「そういった次第で、我が国の皇帝は王国との関係改善を求めておるわけですな」
昼も過ぎた時間の王城。その貴賓室の中でも一番上等な部屋で、一人の老人が熱弁を振るっている。彼の名はフールーダ・パラダイン。人類としては最高位の第六位階魔法を習得し、
本日は、長く続いた王国と帝国の戦争を休止すべく、護衛である帝国四騎士……の一人、レイナース・ロックブルズを伴っての交渉中なのだ。フールーダとしては自分一人で事足りたのだが、レイナースが「帝国が誇るパラダイン様に、護衛の一人もつけないとあっては笑い話にされます!」と抗議し、やむなく同行を認めている。
「用件は理解した。が、はいそうですかと受け入れるわけにはいかなくてな。パラダイン殿……」
そう言ったのはフールーダの対面で座る小太りの青年……王国の第二王子、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフだ。隣で座る六大貴族の一人、エリアス……エリアス・ブラント・デイル・レエブンも真面目な顔で頷いている。
この二人が交渉役になったのは、事情があった。
まず、王国では
では、国王でなければ誰が応対するのか……となったとき、白羽の矢が立ったのがザナックである。つまり、国王本人でなくとも、王族であれば大臣格よりは上位者であるし、帝国側に対して下手に出ることなく失礼にも当たらないというわけだ。もっとも、第二王子のザナックを前に出すということは、バルブロ第一王子の面目が潰れるということでもある。当然ながら、バルブロは良い顔をしなかったが、かのフールーダ・パラダイン相手に、論戦で上手く立ち回れるか……とランポッサ三世に問われ、渋々引き下がっていた。ちなみにバルブロは、引き下がる際にも抗議をしている。だが、今度は六大貴族の一人……ボウロロープ侯(バルブロの妻の父親、つまり
こうしてザナックが交渉役となり、補佐として選ばれたのはレエブン侯……エリアス。
エリアスの選抜は、ザナックが要望したことと、交渉役の補佐として適任だとランポッサ三世が承認したことによる。
そのような事情の下に、ザナックとエリアスは交渉役となり、フールーダ(護衛としてレイナースが同席)との休戦交渉は順調に進んでいた。と言っても、今は両者によるジャブの打ち合い中だ。
「パラダイン殿。二つの国家が長く争っているのだ。帝国側が休戦を望むのであれば、いくらかの譲歩が必要だと考えるのだが? 間違っているかな?」
ザナックは背が低く……小太りな青年である。痩せれば少しは見栄えが良くなると思われるのに、ダイエットに励もうとはしない。今も、話しながらテーブル上に用意されたティーカップに角砂糖を投じている。
ぽちゃ、ちゃぽ、ぽちょん、ちゃぽ、ぽちゃ……。
投じられる角砂糖の個数が増すごとに、フールーダの斜め後方で立つレイナースの眉間に皺が寄った。体型に気をつかう若き女性としては、大量の砂糖使用は見るだけで自分の体重が増すような気がしたのである。
(嘘、まだお砂糖を入れるの!? あれじゃ、紅茶の底で溶け残った砂糖が……。うう、気分が悪くなってきたわ。手は届かないから、槍で砂糖瓶を張り飛ばして……あ、槍は預けてきたんだっけ……。うぎぎ……)
眉間の皺以外、可能な限り無表情を装うレイナース。彼女の忍耐は限界が近い。元々、レイナースにとって休戦交渉などはオマケなのだ。早く終わらせ、本来の目的に向けての行動に移りたいので、フールーダには適切かつ手早く交渉を終わらせて欲しい。
一方、フールーダだが、彼とて休戦交渉がオマケなのはレイナースと同様である。
(第十位階魔法を操る逸脱……いや、超越者! 何が何でも教えを請わねば! 儂の前に、更なる深淵への導き手が出現したのじゃ! 多少の譲歩など、どうでも良いわ!)
