀式によって寿命を延ばしており、見た目以上の高齢者なのだ。
その逸脱者が息を荒らげて辞意を表明したのだから、ジルクニフのみならず、護衛の当番として室内に居た女性騎士、レイナース・ロックブルズも呆気に取られている。レイナースは過去にモンスターから呪いを受けており、顔の右半分を膿が吹き出す醜いものに変えられていた。だが、髪で隠した右半分……ではない、露出した左半分は美しいままなので、それがポカンと口を開けている様は、実年齢より幼い印象を周囲に与えている。
「何があったも何も、報告を聞いたであろう! 第十位階! 第十位階じゃぞ! そのような大魔法使いが、よりにもよって王国に居たとは! 儂は弟子入りして、教えを請わねばならんのじゃ! そういう事で、儂は王国に行くのでな! さらばじゃ!」
「レイナース!」
言いたいことをまくし立てたフールーダが背を向けると、ジルクニフは目の間を指で揉みながらレイナースを呼ぶ。それは名を呼んだだけだったが、声に含まれた意図をレイナースは
甲冑を着込んでいるというのに音もなく、そして風のように駆けてフールーダの背後に立つ。
ガツン。
とても硬い音がしたかと思うと、フールーダは前のめりにパタリと倒れた。その足下では愛用の槍を構えたレイナースが居て、息を吐いている。
「気絶させました。と言いますか、簡単に背後が取れすぎて驚きです」
「爺は、魔法に目が眩むと駄目になるからな……」
執務机で両肘を突き、組んだ指の上に額をのせたジルクニフは、チラリと机上の書類を見た。それは、フールーダが言っていた『第十位階』の魔法に関する報告書だ。
「王国のブルムラシューからの情報によると、
自国の最強
「王国と戦ったら、空から隕石が降ってくるだと? それも第十位階? ……なんだって、そんなことになってるんだ? アインズ・ウール・ゴウンは……大したことのない魔法使いじゃなかったのか?」
ジルクニフは組んでいた手を離すと、うつむき気味だった頭部を抱えて髪を掻きむしる。
執務机上に金色の頭髪が落ちるが、彼は気にしなかった。
「ワーカー共め! 凄いとか恐ろしいとかじゃなく、もっと具体的な情報を寄越せば良いものを!」
とは言え、第十位階魔法を目の当たりにするような状況であれば、送り込んだワーカー隊は誰一人として戻ってくることはなかっただろう。断片的にとは言え、情報を得られただけマシだ。と、ジルクニフは思い、自分を慰めた。
しかし、彼は知らない。
ワーカー隊は、ナザリック地下大墳墓側に友好的な知人が居たことで、友好的にナザリックの凄さを体感及び体験したことを……。更には、お土産的に大量のアイテムを得たことに恩を感じており、報告自体はぼかしたものにしようと、生還した全チームで示し合わせていたことを……。
ジルクニフは、手を振って抜けた頭髪を振り払うと、うんざりしつつ口を開いた。
「今年の王国との戦いは見合わせだな。第十位階魔法の隕石が降ってくる? そんなところに兵を行かせられるものか。どれほどの威力か想像もつかんが無駄死にするだけだ。後は……爺を友好使節として王国に送り込むか。休戦の交渉をさせたいし、爺を亡命? ではなく、転職させるわけにはいかないからな。第十位階魔法の真偽についても、その機会に確かめさせればいいだろう。王国と戦うにしても、そこの真偽をしっかり確かめてからでも遅くはないのだからな。……この辺りで爺が納得してくれれば良いのだが……」
多忙で一週間休んでしまいまして……。
ツアー、結果的に読み違いしてますが。
『ぷれいやー』が怖くて大嫌いなので、あんな感じになりました。
ぷにっと萌えさんに踊らされてる感じですね。
書いてて困ったのが、ジルクニフ。
なんか自然に戦争回避を考え出してしまいました。
原作では黒山羊が出たあの戦いが、本作では無くなるかも?
その代わり、ペロリストが王国に向かうようです。
せっかくなのでレイナースも行かせますか。
アイテム持たせたペストーニャとかに診せたら、一発で治る感じでいいんじゃないですかね。
しかし、戦争が無くなったら一気に展開が進むかな……。
次回は、コロナワクチン2回目の週なので、たぶんお休みします。
<誤字報告>
トマス二世さん、D.D.D.さん、Mr.ランターンさん、佐藤東沙さん
毎度ありがとうございます