アズールレーン&艦これ ~蒼き航路に集いし少女達~ 作:モンターク
――鏡面海域・観測ポイント『聖域』――
崩壊する巨大戦艦「オロチ」の残骸が、鉛色の海へと沈んでいく。
その光景を、遥か上空、あるいは次元の狭間とも言える空間から見下ろす影があった。
「……あーあ、壊れちゃった。せっかく面白くなってきたところだったのにさ」
不満げな声を上げたのは、首から下を失い、無惨な姿で浮遊するピュリファイアーだ。
彼女は自分の胴体があった場所を憎々しげに見下ろしながら、周囲に展開された無数のモニターを睨みつける。そこには、歓喜に沸くアズールレーンと艦娘たちの姿が映し出されていた。
「文句を言わないの、ピュリファイアー。貴女のその損壊データもまた、貴重なサンプルのひとつなのだから」
淡々とした口調で答えたのは、妖艶な触手を背後に揺らめかせるオブザーバーである。
彼女の瞳には、感情の読めない冷徹な光が宿っていた。彼女の指先が虚空をなぞると、空中に浮かぶホログラムのグラフが複雑な波形を描いて変動する。
「コードGの覚醒……そして、別次元からの来訪者である『艦娘』との接触による化学反応(ケミストリー)。……ふふ、興味深いわ。あまりにも興味深い」
「何がだよ? 結局、オロチは沈んで、作戦は失敗だろ?」
「失敗? ……いいえ、これは『成功』よ」
オブザーバーの隣で、無機質な表情のテスターが口を開いた。
彼女は手元のデータパッドに高速でログを記録し続けている。
「当初のシミュレーションでは、オロチの起動確率は40%未満。仮に起動したとしても、『再現』された素体(赤城)の精神崩壊により、制御不能に陥るバッドエンドが確定していた。……けれど、結果はどう?」
テスターが指し示したモニターには、沈みゆくオロチから救出され、加賀に抱きかかえられる赤城の姿があった。
そして、その周囲を守るように航行する、異界の戦艦『大和』の姿も。
「『外部要因(艦娘)』の介入により、シナリオは書き換わった。オロチという特異点を発生させつつ、被験体(赤城)は生存。さらには、本来交わるはずのなかった二つの『青き星』の運命が交錯した……。このエネルギー総量は、過去数千回のシミュレーションを合算しても届かないわ」
オブザーバーが恍惚とした表情で、頬に手を当てる。
「そう……『審判者』様も、きっとお喜びになるわ。異なる進化を遂げた『KAN-SEN』と『艦娘』。鋼鉄の肉体を持つ者と、神秘の魂を宿す者。この二つが交わった時、我々の予測を超える『何か』が生まれる」
「けっ! 難しくてわかんねーよ! で、次はどうすんだ? あの『大和』って奴、マジでヤバいぞ。あの火力、私の装甲でも耐えきれるか怪しい」
ピュリファイアーが忌々しげに言うと、オブザーバーはくすりと笑った。
「焦ることはないわ。種は撒かれた。……それに、気付いていないとでも思った? 人類の内部には、まだ『我々』の手駒が残っているということに」
モニターの中で、勝鬨を上げる艦隊の影に隠れ、冷ややかな視線を送る者たちがいる。
赤城と加賀が失脚したとしても、セイレーンの根は深く、人の中枢にまで蝕んでいるのだ。
「今回の実験(ゲーム)はこれにて終了。……けれど、幕間(インターミッション)は長く続かない。ねえ、そうでしょう? 『創造主』さま……」
オブザーバーは誰もいない虚空に向かって、意味深な視線を投げかけた。
その瞳の奥には、無限に繰り返される破滅と再生の螺旋が見えているかのように。
彼女たちの姿は、ノイズ混じりの霧となって、静かにその場から消失した。
――数日後、重桜本島――
空は、突き抜けるような青さに包まれていた。
戦いの痕跡は未だ生々しく残っているものの、港には復興へ向けて動き出す人々の活気が戻りつつある。
アズールレーンとレッドアクシズ。長きに渡り対立していた二大陣営の間で、歴史的な『講和条約』が締結された。