フールーダは、その長い白髪髭を掴んでしごくと目を閉じた。そして、おもむろに右目でザナックを見ると、ニッコリ笑う。
「何一つ間違っておりませんな。さよう、争いを休止するためには、休止したくなった側が、相手方に対して譲る姿勢を見せる。当然のことでしょう。貴国の御要望を伺いたくあるのですが、我が国の誠意を御覧に入れるべく、こちら側から条件についてお話しましょう」
フールーダは指折りしながら、休戦条件を述べていく。
一つ、帝国は王国に対し賠償金を支払う。ただし、支払い能力には限度があるので、分割払いを希望する。
一つ、賠償金とは別に、今後十年間、食料(保存食や穀物等を含む)を提供する。
一つ、バハルス帝国皇帝の直筆による、謝罪文書を差し出す。
一つ、休戦期間は十年間とする。
一つ、休戦期間更新については、両国で協議して定めるものとする。
一つ、帝国はナザリック地下大墳墓の地権に関し、これを認める。
「他にもありますが……まずは、こんなところですかな」
フールーダは説明を終えたが、聞かされたザナックとエリアスは目の端で視線を交わした。
(悪くないな。皇帝の謝罪文書。それがあれば、戦争継続派の馬鹿共を黙らせられる)
(ええ! まさに……)
賠償金や食料も有り難いが、戦争継続派の貴族達……彼らを説得する材料が増えるとなると、ザナックとしては手間が減るので個人的に嬉しいのだ。そもそも、戦争継続派の不満を受け流しつつ黙らせるのは、骨も折れる上、時間がかかるのは確実。だらだら時間をかけていると休戦交渉で不利になるのだ。
(ふむ、効果ありか……)
ザナック達の様子を見ていたフールーダは、素知らぬ顔で紅茶に口を付けた。
皇帝直筆の謝罪文書は、ジルクニフ自身や帝国の名誉に泥を塗るものだ。だが、それも書き方次第だろう。元々、ジルクニフは謝罪文書については了承していたし、了承を得ていたからこそフールーダは今の条件を持ち出したのである。
やがてザナックが大きく頷いて口を開く。
「今回の交渉については、私が全権を委任されている。休戦の条件としては、今聞いたもので問題ない。賠償金の金額については、また協議して定めたいし、諸々を文書に起こすべきだろう。そこは、後日に改めて……ということで構わないだろうか?」
「大いに結構ですな。王国も休戦の条件については相談が必要でしょう。私……いえ、帝国としましても、今日の交渉だけですべてが決まるとは思っておりませぬ。両国の平和のため、私は、貴国の許可さえ頂ければ王国に滞在し、何度でも足を運ぶ所存ですぞ!」
休戦に乗り気……な様に見えるフールーダの物言いに、ザナックとエリアスは、「おお!」と瞳を輝かせた。逸脱者、フールーダ・パラダインが、ここまで言うのだ。
休戦交渉は成立する。長年の戦争で国力が疲弊する現状、これを脱する日も近い。そう思えたのである。
ただ、ザナックもエリアスも手放しで喜んでいたのではなく、この『帝国にとって少しキツい条件』には裏があるのではないかと睨んでいた。裏というのは、休戦下で『次の戦争』のための戦備を整えたり、直接的な武力に寄らない、例えば経済的な攻撃を加えられるのでは……といった懸念だ。
そして、それは八割方当たっていた。
ジルクニフは、直接戦わないとしても、別の方法があると考えていたのである。ザナック達が考えていた、経済的な締めつけも選択肢の一つだ。賠償金などは、交易で優位に立てば回収できるし、謝罪文書での不名誉とて、帝国が王国よりも優位に立っていれば、有名無実化することも可能。
言うなれば、王国を叩くための手段が、武力行使から路線変更しただけなのだ。
とはいえ、第十位階魔法の使い手。その存在が事実なら、王国を滅ぼすのは困難の極みだともジルクニフは考えている。最終局面で、フールーダを遙かに凌ぐ
それがバハルス帝国皇帝、ジルクニフの判断だった。
そして、条件の一つとして提示した、「ナザリック地下大墳墓の地権について認める」には、第十位階魔法の使い手……モモンガに対する警戒と、敵対する意思がないというアプローチが含まれている。
「ところで、『ナザリック地下大墳墓の地権を認める』とは……。どういう事だろうか?」
問いかけるザナックの顔は、ほんの僅かだが引きつっていた。
