オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第9話 俺です! 弐式炎雷です!

 カルネ村のエモットは妻一人、娘二人を養う極普通の村民だ。

 日々の畑仕事に精を出し妻を気づかい、娘達を愛でて躾ける。平均点以上の父親と言える。

 その日の朝。村の外縁部で悲鳴が聞こえ始め、多数の村人が大森林へ逃げ込むのが窓から見えた。エモットとしては同様に逃げたかったが、外へ水汲みに出かけたエンリが戻らないため、彼女を待つこととする。結果、エモット家の人々は逃げるのが遅れてしまった。

 

「エンリ……」

 

 妻が心配そうに呟くのを抱きしめ、髪を撫でながら「大丈夫、大丈夫だ」と宥める。どうするべきだろうか。娘を待たずに家を飛び出るか。ジリジリとした時間が流れていき、外から聞こえる悲鳴は徐々にエモット家へと近づいてくる。

 そこにエンリが駆け込んできた。

 

「エンリ! 無事だったか!」

 

「お父さん! 鎧を着た人達がたくさん居て、村の人達を! モルガーさんも……」

 

「わかってる!」

 

 いや、解ってはいない。だが、今は事情を知ることより逃げることが先決だ。エモットはテーブルにあったナイフを掴むと、妻と娘二人を連れて家を飛び出そうとした。そこへ、出口の扉が外より開かれたのである。

 入ってきたのは全身鎧を着込んだ戦士……いや騎士だ。

 手には抜き身のロングソードを持っている。鎧の胸元の紋章は、カルネ村が属するリ・エスティーゼ王国……とは敵対関係にあるバハルス帝国のもの。いつもは城塞都市エ・ランテルに武力侵攻をしているのだが、どういうことか開拓村に手を伸ばしてきたらしい。

 その意図は何か、事情を知る者が居たら疑問に思った事だろう。だがエモットのような田舎村民には、『王国の紋章と違う』程度にしか思えない。じっくりと観察できれば、あるいはバハルス帝国の紋章だと気づけたかも知れないが、今はそんな場合ではないのだ。

 

「う、おおっ!」

 

 短い雄叫びと共に、騎士に飛びつく。

 

「あなた!」

 

「お父さん!」

 

 妻とエンリが叫ぶのが聞こえた。ネムの声は聞こえない。恐らくは怯えて声も出ないのだろう。

 

 ドダン!

 

 音高く騎士と共に倒れた。

 その衝撃で騎士はロングソードを取り落としたらしい。だが、騎士の腰には短剣がある。それを抜こうとする手を押さえ、こちらは鎧の隙間にナイフを……こちらの手も掴まれた。

 このまま床に転がり揉み合っていても、騎士相手に勝てるかどうかわからない。恐らくは負ける。それに村には大勢の騎士が来ているのだ。あと一人でも増えたら、皆殺しにされることだろう。

 だからエモットは妻に向けて叫んだ。

 

「逃げろ!」

 

 床を転がりながら反応を伺うと、妻がエンリの手を引いている。だが、エンリが動こうとしない。ネムもだ。震えながら立ちすくみ、こちらを凝視している。

 

「逃げろ! エンリ!」

 

 再度叫ぶと、エンリがパッと身を翻し、ネムの腕を掴んで立ち上がらせるのが見えた。逃げる気になってくれたらしい。妻に先導される形で娘らの姿が見えなくなると、エモットは一瞬だけ気を抜いた。

 そして思い出す。

 納屋には昨晩から旅人を自称する男、ニシキが泊まっていることを。

 

(彼は逃げただろうか。納屋に留まっているのか? 隠れていた方が……いや、逃げた方が安全だ)

 

 そう判断すると、一息吸って男の名を叫ぼうとした。

 しかし、そこへ新たな騎士が登場する。それも二人。これでは自分は助からない、すぐに殺されることだろう。

 

(せめて……)

 

 一声叫ぶのだ。自分が叫ぶことで、殺される者が一人減るなら……この騎士の姿をした狼藉者達の鼻を明かせることになる。

 引きつったような笑みを浮かべたエモットは、短く一呼吸すると、昨日聞いたばかりの旅人の名を叫んだ。

 