本来ならば、世界を危機に陥れた重桜の責任は重く、解体や武装解除が求められてもおかしくない状況だった。
しかし、異世界からの来訪者――『艦娘』たちの仲介と、彼女たちの圧倒的な武力が抑止力となり、事態は異例の軟着陸を見せた。
だが、全ての罪が許されたわけではない。
「……準備はできたか、加賀」
「はい、姉さま。……いえ、赤城さん」
重桜の港の片隅。
豪奢な着物ではなく、旅装に身を包んだ一航戦、赤城と加賀の姿があった。
彼女たちの周囲には、見送る者も少ない。
講和会議における決定事項。
『首謀者である空母・赤城、および加賀の国外追放』。
表向きは、セイレーンに唆された被害者として極刑は免れた。だが、多くの同胞を危険に晒し、オロチ計画を強行した事実は消えない。重桜内部の反発、そしてアズールレーン側の感情を鎮めるためには、彼女たちをこの地から「退場」させる必要があったのだ。
「本当に、良いのですか? 長門様」
桟橋にて、唯一彼女たちの見送りに現れた重桜の旗艦・長門が、沈痛な面持ちで佇んでいた。
「……良いも悪いもない。これは、余が下せる精一杯の温情であり……同時に、無力な余への罰でもある」
長門は拳を握りしめる。
セイレーンと通じていたのは、赤城たちだけではない。上層部の一部は、未だにセイレーンの技術に固執し、暗躍を続けている。赤城と加賀は、いわばトカゲの尻尾切りとして全ての罪を背負わされたのだ。
「良いのです、長門様。……私は、夢を見ていました。天城姉さまに会いたい、ただそれだけの……浅ましく、愚かな夢を」
赤城は憑き物が落ちたような、穏やかな顔で海を見つめた。かつての狂気は、もうそこにはない。
「その代償は払わねばなりません。……それに、行き先は『地獄』ではないのですから」
彼女の視線の先には、異世界へのゲート――ワームホールを守るように停泊する、巨大な戦艦『大和』の姿があった。
「向こうの世界(鎮守府)での生活か……。ふふ、貴様らが『艦娘』たちに揉まれてどう変わるか、少し楽しみでもある」
長門の背後から、重巡洋艦・高雄が姿を見せる。彼女もまた、剣の柄に手を置き、複雑な表情で二人を見つめていた。
「達者でな。……いつか、また」
「ええ。……御身お大切に」
赤城と加賀は深く一礼すると、迎えに来たボートへと乗り込んだ。
エンジン音が響き、故郷である重桜の島が少しずつ遠ざかっていく。
ボートの上で、加賀がそっと自分の髪に触れた。そこには、赤城から贈られた新しい簪(かんざし)が、陽光を反射して輝いている。
「姉さま……私たちは、向こうでうまくやれるでしょうか」
「やれるわよ、加賀。……だって、あの子たちがいるもの」
赤城が指差した先には、ボートを出迎える艦娘の赤城と加賀が手を振っていた。
自分と同じ顔、同じ名前を持ちながら、全く違う歴史(史実)を背負い、乗り越えてきた存在。
「……そうですね」
加賀の頬に、一筋の涙が伝う。それは別れへの悲しみではなく、安堵の涙だったのかもしれない。
――鎮守府(西暦世界・艦娘たちの拠点)――
「ここが……異世界……」
「ほう、我々の世界と似ているようで、空気が違うな」
ゲートをくぐり抜けた先に広がっていたのは、懐かしくも新しい、日本の風景だった。
木造の校舎、潮の香り、そして何よりも――平和な空気。
KAN-SENの赤城と加賀は、艦娘側の『鎮守府預かり』という身分になった。
形式上は捕虜、あるいは軟禁に近い扱いだが、実態は『客人』兼『戦力』としての受け入れだ。
アズールレーン側もレッドアクシズ側も、彼女たちの処遇に頭を悩ませていたため、しがらみのないこの世界が身柄を引き受けることは、全ての陣営にとって都合の良い解決策だった。
「ようこそ! 私たちの鎮守府へ!」
満面の笑みで出迎えたのは、艦娘の吹雪だ。