モモンガによる過日のデモンストレーションは、転移魔法によって移動した上で執り行われている。他国の間者などは付いて来られなかったはずだ。にもかかわらず、フールーダはナザリック地下大墳墓の地権について言及し、休戦条件の一つとしたのである。
(大方はブルムラシュー侯からの情報だろうが……。あの馬鹿、どれほどの速さで情報を流してるんだ……)
内心舌打ちするザナックだが、ブルムラシュー侯自身は既にナザリックの僕に近い存在となっている。このデモンストレーションに係る情報漏洩についても、ナザリック側からの指示で行ったものなのだ。それをザナックが知るのは、もう暫く経ってからのこととなる。
「さよう、ナザリック地下大墳墓ですな。聞きましたぞ? 何でも第十位階魔法を操る超越者が居るとか……。是非とも『魔道』について、教えを請わねば……と」
「パラダイン殿。要望ではなく質問の答え……で、お願いします」
背後で立つレイナースが軽く前傾して囁きかけた。『様』ではなく『殿』としているのは、自分達にとっての外部の者……ザナック達が目の前に居るからだ。
フールーダは「わかっておる!」と憤慨し、深呼吸を一回入れてから、ザナックへの回答を再開する。
「失礼しましたな。正直な話、第十位階魔法の使い手と言いますのは、帝国にとって非常識なまでに脅威なのです。本来、こういった弱みについて語るのは愚策ですが、何しろ第十位階。下手な駆け引きは、帝国の滅亡を意味しますので……。この休戦条件を通じて、ナザリック地下大墳墓とは、よしみを結びたいと……こう考えておるわけです。何とぞ、アインズ・ウール・ゴウン殿にお取り次ぎをお願いしたい」
一気に語ったフールーダは、ソファに座ったまま両膝を掴み、深々と頭を下げた。
全権委任されて交渉に出向いている以上、フールーダが頭を下げるということは、帝国が頭を下げたのと同義であり、意味合いは途轍もなく重い。その程度の事はフールーダも心得ているが、彼の本来の目的上、頭を下げて上手く事が運ぶなら、どんな頭でも平気で下げられるのだ。自分の頭であろうと、帝国の頭であろうと……。
だが、そういったフールーダの利己的な思惑まで考えが及ばないザナック達は、彼らなりにフールーダの振る舞いを解釈する。
(パラダインが、ここまでするとは……。やはり、第十位階魔法とは威力だけでなく、理解できる者にとっては俺が思う以上に脅威なのだ。アインズ・ウール・ゴウン。帝国相手の大きなカードとなるが……火傷するのは御免だ。ゴウンに対しては、今後も慎重かつ丁重に接していくべきだろうな……)
(ザナック殿下も同じ思いか……。それにしても取り次ぎ願いとは……。ここはもったいぶって、取り次ぎを餌に休戦条件を釣り上げるべきだろうか? いや、駄目だな。ゴウン殿に会いたいという者を押しとどめて、利益追求など、ゴウン殿の機嫌を損ねかねん。快く取り次いで、パラダインとゴウン殿……双方の心証を良くしておくべきだ)
ザナックとエリアスは目配せし合ったが、この件についてはエリアスが説明役に回った。
「取り次ぐのは問題ありませんが、アインズ・ウール・ゴウンの都合もあります。私どもの方で日程調整しますので、パラダイン殿には暫く王城にて滞在していただいて、結果報告をお待ちいただければ……」
「当方は、それで問題ありません。是非とも、よろしくお願いします」
そう言ってフールーダは、もう一度頭を下げ、帝国と王国の休戦交渉は、第一回目の幕を下ろすのだった。
◇◇◇◇
「意外です。すぐさま面会できるよう、恫か……いえ、働きかけるものかと……」
フールーダにあてがわれた王城の宿泊室で、レイナースはソファに腰掛けたフールーダに話しかけていた。彼女にも個室は用意されているのだが、フールーダと話をするべく、彼の部屋について来たのである。
「皇帝陛下から特にキツく言いつけられていたのでな……」
すぐにモモンガと会うことが出来ない様子なので、フールーダは肩を落としていた。いつもなら、ぐいぐい押し込んで取り次ぎをさせるのだ。周囲の声など、彼の鼓膜を震わせることすらできない。それが、未知なる魔法に接したフールーダの在り方である。しかし、その彼が、普段の自分を押し殺すほどの自重を見せている。