「ニシキさん!」

 

「はい、ドーン!」

 

 この殺戮の場にそぐわない声が聞こえたかと思うと、戸口付近で立っていた騎士の一人が飛ぶ。正確には背後から蹴り飛ばされて屋内に飛んだのだ。その騎士は壁に頭から激突すると、首をおかしな方向に曲げてずり落ち……そのまま動かなくなった。

 

「おんや? より一層、手加減したんだけど。死んじゃった?」

 

「な、何っ!?」

 

 背後から聞こえた声に騎士が振り向くと、その騎士の首がクルリと半回転し、顎と頭頂部の位置が入れ替わる。素人目にも首の骨が折れ外れたのであり、当然ながら騎士は倒れ伏して動かなくなった。   

 

「まいったね。人を殺したのに、あんま衝撃的じゃないな」

 

 一人呟く男……見たこともない暗紫の着物に、白銀色の防具。顔は面と布で覆われていて判別できない。だが、その声は納屋に泊まっていた旅人、ニシキのものだ。

 ニシキらしき男は、エモット達の方へ歩み寄りつつ言う。

 

「一宿一飯の恩義。いや、飯は食ってないけど。寝床の恩は返させて貰わないとね」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「逃げろ! エンリ!」

 

 その声を聞き、弐式はようやく目を覚ました。

 少し前から村は悲鳴渦巻く地獄絵図と化していたのだが、それで弐式は眼を覚ますことはなかった。何故なら、健康体の身体で美味い空気。しかも森に囲まれた土地で……という好条件で就寝していた弐式は、すっかり熟睡していたのである。

 だが、昨晩聞いたばかりの親切な男、エモットの絶叫により跳ね起きたというわけだ。

 寝ぼけ眼で身を起こした弐式は、村人の悲鳴を聞き……まずは逃げることを考える。この辺りの戦える者の強さが、どれほどか解らないからだ。だが、親切なエモット氏が危険な状況であることは何となくわかる。

 

「え、ええい。糞! 様子を見て! 手助けして! 駄目なら逃げる! それだけのこった!」

 

 一声ごとに気合いを入れ、人化を解いてハーフゴーレム体に戻る。

 途端に精神が安定化した。

 焦りが低減化され、冷静な判断力が湧き上がってくる。

 

「種族特性か? ありがたいぜ!」

 

 叫ぶなり納屋を飛び出した。扉が吹き飛んだような気がするが、後でエモットに謝っておくとして、真っ先に向かったのはエモット家の正面だ。

 音も無く、距離的にはほぼ一瞬で家屋正面に回り込んだところ、そこには騎士と思しき風体の男が数人居た。

 

 ヒュボボボ!

 

 パンチにチョップ、そして蹴り。

 忍者刀を使わなかったのは、いきなり斬りつけて、それで死んだらどうする。という判断によるものだったが、弐式の思いとは別に、殴る蹴るされた騎士らは皆一撃で絶命した。

 ある者は殴られたことで首が外れて飛んでいき、ある者はチョップが肩から入って腰付近まで切り裂かれた。蹴られた者などは遠く高く飛んで、村外縁の木の枝に引っかかっている。

 

「弱っ……。こんな低レベルで、騎士様でござい! な格好してて恥ずかしくないの? こいつら?」

 

 呆れ声を出すが、こうなるのもレベル差が離れすぎているからだ。今の弐式は異形化しているためレベル一〇〇で、この村に乗り込んできた騎士らは強くてレベル一〇と言ったところだ。勝負になるはずがないのである。  

 拍子抜けした弐式はエモット家に踏み込んだが、そこに騎士が二人立っていた。奥で……何かが転がるような音がする。

 そして「ニシキさん!」という叫びが聞こえ……たと同時に、弐式は行動に出た。

 

「はい、ドーン!」

 

 手近な一人の背を蹴り飛ばし、もう一人が振り返ったところを下顎を跳ね上げるように殴って顔面を半回転させる。

 

