祝福の物語   作:高城 あきら

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それはあなたの本心なの?

「調子はどう?」

「⋯⋯死ぬほど悪い」

「だろうね」

 

 ひどく生活感のない空間だった。

 

 妙に広い部屋の中央にぽつんと置いてあるベッド、そして部屋の端の方に様々な機器に繋がれている、そこだけは上等なデスクトップ。目に見える範囲にはそれしかない。フローリングはカーペットを敷くわけでもなくそのままであり、一応システムキッチンにはなっているのだが、肝心の電化は冷蔵庫くらいで、電子レンジも炊飯器もない。

 

 そんな殺風景な部屋の中で、神也は青い顔をしてベッドで横になり、喘ぐようにしてその声を発した。

 神也の目の前で椅子に座り、苦笑している青年はキウイを一口大に切りながら大きくため息を吐く。

 

「しかし、いきなり『HELP』はやめてくれない? 大事したのかと思ったじゃないか」

「ぶっ倒れるほど自分の身体を酷使して、大事じゃないわけがないだろう? こういう時に頼れるのはお前しかいないんだよ、(しょう)

「神也君ならそれくらいどうにかなるでしょ? それといつも言ってるけど、もう少し生活を見直しなよ、君。姉さんがいなくなってからずっとこうじゃない。もう五年だよ? そろそろどうにかして」

「俺に対する扱いが辛辣すぎないか? さすがに泣くぞ」

 

 翔、と呼ばれた青年は皿に盛られたキウイを神也に差し出すと、神也はうめき声を上げながらゆっくりと起き上がった。顔の半分を隠してしまっているが、それでも疲れというものは見て取れる。

 

 翔は再び大きなため息を吐いた。ため息を吐くと幸せが逃げていくというからあまりしたくはなかったが、彼の目の前で剥かれたキウイをつつく男は、何でも見通せる眼を持っている割にはずぼらなところが多い。ため息の一つくらい吐きたくもなる。

 

 ひょいひょいとキウイを口に運ぶ神也は、あっという間に平らげてしまった。食欲はあるようで、健康状態に問題はなかった。ただ猛烈な疲れが彼を襲っていただけだったのだ。

 

 神也は基本的にその眼を使うことはない。魔女と戦う時には使用しなければ、彼もただの人間となってしまうのだが、それ以外の私生活ではほとんど普通の学生だった。と言ってもモラル的にまずいからとかそういう理由ではなく、単に油断していると神也の眼は膨大な情報を拾ってしまい、彼の身体を破壊しようとするから使っていないだけなのだが。

 テストがやばい時には開放するし、今も無駄にスペックの高いデスクトップで株価の動きを予知して金稼ぎをしている。あとパチンコとか。

 

 特にここ数年は魔法少女とのかかわりがなかったこともあり、倒れるほど眼を酷使することもなくなっていた。そんな彼がまた倒れたということは、翔に考えられる原因は一つしかない。

 

「姉さんの願いのことで、何かあったの? そういえば最近大学でも見てなかった気がするけど、ただのさぼりじゃなかったんだね」

「正解だよ、翔。俺は暁美ほむらを見つけることができた」

 

 おお、と翔は声を上げる。

 

 翔の双子の姉との約束は、神也にとって人生の指標と言ってもいいものだった。生きるための意味、と言ってしまってもいい。ただの凪だった神也の心に波を立ててくれた恋人に報いるためにも、神也は暁美ほむらを救うことだけを考えていた。

 

 翔は珍しく嬉しそうな神也に目を丸くしていたが、やがてふっと笑った。いつも他人には壁を造って本性をさらさない神也も、気心の知れた翔に対してはその壁をいくばくか薄くしてくれる。それでも本当の彼を見せてくれるのは、翔の姉に対してだけだった。神也が心から愛した彼女だけ。彼は本当に彼女のことしか見ていない。そのせいで涙をのんだ女性がいったい何人いるだろうか、翔には数える気力すらなかった。

 

 しかしそんなグッドニュースを持ってきて当の神也は、なぜか重苦しい空気を纏っている。どうかしたのか、と翔が首をかしげると、神也はぽつぽつと事のあらましを話し始めた。

 