いったいジルクニフに何を言われたのか。
「良いか、爺よ? ゴウンとやらにとって、何が迷惑かを常に考えろ。第十位階魔法の使い手を怒らせるようなことは、絶対に不可だ。それ以前に、ゴウンの方で気を悪くしたら、お前を寄せ付けなくなるぞ? いつもの爺なら、実力に物を言わせて押し込むんだろうが……今回は相手の方が強いんだろ? まあ、会えるわけはないな。それで良いなら、思うがまま行動するんだな」
と、このように言われたのだ。
アレをするな、コレをするなと言われただけなら、振り切って本能の赴くまま行動に出る。
とは言え、冷静になった頭で考えてみれば、ジルクニフの言ったことは一々もっともであり、相手……アインズ・ウール・ゴウンに配慮した行動さえ取っていれば、少なくとも敬遠されることもない。そして、接触し続けられれば、第十位階の魔法の深淵に触れることもできるだろう。
(頭だけは若いつもりだったが、人として大事なことを忘れ……おっと、軽視しておったのか……)
苦い顔で自省していると、レイナースが残念そうであり、安心したようでもある溜息をついた。
「すぐに会えないのは私も残念です。けれど、また高齢者に向けて槍を振るうかと思うと、気が重いですし。これで良かったのかもしれませんね」
つい先日のこと、第十位階魔法を操る
不意打ちに近い一撃で昏倒したせいか、フールーダはその出来事を忘れており、不思議そうに首を傾げた。
「槍を振るう? ……何のことじゃ?」
◇◇◇◇
フールーダの部屋を出たレイナースは、王城の通路を歩いている。
彼女の認識では、順調に事が進んでいた。
(ここまで来たわ……。第十位階魔法の使い手……。果たして、私の望みを叶えてくれる力の持ち主なのかしら? 個人的に面会できれば良いのだけど、無理ならフールーダ様が同席していても構わない……。フールーダ様は、私の望みを御存知でしょうし)
レイナースの望みは、その美しい顔の右半分。討伐したモンスターの死に際の呪詛によって、醜く変えられた部分を元に戻すことだ。醜悪に爛れ、時折、布で拭わなければしたたり落ちるほどの膿。彼女の女としての幸せを、ことごとく粉砕した呪いを解けるのであれば……どんなことでもする。
(皇帝陛下は、私の同行を強く止めるかと思ったけれど……。思いの外、簡単に認めてくれたわね……)
帝国四騎士の一人として、『重爆』の異名を持つレイナースであるが、その皇帝に対する忠誠心は四騎士の中で一番低かった。最大の目的が呪いの解呪なのだから、それを達成する前に死ぬなどとんでもない。ジルクニフに対し、皇帝よりも自分の命を優先すると約束を取り交わしてあるほどだ。
仮に第十位階魔法の使い手が、解呪と引き替えに帝国からの移籍を求めるなら、レイナースはそれに乗るつもりだった。
しかしながら、レイナースは騎士として有能である。
レイナースが先程思ったとおり、皇帝ジルクニフは今のところ、彼女を手放したくないと考えているらしい。そのジルクニフが今回の同行を邪魔しなかったのが、レイナースにしてみれば意外なのだ。
(私の顔のことを、私が思っていた以上に気にかけてくれてたのかしら? ……それも皇帝陛下のイメージじゃないか……。……無理に引き留めた場合、私が叛意を抱くことのデメリットを考慮した……が正解かしらね。そんな事になるくらいなら、恩を売っておくとか……。実際、感謝はしてるのだけど……。それに……)
もっと他のことを、ジルクニフは考えているはずだ。しかし、それが何なのかまではレイナースには解らない。
用意された部屋に到着したレイナースは、扉の取っ手に手を掛けながら目に力を込めた。
「何にせよ、私は私のしたいことをするだけよ……」
◇◇◇◇
「アインズ様、紅茶の用意ができたようです」
「ふむ、メイドだったか。……入ってよろしい」
私室兼の執務室。
書類仕事をしていたモモンガは、ノック音を確認したアルベドから言われ、羽根ペンを置いた。魔法アイテムの羽根ペンは、インク壷につけずともインクが補充される。これは、元の
(後は、もう少し太いと使いやすいんだが……。万年筆型のアイテムならあったような気がするし……。それにな~……よっと!)