その後ろには、睦月や夕立といった駆逐艦たちが、興味津々な様子で二人を取り囲む。
「おっきいー! しっぽフサフサだっぽい!」
「アズレンの赤城さん、すっごく背が高いのです!」
「こ、こら! むやみに触るんじゃない!」
KAN-SENの加賀が慌てて尻尾を隠そうとするが、子供たちの好奇心には勝てない。
その様子を見て、艦娘の加賀がクスリと笑う。
「ふふ、諦めなさい。この鎮守府の子供たちは、猛獣使いよりも手強いわよ」
「……貴女、笑うのね」
「ええ。貴女も、いつか笑えるようになるわ」
艦娘の加賀は、KAN-SENの加賀の髪にある簪を見て、優しく微笑んだ。
それから数日後。
鎮守府の生活に、二人の姿は驚くほど自然に溶け込んでいた。
「はぁ…しかし慣れん…確かに日の本で間違いはないのだが…」
箒を手に、鎮守府の廊下を掃除するKAN-SENの赤城が溜息をつく。
戦闘と策謀に明け暮れていた日々とはあまりに違う、穏やかで退屈な日常。
「いいじゃない。住めばなんとやら…よ? 加賀」
雑巾掛けをしていたKAN-SENの加賀が、額の汗を拭いながら答える。
「姉さま、不服ですか?」
「いいえ……悪くないわ。こうして貴女と、穏やかな陽だまりの中で過ごせるなら」
赤城は縁側に腰を下ろし、空を見上げた。
この世界には、セイレーンはいない。深海棲艦という脅威はあるものの、少なくとも姉を生き返らせるために世界を滅ぼす必要はないのだ。
その時、執務室の方から提督の視線を感じた気がして、赤城はふと振り返る。
(……あの提督という男、ただ者ではないわね)
鎮守府の提督は、今回の「追放劇」の裏にある真実――セイレーンと重桜上層部の繋がり、そして依然として残る脅威――を正確に見抜いていた。
彼は何も言わず、ただ二人を受け入れた。
『過去は変えられないが、未来は選べる』
以前、彼が語った言葉を赤城は反芻する。
「……未来、か」
赤城の手のひらに、桜の花びらが一枚、ひらりと舞い落ちた。
一方、二つの世界を繋ぐ海域では、今日も賑やかな声が響いていた。
「おーい! 吹雪ちゃーん!」
「あ! ジャベリンちゃん、ラフィーちゃん!」
ワームホールは極めて安定しており、定期船のように両世界の往来が可能になっていた。
今日はアズールレーン基地から、ジャベリン、ラフィー、Z23、そしてKAN-SENの綾波が遊びに来ている。
「見て見て! 明石に頼んで、新しいゲーム機持ってきたの!」
「こっちからは、間宮さんの特製羊羹(ようかん)ですよ!」
科学技術の進んだアズールレーンの世界と、精神的な繋がりを重視する艦娘の世界。
互いの文化が混ざり合い、新しい何かが生まれようとしていた。
海を見下ろす岬に、二人の「最強」が並んで立っていた。
エンタープライズと、艦娘の瑞鶴だ。
「……平和ね」
「ああ。……だが、嵐の前の静けさかもしれない」
エンタープライズの言葉に、瑞鶴は頷く。
セイレーンは撤退しただけで、消滅したわけではない。深海棲艦もまた、海がある限り現れ続けるだろう。
だが、今の彼女たちの瞳に不安はなかった。
「その時は、また背中を任せていい? 『グレイゴースト』」
「ああ、もちろん。……頼りにしている『幸運の空母』」
二人は視線を交わし、ニッと笑い合う。
かつては敵同士だった。異なる世界の住人だった。
だが今は、同じ青き海を守る、掛け替えのない戦友だ。
風が吹き抜ける。
その風は、鎮守府の桜を揺らし、アズールレーンの海を渡り、世界を巡っていく。
蒼き航路に集いし少女たち。
彼女たちの物語は、ここでひとつの区切りを迎える。
だが、海に刻まれた航跡は消えることはない。
それは、いつかまた訪れる嵐の中で、彼女たちを導く確かな「道標」となるだろう。
海に願いを。
そして、全ての艦(フネ)たちに、安らぎがあらんことを。
(了)