「まいったね。人を殺したのに、あんま衝撃的じゃないな」

 

 手早く騎士二名を殺害した弐式は、屋内へ踏み込むと騎士ともつれ合っているエモットに近づいた。

 

「一宿一飯の恩義。いや、飯は食ってないけど。寝床の恩は返させて貰わないとね」

 

 言いつつ騎士が上になったのを見計らい、脇腹を蹴り飛ばす。エモットに当ててはマズいと考え、更に力を弱めたのだが、これでも騎士は死んでしまった。

 

「……スキルに手加減する系のがあった気がするな。それを試そうかな。まあ今度でいいか」

 

 ブツブツ言ってると、足下のエモットが怯えているのが眼に入る。

 

「に、ニシキさん?」

 

 震えた声。どうやら弐式だとわかっていない様子だ。弐式は「ああ、服が違うものな!」と納得し、面と布をまくり上げた。途端にエモットが悲鳴をあげる。

 

「え? あ、やっべ。異形化したままだった。エモットさん、俺ですよ。俺!」

 

 素早く人化し声をかけると、エモットはようやく落ち着いた。

 さっきのゴーレム顔について聞かれたが、あれは防具の一部だと強引に言いくるめる。

 そんなことよりもエモットの妻が見えない。出かけているのだろうか。だとしたら、危ないなと弐式は思った。

 

「奥さんは出かけてるんですか?」

 

「そ、そうだ! 妻と娘が二人! 森の方へ逃げてるはずなんです!」

 

 エモットは弐式にすがりつき、妻達を助けて欲しいと懇願する。

 一晩泊めただけの旅人にする願いではないが、今の戦闘で弐式が強いと認識したらしい。

 これに対し、弐式は二つ返事で了承した。

 

「オーケー! 引き受けました!」

 

 先程、納屋を飛び出た際、弐式は村を襲撃した者達が強ければ、エモットが逃げるのを手助けして自分も逃げようと考えていたのだ。ところが、出会す騎士達は皆弱すぎる。これなら、騎士を排除しつつエモットの家族を助けるぐらいは可能ではないか。そう判断し引き受けたのである。

 

「分身を一人置いて行きますから。エモットさんは家に居てくださいね!」

 

 弐式は面と布を戻し、ハーフゴーレム化。スキルによって分身体を作り出す。エモットが「え? えええっ!?」と驚いてるが、弐式としては「俺の忍術で喜んでくれてる!」ぐらいの感覚しかなかった。

 彼を残して家を飛び出ると、見える範囲にはまだ数人の騎士が居た。屋内に乗り込んでいる者のことを考えると、更に残り人数は増えるだろう。

 

「てか、スキルで丸わかり。残り十五人か」

 

 ギルドきっての探索役(シーカー)は伊達ではないと一人胸を張りつつ、弐式は分身体を更に三体作り出した。分身体は、戦闘力において弐式を大きく下回るし、武装もアイテムボックスも共有できないが、この村に来た騎士を相手するには十分な強さを持つ。大丈夫なはずだ。

 

「そっちの俺らは、村に居る騎士共を片付けて。ああ、指揮官ぽいのとプラス三人ほどは確保して欲しいな」

 

「了解。本体の俺!」

 

 分身体たちが村のあちこちへ散っていく。

 被害を完全に防ぐことは無理かも知れないが、騎士達の乱暴狼藉は短時間で終幕を迎えることだろう。弐式は村自体には恩義を感じていない。だが、騎士を残しておくとエモット家に迷惑をかける。そう判断した上での行動だった。

 続いてやるべきことは、エモット夫人と娘達の確保。

 スキルによって探知範囲を伸ばすと、森向けて駆けていく二つの生命反応と、それを追う四つの生命反応。追ってる方は騎士だろう。

 

「おっと手前に一つ。奥さんかな?」

 

 駆ける。それは駆けるという姿でなく、現地民にとっては暗紫の線が延びていくように見えたはずだ。それほどの速度で家屋を回り込み、反応があった地点を目指すと、すぐ前で昨晩見かけた女性……エモット夫人が騎士に斬りつけられている姿が見える。