先程まで人化状態だったモモンガは、異形種化して、羽根ペンを持ち直してみる。やはり、骨だけの指だと羽根ペンは持ちにくかった。
(羽根ペンを使い続けるとしても、異形種化したときに使いやすいのが欲しいところだ。……けど、持ちにくいってだけで、持ててるのが凄いよ。骨だけの指なのに……)
再び人化し、用意された紅茶を飲むと……これが実に美味しい。それまで仕事一色だった脳が洗われていくようだ。
(元の
こちらの世界に転移し、ナザリックの美食を口にするようになって結構日が経つのだが、『美味しさ』に関する感動は色あせることがない。そしてカップに口をつけながら、机上の書類を見ると、良い具合に数が減っている。もう一踏ん張りすれば、すべて『退治』できるはずだ。
この良好な進捗は、モモンガの過剰な頑張り……だけでなく、他のギルメンにも書類仕事を回していることによる。何人かのギルメンがローテーションを組んで、供覧及びチェックをしており、モモンガの負担が減っているのだ。
(俺一人でナザリックのことを全部把握して、判断や決断をするとか、冗談じゃない。そんなことになったら発狂してしまう! ……発狂ゲージとか溜まりきっても、アンデッドの精神安定化があるんだっけ……)
以前、タブラに相談したことがあるが、異形種化と人化を繰り返していると、どちらか一方で居られないストレス……発狂ゲージが蓄積する。これが一定値以上になると、ギルメンは発狂し、突拍子もない行動に出るのだ。良い例として……良くはないが……合流時のブルー・プラネットなどが挙げられる。ああならないためにも、更なる精神安定系のアイテム装備が必要となるのだ。
モモンガの場合は、異形種化さえすれば精神の安定化があるので、発狂しても長続きはしないというわけだ。
(この転移後世界で、人化したまま異形種化をしない……なんて事にはならないものな。どこかで発狂状態は解除される……だったか。でも、俺一人で転移してたら、最強セッティングの指輪装備を外して、精神安定系の指輪を……って考えたりしないだろうし。そもそも、人化するとか思いついてたか? 確か、俺の私物で人化アイテムは無かったはずで、わざわざギルメンの私室から取り寄せたりしない……よな? ……じゃあ、人化することなく異形種のままでジワジワ発狂したり? いやいや、まさか。さすがに自分で気がついて、メンタルケアしてるはずだよ。発狂とか、ありえないわ~……)
そういった事を考えつつ、モモンガは紅茶を飲み干し、メイド……ヘロヘロ作製のインクリメントに礼を言って下がらせる。そして再開された書類仕事は、僅か数分で完了した。わざわざ紅茶タイムで休憩するほどではなかったのだろうが、紅茶パワーで早く終わったのだとモモンガは思うことにした。
(せっかく糞みたいな元の
ここまでは仕事時間。ここから先は自由時間。
そして、同じ部屋に恋人……アルベドが居る。
モモンガは余暇の過ごし方について、アドバイスを求めることにした。
「アルベドよ。少し相談があるのだが……」
◇◇◇◇
「モモンガ様? 湯加減は……いかがでしょうか?」
「う、うん。問題ないと思うけど……」
白いレイヤード・ビキニ着用、髪をアップにしたアルベドからの問いかけに、人化状態のモモンガが答えている。
今二人が居るのは……スパリゾート・ナザリック。しかも、混浴区域ではなく、男湯である。
そんなことをして良いのか。本来であれば良くない。
以前、酒の入ったヘロヘロが、人化状態でソリュシャンと男湯へ(先客が居ないのは確認済みで)入った際、設置されていたライオンの石像が「マナー違反とリア充に天誅を!」と叫んで襲いかかってきたのだ。
これは、ギルメンの一人だった、るし★ふぁーの仕込んだギミックである。
かけ湯しないで湯船につかろうとしたり、男女が同伴で混浴区域以外へ進入すると、るし★ふぁーのアナウンス付きでゴーレムが襲いかかるというものだ。
このときのゴーレムは、なかなかの強さに設定されていたが、近接戦闘が得意なヘロヘロによってグズグズに溶かされている。以後、タブラとベルリバー、更にブルー・プラネットによって、大浴場内の仕掛けが徹底的に網羅され、るし★ふぁーが仕込んだギミックは、ほぼすべて機能を停止していた。
現在では、ナザリック内でのカップル(モモンガ×アルベド、弐式×ナーベラル、ヘロヘロ×ソリュシャンなど)が増加したことで、『全施設混浴の日』が設定されている。もっとも、複数のカップルで使用するため、男女ともに水着着用が義務づけられていた。
そのように変貌を遂げたスパリゾート・ナザリックに、モモンガとアルベドは来ているのだ。ちなみに、今は炭酸水素温泉(ぬる湯の人工型)の浴槽にて入浴中である。
(風呂には誘われたけど、そう言えば混浴の日だったっけ……。俺の人生で、美人の女の人と、肩触れあう感じで風呂に入る日が来ようとはな~……。これは夢でも見てるのか?)
それ以前に、元の
しかし……。
湯の中でアルベドが肩を寄せてきたので、モモンガの意識は強引に現実へと引き戻された。
「モモンガ様? どうか……なさいまして?」
「い、いや、いい湯加減だな~……と」
アルベドが更に寄ってくる。
アルベドが『アインズ』ではなく、モモンガと呼んでいるのは、二人きりの時は『モモンガ』と呼んでかまわないと許可を与えているためだ。また、モモンガの口調が素に近いのは、恋人と……中でもアルベドと二人でいるときは、可能な限り、素の口調で喋ろうと決めたことによる。
そして……モモンガが先程と同じような返事をしたのは、恋人との大接近で緊張が頂点に達したためだ。更に言えば、このまま人化を続けていると、のぼせてしまう。
(湯あたりでなくて、恥ずかしさの余りにな!)