「暁美ほむらを見つけたのはいいが、問題はそのあとだ。彼女の背負ったものは、たしかにあいつが救ってあげてほしいと願うくらい凄惨なものだった。あんなものを十四にもなっていない子供が背負うなんて、考えられないくらいな。そして、そのなかで彼女の友人の一人が魔法少女にさせられた。曰く俺への不信感を募らせたせいだと」

 

 全く、してやられたと、神也は腕を組む。

 

 魔法少女のことについては、翔も詳しく知っていた。あのおせっかいな姉が事細かに説明してくれたのだ。

 

 その話を聞いた時、翔は荒れに荒れた。恐らく史上最大の姉弟げんかだったように思う。結果はいつものように惨敗だったが。そもそも魔法少女になる前から一度も勝ったことがなかったのに、それが魔法少女になって力を得たのだから勝ち目など初めからなかった。それでも立ち向かわないわけにはいかなかった。人の身を捨ててまで叶えたい願いというものが、よりにもよって神也のことだ。一時期は彼を恨んだりもしていた。今は見ての通り、いい友人関係を築けているのだが。

 

 しかし、翔には気になることが一つだけあった。それは暁美ほむらのことでも、魔法少女になったその友人のことでもなく、いまベッドの上で唸っている彼のことだ。

 

「神也君はどうしたいの?」

 

 神也の眉がわずかにひそめられた。言いたいことが理解できないらしい。翔は少しだけ笑うと、言葉をつづける。

 

「神也君が暁美ほむらさんを助けたいのは、姉さんが願ったからだけなの? 君自身はなぜ暁美さんを助けようとしているの?」

 

 神也の動きが止まった。自身で結論が出ていないらしく、口を開けたり閉じたりしている。

 やがて結論を出したのか、その口が三日月を作った。

 

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「それが神也君の意志?」

 

 神也が深くうなずくのを見て、翔はにっこりと笑った。逆に神也は意外だったらしく、首をかしげている。翔の真意を測りかねているようだ。

 

 以前の神也は平坦だった。それこそ全知に近い存在なのだ。膨大な情報というものに晒され続ければ、感動というものはなくなる。それを救ったのは神也の恋人であり、翔の双子の姉だった。

 

 皐月優羽花(さつきゆうか)。それが彼女の名だった。

 

 神也に意志を抱かせたのは間違いなく彼女だ。そして彼女と出会って以来、神也は人間としての生活を確立していった。

 

 それでも。翔は改めて生活感のない空間を見渡した。

 

 それでも彼の根底は変わっていないのだろう、やはり加野神也という人間はどこか人間とは違う生き方をしていて、優羽花はそれに方向性を与えただけなのではないか。翔はそう考えていた。

 

 そして暁美ほむらを救うという意志すらも、神也にとっては彼女に頼まれたからであって、そこに神也自身の感情は介入していないと、翔は思っていたのだ。

 

 しかしどうだろうか、暁美ほむらを救いたいというのは、神也にとって能動的に動くに足る想いだったのだ。

 

しかし基本的に無感動な彼を、そこまで突き動かす暁美ほむらの背負ったものとはいったい何だろうか。翔は少し気になった。だが踏み込んではいけない。人には触れられたくないものがあるのだ。特に年頃の少年少女には。翔はそれをよく理解している。

 

「しかし、あの年頃の少女というのは難しい」

 

 神也は天井を仰いだ。理詰めでうまくいくはずだったのだが、さやかが魔法少女になってしまうというのは痛恨のミスだ。ほむらの記憶を覗いた結果、彼女の魔法少女化には碌な結果が付いてこないし、そもそも恋愛経験が優羽花とのそれしかない神也に、アドバイスなどできるはずもなかった。

 うんうん唸る神也に、翔は苦笑する。

 

「まあ、その年頃の子たちは子供から大人になろうとしているんだ。不安定な時期さ。身体的にも精神的にも。彼ら彼女らは、誰かに動かされる存在じゃなくて、自己を確立させたいんだよ。だからに反発するの。特に理論的な大人というやつには」

「さすが塾講師。よく理解していらっしゃる」

「まあね」

 

 すべてが見えていてもそこはよく分からないらしい。翔は肩をすくめた。

 

 神也は大きく息を吐いて立ち上がり、食器を片付けにキッチンへと向かう。その背中に哀愁が漂っているのを感じた翔もまた、立ち上がって声をかけた。

 