 重傷だ。放っておけば死に到る負傷。

 弐式は意識が殺意で染まるのを感じていた。

 

「何してんだ、ゴラァ!」

 

 アイテムボックスから掌に直結で手裏剣を取り出し、投じる。飛翔する手裏剣は騎士の兜を左から右に貫通し、森の中へと消えて行った。もちろん、騎士は即死である。

 弐式は倒れた騎士には目もくれず、エモット夫人に駆け寄ると下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取りだし、エモット夫人に振りかけた。やはり傷と一緒に衣服の損傷まで修復されるのは不思議な光景だ。

 回復して意識を取り戻したエモット夫人は、弐式を見て怯えたが、弐式が「俺俺、俺ですよ!」と言いつつ面を取ったことで落ち着いている。今度は人化した上で面を取ったのだ。弐式炎雷、同じミスはたまにしかしない男である。

 

「む、娘、エンリとネムが向こうに!」

 

 礼を述べたエモット夫人が指差すのは森の向こう。先程、弐式が感知した反応が向かったのと同じ方向である。

 

「分身体を残していきますから。ここに残っ……お家の方へ向かってくださいね!」

 

 更に分身体を作り出した弐式は森へと駆けていく。背後でエモット夫人の「え? えええっ!?」という声が聞こえたような気がしたが、今は娘達のことが優先事項だ。

 森へ飛び込み足跡を探知しつつ駆けていると、すぐさまエンリ達を追う騎士の最後尾に到達。弐式は声を掛けることなく、その騎士の頭部に回し蹴りを見舞った。

 

 パカン!

 

 軽い金属音と共に騎士の頭部が外れ、藪の中へと消えて行く。

 更にもう一人、騎士を倒そうとした弐式の眼に、ある光景が飛び込んできた。

 前方、離れた場所で転倒していた娘……エンリらしき少女に騎士が斬りつけたのだ。幸い致命傷ではないようだが、衣服の背に赤い線が走り、鮮血が噴き出しているのが見える。

 

「てめぇらぁ!」

 

 激昂した弐式は、手近で剣を構えていた騎士の顔を掴んで、そのまま頭部をもぎ取るとエンリの元へ向かおうとした。

 だが……ここで新たな事態が発生する。

 

(誰か転移してくるぞ! 転移門(ゲート)か!?)

 

 弐式の異形化した背に、汗が伝ったような気がした。

 転移門(ゲート)は最上位の転移魔法である。これを使えるレベルの……例えばプレイヤーが敵として現れた場合。弐式一人で対処できるか自信がなかった。

 高速火力特化。そこが売りの弐式であるが、装甲は紙レベルだからだ。レベル九〇ぐらいでも相手が複数居たら、真正面からの戦闘は避けたい。

 

(エンリ達を連れて逃げられるか? エモットさん達も連れて!?)

 

 無理だと思うも弐式は身構え、行動阻害系のスキルを使おうとする。が、出現した円形の闇……転移門(ゲート)から出てきた人物を見て目を丸くした。

 それは見覚えのある神器級(ゴッズ)のローブに、手にしている杖はギルドの杖(スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)。連想するのはアインズ・ウール・ゴウンのギルド長だが、装備しているのは同じ死の支配者(オーバーロード)。もう一人(?)はスライム種で、確か古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)だったと弐式は思う。

 

(モモンガさんと……ヘロヘロさんかっ!?)

 

 モモンガらしき死の支配者(オーバーロード)は、騎士の一人に第九位階魔法<心臓掌握(グラスプ・ハート)>を使って瞬時に殺害。耐えきったとしても、漏れなく朦朧状態になる追加効果がある魔法だが、その必要すらなかったようだ。残る一人はヘロヘロが溶かして消滅。エンリ達は……と見たところ、死の支配者(オーバーロード)がポーションを取り出して与えていた。

 

(やっぱりモモンガさん達か!?)