だが、のぼせることにはならなかった。新たな事態が発生し、モモンガの頭部に集合するはずだった血液が下方へ向かったからだ。
その新たな事態とは……。
(いかーん! 俺のアレが臨戦態勢に!)
アルベドとの過度な接近が、モモンガの男を奮い立たせ、股間の『モモンガさん』を起動させてしまったのである。このままでは浴槽から出られない。<
この場を、どう切り抜けるか……。
(幸いなことに、ここは炭酸水素温泉! 自然湧出型ではなく、炭酸ガスを送り込む方式だ! 透明湯であるが、
異世界転移後、最大の危機と言っていい事態に、モモンガは混乱困惑するのだった。
一方、アルベドであるが、モモンガを風呂に誘ってから何度目か解らない精神停滞化を終え、清楚に微笑んでいる。少なくとも表面上は……。
(ああ、モモンガ様……。なんて雄々しいのかしら……)
モモンガは、水着を押し上げる『モモンガさん』について、アルベドには気づかれていないと思っていたが、その期待を裏切ってアルベドはすべて把握していた。
(くふふっ! サキュバスの眼力を以ってすれば乱れた湯面、気泡渦巻く湯面下など問題にならないわ! そう、アレがモモンガ様のサイズなのね……)
普段は、脳内思考で呼ぶときでさえ『アインズ』呼びなのだが、この状況でのアルベドは、何の遠慮もなく『モモンガ』と呼んでいる。混浴という状況と、恋人という立場。それらが、彼女の背を押しているのだ。
(平均サイズよりも少し……。でも、水着で窮屈そうだから本当は、もっと……くふ~っ! ……ふう。まあ、それはそれとして……)
モモンガによる設定改変で生じるようになった精神停滞化。それが、またもや発動している。このことによって、アルベドが暴走、モモンガに襲いかかって風呂に沈める……などという事態には発展しない。
しかし、暴走しかけたサキュバスが一度間を置くと、後に残るのは冷静になったサキュバスである。
のぼせた欲情を排した捕食者としての思考。そこに、守護者統括としての明晰な頭脳を加味した結果……。アルベドの脳内では、すでにモモンガの寝室で迎える『朝チュン』までのルートが確定していた。
(タブラ様からの情報によると、至高の御方の私室ではBGMの設定ができたはず! ……ふう……。朝チュンの効果音は、ペロロンチーノ様からデータクリスタルで下賜されているし、何の問題もないわね!)
精神の停滞化を挟みつつ、モモンガの退路は断たれていく。
そしてモモンガであるが、さすがに『湯あたりに近い状態』が限界を迎えようとしていた。
(ぐぞ~……。あづい~。本格的に湯あたりに突入しちゃうぞ! どうする? どうすればいいんだ~……あっ?)
天井方向を仰いだモモンガの視界の端、そこで動く人影がある。
人化した上で海パン一丁の弐式炎雷と、黒いモノキニ(前から見るとワンピース、後ろから見るとビキニ)着用のナーベラルが通りがかったのだ。
「あれ? 弐式さん? ヘロヘロさんと一緒に、聖王国ってところに行ったんじゃなかったですか?」
「いや~、何と言いますか……」
弐式が後ろ頭を掻きながら言うには、旅先で風呂に入りたくなったので、タブラに頼み、<
「幾つかの町や村を経由しつつ、宿に泊まったりしてたんだけど……。お湯を貰って身体を拭くだけってのがね~……。それしかないなら我慢もするんだけど……。ほら、俺達って、やろうと思えば旅先からでも戻ってこられるじゃないですか」
「確かに……。そう言えば以前、ヘロヘロさんが馬車移動に拘りを見せてたんですけど、最近ではあまり『やはり馬車ですよ~』とか言わなくなったかな? まあ、せっかく魔法とかで便利に動けるのに、それを活用しない手はないですしね」
そう言った話はさておいて、モモンガはナーベラルが気になった。
今まで肩越しに振り返って話していたのを、身体ごと向き直り、湯槽縁に肘を乗せる。こうすることで股間前面が下方ないし壁面を向くので、モモンガとしても都合が良いのだ。
「チッ……」
舌打ちが聞こえたような気がするが、今はナーベラルのことが優先だ。
弐式の隣で立つナーベラルは、アルベドと同様、長い髪をヘアピン等で纏めている。黒いモノキニが彼女の美しさを引き立てているが、モモンガが気になったのはナーベラルの様子だった。腕を降ろし、下腹部の前で指を組み合わせてモジモジしている。うつむき加減であるものの、浴槽内という低い位置に居るモモンガからは、ナーベラルの顔がよく見えていた。
(真っ赤だ……。俺みたく、風呂に入ってるわけでもないのに……。これはどういうことだ?)
