祝福の物語   作:高城 あきら

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君が魔法少女になるしかない

 そこからは驚くほど順調だった。ほむらはマミとともに魔女退治に同行するようになり、さやかにも恭介の怪我が治せる旨を伝えることができた。そしてほむらにとって一番大きいのは、

 

「もう、まどかたちを連れまわすのはやめたの?」

「ええ、鹿目さんも美樹さんも十分わかってくれたと思うから。魔法少女の強さも、カッコよさも、──現実も」

 

 そう、まどかを魔法少女から遠ざけること。キュゥべえが神也のことを警戒して姿を見せない今、それが可能になっていた。そもそも奴がいないのだから契約のしようがないようにも思えるが、そこには念を重ねる方がいいだろう。

 

 現実。

 

その言葉を口にするとともに目を伏せるマミを、ほむらは黙って見ていた。死にかけたという経験自体は、彼女自身何度もしてきただろう。そして今まではそれを回避してきたはずだ。しかし今回は前提から違う。神也の乱入がなければ確実に食い殺されていたタイミング。それはどこか浮かれていたであろうマミにも、現実を教えるいい機会になったはずだ。

 

 そうこうしているうちに空間の歪を発見した。ソウルジェムが激しく反応する。魔女の結界だ。

 ほむらとマミは互いに頷きあい、魔女の結界の中へと足を踏み入れる。

 

 魔女の結界としては珍しく、さわやかな景色がほむらたちの周りに展開されていた。長い紐が物干し竿のようにセーラー服を吊るす青空。そしてその紐が収束する地点に()()は居た。

 彼女もまたセーラー服を着た学生のような出で立ちだった。ただ異常なのは、その体が人間よりもはるかに巨大であることと腕が何本もあること、そして通常足があるはずの場所から腕が生えていることだった。

 

 委員長の魔女。

 

 ほむらにとっては見慣れた相手だ。厄介なのは足元が不安定なことくらいで、たいして厄介な攻撃をしてくるわけでもない。時を止めて無反動砲を数発、機関銃を全弾発射し、とどめに破片手榴弾を投げつけてやった。今回は近接型の魔法少女もいないため、好きなだけぶちかましてやれる。ほむらは様々なことがうまくいっている記念にと、必要以上に攻撃を食らわせ、時を動かした。

 

 派手な花火が上がり、魔女の身体が爆発四散する。弾薬の数は半分くらいでも十分だったが、ほむらとしては景気よくやりたい気分だった。魔女の結界が崩壊して、現実の景色が戻ってくる。ほむらはそこに落ちていたグリーフシードを拾い上げると、盾の中にしまった。いまだに魔法少女姿のまま固まっているマミには悪いとさすがのほむらも思ってはいるものの、今回は仕方がない。魔力を消費したのはほむらだけで、マミは何もしていないのだから。

 

 呆然と立ち尽くすマミの肩に、ほむらは手を置いた。

 

「終わったわ、早く帰りましょう」

 

 マミは引きつった笑顔のままほむらを見た。

 

 マミとしても久しぶりにできた魔法少女の仲間だ。派手に、それでいて油断なく魔女を倒してやろうと思った矢先に、隅田川の柳花火よろしく魔女が派手に爆発した。恐らくは共に居たほむらの仕業だろうが、なんとなく納得がいかない。けっきょく派手に変身を決めただけで、魔力を消費することなく戦いを終わらせた彼女は、報酬であるグリーフシードを派手にほむらに譲った。もう何もかもが派手だった。いや、そもそもマミの目的はそれではない。グリーフシードというものは副産物であり、本命は魔女によって被害を受ける人々を助けることなのだ。ほむらもそれを理解していてグリーフシードを受け取っていた。

 

 乾いた風が吹いた。

 

 暖かくなってきた今日この頃とはいえ、夕方の冷たい風は少々堪える。魔法少女ならその程度の寒気は遮断できるのだが、ほむらはそこまでして体温の調節をする気にはなれなかった。それをしてしまうと本当に人間としての在り方を見失ってしまいそうで。

 

「⋯⋯思ったよりも早く終わったわね、ねぇ暁美さん、せっかく仲間に成れたんだし、どうせなら私の家でお茶でもしていかない?」

 

 ほむらはマミの柔らかい微笑みを見た。この少女は基本的に人がいい。今もきっと寒さに凍えたほむらを見かねての言葉だったのだろう。神也の嘘で疑いが晴れたほむらに対し、ついこの間まで険悪だった中とは思えないほど、マミはフレンドリーにほむらと接していた。