 

 胸の奥から歓喜が湧き出し、弐式は駆け出す。

 

「モモンガさん! ヘロヘロさん! 俺です! 弐式炎雷です!」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 少し前。

 

「あれは……弐式炎雷さんか!?」

 

 ナザリックの執務室で遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を凝視するモモンガは、驚愕と共にギルメンの名を口に出していた。

 想像していたよりも早く、ギルメンが見つかったことに対する喜びは大きい。瞬時に感情が爆発し、すぐさま精神の安定化が発動する。

 

「ちいっ……」

 

 仲間の発見。それを喜ぶことすら許されない。

 そう思うとアンデッドである我が身を忌々しく思うモモンガだが、今は画面の中の光景が大事だ。

 弐式は何故戦っているのか。何故、人間種の娘らを助けようとしているのか。

 モモンガ達が取るべき行動とは何か。

 それらの思案がモモンガの脳内(脳自体は存在しないが)を駆け巡り、咄嗟に思いついた行動案が口をついて出た。

 

「ヘロヘロさん! 加勢に向かいますよ!」

 

「もちろんです! セバスは留守番を頼みますね!」

 

 セバスに、少ない護衛で外出したことを叱られたのは記憶の彼方。明るい声でヘロヘロは言い放ったが、それにセバスから待ったがかかった。

 

「お二人方! 護衛をお連れください!」

 

 言われてモモンガが振り返る。

 この緊急の折に護衛の選抜などしている暇はない。ならば防御力に優れた僕を同行させるのが良いだろう。

 

「アルベドに完全武装で来るように言え。転移門(ゲート)は暫くなら開いているはずだ。それと……」

 

 視界の中に居たヘロヘロを見て、モモンガはふと思い出す。

 

「ヘロヘロさん? 弐式さんの製作NPCは誰でしたか?」

 

戦闘メイド(プレアデス)のナーベラル・ガンマですね。フフフッ。メイドのことは忘れませんよ~」

 

 さすがはメイド萌えギルメン、三人衆の一人。淀みなくフルネームで答えてくる。

 モモンガは頷くや、「ナーベラルにも来るよう伝えるのだ!」と言って、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを取り出し、転移門(ゲート)に飛び込んだ。

 飛び出た先は森の中であり、目の前に騎士二人の姿が見える。背後にある気配は人間種の娘だろうか。こちらはモモンガにとって、どうでも良かった。

 

(いや、弐式さんが助けようとしてたみたいだし。保護した方がいいよね)

 

 ともかく脅威である騎士を排除しなければならない。

 初手は……第九位階魔法の<心臓掌握(グラスプ・ハート)>を選択した。モモンガの得意魔法であり、抵抗されても朦朧状態とさせる追加効果がある。この一発で相手を倒せない場合。モモンガは背後の娘らと、弐式にヘロヘロを連れて転移門(ゲート)へ逃げ込むつもりだった。

 相手情報が何もない中での戦闘であり、モモンガは緊張することになったが、騎士は抵抗するでもなく心臓を潰され即死する。

 拍子抜け。という表現が最も適切だろうか。

 モモンガは下顎をカクンと落としたが、もう一人の騎士をヘロヘロが溶かし「キャラメイクしたての初心者ですかね?」などと言ってるのを聞いて、安堵した。

 想像以上に低レベルな騎士達だったようだ。

 見れば、離れた位置で弐式が騎士らを瞬殺している。

 

「大丈夫そうか。良かった」

 

「あ、あの……」

 

 震える声で振り向いたところ、娘……エンリ・エモットが悲鳴をあげた。その様は、弐式のゴーレム顔を見たときの父親とほぼ同じであったが、もちろんモモンガはそれを知らない。

 

「何を怯える? 別に危害を加えようなどとはしていないぞ?」

 

「モモンガさん。相手は人間種ですよ? 顔が怖いんじゃないですか?」

 

 背後から声をかけるヘロヘロ。彼がモモンガの後ろから顔を出すと、エンリは新たな悲鳴をあげた。死の支配者(オーバーロード)に続き古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)まで登場したのだ。こちらの世界の一般人としては、恐ろしいことこの上ないだろう。

 

「わかってるなら、そのままで顔出さないでくださいよ」

 

「てへへ。ほいっと」

 