現在、自分が悩まされている湯あたり問題と無関係であるなら、顔が赤いとなると思い当たるのは怒りか羞恥だろう。ナーベラルの表情からすれば、怒りよりも羞恥が表現として相応しい。
(何を恥ずかしがっているんだ? にょ、にょにょ、尿意を我慢しているとかか!? いや、それなら一言断って離れればいいだけのことだし。まさか……)
嫌がるナーベラルに、弐式が命令して水着を着させたのではないか。よその創造主と創造物の間柄に口出しするわけではないが、セクハラが成されているのであれば、ギルド長としては看過できない。
「弐式さん。ナーベラルが少し……その、恥ずかしがっているようですが? あ~、随分と……」
「え? あれ? そうなのか? ナーベラル?」
言われて初めて気がついた。
そういった様子で弐式がナーベラルを覗き込むと、ナーベラルは黙したまま顔を背けた。この仕草は、ナザリックの僕の観点では不敬にあたる。例えば、アルベドは湯船の中で向き直り、足を崩して座っていた(跪こうとして、モモンガ達から「風呂の中で跪くなんてしなくていい」と言われている)が、今のナーベラルの素振りを見て眉間に皺を寄せていた。
(俺の真横からの『圧』が凄いな~……。俺向きじゃないんだけどさ。そんなに目くじら立てなくていいじゃん、アルベド~……)
「んんっ、ごほん! 弐式さん? ナーベラルの水着、似合ってますけど……弐式さんが選んであげたんですか?」
創造主としての権力を濫用して、無理矢理に着せてるんじゃなかろうな。
という本音を包み隠しつつ聞いてみると、弐式は「それがいい」と言っただけで、水着を試着して披露したのはナーベラル本人の意思らしい。もっとも、水着の選定には他の
「る、ルプー……いえ、ルプスレギナが……」
『これで行くしかないっしょ! ガードの堅い正面に、背筋があらわな背面! この組み合わせの前には、弐式炎雷様もメロメロになること間違いなし!』
という意見によって押し切られたらしい。
ナーベラルとしては弐式に対し、はしたない姿を見せたくないので、大人しめのデザインの水着を選びたかったとのことだが……。
(ふむう、ギルメンによる婦女子への乱行はなかったか……。それは良かったけど……)
「弐式さん?」
モモンガは湯槽の縁に肘を乗せたまま、右手で弐式を手招きした。自分の顔を指差した弐式が、ナーベラルを置いてモモンガに近寄り、中腰となる。
(「で、どうなんです? 弐式さんは、ナーベラルにメロメロなんですか?」)
(「いや、もう最高ですよ。水着姿の若い女の子! その背中を……前もですけど、ガン見して許されるとか! ……ここは天国ですか?」)
(「いいえ、ナザリックです」)
モモンガ達は囁きあったが、それぞれの同伴者たるアルベドとナーベラルは聴力が優れている。会話の一部始終は、彼女らの鼓膜が捉えており、ナーベラルはより一層顔を赤くした。アルベドはというと、弐式が喜んでいるので怒気を消し、「初々しいわね~。
その後、暫く話してから、弐式はナーベラルを連れてジャングル風呂へと移動して行った。
モモンガは、会話している内に『モモンガさん』が待機モードに移行したので、湯から上がることにする。
(ギルメンと、それも男の人と話してると、色々と収まりがつくもんだな~。……色々と……。弐式さんには、感謝しかないよ~)
そんなことで感謝されていると知ったら、弐式は嫌な顔をしただろうが、モモンガは上機嫌でペタペタ歩いている。その後ろをついて歩くアルベドは、『モモンガさん』による自分に対しての無双が期待できなくなったので少し気を落としていた。
明暗が分かれた形の二人であったが、危機感の薄れたモモンガが「寝湯というのもあったっけ? 試してみるか!」と思い立ったことで、新たな危機が彼に訪れ……かけることとなる。
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長、モモンガ。
渾身のオウンゴールであった。
が、そのことでアルベドに加点されなかったのは、後述する禁則事項のためである。この
そして、風呂上がり。
すっきりした表情のモモンガを脱衣場で見た弐式が、「モモンガさんの様子からすると……。アルベドのために、椿の花でも落とした方がいいですかね?」と聞き、モモンガは「そんなことまでしてませんよ!」と叫ぶこととなる。そして、「……よく考えたら、適度に異形種化をして、ナニをクールダウンすれば良かったんじゃないか……。精神の安定化があるんだし……」と呟き、モモンガは肩を落とすのだった。