 

 いや、それだけじゃない。

 

 ほむらは思量した。恐らくこの魔法少女はうれしいのだ。純粋に、共に戦う仲間ができたことに喜びを感じているのだ。独りぼっちを寂しがっていたのだ。表面上は強く、気高く見繕っていても結局はマミも年相応の少女に過ぎないのだ。

 

 私もかつてはそうだったなと、ほむらは思考し、マミの言葉に首肯した。ぱあ、と明るい笑顔を浮かべる先輩魔法少女。

 

 この時間軸での問題点は、マミと杏子の確執をいかにして取り払うか、ただそれだけだ。そして今回は加野神也という今までにない強力な切り札がある。マミと杏子、そして神也とほむら。これだけの戦力が揃えばワルプルギスの夜を倒すのには十分のはずだ。

 マミから手を引かれながら、ほむらは思案する。きっと今回はうまくいく。この好条件を絶対に逃がしたりはしない。

 

 歯車は力強い音を立てながらぐるぐると回転していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近キュゥべえも顔を出さないし、心配ね」

「心配しなくても、あいつならそのうち顔を出すわ」

 

 マミの部屋は相変わらず綺麗に整えられていて、まるでモデルハウスのために家具を置きましたと言わんばかりに、ある意味生活感が感じられなかった。それでもほむらにとっては懐かしい景色だ。

 

 カップに注がれた紅茶を一口飲む。暖かい液体がほむらの口内を満たし、芳醇な香りを与え、食道を通過し、胃袋に到達するまで熱を与える。ほむらは紅茶の知識を持っていない。香りがいいとか、色が綺麗だとかいう俗な感想は浮かぶのだが、しかしそれだけだ。やれこの品種は香り高いとか、やれ今出された品は淹れ方を凝っているだとか、そんなことは一切彼女には分からない。そもそも紅茶の名前は横文字が多すぎて何が何だか分からない。

 

 だがほむらは思った、懐かしい味だと。

 

 マミお手製の甘いケーキと、少し柑橘系の香りがするナニガシとかいう紅茶。食事というものにあまり頓着しない性格のほむらでも、それが美味しいものだということは分かる。幸福だということも。

 いつかまどかたちとこの部屋で笑いあった記憶がよみがえる。ああ、だめだ。上手くいくことが多すぎて、緊張の糸が緩んでしまう。そんなことをしていてもまどかを救うことにはならないのに。

 

 ほむらがじっとしているのを見かねたのか、マミは彼女の顔を覗き込んだ。

 

「そんなに緊張しなくてもいいのよ? ここには私しかいないし、リラックスしてくれれば」

「違うの、ただ優しくされたのが久し振りだっただけ──」

 

 ほむらははっとして、マミを見た。私はいったい今何と口走った?

 マミの顔が慈しみの表情でほむらを見つめている。昼休みの時、まどかが見せた表情と同じものだ。やめてくれと叫びだしたかった。そんなに優しくされては、本当に戦えなくなってしまう。まどかを救えなくなってしまう。

 

「私も同じよ」

 

 マミはそれだけを言うと、また紅茶を飲み、ほむらを見た。

 

 その顔はほむらの見たことがない顔だった。まるで今にも泣きだしそうな少女の顔だ。今までの繰り返しの中、マミがそんな表情を見せたことは一度もなかった。

 彼女の内面はほむらも理解していた。でも、ここまで分かりやすくそれを表に出すことがあっただろうか?

 

 答えは否だ。

 

 マミは基本的に、その優雅さを失うことはない。彼女が取り乱すのはいつだって魔法少女の真実が告げられた時だけだ。ファミリーレストランでの食事の時だって、震えてはいたものの、それを分かりやすく表に出すことはしなかった。故にその時に気付いたのは彼女と密着していたほむらだけだ。

 

 それなのに今ほむらの目の前にいるのは、恥も外聞もなく表情を取り繕うこともしないマミだった。

 

「ごめんなさい、こんなに情けない姿を見せちゃって。私もね、辛かったの。独りぼっちは嫌で、それでもみんなを守るためには戦うしかなくて。魔法少女の素質があるからといって、鹿目さんや美樹さんを危険な目にあわせて。⋯⋯あなたにもひどいことをしたわ。まるで話も聞かずに一方的に悪と決めつけるなんて」

「あなたが誤ることではないわ。きお──くを失ていたとはいえ、私から何も説明しなかったもの」

 