 一声かけてヘロヘロが人化する。おなじみ胴着を身につけ、黒髪を後ろで縛った……小柄な青年姿だ。それを見てエンリ達が目を丸くするが、ナイスリアクションだと思ったモモンガは自身も人化した。

 

「ほら、これでどうだ? 怖くはあるまい」

 

 人化したモモンガの容姿は、ヘロヘロと同じで現実(リアル)における姿……鈴木悟である。もっとも現実(リアル)と違って血色が良く、優しげな印象が増し増しとなっていた。

 今は神器級(ゴッズ)装備に身を固めているため、顔が悟のものになると実に不釣り合いなのだが、エンリが怯えさえしなければ良いとモモンガは判断する。

 

「へっ? あ、はい。あの……」

 

 目を白黒させているものの、先程より怯えの色が薄くなったようで、モモンガはホッと胸を撫で下ろした。

 

「少しは落ち着いたか? 怪我をしているようだが、これを飲むといい」

 

 アイテムボックスから取り出したのは下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)。エンリの背に走る切り傷は浅く、この程度なら下級の魔法薬で十分だろう。人のものとなった指で薬瓶の先端を持ち、エンリの眼前に差し出すが……。

 

「あ、赤い色? 血ぃっ!?」

 

 再び怯えてしまった。

 『血』と聞いてモモンガは薬瓶を見たが、確かに中に満たされている液体は赤色で、血の色に見えなくもない。

 この年頃の少女にしてみたら怖がるし警戒したくもなるだろう。

 

「ふむ。ならば……かけても効果はあったはず」

 

 そう呟き、蹲っているエンリの頭から下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を振りかけた。

 途端に傷が塞がり、衣服までが修復していく。

 痛みが引いていく感覚にエンリは暫し驚いていたが、やがて顔を上げると、モモンガの顔を見て礼を述べた。

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 そう言って立とうとするエンリをモモンガが見たところ、彼基準で言えばエンリは結構な美少女だった。胸元ぐらい伸ばした栗毛の髪を三つ編みにしており、本来は白いであろう肌は健康的に日焼けしている。そう、健康的な村娘という奴だ。

 

(よく見ると、やっぱり美形だな~。てゆうか、もうちょっと磨いたら、ある意味で一般メイドに迫るレベルかも?)

 

 場違いな感想を抱くモモンガであるが、ヘロヘロが「胸が大きいのは重要なポイントですね」と呟いたことで我に返った。

 

「いや、今は弐式さんと……」

 

「モモンガさん! ヘロヘロさん! 俺です! 弐式炎雷です!」

 

 ヘロヘロに弐式との合流を呼びかけようとしたところ、当の弐式が駆けつけてくる。

 暗紫の忍者衣装。面や各種防具。どれを取ってもアインズ・ウール・ゴウンのギルメン、弐式炎雷だ。

 しかし、弐式はモモンガ達を見て小首を傾げる。

 

「モモンガさん……と、ヘロヘロさんですよね? その姿は? モモンガさん達も人化ができるようになったんですか?」

 

「いや、俺は人化の腕輪で人化してるんですけど。ヘロヘロさんは別で……と言うか弐式さんも?」

 

 モモンガが言うと、今度はお互いに首を傾げた。そこにはヘロヘロも含まれている。

 これは三人で情報共有するのが一番かも……と、モモンガが思ったとき。まだ開いていた転移門(ゲート)より二人の人影が飛び出してきた。

 一人は、全身を黒の甲冑で覆った者。装甲のそこかしこにスパイクが備わり、肌の露出部は一切無い。漆黒のカイトシールドを装備し、これまたかぎ爪状のスパイクが生えたガントレットで、巨大な斧頭を持つ武器(バルディッシュ)を握りしめている。

 鮮血色のマントをたなびかせ、サーコートまでが血の色ときては、見る者に悪魔が出現したかのような印象を与える。

 これがナザリック地下大墳墓、守護者統括……アルベドの完全装備の姿であった。

 そしてもう一人、こちらは遠目にも女性だとわかる。

 銀や金、それに黒。それらの色の金属による手甲、足甲。鎧はメイド服をモチーフにしたもので、額にはホワイトブリムを装着している。手に持つのは金の芯材を銀の外殻で覆っているような杖だ。