「あまり気落ちしないでよ。まだ挽回可能なんでしょ?」

「⋯⋯かなり難しいな。今まで俺と接触がなかったインキュベーターが、ついに俺の前に姿を現した。今回もしてやられた。何かたくらんでいるのは確かだが、騙くらかし合いではあちらの方がよほど上手だ」

「キュゥべえの考えてることを見るのは?」

 

 神也の頬から冷や汗が流れ落ちた。口は気丈に笑っているのだが、それが無理をしている表情なのは付き合いの長い翔には良くわかる。

 

「ノーだ。それをやると星ひとつが単一個体である、インキュベーターの情報が俺に流れ込む。街ひとつですらこの有様なのに、そんなことをすると俺は死んでしまう」

「八方塞がりってわけ?」

「いや、手は打ってある」

 

 何かをあきらめたような声色だった。

 それに加えて相当に顔色が悪いものの、その言葉自体は希望を持ったものだ。

 

「かなり強引な手段だがね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、マミとさやか、そしてほむらは魔女の捜索をしていた。ほむらとしては勝手に契約したさやかと同行するのは反対だったが、今回は全てを救うと決めたのだ。彼女らに任せては、いつ崩壊が訪れるか分からない。勝手な勘違いで魔法少女になったさやかなど知るものかと感情的になりたい衝動を押さえて、ほむらは彼女らと同行していた。

 

 神也とは昨夜から連絡が取れない。別れた時の様子からもかなり限界が近いようだったため、もしかしたらまたしばらくは打ち合わせができかもしれないなと、ほむらは考えていた。

 

 太陽が傾き、光の屈折の影響で青い光が地上に届かなくなり、橙色が街を染める。

 

 逢魔時。それは魔や妖怪と言った類に遭遇しやすいという時間帯のことだ。尤も、彼女らはその魔や妖怪と言った類に、自ら遭遇しようとしているのだが。

 

 反応があった。

 三人は目を合わせると、反応が示す方向へと向かう。

 

「最近、先輩としての威厳を保てていない気がするから、ここで頑張らないといけないわ!」

 

 ふんす、と音が鳴りそうなくらい鼻息を荒くしたマミに、さやかは苦笑を返すがほむらは無表情だった。それよりも少しだけ焦っている。またマミが調子に乗っているのは少しまずい。再び油断でもされたらたまったものではないのだ。

 

 そして反応が強くなった場所は、町はずれの裏路地だった。そこに着いたとたんに、薄い結界が彼女らを包み込む。

 

「これは使い魔の結界ね」

 

 幸運だ。ほむらは安堵した。ここで魔女に出てこられては、さやかはおろかマミすらも守らなければならない可能性があったが、使い魔なら安心してもいい。棒立ちでもしない限り誰も殺されることはないだろう。

 

 趣味の悪い落書きのような空間から飛び出してきたのは、使い魔。魔女の片割れであり、それ自体は非常に弱いが、人間を喰うことでいずれ魔女に成長する。ほむらとしても、いつもならまどかに危害を与えない限り見逃す対象だが、今回は違う。さやかとマミは使い魔を見逃すことに是を唱えない。

 

 マミ、さやかと協力関係にあるいま、ほむらに見逃すという選択肢はなかった。

 

「美樹さん。使い魔ならあなたでも大丈夫よ、いい経験になると思うわ」

「が、頑張ります!」

 

 甲高い笑い声のようなものを上げながら、使い魔はせわしなく動き回る。さやかはそれに対して剣を投擲しているが、一向に当たる気配はない。

 

 しかし使い魔も使い魔で攻撃してくることはなかった。

 

 もどかしい、とほむらは思ったが、そこは動かないでおいた。余計なことはするべきではない。

 

「よし!」

 

 投擲した剣が使い魔の逃げ道を塞ぎ、いよいよ後がなくなったという時に、さやかは勝利を確信した声を上げる。強力な魔女ならそれすらも命とりだが、今回は脆弱な使い魔だ。そのような油断が死に直結することはない。

 

 剣が当たる。誰もがそう確信したとき、どこからか伸びてきた槍がさやかの投げた剣を弾き飛ばし、使い魔を逃がす。

 

 ほむらは目を見開いた。マミも息を飲んでいた。その槍が、非常に見覚えのあるものだったからだ。

 