 ここにきて神也の嘘が効いているようだ。でまかせもいいところだが、確かにあそこには魔女がいたし、神也の能力は彼自身にしかわからない。そのせいで演技を続けなければならないのはいささか面倒だが、関係を円滑に進めるには悪くはない。

 ほむらは少しぬるくなった紅茶を飲み干した。冷めていても香り高く、ほむらの心を満たす。

 

「でも、美樹さんが言っていたことは本当だったのね」

「何かしら、それ」

 

 マミがにっこりと笑うのを見ながら、ほむらは嫌な予感が全身に駆け巡るのを感じていた。あの口が羽毛のように軽い魚頭の女はまさか──

 

「美樹さんからメールが届いたの。『ほむらってば今日急に泣き出しちゃって、まどかに抱き着いてたんですよ。いやー可愛かったなぁ、マミさんにも見せてあげたかった』って」

「⋯⋯教えてくれたことに感謝するわ。美樹さやかには制裁が必要ね」

 

 言いふらされた。あの女はよりにもよって、早くもほむらの黒歴史となりつつある昼食の出来事を。それもマミに。

 

 まどかに抱きしめられたのはいいが、さやかに見られたのはまずかった。ほむらが見せた、こんなにわかりやすい弱点を彼女がみすみす見逃すはずもない。『何でもないの、でもあなたの言葉に傷ついたわけではないわ』あの時さやかにフォローをいれたのがまずかった。どうせならさやかの言葉のせいで傷つけられたことにしてしまえばよかったと、ほむらは後悔していた。

 

 明日は奴の弁当からメインを奪い取ってやる。それが制裁だ。

 ほむらはそう心に決めながら、マミのケーキを平らげた。もちろん味わいながら、ゆっくりと。

 

 甘いものを食べて少し落ち着いた彼女は、時計を見るとそれなりに時間が経っていたことを知り、おもむろに立ち上がった。

 

「そろそろ帰るわ。ごちそうさま」

「ねえ、暁美さん」

「なにかしら?」

「私たちはもう仲間なんだから、またいつでもここに来ていいのよ? 美味しいケーキと紅茶を用意して、待ってるわ」

「⋯⋯覚えておくわ」

 

 そこで素直にありがとうといえないほむらは、自分自身に若干の嫌気がさした。対人関係というものはこれだから疲れる。

 もう擦り切れてしまった心は、愛想笑いの浮かべ方すら忘れてしまったのだろう。本当は愛想ではなく心から笑いかけたかったのだが、そんなことはできない。結局ほむらはいつもの無表情のまま踵を返して、玄関の扉を開けた。

 

 日は落ちかけていた。橙の光はほとんど藍色に支配され、命乞いをするように西の空でわずかに存在するだけだ。

 マミとの共闘も順調だ。後は神也の回復を待ち、杏子を仲間にすればいい。

 

 ほむらは髪をかき上げた。今日は月がきれいな夜になりそうだと思いながら、彼女はほとんど夜になった見滝原の街を歩いて行った。

 しばらく歩いているうちに、ソウルジェムが反応を始める。

 

 ──魔女の反応だ。

 

 ほむらは走り出した。魔女が多い見滝原でも、一日に二体というのは珍しい。さっさと見つけてさっさと倒してしまおう。グリーフシードが得られたなら、マミに渡すのも手かもしれない。ほむらは柄にもなくそのようなことを考えながら、魔女の反応を追っていた。

 

 歯車はまだ回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マミがまどかからその報を聞いたのはつい先ほどのことだ。なんでも家に帰る途中に、魔女の口づけを受けた友達が町はずれの工場まで行ってしまったらしい。

 

魔女が一日に二体。珍しいことではあるが例がないわけではない。それよりも早くしないとまどかが危険にさらされてしまう。

 せっかく魔法少女の道から外れ、普通の女の子として生きられるようになったというのに、また巻き込まれてしまってはまどかが不憫だし、何より魔女の口づけを受けたまどかの友達に何かあってからでは遅い。

 

 マミは屋根を伝い、リボンを駆使しながらほとんど直線距離で工場へと急いだ。

 

 しばらく移動していると見つけた。月光を背に、しかしそれ以外の光を一切ともしていない、さびれた工場を。マミは魔女の反応を確認しながら、窓を蹴り破って中に入った。そこには何人もの人が、まるで生気を失った亡者のようになぜか閉じられたドアを力づくで開けようとしている。

 

 床に転がる塩素系漂白剤と酸性洗剤の容器。成程、魔女はここで集団自殺をさせようとしたらしい。そしてそれを止めた者がいる。マミはそれが誰かわかっていた。マミはとりあえず操られた人々をリボンで拘束し、ドアを開けた。すると案の定、恐怖でおびえているまどかを見つけた。