 弐式炎雷にとって馴染みのある、ある意味で自分自身のアバターよりも思い入れのあったNPC。ナーベラル・ガンマだった。

 ナーベラルは弐式の姿を目にとめると驚愕の表情と共に杖を取り落とし、表情を歪ませ口元を手で覆う。その瞳からは、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちていた。

 

「弐式……炎雷様……」

 

 震える声で名を呼ぶや、ナーベラルは一直線に駆けてくる。

 現地人、エンリなどからすれば目にも止まらぬ突進であったが、弐式はナーベラルをしっかりと抱き留めた。

 

「弐式炎雷様! 我が創造主! よく、よくぞお戻りに……」

 

「ナーベラル……」

 

 声が震えるを通り越して嗚咽となり、後が続かないナーベラル。その彼女の頭を撫でる弐式は、混乱の真っ只中にあった。

 

(え? ナーベラルだよな? 俺が作った戦闘メイド(プレアデス)の? なんで勝手に動いて喋ってるんだ!?)

 

 モモンガとヘロヘロが、自分と同様に人化できるようになっているのも、訳がわからない。モモンガの口振りでは、モモンガはアイテムによる人化だが、ヘロヘロは違うらしい。

 わからないことだらけだ。

 今、一番確かなことは、腕の中で震えて泣いているナーベラルが居ることのみ。

 

「ナーベラル……。た、ただいま?」

 

 何とか声を絞り出した。もっと気の利いたことを言えないかと思うが、今の彼はこれが精一杯だ。何より美人、しかも理想の美少女を抱きしめるなんて、弐式の人生では初の体験である。上手く舌が回るはずないのだ。

 対するナーベラルは顔を上げると、涙を拭い輝かんばかりに微笑む。

 

「お帰りなさいませ。弐式炎雷様」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 また一人、ギルメンがナザリックに戻って来た。

 実に喜ばしい。弐式とナーベラルの再会シーンも、端から見れば物語の一場面のように思えて、観客たるモモンガとしては最高の気分だ。

 

「いいもの見た気分ですねぇ、ヘロヘロさん」

 

「まったくですよ、モモンガさん」

 

 モモンガはヘロヘロと並んで、ホッコリした気分になっていたが、アルベドが甲冑をガチャ着かせながら駆けてきたのを見て我に返った。

 

「モモンガ様、ヘロヘロ様。倒すべき敵は何処でしょう?」

 

「敵? あっ……」

 

 言われて気づく。そう言えば自分達は、何者かと交戦中の弐式炎雷に加勢するべく、転移門(ゲート)で飛んできたのだった。先程は人間種の騎士を二人倒したが、もう他には居ないのだろうか。この先にある村が襲撃されていたように思うのだが……。

 

「そこに転がっている騎士の仲間……か? そのような連中が、この先の村を襲撃している。私が調べようとしていた村を襲う、不届きな連中だ。早急に始末して……」

 

 口早に状況説明をし指示していたが、その最中に影の悪魔(シャドウ・デーモン)が姿を現したため、モモンガは口を閉ざした。

 

(今度は何なの!? あ、そう言えば。デミウルゴスが影の悪魔(シャドウ・デーモン)を配置していたんだっけ)

 

 身構えようとしたアルベドを制し、モモンガは影の悪魔(シャドウ・デーモン)に話しかけた。

 

「デミウルゴスの手の者か」

 

「はい、モモンガ様。村を襲撃した輩ですが、弐式炎雷様の分身体の活躍により、すべて殺されるか捕縛されました。戦闘は終結しています」

 

「そうか」

 

 村への襲撃について報告が無かったこと。このことでデミウルゴスにお説教をしたのだが、すぐに成果が出たようだ。やはり報連相は大事だとモモンガは再認識している。

 この今得た情報を有効活用するとなると、まずは村の関係者たる娘に教えることだろうか。

 

「娘。名は何と言ったかな?」

 