「何してんだよ。使い魔なんか狩っちゃってさ。あれはグリーフシードを落とさないよ?」

 

 怪訝な顔をするさやかとは違い、ほむらとマミにとっては聞き覚えのある声。見覚えのある姿。

 なぜ彼女がここにいるのだろうか。ほむらは前方で槍を構えるその魔法少女を見ていた。

 

 マミがいなくなってテリトリーが明け渡されたわけでもないのに、彼女は、佐倉杏子はそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、随分久しぶりじゃん、マミ。なんだ? まだ仲良しごっこみたいなことしてたのかよ」

「ええ本当に、久しぶりね。佐倉さん。ここにはもう来ないって、あなた言っていなかったかしら?」

「ふん、事情が変わったんだよ」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らす杏子に、敵対心を隠そうとしないマミ。何が起きたのか理解できないさやかは、その二人とほむらを交互に見ていた。

 

 ほむらにとっても訳が分からなかった。なぜこのタイミングで杏子が出てくるのか、彼女は基本的に見滝原には来ようとしない。それは見滝原という街が巴マミの縄張りであると同時に、杏子とマミの考え方の相違というものがあるからだ。

 

「どうしてかは知らねえけど、隣の風見野に魔女が全然居やがらねえんだよ。そもそもの数が少ないってのにさ。しょうがねえから、ここにきたんだ」

「そう、だったらちょうどいいわね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ほう、とでもいうように杏子がマミを見た。

 以前ならマミは杏子との衝突を避けるために、気弱な返事しかしないだろうが、いま杏子を睨みつけるようにして立つマミには、背筋が凍えるような殺気があった。

 

 恐らく神也の言葉に影響されているのだろう。彼の言葉、すなわち杏子の本心を知るためには本気のぶつかり合いが必要だという言葉だ。

 

「佐倉って⋯⋯」

 

 ほむらの横に移動してきたさやかが、ほむらに耳打ちする。本来ならさやかと杏子は遭遇させるべきではないが、本来の予定ならここにさやかも杏子もいないはずなのだ。あまりにも想定外のことが多すぎて、ほむらは苛立った。

 

「ええ、そうよ。加野神也が言っていた、もう一つのカード」

 

 少々ぶっきらぼうにそう返事を返すと。さやかは怪訝な顔でマミと相対する杏子を見た。使い魔を逃がした理由を探っているのだろう。

 見られていることに気づいたのか、杏子はさやかたちを見て犬歯を見せながらにやりと笑った。

 

「あいつらが噂のイレギュラーに新顔か。全く、こんなに魔法少女がいちゃ、グリーフシードが足りなくなるんだから、なおさら使い魔を狩るわけにはいかねえじゃん。あいつらに何人か食わせりゃ、いずれ魔女に成るんだからさ」

「な⋯⋯何言ってんのよ、あんた!」

 

 杏子の言葉に噛みつくさやか。

 

 いつもこれだ。ほむらはため息を何とか飲み込んだ。互いの主張の食い違いが激しすぎて、さやかと杏子はいつも衝突を起こす。そのせいでうまくいかなかった時間軸がいくつあるだろうか。ほむらも詳しくは数えていなかったが、それでも相当な数に上るのは確かだ。

 

「佐倉さん、それはあなたの本心なの?」

「はぁ? あったりまえじゃん」

 

 マミの問いにも、眉を吊り上げてさも当然かのように平然と返す杏子。

 

 そしてほむらの真横で歯ぎしりをするさやか。

 

 そろそろ介入しないとまずいかもしれない。そう思ってほむらが一歩前に出ようとすると、マミに手で制された。

 マミはほむらに笑顔を向ける。いつもの余裕のある笑顔だ。

 

「暁美さん、美樹さんをお願いね」

 

 そう言うと、魔法を展開させ、マスケット銃を取り出す。

 そしてその銃口を杏子に向けた。

 

「佐倉さん。あなたとは一度、本気でぶつからなきゃって思っていたの」

「へ、やっぱそうこなくっちゃなあ!」

 

 その言葉を言うが早いか、杏子が槍を持って突撃した。勢いに任せた全力の突き。普通ならかわすこともできないだろう。

 

 だがマミは普通ではなかった。冷静に銃弾を放ち、杏子の軌道を牽制すると、バックステップで距離を離し、リボンを編み込むように裏路地の空間に展開させる。

 