◇◇◇◇
女性用の脱衣場。
「あの、アルベド様? 最後まで……なさったのでしょうか?」
水着を脱ぎ、
アルベドは後ろ手に髪をたくし上げて整えると、薄く笑ってみせる。
「そんなこと、できるわけないでしょ? 禁則事項よ」
るし☆ふぁーのギミックが満載であった頃よりゆるゆるになっているが、スパリゾート・ナザリックには幾つかの禁則事項が存在する。その中の一つに、『浴場での性行為』があるのだ。これを無視して事に及ぶと、強制的に転移魔法が発動、脱衣場に飛ばされるのである。これはナザリックの防衛機構を流用しているので、ギルメンでは抵抗できない。
「まあ、多少のスキンシップはあったけれどね……」
「す、スキンシップ……ですか」
ナーベラルはスキンシップの内容についても聞きたがったが、アルベドは自分の唇に人差し指を当てて「それは秘密なの」とノーコメントで通した。
実際のところ、何があったのか。
アルベドはモモンガに対し、寝湯での添い寝を申し出たのである。
石枕は幾つか用意されているものを、利用者が運んで使うタイプだったので、二人分を並べることは可能だった。加えて言うと、敷居も移動可能な設置型だ。
もし、アルベドと恋人同士の関係でなければ、モモンガは断るか逃げ出していたことだろう。しかし、今の二人は紛れもなく恋人同士なのだ。
数分かけての黙考の末、モモンガはアルベドの申し出を受け入れた。
そして行われたのは……申し出どおりの添い寝である。アルベドがモモンガに跨がって腰を振ったり、擦り寄ってきた彼女をモモンガが抱きしめたりということは一切ない。ただただ、流れる湯に身を置き、横になるだけだ。
その中でアルベドは、モモンガと様々な話をした。
ユグドラシルのこと、元の
それらすべてがアルベドにとって興味深いことであり、モモンガに対する思いを深めるものである。
(アインズ様の大切な思い出を知ることができた……。他の至高の御方にもお話しになっていないことも幾つか……。
モモンガとは別行動中、しかも目の前にナーベラルが居るので、アルベドは脳内であっても『アインズ』呼びに戻している。
(それに……)
寝湯で居た間、アルベドもモモンガに対し、好きな食べ物やタブラへの敬愛の心、守護者統括としての悩みなどを聞いて貰い、そのことによって心が軽くなってもいた。
(話すだけで心が軽くなるだなんて、やはり至高の御方は素晴らしいわ!)
鼻歌を歌いたくなるが、ナーベラルが居るので自重しなければならない。
着替えを終えたアルベドは、スパリゾート・ナザリックの入口に向かいながら考えた。
(朝チュン計画は頓挫したけど、構わないわ! ……ふう……だって、アインズ様は、ずっとナザリックに居てくださるのだから……)
「そうよ、時間は幾らでも……。でも、朝チュン計画を諦めるわけには……」
気づかぬうちに最後の部分を声に出し、アルベドは「しまった!」と思ったが、ナーベラルは「弐式炎雷様に褒めていただいた水着、大切に保管しておかなければ」等と一人呟いていたので、どうやら聞こえていなかったらしい。
その様子を見て、アルベドはホッとすると、悪戯っぽく小さく舌を出すのだった。
フールーダが王国にやってまいりました。
次回あたり、モモンガさんと対面ですかね~……。
他の作家さんのSSでもペロリストぶりを発揮している古田さんですが、道成増やら。
レイナースは救います。確定事項です。
バッドルートも書けますけど、そんな鬱展開、本作では必要ないのです。
アルベド分を補充しておこうと思いましたので、彼女をクローズアップしつつ『お風呂回』を持ってきました。
途中で顔を出すギルメンを、建御雷&コキュートスにしようかと思ったんですけど、華やかさがな~……と、却下。
メコン川&ルプスレギナにしようとして「アルベドの出番が食われ……はしないけど目減りする」ということで却下しました。同じ理由で茶釜&アウラ達も却下。
結局、王国と帝国の戦争は休止になりそうです。
まあ、いいのかな~……。
弐式&ヘロヘロの聖王国探索隊ですが、その道中模様を次回書ければな……と思っています。
<誤字報告>
rin.さん、佐藤東沙さん、ジュークさん、戦人さん
毎度ありがとうございます。
自分は読んでるときのリズム重視な書き方してますので、ちょっとおかしい文体でも残しておきたいところは残すことがあったりします。とか言って、だいたいは誤字脱字が多いんですけど。