「え、エンリ・エモット……です。こっちは妹のネムです」

 

 弐式とナーベラルの抱擁シーンを見て驚いていた様子であるが、モモンガの問いかけには、きちんと答えてくれる。どうやら怯えの色は消えているようだ。

 

「ふむ。エンリよ。村を襲った騎士共は、すべて片付いたようだ。他の御家族は村に居たのかね?」

 

「あっ! 父さんと母さん!」

 

 エンリが声をあげる。自分達のことで精一杯であり、今まで意識から飛んでいたのだろう。だが、その声が耳に入ったのか、離れた位置で弐式が手を挙げた。

 

「モモンガさん。その子の御両親なら、俺の分身体が守ってますよ」

 

「と、言うわけだ。私の友が助けてくれたようだな。他に怪我は無いか? 調子の悪いところは?」

 

 エンリはネムを見たが、モモンガを見て瞳を輝かせている以外は変わったところがあるように思えない。まずは無事と見ていいと判断する。

 フルフルとエンリが顔を横に振ると、モモンガはその顔を(ほころ)ばせた。

 

「そうか。それは良かった」 

 

 ドキリ。

 

 エンリの胸が一跳ねした……ような気がする。

 目の前の男性は自分が危ないところを助けてくれた。先程見たアンデッドの顔は……見間違いだったのだろうか。

 

(ううん。アンデッドだって同じことよ。モモンガ……様? は、いい人だもの!)

 

 出会って間もないが、そうエンリは確信する。

 さっき見た笑顔は、本当に優しげで……言っては悪いが子犬のような……それでいて縋りたくなるような良い笑顔だった。

 悪い人のはずがない。傷だって治してくれたし、いい人だ。

 自分の知ってる仲で良い人と言えば、友人のンフィーレアが居たが、エンリの中では……。

 

(あれ? 良い人は良い人でもンフィーとは何か違うような……。もっと大事? え? あれ?)

 

 自分の中で生まれた感情が何なのか、今のエンリには把握できない。

 一方、それは良かったと言ったモモンガは、既にアルベドやヘロヘロと今後のことについて話し合っており、エンリの熱を宿した眼差しには気づいていなかった。

 ヘロヘロや、ナーベラルの肩を抱きながら戻って来た弐式も、エンリの瞳には気づいていない。

 唯一人、アルベドのみ、値踏みをするような眼差しでエンリを見ていた。 

 ただ、アルベドは全身甲冑を装備していたため、ヘルムの奥で光る瞳に気づく者は、これこそ誰も存在しなかったのである。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 ナーベラル・ガンマです。

 

 我が創造主、弐式炎雷様……。まさか抱きしめていただけるなんて……。

 え? 予告? し、失念していました! この命にてお詫び申し上げ……。

 いえ! 予告業務を行います!

 至高の御方の取り纏め役、モモンガ様がゴミ虫たちに挨拶をするとのこと。

 だけど、モモンガ様は御尊顔を隠したい様子……。

 フンコロガシ共など、モモンガ様の御尊顔を仰ぎ見て尊死すれば良いのに……。

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第10話

 

 モモンガ『真面目な場所に出せるマスクが無い』

 

 モモンガ「弐式さん……」

 弐式「ナーベラルには後で言っておきますので……」




 四月から不安だったので頑張って書き進めたのだ!
 まあ、そんなに投稿間隔が開くことは無いと思いますが。

 土日の各一日で1話ずつ書いたことになります。マジ頑張りました。

 正直言うと、弐式さん合流まで引っ張りすぎるのもどうかと思ったので、だったら第8話を早めに書いて投稿すればいいじゃない。との結論に到っての書き増しです。

 エンリパパの描写多いですね。誰得なのでしょう。
 そう言えば死亡キャラ生存となりましたので、そのタグを追加しようと思います。

 エンリのフラグがモモンガさんに傾きました。
 弐式さんがエモット家を訪れた際、夫妻だけでなくエンリと顔を合わせていれば弐式さんの方にフラグが立ったと思います。
 
 アルベドに不穏な気配が……。
 どうなるんでしょうねぇ。
 

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