 杏子が動きを止め、そのリボンを切り裂くと、その間を縫うようにマミの銃弾が迫った。

 杏子は咄嗟に槍を蛇腹剣のようにして銃弾をはじき、その勢いのままマミに槍をふるう。

 

 狭い裏路地で戦っているにもかかわらず、正確そのものでマミに射出された槍先は銃弾に阻害され、彼女に届く前に矛先をずらして壁に激突。その動きを止めた。

 

「くっそ⋯⋯!」

 

 杏子は歯噛みした。まるで近づけない。そして距離を離された状態では、飛び道具を持つマミの方が圧倒的に有利だ。

 次々と発射される銃弾を弾きながら、杏子は打てる手を考えていた。

 

「⋯⋯」

 

 そしてマミもまた、その形の良い眉を歪ませていた。

 本気で当てようとしているのに、すべて弾かれる。やはり杏子の戦闘センスは抜群だった。そして大技を使うことができないマミもまた、次の一手を考えなければならない。

 

 その瞬間、マミの目の前には銃弾があった。弾き返されたのか! 慌てて回避すると、背後でさやかの悲鳴が聞こえた。なるほど、杏子は初心者であるさやかも巻き添えにすることでマミに隙を作ろうとしているようだ。

 

 だが、

 

「ご、ごめんほむら。ありがとう⋯⋯」

「礼には及ばないわ」

 

 ほむらなら冷静に対処できる。故にマミは杏子との戦いに集中できる。

 拳銃で流れ弾を弾いたほむらに、さやかはあっけにとられていた。そして少し悔しさを覚えた。

 

 彼女らの戦いに、全くついていけないことに。

 

「っくそ! まじか!」

 

 マミの射撃速度が上がった。すでに杏子は防戦一方であり、攻撃に転じることはできない。そのうえマミは少しずつ距離を詰めてくるため、回転数も馬鹿にならなかった。

 

 このままではじり貧だ。

 非常にまずい状況の中、しかし杏子が感じたのは高揚感だった。

 

 思えばマミと本気でぶつかったことなど無かった。杏子が本音をぶつけたところで、マミは少し悲しそうな顔をして、少し窘めるだけだ。

 それがどうだろう。一度決別したとはいえ、今は本気のぶつかり合いができている。

 本心を隠すのが得意なマミの、その心の一端を杏子は垣間見ていた。

 

 そして彼女は察する。

 マミは、本気で理想を追い求めているんだと。本当に本心から人のために魔法を使っているのだと。

 

 認められない。

 

 杏子は歯を食いしばった。

 そんなこと認めていいはずがない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一瞬、杏子の中で決別した過去が姿を現した。みなのために、家族のために魔法を使っていた自分。それが崩壊したときの虚しさ、そして壊れていった正しさ。

 

 杏子はそんな思い出ごと踏みつけるようにして、地面に足をたたきつけた。

 

 路地裏に粉塵が舞う。

 マミはそれでも構わずに銃弾を放った。弾かれた音はしなかったが、当たった気配もない。

 すると杏子はどこにいるのか。

 

 頭で判断する前に、体が動いていた。咄嗟に身をひねると、上空から急襲してきた杏子がマミの真横に槍を突き刺し、衝撃で瓦礫が飛び散った。

 マミの身体を石の礫が襲う。しかし彼女は目を閉じるようなことはせず、マスケット銃を召喚すると、銃口を杏子に突き付けた。

 対する杏子も、落下の衝撃をものともせずにマミに向けて槍を振りぬいた。

 杏子の槍先がマミに届く。マミが引き金を引く。

 

 そのはずだった。

 

 突然彼女らの間に何かが、大量の土煙と盛大な轟音とともに落下してきた。

 吹き飛ばされる二人。そして何が落ちてきたのか顔を上げると、

 

「そこまでだ」

 

 ゆらりと立ち上がったのは、虹色の瞳を持つ男。

 そしてその右手にはレイピアが握られている。

 

「てめぇは⋯⋯」

 

 杏子は今にも噛みつきそうな眼光で、落下してきた()を睨む。

 

 優しげに細められた虹の眼は、杏子をとらえていた。その眼も、杏子がその男のことが気に食わない理由の一つだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 加野神也が、そこにいた。

 

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