 

「ま、マミさん⋯⋯」

「もう大丈夫よ、鹿目さん。後は私がやるわ」

 

 マミは優しくまどかに笑いかけ、そして遅れて彼女の肩に乗る白い生き物を認識した。

 

「キュゥべえ! 今までどこに行っていたの?」

「ちょっとね、僕にもやることがあったのさ」

 

 はぐらかされたことに若干の苛立ちをマミは感じたが、今はそれどころではない。視界が水中のように歪み、水色の景色があたりを包み込む。魔女の結界が展開されていた。

 速攻で片を付ける。マミは大量のマスケット銃を作り出し、注意深く意識を集中させた。

 

 その時、マミは光景を見た。

 

 忘れることのない光景だ。

 

 クラクションが鳴った。熱と爆風が吹き荒れた。体中が痛い、苦しい。でも、それでも少女は生きたかった。だから必死に手を伸ばした。白い、希望を与える使者に。

 

──どうしてみんなを助けなかったの? 

 

 声がした。それは紛れもない自分の声で、マミに届けられる。

 

 違う、あの時は気が動転していた。余裕がなかった。だから「私を助けて」としか言うことができなかった。

 

──違わない。あなたは結局自分のことしか考えていない。だから自分だけ助かった。

 

 違う!

 

 マミは必死で首を振った。そんなことあるわけがない。私はいつだってこの力を人のために使っているのだから。

 

──卑怯者

──卑怯者

 

 今度は違う声だった。マミはゆっくりと顔をあげ、その声の主を見てしまった。

 それはかつて、マミに愛情を注いでくれた両親だった。いつも優しく接してくれた父と母。そんな二人が、今は憎悪に満ち溢れた顔でマミを見下ろしている。

 

 ぷつん、とマミの中で何かが切れた。

 

 

 

 

「マミさん? ⋯⋯マミさん! どうしちゃったの!?」

「大変だよ、まどか。あの魔女は結界の中に入った者の記憶を覗くみたいだ。マミは今、トラウマに苛まれている。このままだと、やられてしまうだろうね」

「そんな⋯⋯」

 

 何もない空間を見つめて固まってしまったマミにまどかは戸惑うが、キュゥべえは至って冷静に状況を把握していた。

 まどかはおろおろと周りを見た。しかしあるのは現実離れした青い光景ばかりで、助けてくれる者はいない。

 

 取れる手段がなかった。先程のいざこざで携帯は落としてしまったし、なにより神也は無理がたたって今は寝込んでいる。ほむらからの返事はまだない。

 キュゥべえがまどかの肩に乗った。そしてビーズのような赤い双眸で、まどかをじっと見つめる。

 

「この状況をどうにかするためには、君が魔法少女になるしかない。それならば君はマミも、友達も救えるよ?」

「そ、そんなこと⋯⋯」

 

 まどかは未だにうずくまるマミを見た。助けは来ない。マミを、仁美を助けられるのはこの場所にまどかしかいない。

 まどかはキュゥべえを見つめた。無表情のその顔は何を考えているかわからない。しかし、彼女自身にもそれしか方法は思いつかなかった。もう自分が魔法少女になるしか。

 

 大きく息を吸って、吐く。 

 

 やれることをやるしかない。まどかは決意を固めた。何もない私には、それしかできないのだから。

 

 その時だった。青い閃光がまどかの目の前を切り裂き、魔女の身体に激突した。そしてその閃光は使い魔たちを次々となぎ倒すと、魔女に向かって一陣の光を放つ。

 

 魔女の身体が貫かれ、結界が崩落した。

 その姿はまどかの見たことがない姿だった。でもその顔は、まどかが何度も見た顔だ。

 

 彼女は青い顔で浅い呼吸を繰り返すマミを抱き上げると、まどかに向かってはにかみ、ピ-スサインを送った。

 

「魔法少女さやかちゃん見参! てか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして⋯⋯?」

 

 遅れて工場に着いたほむらは、その光景をただ見ているしかなかった。

 

 魔法少女になったさやかが、マミをそっと座らせている光景だ。

 

 うまくいっていたはずだった。恭介の怪我は神也が治せると、確かに伝えていてはずだったのに、なぜ彼女はキュゥべえと契約しているのだろうか。

 にへら、と気が抜けるような顔で笑いかけるさやかに、ほむらはただ呆然とするしかなかった。

 

 歯車が外れる音を、ほむらは聴いた。

 

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